はっぴーしぇありんぐ

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ここはどこだろう。強い脳震盪を起こした後の様な感覚があり、真っ暗な視界がゆっくりと明けてゆくと、なぜだかそこが夢の中だ、と認識する事ができた。視界は明けたが実際にそこは真っ暗な土蔵の狭い部屋で、何もなく、目の前には格子があった。なんだか自分は囚われの身らしくなんだか楽しく無い夢の様だ。例えここがどこだろうが天理が横に居さえすれば楽しいのに。やっぱりそうそう期待通り夢の中でも天理に会えるものでは無いのかなと思っていると誰かが歩いて近づいてきた。格子の向こう側にどこか見覚えのある黒髪の少年がランタンの明かりを持って現れ、首を傾げ不思議そうにこちらを見ている。
「君はだれ?どうしてそこに入れられているの?」
深い暗がりの中に澄んだ少年の声が響き渡る。鬱屈としていた気分が晴れていくような心地になる声だった。
少年の問いに、俺は夢の中だったからどうしてなのか答が出せず戸惑う。
「ごめんね、俺も分からないんだ。できれば出たいんだけど。ねえ君、ここには他の人はいないのかな?例えば黒髪で色白で俺より少し背が低くて……」
俺は一縷の望みをかけてその少年に近くに天理が居ないか天理の容姿を伝えた。
「ごめんね、知らないや……」
申し訳なさそうに答える少年の答えに肩を落とすと、少年は心配そうな顔で俺の様子を伺っていた。そんな優しい少年にこれ以上困らせるのも悪いと思い、俺は別の質問をする事にした。
「そっか、ありがとう。ところで君は名前なんて言うの?」
俺の名は……と、まず自分の名を言いかけた所で自分の名前が思い出せない。俺がそれに困惑していると少年が少し首を傾げつつも質問に答えてくれた。
「僕は天理っていうんだよ」
「え!?」
俺の大切な人と同じ名を名乗る少年を薄明かりの中まじまじと見ると、そのヘーゼルの瞳も色白の肌も黒髪も顔立ちに残る面影も愛しい天理のものだった。ただ違うのはその見た目が俺が知る天理よりはるかに若い少年で、そして……俺を見ても知らないという事だった。折角夢で天理に出会えたのに俺が分からない事には残念だったが、天理がこれくらいの年齢の時、俺はまだ生まれておらず、俺は天理の少年の頃の姿や声を知らないので会えてちょっと嬉しくはあった。この夢は俺の願望なのだろうか?なんだかまだ頭が妙に霞がかっていて、自分の名前は思い出せないし、自分が話す声も自分の物なのか判別がつかなくなっていた。この夢の中にいる自分は侯輝なのだろうか?牢屋の中と思しきこの部屋には鏡が無く、精々男だろうなという事しか推測できなかった。
俺が驚きの反応を示したのに少し考えこんでいると少年天理はまた首を傾げた。
「どうしたの?」
「あ、ごめんね、よく知っている人と同じ名前だったから驚いちゃったんだ」
「へぇー偶然だね」
驚く少年天理は本当に純粋そうで、おそらく囚人であろう自分に話しかける態度としてはちょっと心配になるくらい警戒心が無さすぎる。俺の知る天理はもっと賢くてしっかりしていて、それでいて俺には甘い所があって……ちっちゃい頃はこんな風だったんだなと少し微笑ましく思う。
「天理は何しにここに来たの?ここは悪い人が捕らえられている所だから来たら駄目だよ?」
心配になってそう言うと、少年天理はキョトンとした目をした。
