12.カラフル対応AI
姉妹の治療を教会の神官達に委ね、侯輝も事件解決の報告をギルドに行う。土護が市長経由で依頼を出していた為、侯輝と不知火は事件解決の報酬を受け取った。天理は冒険者では無かったが協力者として特別に報酬を貰った。
ついでに定食屋にて三人で昼食をとる。
「私も報酬を受け取って良かったんだろうか。土護さんに無理やりついていってしまったのに」
「不知火いてくれて姉貴達助かったし全然その資格あるよ!」
「そうだな居ないと結構まずかった感謝してるよ」
「そう言ってもらえると嬉しい」
不知火は少し照れたように笑った。二人は実力の割に随分と謙虚だなと思いつつ、改めて土護の嫁…未来の義理姉になるかもしれない彼女と和やかに会食を進める。
「ねぇねぇ不知火は将来どうするの?冒険者続けるの?」
兄の恋バナに興味津々といった感じで侯輝が遠慮無しに質問をする。そんな侯輝に呆れつつも自分も少し関係が出てくるかもしれない相手だったので咎める事もなく黙認する天理。そして不知火が少し考えてから答えた。
「ああ、私は兄達の様に騎士を目指していたんだけど中々難しくて。でも兄達の様に人々の役に立てるような冒険者でありたいんだ」
なかなか良い家の出らしい不知火はその安易では無いともう分かっているだろう夢を少し苦笑しつつも、それでも芯の籠った声で告げた。そんな彼女の想いを汲み取りつつ、なるほど。と二人は素直に頷く。
「活動拠点って都じゃないんだよね?俺知らなかったし」
都で冒険者間で顔が広い侯輝が知らないなら、そうなんだろうなと思う天理。
「うん、主に地方街で活動している事が多くて。この街もいいかなって思ってるんだ」
少し照れながら言う不知火に、彼女の土護への淡い想いを察する侯輝と天理はふーんと頷く。
「そっか!街の復興の為に土護兄達も頑張ってるし、この辺の治安維持の為にもできるだけ滞在してくれると俺も嬉しいな!」
天理はその弟である侯輝自身は都に出て俺と結婚生活始めようとしてるんだがと思ったが口には出さないでおいた。土護もとやかく言う事は無いだろう。
「そうか!私に出来る事があるなら協力したいと思う」
少し照れたように笑う不知火に、彼女は本当に土護が好きなんだなぁと思う侯輝だった。
「あのね!土護兄なんだけど」
「な、なんだろうか!」
土護の名で明確にちょっと赤くなるのが微笑ましいなぁと思いながら二人は不知火を暖かい目で見る。
「土護兄はね、ちょっと鈍い所があるから伝わってないなって思ったらガツンと行った方がいいからね!」
満面の笑みで言う侯輝。
「そうだな。頑張れ」
天理は一つ下とは思えない程童顔の彼女に、でないと一生妹扱いだからなと思いながら同意しておいた。
「がつん。わ、わかった!頑張る」
不知火は顔を真っ赤にしてコクコクと頭を振った。
そんな話をしながら昼食を終える。侯輝は不知火を家族の夕食に誘ったが、不知火は元々兄達のお使いでこの街に来ていたからと、誘いを惜しみながら都へ帰って行った。
不知火を見送り別れると天理と侯輝は土護達を待つ間、土護達に代わって夕食を用意しておこうと商店街で食材を購入する。半日前まではまた大災害に襲われていたかもしれないと思うと、こうして当たり前に買い物している人々を見ていると胸を撫で下ろさずには居られない二人だった。当たり前に先の事を考える事ができる日常は、何物にも代えがたいものだと改めて実感する。家へと帰る道すがら先の事と言えばと天理がふと呟く。
「俺も不知火にお前んちの夕食に混ざってて欲しかったんだがな」
「そうだよね!機会作って不知火を応援したいし!」
侯輝が不知火の事を気に入り兄土護との進展に積極的に働きたいと思っていた事に関しては天理も同意してはいた。
「いや…それもあるが。不知火が居れば前の双子の姉貴達の矛先を俺から反すのに適任だと思って」
天理は侯輝と婚約者になった件で姉妹に絶対弄られると確信があった。特に妹の土花の方から。侯輝の双子の姉土実の方は土護同様真面目な性格でそういった事はまずしないが、妹の土花の方は確実にあれこれ弄ってくる。
「えぇーだぁーい丈夫だよぅ。ちょっと馴れ初めとか根掘り葉掘り聞かれるくらいだからさ!」
「それが苦手なんだが?」
「大丈夫!俺が完璧に答えてあげるから!」
「だからそれが苦手だっつってんだよ」
あっけらかんと自信たっぷりに言う侯輝に、ああ、土護と土実と違い、土花と侯輝は似た者姉弟だったなと天理は思い至った。
「そう?俺は楽しみだけどな!姉貴達とも久々だし!」
