空想と太陽の物語1(未確定)

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侯輝×天理 

ちょっと近未来っぽい夢の話


西暦20×0年頃、世界戦争によって人類文明はほぼ消滅したが生き残った人々が1000年以上かけてなんとか当時の技術水準程度にまで復興させた。それには今まで表沙汰になっていなかった精霊や神術といった霊的な力による力が大きかったが、大衆にも知れ渡った結果不用意に産み出されたり召喚された怪物などが蔓延する事にもなり、人類の新たな驚異となった。
それら怪物などから人々を守る公的組織が誕生した。その名はセキュリティ・ガードという。略してS.Gと呼ばれた彼らは精霊術や鍛えられた体術を駆使し復興していく人々の暮らしを守っていた。

厳しいS.G訓練所を体術ではトップの成績を収め、精霊術無しでS.Gの戦士として資格を得て新人隊員として配属される事になった侯輝は、第一印象が肝心、と更衣室の鏡を見て己の容姿をチェックする。
鏡にはハニーブロンドの髪をバックは短く刈り上げ、トップは立ち上げて前に少し垂らしツーブロックにした男が初々しい緊張を隠せない表情を浮かべていた。しなやかな筋肉で引き締まった長身は、真新しい隊服に包まれエネルギーに満ちていた。決意が込められた力強いブラウンの眼差しはすぐにいたずらっぽい笑みに変わる。
「よし! 完璧!」
(見ててね神我見姉、俺、ここで家の連中見返せるくらい出世するからね!)
こうして侯輝のS.Gでの生活が始まった……のだが入隊も数日しか経たぬ昼過ぎた頃、侯輝はバディを組んだばかりの指導役の先輩、葉金に連れられS.G本部たる建物の廊下を内務勤務フロアへと歩いていた。
S.Gの内務勤務フロアは広く明るく、大きな窓ガラスの向こうの階下には守るべき都市の景色が広がっていた。30台程設置されたデスクは整然と並べられていたが、各デスクは資料やデータ端末、古新書が混在し、多くの内務職員がせわしなく働いていた。
この場所は内務職員の執務場であると同時に、直接脅威とは戦わなくても怪物から人類を守る重要な任務が行われているのだと葉金から説明を受けたばかりだった。
「すまんなあ侯輝、配置早々バディ変更せなあかん様になって、嫁さん急にお産に入ってもうてんねん。面倒見てくれるおかんも腰やってもうて。本当は初出動までは面倒見るつもりやったんけどな」
(子作り計画って難しいんだね…)
先を行く葉金は侯輝から見て頭頂部がはっきり見える程小柄ではあったがその肉体は服の上からでもその頑強な肉体が見て取れる男だ。一見大雑把に見えたが気さくで常に周囲に気を配り、隙を感じさせない歴戦の勇士である事を侯輝は直感で捉えていた。侯輝は自己の成長にあたり葉金の指導に期待していたのだが万事うまくいくことなど無いのだと頭を素早く切り替える。
「ううん、大丈夫だよ!どんな人か楽しみだな!」
「おう、あの端っこのデスクの黒髪の男が天理や。まあ多少変わってるかもしれんけどええやつやで!」
(そういう人って大体おかしな人なんだよね…)
そこに見えたその天理という人物は端末に目を向け真剣に入力操作をしていた。端正な顔立ちだが硬派でクールな雰囲気を持つ青年だった。S.Gの戦士は外回りが多く隊長クラス以外は固定デスクを持つことは少ない。デスクを与えられ普段は内勤を担当しているのだろう。
「なんかすごい真面目そう……。俺ちょっと苦手かも」
「ははは、最初はみんなそんなもんや。慣れればおもろいで!」
「そっかぁ……」
(ま、どんな相手でも構わないけどね!)
葉金は天理の方へと歩いていくと手を振りながら呼びかける。
「おーい、天理、待たせたなぁ連れてきたでー!」
「そんな大きな声出さなくても聞こえてますよ葉金さん」
天理は手を止めるとくるりと椅子を回転させ苦笑しながら立ち上がった。侯輝は自分よりは背は僅かに低く戦士としてはやや細身ではあるものの内勤を兼務しているとはいえしっかりと鍛えられた体躯を見て取った。
(へぇ、精霊術がメインかと思ってたけど、この人も前で戦うのかな……)
「おう!すまんすまん!こいつが期待の新人侯輝や!」
「初めまして!侯輝です!」
「初めまして。俺は天理だ。葉金さんから話は聞いているかな?」
「はい!よろしくお願いします天理さん!」
「ああ、よろしく頼む、侯輝」
侯輝が第一印象が大事!と明るく元気よく天理に挨拶すると天理は一瞬驚いて少し目を丸くしたのち微笑み返した。黒髪で一見固そうな雰囲気だったが想定より柔らかいその笑みは、侯輝に黒髪が美しく真面目でありながら優しかった姉の姿を少し思い起こさせた。
「まあ、細かいことはおいおいな!急やけど今日から二人でバディを組んでもらう。仲良うしてな!ほな、後は任せたで!」
「はい、了解しました。奥さん大事にして下さい」
「おう!んじゃ、わしは帰るでー。またなんかあったら連絡してな!ほな!」
「お疲れ様ー!」
こうして慌ただしく侯輝と天理の臨時バディが結成された。侯輝は一抹の不安を感じつつも、これから始まる新しい日々に期待を抱いていた。

侯輝への業務基本内容は葉金から既に引き継いでいた天理だったが今後の連携の為、実際に侯輝がどの程度戦えるのかを確認するために模擬戦をする事にした。二人はS.G内にいくつか存在する模擬訓練施設の一つに移動する。個人戦を想定されたその部屋は球技コート程の大きさがあり天井は広く床と壁は精霊術に対しても高い耐久性を持つ特殊な材質でできていて、その強度は訓練所の比では無い。
侯輝は得意とする両手剣の模擬刀を手にしつつ、天理の片手の小刀のみ構えているスタイルを見て取った。
「天理さんって精霊魔法使いだって聞いてたんだけどフォワードもするの?」
「ああ、俺は魔力が低いから大魔法は滅多に使えないんだ。基本は補助的に魔法を使用して小刀で戦う感じだな」
「へぇ……基本は俺が前衛でいいのかな?」
「ああ、そのつもりでいてくれ。まずはお前さんの力を知りたい、簡易回復ならできるから遠慮無く来てくれ」
「うん!わかった!」
(この人、独特な雰囲気があるな…接近戦は苦手なのかな?)
侯輝は両手剣を構え、小刀を構える天理に打ち込みにかかる。天理の構えは確かに真剣ではあったものの葉金や既存の訓練生と比べるとどこか空気が異なり圧を感じさせない。どことなく油断してしまった侯輝は小刀に軽く振り下ろすと天理は想定外の動きを見せた。
『ガノ』
侯輝が打ち込む手前で天理がたった一言、精霊術と思しき言葉を呟いたと思った瞬間、天理の動きが侯輝の想定よりも早くなった。
(魔法!?詠唱は?!)
侯輝は慌てて体勢を立て直すと、模擬刀が体の急所を僅かに外れた所を掠めていった。辛うじて回避するもピリッとした感覚が体に残る。
「お、避けるか?初見なら大体通るんだがなこれ。資料通り凄い身体能力なんだな」
「あ、ありがと!」
素直に関心した風に告げる天理に侯輝は礼を言うも実際はこれが実戦で毒でも仕込まれていれば一発アウトだった事に冷や汗を流していた。指摘されるかと思い天理を見るもどこか楽しそうに小さく笑みを浮かべるだけだった。
「じゃ、次はこっちから行くぞ」
天理はそう言うと侯輝に素早く踏み込み、また急所を狙って小刀を振るった。天理は小刀使いらしい速さと小刀らしからぬ大剣の様な重さの打ち込みで侯輝の両手剣を防戦一方になる程に押し込んできた。
(小刀がなんでこんなに重いの!これも精霊魔法?術が分かんない!)
侯輝はそう疑問に思うも、答えが得られない今は考えるだけ無駄と思いきって戦法を変える事にする。
「ふん!!」
「っ!」
侯輝が押し込まれる勢いを利用して逆に力任せに押し返すと、天理は僅かにバランスを崩す。侯輝は両手剣を手放し、素早く回り込み得意の体術で小刀を持つ天理の右手を両手で掴みそのまま捻じり上げ腕にそのまま体重をかけて倒すと押さえ込んだ。侯輝には想定していたより天理の体重が軽く感じられた。
「これで終わりだね!」
「ふぅ。参った。大した格闘センスだ。俺も鈍ってたな。鍛え直さないと…ってなんだ?」
勝負が決まり侯輝は天理の身を解放する。天理が立ち上がりながらそう評していると侯輝は眼を輝かせながら天理を見つめていた。
「ねぇっ!今の精霊魔法だよね?どんな魔法使ってたの?!こんなにハードな近接戦しながらあれだけの詠唱で使ってる人見たことない!」
精霊魔法とは基本、集中と大なり小なり詠唱が必要だ。術者は大体無防備になる。乱戦使用に慣れていてもあれだけの剣を振るいながらとなると大抵の者は不可能に近い。侯輝は相手が先輩だという事も忘れ、未知の技に夢中になると身を乗り出して質問してしまっていた。
「あ、ああ、そうだ。俺は精霊と親和性が結構高いらしくてイメージしただけでもで即精霊に指示ができる。簡単なやつなら近接しながらでもいけるんだ」
「へぇー!S.Gってそんな人達ばかりなの?!」
「隊長クラスになら何人かいるぞ」
侯輝に気圧されつつも、天理がその稀有であろう技術を謙虚に説明をすると、侯輝は興奮冷めやらぬまま立て続けに質問する。
「天理さんって隊長目指してるの?」
「あー、俺はいろいろあって内勤兼務のぺーぺーだ。魔力低いから隊長資格取れないんだ。剣技もちょっと苦戦していてな」
確かに天理は鍛えてはいたが自分に比べ肉がつきにくいのか、筋肉はあるが全体的に細い印象を受けた。剣技も慣れてはいるようだったが精霊魔法に頼っている印象がある。天理は苦笑しながら続けた。
「なんか期待させて悪いな。新人の前だってのに。だが葉金さんが戻ってくるまではきっちり[[rb:仕事 > サポート]]はするから安心してくれ」
(葉金さん急遽お休みだって言ってたもんね)
天理の言葉に侯輝はそう思いつつ首を横に振った。
「ううん!全然大丈夫!いろんな人と組んで経験積めるのも楽しいもん!よろしくね!」
(ま、魔力低いって言っても隊長クラスの特性持ちなら良い経験になるだろうし)
「そう言って貰えると助かる、こちらこそよろしくな」
侯輝がそうポジティブに算段をつける中、天理が作り物ではなさそうな微笑みを浮かべると侯輝は思わずドキリとした。
(最初は硬くて真面目そうに見えたけど笑うといいな。あとこの人、何と言うか妙に綺麗なんだよね……)
侯輝は天理の顔を見て改めてそう思った。
引き結ばれた形の良い薄い唇と意志の強そうな眉、長いまつげに縁取られた涼しげで理知的な目元が特徴的だ。シャープな輪郭にスッと通った形の良い高い鼻、七三に分けられた艶のある漆黒の髪は少し癖があり襟足は短く清潔に整えられている。やはり亡き姉の面影が想起されたがどうみても毅然とした男だった。だがどこか儚げに見える瞬間があるのはなぜだろうと侯輝は不思議に思う。
侯輝はそんな事を考えながらぼんやりと見つめているとその視線に気付いたのか天理が小首を傾げた。
「ん?どうかしたか?質問あるなら遠慮なく言ってくれ」
(あれ?その首傾げるのなんかいい!)
「え、あっなんでもないよ!今日のはこれで終わりかなっ?!」
侯輝が慌てて取り繕いながらそう返すと天理はきょとんとした表情を浮かべた。
「え?ああ、今日は終わりだ。明日から正式によろしく頼む。報告上げたら上がっていいぞ」
「了解!…ねぇっ!今日このあと空いてる?!」
「えっ」
驚く天理を前に、侯輝は言ってしまって自分でも驚いていた。当たり障りなく誰とでも隔てなく接する事ができるのは特技だった。でもあくまで特技であって深く関り合いになろうとする事は今までなかった。
侯輝は自分が何故こんなことを言ったのか理解できなかった。ただ、何故か今言わなければと思ったのだ。
(なんで俺今日初めて会った先輩にナンパみたいな事言ってんの?!)
侯輝が内心慌てふためく中、天理は侯輝の内情も知らず、見た目通りコミュ強の後輩が親睦を深めようと自分から言ってくれたのだと勘違いをした。
「う…わぁ…すまん、先約の飲みがあるんだ明日でもいいか?」
そう思っていたので天理は心底すまなそうにそう言った。
「えっと…誰と?」
(なんで俺食い下がってんのぉ!!)
「え、俺の友達っていうか幼なじみの男とだが…」
天理は思わぬ侯輝の質問に驚きつつも素直に答えた。
「一緒に行って良い?!えっとほらこれからバディを組む訳だしさ、いろいろ話したいし!天理さんの客観的なお話も聞きたいかなって!」
「まあ…あいつ気にするタイプじゃないけどな。面倒見もいいし……」
天理はこれから幼なじみとの気兼ね無い飲みだと思っていたので突然の申し出に戸惑いながらもそう返す。天理は若干強引だが期待の新人が自分から親睦を深めようとしてくれている事、自己評価としてその辺の付き合いが得意とは言えない自分が面倒見の良い幼なじみを介すれば新人と円滑にコミュニケーションが取れるのではないかと考えた。
「じゃOKでいい?!」
「待て待て、一応聞くから」
天理は前のめり気味の侯輝を制し幼なじみにメッセージを携帯機から送信する。そしてほどなくして返事が来た。
「いいってよ」
「やった!どこ?どこの店?ここら辺あまり知らないんだー!」
天理は完全に侯輝のペースにのまれつつも、悪い気はしないと思いつつ店の場所と名前を答える。侯輝は通りかかった所にあり一度入ってみたかった所だと思いつつもそれ以上に自分でも意外な程に天理との交流を楽しみにしていた。
だがそこに天理の携帯機が鳴り中断させられる事になる。天理が相手の名前を見、やや顔を険しくしながら小さく舌打ちをすると「すまん、やっぱり明日になるかもしれん」と侯輝にいいながら渋々電話に出た。
「天理です。何用でしょうかエレリウスさん……いつも通りです。……すみません、今日は先約があって明日に……はい…分かりました、伺います」
「どうしたの?」
天理がエレリウスなる人物から一方的に告げられたであろう言葉に不機嫌な表情を浮かべ通話を切りため息をつくと、侯輝は嫌な予感を感じながら天理に尋ねる。
「……悪い、急用ができた。やはり明日にさせてくれ。土護にも伝えないと…」
天理は苦虫を噛み潰した様な表情でそう言いながら、携帯機に恐らく幼なじみの土護なる人物にもメッセージを送っている。
「俺、は無理に入れて貰ったし、いいんだけど…先約の幼なじみの人はいいの?」
「土護は俺の事情知ってるから分かって貰えると思う。あいつにゃ悪いけど……お前もホント悪かったな、ちょっと相手が悪いんだ」
天理がメッセージを再度送りつつ侯輝に謝罪しながら心底申し訳なさそうに言う。
「……ふーん……まあ、仕方ないよ!俺は気にしないからさ!……俺の方こそごめんね?なんか無理やりみたいな感じになって……嫌だったよね?」
侯輝は天理の態度になんとなく違和感を感じながらも、それを悟られない様に明るく振る舞う。
「いや、嫌って事なんて無かったんだ。さっきのやつに比べれば間違いなく、な。ってすまん、お前さんにする様な話じゃなかった。じゃすまんすぐ行かないとならないんだ。また明日よろしく頼む」
そう言って足早に去っていく天理に侯輝は何も言えずに見送った後、小さくため息をついた。
(なんだろう……このモヤっとした気持ちは……)
侯輝は去り際の天理が今日一番儚げに見え、天理をそうさせている理由が間違いなくそのエレリウスなる人物にあると分かったが何もできなかった自分になぜか苛立った。


翌日侯輝が出勤すると天理は一見きっちりしつつもこっそり小さくため息をついているのを侯輝は見た。S.Gの任務は外回りが多いとは言え、報告書類なども大切な業務の一つだ。未知の怪物、現象などS.G内で共有、場合によっては民間に提示しなければならない。侯輝は体を動かすのは得意だったが書類はどうにも苦手だったのでやる気を出せずにいると、内勤も兼ねている天理は「報告書を疎かにするやつは初見殺しの既知の怪物に食われて○ぬぞ」などと物騒な事を言われ必死になって端末操作を覚えていたのだった。
「ごめんね、俺が遅いから疲れさせちゃってるよね」
「え?いや最初はそんなもんだろ、まだド新人だし謝らなくていい。お前さんに疲れる事なんてないよ」
「そう?なんかため息ついてたから呆れて疲れさせちゃってるのかなって」
天理はそれを聞くとハッとした表情をしその整った顔をパシパシと叩き顔を引き締めた。
「いや大丈夫だ!ちょっと寝不足かもな!ダメだな!すまんすまん!」
天理がどうみてもその端正な顔に似合わないテンションで誤魔化した。というか、思ったより悪戯っぽく笑う事もあり、話せば話すほど遠くから見れば少し近寄りがたいクールな雰囲気からかけ離れていく気がすると侯輝は感じていた。侯輝はそれが所謂ギャップ差とも言える好感が持てるもので内勤専属の女子隊員がひそかに騒いでいるのも知ったので、多分こういうところも人気の要因なんじゃないかと思う。だだ本人は己の容姿の評価を全く認識していない様子だったので、侯輝はしっかりしてそうでちょいちょい緩んだ所もある年上のその人を可愛いと思ってしまい、先日に引き続きそんな自分に当惑した。
(俺が原因じゃないとするとやっぱり昨日の通話の相手が原因かな…エルリウスとかいう。大丈夫かな?嫌そうだったし)
「そう?無理しない方がいいんじゃないかなあ?」
「ああ、心配かけてすまないな」
天理は侯輝の言葉を聞き申し訳なさそうに返すと表情を引き締め仕事に戻った。

その日の晩、今度こそ天理の幼なじみの土護を交えて親睦を計った。
ミッション系の養護施設に勤務しているという土護は天理よりも僅かに背は低いもののしっかりとした体躯の持ち主で、地味な印象ながら人を安心させる穏やかな笑みを持つ青年だった。面倒見がいいと評されるだけあって初対面の侯輝に対しても非常に友好的で、侯輝ともすぐ打ち解けた。
天理が用を足しに少し席を外すと土護が侯輝に話しかけてきた。
「天理が一時的とは言え固定のバディを組むって聞いた時は心配してたけど君で安心したよ」
「そうなの?俺期待の星みたいだけど、まだド新人だよ?」
「ふふっ、俺はそっちの仕事は分からないけれど、君にもうだいぶ心を許してる様だから」
「そうかな……」
(俺のは特技というか処世術だけど。あの人ちょっと心配になるくらい無防備なとこはあるよね。この人も心配なんだろな)
侯輝が内心そう思いつつもそれでも土護は見透かしたかのように微笑んでいた。
「そうだと俺は思うよ。天理はちょっと事情があって人と組むのを…戦闘自体嫌がっていたからね」
「そうなんだ……その事情って聞いていい?」
侯輝の問いに土護は少しだけ悩んだあとに答えた。
「それは本人から話すのを待ってやって貰えるかな」
「うん……あの、たまたま聞いたんだけど、もしかしてエルリウスって人絡み?」
エルリウスの名を出すと土護は一瞬目を見開き沈黙すると、しまったという顔をしながら苦笑した。
「……ふふっ、君はズンズン来るね。なるほど天理が許してしまうわけだ。答えをもう言ってしまった様なものだけどすまないが言わないでいた事にしてくれないかな?」
「……うん」
侯輝は頷きながらもどうして天理に関してここまで踏み込んでしまうのかはっきりと分からずにいた。
「なかなか難しい話でね。君の臨時バディ中だけならその機会は訪れないかもそれないが、もしその時が…天理が困っていたら見守るだけでもいいから助けてやって欲しい、すまないね、君になら頼める様な気がしてしまったんだ」
「うん!分かったよ」
頭を下げる土護に侯輝は心の中でそうしなければならないのだという想いに同意すると力強く返事をした。
(だって…助け合う為のバディなんだから、うん、この気持ちは当然なんだよね!)
「ありがとう。天理をよろしく頼むね」
そう言って土護は微笑む。天理が用足しから戻ってくると、また談笑が始まった。