「そうなの?ここ遺跡だって聞いたから僕探検に来たんだけど。結局ここ牢屋みたいなこの部屋だけだったし……それに、お兄さんは悪い人には見えないけどな」
少年天理の言葉に俺はまた一つ驚いた。ここは街中の牢屋ではなくどこかの遺跡らしい。確かに普通の牢屋なら子供は入り口で衛兵に止められるだろう。
「そうなんだ。でも俺もここに来てからどれぐらい経つか分かんないし、もしかしたら悪い奴かもしれないよ。」
そういえば俺達の故郷の街の近くには子供の足でも行けそうな小さな遺跡がいくつか存在していた。ここはその内の一つだろうか。近場はモンスターが住み着かない様、自衛団などに見回りがされているとは言え安全とは言い切れまい。少年天理を窘めるつもりでそう言ってみるが、少年天理は気にした様子もなく、それどころかニコニコしながらこちらを見つめていた。
「大丈夫!もし悪い人だったとしても、その時は逃げればいいだけだもん!僕精霊と友達だから助けて貰えるし!」
そう言いながら少年天理は格子の間からまだ小さな手を伸ばし俺の手を握ってきた。その手はひんやりと冷たくて、だけどとても温かく感じられた。精霊適性が高い天理だ、小さい頃から精霊魔法を使えてもおかしくはない。少し得意げに微笑むその笑顔はとても可愛くて、格子に阻まれて無ければ思わず抱き締めたくなってしまうほどだった。普段クールそうに見えて時々全然人を疑わなくなる危なっかしい所は今の天理と変わらないんだなと思うととても嬉しかった。
「ふふっ、凄いね。でも、もし万が一があるかもだからもう帰った方がいいよ?」
「そうかなぁ……お兄さんはここを出たくないの?ここ誰も居ないし出ちゃえばいいのに……」
天理、囚人は悪い事した人が出ちゃいけないから牢屋に入ってるんだよと思いつつも本気で俺を悪い人だと思ってないんだろうと感じるその表情に胸が暖かくなる。だが少年天理が言う通り訳も無く捕らえられている事も無し、出てしまっても良いかもしれない……と思い始めた瞬間、自分の口からそれまで思ってもみなかった言葉が発せられた。
「……ううん、出たいのも本当だけど、俺は今出られない理由があるからね。」
急に自分の中におぞましい記憶が思い出せとばかりに追加されたからである。それは自分から零れ出た闇が多くの争いと悲しみを生み出す記憶、大好きな人達を悲しませ絶望しここに封じ封じられた。それが今の俺だった。その記憶は俺が生まれ変わる前、闇の半身として封じられていた頃の記憶。どうやらこの夢は闇の半身の記憶が見せるものらしい。
言葉を切ったままその記憶の奔流に混乱し一瞬ぼうっとしてしまうと、あれ?と言う風に見上げる少年天理の姿が目に入った。
「そう…なの?精霊にお願いすればなんとかお兄さんを助けられないかなと思ったんだけど」
未だ自分を助けようとしてくれている少年天理を見て先ほどとは比べられない程の危機感が沸く、今の俺は混沌を生み出す闇の半身。このままでは少年天理がどんな目に遭うか分かったものではないのだ。先日天理が言っていた事を思い出す。子供の頃遺跡…闇の半身が封じられていた大地の神の霊堂に遊びに行って何かと話した記憶が朧気にあると。その時本当に闇の半身の俺に会っていたのかもしれない。その記憶が朧気でしかないのは闇の半身の俺に出会いひどい目に遭って、天理の思い出したくないトラウマになっているからではないのか?!例え夢でも繰り返させるものか!
