空想と太陽の物語2

novelnovel

そして数週間が過ぎた。
天理と侯輝はS.Gの業務をこなしつつ、エレリウスとの契約解除のシミュレーションと見直し、不足の事態に備えた対策などを話し合った。またそれらを通じて二人の契約を用いた連携は戦術の幅と質を高め、S.Gの任務も徐々に高度なものが増えていった。当初期待の星として入隊した侯輝は一時葉金の指導が得られない事でその成長を危ぶまれていたが、その活躍は当初の期待を超える程となっていた。
そして再びその日がやってきた。
「はい……ではまた侯輝と伺います」
天理がエレリウスからの携帯機の通話を切りすぐ横で物音一つ立てず聞いていた侯輝を見る。
「ん、じゃあ行こうか」
「ああ」
いつも通り退勤処理と同僚達と挨拶を交わし、二人は連れ立って部屋を出る。向かうは魔術学院精霊科エレリウスの研究室。
「……侯輝。改めて、今日はよろしく頼む」
「うん、任せてよ!これで最後にしようね」
「……ありがとな」
どれだけシミュレーションしても不安がちだった天理は侯輝の言葉に心から安堵する。天理は肝心の自分がこれ以上不安になってどうすると気を奮わせるも、もう少しだけ勇気を分けて貰うかのように隣に並び歩く侯輝に少しだけ近づいた。
恋人同士になり、体を幾度か交えても尚、公では控えめな態度をとる天理に侯輝はくすりとするも嬉しく思いながら優しく微笑む。
(……本当に可愛いんだよね……今日はなんとしてでも成功させるんだ!)
そして二人は目的地へと到着した。

扉を開けるといつも通りにこやかにエレウスが出迎える。
「いらっしゃい、待ちかねていたよ天理君、侯輝君も。さぁ、こちらへ」
「はい」
「じゃあ俺は前回と同じ様に横で控えているね」
天理:(まずはいつも通りに振る舞う)
エレリウスは天理と侯輝をエレリウスの契約陣が描かれた奥の部屋へと導き、棚から七色の光彩を放つ神秘的な糸車を手に早速天理に今日の精霊力解放儀式の内容を説明する。
エレリウス:「珍しい精霊糸が手に入ったんだが、やはり完璧な物は君にしか作れないと思ってね」
エレリウスの説明を呆れ気味に聞いている天理を意にもかけず少し興奮気味に話す様は天理を半奴隷状態に置いている事などすっかり忘れた子供の様にも見えた。
侯輝:(この人ホントにただ精霊魔法が好きなだけなんだろうけど、天理を苦しめていい訳じゃないんだよね)
侯輝はエレリウスに内心腸が煮え繰る思いをしつつも、表面上は珍しい糸に関心するフリをして完璧に誤魔化した。
エレリウス:「……と、以上が今回の精霊力解放に伴いやって貰いたい事だ。質問はあるかい?」
天理:(精霊糸から精霊達による精霊布の織り上げか……今回のは都合が良さそうだ)
天理:「……クオリティはやはり最高級の方がいいんですよね?」
エレリウス:「もちろんだとも、私の魔力ならいくらでも供給するからね」
侯輝:(まずは、いい感じに進みそう)
天理:「……わかりました。では始めます」
天理:(言質はとったぞ?)
エレリウス:「期待してるよ」
侯輝:「頑張ってね天理」
天理がこくりと頷き、天理と侯輝は二人にしか分からない様アイコンタクトを送り合う。天理は精霊糸を持ち契約陣の中に入ると、さりげなく契約陣の文字を素早く読み直す。侯輝と契約した事によって見えるようになった闇の精霊力による隠し契約文は侯輝が先日教えてくれた通りの酷い内容であった事を改めて確認した。
天理:(侯輝、お前完璧に覚えてきてくれたんだな。これで契約解除計画に修正は無し、だ)
天理はいつも通り集中する様に一つ息を吸って吐きながら契約文を見て改めて苛立った心を落ち着かせる。指を鳴らし神々しい姿となった自身の契約精霊4体を次々と召喚した。天理が精霊達に指示を出すと精霊達は天理の周りをゆっくりと踊るように舞い、手を精霊糸にかざし力を注ぐようにしながら不可視の力で糸を布へと織り上げていった。
その精霊力の放出に伴い、契約陣から細く黒い触手の様な物が天理の体に絡み付く。それも侯輝との契約によって見えるようになった天理はそのおぞましい意思すらもったそれに、八年間理不尽に犯され続けてきたという記憶が思い起こされ吐き気すら沸いた。
天理:(くそっ!俺は毎回こんな儀式やってたのかよ!ああ、だめだ儀式に集中しないと……吐き気が……!でもここで中断したらまた……)
侯輝:「凄い!凄い!キレー!」
侯輝:(天理、俺は魔力供給の為だけにここにいるんじゃないからね!頑張って!)
