12.カラフル対応AI

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侯輝と天理が土護に所謂婚前挨拶を済ませた翌早朝、朝食後、天理と侯輝は都への帰り支度をしようとしていると玄関の呼び鐘が慌ただし気に鳴り、神殿の神官らしき男が名を告げながら声をあげた。
「朝早く申し訳ありません![[rb:土護 > ともご]]神殿長はいらっしゃいますか?!至急の連絡があります!」
訪れた神官に土護が対応すると土護は顔を真っ青にして告げた。
「大変なことになった。病魔の遺跡から[[rb:土実 > ともみ]]と[[rb:土花 > ともか]]が帰って来ていない」
「え!いつも通り対処できるんじゃなかったの?!」
侯輝は昨日受けていた説明から姉達の緊急事態に驚きの声を上げ、天理も心配そうな顔を土護に向けた。
「何かイレギュラーな事態が発生しているのかもしれない。詳しい状況が分からない。俺は神殿に向かう…万が一の事がある二人は早くこの街から」
「俺も土護兄に着いてく!土実姉と土花姉に何かあったなら関係なくないよ!放って帰るなんてできない!」
土護が言い終わる前に侯輝が話を遮る。万が一…3人に共通して8年前の悪夢が思い起こされた。
「俺もついていこう。力になれるかもしれない。俺もこのまま帰る事はできない」
天理は侯輝に続き自分もと同行を申し出た。土護は一瞬迷ったが二人の決意した表情を見て決意を固めた。
「……わかった。一緒に行こう。二人ともありがとう」
3人は病魔の遺跡に探索に向かう可能性を考慮し身支度を整えると神殿に急行した。

土護は待ち構えていた部下の神官に入り口近くの医務室に案内される。遺跡から辛うじて帰ってきたという、姉妹を護衛する為に共に病魔の遺跡に出向いていた治療中の冒険者から状況を確認した。冒険者曰く、病魔の遺跡から常にない瘴気が溢れだしており、遺跡の奥に手に負えない相手がいるらしい。姉妹は遺跡に残り状況を知らせる為、自分一人をなんとか脱出させてくれたとの事だった。姉妹が言うには、遺跡を封じる聖清石でまだ辛うじて持ちこたえているがいつまで持つか分からないという。帰還した冒険者を治療していた神官は冒険者の病状が直接的な外傷によるものでなく、瘴気を浴びた事による病気に近い事を告げた。いよいよ悪夢の再来を予感させる。
「土護、瘴気なら俺の風の精霊で防ぎながら進める。土実と土花を助けられるはずだ」
「土護兄!早く行こう!」
「分かったすぐ準備する!」
土護は厳戒態勢を敷くべく他の神官へ指示し、市長と冒険者ギルドへの緊急の使いを出す。病魔の瘴気が街中に溢れだす事があれば体の弱いものは逃がさなければならないのだ。土護が指示を出し、予備の聖清石を準備する間、天理は一刻も早く姉達を助けに行きたいと焦る侯輝を宥めつつ、病魔がもたらす病気について治療にあたっていた神官から、この8年間で何か対策や解明が進んでいたのか万が一に備えて、情報を集めていた。

素早く移動する事とこれから救出する二人が移動できない状態である可能性を踏まえ冒険者ギルドで荷馬車を借りる。既にギルドには緊急通知が届いており慌ただしい雰囲気が漂っていたが、先に別途連絡しておいた為すぐに借り受ける事ができた。そして荷馬車をすぐ出せる様、準備して待っていたのは不知火だった。
「私も着いていきます!私も力になれると思う!」
「話には聞いたと思うが今回の件は大変危険だ、年若い君を連れて行く訳にはいかない。できれば冒険者として避難誘導の手伝いをしてもらえると助かる」
土護は年若い女子の参加を否定した。だが不知火は予期していたのかすぐさまギルド証を呈示し、自分の年齢と冒険者ランクを明かした。年齢は土護と天理の一つ下でしかなく、ランクは侯輝より二つも上だった。侯輝と同じくらいの年齢だと思っていた3人はそれぞれ多かれ少なかれ驚きの色を見せた。
「構わないんじゃないか?実力は問題なし、手が借りれるなら願ってもないだろ?」