「天理、すぐにここから立ち去るんだ」
「えっ!?どうしたの?」
突然口調を強くした俺に戸惑う少年天理。だが俺は構わず続けた。
「天理、俺の事は忘れて。君が覚えていて良い人間じゃない、早く行くんだ!」
俺の剣幕に怯えながらも少年天理はでもと食い下がる。
「ど、どうしてそんな事言うの?僕は助けたい。お兄さんのこと」
必死に投げ掛けてくれる言葉も俺には届かない。闇の力によるおぞましい思いを天理にさせる訳にはいかないのだ。だが今怯えさせてどうすると俺は口調を和らげる。
「ありがとう天理。でも俺のことは放っておいて。君はこんな所に来てはいけないよ。俺の事なんか気にしないで幸せになって。」
「でもっお兄さん本当はここ出たいんでしょ?!僕絶対助ける!」
少年天理は真剣な眼差しでそう告げる。その瞳は純粋で、こんなにも純粋に想ってくれる姿が俺の知る天理と重なって見え、胸が締め付けられるように痛くなった。例えここが夢の中でも天理と魂が同じであろう少年を怖い目には合わせたくない。俺はこの天理がいる外に出たくて堪らない思いを封じるのに必死になりながら、どうしたら引き下がるだろうかと考えを巡らせた。
「あのね、天理。俺の話を聞いて?実は俺、悪い奴らに捕まってここにいるんだ。出る方法もわかっているけど、出れば皆が困るから出ないだけなんだ」
「え、そうなの……?」
なんとか少年天理を引き下がらせようと少し真実を混ぜながら嘘を並べる。俺の言葉を素直に聞き驚き、そして悲しそうな表情をする少年天理を見て罪悪感が沸くが仕方ない。ここで本当のことを言えばきっと少年天理は俺を助けようとしてしまうだろうから……。ようやく話を聞く気になった少年天理にこの調子で話を進める事にする。
「そうなの。」
「そっかぁ……じゃあ、僕がお兄さんを捕まえたやつをやっつけたらお兄さんここを出られるよね!?」
……うん、待って。ナイスアイデアみたいな顔してるけど、真実を知らないとは言え無謀過ぎるよちっちゃい天理。俺みたいな事言わないで、早く大きくなって冷静な天理になって。でも時々天理こういう時がある。そして俺がどんなに俺が酷くなってもその手を伸ばし離さないのだ。ああ、でもなんとか方向転換させないと。
「でも、俺を捕らえたのは神様みたいなもののだからね頭も良くないとだめだよ?例えば学者さんとかね!」
「うん!僕将来は父さん母さんみたいな考古学や古代史の学者になりたいんだ!学者さんになれば神さま?にだって負けないでしょ?」
無邪気にキラキラと瞳を輝かせ夢を語る少年天理。可愛い。この頃からの夢だったんだね天理。学者になれて良かったね、今だって頑張ってるもんね。
「そうだね。天理は頭がいいからね。きっとなれるよ」
そう言って格子越しに頭を撫でると、「そうかな?」と照れたようにはにかむ少年天理。可愛い。
「そろそろお帰り天理、父さん母さんが心配するだろうから。沢山勉強して大きくなって覚えてたらまたきてね」
よしよし、この流れなら帰ってくれそうだと安心していると、少年天理が少し悲しげに呟いた。
「うん……でもお兄さん、僕が大きくなったら僕の事分からなくならない?」
そうだね、この可愛い天理からだいぶ格好よくなったもんね。俺の自慢の愛しい人は。
「そうだ天理、俺に名前付けてよ。長いことここに捕らわれていて俺もう自分の名前分かんないんだ。次会った時、天理が俺の名前を呼んでくれたらきっと思い出せるから」
少年天理は俺のアイデアに納得した様に頷くと少し考えたのち、しゃがんで地面に字を綴りながら告げた。
「それじゃあね、お兄さんの名前は……侯…輝。さん」
「あ……」
その瞬間俺は自分の名前を思い出した。知っていたはずなのに今初めてつけてもらった様な感覚が起こる。そういえば幼い頃亡くなった両親からはついぞ名前の由来は聞けずじまいだった。珍しい名だったのに。