「はいはい。俺が恥ずかしくて死なない程度にしてくれよ」
楽しそうに言う侯輝に、天理は呆れつつも仕様が無いなと小さく笑った。侯輝は姉妹とも久々なのだ、今でこそ明るく振る舞っているが、今回の一件で心中ただならぬ状態だったはずで、少しくらい恥ずかしい思いなど我慢するべきだろうと諦める。少しだが。
「大丈夫!俺に任せて!姉貴達にも俺達の仲の良さを見せつけてやるんだから!」
侯輝はガッツポーズをして見せる。少し我慢するだけでは済みそうに無い様子に、天理は明日も休みなので今日急いで都に帰らなくても良かったのだが、ちょっと帰りたくなったのだった。
夕方までにまだ時間があるので天理の生家に立ち寄る。天理の両親は他国に移住し、天理も10年前に上京してしまった為、今は無人の家を土護が定期的に簡単な掃除や空気の入れ替えなどをしてくれていた。天理が久々の生家の様子を点検して回る。家は綺麗な状態で天理はまめな土護に心の中で感謝した。天理の両親はこの家を売りに出してはいたが、8年前の疫病を境に大幅に人口が減ってしまった為、やや中心街から離れたこの家は買い手がつかないままであった。病魔の問題が解決した今、人々がまた流入してくればここも引き取り手が出てくるかもしれない。そうなればこうして点検に来るのもこれが最後かもしれないなと天理は生まれ育ったこの家が感慨深くなった。侯輝は幼少時に何度か遊びに来た事があったが、その記憶はほぼ朧気なものが多かった為興味深そうに見回していた。家の一階と二階を見て回り、最後に自室だった部屋へ足を向ける。
「わ、懐かしい!」
侯輝が部屋に入ると嬉しそうにはしゃぎベッドに腰掛ける。
「持ち出せる家具はほとんど持ち出してしまったし面白い物は残ってないだろ」
「でも、なんか懐かしくてさ。このベッドとか。ちっちゃい頃、天理がなかなか来ないからって土護兄に頼まれて見にきたらまだここで寝てた事とかさ」
かつての天理のベッドに座りながら侯輝は子供の頃の朧げな記憶を呼び起こす。
「お前そんなのよく覚えてんなぁ……ああそうだった、目覚ましたらお前が乗っかってんの見た時はビビったわ」
天理は懐かしく思いながら苦笑する。昔から侯輝の奔放さは変わらない。ベッドに座る侯輝を上から見下ろしていると先ほどの戦いで自分を庇って怪我をした侯輝の肩の傷の具合が気になった。血で汚れたシャツは神殿で替えを貰い、皮鎧は簡易修理はしたが損傷したままだ。その下の傷は土護がすぐに回復魔法で塞いでくれたが病魔の傷は死の病気が発症する危険なものだった。後から完治する方法を得て治療できたとは言え、傷を負った瞬間は肝が冷えた。天理は傷を負った箇所にそっと触れる。
「侯輝。本当に傷はもう大丈夫か?」
症状が重かった姉妹は夕方まで神殿にて安静にしている。侯輝は症状が進行する前にすぐに治療できたとは言え、天理は恋人が無理をしていないか心配だった。
「もう平気だよ。俺丈夫なの天理も知ってるでしょ?病気の治療方法も天理が掴んできてくれたから俺も姉貴達も完治できるし。俺の方こそあの時、守りきれなくてごめんね」
侯輝は心配そうに自分に触れる天理の手に手を重ねた。侯輝はあの攻撃が囮で天理への幻覚攻撃が本命で倒れ苦しそうに呻く天理を見て頭が沸騰し、兄に静止されるまで自らに負った傷の事を忘れて天理を抱き締めていたのだった。
「お前のせいじゃない、俺が油断していただけだ。それに……結局俺はあの幻覚の中でだってお前に守られてたよ」
「えっ!そうなの?」
天理が重ねられた手を嬉しそうにしながら答えると侯輝は驚きの声をあげた。
「そうだな言って無かった。俺が倒れて幻覚見てる間、お前俺を抱きしめてくれてただろ?」
「うん…天理が倒れて苦しそうにしながら俺の事呼んでるのに、俺何もできなくてもう必死でただ抱きしめてるしかできなかったけど…」
「俺な、幻覚の中で結構やばかったんだよ…心が竦んで動けねぇって時にお前に包まれるような感覚があってな。まぁそれで力沸いてきてどーにかなった」
その言葉に一瞬不安そうな顔をする侯輝を安心させるかのように、天理は苦笑しながら侯輝に重ねられた自分の手を裏返し手を絡めて握りしめた。
「だからお前はもう心の中だって俺を守ってくれてるよ。ありがとな」
侯輝を見つめ微笑みながら絡ませた指に力を入れた。侯輝は顔を赤くし言葉を詰まらせる。
「どうした?」
「いや、なんか今凄く幸せだなって思ってさ。天理と一緒に暮らせるようになって、ご飯食べて、同じベッドで寝れるなんて、この街に住んでいた頃からしたら夢みたいだし。こうして手を繋ぐ事もできるしさ。こんな幸せな事ないよね」