「そうだよ!それに急がなくちゃ!」
土護は天理と侯輝の言葉と不知火の真剣な眼差しに負け、「すまない、よろしく頼む」と同行を認めた。

4人になった一行は遺跡に向かう馬車を走らせながら連携の為、お互いの能力を確認し合う。不知火は戦士であり火の精霊使いであった。街への移動の際に、天理が見た彼女の剣技が炎が舞っている様に見える様は、彼女の精霊力がダブって見えていたのかもしれないと思い至る。侯輝にも稀に起こる現象だが発動無しで溢れて見えるくらいであれば彼女は相当な火の精霊適性があるのだろう。実直そうな彼女の振る舞いの中に熱い魂が宿っていそうな雰囲気を感じさせた。また天理が本業は学者であり、希少な4属性精霊適性持ちである事を伝えると驚くと同時に何かを思い出そうとしていた。

土護が操る荷馬車が人里離れた丘の上に進む。病魔の遺跡に近づくにつれ瘴気が薄っすらと漂ってきた。荷馬車を安全そうな所に繋ぎそこからは徒歩で急ぎ進む。
土護は今までも遺跡を何度か確認した事があったが、これほど濃くなるのは初めてだった。もし妹達がまだ聖清石で持ちこたえていてこれなのであれば相当まずい状態である事を皆に伝え、愛する妹達の安否を心配した。
「大丈夫だよ!土護兄!二人は絶対助けられるから!」
不安が顔に出てしまっていた土護に侯輝が力強く励ますと土護は今は目の前の事に集中しようと気持ちを引き締めた。
病魔の遺跡に近づく程に瘴気が濃くなり天気は快晴で日も登って来てきているのに、辺り一面がまるで夜の様に暗くなっていた。侯輝が光の精霊魔法で周囲を照らし進む。瘴気をまともに浴び続けていればひとたまりも無いと、天理は[[rb:風の精霊 > シア]]を呼び出すと清浄な空気のフィールドを自分達の周りに展開させた。
「土護、知っていると思うが俺は魔力がそう持たん。まずは急いで妹達を探し退避させるぞ」
天理は魔力回復用の魔畜石を用意しておきたかったが、生憎できなかった。土護の神聖魔法によりある程度魔力の融通はできるが、もし戦闘になればその余裕も無くなる可能性があったのだった。

遺跡建物内部に侵入する。遺跡から帰還した冒険者の情報によると、遺跡内部最奥、かつて病魔が居座っていた広間を瘴気を封じる祭壇として改築を施した広間に姉妹は残っているとの事だった。元は何かの施設だったと思われる2階建ての遺跡内部は小部屋は多いが通路はほぼ一本道で迷う事はなく、定期的な儀式の為通路は最低限整備されており、何度か通った事のある土護のナビもありスムーズに進めた。
途中小部屋からアンデッドの類が襲ってきたが、神官戦士である土護、[[rb:光の精霊適性 > 歩くターンアンデッド]]持ちの侯輝、アンデッドに有効な炎の精霊適性のある不知火の3人が居たため、天理はシアの維持だけに集中できた。侯輝が居なければ本当はもう少し面倒だったかもしれない。
目的の部屋にたどり着く直前、一体の青年の霊がさ迷っていた。侯輝が居るにもかかわらず出てこれるという事は強力な霊という事になる。侯輝、天理、不知火が警戒を強めていると土護が静止した。
「みんな、あの霊は放っておいていい」
「え?大丈夫なの?」
土護はこの遺跡に通う内にその霊とは何度か遭遇した事を語る。哀れなさ迷える霊を土護は神官として神に鎮魂を願おうとしたが、全く効かなかったのだった。辛うじて話す事もできる程、強力な霊だったが、言葉が通じず、特に悪さもしなかったので存在が暗黙となっている事を説明した。
「俺がもっと徳を積んだら彼を鎮魂できるかもしれないが今は先を急ごう」
土護に促され一行は儀式の間に進む。青年の霊の横を通り過ぎる時、土護の言う通りその霊は何かを呟いているのが聞こえた。
『…エ……どこ……もう一度……たい』