「お、おかしいかな?今読んでる歴史の本に出てくるカッコいいショーグンの名前からなんだけど」
俺が驚いて返事を返せずにいると、恥ずかしそうに俯く少年天理。どこもかしこも天理のままだ。そして俺の心の奥底にそう名付けてくれた事にとても深い感動が生まれた。
「ううん、ありがとう。素敵な名前で驚いちゃった。じゃあ天理、次会った時、その名前を呼んでね」
少年天理は照れながらも嬉しそうに微笑む。俺の中で確かに何かが変わった気がしていた。
「うん!勉強の合間にだってまた来るから。またね、侯輝さん」
「侯輝でいいよ。またね、天理」
「またね、侯輝!」
そう言うと今度こそ天理は手を振って帰っていった。危ないから俺の事は忘れて本当に大きくなるまで近付かないでと思いつつその背中を見送りながら、これが俺が生まれ変わる前の天理との運命的な出会いだったのかな、なんて思いながらふぅと息を吐き目を瞑る。
……と、ここらで夢から覚めそうなのに覚める気配がない。ひたすら一人待つ。日が暮れて朝がきて、待てども待てども現実に戻れない。夢だからだろうか、鏡が無いので分からないがこの闇の半身は人外らしくお腹も空かず喉も乾かないので、時間の感覚すら曖昧になりつつあった。
少年天理も現れる気配も無い、もしかして選択を誤ったのか、このまま天理に二度と会えないのか、そう思うとどんどん天理に会いたくてたまらなくなった。
クールに見えて恥ずかしがり屋で照れ屋なところとか、時折子供っぽいところ、頑固で意地っ張りなところ、でも情が深くて優しいところ、様々な想いを込め俺を呼ぶ声、笑顔、全部愛しくて恋しい。会いたい。
床に座り虚空を眺めていると、闇の中、とうとう幻影でも見え始めたのか虚空の朧な影を藁をも縋る思いで呼んでみる。
「会いたいよ……天理……」
するとその幻影が俺がよく知る今の天理となって実体を持ち俺を抱きしめた。
その瞬間、部屋の中が不思議とほんのり明るくなった。
「やっと気づいた!さっさと俺を呼べよ馬鹿!」
ああこの温もりと匂いの懐かしさに涙が出る。なんてリアリティーの高い夢だろう。俺は例えこの天理が夢だったとしても愛しいその体をかき抱いて泣かずにはいられなかった。
「うわぁぁ、天理、天理だ……」
「ああ…もう泣くなって。辛かったな侯輝」
抱きしめられながら撫でられ、その暖かさに心から安心していたが、少し心配になって聞いてみる。
「ぅぅっ……あっ、俺、今、天理の知ってる侯輝に見える?なんか人外っぽいんだけど」
「んー?ちょっとワイルドになったか?男前だぞ?」
まだ少し涙ぐむ俺をあやす様に少しおどけたように微笑みながら答える天理。
天理はいつも通りの簡素なワイシャツと濃紺のパンツといった出で立ちだった。俺は慌てて頭や顔に手をやると髪はボサボサで顔はひげがいくらかはえていた。神代の頃から着ていたらしい古めかしくも美しかった装束もボロボロで薄汚れていた。天理の前でカッコ悪い……こんなで俺信用してくれてありがとちっちゃい天理……なんて思っていると天理がクスクス笑うので涙は完全に引っ込んだ。天理こういうのも好みだったりするのかな。ちっちゃい天理も今の俺をカッコいいと思ってくれてたみたいだし。俺が少し落ち着いてきた所を見計らってか天理が俺の前に立つ。
「さっ、この夢から覚める為にまずここを出るぞ!」
「うん!でもどうやって?」
牢の格子に手をやるがこの牢にはドアが無い。闇の半身をここから出すつもりが無いという光の半身の強い意志を感じる。俺はここから出られる気がどうしても沸いてこなかった。だが天理は気にする様子もなく格子の前に立つ。