天理が不自然になら無いように必死で吐き気を落ち着かせようとしていると、察した侯輝が気を引く様にあたかも儀式の光景に感嘆としている様な声を上げる。その声に天理は少し落ち着きを取り戻した。エレリウスはそんな二人の秘密裏のやり取りに気づく事無く精霊布が織り上がる様を満足そうに魅入っている。
天理:(すまん侯輝。ありがとう)
天理は気を取り直し精神の集中を続ける。闇の精霊力を持たない者が端から見れば美しい光景であるこの儀式は見える者からすればおぞましい光景で、天理は精霊力の放出に伴い精霊力異常と発情状態にさせられるプロセスを契約陣から伸びる黒い触手が身体を犯す様な様から感じていた。いっそ知りたくなかった程の光景に、それでもこれを乗り越えなければ真の自由はないと天理は思うも、気持ち悪さと悔しさで身体が震えそうになった。
天理:(侯輝が応援してくれてる。エレリウスの野郎から魔力を全部吸い上げるまで俺は倒れる訳にはいかないんだ!)
天理の意思に呼応するかの様に契約精霊達が天理へと心を伝える。
ウィン:(『もうちょいだ!がんばれ!』)
ガノ:(『織り上げの細かいとこは僕らでやっとくからさー』)
ブラム:(『そうだ、ただ立っていればいい、主よ』)
シア:(『あるじ、助ける。自由に、なって』)
天理:(『お前ら……ありがとう』)
天理は意識を集中させながら、自身の契約している4体の精霊達へ感謝の念を送る。己の愚かさで不用な契約をし、精霊達にも迷惑をかけてしまっている。この戦いは自分だけのものではないのだと天理は雑念を捨てた。
天理:(侯輝に、こいつらに、これ以上不甲斐ないとこ見せられるか!いつも通り!ぱぱっと終わらせる!)
天理は精霊達と意識をシンクロさせるとエレリウスから魔力を遠慮無く吸い上げながら精霊布を織り上げた。神秘的な輝きを放つ布はまるで生きているかのように宙に浮かび上がり、天理の手元へと舞い降りる。
その光景を見たエレウスは恍惚とした表情を浮かべた。
エレリウス:「素晴らしい……!いつも素晴らしいが今日は最高の出来と言っていい。この光景を見られて私はとても満足しています」
天理:「良かった……ですね」
天理は出来上がった精霊布をエレリウスに渡しながら、いつも通り自らの身体にエレリウスから魔力供給を受けた後に起こされていた発情症状が起こるのを感じとる。
侯輝:「さ、天理」
天理:「ああ、頼む、侯輝」
侯輝がふらついてきた天理をエレリウスから遮る様に近寄り天理に呼び掛ける。
エレリウス:「ありがとう天理君。またよろしく頼むよ。侯輝君もまた来てくれたまえ」
侯輝の態度など意にもかけず精霊布に夢中になり始めているエレリウスをよそに、天理と侯輝は本日の本命である契約解除の実行に移る。
侯輝:(俺の魔力、もってって天理!)
まず侯輝から魔術契約による魔力供給を受け、発情状態を即時解除させる。
天理:(よし!力を借りるぞ侯輝!)
天理はふらついていた身体を正すと契約陣と向き直り、侯輝から受け取った魔力でまだ召還したままの契約精霊と侯輝から借り受けた闇の精霊を呼び出し一気にエレリウスとの契約陣術式をなぞるように詠唱した。
天理:(くたばれ!胸くそ契約!!)
エレリウス:「!闇の精霊がなぜ?!」
侯輝:「おっと邪魔しないでね?」
その場にあり得ない闇の精霊が天理の元に現れた事にさすがに気づいたエレリウスが反応するも素早く侯輝がエレリウスを拘束し、天理の詠唱は続く。
エレリウス:「な、何をしている!」
エレリウスは天理の真意に気付き侯輝に対抗しようとするも先程の儀式で魔力を空にされており精霊を呼び出せず、接近戦のプロである侯輝になす術無く愕然とした表情で天理の契約解除詠唱を見守るしかなかった。
エレリウス:「やめろ!止めてくれ!私の夢が!やっと手に入れたんだ!私の研究が!私がどれだけ苦労してきたか!天理君!むごぉ」
侯輝:「ちょっと黙っててね」
侯輝:(天理はもっともっともっと苦しんできたんだよ!)
