千の始まりの葉
太陽の神が自分自身から闇を切り離して封印し、世界が光溢れる喜びと平和な日々が続く中、確かに太陽の神は再び皆に称賛され疎まれる事は無くなった。だが今度は闇に安らぎを求めていた一部の者達から疎まれる様になったが、光の恩恵を知っていた為、表立って非難されないだけでやはり太陽の神を嫌う者はいた。太陽の神はそんな勝手な神々に辟易としていたが、父と母である空の神と大地の神の手前では心配させまいと笑顔で過ごしていた。
だが空の神と大地の神はそんな太陽の神の心を見抜き哀れんだ。空の神と大地の神の悲しみから生まれた水の神は雲を生み出し雨となった。雲は太陽の光を少し和らげ、強すぎる光を嫌悪していた者達の不安を図らずも和らげたが、太陽の神との溝はあまり埋まらなかった。空の神と大地の神は太陽の神が折角世界を光で溢れさせても、このままでは肝心な太陽の神自身は誰も愛せないのではないかと心配した。
いつもの様に空の神の懐である天を、太陽の神が楽しそうに駆けているのを空の神は眺めていたが、ふと視線をそらすとそこに大地の神がいた。大地の神が空の神に何か言いたそうにしていたので空の神が話しかけようとしたが大地の神は困ったように微笑むだけだった。
ある時の事、空の神は太陽の神が一人で森の奥深くへと入っていくのを見かけたので後を追った。太陽の神は木漏れ日の降り注ぐ森の中、泉のほとりで膝を抱えて座っている。光輝く表情は鳴りを潜めその表情はどこか寂しげだった。
「どうしたのだ?太陽の神。こんな所で……また、辛い事があったのか?」
「父さん!……ううん違うよ。ちょっと休憩してただけです」
空の神は太陽の神が自身の闇を封印してから自分の前ですら弱音を吐こうとしなくなってしまった事を心配していた。
「そうか……無理はするんじゃないぞ」
空の神はそう言って太陽の神に微笑むと、せめて気持ちが和らぐ様にとそっと頭を撫でる。太陽の神は嬉しそうに微笑んで空の神に抱きついた。空の神は一瞬驚くも以前の様に甘えてきてくれたと喜び、太陽の神を抱きしめ返すと、太陽の神は空の神の胸に頬を擦り寄せて甘えた。空の神はそんな太陽の神を優しく抱きしめて、愛おしそうに見つめる。
「ああ、お前にも共に過ごしてくれる愛する人ができたらいいのにな」
空の神の言葉に太陽の神は空の神の背中に回した手に力を込める。
「父さん……俺は……好きな人がいます。その人は……とても綺麗で……優しくて……強くて……そして誰よりも愛しい……けどその人はもう愛している人がいて……だから……その人の幸せを邪魔したくなくて……」
なんと、空の神が危惧していたよりも太陽の神はちゃんと誰かを愛している様だった。ほっと一安心したが、それは叶わぬ恋らしい。
「それで落ち込んでいたのか?お前程の者でも叶わぬ事があるというのだな。私で悩みが解決できれば助けたかったのだが、難しそうだな」
空の神は慰める様に太陽の神を撫でた。太陽の神は少し考えた後、意を決した様に空の神を見つめながら口を開く。空の神はその瞳に我が子ながら少しドキリとした。一体これ程までに焦がれている相手とは誰なのだろうかと。
「俺がこの想いを告げても迷惑になるだけだと思うし、何より今の関係が壊れるのが嫌なんです。大好きだから……せめて家族として側に居たい」
空の神は太陽の神の言葉になんと切ない恋をしているのだろうと胸が締め付けられる思いがした。太陽の神は良くも悪くも真っ直ぐだ。その太陽の神がここまで悩むのは余程その相手が大切だという事なのだろうと空の神は察した。家族というと仲の良い妹の月の神辺りだろうか、しかし月の神が兄である太陽の神を敬愛しているのは周知の事実だから、太陽の神の他に愛している人がいるという条件には当てはまらない。まさか大地の神と言われると流石に立場上困った。大地の神の事は愛しているし、太陽の神の事も愛する大事な息子だと思っているからだ。