「あーこの格子な、全くガキの俺を大嘘こいて追い払いやがって…信じ込んだガキの頃の俺も馬鹿というか…お、よしやっと力も使えるな」
天理が何やらブツブツと言いながら、いつもやる様に[[rb:火の精霊 > ブラム]]を呼び灯りを点け、[[rb:土の精霊 > ブラム]]に頼み格子が埋る箇所をいくつか砂の様にして緩ませると、次々格子を抜きその辺に投げ捨てた。ぽかーんとして眺めていると天理は説明した。
「お前を封じた此処はな、とっくの昔にいつでも出られる様に封を解かれるんだと。だからこの格子はガキの頃の俺の力でだって、お前にだってやろうと思えばもう簡単に外せて出られたんだよ。お前をここに縛り付けてたのは……お前自身の意識だけだったんだよ。侯輝」
自分から出でた闇が人々を苦しませてしまった事。何より大切な人達を悲しませた記憶。俺は闇そのもので存在そのものが悪だと、出てはならないのだと思い込んでいた。天理の言葉に俺の心がスッと晴れていく。
「さっ行くぞ、侯輝」
そして天理が格子の間を潜り手を差し伸べる。その姿が眩しく見えた。本当に出ていっていいんだろうか、俺は今、厳密には天理が知っている侯輝じゃない。外には小さな天理もいるのだ。傷つける事になったら……悲しませてしまったら……と思うと躊躇ってしまう。
天理はそんな俺の思いを汲み取ったのか優しく微笑むと俺の手を取り引き寄せて抱きしめた。
「大丈夫だ侯輝。俺はお前の闇の部分も含めて好きになったんだぞ?一緒に行こう侯輝」
「……うん!」
夢の中でも天理ならそう言ってくれる、そう信じることができる。優しくそう言われたのなら俺の中の葛藤は全部吹っ飛んで俺は天理の手を取ると、夢の中ではほぼ数日間だったろうが実際は何千年振りかの様な感覚で俺はその牢獄の部屋を出たのだった。

その遺跡…俺と天理の生まれ故郷の街外れにある、大地の神の霊洞は少年天理が言っていた通り小さな物で通路を進むとすぐに外に出た。外に出ると季節は夏の盛りらしく太陽が光を燦々と降り注がせる。闇の化身とも言えた今の自分は、いつもならむしろ味方くらいのその陽光が酷く苦手に感じた。
「ほら急げ割と時間が無い」
「えっでもどこへ行くの?」
夢の中でも時間制限でもあるのだろうか、俺の手を引き急かす天理に行き先を問う。
「歩きながら話す、俺を信じてくれるなら付いてこい」
いつも天理を護らなきゃと思いつつもここ一番は俺を支え助けてくれる天理は夢の中でも頼もしい存在であってくれた。

天理は俺の手を引き山道を街へと歩きながら話す。
「結論から話す。もう気づいていると思うがこの夢はかつて闇の半身だったお前が見せている過去をベースにしている夢だ。この夢から覚めるには闇の半身たるお前がこの世界から事実に沿って消える事でしか目覚めないんだ」
「え……俺が……消えるの?」
「まあ待て順を追って話すぞ?まず、まだ証明はできないが、俺とお前は昨晩寝てから同じ夢を見ている」
「えっ……天理本物なの?!俺の夢の産物とかじゃなくて?!」
「まぁ証明できないんだけどな」
そう言って苦笑するが信じてもいい気がしていた。
「それで天理の感触とかいい匂いとかするのかな」
「そっそりゃお前……昨晩俺を抱き枕にして寝てたからじゃないか……」
恥ずかしそうに顔を赤くしながら答える姿が可愛い。
「そうだねーえへへー」
「は、話を戻すぞっ」
天理曰く気づいたら俺と同じあの牢獄の部屋にいたらしい。だが俺には見えなかったらしく気づいて貰えないから、ヤキモキしながら一部始終を見ていたらしい。
「え、じゃああのちっちゃい天理が来て俺と話してたのも見てたの?」
「ああ。正直昔の俺恥ずかしくて見てられなかった」
天理がバツが悪そうにそう言うから思わず笑ってしまった。
今ではパッと見想像できないくらい素直で可愛い少年天理だったけど、本人としては己の少年時代は黒歴史もいいところなのだろう。