侯輝はそのまま首をへし折ってやりたい気分を抑えながらエレリウスの口を封じ天理の術を見守る。
そして契約解除の詠唱が終わった。契約陣が消え、天理とエレリウスとの契約の糸が互いの心の中でプツリと切れる感覚があり、エレリウスは八年間己の中に共有されていた天理の契約精霊が無情に『じゃーねー』『でわな』と去っていくのを感じた。
エレリウス:「ああ……待ってくれ……」
天理は契約の繋がりが消え己の中に八年間巣くっていた不快感が全て消え去ったのを感じ、契約が解除が成功したことを確信する。そして借りた闇の精霊を送還し、大精霊となっている契約精霊が魔力切れで還っていくのを少し寂しげに見送った。
『ごめんな、お前達、その姿で呼び出してやれるのはこれで最後かもしれない』
『姿は変われど我らは変わらぬ』
『俺はこのおっさんにこき使われなくなっていい気分だけどな!』
『だよねーそれに新しいもう一人の主が頑張ればワンチャンあるかもだしー』
『あるじ、いつも一緒、嬉しい、それでいい』
『ありがとう、これからもよろしく頼む』
「ふぅ……終わったよ、侯輝」
天理は少し涙目になりつつ精霊達を見送り一息つくと侯輝に向き直り微笑む。
「お疲れ!天理!」
侯輝は天理を労うように抱きしめた。
天理:「ありがとう、ありがとな侯輝。」
侯輝:「うん、帰ろう天理?」
少し泣きそうになっている天理をなだめるように侯輝は優しく頭を撫でていると絶望で項垂れていたエレリウスが力の無い声で呟いた。
エレリウス:「君は……見たく無いのか天理君。君の素晴らしい力を十全に世に知らしめる事ができるのはこの私だけなんだ。私の夢は君がいれば実現可能なんだ。君にだって悪い話ばかりではなかったはずだ」
天理は侯輝からそっと抱き締められた腕から離れるとエレリウスに告げた。
天理:「8年間……もう9年前でしたか、その答えはもう伝えたはずです。エレリウス教授。俺は俺の精霊達とそんな関係でいたくは無いんですよ。不甲斐ない俺でも良いと言ってくれる奴らを俺は裏切れない。」
エレリウス:「くっ……天理君……私は……ただ……」
天理:「悪手過ぎたんですよ、貴方は。それに乗ってしまった俺もね。確かに貴方の契約で助けられた事もあってそれは感謝しています。でもそれも、もう必要無いと思える様になりましたので」
天理は隣に立つ侯輝に信頼の眼差しを向けて微笑み、それも見てもうこれ以上は無理だと確信したエレリウスが再び項垂れる。
天理:「それでは失礼します」
侯輝:「いいの?」
侯輝は散々酷い目にあわされたエレリウスに対し罵声を浴びせるどころか感謝と慈悲すら垣間見える天理に驚きつつ、天理に問いかける。侯輝の心情としては殺してやってもお釣りがくる程だったからだ。
天理:「ああ、俺も馬鹿だったし……な……」
侯輝:「天理?」
天理がそう言うならと侯輝がしぶしぶ帰ろうとすると、フッと天理は立ち止まりくるりと回れ右してツカツカと放心するエレリウスに近づくと胸ぐらを掴み叫んだ。
「やっぱり一発殴らせろ!」
天理はエレリウスの頬を思いっきり殴りつけた。
エレリウス:「ぐふぅ!」
エレリウスは殴られた勢いで床に転がった。
「お前のせいで俺は!ふざけんな!どこの誰とも知らんやつに犯されて!この変態野郎!絶対に許さんからな!」
天理は怒りに任せてエレリウスに馬乗りになり何度も拳を振り下ろす。
「がっ!ごふぅ!」
エレリウスは抵抗できずにされるがままになっていた。天理が八年間心の奥に溜まっていた罵声を存分に浴びせながらやがて、エレリウスの端正な顔は腫れて原形を止めていなくなってきた。そして天理が涙声になってきた辺りで侯輝はそっとだがきっちりと天理の腕を止めた。その拳はエレリウスの血で汚れ拳自体も傷ついていた。
「天理、もうやめよ?天理がまた傷ついちゃうの俺やだよ」
言いながら背中からそっと抱き締め落ち着かせると天理は腕の力を抜いた。
天理:「っく……すまない……侯輝……」
侯輝:「帰ろう?ね?」
天理:「ああ……」
侯輝は天理を支え歩き出す。
エレリウス:「待ってくれ、私の事は許さなくていい、から……」
すると倒れていたエレリウスが声を振り絞り声を上げた。
侯輝:「まだ、何か用?」
侯輝はエレリウスの前で被っていた仮面を脱ぎ殺気すら込めた暗い瞳で見返すとエレリウスは一瞬怯んだが、すぐに真剣な表情?に戻り口を開いた。
エレリウス:「やはり君が闇の適正持ちで天理君の契約者か、羨ましい。自らの懐に刃を招いてしまうとは私の驕りだったね」
天理:「……」
侯輝:(天理がどんな気持ちで俺と契約したかも知らずによくも!)