侯輝は絡めた手に少し力を込める。
「うん…そうだな。ふふっ想像もしなかった」
「でも、天理が倒れた時は本当に焦っちゃって、俺が守るとか大口叩いておいて情けない話だけどさ…」
少し俯きながら申し訳なさそうに言う侯輝に天理は繋いでいない方の手で侯輝の頭を撫でた。
「ちゃんとお前は守ってくれたろ。それに少しは俺にも自分でどうにかさせろ。俺達はこれから結婚して名実共にパートナーになるんだろ?」
「!うん!そうだね。二人で支え合っていかなきゃだね」
侯輝は開いた手で天理の頭を引き寄せると二人は口づけを交わす。引き寄せられるまま天理は侯輝の隣に座った。
「さて…夕飯の支度をするにしてもまだ少し時間あるな。どうするか」
侯輝は天理の肩を抱き寄せ、耳元で囁きかける。
「じゃあ、ちょっとだけイチャイチャしちゃう?」
「お前な。この家今水通ってないし、汚せないんだよ。家帰るまで我慢しろって言っただろ」
囁きに赤くなりながらも否定する天理に構わず侯輝は天理の首筋にキスをする。天理はビクッとして身をよじるが、離さないでいる侯輝に天理はぺしっとはたいた。
「できねぇっつってんのに盛んな」
「だってもうすぐ天理が本当に俺のお嫁さんになるんだって思ったらつい…ねぇ、盛らないからもうちょっとイチャイチャしよー?天理が盛り上がっちゃったら俺も盛り上がっちゃうけど」
「じゃあ俺を盛り上げようとすんなっ!あ、こらっ……ん……」
侯輝は天理を抱きしめたままベッドに押し倒すと、そのまま覆いかぶさり唇を重ねる。舌を差し入れ、絡め吸い上げた。天理は否定しようとするも、侯輝が命を取り留める事ができた安堵感からか、どうにも恋しくなってしまい無事を確かめる様にそれを受け入れていた。
「……っ……ふぅ……へへ…やっぱり可愛っ痛ったぁ!」
暫くの間そうしていたが天理にいい加減にしろと軽く手刀をいれられると侯輝は名残惜しげに起き上がり離れた。
「ちょっとノリ気になってたくせに~。…ん?なぁに?」
まだ起き上がらないまま天理が懐かしいものを見るように自分を見上げている事に気づくと、侯輝は首を傾げ問う。
「この部屋でこの角度で見るお前に見覚えがあるなって。思い出してた。本当にでっかい図体になったなって」
天理は10年以上前、寝坊して自分を起こしに来た子供の頃の侯輝の事を思い出しながら腕を伸ばし頭を撫でてやる。あの頃はまだ小さかった侯輝に乗られてもさほど重いとは思わなかったのに。撫でられた侯輝は嬉しげだが少し不満そうに口を尖らせた。
「すぐそうやって子供扱いにするんだから」
「先に昔の話をしてたのはお前だろ。あーあ、お前、あの頃はちっさくて金髪の美少年だったのになぁ」
不満げな侯輝に少し意地悪をしたくなってしまい、天理はわざとらしく嘆いてみせる。なんだってその図体になってまで俺に乗っかってるんだろう。筋肉が普通に重い。でもその重さも今となっては頼もしさの証だ。
「えー天理やっぱりお稚児さん趣味だったの…?」
「違ぇよ!そこから離れろ。…あれ?お前でかくなっても俺にやってる事変わってなくないか?」
上に乗っかってきてはイタズラを。内容は大幅に変わったが。慌てて侯輝の誤解を解きつつ、ふと思った疑問を侯輝にぶつけると侯輝は当然でしょとばかりに答えた。
「だって俺はガキの頃から天理の事好きだし?いっぱい触りたいし?」
天理の脇腹に手を這わせながらそう言う侯輝に嫌な予感がした天理は身を捩るが綺麗にマウントされ動けず、侯輝の手を押さえて抵抗するがまあ当然無理だった。あの頃は余裕で逃げられたのに。
「っ……だぁぁもうすっかり可愛くなくなりやがって!」
「ぶーぶー、そーんなにガキの頃の俺がいいならこうだ!」
脇腹に這わせていた手で擽り始め、天理は悲鳴を上げながらじたばた暴れる。
「あははははは!やめっ!ちょ、あはは!こら、ばか!」
侯輝は天理が少し顔を赤らめつつ笑い転げるのを見てふふーんと満足すると手を離した。呼吸を整えながら睨む天理だったが、侯輝は気にせず得意気に笑ったままだ。
「そういえば天理がこの擽り弱いのだってガキの俺が見つけたんだよね。あれ面白かったなー『俺は擽りとか全然感じない』って平気な顔して俺に触らせた癖にすぐギブアップするんだもん」
「仕方ないだろ、脇腹弱いってそれまで知らなかったんだから…自分で触っても感じ無いならそう思うだろ」
天理がまだ顔を赤くしながら拗ねる様に言うと侯輝はまた嬉しそうに笑った。
