13.二人で通る通過点
その後は大騒ぎである。酒を飲み料理を食べ騒ぐ。
そんな中、天理は皆に囲まれ、質問攻めにあっている。侯輝が普段酒の席で自慢している『嫁』を間近で見る機会を得られたので、冒険者達は遠慮なく質問をぶつけていた。
天理からの依頼を受け共に冒険した事があった者を居たが、天理が男だと今日知った者、見た事はあったがそうだと知らなかった者もいくらかいて驚いていたりした。
皆が侯輝から聞かされていた天理像は、年上の黒髪の美人で眉は凛々しく瞳は理知的で背は平均的より少し高め、色白だが華奢ではなく引締まったナイスボディの持ち主。普段はクールだが時々見せてくれるデレが可愛いとかだったので、女だと思っていた連中がイメージしていたのはクールな年上秘書お姉さんタイプであった。
しかし実際に会ってみた天理は男で、確かに整った凛々しい顔立ちで特徴も間違っちゃいない。細身に見えるが白のモーニングコートの下は侯輝の言う通りならそれなりに鍛えられてはいるのだろう。
口が少し引き結ばれている為、やや近寄り難い雰囲気はあったが、話すと知的な雰囲気はあるが基本は気さくな男であった。
尚、侯輝を狙っていた一部の女性冒険者はどんな美女に侯輝を取られたのかと値踏みする勢いで参加していたらそれが男のイケメンだった為二重に落胆した。ごく一部の腐った女子は片隅で喜び狂っていたりしたが、殆どの女性陣はその辺のマナーはわきまえていたので騒ぎにはなっていない。
侯輝は顔が広く挨拶する人間が絶えない。天理は自身への質問責めが一区切りすると天理はようやく知り合い達との会話ができる様になった
CASE:天理と速水
「先輩ご結婚おめでとうございます♪」
「よ、よくきてくれたな速水…」
速水はかつての彼女だ、八年前に別れている。今は友人なのだが…来てくれるか心配していた。ネイビーを基調としレースをあしらったスタイリッシュなパンツドレスは知的で活動的な彼女によく似合っている。
「折角ですので♪侯輝君よく私呼ぶの許してくれましたね」
「いや、呼ぼうって言ったのあいつでな…お前さんに世話になったからって」
「私何もしてませんよ~」
速水はそういうが、侯輝と以前酷い喧嘩をした時に侯輝に対して何らかの仲裁をしてくれた事を天理は知っている。当時侯輝はまだ速水を目の敵にしていたから、それは難しい事だったはずなのだ。それが無ければ今、こうして侯輝と結婚できていなかったかもしれない。
「速水、その、ありがとうな」
「いえいえ、私はただあの時はああするのが一番良いと思っただけですし。それに結局私が何かするまでもなく二人は仲直りしてたと思いますよ?だから私のやった事は大したことじゃありません。それより本当に良かったですね!先輩綺麗ですよ~、幸せそうで何よりです!」
天理は仲裁無しでは実際仲直りは難しかったと思うぞと思ったが笑顔でそう言われては何も言えない。
「…あーとせめてカッコいいとかにならんか?いやカッコ良くないなら無理にとは言わんが…」
「先輩綺麗ですよ?」
「…まぁ褒め言葉として受け取っておく」
天理は苦笑しながら答える。
「そういえば先輩、侯輝君まだ若いですけど、結婚早くないですか?」
「俺もそう思ったんだけどな、けど侯輝がどうしても結婚したいって…なんか焦ってんだよ。俺の方もいろいろあったから俺を心配してるのもあるだろうし。だからあいつを安心させてやりたいんだ。子供もできないから結婚する区切りなんて分からないし、もう俺はあいつと一生一緒にいるつもりだったから、いつやっても一緒なら早い方がいいだろうって」
「結局侯輝君の為なんですね。ふふっ先輩本当に侯輝君の事好きなんですね~♪」
「…まぁそうだよ。ごちゃごちゃ言ったけど俺もあいつと一緒になれるのは嬉しいし…」
結婚までして今更否定する事でもないがやはり顔が赤くなるのは止められなかった。恥ずかしさを誤魔化す為話を逸らす。