エレリウス:「そう睨まないでくれ、では、私にも闇の適正持ちの契約者がいることには気づいているね?天理君が最も多く相手していた男だ。天理君を引き入れる為に契約したが、いささか手を焼いていたので私も彼とは縁を切るよ。侯輝君の様な闇の適正者だったら良かったんだがね」
エレリウスの言葉を聞き天理の肩がビクッと震える。侯輝は天理を支える腕に力を籠めながら返す。
侯輝:「俺は嫌だけど。それで?」
エレリウス:「はは……。それで彼、トリジュは天理君に非常に執着している。私と天理君の契約内容がいびつになってしまった原因がそれさ。安定した魔力供給要員が確保できたからもう不用だと伝えたら大層機嫌が悪くなってね、本当に参ったよ。何か接触があるかもしれない。彼の魔力は私にも匹敵する。気を付けてくれ」
侯輝はその名を心に刻み込み、天理はその話をただ静かに聞いていた。
天理:「……」
侯輝:「……そんなんじゃ天理への償いにもならないからね?」
エレリウス:「分かっているさ……」
そう言うとエレリウスは再び項垂れた。
天理:「……俺は貴方の研究自体はそう嫌いじゃ無かったですよ」
天理が項垂れるエレリウスにそう一言投げると今度こそ終わりだと侯輝と天理はエレリウスの研究室を出た。
エレリウス:「そうか……私はアプローチを間違えてしまったんだなぁ……ははは」
エレリウスの自嘲気味な声が研究室に一人小さく響いていた。

エレリウスとの契約解除という目的は達成され天理は晴れて自由の身になったが、まだ懸念事項があると知らされ天理は先程痛めた拳の痛みを僅かな魔力で小さなガノを呼び少し回復させながらも言葉が無くなっていた。侯輝はそんな天理を励ます。
「天理の事は俺が絶対守るからね!」
「すまない、ありがとう侯輝」
夜となり暗くなった精霊科の棟を出、魔術学院を出る寸前、微かな呟きと共に強烈な魔力が襲ってきた。
「夜閃」
「天理!」
(もう来た!?街中でなんて、あいつ正気じゃない!)
「!」
侯輝はとっさに天理を庇いながらその術を避ける。
「へぇ。勘いいじゃねぇか。てめぇが新しく雇われたそのケツ穴のミルク要員かよ」
その下卑た言葉と笑い声に天理の表情が真っ青になると、侯輝はその声の主が先程聞いたトリジュ、己の抹殺対象だと確信する。侯輝は姿を見せぬトリジュを全神経を研ぎ澄ませ覚えた精霊感応術を総動員し探る。
(そこだ!)
侯輝は気配を感じ取り、素早く移動しつつ闇雲に剣を振るうと何かの微かな手応えを感じる。
「……チッ」
「はっ!」
そして人形の景色が一瞬揺らいだ所へ天理が追うように小刀で切り込むとまた微かな感触があった。
そしてその瞬間、トリジュの纏っていた不可視の霧が晴れるとそこには切り傷を僅かに負った一人の男が現れる。
「影裂き!」
その姿に天理が明らかに顔を歪め、トリジュが闇の衝撃を二人に放ち牽制すると二人が避けている間に距離を取り天理に話しかける。
「久しぶりだな、元気そうだな4精霊使い様よ。俺のケツ穴ミルクサーバーは止めてそのガキのケツ穴ミルクサーバー始めたのか?あ?」
「……あんたにはもう用は無いはずだ。まして奇襲される覚えはない」
天理はこんな男に理不尽に八年間も犯されていた事に改めて怒りを覚えたが、警戒は解かず下品な挑発に冷たい瞳で応える。
「ハッ、やっとまともにお喋りしたと思ったらそれかよ。いつも死にそうな面して俺のミルク飲んでた癖にガキのミルクの方が美味しいってか?とんだ淫乱野郎だよお前」
「……」
(もうそれでいいから帰れよ。こいつも一発殴りたいが厳しいだろうし)
(こいつ!今すぐ殺したい。でも多分凄い術者だ、どうする。こんな奴二度と天理に会わせたくないのに!)