酒が進むと少し酒に弱かった侯輝は「夢はまず隊長になって、そこから更に出世して…とにかくビックになるんだ!」と将来の展望を語り始め、天理と土護はそれを温かく見守り、微笑すると「微力だが力になるからな」「応援しているよ」と言われると侯輝は嬉しくなりとても良い気分で笑っていた。


そして外回り初勤務の日。
侯輝は緊張と初めての実践に興奮気味になるのを天理に苦笑しつつ鎮められながら、街外れの地下水道に出現する怪物退治に来ていた。地下道は一見するとただの大きなコンクリート製のトンネルとしての機能を持っているが、一歩足を踏み入れるとその雰囲気は一変する。じめじめとした空気が肌にまとわりつき、周囲を満たすのは水の流れる音と、どこかで響く不気味な滴る音だけだ。天井にはぽつぽつと錆びた古いライトが間隔を置いて取り付けられており、そのひとつひとつがぼんやりと薄暗い光を放ち、ぎりぎりの視界を提供していた。
「わあ新人の定番だねぇやっぱり巨大化したねずみとか昆虫とかなんだね」
「まあそう言うな何千年経ってもそこは変わらん。それも依頼通りなら、だ。突然変異がいる可能性はあるから油断するな」
「了解、じゃ俺が前、天理さんが後ろでいい?」
「ああ、生活排水路にトラップなんぞないからな、あと言い忘れてた、一応指揮権は俺だけど、特に任務中は呼び捨てていいぞ、さん付け長いし」
「分かったよ天理!」
「っ!ふふっ、おまえ順応性早いな。いいけど」
突っ込みながらも楽しそうに笑う天理に侯輝は嬉しくなった。
(なんか楽しい!)
そうかと思えば深刻な声で天理が聞いてきた。
「なあ俺、先輩として頼りないって事か……?」
「そうじゃないってば!」
(たまに心配な時はあるけど!)
侯輝はそんな事を考えつつ、初めて任された実戦の任務に胸を高鳴らせていたのだった。

しばらく歩くと前方に巨大な鼠が現れた。
「あれ?デカい!」
「そうだな……これは変異種か?それとも元々こういう奴なのか?牽制かける。問題なさそうなら突っ込め」
「了解!」
天理は指を一つ鳴らしつつ炎の精霊を呼び出す。
『ブラム、少し焼いてきてくれ』
『承知』
天理の呼びかけに呼応するように掌から赤い火の粉を散らしやや青白く燃える人型の精霊が現れる。
ブラムは弧を描くように天理の手から飛び立つと巨大鼠の胴を軽く抉るようにジュッと焼いた。鼠は慌てて距離をとるが傷口が焼け爛れたままだ。体液も見た感じ一般より巨大なだけで変わらない。尚、ここで慎重にするのはただの変異種だと思ったら体液が派手に飛び散って爆散するなどの極悪なキメラだったケースが過去あった為だ。侯輝は逸る気持ちを事前ミーティングの知識で抑え込む。
あと天理があまりにも気軽に精霊魔法を使っている為忘れがちだが、いくら天理が接近戦も可能とは言え術者を守るのはフォワードの役目だ。むやみに術行使中に突っ込んではいけない。講習中なら減点行為だ。
(だから天理の側を離れちゃいけないんだから)
「よし、でかい故に時間はかかるかもだが接敵して問題無さそうだ。やるぞ侯輝、フォローするから全力で行け!」
「了解!行くよ!」
侯輝は初陣の高揚感を味わいながら駆け出した。


「初勝利!」
身体中返り血やら体液やらで綺麗な金髪までもベトベトに汚しながらも侯輝が嬉しそうに言う。
「はい、油断しない、帰るまでが任務中。でも迂闊に突っ込まなかったのは偉いぞ」
それを見ていた天理が突っ込み・褒めつつも苦笑しながら指を一つ鳴らすと[[rb:水の精霊 > ウィン]]を呼び出し侯輝の汚れをざっくりと落としてやった。
「わあ!凄い凄い!ありがとう!俺S.G帰るまでベトベトだと思ってた!なんかこう……俺、魔法ってもっと単純で派手なのばかりだと思ってた」
「俺どっちかっていうと生活系の地味なやつの方が得意というか、そっちの方が好きなんだよな…」
天理は恥ずかしいのか少しだけ声を小さくしながら答える。
「へえ、そうなんだ。でも俺も好きだな!便利だし!」
(しっかりしてそうで時々ぽやっとしてる天理に合ってる気がする!)
「そ、そうか?まあ戦闘メインの連中からしたらもっと派手に小さな城一つ吹っ飛ばせるとかの方が好まれると思うんだが……」
ニコニコと答える侯輝に天理が少し嬉しそうに答えた。
(わあ照れてる。やっぱりこの人可愛いなあ…男だし年上だけど)
「あはは!流石にお城吹っ飛ばせる人なんていないよーそんなに派手でも実際困るしさ!」
「そう…だよなぁ…」
侯輝はそんな大袈裟な事も言うんだなぁと笑っていると天理は少し困った様に笑った。
二人は地下下水道で依頼があった区間を念のためくまなく探索し、問題ない事を確認すると地上に戻った。


その後も二人は徐々に連携を密にし任務をこなしていく。
侯輝はそんな日々が楽しくて仕方なかった。
天理もそんな侯輝を可愛く思い、日々実践でどんどん成長する姿を優しく見守っていた。
時折天理がエレリウスに呼び出されて翌日そっと隠れてため息をついていなければより完璧だったが、天理に聞いてもそれだけは頑なに返事が得られず、未だそれだけは侯輝にはどうにもなっていなかった。

そんなある日、いつもの様に任務を終え、依頼人の屋敷の客間にて帰り支度をしていた時だった。
依頼人に報告に行った天理が険しい表情で戻ってきた。
「侯輝、悪いが先に帰って報告と増援を要請してきて欲しい」
「え!どうして?」
「依頼人が行方不明になった」

その依頼は、ある田舎の地主の男が行方知れずになったというので探索して欲しいというものだった。しかし依頼人の屋敷で既に地主の男は亡くなっており、更に地主の男は魔族との契約魔術により魔物と化していた。その魔物は二人で倒したがその魔物に変貌すると魔族を召喚する能力がある為、屋敷を念入りに捜索した。だが魔族は居らず召還跡も見つからなかった為、魔族は召喚されていなかったものとして帰還しようとしていたのだった。だが天理が依頼人部屋に報告に行くと厳重に封鎖されていたはずの依頼人の部屋は魔術によってこじ開けられ、隠れて難を逃れた依頼人の妻の証言により依頼人が魔族に連れ去られた事が伝えられた。そしてその魔族は魔物から召喚される可能性のある魔族と特徴が一致した。

「俺は連れ去られたという古代遺跡について先行して潜入してくる。お前はさっきも言った通り増援を…」
通信設備が全く届いていないその地域ではS.G本部にこの場から携帯機で連絡できないでいた。
「いやだ!なんで天理さん一人で潜入するのさ!バディは二人で行動するのが原則でしょ!」
「遭遇した場合、召喚された魔族はお前じゃ手に負えない……っ、足手まといだ帰れ」
天理は一瞬いい淀みながらもすぐに冷静な瞳をすると努めて冷たくいい放った。侯輝はその言葉を聞いてカッとし声を上げた
「そんな言い方ってある!?」
「本当の事だ。俺一人なら潜入スキルもあるし忍びやすい、一応魔族の接敵経験もある。いざとなれば奥の手もあるしな。いずれの場合でもお前は邪魔だ」
天理の奥の手、行動を共にして信頼関係が築けてきた頃、連携模擬訓練で天理が教えてくれたそれは、詳しい原理は教えて貰えなかったが精霊術を用いた強力なもので、その反動で天理自身も動けなくなるというデメリットがあるから滅多に使えないとだけ侯輝は教えられた。
しかしそれでも天理の言葉で侯輝の怒りはさらに増す。
「それじゃ尚更俺がいないとダメじゃん!もし他に何かいたら天理さんが!」
「他の奴ごと攻撃できるから問題ない。お前はその後隊長クラスと一緒に来てくれればいい。じゃあ頼んだぞ」
そう言うと、天理は素早く遺跡へと向かって出ていった。
「くそ!俺じゃ足手まといだっていうの?!」
侯輝はまだ魔族との接敵経験は無い。自分の実力不足に歯噛みしていた。


天理は依頼人が連れ去られた古代遺跡へ向かうと潜入を開始する。風の精霊シアを呼び出すと遺跡内の探索をしながら慎重に進む。
(すまん、侯輝、お前を危険な目に合わせたくないし、できれば奥の手を使った後の俺をお前には任せたくないんだ。後で謝って許してくれるといいが……)
天理は一人心の中で侯輝への謝罪しながら先へ進む。天理の遺跡マニアとしての知識からここの遺跡には現在これと言って怪物などの危険が無いことは知っていた。今回の件でその情報が書き変わってしまった訳で早々に魔族には消えて貰わねばなるまいと考える。
(それにしても次のエサの為なんだろうが行き先をペラペラ喋っていくとか人類嘗めてるにも程があるな魔族め)
そう内心で愚痴りながらも天理は慎重に遺跡の中を進む。すると天理の周りのそよ風が起こりそれに気づいた天理が手を差し出す。やがてそよ風は人型の精霊の姿となると天理手に止まった。音を立てぬ様心話で連絡を取り合う。
(『あるじ、魔族、いた。人間も居て、まだ生きてる。魔族、人間で遊んでる』)
シアの報告を聞いて天理の表情が嫌そうに少し歪む。
(遊んでる。か。魔族め、依頼人生きてても五体満足に帰れるといいが)
天理はそう内心で毒づく。今は魔族よりも先に依頼人である。無事だとしても助けた後衰弱死されては困るのだ。急がねばなるまい。
(『探索ありがとうシア、案内してくれ』)
(『こっち、あるじ』)
シアに先導され天理は極力気配を消し、シアの力で移動音も消しつつ小走りに移動した。
ここ、とシアに案内された場所に近づくと魔族と思しき下卑た笑い声と苦しげに呻く男の声が聞こえてきた。聞き覚えのあるその声は依頼人のものだ。天理は素早く壁際へと近寄るとそっと様子を伺った。
「ど、う、し、よ、う、か、なぁ~~~うりゃ!」
「ぐあ!!はぁっはぁっ……もうやめてくれ……何でも……言うことを聞くから……」
ブシュっとした音で恐らく依頼人が何かで刺されている事が推察された。致命傷では無い様だがこのまま続けば依頼人の命は確実に危ういものとなろう。いつ気まぐれに殺しかねないその様子は一刻を争いそうだ。
(さてどうする?この遺跡は半地下型だ。地上に出るにはそこの扉しかない。奥の手で魔族を倒すにしても魔族の攻撃範囲に入れば依頼人も巻き添えになる可能性が高い。なんとか魔族を引き離せないか……)
天理はそう考えながら魔族に見つからないように注意しつつ辺りを見回す。すると壁に隠し通路と思われる個所を発見する。
(これ位置的にあの部屋の奥に繋がってたりするか?)
そう考える間にも魔族の意味不明な発言とブシュっとした音と苦しそうな依頼人の声が聞こえる。
その度に痛みで声を上げる依頼人を、流石に迷っている時間は無いと急いで隠し扉を消音しながら開き確認する。
(ビンゴ!これでこの部屋の入り口は二つある!あとは魔族をうまく誘導できれば依頼人を引き離せるぞ!あとはこの遺跡の構造からこう誘導して…)
そう内心呟くと天理は魔族を部屋の外へ誘うべく素早く隠し通路へ移動を始めた。


「なんかこいつ飽きてきたな~~一緒にいたメスも連れてきちゃえば良かったな~でもあの時まだ召喚主生きてたからな~」
「ぐあ!!はぁっはぁっ……やめてくれ……やめてくれ……」
「そうだ!命令された事以外はやっちゃダメって言われて無かったから連れてきちゃえば良かったんだ~今度からそうしよ~」
そしてその部屋の扉がばんっと開かれるとそこには天理の姿があった。
「今度なんてねぇよクソ魔族!お前はここで終わりだ!」
「なんだおめぇ?」
「知る必要は無い!覚悟しろ!」
天理は魔族が振り向いた瞬間、既に攻撃体勢に入っていた。言いながら素早く天理は魔族の首筋を切り、そのまま魔族の後ろに回って魔族の背後に回り込む。通常なら致命傷だ。だが魔族は痒くもなさそうににやぁと笑った。
「こいつ飽きたから次お前で遊ぼ~」
「ちっ!」
天理は険しい顔をすると小刀を構える。そこに魔族が突っ込んできた! 天理は素早く身を捻り避けようとするも腕や胴を引っ掻かれてしまう。
「くそっ!」
「おまえちょろちょろ楽し~待て待て~」
完全に舐めた態度で魔族は楽しそうに天理を追いかけ回し少しずつダメージを与えた。
「ぐっ……」
天理は扉を背にすると悔しそうに扉から逃げ出した。
「え~鬼ごっこ~?俺鬼だけに~ギャハハハハ!お、早いな待て~」
魔族は嬉々として天理を追って部屋の外へ出て行った。
(よし頼んだぞガノ、遺跡の奥へと当分引っ張り回してくれ。今のうちに依頼人を外へ救出する。あとは隊長待ちだ)
ここで魔族の知性がもう少し賢ければ天理の傷跡から碌に血が流れていない事に気づいたのだが、新しいおもちゃに夢中になった魔族には無理であった。魔族が追いかけて行った天理は土の精霊ガノが作り出した天理そっくりの人形であり、天理本人は隠し通路から依頼人が捕らわれた部屋へと侵入する。捕らわれぐったりしている依頼人の拘束を解き、ウィンの力で出血が酷い箇所へ応急措置を施した。
「天理!今助けるから!」
そして治癒しきれない箇所を治療キットで補おうとしていると、今、外からここで聞こえてはいけない声が天理の耳に聞こえてきた。
(なんであいつが!)


時は少し遡り、侯輝は通話可能な区域まで移動するとS.G本部に連絡、そして、天理の指示を無視して隊長の到着を待たず単身天理を追いかけ古代遺跡へと侵入していた。
(俺だって天理さんの力に……!もうあの頃みたいに無力じゃない!でなきゃ何の為のバディか分かんないじゃん!)
そう心の中で呟きながら、遺跡を探索する。先行した天理が残したS.G独自のマーカーを辿りながら進む。
そしてしばらく進んだ所で魔族と思しきものに天理が追われ体中切り傷だらけにされているのを発見した。相手は隊長クラスでなければ相手できない事はその瞬間侯輝の頭から消えていた。
「天理!今助けるから!」
思った瞬間には駆け出していた。その天理は天理が作り出した土の精霊ガノの天理人形だったのだが、薄暗い遺跡と緊張と逸る気持ちが判断力を鈍らせていた。
「おうおう~また新しいおもちゃだ~」
魔族は侯輝を見て楽しそうに言った。
「はぁぁ!!」
侯輝は全力で移動しその勢いのまま両手剣を叩き込む!だがその一撃を受けても魔族は楽しそうに笑うだけだった。
「おお~そっちのやつより痛ぇ~~ギャハハハハ力比べしよ~ぜ~」
魔族は侯輝の攻撃を防いだまま腕を横に振り払う。侯輝はそれを咄嵯に避けて距離を取る。
「お前も避けるな~でもさっきのより遅せ~捕まえられそ~そ~れ」
魔族の腕が連続で侯輝を襲う。侯輝は避け、両手剣で受けるもついにその強烈な一撃が侯輝を捕らえた。どん!と通路の壁に叩きつけられる。
「ぐあっ!」
「侯輝!」
その時、侯輝が想定していなかった方向から天理の声が聞こえた。
(あ、れ?天理あっちに居たんじゃ……そう、か馬鹿だ……また……俺)
侯輝は最初に見た天理が人形である事に気づき、そして自分の失敗を悟る。そして絶望的な気分になりながら意識を失った。


「馬鹿野郎!」
叩きつけられ意識を失った侯輝を庇う様に素早く移動し前に出る。
(なんで一人で来た!なんで……)
「あれ?あれ~?お前いつそっちいった~?まあいいやそいつ寝ちゃったし鬼ごっこ続きしよ~その前にそいつ動けない様にしとこ~」
「黙れ」
魔族が楽しそうに踏み出そうとするする前に天理は奥の手を使う覚悟を決めた。もうこうなってはそれしか助かる道は無い。
(エレリウス!あんたの魔力今ありったけ寄越せ!)
天理は瞬時にして集中するとその瞬間膨大な魔力が自分に供給されるのを自覚した。
「あれ~?なんか雰囲気変わった~?そっか~それじゃ~本気出さないといけないかな~?」
魔族は楽しそうに言うと一気に飛び上がり天井に逆さまにぶら下がる。あいも変わらず余裕でいる内に天理は素早く指を鳴らしつつ全ての契約精霊を呼び出す。
『ウィンディ!』『ガートノード!』『エーシァ!』『ブラムド!』
普段の召喚と異なり天理の契約精霊水土風火が全て大人程度の大きさで召喚される。1体1体が神々しさまで纏い壮観ですらあったが今ギャラリーは魔族しかない。
「何々?す~げ~!」
口ではお気楽であったが魔族の目つきが変わり天井から急襲してきた。
『共命し彼を滅せ!四精方陣!』
天理がそういい放つと共に四体の大精霊が息を揃え一斉に魔族へと突進する。そして遺跡内は閃光に包まれた。
「グ…」
魔族はたった一言の呻きを遺しその術の前に霧散した。
天理は精霊達が技の残り火だけで働いてくれた捜索で魔族が確実に屠られている事を知ると一旦胸を撫で下ろした。
(なんとか脅威は去った。侯輝に大事が無いといいが……見られてしまうんだな……)
全身に徐々に痺れの様な感覚が覆うと、立っていられなくなった天理は侯輝を視界の隅に確認しながらその場に崩れ落ちた。