天理は微かに聞こえたその言葉が古代語で話されている事に気づく。掠れた声から辛うじていくらか単語を聞き取れたが、天理が聞き取れたのはそこまでで後は何を言っているのか分からなかった。遺跡にいる霊なら古代語を話す可能性はあるだろうがそうなると数百年はさ迷っている事になり、相当な未練があるのだろう。土護は敬虔な神官だが、そうなると徳を積んでも神の力に頼った鎮魂は難しいかもしれない。だが言葉が分かる自分が仲介に入れば鎮魂が可能かもしれないなと天理は頭の片隅で思った。だが今は姉妹の救出が先だと頭を切り替えていると一瞬、その霊がこちらを見た気がした。

最奥の儀式の間に辿り着く、横開きの大きな扉を開けるとそれまでの小部屋と異なり20畳程もあるの広さの部屋の中心に、かつて土護と侯輝の両親が命懸けで設置した瘴気を封じる為の基盤となる一抱え程の大きな聖清石が鎮座しており、その脇で双子の姉妹が定期儀式用の小さな聖清石を握りしめ祈る様に並んで倒れていた。その二人を守るかのように白い光が覆っていたが聖清石からビシッと音がすると共に光は霧散していき大きな聖清石に少しひび割れが入った。辺りには姉妹が倒したと思われるもう動かぬゾンビやスケルトンの類が転がっている。
「土実!土花!」
土護と侯輝は慌てて駆け寄りまだ姉妹に息がある事を確認し、土実と土花をそれぞれ抱きかかえる。駆け寄る二人に離れない様ついてきた天理の作るシアの清浄な空間に入ると姉妹は少しだけ呼吸が楽になったのか、揺すってみると二人は力なくも意識を取り戻した。
「父?…兄、さん…」
「もしかして…侯輝?」
「土実、頑張ったな、もう大丈夫だからな」
「良かった!そうだよ!侯輝だよ、土花姉!」
土実は敬愛する兄が助けにきた事に安心して微笑み、数年ぶりに侯輝に再会した土花もすぐに弟だと理解し微笑んだ。
土護がとり急ぎ回復魔法を唱えようとすると土実に手を止められた。
「兄、さん…回復は…効かない…」
「それ、より…気をつけて…」
「土護、ここじゃ治療しにくいだろ。予定通り一旦引く…」
「危ない!」
土花が注意を促し、天理が言いかけていると双子に襲い掛かろうとしていた何かの腕を不知火が警戒の声と共に切り落とした。
見ると真っ黒な瘴気が凝縮した様なヒトの姿をした全長3メートル位の何かがそこに居た。ソレは一旦引くと動かぬ死体を貪り食い始めた。吐き気を催すようなその光景に一行は青ざめまたは嫌悪感を露わにする。不知火はそのままソレを阻む様に前に立ち、侯輝は土花を一旦横たえさせると剣を放ち不知火に倣って前に立つ。
「何なんだ……アレは……」
「兄さん…あれが…きっと8年前父さんと…母さん達の封印から…逃れた病魔の本体…生き残りだと思う」
「8年かけて力を蓄え、復活したんだと思う…ごめんなさい…私たちが倒した死体を食べて更に力を付けてしまった」
「あいつが瘴気の源…病魔か……」
姉妹の話を聞き、天理は倒れた姉妹を連れて一旦撤退するプランを諦めた。まず今までこの病魔が遺跡からは出てこなかったのに姉妹を襲ってきた所を見ると病魔を封じる聖清石の効果はまだかろうじて生きており、病魔の狙いは姉妹が持つ聖清石の破壊と儀式を行う姉妹の殺害だろうと判断した。殿と一時撤退組で二手に別れられれば良かったが、濃い瘴気に満ちた遺跡に残るなり脱出するには清浄な空気の空間を生成できる自分が居なければならず、それは叶わない。病魔が出て来てから瘴気が更に濃くなり、天理は自分達の周りの空間の清浄化だけで手一杯になっていた。ならば今、病魔をここでどうにかするしか全員帰る方法は無いと天理は考えた。
あっという間に死体を食い終わった病魔は切り落とされた腕を瞬時に復活させる。前の腕より僅かに太くなった腕。四つ足姿勢となり、まるで老婆のような声で威嚇するように何かを叫んだ。
『次はオマエラカ!?』
「っ…!え?」
「「ぅぅっ……」」
それだけで全員が軽い吐き気を覚え、特に倒れている姉妹が苦しそうにする。
「何言ってんのあれ!すんごく気持ち悪いよ!あれが父さんと母さん殺した元凶?」
侯輝が敵意を燃やし、不知火が静かに敵を見据え、土護が姉妹を守りつつも警戒する中、天理は病魔の叫びが分かりにくいが古代語で叫ばれた事に驚く。
(人の言語を理解し、話せるのか?)