「ガキって。自分がおじさんだと思うなら大人しく引いたら?変態おじさん。こんな所で平気で襲ってきてさ捕まりたいの?」
現状の戦力差を知る天理はなんとか場を逃れようと挑発をスルーする。侯輝は天理を嘲笑するトリジュの矛先を自分に向けるためあえて挑発的に言葉を放った。
「侯…、あまり挑発するな。この魔術学院内は治外法権的な部分があって官権は来にくい。あいつはそれを狙ってるんだ」
(お前を巻き込みたくなかったのに…)
侯輝の挑発には余裕で返そうとしていたトリジュだったが、自分の発言はスルーした天理が侯輝の挑発を嗜めるというより心配そうに見ている事に気が付き、その表情に苛立つ。
「……うるセェクソガキが!決めた!テメエは殺す!深淵より生まれし闇よ跳べ!暗黒球!」
トリジュの闇の精霊力を纏った一抱えほどもある闇弾が侯輝に迫る。侯輝は避けようとするも足がもつれて動けない。意識を凝らすといつの間にか足元にぼんやりとした影が纏わりつく。刹那、侯輝はトリジュのニヤけた顔を見て罠が仕掛けられていた事を知る。
(しまった!闇の精霊の隠し拘束!)
侯輝が光の精霊で闇弾から防御しようとするも、先の儀式により魔力が不足しており、またその明らかに巨大な魔力の弾に防ぎ切れぬと衝撃を覚悟する。
「侯輝!!」
しかし、事情を察した侯輝の前に天理が立ち塞がり、トリジュの放った闇弾が天理に直撃する。魔力がほぼ尽きていた天理はなす術もなく吹き飛ばされ地に倒れた。
「ぐ……っ……」
「天理!!」
「邪魔すんな!ケツ穴ぁ!!」
なんとか光の精霊を宿した剣で拘束を外した侯輝は慌てて天理に駆け寄ろうとするも、すかさずトリジュが追撃する。
「死ね!クソガキ!暗黒球!」
「ぐっ!くっ!」
「暗黒球!暗黒球!影裂き!」
侯輝は剣に光の精霊を宿し必死でトリジュの攻撃を捌こうとするが一撃一撃が強力でジリジリと削られていく。倒れた天理に攻撃が届きそうになり助けたいと身を動かそうとした瞬間そこに再び闇の精霊術の拘束が成され強烈な一撃が侯輝を襲う。
「夜影牢!暗黒球!」
(しまっ……)
ほんの一瞬意識を失いカランカランと離れた所で自らの剣が転がる音が聞こえた。
(た!)
侯輝は拘束されたまま近づいてきたトリジュに胴を蹴り上げられ、仰向けに倒れる。そこへ更にトリジュが闇の力を込め振り下ろしてきた拳を両腕でガードする。
「闇星!」
「っ!」
侯輝の腕に衝撃が走り、骨が軋む嫌な音と共に激痛が走るがなんとか耐えることが出来た。だが体が録に身動きできない状態で更に蹴られ侯輝はまた転がされると今度は防ぐ事ができず二発、三発と連続で腹を殴られて吐血する。
「ごふ……っ」
「侯、輝……」
(くそっ!このままじゃ……天理だけでも逃がさなきゃならないのに)
トリジュはそんな侯輝をあざ笑うかのように言う。
「へぇ、丈夫じゃねえか。光の適正持ちのガキ。そこのケツ穴に魔力供給して今すっからかんか?それでも魔力は大したことねぇな。俺の足元にも及ばねぇ」
(く……ダメだ今度は闇の拘束が解いても解いても再生してくる。魔力が違い過ぎる!)
「まぁいい。お前は後で殺してやる。面白いもん見せてやるよ」
そう言うとトリジュは倒れ半ば朦朧としている天理に近づくと、天理のベルトを強引に抜くとズボンをパンツごとずり下ろした。既に顔色が悪い天理は更に顔を青くする。
「ぅ……ゃ、」
「何すんの!!」
侯輝はトリジュの意図を知り、怒りで拘束を腕力だけで無理矢理外そうとするもただ食い込むばかりで一向に解かれなかった。
「天理!天理!」
(すまん、侯輝……お前だけには見られたく無かった)
侯輝は必死に拘束を外そうとしながら、必死に愛する人の名を呼ぶ。だがその声は虚しく響くだけだった。
「黙って見てろよクソガキ、4精霊使い様が俺のケツ穴ミルクサーバーに返り咲くとこをよぉ」
(このままだと侯輝が殺される!何とかしないと……返り咲く?)