「ああそうだ一つ頼みがある速水…あちらの片隅でスケッチブック片手に俺を見ないふりしながら、何かを一生懸命描いているお嬢さん方がちょっと怖いんだが、どう対処したらいいか教えてくれ。情報量払ってもいいから」
部屋の片隅では女子達が天理と侯輝の絵を描いていた。彼女らは当事者おさわり厳禁の鉄の掟を忠実に守っていたが、接する機会が無い天理としてはちょっと怖い。実は天理の同僚に居るのだが彼女は古代創作物の二次専門でナマモノは範疇外だったのだ。
そしてそんな彼女達にとって、この結婚披露宴はある意味最高級のご馳走であり、最高のイベントでもあった。
「あ~、隠してますけど堂々と描いてますねぇ」
「彼女達は噂によるとその……俺は恥ずかしくて死にそうなんだが」
「あ、だめですよ先輩涙目なんてしてたら。堂々としてれば大丈夫です。でも彼女達話せば分かるコ達ですよ」
片隅では涙目頂きましたとばかりに筆が走る音がする。天理は無になる様必死で務めた。
「そうか……分かった。すまない礼はまた後で」
「いいですよ♪これくらいでお礼なんて」
「いつもすまないな、今日は会費代くらいは稼いでってくれ」
「そうさせて貰います♪侯輝君のお陰でいろんな人来てますしお釣りが出るくらいですよ♪」
結婚披露宴という場は様々な人々が集まる。顔の広い侯輝の披露宴は情報屋の速水としては絶好の稼ぎ場所だった。
「速水。本当にありがとな」
天理は様々な想いを込めて礼を言う
「いえいえ、私も楽しかったですから♪今後ともよろしくです♪」
(楽しかった。か。どこを指してるんだろうな。せめて誠実な友人でいさせてくれ速水)
彼女は純粋に楽しみ心から天理を祝福していた。情報屋である身はあるやもすれば胡散臭がられる事が多く、増して天理は元恋人だという立場もあるのに変わらず真摯に接してくれる天理は大切な友であったのだ。速水は天理との交際の思い出に誰にも分からない程一瞬浸るとすぐに楽し気に歩を進め、人々の渦に飛び込んで行った。
CASE:天理とアナスタシア
「ご結婚おめでとうMr.天理」
天理が勤める学院の古代研究科の科長を勤めるアナスタシアは品のあるブラックとベージュのフォーマルドレスに身を包み淑女然とした笑顔を浮かべて祝いの言葉を述べる。
「ありがとうございます。アナスタシア科長。すみません、騒がしすぎる席で」
「いいえ結構ですよ。私は貴方達の幸せを祝福します。それに今日はこの騒ぎが心地よいのです。貴方達が触れ合った時間の長さを感じられますからね」
「はい…そう言ってもらえると助かります」
歴史の大切さを知る彼女にとってこの時間は貴重であり愛しいものなのだ。それは同じ道を歩もうとしている天理にとっても共感できるものだった。
「そういえばご紹介したお宅の方はいかがですか?」
「侯輝共々気に入っています。やはり二人では少し広すぎましたが、俺の趣味の遺物置き場としては丁度いいですね」
男同士ではどうやっても家族は増えない。養子でも取らない限り。
「Mr.侯輝は冒険で少し留守が多かったですね…ごめんなさい少し広すぎましたね」
一人待つ天理には寂しさがあった。が。
「それが…あの家ちょっと面白いのが居まして…」
天理は購入した中古物件にブラウニーが住み着いており、時折姿を表しては家事を手伝ってくれる事を話す。
「あらあらまぁ!私も是非会ってみたいわ」
アナスタシアが目を輝かせて言う
「是非いらしてください。ちょっと引っ込み思案ですが、穏やかな科長なら大丈夫だと思いますので」
「あら、もしかしてMr.侯輝とは?」
「騒がしい侯輝相手だとすぐ逃げてしまって。嫌っている訳ではないんで段々慣れてきてはいるんですが会える機会も少ないのでなかなか…そんな訳で希守…えっとブラウニーのお陰で、寂しさの方はなんとか」
苦笑しながら天理が答える。
「そのブラウニーに希守…と名付けたのね。ふふふ、もう二人の子供みたいなものですね」