「あいつの言葉、古代語だ…あいつと交渉できるかもしれない。次はお前らか、だと」
「古代語?じゃああいつと話せるの?!でも今更交渉なんて!」
侯輝達の両親だけではない。8年前一体どれだけの人々が犠牲になった事か。侯輝は憤りを表しながらも剣を構え病魔の動きに備え集中する。
皆の気持ちを考えれば確かに今更ではあった。だが8年前、そもそもなぜこの遺跡にこの病魔が現れたのか未だに分からずじまいなのだ。辛うじて封印できていたが根本的に解決する方法があるなら天理は交渉にかけてみたかった。
「分かってる。けど、やれる事があるなら全部やっておきたい。病魔と話させてくれ!」
土護は急を要する状況にありながらも、天理が例えどんな相手であろうと理解し受け入れようとする姿勢が今も昔も変わらず、それは自身の信仰する大地の女神の教えにも通じる所があって嬉しく思った。それを本人に言うと「どうせ甘いって言うんだろ」と否定してくるが、それは違うのだ。そして侯輝もそんな天理が好きになっていた。
「分かった。任せたよ」
「うん!俺と不知火で病魔を引き付ける!その間に交渉して!」
侯輝と不知火はうなずくと皆を守るように侯輝は剣を構え、不知火は火の精霊を呼び炎の剣を構えた。と同時に病魔が侯輝の方に襲いかかってきた。土護が間際で大地の神に祈りを捧げ全員に守りの加護を受けると侯輝はその速さに少し驚きつつも剣で攻撃を受け止める。
「攻撃は受けるな!ただの怪我じゃすまなくなる!」
「分かった土護兄!」「了解!」
『邪魔ダドケ!』
土護から警告を受けた侯輝と不知火が攻撃に最大限警戒する中、病魔が叫びながら更に攻撃を仕掛ける。病魔は一見四足獣の様な形態だが定まらず時折思いもよらない所から腕の様なものが生え攻撃してきた。また病魔が言葉を発する度に軽い吐き気が起こり、横になったまま嘔吐しかけている姉妹を土護が病魔を警戒しつつ心配そうに介抱していた。このままでは交渉の前に姉妹がもたない。あれをどうにかしなければと天理は考えを巡らせた。
(病魔が言葉を発する度にもたらされる吐き気、魔力的な挙動は感じられない。音……?)
天理は以前、特定の超音波を発する遺物が家の地下に眠っており、その家人が吐き気で昼夜悩まされていたという話を思い出す。その超音波だけどうにかできれば……。
『シア!不快な音から姉妹を守りたい、力を貸してくれ』
『はい、あるじ』
天理はシアに瘴気の浄化中で忙しいとこすまんと心話で謝罪しつつ不快な感覚を共有しながらその原因となる音の解析、及び排除を命じた。勤勉なシアはすぐさま天理の願いを聞き届けると、風の力で姉妹の周りに防壁を張る。
姉妹がまだ苦しそうではあったが和らいだ事を確認すると古代語で病魔との交渉を開始した。
『お前の目的は何だ!なぜ病気と死をもたらす!』
侯輝と不知火と戦いながらも病魔は答えた。
『復讐!私ヲ悪魔ダト断ジ処刑シタ者達ヘノ!ノウノウト生キテイル者達ニ苦シミト死ヲ!』
「復讐?処刑だと?」
古代において冤罪を受けた者だという。その間にも、病魔の攻撃を少しずつ見極め、相変わらず正規の手順を踏まず気合いだけで剣に光の精霊を宿し振るう侯輝と、契約精霊を操りながら振るう不知火の炎の剣が連携を取りながら少しずつ病魔を削る事ができていた。だがそれを意にかけず病魔は瘴気を濃くし叫ぶ。
『無駄ダ!私ハ幾度デモ甦ル!』
先ほどの病魔の再生を思い出した天理は土護に呼びかける。
「土護、病魔の再生と強化を止めておきたい、周りの死体を地に返してやってくれ!」
「了解。我等が母、大地の女神よ。その腕に哀れな者達を抱かせ給え!」
敬虔な使徒の願いに答えるかのように辺りの地面に光が広がり瞬く間に周囲の死体が地に吸い込まれる様に消える。
『忌々シイ大地ノ下僕ガ!ダガソレダケデ私ヲ滅セラレルト思ウナ!』
『っ……お前は何者だ?!』
天理の具合を誰よりも注意している侯輝はその様子から、浄化と姉達の守護の為、シアの維持で手一杯である事を察した。天理は交渉を望んでいるが長引けば嫌な予感がする。焦る気持ちを押さえ瘴気の増加を少しでも軽減できるよう病魔の力を削ぐ為、剣を振るう。