「他人がやると感じちゃうっていうアレでしょ。俺が見つけてホント良かったよ。俺しか知らないし♪天理もちゃんと防衛意識持ってくれるようになったし」
「俺の腹擽ろうとするのなんてお前くらいだろ」
「もちろん他のやつになんて俺が絶対させないけどね!」
楽しげに笑う侯輝の顔は本当に幸せそうで天理はつられて微笑む。
「……まあ俺もお前以外に触らせる気はないけどな」
「!えへへ~♪天理がデレた♪」
微笑みながら小さく呟いた天理の言葉に侯輝は嬉しそうに抱きつく。
「うっさい、いい加減俺から降りろ、重い」
「えぇ〜昔はそんな事言われなかったのにー?じゃあキスしてくれたら退いてあげるー」
言ってしまってから恥ずかしさを誤魔化すようにぐいぐいと押し返そうとする天理に侯輝は悪戯っぽい笑みを浮かべ少し顔を近づける。
「昔は自力でひっぺがせたのにわざわざ言うか!あとキスなんぞ要求しなかったろ」
「ぶーぶー!」
不満そうな声を上げる侯輝に仕方ないなとため息をつき少し起き上がると侯輝の頬に軽く口付けた。その瞬間ぱあっと笑顔になっていく侯輝に天理は呆れながらもコロコロと楽し気に表情が移り替わり、それが全て自分に向けられている事に喜びを感じて、つい笑ってしまう。侯輝もまたそんな天理を見て幸せそうに微笑むとやっと上から退いたのだった。
夕方近くになり天理と侯輝は天理の生家を後にすると土護の家に向かい昨日習ったばかりのレシピで夕食を作り、無事帰宅できた姉妹と土護を出迎えた。
土護兄弟姉妹と天理が揃い改めて落ち着いて久々に兄弟姉妹と天理は挨拶を交わし、夕食を取りながら侯輝と天理が婚約した事について姉妹に伝えると案の定土花は食いついてきた。
「で、天理さん、侯輝のどこが良かったの?ムキムキ?」
土花は数年見ない間に大きく逞しく育った弟の体をぺしぺしと叩きながら、既にたじろぎつつある天理に聞く。
「ま、まあこれで結構頼りに成るところとか、な」
「へーぇ。まぁたカッコつけてそうねぇ侯輝は。それでそれで?夜はどっちが上なの?」
「ちょっとお!痛いってば土花姉。俺にも聞いてよぉ!馴れ初めとかさあ!」
顔を赤くしながら答える天理に惚気話をしたくて堪らない侯輝をスルーしつつ更に興味津々といった様子で土花は追及する。
「あんたが昔から天理さん好きなのは知ってるからもういいのよ。どうせ押して押して押し倒したんでしょ」
「そうね…天理さんの心境の方が興味あるわ…」
「ぐ…ええっとだな…」
土実にまでそう言われ赤くなり返事に窮する天理を庇う様に侯輝が得意気に返事を返す。
「ほらぁ!天理こういう事恥ずかしがりなんだから俺が答えるってば!ええと、最初は俺が押して押して押しまくったんだよ!そしたら折れてくれてさ!あと夜は俺が上だよ!」
「え…いや…その、」
「あらあら」
「うわー想定通りなのねー」
天理が内容修正しようと恥ずかしさを堪え言葉を選んでいると姉妹が呆れたように声を上げる。
「侯輝、お前、もう少し言葉を選んでだな……」
天理の心情は既に知る土護が困ったように言うと土実は苦笑し、土花はニヤリと笑った。
「つまりは、侯輝が強引に迫ったら押し切られて押し倒されてそのままズルズル関係が続いてるって事?」
その言葉に赤くなっていた天理がハッと表情を固くする。
「違うよ!俺は天理をちゃんと好きだし、大切に思ってるよ!」
「こら、土花。なんて言い方をするんだ」
侯輝が慌てて否定し、天理の表情をチラリと見ながら土護が土花に注意すると土花は肩をすくめた。意外な事に普段は土護同様真面目な土実が土花に注意するどころかまるで同意する様にこちらを見つめている事に天理はこの姉妹の意思をうっすらと感じ取った。自分はどうやら姉妹達に試されているらしいと。天理は表情を正すと姉妹に向き直った。
「いや、気を使わせてすまん土護、ごめんな侯輝。ちゃんと言わない俺が悪い。その…一方的に押し倒された訳でも無いんだ。俺もその時にはもう侯輝が好きだったから。最初は押して押されたのも確かだけど、今は心から侯輝を愛しているよ」
弟を大切にしているであろう姉妹達にも安心して貰いたい一心で天理は少し照れながらもはっきりと侯輝への気持ちを口にし微笑する。その言葉に侯輝は感激した様子で顔を赤くしながら涙目で天理を見ていた。
「えへへ……」
天理の意志を確認し、照れ照れと幸せそうに笑う弟を見、姉妹は息を合わせたように一瞬顔を見合わせると微笑んだ。
「やだぁーラブラブじゃないのー!良かったわねぇ侯輝!」
「えへへありがとって痛いってば土花姉!」
「ふふふそうね。天理さん、侯輝の事よろしくお願いしますね」