勝手に呼ぶのは自由だが、一般的な契約精霊と異なり家付きのブラウニーと精霊使いが契約して名を与える事はない。
「その、見た目がちょっと変わってしまって、呼びにくかったので二人で」
天理は住み始めたらそのブラウニーの姿が侯輝と自分を足して割ったような子供の姿になった事を説明した。
「まあ!!素敵ね。ブラウニーにそんな事例が?貴方のレアスキルが影響したのかしら?」
「え!!えぇっとその辺のについては判明してないんですが!」
天理はその時の事を思い出して顔を赤くした。
原因は確かに判明していない。認めるのが恥ずかしいが侯輝と子供欲しいなと思いながらSEXしたら、次見た時にはブラウニーがあの姿になってたなんて言えない。
「あら、どうしましたMr.天理」
「いっいえっなんでも!」
(何かあったのでしょうねぇ)
アナスタシアは微笑みながらそう思い、片隅の女子達は赤面キタコレと感謝し筆を走らせた。
「精霊絡みであれば…彼がいればお話が聞けたかもしれませんが、今言っても仕方がありませんね。お話を聞ける機会があれば聞いてみますね」
彼…エレリウス元精霊科長は精霊については第一人者だった。天理を襲った事がきっかけで地方に左遷されてからは音信不通だ。後任の精霊科長との関係は普通といったところだが、実力は間違いなくエレリウスの方が上だった。
「お気遣いありがとうございます。まぁ希守は大人しいですし、気配自体は確かにブラウニーなので様子見しておきます」
「そうですか、貴方達の幸運となると良いですね」
「はい…何から何までありがとうございます」
アナスタシアは天理が学生として学院に入ってから10年もの付き合いになる。
天理は4属性精霊適性というレアスキルを持ちながら精霊科ではなく古代研究科に入り、アナスタシアに教えを請うていた。
アナスタシアは天理の熱心に学ぶ姿に我が子の様に教え導き、天理が学者となった後は上司と部下として古代研究に打ち込む姿を見守ってきた。こうして新しい門出を迎える天理を心から祝福した。
「いえいえ、お幸せに、これからもよろしくお願いしますね」
「はい、よろしくお願いします」
天理は深く礼をした。
CASE:天理と不知火
「結婚おめでとう!天理!」
「ありがとう不知火。こっちに来ていたんだな」
「ああ、その、兄に呼ばれてこっちに」
不知火は侯輝や土護のツテとして不知火の兄とも繋がりがあり、先日戦いを共にし知らぬ間でも無かった為、兄の名代を兼ねて参加していた。彼女は騎士の儀礼用礼服に身を包み、小柄ながら男装の麗人と言った風情で、凛々しい立ち振舞いと相まってとても似合っていると天理は感じながら微笑を不知火に向けた。
天理は普段地方を中心に活動しているという彼女が少しだけしどろもどろになっているのをなんとなく察した。
不知火は侯輝の兄であり天理の親友たる土護に淡い恋心を抱いていた。侯輝と天理の結婚式に参加すれば侯輝の親族である土護に会えるかもしれないと兄の名代役を二つ返事で承諾し参加していたのだった。
「不知火、土護には会えたか?あいつは侯輝の親代わりばりに張り切ってあっちこっち挨拶してるから、なかなか捕まらないかもしれないが」
顔の広い侯輝の全て関係者にご挨拶せねばと真面目な土護はあちこちに忙しく回っていた。土護自身、地方とはいえ若くして神殿長を任される程の徳のある神官であり大地の神の神官が土護と話そうと近づく為多忙であった。
「いや、まだ……、でも向こうでだって会えるし」
不知火は普段は凛とした顔を少しだけ顔を赤らめて恥ずかしそうにもじもじしていた。天理はこれは後退こそしていないがまだ進展もしてないなと思いつつ微笑ましいものをみるように笑った。
「ご兄弟の名代も兼ねてるんだろう?なら、そのうち土護から来るさ。その時たっぷり捕まえたらいい」
「うん……あ!そうだ天理は速水と友人だったんだな!」
「えっ!そ、そうだが、お前さん速水の知り合いだったか?」