「おい起きてくれ」
「ぅぅ……」
(俺、生きてる?天理さん……)
無遠慮に肩を揺らされ誰かの声がする。確か依頼人の声だったと思い出しながら侯輝はグラグラと揺れる頭をなんとか覚醒させる。
「ここから脱出させてくれよ。あの魔族がいない内によ。そっちのやつは動けそうにないんだよ」
(そうだ魔族!)
侯輝はがばっっと起き上がると周りを見渡し魔族を探す。まず最後に魔族が居た方の壁が一面、爆発でもあったかのように崩壊しており、その瓦礫の中に魔族の物だった様なモノの欠片が散らばっているのが見えた。そして天理が少し離れた所で横たわっていた。
(これが天理さんの奥の手……!それより天理さん!)
天理が魔族を倒したのは間違いなさそうだった。しかし侯輝はそんな事よりも天理が心配でならなかった。
「天理さん!大丈夫?!」
「無事だったか侯輝……あ、待、んっ!」
侯輝は依頼人を無視して倒れていた天理の方へ駆け寄り、抱き起そうとすると天理に静止されたが心配でそのまま抱き起す。すると天理は身を捩りびくりと反応した。その声が艶っぽく聞こえ、顔が赤いのも相まって侯輝はどきっとしてしまう。仰向けにさせてしまった事で天理の股間が盛り上がっているのが見え、興奮状態にある事を侯輝は察した。
「ごめんっ、凄く熱い……まさか、魔族のせい?」
「ぅ、ちっ……違う。奥の手使うとこうなるんだ……」
(え!これが天理の言ってたデメリット!?)
「そいつそんな調子なんだよ気持ち悪い。あんた、俺を護衛して街まで連れてってくれよ」
侯輝が天理が奥の手を使いたがらない理由を察しながらどうやって天理を介抱しようと思考を巡らせようとした瞬間、依頼人から言われた言葉を侯輝は一瞬理解できなかった。だがすぐに依頼人が天理に対して吐いた暴言と気づき依頼人を睨み付けた。
「な、なんだよ、俺は依頼人だぞ……」
その眼光にたじろぐ依頼人に天理が声を振り絞って告げた。
「よせ侯輝、依頼人さん、魔族は倒しました。そこはご安心ください。S.Gが街まで安全にお連れいたします」
依頼人は侯輝に怯みながらも反論しようとしたが、天理の発言を聞いてしぶしぶ引き下がった。
「分かってりゃいいんだよ……」
「侯輝、お前はまだ動けるな?まず依頼人さんに手当、その後街まで護衛だ」
侯輝は必死で毅然とあろうとする天理の言葉に我に返り頷くと天理をそっと横たわらせすぐに行動を開始する。
己の応急キットを取り出すと依頼人の傷の治療を行うべく服を脱がし手早く応急処置を施していく。依頼人の消毒液の悲鳴を聞きながら、チラリと天理の見ると顔はまだ赤く息遣いが荒かったが少しだけましになったのか目を閉じて耐えていた。外傷は無さそうだが一刻も早く天理の措置をしたかった。治療完了を告げると天理に有無を言わさず「行ってこい」と告げられる。万が一の事があったらと食い下がろうとするも無言で睨まれたので仕方なく侯輝は天理を置いてその場を離れる事にした。
「すぐ戻るからね!」

侯輝が依頼人を連れ、遺跡の出口近くにくると呼んでいたS.Gの部隊らしき一団が到着しているのが見えた。その中で一目で目を引く男によりその隊が誰のものか判別できた。隊長の一人、公金だ。整えられた輝くプラチナの髪、眉目秀麗、戦闘着を纏いながらもその洗練された優美な仕草がこの場所が無骨な遺跡ではなく、夜会の社交場に思わせる。だが精霊術・剣術共に優れ、なにより屈指の戦術指揮をとる事で有名で魔族狩りの実績も数多い男だ。
「公金隊長!こちら要救助者の依頼人さんです。連絡した魔族は天理さんが討伐済みです!」
その報告に公金の部下達から小さく驚きの声が上がるが公金が侯輝を瞬時見定める様に見つめた後、話し始めるとピタリと止んだ。
「ご苦労様。そう、天理君が魔族を。……では君はそのまま依頼人を護衛して街まで……」
「あの!依頼人の護衛をお願いしても宜しいですか!?天理さんが今動けないので護送したいです!」
公金の発言を遮る様に侯輝は公金に願いでる。階級を無視した発言と態度に公金の部下がざわついた。そして依頼人が不満を漏らす。
「おいあんたが護衛するんじゃ」
「この人達はあの魔族を倒せるほどの実力者です!俺より頼りになります!公金隊長!お願いします!」
依頼人をも遮り侯輝は説明すると、重ねて公金に願い出た。公金は静かにじっと侯輝を見つめる。
「まず依頼人の護衛が先だね。皆、先に依頼人さんを連れて戻っていてください」
公金の部下たちは一瞬無礼な侯輝の発言が通ったのかと驚くもすぐに命令を実行した。依頼人はまたも文句を言おうとしたが大勢の屈強そうな部下の前に侯輝よりは頼りにはなりそうだと黙って護衛されていった。それを見送ると公金は再び侯輝に向き直る。
「さて、君は天理君が今どういう状態か分かっていますか?」
公金と二人きりになると侯輝は公金の口調は先ほどまでとは変わらぬと思いつつも何か雰囲気が変わった事に直観で気づく。そしてその問いの答えを間違えたら天理を任せて貰えない、そう直観して答える。
「分かっています!精霊術の反動であの様に身動き取れなくなる事の説明は受けています!俺に任せてください!」
多少誇張したが侯輝は勢いで押し切ろうとする。公金はほんの一瞬驚いた目をした後、その言葉を真偽を見通す様にしながらも公金はそんな侯輝を少し興味深そうに見つめる。少し思案した素振りをみせ公金は口を開く。
「そう……天理君が。……君に任せてみても良いかもしれないね。君ならひょっとしたら……」
思わせぶりな言葉を小さく呟きながら公金は侯輝を見つめる。
「はい!任せてください!」
自信満々な表情で応える侯輝を見て公金は頷いて微笑むとすぐに指示を出す。
「では私は周囲を確認しつつ先に戻ります。君は天理君の護衛をお願いしますね。後程顛末の報告を下さい」
「分かりました!」
侯輝は元気よく答えた後すぐに天理の元に駆け戻った。

「天理さん大丈夫!?」
侯輝の声に天理は驚いた様に駆け寄る侯輝に目を向けた。
「な、にしてる、依頼人は…」
「公金隊長が到着してたからお願いしてきたよ!」
その言葉に天理は渋そうな顔をする。
「あの人……」
「ねっ天理さんも早く帰ろう!俺ちゃんと連れてくよ!任せて体力は自信あるから!」
「いや……そういう問題じゃなくて……」
相変わらず顔を赤くしたまま、動けないながらも、どこかもじもじと恥ずかしそうにしている天理に侯輝は焦る。
「このまま放っておいても良くならないでしょ?辛いだろうけど頑張ってっ」
「えっ!んんっ!待、て……」
侯輝は返事を待たず天理を抱きかかえ、小走りで移動を開始した。
「ちょっ!ゆっくっり!ふ、ぅ……」
侯輝に抱えられた天理はできるだけ揺らされない様侯輝の首に手を回し首筋に顔を埋めて声を耐える様に漏らす。
(うわーっ天理さん…なんて言うか……俺、どうしよう……)
体が全身熱くなって艶っぽい声を自分の首筋近くで漏らす天理に侯輝はどうしようもなくドキドキしてしまうのを必死に抑えながらもなんとか街中に着くと滞在中に取っていた宿泊所に戻ってくる事ができた。
「ともかく休んで!」
侯輝はゆっくりとベッドの上に天理をおろすと靴を脱がせ自身も上着を脱ぎながら隣に座って様子を確認する。
少し息を荒くし汗ばみながら目を潤ませてこちらを見つめる天理の色気に、侯輝も平静でいられなくなっていた。
「……言いたい事が、沢山あるんだが」
「な、何かな!何でも言って!」
「何で……一人で来た」
どきまぎしていた気分から一転、そもそもなぜ天理がこんな状態になってしまったのかを思い出し、顔を赤から一気に青くさせると侯輝は己の大失態を謝罪した。
「ごめん…なさい、俺、天理さんの力に、なりたくて……それで……」
申し訳なさそうに必死に謝る侯輝に天理はやはり熱っぽいため息をつきながら呆れた様に言う。
「お前を足手まといだなんて酷い言い方したやつ……ほっとけよ……」
天理は気まずそうに眼を反らしながらそれでも少し嬉しさを含んだ声で侯輝を責めた。
「でもっもしもの事があったらって思ったら居ても立っても居られなくて!でも……俺頭に血が登って……天理さんの人形にも気づかないで俺足手まといで……本当にごめんなさい」
段々と泣きそうなくらいしょげてきた侯輝に天理は仕方ないと言わんばかりに小さく熱い溜息をつくと
「……もう怒ってないから……俺も……酷い言い方してごめんな?」
天理は震える腕を懸命に動かし、優しく侯輝の髪を鋤く様に頭をなでる。辛い身であろうに気遣わしげなその視線に侯輝はぱっと顔を明るくさせた。
「うん!」
「ふっ立ち直り早いなお前。でも……本当にお前にもしもがあったらって……思う気持ちは俺だってそうなんだから忘れんなよ……?」
既に顔を赤らめていた天理だったが更に少し顔を赤くしながら恥ずかしそうにぼそぼそと言う。
「うん……ありがと。忘れないよ…」
そんな天理に侯輝も少し顔を赤らめるとその言葉を噛みしめながら嬉しそうに笑った。
「あの……聞いていいかな?その、体の。普通の興奮とは違うみたいだし……」
天理の体をちらちらと恥ずかしそうに見ながら言いにくそうに質問をする。
「公金さんに聞かなかったのか?」
「知らないって言ったら任せて貰えないかなって思って嘘言っちゃった。だからまだ分からなくて」
申し訳なさそうなのにえへへと小さく笑う侯輝に天理は呆れた様に溜息をつくと諦めた様に言う。
「……はぁ……お前とは短期だと思って伝えてなかった俺も悪いかな……隊長クラス以上と……土護と葉金さんとかごく一部は知ってる」
「あの、無理にとは」
「魔術契約は知ってるか?」
「えっと、ちょっと習った」
「契約してるんだよ俺。あの……エレリウスと。奥の手は……契約で成し得た術なんだ」
侯輝にその予感はあった。度々天理が有無を言わさず呼び出され、天理に憂いを与えている相手のその名前。問いただしても頑なに答えを得られないその主が、ここに出てくるのかと。侯輝は「その時がきたら助けてやって欲しい」という土護の言葉を思い出しながら、その時がきたのだと少し覚悟を決めて質問した。
「それ…で、こうなってるの?」
侯輝は緊張で喉が渇くのを感じた。一体どんな原理で天理がこんな状態になっているのか。
「俺とあの人との魔術契約は少し難儀してな……あいつから魔力供給を受ける度にこのザマだ……正直嫌だし、本当に奥の手なんだよ」
正直嫌の部分に天理によこしまな感情を抱きつつあった侯輝は少しだけなぜかショックを受けるも、そんなの当然じゃないかと自分を戒める。
「うん……辛い……よね。ごめんね。嫌な手使わせちゃって」
「いい……気にすんな……今まで使わずに済んでたのはたまたまだ。S.Gの仕事に偶発的な危険はつきものだってのにな」
新人のバディに魔族級が担当させられる事など無い。天理が臨時バディにわざわざ話そうとしなかったのは納得できたし、こんな事になるとは予想できなかったのだとしても仕方がないと思う。
ただ侯輝に言わせれば天理に無理矢理協力させられているエレリウスが不愉快でならなかったのだが、それはまた別の問題であったので今は置いておく事にした。
「この状態はいつまで続くの?何か早く治す方法があるの?俺にできることならするから!」
隊長クラスならそれも知りすぐに解決できていたのだろうかと思いつつ侯輝は自分が役に立つならと必死に訴える。天理は困った様に目を逸らし途切れ途切れ答えた。
「少しずつ治まってくるが二、三日かかる……ピークは今晩だから、今晩はずっとこんなだ……早く治すには、原理的には魔力を……回復できればいいんだが……簡易儀式して誰かに貰うとか……ただこの田舎じゃ提供できるレベルの魔力持ちなんて地主くらいしかいないだろうし、それに……」
(今晩ずっとこの状態!?自力で発散もできなさそうだし、天理さん一晩生殺しじゃん。俺、の、魔力なら……ええい気にしてる場合か!)
侯輝は誰にも打ち明けられずひた隠しにしている事があった。S.G入隊時に希望者には正規の鑑定士に精霊特性と魔力を判定してもらえるのだが、侯輝は事情があってあえて受けずに適正を隠していた。おかげで剣と格闘だけでで入隊資格を取らなければならなかったが幸いフィジカルには恵まれ努力の甲斐もあって、優秀な成績を納めることができるほどだったので気にされなかった。
「あの俺、実は魔力あって……俺で良ければ……」
「え……?お前適正無しだって……」
「本当はある……光と……闇で……嫌なら……」
心臓をバクバクさせながら小さな声で告げる。精霊適正闇、レアではあるものの主に犯罪者が使い、忌み嫌われる場合が多い。天理は一瞬驚きに目を見開くと、嫌悪されると思っていた侯輝の想定に反し、苦しそうにしながらも労るような嬉しそうな表情をし、侯輝はそれに一瞬見惚れてしまった。
「驚いた……お前の様な闇もいるのか。ありがとな……言いにくいだろうに俺の為に告白してくれて」
その表情と言葉にひた隠しにしてきた侯輝の心の中でぐるぐると渦巻いていた闇がふわりと溶けていくような気がした。
侯輝は今まで誰にも言えなかった自分の秘密をあっさり受け入れてくれた事がたまらく嬉しく、今までずっと心に抱えてきたコンプレックスを、こんなにも簡単にさらけ出せたのは、相手が天理だからだと改めて思う。そして今、これまでモヤモヤとさ迷っていた想いに名がはっきりと付けられた
「好き……」
(!!!しまったあ!!何言ってんの俺ぇ!今天理さんそれどころじゃないのに!)
「?……ありがとな?」
誰かに告白するなら、完璧にセッティングした場所でムード満点の時にしようと決めていた侯輝だった。だが思った瞬間既に声に出してしまっていた。ハッとして口を塞ぐ。天理はまだ分かっていないのか素直に感謝し微笑する。侯輝はそういえば天理がその容姿の割に色恋沙汰に無頓着だった事を思い出す。恐らくまだ弟の様な後輩に好意を口に出して貰って嬉しいぐらいにしか思っていないのだろう。今ならリカバリーがきく、何より誰よりも大切な人だと自覚した今、天理を救いたい一心で言葉を紡ぐ。告白は後日!
「ほらっ闇って聞いてありがとうまで言われたのはじめてだったから、天理さんのその感覚が好きだなって……」
「ん……そうか、俺もそう言われたのははじめてかな……はは、お互い大変だよな」
どうやら悩みは違えども苦労仲間が増えたくらいの感覚で捉えたらしい。いくら今平常ではないにせよ、これは鈍そうだ、告白する時は分かりやすくせねばなるまいと侯輝は思う。
「でさ!俺の魔力でいいかな?いいなら全部持ってっていいから!今日の償いさせてよ!」
慌てて誤魔化しつつ本題に戻す侯輝。すると天理は困った顔をする。やはりダメなのだろうかと不安になった。
「あ、お前が嫌なんじゃ無いんだ。その、お前魔力供給儀式の内容知ってるのか?」
「どうやるの?」
「まず俺の血で互いの体に一時契約印を描く。で、お前の精を体内に直接貰う……つまり、その、セックスをだな……」
言いにくそうに告げられた内容に侯輝は一瞬理解できずぽかんとするが、すぐに天理の言葉の意味を理解して慌てる。
「え?……セッ……クス!?」
「俺はまあ……いいんだが。助けて貰う立場だし。何度もあるから慣れてると思うし、ただ今動けないからリードして貰わないとならないんだが……お前俺相手なんて気持ち悪いだろ?」
お前女子にモテて嬉しそうにしてたしノーマルだよな?と苦笑している天理に侯輝は衝撃を受ける。侯輝は基本的にチヤホヤされると嬉しくなってしまう性質だったが今天理に抱いている感情とは別物だった。
(そんな!天理さん処女じゃないの?て、そうじゃない、その相手って)
「あ、の、何度かってのはエレリウスの事……?」
天理のレアスキルでもって精霊研究の協力をしているのだとだけ聞いていた。何度も嫌がりながら半ば強制で呼ばれていつも気だるそうにしていた。まさか、その度に……侯輝は頭が沸騰しそうになるのを寸で抑えながら返事を待つ。
「いや……魔力切れの度にあの野郎にって訳じゃなくて大体他の何人かに……こんなやつ軽蔑するよな。端から見たらビッチだ。嫌になる」
侯輝は想定以上の事実に衝撃を受けると同時に自己嫌悪する天理に心が痛む。天理が普段凛としながらも時折儚く見えたのはこの為で、なんでそこまでしてと侯輝は思う。確かに強力な見返りはあるが天理はそもそも戦闘を好むタイプではないのだ。天理が自前で見せる力はいつも補助的な便利で楽しく優しいものが多かった。侯輝は自分の下心もあったが今はただ天理を癒してあげたかった。
「そんな事、無い。天理にはやむを得ない事情があったんでしょ?頑張ってる天理を軽蔑するなんて俺にはできない。天理が良いって言ってくれるなら俺は天理を助けたい」
力強く真っ直ぐに答える侯輝に天理は驚く。そして微笑み「ありがとう」と言うと、そっと侯輝の頬に手を添える。
「じゃあ…やり方は指示するから…よろしく頼む」
その手は冷たく少し震えていた。