天理はこれまでの言動とその言葉にうっすらとトリジュの真意を掴む。
トリジュは下卑た笑みを浮かべ、動けない天理の脚を乱暴に割り開く。天理はなけなしの力で抵抗してはいた力を緩め、だが眼だけでトリジュを強く見据える。
「おー、いつも諦めた面して受け入れてた癖によ、初めて俺に楯突く様な面じゃねえか。最近ちょっと嫌そうな面してたのが楽しかったとこだから、もっと睨んでもいいんだぜぇ?これからの魔力供給もその面で頼むわぁヒャヒャヒャ!」
「天理っ……!」
天理の顔に近づき嘲る様にいい放つトリジュにそれでも天理は声を振り絞りいい放つ。
「次は、無い」
「んだと?」
トリジュは挿入しようとしていた体を止める。
「お前の企みは既に分かっている。俺とエレリウスの契約は解消した、もうお前から魔力供給を受ける必要はない。侯輝を殺した所で無駄だ。お前がしている事はただの犯罪だ」
トリジュは目を見開き、信じられないといった表情をする。
「隠し契約が見つかった……解除……だと!?ああああ!!うるせえ!うるせえ!うるせえ!テメエのケツ穴は俺のもんだ!ずっと俺に組み敷かれているべきなんだ!」
そう言うとトリジュは天理を殴り付け、立ち上がると狂った様に何度も蹴り付ける。
「ぐぁっ!っぐ!ぐはっ!ぐあ!」
「やめろ!!天理!天理!天理!」
「俺は、まだ、テメエを犯してねえんだよ、何度も、何度も、何度も、この俺様がぶちこんでやってるのによぉ!」
トリジュは瞳を真っ黒にさせ周囲に闇の精霊を纏わせながらブツブツと呟く。
(何……言ってんだこいつ……?まさか自分の闇の精霊に飲み込まれ……?)
天理は下半身を剥かれボロボロにされ酷い有り様にされつつも、ひとまず侯輝への矛先を納めさせた事には安堵しつつ、トリジュの様子がおかしい事に気付き、周囲の闇の精霊力異常を察知し暴走する危険から動けないながらもなんとか離脱手段を模索する。
「なん……だよその目はよぉ!そぉだぁ、契約ぅ、お前だけ発情状態だったからだぁ……何度もやっても、狂わねぇんだぁ……他の奴みたいに普通に犯せば良かったんだぁぁぁ……そうだ、お前を、俺の奴隷にしてぇ、毎晩、ぶちこんでやればいいんだぁ、ヒャハ、アァッハッハ!!」
トリジュはそう言うと天理の腹を蹴り上げる。
「ぐぉ!げぇ…」
「やめろ!!」(天理!天理!天理!天理!天理!)
天理は血反吐と胃の内容物を吐き出しながら苦しむ。
トリジュは天理の髪を掴んで持ち上げるとにやぁと笑った。
「俺の、モノになれぇ、俺の、俺の俺の俺の……」
トリジュは天理を地面に放るとそのまま馬乗りになる。
(すまん侯輝、俺が相手してる間に逃げて……)
そして、天理の尻に自分の股間を押し付けようとした瞬間。

(殺す)

「がああああ!!!」
「!ぐぁっっ!!」
侯輝は自分の内の真っ黒い塊が一気に膨れ上がる感覚を覚えると、真っ当な思考を失った。我が身が傷つくのも構わずトリジュの拘束を強引に破り、バーサーカーのごとくトリジュに襲いかかり拳で殴り付けると天理から引き離した。
(侯輝!しまったお前も……!)
天理はトリジュが周囲に撒き散らした闇の精霊力に侯輝の中で小さく重く質量を増していた闇の精霊力に気づくのが遅れてしまっていた。トリジュは突然の事態に驚き対応しようとするも侯輝は常軌を逸した動きでトリジュに容赦なく次々と拳を叩き込む。
「ぐっ!闇矢っ!ぐはっ!そうかてめえかっ、ケツ穴の契約解じょぐふぉ!」
「死ね!死ね!死ね!」
侯輝の中で渦巻いていたブラックホールの様な闇の爆弾は、トリジュに止めを刺そうと近づく侯輝の感情の爆発と共に、トリジュが対抗して放った闇の弾や周囲の闇を吸い込みながら巨大化していく。侯輝は己の両拳を真っ赤にさせて尚、トリジュへの拳を止めなかった。
「ぐぉぉ!……なんで、がっ!なんで、ぐぉ!なんで、なんで俺ぐ……」
「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!!」
「侯輝!もういい!俺は大丈夫だ!だからっ!ゲホっ」
天理は血を吐きながら侯輝へと叫び、必死に動こうとするも、全身の痛みと出血で動けない。
(俺のせいで侯輝の心が死んでしまう!)
天理の悲痛な声を聞きながらもなお、拳を振り続ける侯輝。だが、トリジュは既に虫の息だ。だがそれでも抵抗しようと最後の力を込めて闇の精霊力を放つと、それはそのまま侯輝に吸収され、巨大な闇の球となりトリジュを包み込んだ。
「ぐあぁぁ…………!!」
「消えろ!!」
(まずい……このままでは……そうだ魔力!)