「ああ、速水は私の友人なんだ。以前、速水に4属性のレアスキル持ちの友人がいると聞いていてすっかり忘れていたんだが天理の事だったんだな!」
友人、友人な。と天理は少しだけほっとしつつ少しだけ焦る。清廉とした不知火にとって友人の元カレというのはどう映るのだろうかとちょっと心配になった。もっともその速水は自分と別れた後、渡り鳥の様に恋人をとっかえひっかえしているのだが。
「ああ、そうなのか世界は狭いな!」
自分でも何を言っているのかよくわからないまま天理が答えるが不知火もどこか緊張していた為気にされなかった。
「その…天理とも今後お付き合いしていけたらいいなって思うからよろしくお願いします!」
「あ、ああ、そうだな今後ともよろしく頼む。そうだ土実と土花なら相手できそうだからそちらと話しておくのも良いかもな」
「妹さん達ともゆっくり話してみたかったんだ。そうするよ!」
もし彼女が土護と一緒になる事になるなら、義理の兄嫁である。天理個人としても実直な彼女の事は気に入っていたので彼女の恋路を応援するつもりであった。問題は土護の方が彼女の事を妹扱いから恋愛対象としていつ見られる様になるかである。天理は根回しさせるつもりで双子妹との懇談を勧めてみたのだった。
天理は不知火を見送りながらその険しい恋路に心中でエールを送った。
CASE:天理と水緒と葉金
「おめでとうございます天理さん」
「おめでとさん!天理!」
「ありがとう、水緒。葉金さん、忙しい所出席くださってありがとうございます」
街の衛兵たる葉金とその妻水緒は夫婦仲良く二人の式を祝福してくれた。水緒は落ち着いたサーモンピンクのパーティドレスでいつも通りの優しげな印象の延長であったが、葉金は蝶ネクタイにフォーマルスーツで、”下町の番犬”というイメージからは大分かけ離れている。
普段の葉金の、衛兵だと言うのにそこらのゴロツキなのか区別がつかない程のガラの悪さを知る冒険者達はその姿を冷やかそうとし、”瞬間湯沸かし器”とも異名を取る葉金の血管を浮かべた満面の笑顔に一瞬で恐怖に凍り付き黙らせられていた。
「ええねん天理には水緒が世話になっとるからな!侯輝もいい仕事してくれてるし。助かってるで!」
「侯輝はともかく、水緒に世話になってるのは俺の方ですけどね」
天理は不定休の葉金を気遣うが葉金はカラカラと笑いながら水緒と視線を交わし微笑む。
されど天理は、侯輝が褒めて貰えて内心嬉しいと思うも、自身は時折水緒に料理を教えて貰っており謙遜して返した。
「ふふふ、お世話なんて事ないですよ。天理さんにしてるのは以前助けて貰ったお礼ですから。それに私も楽しいですし」
「せやな!お互い様ちゅうことや!」
「そう言って貰えると助かります」
だがそれも水緒にしてみれば先に天理と侯輝に不埒な冒険者から助けて貰った礼であり、二人の円満な生活の一助となる事を喜んでやっていた事であった。一見クールな天理が侯輝の為に料理を習いたいと真剣に学ぶ姿は微笑ましく、時折天理からその成果を聞くのは楽しませて貰っていたのだった。
そんな優しいおしどり夫婦に天理は心温まりつつもやはり謙遜した態度は崩しきれないのであった。
実は水緒には陰で噂される二つ名”番犬使い”がある。
それはある日天理が仕事帰りに水緒と商店街で偶然遭遇、そのまま食材を買い、水緒と共に葉金と水緒の家に料理を教えて貰いに向かった。それを見たご近所の奥様方が水緒とイケメン(天理)が葉金の留守中に仲良く家に入った事で、すわおしどり夫婦の危機か?!と誤解、丁度巡回していた葉金が奥様方に捕まりその情報を聞いてどこの馬の骨かと自宅に鬼神の如く怒鳴り込んで突入するという事件が発生した。水緒と和気あいあいと料理を作っていた天理は既に見知っていたはずの葉金相手に一瞬死を覚悟したが、水緒は不貞など働くはずがないと葉金に静かに強く説教し、即勤務に復帰させた。その日、嫁を怒らせたと意気消沈した葉金を見、かの番犬を鎮める者として本来穏やかな印象である水緒にその二つ名が付いてしまったのだった。天理は誤解とは言え誤解を招く不用意な行動をしてしまったと反省し、この夫婦には頭が上がらぬ思いをしていたのだった。尚、侯輝曰く「気にし過ぎだよぉ実際あの夫婦そんな感じだし!」とケラケラ笑っていたが根が真面目な天理にはそれは無理だった。