侯輝は緊張する指で天理のシャツを脱がす。そういえばS.Gのシャワー室でも更衣室でも一度も天理の半裸身すら見かけた事が無かったと侯輝は思い返す。共に帰還してもタイミングをずらされる事が多かったのだ。そしてその理由を今知る。胸の辺りに契約の印らしきものがうっすらとだが見えていた。その印は力強い火と土に小さな風と水が意匠化されたもの……までは良かったがどこか形が歪んでいて、普段の天理の扱う精霊達を思えば天理に相応しくないと思えた。侯輝は天理を縛るその印に悔しさからぐっと歯を食い縛る。
「楽しいもんじゃないだろ?あまり見ないでくれ…」
自分より天理の方がずっと悔しいのだ。自分がしょげてる場合じゃないと侯輝はそんな天理を励ますように声をかける。
「でも天理の体は凄く綺麗だよ!」
「!い、一応戦士の端くれだし…こんなもんだろ。綺麗っていうか美しい体ってならお前みたいなのを……」
「えへへ、ありがと」
一瞬驚いたあと照れた様に顔を剃らしゴニョゴニョと呟く天理。その様子にやっぱり可愛いところあるなと思いながら、侯輝は褒めてくれた天理に素直に礼を返し自らも上着を脱ぐ。
鍛え上げられたその肉体美を見、天理は直ぐに恥ずかしそうにまた目を逸らす。
「えっと、まずは簡易魔力委譲契約をするんだっけ」
「ああ、俺の血で俺の体とお前の体に一時契約印を書くんだ」
天理は指を小刀で小さく切り、血で互いに印を描く。特殊な術式により描かれた印は互いの体に一時的な契約を結ぶ。見えない何かで繋がった様な気がして天理に想いを寄せる侯輝はそれだけで嬉しくなった。
「えへへこれで天理と一つになれたんだね」
「!お、前恥ずかしい言い方するな……ただの儀式だってのに。だからモテんだろな……」
「俺言うほどモテないよ?でも今ので天理がちょっとときめいたなら嬉しいかな」
これから天理に好きになって貰いたい侯輝としては天理のときめきポイントはガンガンついていきたいところであった。
天理はそんな侯輝に呆れるが、こんな状況でと困ったように苦笑する。
「?全く……こんな儀式初めてだよ、調子狂うな……俺にリップサービスとかいらんし、好きに動いて出してくれればいいからな?」
「えー!どうせなら一緒に気持ちよくなろうよ!俺下手だったらごめんだけど頑張るから!」
「お前いいやつだよなぁ……」
(天理にだけだよ!これは手強そう……)
侯輝はまだ告白するつもりはなかったが少しでも意識して貰いたくて近づきたい思いに駆られた。
「キスしていい?」
「はは、それ言われたのも初めてだ。別にいいぞ」
「……あの、天理、儀式以外でセックスとかキスとかは」
「無いんだよなぁ……はは……」
乾いた笑いを自嘲気味に呟く天理に侯輝はつい舞い上がってしまう。
(いやったぁぁ!ファーストキスは貰える!……ってごめんね天理苦労してるのに喜んででー!)
「あのっエレリウスの事好きだったりは」
「ねぇよ」
心底嫌そうに即答する天理にほっとするも、それだけに今までの心労を察した。
「余計なこと聞いてごめんねっ始めるね」
ドキドキしながら天理に唇を寄せる。まずは軽く啄むようにキスをすると、天理がクスクスと笑っていた。
「なんか可愛いなお前」
(子供扱いされてる?!)
思えば相手は儀式とはいえ経験豊富?な年上の男、対してこちらは童貞の若造だった。なんとかドキドキして貰いたくてもう一度今度は舌を天理の口内へと差し入れると、天理はびくりと体を震わせつつも抵抗せず受け入れてくれる。そのまま暫く互いの唾液を交換し合う様に深いキスを交わす。
「んっ……ふぅ……はぁ……」
息継ぎの合間に漏れる天理の吐息が艶かしい、いくら敏感になっているとはいえキスだけでこんなにも感じるものなのなのか分からない。唇を離すと天理が顔は紅くしつつもやはり少し楽しそうに微笑していて、やはり自分ばかりがドキドキしているようで侯輝はちょっと悔しかった。
侯輝はめげずに天理の胸に手を這わせる。
「っ……」
天理はびくりと体を震わせると小さく声を洩らした。腹、脇腹と触れる度に天理は声を殺しながらも体は震え呼吸が荒くなっているのが見て取れた。
「大丈夫?」
「ああ……」
胸でピンッと固く主張していたそれをそっと撫でると「んっ」歯を食い縛りそれでも喉奥から高い声を鳴らしビクビクと痙攣するように反応を示す。切なそうに瞳を揺らす天理の姿に鼓動がどんどん高鳴っていくのを自覚しながら侯輝はその先端を口に含むと舌で転がし優しく吸い上げてみた。
「ん"!!っ……やっ……待」
天理はその刺激が辛く思わず侯輝の頭を離そうと腕を伸ばすが力が入らずされるがままになっていた。天理は更に舌先でつつかれ吸われ噛まれて甘い刺激に腰が浮き、未知の感覚に身を捩りながら無意識に逃げようとした。
だが夢中になった侯輝は更にもう片方の先端も指できゅっと摘み上げ震わせると逃げを封じる。天理の反応が楽しくて興奮してつい夢中になってしまいハッと気がついて顔を上げると天理は頬を上気させ涙目で睨んでいた。
「ご、ごめん痛かった?!」
「ちがう……お前、しつこい……」
慌てて口を放し謝ると、天理は首を振り呟く。
「えへ、ごめんなさい。気持ち良さそうだから……もっと天理に気持ちなって欲しくて……」
「馬鹿……俺はいいから……ああ、もう好きにしてくれ。ただあんまり焦らさないでくれ。辛い……」
言葉の割にはそこまで怒っていなさそうな表情が可愛くて思わず笑ってしまうとやっぱり怒られた。呆れたように容認してくれたが嫌がってはいない事に侯輝は安堵する。
「ご、ごめんねっじゃあ……失礼しまぁす……」
侯輝は今回の行為の目的を思い出し慌てて思い直す。恐る恐る天理の下着に手をかけ脱がすとそれは既に立ち上がり汁を滴らせていた。侯輝はまた鼓動が早くなるのを自覚する。
(天理のも思ってたよりおっきいし綺麗……)
「それはほっといていいから……その、後ろを解してくれ……さすがにお前のブツはいきなり入らんだろうし」
天理は少し恥ずかしそうにしながらチラリと侯輝のズボンの上からでも分かる膨らみ具合をみて言う。
「う、うん」
天理の立ち上がったそれの下には何度も懸命に受け入れたという小さな蕾がそこにあった。
(入るの?コレ……)
「下キツイだろ?大きさ確認したいしお前も脱げ」
「う、うんっ」
天理に言われ侯輝は己の欲の塊を晒してしまう事に一瞬恥ずかしく思いつつも慌てて下を脱ぐと、天理は一瞬固まった。
「……すまん、できるだけ丁寧に解してくれ。いつもは事前に自分でやってるんだが……」
(自分で!違う違う。天理は好きでやってたんじゃないんだから!)
侯輝は一瞬また天理の淫らな想像をしてしまうがすぐに己を正して頭を切り替える。侯輝は天理の指示によって丁寧に後孔を解した。その最中もやはりどこもかしこも触れるだけでびくびくと跳ねる天理に侯輝は労りたいと思いつつも興奮は抑えられずにいた。
「ん"んっ!はっ、ん"!ん!」
(感じてはいるんだけど歯食い縛ってるしやっぱりどこか苦しそう……声聞きたいけど……)
経緯を考えれば今まで天理にとってセックスは儀式でしかなく、楽しんでいたとは思えない。こうしてずっと歯を食い縛って堪えるものだったのだろう。そう思うと侯輝は悲しくなった。
「いっ!ん"ん"ん"……!!っはっ……はっ……はっ……」
(す、ごい……)
侯輝が天理の後孔を丹念に解している間に天理は一際高く喉を鳴らしながら前に触れることなく吐き出していた。しばし脱力していたが術による発情は治まらないのかまた辛そうにしていた。
「はっ…んっ……すま、ん汚して……後ろ、もういい、から、来て、くれ」
タオルを手繰り寄せ差し出しながらやはり申し訳なさそうにする天理。侯輝はできるだけ刺激しないようにそっと指を抜き、優しく微笑むと凍ってしまった天理の心を溶かせたらいいのにと思いを込めて抱き締める。
「んっ侯、輝……?……ふふっどうした?あと入れるだけだぞ?」
(また笑ってくれた!やっぱり楽しそうにしてくれた方がいい!)
「うん、初めてだから緊張しちゃって。じゃ……入れる、ね」
「おう、頼む」
自分の行為で天理が喜んでくれることを嬉しく思いながら脚をそっと割開き入り込むと天理は慣れた様に息を吐き力を抜く。
「うっ……キッツぃ……」
「っ!」
侯輝はだらんと力を抜いた脚を抱え、ゆっくりと腰を進める。ぎゅっと目を閉じていた天理が小さく鳴いた。
「大丈夫っ?」
「大丈夫、だぞ」
侯輝がその声にドキリとして思わず腰を止めると、目を開いた天理が微笑んだ。自分より余程辛そうに見えるのにそれでも気遣ってくれる天理に侯輝はまた一つ想いが強くなる。
「ん、はぁ、ん、くっ、っ…………はー」
そのまま腰を進め、奥まで収めると、天理が大きく深呼吸をした。
(天理と一つになれた……想いも一つになれたらいいのに)
「すまんが少し待ってくれるか?」
「うん、キスしてていい?」
「ふふっキス好きだな?いいぞ」
「うん、好きだよ」
(だって天理が楽しそうにするから。そんな天理が大好きだから。天理もキス好きだと思ってくれたらいいな。俺の事も好きになってくれないかな)
やはり楽しそうに返す天理に侯輝は想いをふんだんに込めて口付けた。

「んっ……ん……」
「ん……ん……」
天理はいつもと明らかに違う行為に戸惑いつつもその感覚に好感を抱き始めていた。まるで恋人の様に大切に扱ってくれる侯輝に勘違いしそうだと思い、いつも相手が侯輝であったならとまで考えてそれを否定した。良かったからまた抱いてくれなど、それこそビッチではないか。今は謝罪ときっと同情で行為に及んで優しくしてくれているだけなのだからと。侯輝が同性同士に抵抗が無いらしく緊張しつつも楽しそうに行為を進めている事は天理は幸いに思った。普段から愛嬌のある男ではあったが今は一段と可愛らしく思えてきた天理は知らず震える腕を伸ばし侯輝の頭を撫でていた。
「わ……!」
(わぁ気持ちいい……嬉しいな)
「あ、悪い。つい……あ、もう動いてくれていい、ぞ」
だいぶ打ち解けてきた頃、仕事が上手にできたら侯輝が調子に乗り「もっと褒めて!」と賛美する事を要求すると「はいはい偉い偉い」と撫でる習慣ができてはいたのだがそれとは違う天理の手付きの感覚に侯輝は驚いてしまい、天理も自身の行動に驚き狼狽えた。
「じゃあ動く、ね」
突っ込んだままだというのにお互い微妙にギクシャクしてしまいながら侯輝はゆっくりと腰を動かし出す。
ぐちゅりと音を立てつつ少し引くと内壁がきゅっと締まり侯輝のモノに絡みつく様に纏わり付く感覚にゾクリとした。
「んっ……!」
「すご……」
再び押し込むとその熱さと締め付けに再び持っていかれそうになるが侯輝は必死に耐える。ゆっくりと出し挿れを繰り返す内に段々とスムーズになってきたのか、だんだんと速度を上げていく。
「んっ……くっ、ん"っ……!?ん"……!?」
「はっ……はっ……すご……はっ……」
天理は今まで感じた事のない様なしびれが走り快楽に飲み込まれていく。歯を食い縛り声を漏らさない様にするのが精一杯で、いつも気持ち悪さしかない相手の吐息とは違って聞こえる侯輝の熱い吐息を聞き意識してしまうと後孔が収縮した。その度に侯輝の剛直をリアルに感じてしまい余計に感じ入ってしまう循環に陥る。何よりそれに不快どころか快楽に溺れそうになる自分に困惑していた。
(熱い……キツい……溶けそう……天理、苦しそうなのに、俺、気持ちいいよお……)
そして侯輝は天理が辛そうにしつつも全身から零れ出る色香と与えられる快楽に没頭していった。
二人はそれぞれ初めての意味合いは異なったが未知の感覚にその行為にただ溺れていった。そして快楽の頂点へと登り詰めていく。
荒い息を吐きながら侯輝はやはり歯を食い縛っている天理をどうにかして解してあげたいと、唇を寄せキスをした。天理は驚くも侯輝の舌を受け入れるように口を開けてると絡めて応えていた。
「ん!ん!ん!ん"んっ!うぅ!」
お互い夢中で貪り合いながら侯輝が腰を動かすと、食い縛る事のなくなった天理の嬌声が互いの口の中で響き合う。
「ん"!ん"!ん"!うっ!ん"んっ!」
「ん"ん!ん"!ん"!!ん"んっ!」
(凄い!!もっと!もっと!天理!)
侯輝が応える様に共に喘げば互いの脳に響き渡り、気づけば天理は侯輝をもっと引き寄せるかの様に腕も足も絡ませそして自らも腰を動かしていた。今までの儀式ではあり得ない己の行為だったが天理はもう考えられなくなっていた。
(凄い!凄いよお!!天理!天理!)
「ん"ん"んん!ん……………!!」
侯輝はその反応に嬉しくなってさらに激しく腰を打ち付けると、一際高く響かせ鳴いた天理は身体をガクガクと震わせ、天理のモノから勢い良く放たれた液体が二人の腹の間で飛び散った。
その瞬間、後孔が強烈に締まり侯輝のモノを搾り取ろうとする。その強い締め付けに堪えきれず侯輝は天理の中に精を放つ。
(熱い……焼ける……あ……光と、闇、が)
天理は目を瞑り体内に熱く焼けるような精を受け止めながら、いつものように魔力とそして純粋で力強い侯輝の光と闇の精霊力を感じ取っていた。光は鬱陶しい程に眩しく輝き、闇は儀式の為に相手している男を思いだし恐怖を覚えた。だがすぐに違う事を感じとる。優しく吸い込まれそうな魅力に侯輝を思い出せば心地好さすら感じていた。
そして、魔力が供給され理不尽な発情が少しずつ解かれていくと共に流れ込んでくる感情に天理は困惑する事になる。
いつもは曖昧な感情だった。支配欲、羨望、嫉妬、侮蔑、性欲、そういった類の物。しかし侯輝の感情は力強くはっきりとした想いだった。
(天理……好き……好き……大好き……愛しい……)
「えっ!」
侯輝の想いに混乱し目をパチッと開けるとそこにはまだ快楽の余韻を残しながら侯輝がじっとこちらを……熱く、優しく、労るような……そう、名状するなら愛おしそうに見つめていた。その瞳に天理は思わずどきりとする。
「大丈夫?どこか痛いところない?」
「い……たくはない」
「良かった」
ほっとした様子で優しく笑う侯輝に天理はまた胸の奥がじんわりと熱くなるような感覚を覚えた。それは今まで感じた事のない不思議な感覚で、同時に今まで感じた事のない感情が溢れてきて天理は知らず涙を零していた。
「ど、どうしたの?やっぱりどこか痛い?俺の魔力のせいかなっ?無理しないで……」
天理がセックスに辛いイメージしか無いと思っていた侯輝はやはり辛かったのか自分の闇の精霊力が悪影響をもたらしていないかと狼狽し心配になった。
そしてこんなはっきりとした恋愛感情を向けられたことは無いと思っていた天理は侯輝の心を知りこちらもまた狼狽えていた。天理には侯輝の想いを一方的に知ってしまった事を秘匿する事をよしとはできなかったがその答えを持ち合わせていなかったのだ。天理はごしごしと意図せず流れた涙を拭いながら混乱する頭で応えられる事を先に途切れ途切れ回答していく。
「お前、は、悪く、無いんだ。魔力、も、ちゃんと受け取った。不調、も、回復した。ありがと、な」
侯輝が「うん、うん」と頷く中、天理は最課題に入る。
「ええっと……すまん、先に伝えてなかった俺が悪かった……魔力供給儀式するとな、相手の気持ちが、伝わってくるんだ。それで、その、混乱してる」
ボソリと呟かれた言葉に侯輝は固まる。
その表情に天理が慌てて補足する様に続ける。
「本当にすまん!他の連中もっと曖昧なイメージだったから、あんなにはっきりとしたもんが来るの初めてで、わざわざこんな事やってくれるくらいだから悪からず思ってくれてるんだろうな位だとてっきり……返事、いるよな?今頭ごちゃごちゃしてるから、できればちょっと待って欲しくて……」
混乱している事を示すように一気に捲し立てる天理の言葉に侯輝は嬉しさを隠せず笑みを浮かべて返す。自分の闇どころか想いすらも受け止めて貰えただけでも侯輝にとっては堪らなく嬉しい事だった。
「待つ!待つよ!待ってていいんだよね?!あの!返事貰えるまで好きでいていい?!」
心配そうな顔から一転、少し頬を赤らめながら満面の笑みで身を乗り出してくる侯輝に、天理はたじろぎながらあの侯輝のイメージが幻想では無かったのだと再確認する。
「え、あ、ああ……その、おり良い返事が返せないかもしれないのに待たせて悪いんだが……なにぶん、その、この年で初めてで恋とか」
「いい!いいよ!全然!ゆっくり考えて!それに俺の事嫌いじゃないんでしょ?」
「むしろ……好ましい部類に入るんじゃないかと、思うんだが……」
「やった!嬉しい!ありがと!大好き天理!」
天理が未知の感情をまともに扱えず羞恥でもじもじと返すも、侯輝は歓喜の感情のままにがばっと抱きついた。天理がまた慌てふためきはすれどやはり否定されない事にまた嬉しくなって頬擦りをした。
「ちょ、おい!」
「えへへ。ごめんね、嬉しくて。順番が逆になっちゃったけど、改めて。俺、天理の事が大好きだよ。愛してる。どうか俺の事好きになって欲しいな」
侯輝は真っ直ぐに天理を見つめると優しく愛おしそうに微笑む。
天理はその真っ直ぐな想いを受け止めはすれど途方にくれていた。

[newpage]
依頼人の件の始末書を泣きながら書く侯輝のフォローを天理がしつつ、またいつものS.Gの業務生活に戻る。
小さく変わった事としては、侯輝は天理に促され口の堅いフリーの鑑定士に視て貰い、光と闇の適正の確認と魔力を測って貰った。魔力は天理に及ばぬ程あまり高くは無いものの親和性は天理同様非常に高いと判定された。自己流でしか魔法の扱い方を知らなかった侯輝は二人の模擬訓練中に天理から精霊魔法の手解きを受け、実践に織り混ぜる事ができる様になると少しだけ戦略戦術の幅が広がった。
そして大きく変わった事としては、侯輝がその好意を一切オブラートに包む事なく隙あらば天理にアピールする為、天理は気が休まる暇がなくなった。かと思えば性的に迫る事はなくあくまで紳士的で、天理が「おまえよく好きな奴の前でムラムラともせず平気でいられるな若いのに」などと逆に心配してやれば「あえて封じておいて天理が着替え中の半裸な俺を見てムラムラしてくれないかなーって。ほら、天理、アノ時、俺の体美しいって褒めてくれたじゃない?」などと言われ熱に浮かされていたとは言えとんだ発言をしていたものだと一人反省会を開く。元々悪からず思っていた相手だけに、少しずつ、だが確実に侯輝の想いが天理の心を染めていく。だが天理には侯輝の想いを受け止め、そして返す為にはどうしてもクリアしなければならない問題があった。