「えー、俺生まれる前の天理を知られて嬉しかったな。可愛いかったし」
「あーそーかよ素直で可愛い俺のがいいかよ。馬鹿っぽかったけど」
むすっとしながら先を行く天理を見ているとまるで過去の自分に嫉妬でもしてるみたいで可愛いかった。
「でも今の天理も可愛いくて一番好きだから、ね?」
頬にキスをすると握る手がきゅっと締まり顔を赤くする。ほら可愛い。
「い、急いでるんだよ」
照れた様に足を速め手を引く姿がまた可愛い。さっきから手をずっと離さないでいてくれている事に気づいているのかな。
そうこう話している内に山道を下り、俺達の故郷の街並みの中に入ってきた。その景色は少しぼやけていたが、俺が知る最新の景色より真新しい20年前の光景の様だった。通りかかった今や空き家になっている天理の家はまだ天理の両親と少年天理が住んでおり生活感が感じられた。
天理は整備されている道を速足になりながら、思い出した様に状況の続きを話す。事実では少年天理が闇の半身の俺をあの部屋から出してくれるはずだったのに中身が生まれ変わった俺になり、少年天理を言葉巧みに追い返してしまったので脱出手段がなくなり、夢が終わるタイミングが無くなってしまったらしい。
「え、どういう仕組みの夢?」
「知らん、そもそもお前の中の闇の半身がこの夢を施す様にしたのはお前自身がトリガーらしいぞ?闇の精霊魔法の応用で俺と一緒の夢見たーいって、俺ひっぱり込んで」
俺が俺自身の力に驚愕し、そして自分の欲望に呆れる。
「迷惑かけてごめんね……」
「気にするな。まあそこは追々お前が日頃敬遠している力の制御について説教をするとして」
「はぁい……」
そして傍にいるのに俺に気づいて貰えず実体化できず精霊魔法も使えない状態だった天理は、俺が途方に暮れ虚空を見つめたままどんどん憔悴する俺を放って置けないがこのままでは俺がもたないと断腸の思いであの部屋を出て街へと解決手段を探しに向かったらしい。
まず少年天理をもう一度侯輝の元へ向かわせようとしたが侯輝同様接触ができず、またどうやら俺が少年天理の帰り際に忘却術を無意識にかけたらしく俺と出会った記憶が抜け落ちている様子だったという。
「ええ……そんなに俺やっちゃってるの?」
「説教……と言いたいとこだが事実での闇の半身もガキの俺に忘却の術やってる。俺その頃の記憶が霞かかってんだよ。遺跡へ遊びに行ったのは覚えてんだけど」
そして天理は途方にくれつつ大事な事を思い出した。もうすぐ事実の俺が生まれるタイミングだったからだ。急いで俺が生まれた場所である大地の神の神殿に行くと俺の育ての親である母と産みの母親がお産の準備を進めていた。
「あ…それが俺の本当の母さん?どんな感じだった?」
「それ俺も見たかったんだが姿は朧気でな。以前神我見に聞いた通り黒髪と…女性にしちゃ体躯がしっかりしてた感しか分からなかった。あとお産間近だってのに元気というか……騒がしい感じだった。ふふ、お前に似てるって思ったよ」
「そっかぁー」
クスりと笑う天理にちょっと照れつつ、その辺りはいずれ神我見姉に聞こうと思いつつ続きを促す。
それで天理は事実の通りに進まなかったらどうなるんだと焦り始めていると夢の中で使えなかった土の精霊が勝手に現れて大地の神の言葉を代理で伝えてきたらしい。神官でも無いのに最古の神に会えた事に驚く間もなく大地の神は状況を説明してくれたらしい。
この夢は侯輝の闇の半身の力が誤って発露したものである事。その力のベースとなっている闇の半身がこの夢の中で居なくなる…つまり事実通り侯輝として転生できればこの夢は覚めるでしょうと伝えられたのだという。転生前の闇の半身をこの神殿内に連れてきてくれれば導く事が可能との事だったのであの牢獄部屋から俺を出す方法などを確認した後、天理は大急ぎで戻り、精神が限界ギリギリの俺がやっと朧気に見えた天理を捉え呼んだ事でやっと実体化でき、後は脱出し、今、こうして道を急いでいるのだった。