「ダハハ、相変わらず侯輝と逆で真面目なやっちゃなぁ。似合いやで。困った事があったら公私問わず何でも相談しぃや?いつでも相談乗ったるで!」
「ええ、俺もです。俺の力が及ぶ限り助けさせて貰います」
「私も力になりますから。何かあればすぐ言って下さいね!」
葉金と水緒の二人には頼もしさを感じつつもこの夫婦がいるならば本当に困った時に迷わず相談できそうだと思うのだった。
天理も自分の結婚を改めて祝い、祝意と友情を示してくれる二人の優しさに心から感謝した。
CASE:侯輝と速水
「結婚おめでとう♪侯輝君」
「ありがとう!速水!来てくれて嬉しいよ!!来てくれないんじゃないかって天理心配してたけど」
「呼んでくれてありがとう。先輩は心配性だから。私が振ったんだから先輩の方が怒って私を追い出してもいい立場なのにね」
速水は八年前天理と恋仲にあった。仲はお互い良好だったが天理の中に天理さえ無自覚だったが俺がいる事を察した速水の方から別れを切り出した。
「それはもう天理の性格だから」
「侯輝君も大変だ」
「そうなんだよねぇ。ところでさっき天理と何話してたの?」
(あーやっぱり見てたんだねぇ。侯輝君あっちこっち移動してるけど絶対先輩を視界内においてたし)「ん?内緒♪あーでも、場合によっては先輩ガードした方がいいかも?」
(むぅ。相変わらずガード固いなぁ。まあいいや。後で聞き出そうっと)「え!天理が何?!不審者いた?!」
早見の言葉に遠くにいる天理の周りをチェックする侯輝。
「直接危害は加えてこないと思うんだけどね」
と速水はスケッチブック片手に天理や侯輝を描写しまくっている片隅集団の事を話した。天理は全否定こそしないが難色を示していており、てっきり独占欲が強い侯輝も嫌がるものだと速水は思っていたのだが。
「あーあの絵の上手い女子達ね。さっきお話したよ」
「流石侯輝君。怖いもの知らずね」
「俺をかっこよく描いてくれるなら大歓迎!天理は俺だけのにしたいけど、どうせ放っておいても描いちゃうならもう仕方ないかなって。後でよく描けてるやつを俺と天理の一枚ずつ貰う約束したよ!冒険の時持って行って眺める用にする。俺もう何も見なくても天理のあんなこんなを思い出せるけど絵があるとやっぱり違うよね」
(うわ。侯輝君、本当に怖がらない)
「俺のかっこいい絵も天理に渡しておいて、天理が不安になった時に俺の絵を見て安心してくれたら良いと思って」(寂しい夜に使ってもいいし)
「侯輝君はロマンチストだねー。先輩いらないっていいながらこっそり眺めてそう」
「だから彼女達には天理は俺のだから直接接触しない分にはOKって言ってあるよ!」
(俺のだなんて言ったら妄想燃料としては最高だろうなぁ)「あ、先輩が自主的に近づいちゃった場合はどうするの?」
と、遠くでその天理が片隅集団に近づいていっているのが見えた。
(何やってんの天理!)
「侯輝君、行っちゃダメだよ~。多分大丈夫だと思うから」
速水は慌てて追いかけようとする侯輝を、寸で止めに入る。
「ほら、見てて。先輩はきっと何かあっても自分で解決できるから」
(そんな事言われても心配なんだけど)
どんな形でも天理が傷つく事があるなら耐えられない侯輝だったが速水の制止になんとか踏みとどまった。
天理が片隅女子達に話しかけている。
「えーっと、ちょっといいかお嬢さん方」
「な、なんでしょうか!すみません!すみません!勝手に描いてすみません!」
天理が彼女達に緊張しながら話しかけると、彼女達は描写対象に突如話しかけられ緊張しながら謝った。
(あーうん、やっぱり俺描いてんのか。侯輝も?)