「報告書終わった!ねえ天理!今晩俺んちで宅飲みしない?!」
隊員が出動なりして出払っているS.Gの一室にて、隣席で侯輝の報告書のチェックをしていた天理はじぃーっと侯輝を見る。
「……構わないぞ」
普通なら下心ありの相手の家で飲むなどOKですと言わんばかりの行為だが一応これまでの紳士的な侯輝の態度から天理は信用しても良いだろうと判断した。決して流されてる訳じゃないんだと自分に言い聞かせながら。
「ほんと?!やった!前に美味しいって言ってた料理のアレンジ考えたから是非食べてよ!」
意外と料理が上手い侯輝は嬉しそうに胃袋掴むぞお!と張り切っている。
そんな侯輝との付き合いが悪くないと天理は思っていると天理の携帯機が鳴る。その相手の名前に不機嫌さを隠せずにしぶしぶ出ようとすると侯輝が表示を見もせずに取り上げ勝手に通話に出た。
「もしもし何か御用ですか?エレリウスさん」
「あっ!馬鹿」
天理は慌てて止めようとしたが既に遅く電話の向こうからは落ち着いた声が聞こえてきた。
「誰だい君は」
「俺は天理の恋人だよ!」
「こら、何言って」
携帯機を取り返そうとする天理を制しつつ通話を続ける。
「それは初耳だね……ひょっとして君が天理君の新人バディ君かい?先日は君のお陰でだいぶ魔力供給する事になったと聞いているんだがね。天理君もその後大変だったろう?」
侯輝は内心舌打ちする。先日は自分の失態なのは間違いない。だがそもそも天理があんな辛い思いをしなければならない原因を作ってるのはあんたじゃないかと腹を立てる。
「ともかく!今日は天理はそちらには伺えませんから!」
「待て、勝手に」
「そこに天理君がいるなら伝えて貰えるかい?いつも通り私の研究室まで来る様にと。ああ、君も来てくれても構わないよ?"魔力補充要員"としてね。先日は君が彼を慰めたのだろう?彼の体は魅力的だと思うが毎度相手にするのは中々」
最後まで聞くに耐えず侯輝は通話を切った。まだ天理の事を大事に思っているのなら救いはあると微かに思っていた。だがとてもそうとれないエレリウスの態度に侯輝は怒りを抑える事ができなかった。
「……俺に来いって連絡だったんだろう?すまん、さっきの約束は……」
辛そうにそう告げる天理にどうしてそこまで言いなりになっているのかと苛立つ。
「どうしてあいつの言いなりなの?魔術契約にそんな強制力あるの?いつも辛そうなのに。俺天理がしんどい思いするの見てられないよ」
「契約自体に強制力はない……はずだ。そこまでやったら即逮捕だしな。結果的に協力せざるをえなくなってるんだ。元々は俺の都合というか……俺、考古学者になりたかったんだ」
天理は苦笑しながらいつもは語ってくれない昔語りを始めるのを、侯輝は憤慨しつつも黙って聞いていた。
「俺、元々怪物被害による孤児でな、運よく引き取ってくれた人が考古学の研究してる元大学の教授で。良くしてくれて大学まで行かせて貰ったんだ」
天理は懐かしむように目を細める。
「……その人は親代わりだった。俺も考古学楽しかったし俺も考古学者になって余命いくばくもなかった先生の研究継いで恩返しがしたくて必死だったんだ。俺が魔術学院の大学生の頃、資金不足で考古学科が廃部になりそうになって、資金提供の話を持ちかけて来たのがエレリウスだった。俺のレアスキルの四元素契約精霊を俺と契約することで共有させて欲しいってな。悪い話じゃないって思った俺はやつが特殊契約させようとしてるのも気づけず契約してしまったんだ」
その時の事を思い出したのか天理は悔しそうにする。
「あの野郎共有どころか俺の四元素契約精霊を剥奪しようとしてやがった。情けない主だが精霊達が自力で帰って来てくれて阻止されたんだが契約自体は結ばれちまって。通常、契約解除は契約陣でその術式を俺が上書きすれば解除できるんだが、契約の時の不具合なのか術式通りに上書き実施しても解除できなかったんだ。調べてみてもどうしても分からなくて。俺適正あってもあの野郎みたいに研究はしてないからな。……ごめんな」
「えっ天理が謝る事じゃないよ!天理が一番辛いんだから」
申し訳なさそうに謝る天理に侯輝が慌ててフォローする。だが天理は少し諦めた様な表情で答えた。
「俺はもういいんだ。もう、慣れたし。ただお前が俺を好いてくれるって言うならこんな俺じゃ嫌だろうなって思ってさ」
(こんな時まで俺を気遣わなくていいのに!それに慣れてるってあんなに苦しそうだったのに!天理平気な訳無いじゃん!)
「確かに嫌だけどそれは天理に対してじゃないよ!やっぱり今日もエレリウスの研究室に行かないとならない?」
「ああ……無理やり剥奪されそうになった時の影響からか、契約以来俺の精霊力は不安定になっちまったんだ。色々試してみた結果、研究室の契約陣で魔力供給を受けながら目一杯精霊力放出してやれば安定する事が分かった。それで仕方なくあの野郎の所に通ってるんだよ。で、発情して毎度、な」
「うう……不安定になると生活厳しいの?」
「精霊達が力加減が出来なくて暴発したり、あとは使わなくても軽度の発熱とか影響がでる。S.Gの外回り業務なんてとてもできないな」
「どうして考古学者にはならずにS.Gになったの?」
「当時エレリウスの野郎が大学内で不正を働いたとかで問題になって一時地方に飛ばされてな。考古学科への資金提供の件が白紙になってそのまま廃部。俺は結果的にしなくてもいい契約をさせられた上に考古学者への道も絶たれちまった。不幸が重なって親代わりの人まで亡くした俺はもう夢を追う事も半ば諦めてたんだ……そんな時、ある遺跡近くの裏道で怪物に遭遇しちまい精霊魔法だけでなんとか逃げ回ってた俺をS.Gで当時バディ組んでた公金さんと葉金さんに助けられてそれがきっかけで誘われて入隊する事にしたんだ。S.Gなら遺跡や遺物に触れられる権限が与えられるって聞いて、まだ考古学研究の夢を諦めずにいられると思ったから剣なんて握った事も無かったのに必死で鍛えたよ」
天理が遺跡の知識が豊富な事、遺跡絡みの任務に行くと少し楽しそうにしていた事を思いだし、侯輝はS.Gの隊員にしては少し異質な天理が在籍している理由に納得する。しかし肉が付きにくく細身の天理がどれだけ苦労したのか想像に難くなかった。
「大変だったんだね……頑張ったんだ天理」
「ん……エレリウスとの契約も、俺ばかりあいつに力利用されてやる事はない、あいつの魔力を奥の手として利用しちまえって開き直れるようにもなった。ま、使うとお前も知ってる通りちょっと人には見せられない状態になるけどな」
あははと苦笑する天理だが、侯輝はその時の天理の痴態を思い出してしまい顔を赤くしてしまう。だが天理はエレリウスの元に通い精霊力放出をする度にあの発情状態となり、その解消の為エレリウスや誰かに魔力供給儀式という名のセックスを余儀なくされているのだ。天理への愛を自覚した今、侯輝はそんな天理の姿をもう誰にも見せたくはなかった。
「だから……今日も行くしかないんだ」
「……分かった。けど、俺もついてく」
「えっ!」
「さっきの通話であの人わざわざ俺を招待してくれたからね。"魔力補充要員"として来てくれて構わないってさ。ちょっと俺舐められすぎだよね!だったら乗り込んでその面拝んでやろうと思って」
「あ、の野郎、侯輝まで巻き込むつもりか!?」
「いいんだよ、俺が行きたくて行くんだから。それに精霊力放出したら天理どうやったって発情状態になって魔術供給儀式しなきゃならないんでしょ?これからは誰にもそんなことさせない。二度と誰にも見せない、天理は俺だけのものだから」
天理は紳士的だと思っていた侯輝が見せた深い独占欲の一端に少しだけ驚きつつも悪くないなあと思ってしまう自分に苦笑した。
「ふふっ告白の返事してない俺が言うのも何だけど俺まだお前のもんになってないぞ?」
「あっ!えーっと、ともかく!天理一人が辛い思いすんのはヤなの!」
くすくすと笑いながら指摘する天理に、侯輝はエレリウスへの怒りのままうっかり心の本音を漏らしてしまった事を慌てて取り繕う。
「分かった分かったありがとな。じゃあついて来てくれるか?その後の、魔力供給儀式お前に頼みたい。お前の好意を利用する様で悪いんだが」
苦笑しつつも申し訳なさそうに言う天理に対し侯輝は力強く答えた。
「気にしないで!俺がそうしたいんだから!」
「ん……じゃあ行くか。正直、お前がついてきてくれるの、凄い心強いし嬉しいんだ」
「うん!俺頑張るから!」
儚げに笑う天理を力付ける様に侯輝は笑顔で答えた。


魔術学院にある精霊科の最奥へと侯輝を連れた天理は裏口から顔パスで通される。エレリウスの研究室は精霊科の棟の最上階にあり、通路でチラホラとすれ違う様々なローブを纏った研究員や教員と思しき人々が天理の姿をみて様々な反応を示していた。
「天理ここだと凄い有名人?」
「俺、一応精霊適正国内唯一の4属性持ちの超レアだし、ここは精霊研究の総本山だからな……それだけじゃないけど」
羨望、嫉妬、侮蔑など天理に向けられる視線を慣れた様子で苦笑する天理。侯輝は遠くから小さな声で「エレリウスの情婦が」などと聞こえた瞬間ダッシュで殴り込みをかけたかったが隣を行く心を殺した様な顔で天理がぎゅっと手を握りしめてきたのでなんとか堪えた。
最上階にたどり着くとそこはフロア丸ごと精霊科長エレリウスの研究室エリアだった。天理がドアをノックし入室する。そこは様々な神秘的に輝く魔法道具、ハーブなどの薬類や実験器具、書物などで溢れかえっていた。お伽噺の魔法使いの部屋を彷彿させつつも機械端末もいくつか並んでおり化学的な角度からも研究が進められている様子が伺えた。
「なんか散らかってるねー天理の部屋の遺物コレクション置き場みたい」
「一緒にすんな」
(研究者気質の人ってそんなものなのかな)
真顔で拒否る天理に侯輝はこっそりと思っていると奥の方から気配がした。
「やあ、よく来たね天理君。待ちかねたよ。伝言は伝えてくれたようだね。そちらが先ほど通話に出てくれたバディ君かな?」
入隊した奥の部屋の扉が開くと銀髪をオールバックにしやや鋭い目付きでありながらも端正な顔立ちと長身細身の男が現れた。40才と聞いたがもう少し若く見える。天理を歓迎する様ににこやかに笑っていたが侯輝には胡散臭く見えた。男は侯輝の方にも笑顔を向け続ける。
「はじめまして、私は精霊科長エレリウスだ。よろしく」
「はじめまして!俺はS.Gの侯輝、天理のバディだよ。今日はお招きありがとう!よろしくね!」
侯輝はこいつが天理を苦しめている元凶かと思いつつも笑顔を作り、だが挑戦的なニュアンスを含めながら挨拶をした。
「こちらこそ、元気なバディ君だね。エネルギーに満ち溢れている。前回天理君に魔力供給儀式をしたのは君なんだね?精霊適性を聞いてもいいかな?さしずめ火か光といったところかな?」
エレリウスは笑顔を絶やさぬ様にしながらも侯輝をどこか値踏みする様に見ていた。
「よく分かったね!光だよ☆流石精霊科の科長さんだね!」
侯輝は正直に全部話す事などないだろうと闇の適性は伏せエレリウスを持ち上げる様に答えた。闇を隠し、光の属性的なキャラで居続ける事は従来侯輝が得意としてきた事だった。天理も伏せている事に気づいたが闇の適性を伏せておきたい事情は察したので反応せず何もポーカーフェイスを通した。エレリウスは疑う様子も無く侯輝の発言に頷く。
「光か、少し珍しいね。では侯輝君は天理君の精霊力放出の儀式が終わるまで待機しておいてくれるかい。ベッドとシャワールームはあちらの部屋に…」
エレリウスがそう言って奥の部屋を指した瞬間侯輝がその言葉を遮る。
「俺、天理の横に居ていい?儀式の邪魔はしないからさ。すぐに天理を介抱したいし!あとできればここじゃシたくないから儀式終わり次第天理連れて帰りたいな」
すぐに介抱するという意味でならすぐそこにあるというベッドの方がいいだろう。でもここはきっと天理には辛い思い出しかない場所だ。それにこんな所で天理に8年もの間望まぬ性交を強いた奴と同じ空間で同じ空気を吸わせるなんて冗談じゃなかった。
「移動の最中天理君が辛いと思うのだがね……私は構わないが天理君もそれでいいのかい?」
エレリウスは侯輝の言葉の裏の意味に気づいているのかいないのか、あっさり了承した。
「俺はこいつに頼んでいる立場です。文句は言えませんし、辛さについては今始まった話ではないので」
天理は侯輝の申し出に内心嬉しく思いながらも、エレリウスの問いに無表情なまま答えた。
「ふむ…ならそうしたまえ。では早速だが儀式を始めようか」
エレリウスはそう言うと奥の部屋へと二人を導く、そこには侯輝には難解な魔方陣が存在し、おそらくそれが天理とエレリウスとの契約陣なのだろうと察した。
(何て書いてあるか意味までは分からないけど、何だか気分悪い契約陣だなぁ)
「じゃぱぱっと終わらせてくるから、あと…頼むな」
「うん、がんばってね」
天理は小さな声で侯輝に囁くと、慣れた風にその契約陣の内に進むとエレリウスから何やら今回の儀式について説明を受ける。天理はエレリウスから精霊力放出の儀式に使用するであろう掌大の透明なクリスタルを受け取り床に置いた。天理は集中する様に一つ息を吸って吐いたのち、指を鳴らし自身の契約精霊4体を次々と召喚した。普段天理が呼び出す掌に乗る程度の小さな精霊と異なり、エレリウスの魔力供給を受け、大人程の大きさの神々しささえある大精霊が契約陣の中に呼び出された。4体の精霊達は主である天理を歓迎する様に、楽しそうに、敬う様に、見守る様にそれぞれ生き生きと宙に漂った。いつも呼び出す小さな精霊の時も生き生きとしていたが侯輝はこれが天理の契約精霊の本当の姿なのだと感嘆した。
「すご…い…」
「うむ、いつ見ても実に素晴らしいね。では説明通りお願いできるかな」
天理は頷くとクリスタルに手をかざし、精霊達に呼びかける。息を合わせた様に一斉に精霊達が舞いハーモニーを奏でながら力を放出する、そしてその力が一つになると天理の足元にあったクリスタルに力が注がれていった。膨大な精霊力の放出に契約陣が反応し、契約陣から伸びた光が薄目を開けながら術に集中している天理の体を包む。天理はその中で体内の精霊力が整っていくのを感じとり、エレリウスは輝きを増すクリスタルを満足げに見ていた。
そして侯輝はその神秘的とも言える光景の中に紛れ込む様に細く真っ黒い触手の様なおぞましい意思を持つものも契約陣から伸び天理を絡みつこうとしているのを見ていた。
(何、だよあれ、闇の精霊?!なんで!凄く気持ち悪い意思を感じる。天理それ払って!気づいてないの!?)
そこで侯輝はその闇の精霊が"隠し"を纏っている事に気づいた。精霊使いであっても気づかれる事無いその隠しは犯罪者がよく使用する手口だった。闇の精霊適性を持つ侯輝だからこそ見破れたそれは、契約陣の術式に織り込まれる様に一体化し、天理の精霊力放出を補助する様に見て取れた。侯輝は光の精霊魔法で払おうと考えたが寸でで思いとどまった。
(そうかあれも契約陣の術式の一部なんだ!そして天理が契約陣の術式が分からなかったのはこの為だったんだ。そして分かっても闇適性の無い天理じゃこの契約は破棄実行できない!天理を一生奴隷にするつもりだなこの外道!……待て、落ち着け、解除の施行は天理でなければならず今は手段がないんだから暴れたって解決できない!)
侯輝はこの契約陣の異常を知り、おそらく仕込んだであろうエレリウスに今にも叫びだしたくなる感情を抑えつつ、必死に冷静な思考を保ち頭をフル回転させる。喧嘩を売るのは手札が揃ってからだ、天理を開放するという絶対に負けられない勝負なのだから。
(観察し考えろ、今度は間違うな。そうだ契約術式が契約陣に刻まれているなら俺が覚えて天理に読んで貰えば真相が分かるはず!叩き込め!)
侯輝が思考を進めるその契約陣を覚えることに全集中する間にもクリスタルはその力を受け輝き始めるとまるで共鳴するかの様に部屋全体に光を撒き散らす。
やがて光が収まるとそのクリスタルの中に精霊の紋様が浮かび上がってきた。こんな状況でなければ素人の自分でもゆっくり眺めていたいほどの美しさだった。だが天理は感慨深さもなくひょいとクリスタルを手に取るとそれをエレリウスに手渡す。エレリウスはクリスタルを満足そうに検分し始めた。
「うん、やはり君がやると精霊力の密度が違うね。私が君の精霊を借りて4属性精霊術を施行してクリスタルに込めてもこうはならないんだ。これでまた研究が一歩進む。感謝するよ」
(精霊を借りて……そうだ!闇の精霊だって闇の精霊適性持ちと契約すれば使えてしまうんだ!エレリウスに天理の他にも契約者がいれば使える!そして天理だって俺と契約すれば……!よし!)
「そう、ですか。それは……何よりですね……」
精霊達を送還し、契約陣の光も消えると、天理の体にエレリウスからの魔力供給を受けた後に発症するという発情状態が少しずつ現れ始める。だが侯輝にはそれが天理の体に先ほど絡み付き蝕んだ闇の精霊力がそう促しているのがはっきりと見えた。
(くそ…全部お前のせいかエレリウス!!奴隷にするのにそこまで必要ないのに!)
天理は必死に耐えようとするも、体は言う事を聞かず、頬が紅潮し、息も荒くなっていく。エレリウスはそれに気づき天理に近寄ると、優しく声をかける。
「お疲れ様。大丈夫かい?」
「はい、もう用はないよね?天理を連れて帰るよ」
「ぅ、ぁ……侯、輝」
侯輝は怒りの感情を全て天理を救う一点に集中させる事で封殺し、言いながらエレリウスを押し退け、もう立っているのもやっとの天理を刺激しないようそっと掬い上げ抱きかかえる。それでも敏感に反応してしまいながらも天理がほんの少し安心した様に小さく微笑んだ。
「おや、もう帰ってしまうのかい?君にも感謝しているよ、魔力供給儀式の信頼できる要員を準備するのも一苦労でね。いつも来る男は少し性癖に難があるものだからちょっと天理君が可愛そうでね。また頼むよ」
侯輝はその言葉に腕の中の天理が小さく震えるのを感じ取ると今度こそ爆発しそうになったが全てを天理に集中する事で抑えた。
(天理があんなに辛そうになったのはそいつのせいか!そしてお前がそれを言うな!!)
「そう!じゃあ二度と用意しなくていいからね!それじゃ!」
(今度会う時はお前とは最後だ!)

侯輝は天理を抱え、ぶん殴らずに我慢した自分を全力で自画自賛しながら研究室を後にした。天理を救う決意を新にする。戦う手札となる材料は揃った、あとは天理と準備をしてその時が決戦だ。仮にも相手は大精霊使い、ミスればより強力な対策を講じられない。だが今は腕の中の愛しい人を癒すのが先だ。
「ごめんね、天理、すぐ休める所に行くから!」
「ぅ、ん……大丈夫、だから」
夜も更け始めた時間となり学院内にはほとんど人気が無くなっていた。各部屋に小さく明かりが点いている部屋はあったが幸い廊下では誰もすれ違わず熱く吐息を洩らす天理の痴態を晒す事無く魔術学園の外に出る。予期していた事なので予め予約していたホテルにチェックインするとすぐにベッドに横たえ優しく声をかけた。
「もう大丈夫だからね。少しお水飲む?」
「はっ……はっ……ん…ありがと…な」
侯輝は備え付けの冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出すと蓋を開けて渡そうとするが既にろくに力が入らない状態に気づき、水を自分の口に含むとそのまま口移しにする。
「ぅ……ふ……ぁ……」
「もっと欲しい?じゃあもう少し……」
頷く天理にもう一度口移しそのままキスすると侯輝は離そうとせず何度も角度を変えながら舌を入れていく。天理も受け入れ応えようとしてくれるのが嬉しくて夢中で味わっていると弱弱しく胸を叩かれ我に帰ると名残惜しげに見つめつつゆっくりと口を離す。
「こら、まだ委譲契約、やってない、だろ。いきなり、始めんな」
天理が怒った風に突っ込みを入れるもそれほどでも無い様子に侯輝は嬉しくなってしまう。天理にとって辛い"儀式"でしかなかったこれからの行為が少しでも和らげればと思っていたからだ。
「えへへ。天理が応えてくれたからつい。ねぇ、天理、キス好き?」
「な、んだよ急に」
「だって天理キスの時は嬉しそうだから」
「はぁっ?!」
発情して紅潮した顔を更に赤くして狼乱する天理が可愛らしくて仕方がない。過去の辛い経験よりセックスが辛いものとして認識している天理を楽しませてあげたいと必死だった。今までは儀式の精液の受け渡し行為のみが必要でキスは一度も無かったという天理は、前回も俺とのキスは良いものと認識してくれていた様だった。
「そ、そんな風に見えてんのか?俺……」
「うん!とっても可愛く見えるよ!」
にこりと笑いながら言うと天理は少し怯みつつ恥ずかしそうに目をそらす。
「ぅ……年上の男に可愛いってお前……惚れるとそう見えるもんなのか?と、ともかく先に簡易契約印を……」
エレリウスとの不条理な契約の日々の影響か恋愛についても疎くなってしまっていた天理はまごまごと困った風にしながらとりあえず儀式を進めようと自らのシャツのボタンに手をかけ、震えてしまう指に更にまごついた。
「やるね」
侯輝はそんな天理が可愛いなと思いつつ声をかけ代わってボタンを外していく。
「天理、あのね、天理が許してくれる限り……できればずっと許してくれるといいんだけど、この行為はこれからはずっと俺が相手だからね?これまで天理がずっと耐える様にしてきた行為はもうおしまい。今すぐ楽しめる様になってなんてずっと一人で苦しんできた天理には言えないけど、俺がいる間はもう我慢しなくていいからね?」
言いながらボタンを外し終え天理の肌をさらけ出させると忌々しいエレリウスとの契約印が見える。それはうっすらとではあったが見た目以上に天理を苦しめてきたはずだった。侯輝はそんな天理に寄り添いたかった。
「ぉ……俺、は……お前にそこまでして貰えるほど返せないかもしれないのに……お前への気持ちがまだ……」
侯輝の言葉に天理はうっすらと涙を浮かべる。沸き上がる感情をどう扱えば良いのか分からず戸惑っている様子だ。
「天理、俺は見返りを求めてやってるんじゃないよ。俺はただ天理が好き。好きな人が辛い目にあってるのを見てられないだけだよ」
「……侯輝……っ……俺……お前の事……ぁ……多分、好きだ……でも……まだ……分からないんだ……」
侯輝はまたごしごしと涙を雑に拭おうとする天理の手を止め目尻にそっとキスをする。
「うん、そうだと思う。天理言葉以外は素直に出るタイプだと思うから。言葉にしてくれてありがと、嬉しいな。でも今は弱ってる天理につけ込んじゃってる感じだからさ、全部解決してフラットな状態になった時、その時お返事頂戴?ね?」
「ぅ……ん……ありがと、な……ぁ、でも俺、契約、が……いつ返せるか……」
天理は例えそれが恋愛感情ではなかったとしても一生この男への恩は忘れまいと心に誓う。ずっと耐え続けてきた心の奥で凍りついていた心が溶けた様に天理の瞳からまた涙がこぼれ落ちた。
エレリウスとの契約があり続ける限り、対等な関係とは程遠いこの依存した関係が続いてしまう。天理が侯輝への想いを明確に口にする事はできない事を気にかけている事も侯輝は察していた。だが今日研究室で確認した事と推察が正しければ天理を解放できるかもしれないのだ。
「あ、泣かないで……天理、あのね、その契約も解除できるかもしれない」
「ぇ……?」
「まだ推察だからうまくいくか分からないんだけど。あとで落ち着いたら相談させて?ほら、まずは儀式しなきゃ、ね?」
侯輝はまたその涙を吸い取るとそのままあやす様に口づけをした。精霊魔法に関してはまだ素人の自分の独断でぬか喜びさせても仕方ないだろう。まずは天理を発情状態から楽にしてあげなくては。
天理が落ち着いたところで唇を離し、自らもシャツを脱ぐと天理が簡易魔力委譲契約の契約印を互いの胸に施し、二人の間に一時の繋がりが形成された。