「ありがとう。こちらこそこれからも宜しく頼む、土実、土花」
ばっしばっしと侯輝の背中を叩きながら祝福する土花に痛がりながらも喜ぶ侯輝を見ながら、土実は微笑みながら天理に頭を下げた。土護はその光景を嬉しそうに見ていた。
「ま、土護兄さんがもう認めてるみたいだし、侯輝なら誰が何言おうと放っておいても天理さんと一緒になりそうだったけどねー」
「そうなのよね。私は土護兄さんの意志に反対するつもりは無いし」
「はは、それでも二人にもちゃんと認めて欲しかったよ。侯輝を心から祝ってやって欲しかったからな」
微笑しながら言う天理に侯輝はにこにこと笑い、土花と土実はあらあらと顔を見合わせヒソヒソと囁くように話す。
「ちょっと天理さん侯輝の事大好きじゃないの。侯輝さっきから鼻の下伸ばしっぱなしじゃない」
「てっきり侯輝から沢山惚気話聞かされると思ってたら天理さんでお腹いっぱいになりそうね」
いいでしょ?いいでしょ?ともう笑顔だけで惚気る侯輝に姉妹は苦笑しながら言った。
「いや…まぁ…な。飯冷めるから早く食ってくれ」
やはり恥ずかしくて誤魔化してしまう天理を揶揄いつつ、姉妹との情報交換や交流をしながら夕食を済ませると、茶を飲みながら一息ついた後、土花が侯輝の頭をわしゃわしゃと撫でながら呟いた。
「それにしても侯輝は背伸びて良かったわねー出てくときはチビだったから天理さんとの仲進まないんじゃないかって心配だったわー」
「俺も背抜かれてしまったしなぁ…すっかり逞しくなって…もう抱っこはできそうにないな…寂しいものだ」
「もーみんなして子供扱いするんだから。でかくなくても、もう抱っこって歳じゃないよー」
乱れるヘアーを気にしながら少し剥れる侯輝の横で、天理は俺はお前に最近お姫様抱っこされてばかりいるんだがなと思ったが冷やかされるのは目に見えていたので黙っておいた。
「いやーホント侯輝ムキムキになったわよねー土護兄さんもムキムキしてるけどどっちが強いのかしらーそだ侯輝と土護兄さんで腕相撲勝負したら?」
「あ、俺やってみたいな!」
「ははは、流石にもう侯輝には敵わないんじゃないかな。……じゃあやろうか」
侯輝がわくわくと目を輝かせて言うので、弟との触れ合いが嬉しくて土護は仕方ないなという体をしつつも嬉しそうに了承した。
「土護兄さん頑張って」
「やった!土護兄よろしくね!天理応援してー」
「はいはいがんばれ」
天理は呆れたように言いつつも、どこか微笑ましそうに侯輝を見つめていた。土護と侯輝はテーブルを挟んで向かい合うとお互いに腕をだし手を組んだ。二人とも見事な上腕二頭筋が盛り上がり力瘤を作る。
「いくぞー」
「来なさい!」
「それじゃレディ?ゴー!」
土花の掛け声と共に二人の腕に力が込められ、机がミシミシと音がなる。
「うわ想定はしてたけど凄ぇな」
その様子に天理はちょっと引き気味に感想を漏らす。最初は拮抗していたが徐々に侯輝の腕が土護の手を押していく。
「く……ぐ……」
「ふ……ふん……」
土護が必死の形相で腕に力を入れるが侯輝も負けじと押し返す。
「おー頑張れー!いけー!」
「土護兄さんも侯輝も頑張ってー」
妹達の声援を受け土護が渾身の力を込めて侯輝を押し込むと侯輝も必死で押し返した。
「ふん……く……おお!」
「ぐ……ぐぐ……んぐ……負ける、もんか」
「がんばれ、侯輝」
「!はぁっ!!」
侯輝の必死な様子に天理が心からの声援を漏らす。万の力を得た様に侯輝が力を発揮するとドシンと大きなたて、土護の手は机についていた。
「よっしゃー!勝ったー!」
「ふぅ…侯輝強くなったなぁ……」
侯輝は喜びの声を上げ嬉しそうに跳ねる。土護は寧ろ弟の成長を嬉しそうにしていた。
「良かったな侯輝」
「うん!ありがとー!」
侯輝は自らの勝利の女神の微笑に満面の笑みで答えた。
「ちなみに天理さんはやらない?」
「どっちとやるにしても、俺の細腕でどうやってこのムキムキ達に勝てと?」
土花の質問に天理は自らの腕を擦りつつ遠い目をして答えた。
「でも天理言うほど細腕じゃないよ?鍛えてはいるし」
「ちょっと失礼天理さん。あら本当」
「あー俺の天理に気安くー」
遠慮無く天理の腕をシャツの上からペタペタ触り歓心する土花に、侯輝があわあわと慌てた様子で抗議し一同を呆れもしくは苦笑させる。そして天理は苦笑つつ答えた。
「でもこの兄弟に比べたら細腕だろ。俺のは」
「まあ確かにそうねー。見てみたかったけど」
「心から遠慮したい」
「……一度勝負してみるかい天理」
「「えっ!?」」