「ああ、別に怒ってないからそう謝らんでくれ。俺は人の思想にケチつけるのは好きじゃないから勝手にしてくれていい。ただ、それ配布はしないで貰えるとありがたいんだが…」(恥ずかしいし)
数年前、高精度の複写機能のある遺物が発見され、複写技術が広まった。それにより、今までの写本では不可能な精緻さの絵画が量産されるようになっていた。
「はい!わかりました!我々の鉄の掟として内々でのみ楽しむ事にしております!何卒ご容赦くださいませ!」
(掟。結社か何かなのか?)「分かってくれればいいんだ…あ、と、配布するなって言った矢先にすまないがそれ貰えるか?お金なら払うから」
天理は土下座する勢いで再度謝られると、チラッと見えた美化されず素朴に笑っているだけの侯輝の絵を指さした。
「えっ!あのっ侯輝さんからも『俺の派手でかっこいい絵を1枚頂戴』とお願いされているんですが、こっちの地味な絵でいいんですか?」
(あいつ怖いもん知らずか?)「あ、ああ、俺は…そっちのがいいな」
片隅女子達は天理が素朴に笑う侯輝の絵をぽやぽやと眺める様子をみて、更に萌え上がった。
「ではこちらの絵の方でよろしければ差し上げさせていただきますが、こんな拙作ですみません」
「え、いいのか?ありがとう。…拙作とか言わなくていいんじゃないか?俺は良いと思う」
天理は微笑しながら礼を言い、受け取った絵を眺めながらぽろっと一言付け加えた。雪解けの様な微笑と世辞ではないと分かる一言の破壊力に、その場にいた全員が息を飲む音が聞こえた気がした。離れて見守っていた侯輝は天理の天然タラシが発動した事を悟り、額を押さえてため息をついた。
「いえ、そんな、滅相もないですっ!お褒めの言葉、ありがたく賜ります!」
と、天理の背後からツカツカと侯輝が片隅女子達との会話に割って入ってきた。侯輝的にはこれ以上天理の天然タラシを発動させる訳にはいかない。
「はい!もうお話いいね天理?土護兄が呼んでるよ!行って行って」
「ん、そうか。じゃ、絵、頑張ってくれ」(また頼むかもしれんし)
天理は貰った侯輝の肖像画を素早く隠しながら、天理は足早にその場を離れ土護を探した。残された者達に動揺が広がる。
「あれ!?天理さん行っちゃうんですか?」
「もっとお話しさせてください~」
等々、口々に引き留めようとする声が上がるが、侯輝がそれを制止する様に手をかざす。
「天理は忙しいから悪いけど引き止めないでやってね。今日は俺達の結婚式に来てくれてありがとう。これからもよろしく。さっき頼んだ絵はまた後でよろしくね」
にっこりと有無を言わせぬ笑顔で言い切り独占欲全開で天理をガードしようとする侯輝に、女子達が黄色い悲鳴を上げた。
天理が土護の元に向かった事を確認し、速水の所に戻る侯輝
「ね?天理先輩一人でも大丈夫だったでしょ?」
「俺的にはあんまり大丈夫じゃないんだけど!」
侯輝は天理があの手の手合いが苦手だと思っていたから助け船を出さねばならないと構えていたら、それどころかすっかり自力で女子達を虜にしてしまった。まあ牽制する必要はないだろうが一人占めしたい侯輝としては面白くなかった。
「天理先輩だって大人なんだし、自分の事は自分で出来るよ。まぁああやって天然タラシなとこ見ちゃうと旦那様の侯輝君としては面白くないかもだけど。先輩が他の人に好かれるのは嫌?」
「嫌じゃないけど、万が一変なのに好かれて天理が傷ついたらって思うと心配でさ…」
実際天理は既に被害にあっているのだ。二度と天理のあんな泣き顔見たくない。ずっと守ると誓ったのだ。
「でも俺天理に過保護過ぎるのかなぁ。天理だって頑張ってるの知ってるのに俺…そんなに頼りないかって天理に呆れられちゃうの嫌だな。うわどうしよう、こんな状態で結婚してたらダメじゃん。俺まだガキじゃんか」
他にも天理は精一杯愛情をくれているのに未だに嫉妬して暴走してその度に天理に慰められているのだ。
ただ天理を守りたくてがむしゃらに結婚まで進めてしまった。天理が受け入れてくれたから甘えてしまって、今更ながら自分が情けなく思えてきた。
まだ天理と結婚するのに相応しくなかったのかと落ち込む侯輝に、速水が慰めの言葉をかける。