「そうか……お前がその様に想う相手ならばきっと素晴らしい人なんだろうね」
「うん!父さんはいつも優しいけど、そんな風に笑う時はもっと優しくて綺麗です」
空の神はそれでも息子の切なくも一途な愛に喜び微笑み返したが、何か話が噛み合っていない気がし、言葉を勘違いされただろうかと思った。太陽の神の想い人の話をしたかったのだ。
「そうなのか?自分では良く分からないがお前が良く思ってくれるなら良かったよ」
「父さんは綺麗だし、優しくて強いです!」
太陽の神が少し顔を赤らめながら重ねて言うと、そこで空の神はようやく太陽の神の想い人と太陽の神が自分に抱くイメージとが一致している事に気づいた。
「そうか……お前の想い人は私に似ているのだな」
空の神は自分が好きだと言われた様な気がして嬉しそうに微笑んだ。
だが太陽の神は意を決して告げた告白が、子から父へのお父さん大好き程度にしか通じていない事を知ると焦りの余り考えるより早く体を動かしてしまった。
「父さんごめんっ!」
太陽の神は空の神に一瞬口付けた。空の神は一瞬唖然としたが困ったような顔をするだけだった。
「太陽の神……いくら似ていても私は変わりにはなれないんだぞ?」
太陽の神はまたも通じていない事に唖然としたがめげずに貫き通す事に決めた。
「父さん!俺が好きな人は父さんなんだ!」
「…………私が?え、お前の父の私?」
太陽の神が顔を赤らめながらはっきりと頷くと空の神は困惑した。
「俺は父さんも母さんも好きです。でも父さんを愛してしまったんだ」
空の神は苦しそうにその想いに応えられない事を告げると太陽の神は泣きそうな顔をした。空の神はその時、空気がほんの僅かに重く切ないように変わるのを感じとると自分が思いの外、息子の言葉に動揺しているのを知り、神としてその場を納めなければならないと気を引き締めた。空の神は泣いてしまった太陽の神を根気よく慰めるとひとまず太陽の神は落ち着きを取り戻した。
その時諦めたかに見えた太陽の神はその日を境にはっきりと空の神に好意を示す様になった。都度、空の神がやんわりと断るも太陽の神はめげずに空の神に想いを伝え続けた。永い永い月日を経て少しづつ空の神も太陽の神への想いが芽生え親子の情から変化するのを自覚した。しかし妻である大地の神の事を想うとどうしても応える訳にはいかなかった。空の神が悩む日が続くと天が荒れた。空の神が慌てて天を鎮める為に祈り始めるとその声を聞いた大地の神が現れた。
「空の神、あの子を…太陽の神を愛してあげてください」
「私にはお前を裏切るような事は出来ない。すまない私が不甲斐ないばかりに……このままでは天が荒れてしまう」
空の神は悲しそうに言うと、大地の神は空の神を抱きしめた。
「いいえ、私こそ……あなたを一人悩ませて苦しめてしまって……ごめんなさい」
「お前が謝る事ではないよ」
空の神はそう言うと、そっと大地の神を抱きしめ返した。
「太陽の神がこのまま誰も愛し愛されないのは母として辛いのです。私はもう十分に貴方から愛を頂きました。どうかあの子を愛してあげて」
「しかし、私はお前を放って誰かを愛することは出来ない」
「永い間私を想ってくれてありがとう空の神。私は貴方を愛しています。でももうそれは母としての愛なのかもしれません。私をどうしても想ってしまうというのであれば……」
大地の神は空の神に太陽の神と共に神としての記憶を消し人として生まれ変わる事で愛し合えるようにする事を提案した。しかし生まれ変われたとしても出会い、結ばれるようになるのは奇跡にも等しい確率だった。苦渋の末、空の神は愛する太陽の為に大地の神の提案を受け入れた。太陽の神にその話をすると、太陽の神は喜び、二つ返事で承諾した。それは空の神が自分を受け入れてくれた事と等しかったから。