土護からの思わぬ発言に驚く一同。弱いものいじめとは真逆な性格で普段温厚な土護が明らかに戦力差がある勝負をわざわざ提案してきた事に。天理は首を傾げつつその真意を確認しようとする。
「どう考えても無理だろ?お前と俺とじゃ」
「じゃあこういうのはどうかな。ルール無条件、俺に勝ったら侯輝を正式に譲るってのは」
その内容に天理は眉をぴくりと動かした。侯輝が慌てて土護に抗議する。
「ちょっと何言ってるの土護兄!俺そんな勝負の結果で天理と離れるつもりないからね!どう見ても天理が不利じゃん!土護兄ほんとは俺たちの事認めてなかったの?!」
土護の発言に怒る侯輝の頭に天理はポンと手を置くとそっと宥める。
「まあちょっと待て侯輝。……土護、無条件でいいと言ったな?その内容だと本気を出さざるを得ないんだが?」
いつも通り天理は冷静に取り合わないと思っていた侯輝は驚いた様子で声を上げた。
「天理?!無茶だよ!……あ、無条件て精霊魔法?」
侯輝の気づきに天理は小さく笑って頷首する。
「構わないよ。一度天理と本気でやってみたかったしね。」
「人挑発しといて何言ってんだ。ま、そう言えば無かったなお前とガチでやりあうのは」
土護はいつも通りの穏やかな笑顔で答える。本気でやろうと言う割に穏やかに小さく笑いながら会話が進む土護と天理の間に立ち入れない気がして侯輝は少し悔しい思いがし沈んでいると、天理はそんな侯輝を撫でて微笑んだ。
「侯輝、お前の為に戦うから応援しといてくれ」
「うん!」
侯輝はぱあっと明るい笑顔になり、天理の言葉に力強く返事をした。土花と土実は尊敬する兄とその親友の戦いを固唾を飲んで見守ろうとしていた。
「ふふっ、じゃあ始めようか、筋力強化の魔法準備して構わないよ?」
「余裕じゃねぇか俺がほぼ詠唱無しで即時でも魔法使えるの知ってるだろ?」
「天理は今朝の事で疲れているだろう?それに接近戦を伴う施行は慣れてないかと思ってね」
土護は穏やかに笑い天理にそう促すと、天理はため息をつきつつ答える。
「まったく、お前はもっと疲れてるだろうが……お気遣いありがとうよ。後で文句言うなよ?……『ガノ!大地に居まし金剛の腕、我が身に宿り顕現せよ』」
天理は土護に促されるまま、身体能力を上昇させるべく指を鳴らし[[rb:土の契約精霊 > ガノ]]に呼び掛ける。
『はいはーい!がんばるよー!』
ポンっと小人の様な土の精霊が召喚されると天理の体に吸い込まれる様に一体化した。
同じ精霊魔法使いの土花にはあの一見ふざけた土の精霊によって一帯の土の精霊力が天理に集束していくのが分かり、自らの土の契約精霊まで引っ張られそうになると集中して慌てて押さえた。
「天理がちゃんと詠唱してるの久々だあ。本気だね!」
「嘘っ天理さんの本気ってこんななの?!」
「精霊全部出したら天理はもっと凄いよ!」
侯輝が得意気に言うと土花は驚いた様に目を見開く。
「準備はいいかい?天理」
「おう」
テーブルに肘をついて構える土護。天理は土護と向かい合う様に座り、手を組み合う。侯輝が組んだ手に手を添え開始の合図を発した。
「それじゃ頑張ってね!レディ、ゴー!」
「ぐ……」
「っ……」
「……あれ?」
精霊力を使えば瞬時にかたがつくと思われたが拮抗したまま勝負がつかない事に侯輝は首を傾げる。
「確かに…天理さんの土の精霊は凄いけど、土護兄さんとは相性が悪いわね」
土花の見立て通り、土護は強度の土の精霊属性持ちであり天理の土の精霊魔法がかなり疎外されていた。それを承知の天理は冷静に精霊力の維持に集中する。だがこのままでは拮抗したままだ。
「天理……」
天理が精霊達を攻撃的に使役する事、増して親しい人間に向かって使う事を好まない事を知っていた侯輝は心配そうに見守る。
「天理、本気を、出さないなら、本当に侯輝は、やらないぞ」
「!っ分かった、よ!『ブラム!』」
(『遊びで私を呼ぶなと…』)(『ガチだ!力貸せ!』)(『承知』)
天理は火の契約精霊ブラムを呼ぶ。いつも通り心話で苦情から始まったブラムを瞬時で説き伏せ、その身に火の精霊による陽炎の様な揺らめきが起こると、火の活性力が土の精霊力の血潮となって合わさり天理の力が増した。
「ぐっ……」
土護は精霊使いでは無かったが天理の精霊術に倣う様にその体に土の精霊の加護が纏われ土護の力も増した。
「っ!」
一進一退の攻防が続く。精霊力の発露の都度家がガタガタと揺れた。その精霊力が事細かに見える土花は目眩がしふらつくと横にいた土実に支えられていた。
天理の魔力が限界を迎えようとした時、瞬きもせず戦いを見守っていた侯輝が叫ぶ。
「天理!負けないで!!」