再び口づけから交わりを始める。やはり嬉しそうに応えてくれるのが嬉しくて、愛おしくて、侯輝は夢中でキスを繰り返す。天理が苦しくない程度に舌を差し込み絡め合うと、応える様に絡ませ返してくれた。
天理は侯輝と出会わなければ口付けが心地好いものであった事も知らずにいたのだろうと思うも、それが発情状態故にもたらされるもので自分が嬉しそうにしてるのも単に淫乱野郎なだけだとしたら、侯輝をぬか喜びさせてるだけなのでは無いかと思う。
ふ……と不安そうな顔を見せる天理の表情の変化に気付いた侯輝は安心させようと優しく微笑みかける。
「どうしたの?どこか辛い?何でも言って?」
「あ……その、キスとか俺の嬉しそうにしたり、感じたりしてる反応で、お前を喜ばせる事ができてんの、俺が今発情状態だからなんじゃないかって、不安に……」
侯輝は天理の言葉に一瞬きょとんとした後、破顔してその喜びのままに抱きしめた。嬉しくて顔が緩んでしまうのを抑えきれない。
(!!!天理可愛いぃ……!これ無自覚なの?)
「んっ!なっ……え?」
全身性感帯と化している天理はそれだけでもびくりと震えたあと、侯輝の突然の行動についていけず戸惑いの声をあげた。
「ねぇ、天理は俺を喜ばせる事ができないと不安になっちゃうの?天理は俺の事喜ばせたいって思ってくれてるの?」
(それってもう俺の事好きって事じゃないの?!)
愛おしそうに見つめながら天理にそう告げると、天理は恥ずかしそうにしながら俯きがちにポツリポツリと小さく答える。
「え?……そりゃ……お前には……喜んで欲しい……身勝手な願いだけど……できれば、好きでいて欲しいとは……」
(それってもう俺の事大好きだからあ!気づいて天理ぃ!!)
侯輝はできれば天理自身で気づいて欲しかった為、全部解決したらお返事頂戴と言ってしまった手前、侯輝は天理が自覚できていない心の奥底の想いに叫びだしたい気持ちを堪えながら、愛撫を続ける事にする。
「ありがと天理、不安にならなくてもいいんだよ。天理のその気持ちが一番嬉しいから。」
「んっ!でも俺……」
言いながら天理の乳首を軽く摘まむとビクリと身体を震わせながらもまだ不安そうにしていた。
「今はおかしな状態かもしれないけど、俺はどんな天理でも大好きだよ。まだ天理は癒さなきゃいけない時期だと思うから、今はただセックスは気持ちいいんだって、それだけ感じよ?ね?」
「そう、か……?ありがとな」
もう一度キスをすると天理はやっと安心したように小さく微笑んだ。
侯輝は天理を慈しむようにただただ気持ち良くなれる様に愛撫を続ける。
はじめての前回と違い少し余裕ができた侯輝は、発情状態とは言え天理の敏感な箇所に差異があることを探り当て、慣れない愛撫に反応する天理が可愛らしくてイヤイヤしてきたにも拘わらず調子に乗って重点的に愛撫を重ねていると半泣きで天理に顔を真っ赤にして怒られた。
「いい、加減にしろっ、……たく、何が楽しいんだか……」
下肢に手を伸ばしパンツごとズボンを脱がし、可愛いなぁと思いながら綺麗な脚に口づけて愛撫してまた怒られて、やっと後孔を解し剛直を埋めこむ。埋め込んだ剛直に慣れるまでの間のキスはやっぱり嬉しそうで、その表情が愛おしくてたまらない。
そしてゆっくりと動かし始めると段々と感じてきている様子で声が上がりそうになるが、やはり歯を食い縛った様に堪える癖はそのままだった。
「はっ、はっ、声、聞きたい、な」
「ん"んっ!んぁ!んっ!は、ぅ"……」
「無理言ってごめんね……」
激しく突き上げながらそう告げると、天理が恥ずかしそうにしながらも、その想いに答えようと何度か口を開きかけてはやはり長年の癖で食い縛ってしまい、少し辛そうにするので謝りながらキスをしてまた互いの口の中で声を響かせ合った。
「ん!ん!ん"んっ!んぅ!!」
「んん!ん!ん!んん!」
侯輝の肩に力無く捕まる天理の腕がそれでもきゅうっと侯輝を締め付け絶頂が近い事を伝えると侯輝は更に激しく腰を打ち付ける。
そしてその寸前侯輝は天理から口を離した。
「んん"ん"っあぁ…………っ!!」
「っ!くああ"っ!!」
絶頂に寸前に解放された天理の口は、食い縛るだけだった喉奥からはじめて艶やかな声を上げた。
そして侯輝もその強烈な締め付けと艶やかな声に導かれるように声を上げ天理の中に精を放つ。
(可愛い、天理、好き、大好き、もっと声聞きたい、愛してる、ずっと側に、俺だけの)
天理は快楽とはじめて上げた己の酷い嬌声に羞恥心で頭一杯になり、更に侯輝から放たれた精液を通じて侯輝の魔力と天理を誰よりも愛しく想う気持ちに押し寄せられ、気持ちいいやら恥ずかしいやら嬉しいやらで感情がぐちゃ混ぜになり真っ赤な顔で涙目になっていた。そして己の想いが確実に侯輝のものと重なりつつあるのを自覚する。
そんな様子の天理に侯輝はそっと触れるだけのキスをした。
「……天理、大丈夫?」
息もまだ整わず真っ赤になったまま少しぼぅっとしたままの天理の様子はとても艶っぽく、侯輝はつい先程までの激しい情事を思い出してしまい再び欲望に駆られてしまうのを必死で堪え天理を労る。
「ん……」
侯輝の言葉に小さくこくりと首肯で返す天理だったが、まだ少し混乱していてうまく話せないでいた。
侯輝はそんな天理の仕草に愛おしく思いながら天理を落ち着かせるように優しく抱き締め頭を撫でる。
「落ち着いたらシャワー浴びようね」
「ん……ありがと、な…おかげで発情状態は治ったし、体は、落ち着いてきたから」
「良かった」
「ああ」
侯輝が安堵すると短くもはにかんで答える天理が可愛くてついまた押し倒したくなるがぐっと我慢して抱きしめた。
「今日は、ホントありがとな。あいつとの儀式の日に、こんなにも憂鬱にならない日がくる事なんて、もう来ないって諦めてたから。お前には感謝しきれない」
「ううん、良かった、天理が少しでも幸せに近づいてくれるのが一番だよ。もう辛い思いなんて俺がさせないから」
「それで、あの…な、お前への返事なんだが」
「焦らなくていいからね、解決してからで……そうだっ!それでさっき言ったエレリウスとの契約の解除方法についての俺が思い付いた方法の相談なんだけ、ど…」
侯輝が全てを言いきる前に天理は侯輝の項に手を伸ばし引き寄せ、近づくと、はじめて自分から口づけをした。
「すまん、ちょっと逸りすぎた、その相談急いだ方がいいか?」
眼を丸くして驚く侯輝に恥ずかしそうに天理が言う。侯輝の契約解除も大切な話だとは思った。けれど天理には今沸き上がってしまった感情を確かめたくて考えるより動いてしまっていた。
「わ、えっと今すぐ始めなくてもいい、と思うけど……」
「あの、な、侯輝、お前から見て、俺が冷静じゃなかったら、止めて、くれ。俺……発情状態終わったって言うのに、お前に今、もう一回抱かれてみたいって、俺の、この気持ちは多分……ん……」
侯輝は天理の言葉より早く口づけをしていた。侯輝とて冷静でなど無かった。大好きな相手が抱いてくれと言っているのにそれを断ることなどできなかった。
「ん……侯輝……もっとくれ……」
そう言って自ら舌を差し出す天理の積極的な様子に侯輝は内心驚いた。恥ずかしがり屋の一面がある天理からは考えられない行動だったからだ。その姿は発情状態時よりも余程艶めかしく、混じりっ気の無い純粋な熱が籠った瞳で侯輝を愛おしそうに見つめていた。
「うん……嬉しいよ天理、大好きだよ」
「ん……おれも……」
そう言って再び唇を重ね愛し合った。それが二人の身も心も通じ合ったはじめての交わりとなった。


発情状態ではないはじめて素の状態で抱かれた天理はその感触に戸惑いながらも幸福を感じていた。何年も自分が望まない熱に強制的に浮かされ続け、二度とまともな交わりなど望めないと思っていたからだ。まだ歯を食いしばり耐え忍ぶ癖は抜けきらなかったが恥ずかしい思いをしながらも嬌声を響かせれば腹の中の侯輝の剛直がさらに固く大きくなり、天理は嬉しさのあまり泣きながらその身を震わせた。
侯輝はそんな天理を歓喜の想いのまま強く抱き締め、キスをして、何度も好きだと愛しい想いを心身全てでぶつけていた。
「侯っん゙あぁ!ああっ!ああっ……………!!」
「天理っあ゛っああっ!!」
天理は発情状態でなくても侯輝を喜ばせられた事の幸せと喜びと侯輝への恋慕を確かに自覚した。
再び互いから精が放たれ天理の中が再び侯輝の光と闇の魔力と想いで満たされていく。
(天理、大好き、もっとしたい。愛してる。滅茶苦茶に乱れさせたい。一生大切にしたい。閉じ込めてしまいたい。護りたい……)
「はぁっはぁっはぁっ……」
侯輝の想いはどんどん深く重くなってく。だが天理はそれも心地好いと感じてしまう己に呆れつつも受け入れていた。
「はぁ……はぁ……天理……天理……」
ぎゅうぎゅうと抱きしめながら頬ずる侯輝に天理はまだ体を震わせ幸福感に身も心も包まれながら微笑む。
侯輝はその護りたくなる微笑にぽぅとしながらも事後の天理のまだ残る色香に反応してしまう自己とのジレンマと戦っていた。
「ふふっ侯輝……お前まだ足りないのか?」
まだ埋め込まれたままの剛直が放たれた後だと言うのにすぐに固さをとりもどしつつあるのを身をもって感じ取っている天理はくすりと笑いながら問いかけた。
「ぅ、そ、そんな事ちょっとしかないよ!平気だよっ」
天理の笑みにまたドキドキしながらそう言って慌てる侯輝に天理は笑みを堪えられなかった。
「ふははっ、ちょっとってお前、俺を本当はもっと滅茶苦茶に乱れさせたいんだろ?ん?」
「あ!それはっそのっ!例えっ例えだからっ」
侯輝は魔力供給で意志が伝わってバレてしまっている事を思い出しながらも必死で誤魔化そうとする。そんな侯輝を見て天理はクスクスと微笑んでいた。
「お前が望んでくれるなら俺はいくらでも応たえたいんだ。俺も頑張るから、滅茶苦茶にして、いいぞ?」
照れながらも侯輝の頬に手を添えながらにこりと微笑む天理に侯輝はごくりと喉を鳴らした。己が愛した人は自分が思うよりも深い愛を湛えていて、満たそうとしているのだと。
(したい!したいけど!大事にもしたいし!でもおお!!)
「天理!」
「おう。」
誘われるまま欲求に逆らえずに再び侯輝が覆い被さると天理は迎える様に微笑みながら侯輝の肩に腕を回す。
「天理……あ、れ……」
「侯輝?………あ。」
そのままキスを…と思ったところで侯輝は力尽きた様に天理の腕の中で眠りに着いた。
二人は簡易魔力委譲契約中だった事を忘れていた。
天理に放たれた精液を通じて二回も魔力供給してしまい、抜かずにもいた為侯輝は魔力を天理に供給しっぱなしになり、たった今、侯輝は魔力が枯渇してしまったのだ。
「ぷっ…ははは、全く、締まらないな」
「ぅぅ…ん天理ぃ…好きぃ俺のぉzz」

天理の胴を抱きしめスヤスヤと眠りはじめてしまった侯輝の、精悍さはあるがまだ少しだけ幼さの残る頬をつんつんと指先で突きながら天理は微笑んでいた。
これ程までに誰かを愛おしいと思える日がくるとは夢にも思わなかったのだ。
「そうだ!早く抜かないと!どいてくれっ侯輝っ」
このままでは供給しっぱなしだと天理は眠りながらも引っ付いたままの侯輝をどうにか剥がして退かそうとする。
「この馬鹿力!筋肉重い!……んっ……ぅぅ……っ…………はりきり過ぎた……」
天理は侯輝をまた少し震えながらなんとか体内から抜け出させた。己の体内から零れ出る白濁に一人顔を真っ赤にしながら状況もわきまえず初めて己から誘ってしまった事を反省する。
軽くシャワーを浴び侯輝を軽く拭ってやってそのまま隣に横たわる。
どういう知覚をしているのか眠りながらもすぐに侯輝が名を呼びながら抱きついてきて、少し汗ばみつつもそのぽかぽかとした太陽の様な体温にくるまれていると、眠気が襲ってきて、天理は抵抗する事なく眠りに落ちていった。
(これからは俺もお前の夢が見られるといいな……)


翌日。天理が眼を覚ますと昨晩の己が今更ながら恥ずかしく……思う間もなく起き抜けから侯輝に泣きながら抱きつかれていた。
「うわーん折角天理がエロく誘ってくれたのに寝ちゃったよー!俺体力には自信あるのにー!」
「……仕方ないだろ魔力切れたんだから……その、またやればいいだろ?な?」
よしよしと侯輝の頭を撫でる天理に侯輝は赤くなって悶える。
「ぅ、うん。えへへ、そうだね、これからはずっと一緒だもん。よおっし!俺魔力も鍛えるぞお!」
「魔力は、ほとんど鍛えられないんだがな……俺もそれで苦労してるんだし……」
がーん!とショックを受ける侯輝に天理は再度よしよしと撫でる。
「儀式無しで普通にすりゃいいだろ。そういう関係になったんじゃないのか?俺達……」
「そうだね♡」
天理が照れつつ言えば、侯輝はとたんにぱぁっと顔を輝かせてと喜ぶのだった。

ホテルからチェックアウトしつつ早速エレリウスとの契約解除の話をしようと、二人で落ち着いた所で相談する為、天理の自宅に向かった。
自然がチラホラ点在する閑静な住宅街にあるマンションの、一人で住むには少しだけ広めの1DKの天理の自宅に入る。考古学者を目指していたという天理の部屋は、学術書や古文書などが整理された本棚と利便性重視の家具で小綺麗に整理されていた。ただリビングの向こうにある大きなウォーキングクローゼット部屋には服ではなく天理が趣味で集めている遺物コレクションが詰め込まれているのを侯輝は知っている。S.Gの内勤の女子の間で密かに人気がある天理だが、見たらちょっと引かれるレベルのコレクション量ではあった。以前来た時には存在していなかったコレクションがリビングに進出しているのを侯輝は確認したが触れると嬉々として考古学的見地による云々な話が始まりそうなので今はスルーする事にした。
「おじゃましまーす!」
「茶でいいか?」
「うん、あと大きな模造紙とペンあるかな?」
「分かった、ちょっと待て」
侯輝はこれから天理とエレリウスとの契約解除の相談に必要になるであろう道具を要求した。天理は書斎机と棚の合間からA3サイズの大きな白紙を幾枚か取り出し、それとペンを数本テーブルに広げる。そしてリビングテーブルを挟み真剣な表情になると侯輝と向き合った。
「やつとの契約解除の方法を思いついたって言ってたな?」
「うん、あ、あのねっ俺、正規の精霊術はまだ素人だから、うまくできるかわかんないんだけど……ぬか喜びさせちゃったらごめんね」
少し緊張しながらそう言う侯輝の頭を撫でながら天理は安心させるように微笑む。
「いいんだ、これからはお前が横にいてくれるってだけでもう俺は嬉しいんだ、大丈夫、話してくれ」
侯輝は天理の言葉に勇気づけられて「うん」と大きくうなずくと話を始めた。
「天理、俺、あの契約陣に闇の精霊術が紛れ込んでいるのが見えたんだ」
「は?そんな……俺にはそんな気配全く…」
驚愕する天理に、確かに昨日の天理の儀式の最中、契約陣から闇の精霊術が天理に伸び作用していた事、そして気づかなかったのはその闇の精霊術に"隠し"が纏われていた事を伝えた。にわかに信じられないといった表情をする天理に侯輝は言葉を続ける。
「信じて貰うしか無いんだけど……」
幼い頃から人々から嫌われる闇の精霊適正がある事をひた隠しにしてきた侯輝が不安げな顔をすると天理は慌てて誤解をといた。
「お前の事は信じてる!すまん、今、何年も気づかなかった自分の頭の固さ加減に呆れていたところだったんだ。俺は少し自分の力を過信しすぎていた。そうか…そういう可能性があったのか…それで解けなかったのか……クソ」
悔しそうに眼を瞑る天理に侯輝は優しく声をかける。
「ううん、信じてくれてありがと。"隠し"はほとんど一般には知られていないから。しかも結構念入りに隠そうとしてる様に見えたから適正のない天理じゃ難しいと思う」
天理はその優しい声に気を取り直すと同時におそらく侯輝があまり話したがらない闇の精霊術について話してくれた事を嬉しく思った。
「そうか…教えてくれてありがとな……しかしどうやって闇の精霊術を混ぜて……まさか」
ぶつぶつと思考を巡らせ何か思い当たったらしい天理に侯輝は声をかける。
「俺、エレリウスが天理とは別に闇の適正持ちと契約してるのかなって思ったんだけど」
「ああ、俺もそう思う。と、なると肝心の解除方法だが……」
「契約の解除は契約陣の術式を上書きすればいいんだよね?」
「ああ、その為には、俺も闇の精霊術が使える必要が、あって……その……」
「だったらっ俺と契約すればいいんじゃないかな?!」
もう自分でも思い付いているであろう天理が言い辛そうにしている言葉を侯輝は迷わず言葉にした。だが天理はやはり辛そうな表情のままでいた。
「契約ってよく分からないんだけど、俺じゃだめなの?闇だから、かな……?」
「違うんだ、もうお前には頼りっぱなしなのに、またお前に迷惑かけなきゃならないんだって思ったら情けなすぎるんだ……」
申し訳なさそうにする天理に侯輝は慌てて声をかける。
「俺がしたいんだから、させてよ!それにほら、俺も天理の精霊術使える様になるんでしょ!?天理の精霊楽しそうだし!力にならせてよ、ね?」
「分かった……すまん、俺と魔術契約してくれ、侯輝」
頭を下げ気落ちする天理に侯輝は切り替える様に明るく声をかける。
「うん!で、どうやるの?俺達も契約陣どこかに書くの?」
「ああ、どこでもいいんだが、契約陣は通常簡単には壊せない所に書くんだ」
「壊れたら困るんだね。え、じゃあエレリウスとの契約陣も壊せば解除できるの?」
「ああ、そうなんだが……精霊科の棟はS.Gの訓練施設と同じで魔法実験やらの衝撃から耐えられる様に結界礎石や精霊石を含んだ床材が使われててな……無理だって止められてたんだが……」
「やったんだ?」
少し遠い目をしつつ苦い顔をしながら思い切った過去を語る天理に今でもちょっとだけそういう所もあるんだよねと思いながら侯輝は質問する。
「若気の至りでな。儀式にかこつけて試して失敗した挙げ句ボロクソ馬鹿にされながら魔力供給させられるし散々だった」
「うわぁっそっか……もうそんな事にはさせないからねっ」
しかしその若気の至りは天理の手痛い心の傷の一つとなっており、また落ち込みそうになる天理を侯輝はぎゅっと抱きしめて元気づけようとする。
「ん……ありがとな。……さてどこに契約陣作ろうか。ただのマンションだけどうちでもいいか……でも引っ越せなくなるしなぁ」
うーんと悩む天理に侯輝はこれからずっと契約し続けてくれる前提でいてくれる事を嬉しく思いながら提案をする。
「ねぇ、俺の体に書いたりできる?」
「なっ、馬鹿言うなそこまでお前にさせられるか」
「ねぇ天理、俺との魔力供給で俺の気持ちは知ってるよね?俺、結構重いよ?その表れだと思ってくれていい」
侯輝が決意を込めた真剣な表情で天理を見つめると天理は頷き同じく決意を込めて見つめ返した。
「……分かった。ただし俺にも入れる」
「えっダメだよ天理の綺麗な肌に傷なんて!」
慌てて反対しようとする侯輝は天理に悪戯っぽく笑う。
「あのな、侯輝、多分だが。俺も結構重いんだと思う」
そう宣言されると侯輝は目を丸くした後、嬉しそうな顔をする。
「えへへ、じゃあ二人でなろ!」
そう言って侯輝は嬉しそうに笑うと天理を抱き寄せキスをした。