「ありがとう父さん!そして…母さんもごめんなさい……俺は父さんを愛してるんです」
「分かっていますよ太陽の神。私は貴方の母ですもの」
大地の神は優しく微笑むと太陽の神を抱き寄せた。
「父さん、母さん、俺は……俺は二人とも大好きだ!」
三人は抱き締め合うと、太陽の神は泣きながら笑った。
それから魂を移す為に空の神と太陽の神は自分の力を他の神々や精霊達に分け与え、人として生まれ変わった自分達をフォローするために様々な道具を地上に点在させた。後に人間達からはそれらは神器として崇められたり、用途不明のガラクタとして放置されたりした。
太陽の神が封印した闇の半身も解放し共に移そうとしたが、太陽の神が頑なに拒んだ為、そのまま大地の神が預かる事になった。
様々な準備を済ませると、ついに神の身を捨て生まれ変わる為の儀式を行う日が来た。それは大地の神との別れの日でもある。
「空の神、他の誰かを愛するのに全て忘れなければならない程愛してくれてありがとう。太陽の神、私の愛おしい子、私は貴方が幸せになれる事を心から祈っています。……二人とも愛しています、私はずっと貴方達の事を見守っていますよ」
大地の神に見送られながら儀式の為に作られた部屋に空の神と太陽の神が入る。
「父さん、いや……空の、神、儀式の前に一つだけお願いがあります」
「なんだい?太陽の神」
「一瞬、で、いいから、今、俺を愛して欲しい」
太陽の神は熱い視線で空の神を見つめた。空の神はまだ大地の神に罪悪感を覚えつつもそれでも愛おしいと思ってしまった。そしてどうしても心残りだった事を告げた。
「……条件がある。太陽の神。お前が封印したお前の半身、闇の半身を開放して一つに戻りなさい。私はそのお前を愛したい」
「それ、は、嫌だ…俺は闇を解放したく無い。闇と一つに戻った俺が愛される自信が無いよ……」
「私を信じてくれないのか?私はお前が闇を切り離す前から変わらず愛しているよ」
「父さん……俺は、父さんが愛してくれるのなら……でも……」
つい先ほど愛して欲しいと請うた太陽の神がまた子供の様に自信無さげになってしまうのを見て空の神はそれでも愛おしいく思いながら太陽の神を抱き寄せた。
「ふふ、父さん呼びに戻っているぞ。太陽の神。じゃあ生まれ変わったら記憶が無くてもきっともう一人のお前を見つけ出して迎えに行こう。その時はちゃんと戻るんだぞ?」
「父さん……うん!俺頑張るよ!父…空の神!」
「さあ、おいで」
空の神はそう言うと両手を広げて太陽の神を愛おしそうに抱きしめる。太陽の神は空の神の鼓動が自分と確かに同じくらいに鳴っているのを確かめると歓喜し涙した。
「空の、神……愛しています」
「私も…愛しているよ。太陽の神」
空の神と太陽の神は互いに抱きしめ合い愛おしそうに見つめ合うと口付けをした。
その頃、太陽が空を一際紅く染めていた。切なくも美しい夕空だった。
空の神と太陽の神が神の身を捨て何千年と時が過ぎた。人類は繁栄と幾度か滅びかけもしたがその歴史を粛々と刻んでいた。
人の身に魂を移した二人は知らぬ間に大地の神に見守られながら、ある時はまったく出会う事も無く人生を終え、ある時は出会い、友となり恋人となる事もあったが悲恋に終わる事もあった。永い永い時を経て大地の神は魂が希薄となりつつも、二人が生まれ変わる都度どんな結果でも二人の魂をただ見守り続けた。
そしてまた、とある学者夫婦の元に男子が生まれた。大地の神が空の神の魂が宿るその子を見守っていると、ほどなくして太陽の神の魂が遥か東の地で月の神の加護の元、巫女の胎に宿るのを確認する。人の身では少し離れているが大地の神は今度こそ二人が結ばれます様にと何度目かの祈りを捧げた。