『……オ前ダナ?煩ワシイ風デ私ノ力ノ邪魔ヲシテイルノハ。私ヲ知リタクバ直接教エテヤロウ』
「何?」
濃くなった瘴気から皆を守る為必死でシアに注力しながらの天理の問いに一瞬、目が無い様に見える病魔の視線が天理へと向けられた気がした。病魔が不知火に大きく振りかぶり不知火が避ける為一歩引くと、同時に病魔も大きく後ろに引き力を貯める様に姿勢を低くする。
侯輝は病魔の発する古代語は理解できなかったが天理の反応と、病魔の瞳と思しきものが自分でも不知火でもなく、真っすぐ天理を向いている事に嫌な予感がした。考えるより先に体を動かし、天理を庇う様、大きく後退する。と同時に病魔の背中と思しき場所から幾本かの鞭の様な触手が天理に一斉に襲い掛かってきていた。
「誰に手ぇ出してんの!」
侯輝はその攻撃に気付いたのが自分だけだった事に一瞬感謝しつつ、天理を守るべく前に立ちふさがった。天理から貰った婚約指輪に魔力を流し込み障壁を張り防ぎ、剣で触手を数本を切り落とすが全てを防ぎきれず体で受ける。革の肩当てが吹き飛び触手が肩を貫いた。
「ぐっ!」
「侯輝!!……!……ぁ」
侯輝の肩が貫かれる光景に気を取られた瞬間、天理は瘴気を清浄化していた[[rb:風の精霊 > シア]]に何かが触れられたような感触があった。ゾワッとした寒気を感じ、天理にシアから感覚が逆流して伝わると天理の脳内に見知らぬ光景が広がった。

それはまるで自分が体験してきたかのように鮮明に思い出せる程生々しく、そして悲しく辛い記憶だった。
それは一人の女医師の記憶。遥か昔あらゆる病気を治し、果ては死者をも甦らせた。彼女の住む小さな街は医療の最先端の街として栄え人々が集い、その知識と人となりから人々に絶大な支持を得るに至ったが、為政者により悪魔と断じられ処刑された。知識も偉業も後世に残らぬよう、物も人も街ごと全て棄てられた。
天理は記憶の中、彼女が処刑される前の日の最後の景色を見る。彼女の部屋は壁一面に本棚があり、そこには医学書がぎっしりと詰まっていた。机の上の日記に彼女は最後の記録を記す。『今日、私は死刑になるだろう。だが私の知識は全て後世へ残す。私の知識が少しでも多くの人を救う事を願って』悔しくて悲しくて、視界が涙で滲みながらも、記録を続ける『彼の回復を見届けたかった。彼の笑顔をもう一度見たかった。どうか私の遺した知識で彼の命が救われますように』
だが彼女の願いは何一つ叶わなかった。
「ああああぁ!!」
視界が業火に染まり女医師の死に際の苦しみが天理に伝わる。女医師と同調していた天理は涙を流しながら余りの苦痛に叫び声をあげた。だが、そんな天理の様子に構わず、その脳裏に映る記憶の中の女医師は語る。
『どうして私が悪魔の所業を行ったなどと謂われなき罪を着せられる必要がある?罪の無い人々まで殺される必要があった?私は皆を、彼を救いたかっただけなのに…』
そして血の涙を流す女医師の姿がみるみる崩れ病魔の姿になった。
「ぐっ!ぁああ!」
体が崩れ落ちる感覚が天理にも伝わり、痛みと悲しみに包まれて天理は身動きが取れなくなってしまう。
『私を悪魔と呼ぶのなら、そノ通りニしテヤろウ。私ガ治スはズダッタ病、逃レルハズダッタ死ヲ、私ナドヨリ余程悪魔デアル カノ者達ニクレテヤロウ』
「ぐっ…」
天理は動かなければと思うも心が竦んで動けない。女医師の想いに飲まれそうになり必死に抵抗するが抗えば抗おうとする程彼女の記憶が、感情が流れてくる。彼女の嘆きと怒り、そして深い絶望と悲哀、彼女の心が闇に覆われ膨れ上がる。それは深い深い闇の塊となっていた。女医師に同調している天理はその心を深く理解する。もうその心が自身では止められない程闇に捕らわれ暴走してしまっており、それは以前侯輝が暴走気味になっていた時の様子と重なって見えると、天理はどうにかして彼女の絶望的な想いを救いたいと、そして強い意志の力が必要だと願った。
「侯……輝……!」
傍にいていつも自分を勇気付けてくれる強い意志、太陽の様な最愛の男。心の中に無意識に侯輝が思い出されると天理はその名を呟いていた。
「天……理……は……こ……い……よ!」
天理はそこには見えないが確かに侯輝の声が聞こえた気がした。と同時に体を包み込まれる様な強い感覚を覚えると天理の心に力が沸いてくるのを感じる。