「そんな事ないんじゃないかな。結婚は通過点でしかないよ、完璧だから結婚するって訳でもないと思う。だってそんな今の侯輝君を天理先輩は受け入れてくれたんでしょ?侯輝君も先輩も頑張ってるならお互い支え合っていけばいいんだと思う。上手くいかない事もあるかもしれないけど二人で一緒に頑張ればきっと幸せになれるよ。自信持って!」
侯輝は少し救われた気がした。確かに結婚とはゴールではない。これから先長い人生を共に歩むためにスタートラインに立ったに過ぎない。
そして何より、自分は天理に愛されている。その事実が侯輝にとって一番大事なことだった。
「うん…よし!俺もっとしっかりする。天理が心から安心できるように」
そう気合を入れ決意を新たにし微笑んだ侯輝の顔はとても晴れやかだった。
「その意気だよ。じゃあ私そろそろ行くね」
「速水!また助けられちゃった。ありがとね!」
速水は笑顔で手を振り去って行った。
(今度ちゃんとお礼させてよね)
CASE:侯輝とアナスタシア
「ご結婚おめでとうMr.侯輝」
アナスタシアは淑女然とした笑顔に孫を見るような暖かな眼差しで、侯輝に祝いの言葉を述べた。
「ありがとう!アナスタシアさん!綺麗なドレスで来てくれたのに汚しそうなとこでごめんね!」
天理の関係者は学院関係者の大人しめの人が多く、冒険者共と違い比較的フォーマルな衣装で参列してくれた為、場を仕切るギルドマスターが気を利かせて酒場の一角にテーブル席を作ってくれた。
「気にしないで。今日はお招きありがとう。楽しんでいますよ」
「良かったぁ!いつも天理がお世話になってるし、家も紹介してもらったから、ちゃんと挨拶しておきたかったんだ。本当に来て貰えて嬉しいよ!ありがとうございます!」
アナスタシアは天理が学生として学院に入ってから10年もの付き合いになり、天理の恩師でもあり、今は職場の上司で、やもすれば侯輝より長い時間を共に過ごしている相手だ。天理が学院内での事件に巻き込まれクビになりかけた時は奔走して助けてくれている。
「こちらこそ、Mr.天理には感謝していますよ、研究熱心で優秀ですが少し危うい所のある子だったので心配していたけれど、貴方の様な素敵な方と結婚して安心しました。とても幸せそうだわ。これからもあの子をどうか助けてあげてくださいね」
「もちろん!任せておいて!俺が必ず守るから!!」
「ふふっ頼もしいわ。私にも何か手伝える事があれば言ってくださいね」
侯輝はブラウニーの希守のことを思い出した。天理には懐いているのに自分には恥ずかしがってなかなか懐いてくれない。仲良くしたいのに。
侯輝の知り合いは比較的未婚で若い者が多く、相談できる相手がいなかった。
人生経験豊富なアナスタシアならアドバイスを貰えるかもしれない。
「じゃあ早速、アナスタシアさんに相談があるんだけど…」
侯輝が話し出すと周りの冒険者たちが聞き耳を立て始める。
酒が入っている事もあり、興味津々といった様子で皆話を聞きたがっている。
「あら?何かしら?」
「うちにブラウニーが居るのは天理から聞いてる?」
「ええ先ほど。希守と名付けられたそうね。私も是非会ってみたいと思っているのだけれど。どうしたのかしら?」
希守はその顔が侯輝と天理と足して割った様な子供の姿で、侯輝と天理は二人の間にできた子供の様な感覚になっていた。男同士で子供ができないと思っていた二人には奇跡の様な存在である。希守は性格は天理に似たのか恥ずかしがり屋で嫌われている訳では無い様なのだが侯輝が触れるとすぐにびっくりして逃げ出してしまう。
「それがさ、希守は天理には懐いてるのに、俺には恥ずかしがっちゃってなかなか懐いてくれなくてさ。仲良くしたいんだけど、どうにかならないかな?」
アナスタシアは顎に手を当て考える仕草をする。まるで子供が懐いてくれなくて悩む父親の悩みですねと微笑ましく思いながら。
「あらあら、それは大変ですね。でも嫌われていないのなら時間が解決してくれるのではないかしら」
「それ天理も言うんだよね…自分は懐かれてるからって呑気にー」