「あれ?でも、それ間に合うの?事実通りならちっちゃい天理が闇の俺解放してからもう何日か経ってるけど」
「そりゃ闇のお前、この街の事も転生先も知らないからな。しばらくウロウロしてたんじゃないか?お前が生まれたの俺の記憶でも俺が遺跡に遊びに行った数日後くらいだったし」
なので今、天理のナビ付きで神殿に直行すればギリ間に合いそうなのだった。
「うーん俺闇の半身の記憶中途半端なんだよね。うまく生まれ変われるのかな」
「そこは大地の神に頼るしかないかな。……俺も何かの神の魂継いでるらしいのに記憶ゼロで何もできなくてすまん」
不甲斐ないのは俺の方だというのにすまなそうにする天理の手をぎゅっと握る。
「天理は何もできない事ないよ。ずっと。そして今だって助けてくれてる」
「ん…お互い様だよ。俺、記憶ゼロにして大事な事忘れてそうで怖いけどな」
そうこうしている内に俺が産まれた場所である大地の神の神殿の裏口に着いた。すると天理の土の精霊を介して大地の神が語りかけてきた。なんだかとても懐かしい表情をする。天理に召還される時はいつもお調子者の土の精霊が異なる表情をしていて俺は不思議な感覚だった。
『間に合いましたね……侯輝。では後は私が導きましょう』
「一つ質問なんですが大地の神」
天理が真剣な表情で土の精霊を介し話す大地の神に問う。
『何でしょう……天理』
「具体的にどうやって?聞いた事実だと侯輝が産まれる時、闇の半身は侯輝の母親の従者やここの神官達を蹴散らし、どこからか現れた光の魂と争う様に揉み合って赤子の侯輝の中に入っていった…と聞いているんですが」
「あっ!そうか!でも今、俺闇の力の使い方とか分かんないよ!それに俺今から神殿の皆や光の魂の俺と戦うの?やだな……」
俺も土護兄から俺が産まれる時は神殿内騒然となったと聞いていた。現れた闇の魂によって育ての父を初め神官達は傷つき、産みの母の従者は傷が元に早世し、産みの母は俺を産んで亡くなったのだ。
「その事実を侯輝は今からやらなきゃならないんですか?」
天理が辛そうに大地の神に訴える。俺を自分の事の様に心配してくれる天理が嬉しかった。
「天理、大丈夫、覚えてないだけで本当にあった事実だもん。俺頑張るよ。それにこれ終わらせないと天理も俺も夢から覚められないしね。むしろ付き合わせてごめんね」
「侯輝……」
俺は覚悟を決め、そして天理を安心させる様に微笑む。
『全て事実通りにする必要はありません。夢から覚めるだけであればこの夢の中で転生さえ叶えば良いのですから。今のあなたは闇の半身であった頃のあなたでは無いのです。できるだけ戦わずに済むように導きます。これから起こす事はあくまで夢の中の幻。ですが、ひょっとしたら貴方にとってより辛い経験になるかもしれません』
「うん、ありがとう大地の神。俺頑張るよ。」
その言葉に大地の神は土の精霊を通して母の様に優しく笑った。
『ではこちらへ…今は闇たる侯輝。まず夢に少しだけ介入して貴方はこれから妊婦である母にお産の祝福を与える旅の神官になりましょう。ここは貴方の夢。貴方自身への改編なら強く思い描けば可能でしょう。そうすれば争う事無く母に近付けるはずです。そして貴方の母に触れるのです。貴方の母は力の強い月の女神の巫女、貴方の闇としての正体には気づくでしょうがきっと迎え入れてくれるはずです。その先に光の貴方との衝突がありましょうが、貴方の偉大なる母が光と闇を共に受け入れてくれるはずです……さあおいきなさい』