(ここでもおまえは助けてくれるんだな侯輝……)
竦んでいた天理の心に平静が取り戻されると天理は涙を拭い真摯に女医師に語り掛ける。
「……あんたの、名は?俺は天理」
『聞イテドウスル…』
「今さら遅いかもしれないがあんたの遺したかったものを遺そう。ここに称えるべき存在がいたことを標したい、あんたの……一番救いたかったものはもう取り戻せないが……」
まず天理は考古学者としてこの国に埋もれたままの真実を放置することはできなかった。女医師の心を知り彼女が本当に求めていたものはどうしても救う事ができない事を辛く思うも、天理は誠心誠意心を込めて語る。
病魔は一瞬唖然とした後、静かに涙を流し始める。天理は少しだけ瘴気の圧力が薄まった様に感じた。
『心ガ繋ガッテイル今、貴方ニ嘘偽り無イ事ハ解ル。貴方ハ優シイノネ、マルデアノ人ノ様。デモモウ遅イ。私ハ、彼ヲ殺シタモノ達ト同ジヨウナ存在。死ヲモタラシタ私ヲ一体誰ガ称エル?』
「病魔として、悪魔と呼ばれた者としてじゃない。医者としてのあんたをだ!あんたを鎮めたい、このまま永遠に悪魔でいるのか?!俺が……もしその彼ならあんたのその姿は辛くて耐えられない」
天理の言葉に病魔の姿が揺れる。
『アァ……アナタハ……』
と同時に天理は何かがまた自分の意識に触れるのを感じると、自分から霊体離脱したかのように一人の霊が目の前に現れた。それは儀式の間に入る前に遭遇した青年の霊だった。霊は病魔に向かって叫んだ。
『エルブ!君なんだろう?』
青年の霊を見、エルブと呼ばれた瞬間、病魔の姿が大きく揺れると再び女医師の姿に戻る。エルブと呼ばれた女医師は涙を流す。
『フォル……!ああ、もう一度会いたかった……ごめんなさい私は貴方を救えなかった』
エルブは青年の霊の名を呼ぶ。そして生前の悔いを吐露した。
『いいや、僕の方こそ謝らなければならない。エルブ、僕は君が辛かった時に何もできなかった。僕が目覚めた時、もう君が処刑されたと聞いて絶望した。君が救ってくれた命だったのに僕は進んで命を投げ出してしまったんだ』
エルブが処刑され、為政者に街全員皆殺しにされた際、丁度目覚めたフォルは逃げ出さず喜んで死を受け入れていたという。ただ、エルブに一目会いたかったという未練がフォルを数百年も霊としてこの遺跡をさ迷わせる事となった。
フォルは大粒の涙を流すエルブを抱き締めた。
『ありがとう、僕の為に泣いてくれて。僕は幸せだよ。こんなにも想われてるなんて知らなかったから。愛しているよエルブ。これからはずっと一緒に居て欲しい』
『ありがとう、フォル。えぇ、私も貴方を愛しています』
二人はお互いを強く抱き締めた。そして少し離れるとエルブは『少しだけ待っていて』とフォルに告げ、天理へと向き直った。
『私に手を差し伸べ、苦しみを共有した貴方をひとたび信じましょう、優しき精霊使い、天理。私は悪魔としての存在を捨てましょう』
そう言ってエルブは天理の額に手をかざすと天理の中に彼女の膨大な知識が流れ込んできた。その知識は現代技術ではなし得ないものばかりで医師でもない天理にはほとんど理解できなかったが、天理は確かに受け取った。ただその中で病魔がもたらした病の対象法だけはまるで生徒に教えるかの様に丁寧に伝えられた。
「この知識は……!」
『貴方に私の全てを授けます。私の名はエルブ。目を覚ましたら私の名を呼んで……』
エルブはそう言い残すとフォルと手を繋ぎ微笑する。そして二人の姿が消えていく……天理は女医者の名を心に刻むと意識を取り戻した。

天理が目覚めると侯輝の腕の中だった。
「天理!天理!天理!俺を置いてかないって約束したでしょ!目を覚ましてよ!」
「落ち着きなさい侯輝、気を失っているだけだから」
天理は侯輝の腕の中で、侯輝の泣きそうな声とそれを落ち着かせようとしつつも心配そうな土護の声を聞きながら、先ほどの幻覚の中で沸いた力の正体が誰のものだったのかを再確認する。
「そう、だぞ…」
侯輝は天理の声を聞くとガバッと一旦起き上がり、まだ真っ青な顔をしつつも意識を取り戻した天理に安堵した。
「天理!!良かった!大丈夫?」