侯輝の声に反応する様に天理は精霊力を集中させると、あとはなけなしの腕力と気合いで押し込んだ。
「ど、りゃぁ!」
「っ!」
そして…土護の手がテーブルについた。
「やったーー!!天理の勝ちーー!!」
「うわっ!ぐぇっ」
誰よりも早く、侯輝が自分が勝った時以上に喜びのまま勢いで天理に抱き付くと、もう疲労困憊の天理はそのまま床に倒れた。
「お疲れさまー、とんでもないもの見させられたわー。家壊れるか思ったわ」
「侯輝、ちょっと落ち着きなさい。天理さん苦しそうよ。土護兄さんもお疲れ様」
「ありがとう。……大丈夫かい?天理」
土護が苦笑しながら侯輝と天理を起こすと、侯輝はもう天理から絶対に離れないとばかりに横からぎゅうと抱きしめ、疲れはてた天理はされるがままに抱き締められていた。
「土護兄!天理勝ったよ!これで俺は天理のものだからね!」
「ああ、元々そのつもりだけどね」
「なあ……ここ今勝った俺が侯輝は俺のものだって宣言するもんじゃないのか?締まらねぇ……」
「そんなこと無いよ、かっこ良かったよ天理♡」
侯輝は魔力切れ寸前でふらつき気味の天理の頬にチュッとキスをし顔を少し赤らめさせると、姉妹はあらあらまあまあごちそうさまと微笑ましく見ていた。苦笑しながら土護はお開きを宣言する。
「さ、今日はもう休みもうか、二人は明日朝早くから都に立つんだろうしね」
「はーい」とそれぞれが返事をし一同は眠りについたのだった。
深夜、まだ少し興奮気味で目を覚ました侯輝は隣で眠る天理を起こさないようそっと抜け出し客間を出ると、居間の夜空の見える窓辺で胡座をかき不安そうに俯いていた。
「眠れないのかい?」
土護が声をかけると侯輝は振り返らずに答える。
「うん……ごめんね起こしちゃった?」
「いいや、今日はいろいろあったからね。俺も目が冴えてしまったよ」
「……ねぇ土護兄……俺、本当に天理と一緒になって大丈夫かな?天理は俺と居て幸せになれるかな」
土護は静かに隣に座ると、いつになく不安そうな顔をする弟の頭を大丈夫だよと優しく撫でた。侯輝は少しだけ表情を和らげるもののまだ不安げで、そんな様子に土護は困った顔をする。
「侯輝もそんな顔をする様になったんだね。不安な事があるなら話してごらん」
「うん……あのね……俺、時々衝動が抑えられない時があるんだ……ちょっとしたことで嫉妬して止められなくて天理に酷いことして傷つけちゃった事がある……天理は許してくれたけどまた傷つけてしまったらって思ったら怖くて……」
土護はその時、侯輝の体からうっすらと闇の精霊が漏れ出している事に気づいた。土護は侯輝が幼少の頃から不安な事があるとこうして自身の闇の精霊力が制御できなくなる事を知っていた。土護はその事には触れずに穏やかに諭す様に話しかける。
「そうか……それは怖いね。少しずつで良い、天理と二人でゆっくり克服すればいいさ。完璧になってからでなきゃ結婚できないなんて事は無いよ」
「そうかな……」
「ああ、おまえも知っている通り、天理は強いだろう?それに天理なら何かあってもきちんと話し合える。どうしてもうまくいかなかったら俺に相談していいから。俺はいつでもおまえたちの味方だからね」
「土護兄ぃ……」
「ほら、明日は早いんだろう?もう寝よう」
「うん……ありがと、土護兄。おやみなさい」
「おやすみ侯輝」
土護は笑顔で客間へ戻る侯輝の後ろ姿を見送る。もう闇の精霊は漏れていない事を確認して安堵の息を吐くと自室へ戻って行った。
「天理……どうか侯輝の事、よろしく頼むよ……」
翌朝、侯輝と天理は早朝に土護達に見送られ都へと出発した。
土護は今生の別れかと思うレベルで侯輝との別れを惜しみ、侯輝は土護のあまりの過保護っぷり苦笑しつつ、これからはたまに手紙を書く事を約束した。土護達は侯輝と天理が見えなくなるまで見送っていた。
帰りも行き同様、侯輝は商隊の護衛の依頼を受け天理はその商隊の一団に混ざりながら都へ移動した。帰りは襲われる事もなく平穏に辿り着いた。
二人は昼くらいに都に辿り着くと、たった二日だったが普段住む都がひどく懐かしい気分になった。それくらい故郷での時間は充実していた。
侯輝は改めてこれから天理と結婚する事について思い直す。自分の大切な家族には認めて貰った。じゃあ天理の家族はどうなのかと。遠方に住む天理の両親は、侯輝が幼少の頃会ったのを最後に朧気に覚えているのみで、母親は天理に似て美人で面白い人、父親は少し強面で天理に少し似て偏屈な所があったが芯のある人だったと侯輝は思い出す。天理と決して仲が悪い訳では無い様だったが研究で家を開けがちな両親に天理は少し複雑な感情を抱いている様だと侯輝は感じていた。今回の結婚も事後報告でいいだろという気配すらある。天理がきちんと自分の家族に認めて貰って祝福されるよう頑張ってくれた様に、天理も家族に祝福されて欲しいと侯輝は思った。