「うん、助けてくれてありがと、大地の神。じゃあ行ってくるね天理。夢から覚めたらまた抱きしめてね」
「ああ……行ってこい」
天理は少し泣きそうな顔でそれでも強く抱きしめてくれるとキスをして見送ってくれた。
そして俺は大地の神の言う通りに進めた。闇の力の制御を少しだけ大地の神に導いて貰いながら姿を旅の神官に変える。神殿の正面から入って懐かしい生前の育ての両親に挨拶し誰も傷つける事無く母に近付く。名を名乗り手を取り教えて貰った祝福の祈りを唱える。やはり母の姿は朧げにしか見えなかったが、お産間際だと言うのに産みの母は嬉しそうに笑ってくれたと感じられた。
「あなた……は…お告げの……。そう…名は侯輝が良いのね。よく来てくれたわ。あなたのお陰で私は新たな生命を産むことができる。ありがとう。さあいらっしゃい」
そう言って彼女は優しく包み込む様に抱擁してくれた。
その温もりは紛れもなく母のもの。役も忘れて泣きそうになった。そして陣痛が始まったので離れ、手を放そうとしたが母はしっかりと握ったまま放さない。オロオロしていると、そのままで大丈夫だから握っていてあげてとその後年育ててくれた義母さんが言った。お産の戦いが始まり母は苦しそうにしながら俺の手を強く握りしめてくる。
お産の長い戦いの末、産まれようとする瞬間、空中に光の魂が現れる。見守る者達がおお、と声を上げる中、俺はコイツと戦うのかと身構えたが母は苦しみの中だと言うのにその魂にも受け入れるように「いらっしゃい」と呼び掛ける。するとその光る魂は一瞬目も無いのに俺に視線を寄越したかの様に戸惑うもすぐに彼女の中に吸い込まれたと思った瞬間には俺は意識を失っていた。
そして次の瞬間、俺はただただ泣き叫ぶ赤子となり生まれ変わった事を知った。取り上げられ母の腕の中に抱かれながら少しずつ薄れゆく意識の中で俺は母の声を聞く。
「侯輝、可愛い私の子。無事に生まれてきてくれてありがとう。愛しているわ。仲良くするのよ。そして幸せに……なって……」
事実の様に誰も傷つける事は無かったが、それでも母の死の運命は変わらなかったらしい。母の最期の声を聴きながら俺の夢がゆっくりと覚めていく……

侯輝の転生を物影で見届け、自らも夢から覚めるまで、天理は大地の神に土の精霊を介して質問をしていた。
「大地の神、原初の神たるあなたなら俺が何の神の魂を継いでるのか分かりますよね?」
『……分かります。が、言えません』
土の精霊は表情変えずに淡々と言う。だがその答えに天理は苦しそうに続けた。
「っ……。俺も何かとんでもない過ちをしてるんじゃないんですか?何も思い出せないのは責任逃れじゃ?俺は、」
『貴方は……変わりありませんね。責任感が強い所も。少し思い詰めてしまう所も。ですがその問いには答えられません』
土の精霊を通し少しだけ懐かしい気持ちになる表情を大地の神が送る。天理はハッとすると拳を握りしめ訴えた。
「なぁ!あんたにも……」
『私一応神なのに心配されていますか?ふふ、ありがとう……天理。ではかつて送った言葉を繰り返しましょう。私は貴殿方の行く末をいつまでも見守っていますよ。どうか幸せになってください。あの子の力でこの様な機会が訪れる時が来るとは思いませんでした。久しぶりに話せて楽しかったですよ』
「大地の神……」
天理は大地の神の言葉に一瞬眼を見開き俯くとそれ以上は何も言えなかった。大地の神から感じる懐かしさと暖かさに心が揺れてしまい、これ以上踏み込んではいけないと思ってしまったからだ。
『そろそろ貴方も目が覚めるでしょう。どうかこれからもあの子の支えになってあげて下さい。』
「……分かった。侯輝を助けてくれてありがとう。また……」

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