「ああ、ありがとな侯輝、お前、怪我は」
「土護兄が治してくれたから大丈夫!」
「だが急ぎ病気の治療をしないとならないよ」
天理を庇って受けた侯輝の傷は土護の回復魔法によってひとまず傷は塞がれていたが、衣服に流れ出たまだ新しい血の跡が痛々しかった。破損した鎧と服の間から見える肌は明らかに変色しているのが見える。放置すれば姉妹同様急を要する状態になるだろう。
天理はその事実に一瞬怯みそうになるも侯輝の力強い瞳に力を得ると一刻も事態を解決する為に動く事にする。
「っ…どれくらい経った?今どうなってる?」
天理が侯輝に支えられながら起き上がり見渡す。病魔は不知火と対峙しているが、病魔の積極的な攻撃が止んでおり、防戦としては良かったが不知火も攻めあぐねている。
「2、3分位だよ!」
「こっちは大丈夫です!」
「天理、起き抜けで悪いけど風の精霊の浄化を。魔力が足りないなら融通するから」
天理が気絶したことでシアによる清浄な空気のフィールドの維持ができなくなり、徐々に瘴気が覆おうとしていた。苦しそうな姉妹達を土護が心配している。
「土護すまん少し頼む」
土護は頷き天理に触れると神聖魔法で自らの魔力を天理に少し魔力を分け与える。天理は再びシアを呼び出し、清浄なフィールドを再形成した。
「それで天理、何があったの?」
侯輝は気絶中の天理の苦痛の叫びと何かを話そうと口を動かしているのを見聞きし、天理がただ気絶し幻覚攻撃の類を受けているのでは無い事を察していた。
天理は気絶中に見聞きした病魔の正体である女医師エルブの話を掻い摘んで話し、彼女の魂を鎮める必要がある事を説明する。そうすれば瘴気はもう発生しなくなる事を。この街出身者ではない不知火以外がそれぞれ複雑な表情をした。天理自身も無関係では無かったが土護達兄弟姉妹にとって病魔は親の仇だ。それを称え鎮めろというのだから。
代表するかの様に土護が口を開く。
「その話は信用していいのかな、天理。おまえに病魔が幻影を見せただけではないのかな?」
土護は天理を疑うというよりは確認の為に聞いてきた。土護は万が一親友が病魔に利用され苦しむ事にならないか心配していた。天理は首を振る。
「土護、神殿を預かるお前なら知っているな?かつての病魔がもたらした病気の症状と対処方法を」
「もちろん知っているよ、未だ後遺症が残る人も居るし、万が一に備えて研究は進められている。ある程度は軽減できるようになった。ただ全員は助けられないかもしれない…」
天理は病魔である女医者が教えた情報の中の病魔の病気の症状や治療法の情報を話し、土護の知識と照らし合わせる。土護はその情報が自らの情報とほぼ一致している事を確認した。天理が話した治療方法を用いれば土実も土花も助かり侯輝の治療も容易に可能だろう。土護は女医者が少なくとも病気の事に関しては嘘は言っていないと判断する。
「病魔…そのエルブ?が天理に病気を治す方法教えてくれたって事?」
「ああ。俺達をどうにかしたいなら、俺を幻覚で閉じ込めたままにしておけば良かったのに解除してきた。土護、俺はエルブの言う事に嘘は無いと思う。あの苦しみが偽物だったとは思えないんだ。俺はそれを鎮めてやりたい。頼む力を貸してくれ」
それは現神殿長であり、かつて命懸けで病魔を封じた両親に最も近しい存在である息子 土護の協力が不可欠であった。土護は天理の真剣な表情を見て決意を固める。
「…分かった、協力する。お前を信じるよ天理。でも万が一の対策は進める。お前たちもそれでいい?」
土護は姉妹と侯輝に確認をとる。
「私は…兄さんを…信じてるから」
「私も…兄さんの決めた事に…異論はないわ」
「俺は天理を信じてるから!」
「ありがとな」
「やだ侯輝…相変わらず…天理さんにべったりなのね…」
土実、土花が同意し、侯輝が元気よく答え天理が苦笑すると土花が力無くも突っ込んだ。
「だって俺は天理の婚約者だからね!」
「…」
「「え?」」
「そうだったんですね!」
さも当然とばかりに言い切った侯輝に、天理が無言でひっそり照れていると土実と土花が固まった。剣を構え警戒しつつ偏見は無いらしい不知火が気持ちはしゃぐ。
「はい、その話は後でゆっくりしようか。お前たち賛同してくれてありがとう。天理。」