天理が魔術契約についてメリット・デメリット全てを侯輝に丁寧に説明し契約内容を相談、二人で決定したその内容に了承すると、二人は魔術契約の儀式に入る。互いに上着を脱ぎ半裸になり向き合い、指を絡ませ手を繋ぐと契約に織り混ぜる内容を互いに謳う。
一つは今回の目的でもあるエレリウスの契約破棄に向けての精霊適正の共有、相互の魔力供給、他は今後便利であろう契約精霊の貸与命令権限、短文の念話権限だ。
『我、侯輝との契約を結ぶ』
『我、天理との契約を結ぶ』
『『我らが胸にその契約と証を印す』』
二人の精霊力が二人の周囲に渦巻き二人の胸にその内容が刻まれた精緻な文字と神秘的な意匠の契約陣が刻まれていく。
「くっ…!」
「ぁっ!っぃ」
二人の胸に契約陣が刻まれ終わると更にその上から契約印がうっすらと浮かび上がった。そして見えない糸の様な繋がりが二人の間に出来た。契約陣は水土風火と光闇が意匠化され、均等に混ざりあうように描かれていた。侯輝はその美しい印こそ天理に相応しいと思え同時にそれがコンプレックスすらあった闇も含めた自分との印である事に歓喜した。
「ふぅ…これで契約完了だ。さすがに胸に直は痛いもんだな。ふふ、お前との契約印はこんな感じになるんだな……どうだ?変な感覚とかないか?」
「不思議な感覚……えへへ……嬉しいな」
「そうか……良かった」
天理がほっと一息ついていると。気づけば侯輝の回りに天理がいつも呼び出す契約精霊が各々興味深そうに集まっていた。
『もう知ってるよな?俺はウィン!あんたも俺らの召喚主になんの?精霊使い荒いなぁよろしくな!』
『ブラムだ。魔力はあまり無さそうだが居心地は悪くなさそうか?ふざけた呼び方はするなよ?』
『僕はガノだよ♪キミ主の事大好きだよねー?!ねえねえ主もねぇモガモガ』
『私、シア……あるじの……たいせつ……』
「わあ凄い凄い!みんなよろしくねー!」
主である天理を介在させず好き勝手挨拶をし触れ合う精霊達に侯輝も嬉しくなって笑顔で応える。
『お前ら俺放置で好き勝手すんな!ガノ、余計なこと言うな!挨拶もういいだろ還れー!』
再びシャツを着たのち、ガノの口を塞ぎつつ少し恥ずかしそうに還そうとする天理に、精霊の一部がぶーぶーと文句を言いながら消えていく。侯輝は笑顔で手を振り名残惜しそうに見送る。
「またねー。……じゃあ天理も光と闇の精霊使役できるんだよね?あの……天理こそ大丈夫?」
闇の精霊は心に作用する事が多く、使役者の精神を蝕む事がある。侯輝はそれゆえに今まで積極的に使役する事を避けていた。天理は試しに呼んでみた小さなふよふよ浮かぶ光球と闇球になんだかじゃれつかれている様に見えた。
「ん?おお、俺も今までとは辺りが違って見えるな、光と闇の精霊の強弱が強くなったというか……ふふっ……ちょっと賑やかになった、なんだか面白いな。お前みたいだ」
楽しそうに微笑しそう評する天理に侯輝は自分が褒められた様でくすぐったい気分になる。
「えへへ……そっかぁ……良かったぁ」
「ん。これであとはやつとの契約陣を解読して上書き詠唱したら解除できるはずだ。しかしいきなり現地で解読解除は少し自信ないな……あいつは解除させたくないだろうし……不自然にならないように何回か通うしかないか」
「それなら俺バッチリ頭に叩き込んできたよ!それも伝えたくて。意味は分かんないから丸暗記だけど」
侯輝は言いながら白紙を手に取る。
「でかした侯輝!本当に助かる!ちょっと待て俺の知ってる契約陣まで先に書くから」
「うん!」
侯輝はシャツを羽織りつつ、天理が白紙にエレリウスとの契約陣を書き記していくのを見る。天理にとってはもう見るのも嫌であろうその契約陣が今度こそ消せるようにと侯輝は思った。
できあがった契約陣に侯輝が現地で丸暗記した闇の精霊術による契約術式を書き足していく、静かに見守っていた天理だったが徐々に怒りに震えだし侯輝が書き終わるととうとう爆発した。
「くっそ!!全部!全部あの野郎の仕込みだった!しらばっくれやがって!8年間ずっとずっと俺は……!」
「天理……俺が居る……俺が天理を助けるから……だから泣かないで……」
俯き拳を握りしめ、自分の不甲斐なさに歯を食いしばり今にも泣きそうな天理を侯輝は優しく抱きしめる。悔しかった。悲しかった。天理がこんなにも苦しんでいたのに何も知らずにいた自分が許せなかった。しばらく抱きしめていると落ち着いた天理に問いかけた。
「言いたくなかったらいいんだけど…エレリウスとの契約の闇の精霊術の部分って何だったの?」
「っ……主に3つ。まず一定期間ごとの精霊力異常を俺に付与する事、そしてその異常となる時間のリセットは奴との契約陣上で奴から魔力供給を受けた精霊術放出儀式に組み込まれている事。そして……奴から魔力供給を受けると魔力回復するまで発情状態になり自力での魔力回復が大幅に阻害される事。これが闇の追加内容だ……」
今まで天理に起こっていた原因不明の現象は契約時の不具合などではなく、全て仕組まれていた事だった。
「な……何それ!何のメリットがあるの!そんなの!」
「思いつくのはエレリウスが俺を定期的に通わせて全力の精霊術を行使させたかったからだろう。やつも言ってただろ?精霊適正を借りることができても、俺が直接精霊術行使すると出来が違うって。俺の在学時から精霊科への編入に拘ってたからなあの野郎。手元に居ない俺を縛り付ける契約が欲しかったんだろう」
「そんなの酷いよ!それにじゃあ最後の一つは何なの!精霊術行使の協力させたいだけなら必要ないじゃん発情なんて!エレリウスって変態なの?!天理に恨みでもあんの?!」
「そこは……多分なんだが、エレリウスの思惑じゃないと思ってる。あいつは魔力供給は仕方なくやってる感じだし……」
「そういえばそんな事言ってた。魔力供給要員として来ていいなんて言うくらいだし拘って無さそうだった」
「ああ。まだ推測だがいつも主に俺を魔力供給してる男が一枚噛んでるかもしれない。……多分そいつが闇の適性持ちだ。そいつがエレリウスと契約してて俺とエレリウスの契約に条件を入れさせた可能性はありそうだ。好んで俺とやってそうだし行為がけっこうキツイやつでな……可能性はあると思う」
天理は魔力供給で受けた闇の精霊力が侯輝と同じだった事でそう判断していたが侯輝を思いそう気づいた理由は伏せた。
侯輝はエレリウスとの先日の会話でそれらしい事も言っていた事を思い出し、納得した。と同時に天理を傷つけ続けてきた男に殺意すら沸いていた。かつて姉が傷つけられた時の様に。
「じゃあそいつが変態って事だね。何年も天理を苦しめて!どこにいんのそいつ、殺してやらないと!」
何より俺の天理を汚し続けたのは万死に値すると、侯輝は普段は抑えている自身の闇の精霊力が乱れるのを止める気がおきなかった。
「落ち着け侯輝。まだ推測だしそいつを今更どうこうしても俺とエレリウスの契約解除はできない。お前の手を汚させたくない。」
侯輝と契約した天理には侯輝の闇の精霊力が乱れているのを今ならはっきりとみて取れた。侯輝を鎮めたいと天理は侯輝の手を握り、優しく語りかける。
「俺の為に怒ってくれるのは嬉しいけどな。俺は大丈夫だ、俺にはももうお前がいるから。それにお前のお陰で契約解除の道筋もできた」
天理は侯輝の目を真っ直ぐに見つめて微笑む。それはとても綺麗な笑顔で侯輝は見惚れてしまう。その笑みは侯輝を安心させるもので侯輝は落ち着きを取り戻した。
「うん。そうだよね。ごめん。俺ちょっと耐えられなくて」
「いやいいさ。なあ侯輝、これまでの8年間の事はもうどうしようもないけど、この俺とお前の契約陣の様にこれからは俺のこの体も…そのっ、お、お前で、上書きしてくれないか?」
天理は胸の契約陣に手を添え、言いながら顔をどんどん紅くしながら恥ずかしそうに侯輝に請うた。侯輝はその意味を理解し天理の体を抱きしめた。
「う、うん!もちろんだよ!俺、天理の事ずっと大事にするから!8年先もその倍の倍の先もずっと!」
「ふはっ流石に俺その頃じじいだなあ。」
嬉しそうに笑う天理に侯輝はキスをした。
「そんなの関係ないよ。きっとおじいちゃんになっても天理は可愛いから」
侯輝は愛おしくて堪らないという表情で天理を見詰める。
「可愛いは無いだろ…ありがとな。えっと、じゃあ契約解除決行は次に奴に呼ばれた時に……ん。おいまだ相談の最中で」
侯輝は愛おしい感情が抑え切れず、天理を再び口づける。
「だって天理可愛いもん……本当はすぐにでも乗り込んで解除したいけど……怪しまれて警戒されるだろうから……次回呼び出し時にしようって事だよね?……」
「ん……ん……そう、だよ。って相談するかキスするかどっちかにしろ!」
話ながらあちこちキスの雨を降らせる侯輝に抱きつかれたまま天理は顔を真っ赤にして抗議する。
「んーあとは相手が相手だし、シミュレーションして何かの時の為に俺達の契約の連携取れるようにしておく、くらい?」
「……そうだな。…………相談かよ」
小さくポソリと呟く天理に侯輝は嬉しくて頬が緩むのを止められなかった。
「ごめんね相談終わり!天理が大好きなキスしよーね♡」
「ちが!!待て、わ」
恥ずかしそうに視線を逸らす天理をもう押し倒してしまいたい侯輝だったが、流石に昼だとぐっと堪え、天理の唇に優しく触れるだけの口付けをする。
「ね、今からどこか遊びにいこーよ!デートしたい!」
「……いいけど。でも、俺、デートとかもはじめてで……休日はお前も知っての通り遺物博物館やジャンク屋巡りばかりで何もわからないんだが……」
天理は俯きながら困った様に言った。
「じゃあ俺がエスコートしてあげる!俺が天理の初めての男だね!」
「なあ、どうせならお前の事もっと知りたい」
侯輝は嬉しくて堪らないという表情で天理に抱きつかと、天理は侯輝の背中をそっと擦りながら言う。
「え……えっと……俺は……」
自分の事。自身の闇の精霊術の事を思い、侯輝が戸惑っていると天理は慌てて侯輝に謝る。
「すまん。言いたくない事は言わなくていい。俺の過去の話を聞いたからってお前まで話さなきゃいけないわけじゃないしな」
「ううん、聞いて欲しい……俺の事。そうだ、デートって感じじゃなくなっちゃうかもだけど一緒に来て欲しい所があるんだ。いいかな?」
真剣な表情で言う侯輝に天理は頷いた。


二人は家を出ると、侯輝に連れられて車で郊外へ向かう。
少し丘になった小高い場所に墓地があった。多くの墓石が静かに並ぶ中を近くの花屋で買った花を携え、静かにだが慣れた様子で進む侯輝の後を天理は黙ってついていく。そして侯輝は夏侯鏡と記された墓石の前で立ち止まると親しい人に話しかける様に墓石に告げた。
「久しぶり、神我見姉。今日は俺に大切な人ができたから紹介するね。天理って言うんだ」
そして天理に向き直ると侯輝は優しく微笑む。
「紹介するね。ここに眠ってるのが神我見姉。俺の姉ちゃん。俺が生まれてから唯一味方だった人なんだ。あ、俺、本当の名前は夏侯輝って言うんだ。もう名乗る気無いけど」
侯輝はそう言いながら少し枯れかけくたびれた花を片付け、新しい花を供え祈りを捧げた。
天理は侯輝もまた複雑な生い立ちをしている事を察する。そしてここに眠る神我見と呼ばれる故人が侯輝の大切な人だった事はわかったので同じように祈りを捧げ心の中で故人に丁寧に挨拶と侯輝への想いを告げた。
「ありがと」
暫くして目を開けた侯輝は小さく微笑んだ。そして墓石を眺めながら語り始めた。
「俺の生まれた家はね、結構由緒正しい神事を司る一族でね、時折光の御子って呼ばれる力を持った男児が生まれる家系なんだって。そして御子が産まれるってお告げを受けて俺は待望されて生まれてきたんだけど、母さんは産後の肥立ちが悪かったらしくて俺の事を生んですぐに死んじゃった。光と闇の両方の適性のある子供なんて今までいなかったらしくて、そんな俺が生まれた事で一族中大騒ぎになった。やれ不吉だの忌み子だの母さんが死んだのは俺のせいだの言いだし始めて、母さんの死もあって父さんは凄いショック受けて俺の事憎みはじめてね……俺は遠縁の親戚の人に預けられて育ったんだ」
侯輝はそこまで言って一度息をつくと苦笑しながら続けた。
「忌み子と言われても本家筋の人間だったからか一応ちゃんと育ててはくれるんだけどさ、やっぱり腫れ物扱いっていうか、闇の力を持つ俺の事怖がってるんだよね。俺はできるだけ怖がらせない様に光の適性持ちでもあるんだよーって元気にアピールしたり、武術も勉強も頑張ったりしたけど、やっぱり本当に親しくしてくれる人はいなかった。年に何回か一族で集まりがあっても俺だけいつも一人ぼっちでさ」
寂しそうな表情で語る侯輝に、天理もなんと言っていいかわからずただ聞いていた。
「でも神我見姉だけは俺の事ちゃんと見てくれて、俺が住んでる親戚の家に様子見に来てくれたり、遊びに連れて行ってもらったりした。俺が寂しくて今思えばちょっと危険な悪戯しようとしたら本気で怒ってくれた。俺にとって唯一の味方で、母親の様な人だった。俺が闇の適正があっても曲がらずに生きてこられたのは神我見姉のおかげだと思う」
「良い姉さんだったんだな」
墓石を見ながら懐かしそうに話す侯輝に、天理は告げると侯輝は嬉しそうに微笑む。
「うん。でも……俺が14才の頃だった。裏町で発生した悪霊騒ぎを鎮める為に出向いていた神我見姉を俺、こっそり追いかけてったんだ。早く一人前になって一族の連中を見返してやりたかったから仕事覚えたくてさ。神我見姉の悪霊退治自体はすぐに終わったんだけどその帰り、連続強姦魔に襲われてさ、俺とっさに飛び出していったんだけど何をされたか分からないままにあっけなく返り討ちにされて。気を失って……気づいたら身動きとれなくて……神我見姉が……目の、前で……」
侯輝は言葉を詰まらせると拳を強く握りしめた。天理はその手をそっと包むと侯輝は言葉を振り絞る様に続ける。
「ありがと……神我見姉は俺が人質にとられたせいで……そいつに……めちゃくちゃにされて。俺、目の前が真っ暗になって、ずっと抑えてた闇の精霊力が暴走して……そいつは逃げてったんだけど、暴走する俺を鎮める為に神我見姉が命がけで止めてくれて。急いで本家に連れて帰ったんだけどもう手遅れだった。俺のせいで……神我見姉が……」
涙する侯輝を天理はそっと抱き締める。
「お前がすぐに飛び出してっちまうのは変わらないんだな。責めてるんじゃないぞ?」
天理は先日自分を助けるために一人助けに来た侯輝を思い出しながら頭を撫でる。
「ぅん……。それで俺は家から追い出されたんだ。俺も当然だと思ったし、むしろそうしてくれって思ってた。もう引き留めてくれる神我見姉もいないしね。アテも無くさ迷っていたら神我見姉の友達の人達が少し助けてくれて住むとこ確保させてくれたから後はいろんなバイトしてなんとか食い繋いで。そんな時S.Gの募集を見て。これだって思ってがむしゃらに頑張って今に至るんだ」
「そう…か。大変だったな侯輝」
自分ではどうにもならない生い立ちと大切な人の喪失。その辛さを知っている天理はその気持ちを察し心から労わる。普段明るく振る舞う侯輝のその心中を思うと胸が痛くなった。
「うん。あのね、神我見姉って天理に結構似てるんだ。神我見姉は綺麗な黒髪でね、涼しげな顔立ちの清楚な美人だった。いつもは真面目なんだけど照れたように笑うと凄い可愛んだ。でも芯が強くて、自分の信念は曲げなくて」
懐かしむ様に話す侯輝に天理は苦笑する。
「そんないい人と似てるとかお前俺を過大評価し過ぎだろ……」
「そんな事ないよ?毅然としてかっこいいなと思ったらどこか天然で可愛いとか。凄く無理して頑張っちゃうとことかさ」
嬉しそうな笑顔を見せる侯輝に対し天理の顔が赤くなりそっぽを向いてしまう。
「あ、俺は天理を神我見姉の代わりとして見てるんじゃないよ?そういう感情で言うなら全然違う。天理は本当にはじめて愛おしいって思った人なんだ。今日はね、最期まで俺の事を心配していた神我見姉に、独りだった俺にも大事な人ができて、この人を生涯かけて護る、幸せにするよって……誓いに来たんだ」
涙ぐんでいるのか声も震えている侯輝。天理は黙って背中を撫でた。暫く沈黙した後言葉を続ける。
「…………俺ね、ずっと怖かったんだ。また闇の精霊力が暴走したらと思うと誰にも言えなくて。天理があっさり俺の闇の力受け入れてくれた事すっごく嬉しかったけど、俺と契約した天理までこの力で辛い思いしたらって思うと……」
天理は少し腕を緩めると侯輝を見つめて言った。
「俺な、最初にお前の闇の力を受けた時、正直怖いって思ったんだ。8年間理不尽に受け続けた力と同じだったから」
その言葉に侯輝は身を固くする。しかし天理は穏やかな表情で侯輝を見つめながら続きを話す。
「でもな、侯輝の闇の力は優しいんだ。眩しすぎるくらいの光と共に、暖かい闇が俺の凍りついてた心を温めて溶かしてくれた、本当に嬉しかった。だから、俺もお前の力になりたい」
「ありがと…、でもね、俺が弱いせいで力を制御できなくなって天理を危険な目に遭わせたくないんだ……」
そう言って微笑む天理に侯輝の緊張していた身体から力が抜けるもののまだ頭垂れ悲しげな顔を見せる侯輝に天理は元気付ける様に覗き込みながら語りかけた。。
「まあ、俺も弱いさ。それなのに一人でどうにかしようとしてお前に助けられるまで何もできなかった。なあ侯輝、お前の闇の力だって二人でかかれば何とかなるんじゃないかって思うんだ。お前が俺を想ってくれてるみたいに俺もお前を護りたい」
「う、うん……」
侯輝は少し顔を赤らめて天理の気持ちに嬉しく思いながらもまだ不安そうに俯く。
「それに闇の力の暴走の事も全く勝算が無いわけでもないんだ」
「え?!そうなの?どんな方法?」
天理の言葉に即嬉々として聞いてくる侯輝に天理は苦笑しながら答える。
「そんなに期待される程自信も無いんだが…お前と俺の魔術契約で魔力の融通可にしただろ?で、お前が暴走しそうになったら俺が強引に魔力を吸い上げる」
「そっか。俺正気じゃなさそうだし、魔力が無きゃ闇の精霊力暴走させようがないね!あ、俺自身が暴れてたらどうしよう……」
侯輝は天理との魔術契約時、魔力の融通は基本許可制だが申請時に応答が無い場合、目減りはするが強奪可である事の説明を受けていた。侯輝は天理が相手なら良いよと二つ返事で返し天理を呆れさせていた。
「そこも、だな、念和も可にしただろ?直接心に問いかければ鎮めてやれないかな…と。俺の問いかけで鎮めてやれるか分からないが……」
「うん!分かった、それなら大丈夫だと思う!」
侯輝は少し自信なさげに言う天理の手を握りしめ嬉々として答えた。
「お、おう……なんでお前の方が自信たっぷりなんだよ……」
天理は侯輝のテンションの高さに若干引きつつ苦笑する。
「だって天理の心の声が聞こえるんでしょ。その気になればいつでも俺のすぐ側に天理がいるんだって思ったら、もうそれだけで大丈夫だって思えちゃった」
そう言って笑う侯輝を見て、天理は少しだけ頬を染めて俯く。
「そ、そうなのか……?まあ、お前が大丈夫だって思ってくれるならそれだけでも良かったが……」
侯輝はそんな天理の様子にニコニコと微笑む。
「俺の事大好き、愛してる♡っていっぱい言ってくれればすぐ正気に戻れると思うんだよね!」
「緊急時に愛の囁きなんてできるか!」
すっかり元気を取り戻しいつもの調子に戻った侯輝に天理はホッとする間もなく顔を真っ赤にして言い返す。
「あはは!冗談だよ!それじゃそろそろ帰ろっか。神我見姉にも十分俺達の仲の良さを分かって貰えたと思うしさ!」
天理は墓前だったことを思い出して慌てて姿勢を正した。
「あ、ああ、そうだな」
「うん!じゃあ、またね!神我見姉!」
「また、二人で来ます」
そう言って侯輝は墓に手を振り天理は小さく頭を下げ故人に挨拶を告げると墓を離れる。
いつもとは違う涼やかで心地好い風が静かに吹いていた。