侯輝は希守が天理の寂しさを紛らわせられる存在になればいいと思っていたので、天理と希守の仲が良い事自体は喜んではいた。でも自分とも仲良くして欲しい。天理が取られたようでちょっと寂しい。もうまんま子供に嫁を取られた夫の気分である。
「希守の性格はMr.天理に似ているのよね?」
「うん」
「それならこれから楽しみね」
「え?どうして?」
「Mr.天理はMr.侯輝を生まれた時から知っているから警戒する事なく自然にお話できているでしょう?でももし他人としてMr.天理がMr.侯輝と出会っていたらどうかしら?それが今の希守の状態なのではないのかしらね」
「あ…」
侯輝は想像した。例えば天理が赤の他人として出会っていたら。天理は最初から心を開いて自分と接してくれていただろうか。自分達は基本正反対の性格なのだ。天理は基本は穏やかな土護兄と仲が良い。子供の頃に同い年で天理と出会っていたら希守みたいな反応をされてただろうか。
「たしかにそうかも」
「そんなもしもの存在と1から仲良くなれるかもしれないと思ったら楽しくないかしら?」
「うん!楽しそう、希守とは焦らないでゆっくり仲良くしていく事にするね」
そんな1から出会えてた天理を攻略していけばいいのだ。
「ふふふ、Mr.天理が嫉妬してしまうかもしれませんね」
「だといいなー天理俺には全然嫉妬してくれないんだよね。あ、でも俺は天理が一番だから嫉妬する必要なんてないけどね!」
「ご馳走様ですね。これからも仲良くお幸せに」
「ありがとう!アナスタシアさん!今度希守に会いに来てね!」
CASE:侯輝と不知火
「結婚おめでとう!侯輝!」
「ありがとう不知火!その礼服すっごく格好いいね!どうしたの?」
彼女は騎士ではないと聞いていたので素直に聞いてみる。
「ありがとう!兄さんのお古を仕立て直して貰ったんだ。私も気に入ってて着られてちょっと嬉しいんだ」
不知火は照れ照れと嬉しそうに答えた。
「うん、凄く似合ってるよ!そうだ、土護兄とはお話できた?」
土護の名を出されて顔を赤くする不知火
「え!えっと、さっき少しだけ挨拶できたんだ。だけど忙しそうであまりお話できなかったよ。今日は兄の名代として参加しただけだから会えただけでも良かったかな」
「そっかぁ。残念だったね」
「あ、あのその代わりにお姉さん達となら沢山お話できたんだけど……」
「え!大丈夫?!土実姉と土花姉に怖い事とか変な事言われなかった!?」
以前、不知火は侯輝の双子の姉、土実と土花の窮地を共に救出に行ってくれていたが、その時は土実と土花は倒れてほとんどまともに話せる状況ではなかった為、今日ははじめてきちんと話ができた事になる。真面目な土実は兄の土護の事を敬愛して結婚せず神職に殉じる覚悟でおり、土護と一緒になるなら不知火にとって未来の小姑になる可能性が高い。土花の方は無遠慮な性格で真面目な土護にはじめてできそうな彼女を弄るのは目に見えていた。
「ええと特に怖い事はなかったかな。土花さんはお話沢山聞いてくれて面白いお話も沢山してくれて楽しかった。土実さんは土護さんと同じで真面目な人だね。熱心に土護さんのお話聞かせてくれて良かったな。私の事は気にしないでって言われたんだけど、どういう意味なんだろうか」
「そ、そうなんだ良かったね!土実姉の方は、うん、気にしなくていいんじゃないかな!」
侯輝は懸念していた不知火と二人の姉との接触がひとまず良好である事に安堵した。後は当人同士の問題なのだがそれはそれでハードルが高いのである。
「ともかく頑張ってね!困った事があったら相談に乗るからいつでも言ってよね!土護兄にはがつん!だからね!」
「ありがとう!わ、分かった!がんばる!」
こうして侯輝と天理の結婚を祝う披露宴パーティは賑やかに進んで行った。もはや式にかこつけてただ飲んでいる冒険者もいたが、二人を祝福する気持ちだけは本物だった。
ギルドマスターがお開きを告げ、締めの挨拶をする頃にはもうすっかり日が落ちていた。
侯輝と天理は引き続き飲んだくれている冒険者以外のゲストを見送り、ギルマスや土護達に後を任せ、衣装から私服に着替えるとただの飲んだくれと化した者達に捕まらない様にギルドマスターに手引きされながらこっそりギルドの裏口から脱出した。