「皆ありがとう……エルブ!」
天理は土護達の承諾を確認し頷き礼を言うと病魔となった女医者エルブに向き直り、彼女の名を呼ぶ。すると病魔だったモノの形が一般的な女性の形に変化した。一同から驚きの声が上がる。そして古代語で天理に話しかけてきた。もう言葉を聞いても気持ち悪くならなかった。
『この地に住まう者達に災いをもたらした事、謝って済むことでは無いことはありませんが深く深く謝罪致します。再び災いをもたらそうとしていた私を止めてくれてありがとう。』
天理に通訳されながらエルブはそう言うと頭を下げた。土護達は病魔が自分達に害意を持っていない事を感じ取り、エルブの言葉を信じる事にした。
「貴女がが何故病魔になったのか教えてくれないか?」
『私にもよく分からないのです。失意の霊として天に昇る事もできず数百年ただ漂う私に何かが…暗い闇…っ…ぅ…ああ……ごめんなさい思い出せないのです…』
「っ……」
土護が尋ねるとエルブは思い出そうとすると苦しみだした。土護はエルブに無理に話さなくて良いと告げて苦しむ彼女を労った。それを聞いた侯輝が過去暴走してしまいそうになった自分を思い出し不安そうに顔に陰りを見せると、天理がそっと大丈夫だというように侯輝の手を握りしめ、侯輝は小さく頷いて答えた。
『ありがとう。叶うならどうか同じ悲劇が繰り返されない事を。再び誰かが悪魔とならない事を』
『ああ、俺達にどれくらいできるか分からないが出来る限りはやってみるよ。どうか安らかに眠ってくれ』
天理が微笑すると、エルブは体を差し出す様に手を広げ、受け入れる態勢を取る。
『ああ、やっと彼と旅立てる…』
「皆、頼む。送ってやってくれ」

「はぁぁぁぁ!」
「お願いだ[[rb:閃紅 > せんこう]]。我が身に宿りし火の精霊よ。かの者に送りの火を。」
侯輝が光の精霊を宿した剣で女医者の瘴気を切り裂き祓い、不知火が炎で埋葬するかの様に燃やす。少しずつ瘴気が少なくなり魂だけになると、青年の霊フォルが現れ魂だけとなったエルブに寄り添う。驚いている土護に天理は「一緒に送ってやってくれ」と頼んだ。土護は頷き、大地の女神に鎮魂を願った。
「我等が母、大地の女神よ。この者達に安らかな眠りを与え給え」
エルブとフォルの魂が光に包まれると徐々に薄くなり消えた。辺りの瘴気が少しずつ薄くなっていく。そして聖清石が力を完全に使い果たしたのかの様にヒビが更に深く入ると、ガラガラと音を立てて崩れた。土護はその様子を胸に手を当て父母想いながら見つめる。土護はもう大丈夫だろうと心で思いつつも念の為、持ち込んだ予備の聖清石を即席に設置しておいた。

遺跡内の安全を確認すると双子姉妹を土護と侯輝で運び遺跡を出る。日は頂点に登っていた。辺りの瘴気もほぼ消えており、一行は安堵の息をつく。瘴気が晴れ明るく照らされた遺跡を改めて見るとそこはかつて病院だった場所の様に見えた。
遺跡から離れて繋げておいた荷馬車まで辿り着くと姉妹を乗せて急ぎ街の神殿に戻り治療を開始した。エルブが伝えた治療方法を試すと、姉妹と、傷を負い少しだけ病状が進行していた侯輝、先行して治療を受けていた冒険者共に順調に回復し始め、大量に瘴気を吸ってしまっていた姉妹も少し時間をかければ完全に回復できる見通しが立った。
土護は各所に事態の報告の伝達を飛ばす。神殿長として市長に取り次ぎ、今回の顛末と、女医師エルブの偉業を称えるモニュメントの制作を依頼する。あくまで病魔=女医師ではなく、過去に病気を治す為に尽力した医師を称える為、今回の事件でも解決に貢献があった為という名目で。土護を幼い頃から知る元教師であった市長は常にない熱心な依頼に驚きつつも了承し、近日改めて正式な手続きを行うと返事をした。
また天理はエルブから伝えられた他の知識を分かる範囲で伝え記す事とした。それはあまりにも難解かつ膨大だった為、学院にて専門家に監修を受けながら改めて記録する事になった。かつて克服されていた不治の病はまた克服され、過去の出来事は新たな知識と教訓を得る為の教材となるだろう。

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