「天理、俺、手紙書くよ、天理の両親に」
「え、いいぞうちは。俺が結婚するって一筆書くし。どうせ良いって返ってくるだろうし」
「ううん、俺が書きたいんだ。本当は直接挨拶したいけどね。ちゃんと天理の両親に天理の事くださいって伝えたいんだ。」
侯輝は真剣な瞳で天理を真っ直ぐに見つめる。天理は照れて視線をそらしながら返事をする。
「わかった……ありがとな」
「うん、俺、頑張って認めて貰えるように書くね」
二人は家に帰ると侯輝は早速天理の自室の机を借り、想いを込め気合いを入れて手紙を書き始める。侯輝は天理の両親への手紙にこれまでの事を書いていく。そして自分がどれだけ天理を愛しいるか、大切にしていくつもりでいるのか、結婚を許してくれるようお願いする。天理の両親にも受け入れて貰えるよう、天理が祝福して貰える様誠意を見せるつもりで書き綴った。
「よし!書けた!」
侯輝は書き上げた手紙を持ち居間に移動すると、居間のテーブルと椅子で俯きがちになりながら同じく手紙を書こうとしていたらしい天理に渡した。
「天理、これ、俺から天理の両親への手紙。どうかな?俺の気持ちちゃんと書けているかな?」
「え、俺読んじゃっていいのか?」
侯輝が頷くと、天理は侯輝から手紙を受け取り読み始めた。最初は恥ずかしそうに読んでいた天理だったが徐々に穏やかな表情になり読み終わると唇を引き結び俯いてしまった。
「どうだった……かな」
「侯輝……ありがとな」
震えを堪えるような声音で天理は呟いた。天理はその想いの詰まった手紙を大切に封筒にしまう。侯輝は天理も手紙を両親に書こうとしたまま冒頭で止まっているらしい事に気づいた。
「天理も書いていたの?」
「ん、ああ……正直書きあぐねてた。適当に"結婚するから"だけ書こうと思ってたんだけどな。なんだか書けなくて……でも大丈夫だ。お前の手紙見たらグダグダ考えてるのが馬鹿らしくなったよ。ちゃんと素直に書いて親父や御袋に結婚を認めて貰える様なやつを書く」
天理は侯輝からの手紙を両手で胸に当てながらそう言った。
「そっか、良かった」
「侯輝、ありがとうな」
「うん、頑張ってね」
侯輝が旅後の洗濯やら片付けをしている間に両親への手紙を書き上げた天理が「一応見といてくれ」と少し照れながら渡してきた。
「じゃあ読ませて貰うね」
侯輝は天理から天理の両親への手紙を読む。冒頭の『親父、御袋へ』からいきなり『侯輝と結婚する事にした。』には天理らしいとはいえ驚いたが、小さな侯輝があれから自分には勿体ないくらい立派に成長した事、心から愛し共に生きていきたい事、二人で幸せな家庭を築きたい事などが丁寧に書かれていた。
「…………」
心の籠ったその手紙に侯輝は思わず涙ぐみそうになったがなんとか堪えて読み進める。天理が自分を本当に大切に想ってくれている事がわかる内容だった。
「ふぅ……」
侯輝は手紙を読み終えると感情の高ぶりを落ち着かせる様に息をつく。
「ありがと、天理の気持ち、きっと伝わると思うよ。」
「ん……」
侯輝は照れたように笑うと手紙を天理に返した。
「天理の両親にも認めて貰えるといいね」
「ああ」
侯輝は手紙を大事そうにしまう天理を見て微笑むと、今度は天理の手を取り口づける。嬉しそうにしながらも照れながら笑う天理をそのまま押し倒したい衝動に駆られるがなんとか抑え二人で手紙を出しに冒険者ギルドに向かい送付した。その日受付業務を行っていたギルマスの嫁パルマからは「郵便一つ出すのにわざわざ二人で来たのかい?」などと冷やかされながらも無事手紙を送り終えた。
それから数日が過ぎ結婚式に備え諸々の準備を進める。披露宴に呼ぶゲスト、日付、場所、衣装、指輪、料理、音楽etc..
二人で相談して決めつつも自由に時間が取りやすくツテの多い侯輝が主に手配を進める。披露宴会場とした冒険者の酒場で、侯輝が披露宴を取り仕切ってもらうギルマスと相談をしていると、それを見て侯輝に片思いしていた育海がショックで失恋リサイタルを開催し始めてしまい、下町髄一の歌姫で魔法歌の使い手でもあった育海の歌により聴衆が感化され大パニックが起こってしまった。そんなこんなもありつつ、無事に式の準備を終えた二人は数週間後ついに結婚当日を迎えるのであった。