闇の力に焼かれ断末魔の様なトリジュの声を聞きながら、まず天理は侯輝との魔力契約を利用して強制的に侯輝から魔力を奪い暴走停止を試みる。侯輝の中の魔力を吸収すると、コアとも言える掌程の小さな闇の精霊球を侯輝の側に一つを残し周囲の闇の精霊力はフッと消え去った。強制吸収で半減したとはいえあれ程の闇の精霊を展開しておきながら吸収された魔力の少なさにその精霊適正の高さに瞬時驚くも、それより侯輝の瞳に光はまだ戻らぬ事に天理は焦る。侯輝はもう反応できなくなったトリジュを真っ黒な瞳で人形の様に機械的に殴り続けていた。
(まだだめか……侯輝、侯輝!頼むもういいんだ!戻ってきてくれ!)
契約の糸を通じて呼び掛けるも侯輝の心の中は真っ暗で荒れ狂っており何も見えない。
(くそ!どうすればいい!)
天理は侯輝から吸収した僅かな魔力でガノを呼び出し、辛うじて動けるくらいまで僅かに回復させると殴り続ける侯輝に這う這うの体で近づき、後ろから抱き締めた。
「もう、止めてくれ侯輝」
「あ……あ……あ……天」
天理は側で戸惑う様に浮いていた闇の精霊球にも片手を伸ばしその掌に迎え入れると闇の精霊は溶けるように消えた。そしてやっと侯輝は停止すると天理の腕の中で意識を失った。
「侯輝……!」
気を失った侯輝に、ひとまず暴走が止まった事に安心するも契約の糸から伝わる侯輝の精霊力が真っ暗で混沌としており焦りが募る。
(どうすれば……)
「これを使って君の精霊力で侯輝君の心を平常化するといい」
するといつの間にか精霊科の棟から出てきたらしい、まだ顔を腫らしたエレリウスが、前回の儀式で精製したクリスタルを差し出していた。
「エレリウス教授……いつの間に……これは……」
「すまないね、償いに手助けしたかったが魔力空の私には出番が無さそうでね。今頃になってしまったよ」
突然の登場に当惑する天理に、エレリウスは瀕死のトリジュを見やりながら弁明した。
「これは研究成果として軍に提出するのがあまりにも惜しくてね、手元に置いていたのだが、飾りではなく君に今使われるのが相応しいだろう。これを使い君の4精霊の力で侯輝君の身を満たせば暴走した闇の精霊力は沈静化するだろう。ただし……そこから侯輝君の心が戻ってこれるかは……私には分からないが」
(侯輝の心……)
「教授、助言感謝します。ありがたく使わせて貰います」
「何、返しただけだよ。償いには及ばないだろうしね」
天理は決意を固めると、クリスタルを受け取り、その力を借りながら自らの契約精霊に呼び掛け精霊達を通じてクリスタルから力を逆流させ、侯輝へと流し込む。
「ぅ、ぁ、ぅ……」
「侯輝、侯輝、侯輝、どうか戻ってきてくれ……」
侯輝の体にクリスタルからの4精霊力が満たされていき、侯輝の精霊力が徐々に安定していくのを確認する。だが荒れ狂っていた闇は静かになったが侯輝の心が見当たらない。天理はもう二度と侯輝が戻らないのではないかと心がどんどん不安で満たされた。力を失ったクリスタルを手放し、侯輝を抱き締める。
「なあ、侯輝、戻ってきてくれ……俺はもう、お前がいないとだめなんだ…………好きだ。ずっと好きだった。多分なんかじゃない。愛してる、愛してる、愛してる!侯輝……なあ、言ったら戻って来てくれるってお前、言ってくれたじゃないか……!」
天理は泣きながらどうか届いて欲しいと願いを込め侯輝にキスをする。
天理の想いが侯輝の真っ暗な心の奥底へ流れ込み、侯輝に、触れた。空っぽの屍の様になっていた心が天理の愛に満たされ膨れ上がると侯輝の心は愛おしい男への想いを取り戻し甦った。
(天……理……)
侯輝の体がピクリと反応する。天理が顔を上げると侯輝の瞳に光が灯っていた。
「ぅ、ぅ……天、ごめん、俺、おれ、天理、守れな」
侯輝は己が暴走していた事を思いだし、涙を流し天理に謝ろうとするが、天理に抱き寄せられ再び口づけされる。
「侯輝、俺は無事だ、お前が守ってくれたから。ありがとう。戻ってきてくれて」
「天理、俺、俺、ぅ……」
侯輝は混乱しながらも天理が無事な事に安堵し、その涙ぐみながらの笑顔に想いがいっぱいになるとまだ力が入らぬ手で抱き締め返した。
「侯輝、どうか、俺を愛してると言ってくれ」
「あい、して、る、天理、愛、して、るよ」
侯輝は涙を流しながら天理への気持ちを口に出す。
「ああ、俺もだ……侯輝」

「コホン、取り込み中すまないがいいかね?」
天理が微笑し返し侯輝と見つめあっていると咳払いが聞こえ、エレリウスが声をかける。
天理は一気に現実に引き戻されると真っ赤になり、侯輝から僅かに離れると侯輝は名残惜しそうに天理を見たのち、体が回復している事を感じとるとゆっくりと起き上がり、エレリウスをムッとしながら睨んだ。
「そういえば何でいるのかな?いいとこなのに。あと天理の体あまり見ないでよね。天理も下履いて履いて」
「うお!そうだ服……痛て……あ、助けて貰ってるんだ一応」
「そう睨まないでくれ。償いのつもりなんだよ。君も体は大丈夫……そうだね。流石天理君の術だ」
すっかり下半裸だった事を忘れていた天理はまだ傷だらけの体に痛みを感じつつ急ぎ下を履き、簡単にエレリウスのフォローをする。トリジュによってボロボロにされていた侯輝の体は天理のクリスタルによる浄化のついでに大半が回復されていた。侯輝はすくっと立ち上がると半死状態のトリジュを忌々しげに見下した。
「その男の事なんだがね君達が望めばここで殺してしまっても構わないよ。天理君は知ってると思うが、この魔術学院は通報しない限り犯罪は犯罪とならない。こんな時間に研究棟に残っている者は良くも悪くも研究以外関心が薄いからね。何なら私の方から口外禁止にもできるよ。そもそも正当防衛だろうしね。どうする?望むなら私が"処分"しよう。君達に悪くならない事を約束するよ」
「……ではお任せしようか」
「天理!?」
天理のその答えに侯輝と天理の周りの契約精霊達もが騒ぐ。『俺切り刻もうと思ってたのに!』『今回はやぶさかではないぞ?』『息、できなく、する』『みんな過激だなー土葬したら二度と甦れない様にはするけどね』
「悪い侯輝、お前達にも。これ以上手を汚させられない。俺のせいで本当に辛い思いをさせてしまった。これ以上そんな思いをさせたくないんだ。二度と関わらなければ……それで……いい……」
「天理?」
言いながら天理の瞳が不穏とも無とも何とも言えない状態になった事で一瞬不安を覚え侯輝は天理に問いかけるも契約精霊達から『大丈夫……』と止められる。天理はふらっと瀕死のトリジュに近づくと侯輝から光の精霊力を借り額辺りに手をかざす。
『闇に彷徨う哀しき魂よ、汝の心の闇を永遠に消え去らん。光満ち闇に紛れる事叶わず。たとえ苦行であろうとも生き続け世に尽くせ。それが罰であり救いである。』
天理の呪文と共に眩い光が放たれるとトリジュに吸い込まれていった。
「ああ……これなら……ってあれ?」
「天理君……君は……なんと言う事だ……」
侯輝もまた一瞬纏う空気が変わりなぜだか天理の成した事を直感で理解する。その二人の様子にエレリウスは目を見開いていた。
「もうこの男は罪を重ねる事はできない、関わる事も無いだろ、う……あ、れ?俺、あれ?」
「天理君は私の想定を越えた存在だった様だ……ああ契約解消が実に惜しい……」
侯輝:「まだそんなこと言ってんの?!天理は二度とあげないからね!あとちゃんと説明してよ?!」
エレリウス:「なんとなくだが侯輝君ももう理解しているのでは無いかい?私は専門外だが精霊術というより、神聖術に近そうだ。トリジュは記憶と闇の精霊力を永遠に失い僅かだが光適正すら与えられた。後半は分かりにくかったが性格形成も改竄されているかもね。間違っても闇に紛れた犯罪者生活は不可能だろう。」
天理:「……ああ自分でも良く分からないが多分そんな感じだ……まあぶっちゃけ俺ももう手すら汚したくない」
侯輝:「俺、なんか天理が別の何かに見えたや……まあ天理は天理だけどね!」
エレリウス:「なるほど直接手を下して貰えた私は僥倖といった所かな」
侯輝:「がるるる!」
侯輝は天理を二度と触れさせるものかと天理を抱き締め番犬の様に威嚇した。
天理:(懲りないなぁこの人。あとやっぱ侯輝大型犬だな)
天理:「侯輝、俺まだあちこち痛い、緩めてくれ」
侯輝:「あ、ごめんね」
天理:「ん、じゃあ帰るか。では教授そいつの事は改めて任せますので」
エレリウス:「ああ心得たよ。……もし良かったらまた来て……」
侯輝:「もうここには近づけさせないから!帰ろ天理!」
天理:「うわっおい!歩けないほどじゃない!下ろせ!」
侯輝は天理を素早くお姫様だっこすると足早に魔術学院をあとにした。
エレリウスが二人を寂しそうに見送っていた。

novelnovel