[newpage]
二人は改めてデートしよう!と街に出た。侯輝ははじめての恋人繋ぎに恥ずかしそうにする天理を終始ニコニコと嬉しそうにレストランに市場にと連れ回した。
辺りがオレンジ色に染まり帰巣を促す。
「楽しかったね!」
侯輝が笑いながら天理の手を引いて歩く。侯輝がはしゃぐのが面白くてつい年甲斐もなく一緒にはしゃいでしまったのを少しだけ反省していた天理は、それでも嬉しげな侯輝を見て、ふっと笑った。
「ああ、そうだな」
「!えへへ。ねえ、今晩はうちに来ない?前食べさせ損なった料理も振る舞いたいしさ!」
「ぉ、おう。じゃあ馳走になる。楽しみだな」
侯輝が天理の笑顔に一瞬見とれつつ、すぐに嬉々として天理を誘うと天理はその夕飯の後の事を想像してしまい恥ずかしくなってしまった事を誤魔化す様に少しぶっきらぼうになりつつ答えた。
エレリウスとの魔術契約により強制的に発情させられ、侯輝とはやむを得ず体の関係から先に始まってしまった天理にとって、今日の昼のデートも初めてだったが夜の導入も初めてなのだった。いつもはなし崩し的にSEXさせられていた天理にとって、営みの為の雰囲気作り等想定した事がなかったのである。
「あ、酒はあるか?」
侯輝の家へと向かいながら、天理はどうしていいか分からず咄嗟に酒の力に頼る事を思いついて口にしたものの、心中で自分で安易すぎる自分に突っ込みを入れた。
「あるよ!合うのがあるから任せて!」
侯輝は天理の様子が少しおかしい事に気が付きつつも、天理の願いを叶えるべく張り切って応えた。
「ぁ、ああ。頼んだ」

「俺んちにいらっしゃーい!」
「おじゃまする……」
(天理、いつもより緊張してる!?可愛い!)
天理は侯輝に促され内心緊張しながら侯輝の住むアパートに入った。キッチンを横目にしながら通路を通り、部屋に入ると一人暮らしにはやや余裕のある広さの部屋には小さなソファにテーブル、本棚、壁際にはギターが立て掛けられており、天理は時折耳にする侯輝の歌がここで作られているのかと感慨深く思いながら部屋を見渡す。奥のベッドは意識してしまいそうなのでひとまず見なかった事にした。
「適当に座ってて!今日は俺に任せてね!美味しいご飯振る舞っちゃうよ!」
「ああ……ありがとう」
侯輝が鼻歌を歌いながらエプロンを着けて台所に立つと、天理も上着を脱いでハンガーにかけ、座って待つことにした。

「ふぅ……」
天理は料理を手伝うつもりが有無を言わさぬ笑顔で先手を打たれ手持ち無沙汰になってしまった。ふとあまり意識しないようにしていたベッドのヘッドボードに、本棚から出されたらしい本が数冊置かれていた。
何気なく、一見地味に見えた一冊を手に取ってみると、それは所謂B.Lと呼ばれるジャンルのもので、成人指定らしく慌てて元の場所に戻そうとすると、表紙の帯の小さな文字が目に入った
『年下攻め』
(なっ!)
つい魔が差して中表紙を見れば大型犬を彷彿させるような金髪大柄の青年が堅そうな印象の黒髪の美青年を嬉しそうに後ろから抱き締めていた。
(な、んか俺達に近いな……)
どうせならセックスの導入の参考にならないだろうかとぱらぱらと捲る。が表紙では堅そうに見えたどうやら学者らしい黒髪の方は意外とSEXに抵抗がなく生物的欲求として積極的に誘っており、奉仕なども行い年下の金髪がたじろぎつつも喜んでいた。
(うわ……あまり参考にならなかった。俺にはハードルが高すぎる……だが侯輝がこういうのが好きだとしたらどうする……)
そう思いながらページをめくると、今度は黒髪が金髪をベッドに押し倒して騎乗位で腰を振っていた。
(えぇ……こっちはもっと無理だろ……?!)
儀式として処理的に、もしくは支配的にバックか正常位しかやった事が無かった天理は頭を抱えた。
(でもこれを愛読してるって事は期待してるよな?あいつの事は喜ばせてやりたいし……やるしかないか……)
「お待たせー!できたよ!」
天理が悶々と悩んでいると声がしてキッチンから山盛りの大皿と小皿を器用に持って侯輝が現れる。天理は深刻に悩みすぎていたのか、いい匂いが部屋中に漂っていたことに今頃気づくと慌てて本を元に戻した。

「お、おう!いい匂いだな」
「でしょー?前一緒に食べたやつのアレンジ版だよ!天理の好みだと思うんだ♪」
「凄いな…うまそうだ」
侯輝がテーブルの上に大皿を置くと天理が感嘆の声を挙げた。茄子と味噌の炒め物、大根と豚の生姜焼き、ほうれん草のおひたし、豆腐とワカメのスープなどが並ぶ。
「あとお酒ももってくるね」
極東の血を濃く引いていたらしい天理はその見た目通り和食が好きらしく、嬉しそうに頬を緩ませた。侯輝がキッチンから戻ってくると手にはグラスと日本ワインが握られていた。
「天理に食べて貰いたくて奮発しちゃった!さぁ食べてみて!」
天理が小皿によそわれた食事を頂きますと言いながら口に運ぶのを侯輝はどうかな?と期待を込めた眼差しで見つめる。
「うまい……!この間の料理屋のよりお前が作ってくれたのが好みだ、ありがとな」
「やった!このお酒もこの料理に合うんだよ」
嬉しそうに箸を進める天理に侯輝は笑みを深くしながら今度は日本酒の入った瓶を取り出すと天理のグラスに注いだ。
「お……これいいな……美味しい」
「でしょ♪でしょ♪俺も頂きまーす!」
それから二人は他愛のない話をしながら楽しく食事をした。
天理は飲みやすい酒と肴のずっと楽しそうな侯輝のお陰で杯が進む。普段はさほど飲まないものの実は酒豪レベルで滅多に酔わない天理だったが、まだどこか緊張していたからか少しだけほろ酔いになりつつ、腹を満たしていた。
「えへへー幸せー」
「ははっ、ごちそうさん。美味しかった。お前、いー嫁になるぞー」
「俺はお嫁さんになるより、天理にお嫁さんになって欲しいな」
天理は酒が混ざり先程までの緊張をすっかり忘れて楽しげに笑う。天理の冗談めかした言葉に侯輝はにこにことしながらも目だけは真剣な瞳で返した。
「っ……ふはっ!何だよそれ。俺料理こんなにできないし、お嫁さんって柄でも無いだろ……」
「料理は俺が教えてあげられるし、それより俺は優しくてかっこよくて綺麗で可愛い天理みたいなお嫁さんが欲しいな」
一瞬間をおきながらも吹き出し、笑いながら否定する天理に、侯輝はじっと見つめてふわふわと微笑みながらも真剣味を更に増した瞳で見つめ続けた。
「お、前なぁ……俺見てどうやったら可愛いとか……」
「ほら、可愛い」
そんな侯輝に天理はもう笑って返す事ができず、恥ずかしそうにたじろぐと困った様に目を逸らした。
「しょ、食器洗うなっ」
「あ、俺もやるー……」
天理はにこにこと嬉しそうな侯輝から逃れるように空になった皿を素早く重ねてキッチンに持っていく。
侯輝は慌てて立ち上がり天理を追うが、既に皿を流しに置いた天理がこちらを睨んでいた。
「食事の礼だっこれくらいやらせろ!」
「はぁい。お願いするね」(照れ隠しも可愛いな)
ぴしゃりと叱られ大人しく任せる事にした侯輝だったが、照れ隠す様にカチャカチャと丁寧に食器を洗う天理が可愛らしくて後ろに回り込み後ろから抱き締めた。
「おいこら」
「えへへ。邪魔はしないからさ。……ね、泊まってくよね?」
「っ……あぁ。着替え、貸してくれ」
侯輝に耳元で囁かれ、ガシャッと音を立てて洗いかけの皿を落としそうになった天理は顔を赤くしながら小さく返事をする。
「やった!じゃあお風呂沸かしてくる!着替えも用意しとくね!」
嬉しそうにそう言って離れていく侯輝に天理はほっと一息ついた。抱かれる事自体は同じなずなのに、初めて抱かれる様な感覚が天理を覆う。儀式としてのセックスしかした事がなかった天理に恋人同士の性交は未知の体験だった。
「お待たせ!お風呂セットしたよ!お先どーぞ!着替えは出るまでに置いておくね」
天理が食器を片付け終わり、内心落ち着かないまま無意味に携帯機をいじりながら部屋で待っていると、そう言って浴室から戻ってきた侯輝が風呂へと促してきた。
「お、おう。ありがとう」
鼻歌を歌いながらタンスから着替えを選び出している侯輝を横目に、天理は促されるまま風呂へ入った。

天理は服を脱ぐと浴槽に浸かる前にシャワーを浴びる。これから抱かれるであろう体をオシャレなボトルに入ったソープで丁寧に洗い、恥ずかしく思いながら後ろを解しておく。
洗いながら天理はこれまでの儀式の前を思い出す。何も考えず諦めたように事務的に洗い、受け入れる為に解しておくだけだった。儀式をして自分の意思に反して勝手に発情状態にされ、ベッドに連れられると後は魔力供給儀式として様々な男達に抱かれた。時折嘲笑されながら勝手に上がりそうになる声を歯を食い縛り必死に堪え、早く終われと願うだけの時間だった。
それが今は違う。
侯輝に抱かれると思うだけで鼓動が速くなり、熱くなる。セックスがこんな思いをするものだなんて知らなかった。
身体を洗い終えると湯船に入る。肩まで浸かり目を閉じて息を吐く。
(もっと早くに侯輝に出会えてたら……いや、過ぎた事を考えても仕方ないな。今、俺は幸せだ。侯輝とこうして一緒に居られて、愛されて、抱き合えるんだから。これから頑張ってあいつに喜んで貰えるようにしないとな)
そう思い、ふっと笑みを浮かべた。
風呂から上がると脱衣所に置いてあるバスタオルで水滴を拭き取り、用意された着替えに袖を通す。それは侯輝が普段着ているTシャツとハーフパンツだった。丈はさほど問題無かったが肩が余っている。
(体格いいもんなお前……)
そう思って苦笑いした。

「待たせたな、出たぞ」
「うん、じゃ、俺も入ってくるね」
Tシャツとハーフパンツを着て出てきた天理を見て侯輝は嬉しそうに笑う。少し肩布を余らせ自分の衣服を身に纏い、すれ違い際には普段使っているソープの香りがほのかに漂う。湯上がりで火照りしっとりとした雰囲気もあいまって侯輝の胸は高鳴らざるをえなかった。
(うわぁエロい……わ、落ち着けまだ早いまだ早い!)
侯輝はシャワーを浴びながら起ち上がりそうになる自身に冷水を足しながら言い聞かせる。が、湯船に浸かり先程まで天理が浸かっていたと意識してしまうとどうにもならなかった。
(ぅぅ……そうだ!ジャイアントラットが一匹……ジャイアントスパイダーが二匹……そういえば天理ホントは昆虫苦手だけど強がってるの可愛いんだよね……えへへ……違う違う!イルミナコープスが三匹……)
侯輝はなんとか自身を抑え風呂から出、着替える。落ち着かせようと風呂上がりの水分補給に冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し一気に飲み干した。そのままペットボトルを持ったまま部屋に戻ると、天理はベッドで脚を組み腰掛け携帯機を何やら真剣に眺めていた。
天理は男同士のセックス前雰囲気作りを必死で検索していたのだが今役に立たない既知の挿入の解説ばかりで焦っていた。
(あ、そういえば、なんて声かけよう。天理マッサージしてあげるね♪?……なんか違う気がする!)
「ぁ、出たか。えっとお疲れ?」
天理は侯輝の風呂上がりの音に気付き顔を上げ携帯機を置くと、部屋の入り口でペットボトルを持ち微妙に落ち着かない雰囲気の侯輝にやや混乱したまま声を掛ける。しかし内心その自身の微妙な声掛けに呆れていた。
「うん。飲む?」
「ああ、少し、貰う」
侯輝はハッとするとその瞬間もう考えることをやめた。えへへと苦笑いしながら天理にペットボトルを渡しベッドに近づく。一口飲み込む天理の隣にそっと座りペットボトルを置いた天理の手を握る。ピクリと反応する天理だったが、侯輝の手を握りそっと返した。
「えへへ、なんか初めてみたいだね」
「ん…ま、実際最初からやるのは初めてだしな」
「やった。天理のはじめてだ」
にこと笑う侯輝に天理は少し目を伏せて寂しげに呟くように言う。
「どうせなら体の初めても…お前にくれてやりたかったけどな」
「その気持ちだけで嬉しいよ天理。それにこれからは全部俺が独り占めしちゃうからね」
「ん……」
二人は見つめ合うとどちらからともなく唇を寄せ合いキスをした。最初は触れ合うだけの。そして腕を伸ばし引き寄せ合うと深く口づけを交わす。舌が絡みあい互いの唾液が混じりあう。
「ふ……ぅ……ん……」
「はぁ……天理……好き……愛してる……」
(大好き大好き天理)
「俺……も……」
ただただ好意をぶつける侯輝の心地好さに天理は難しく考えていた己を嗤う。くちゅくちゅと音を立てて絡めていれば互いの体に熱が籠っていく。抱き締め合う中、侯輝の興奮がどんどん膨れ上がり文字通り下腹部が今にも爆発しそうな事に気づいた天理はそっと侯輝を押し離す。そして侯輝の前に膝をつき侯輝のハーフパンツに手を掛けようとしたところで侯輝は驚くと慌てて制止した。
「え?ちょ、ちょっとまって!何するの?」
「何って……舐めるんだが」
「え、えええ!」
「何だ……俺にされるのは嫌だったか?」
天理は先程の本に描いてあったので期待しているのかと思い、初めての行為に覚悟を決めて挑んだが、早とちりしたのかと少し気落ちしてしまう天理に侯輝は慌てて否定する。
「や!そうじゃなくて、やって貰えると思わなかったからびっくりしちゃって。嬉しい……お願いしまぁす」
「そうか!はじめてだから下手クソだと思うが…じゃあ頑張るな」
顔を赤らめてお願いする侯輝に否定された訳では無いと分かると天理はパッと表情を明るくして微笑した。
(天理可愛い……)
天理はよしと気合いを入れると侯輝のハーフパンツに手を掛け下着ごとずり下ろし、侯輝の剛直を取り出した。
「うーん、全部含むのは無理か……?あー……あむっ」
天理は侯輝の剛直の大きさに改めて感心しながら顎に指を当て、口を開けてみても入りきらないと判断しつつ、とりあえず先端を口に含んだ。
「うわっ!」
「ん?どうした?おかしかったか?」
「な、なんでもないよ!俺もはじめてだからびっくりしただけ」
「ああ、そうか。おかしかったら遠慮なく言ってくれ、イイ所も。覚えたいからな」
「う、うん」
慌てる侯輝に天理は口を離し見上げるとふーふーと息を整えながら答える侯輝に納得したように呟く。そして
侯輝が落ち着いた事を確認するとはんむと先端を口に含み、とりあえず自分の気持ちいい所を思い浮かべつつ舌先で探ってみる事にした。
(うわぁ……気持ちいい……!ヤバイよぉ……)
初めて感じる快楽に侯輝は思わず腰を引きそうになる。目を瞑り懸命に奉仕してくれる天理というだけでもう爆発しそうだったが、もっと見ていたくてなんとか堪えた。
「はぁっ……ふっ……ぅ……っ」
天理は漏れ聞こえる侯輝の吐息から悪くは無いのだろうとは思いつつ、様子を伺おうと口に含んだまま目を明けチラリと侯輝を見上げてみた。そこには顔を真っ赤にして歯を食い縛りながら必死に耐えている侯輝がいた。
「ん……痛かったか?」
「ち、違うよ!とっても気持ちいいよ!」
天理が心配になって口を離すと侯輝は慌てて否定した。
「そうなのか?よかった」
ほっと安堵して愛おしそうに微笑し、再び侯輝の剛直を口に含み目を瞑り奉仕を再開する天理に侯輝は体の芯からぞくぞくと悦びが込み上げるのを感じる。
(うわ……もう、たまんないよ)
侯輝が嬉しさを伝える様に天理の頭を撫でると天理は嬉しそうに頬を緩めた。
「あっ……そこ……」
「む?」
「うっ……あ……気持ち、いい……はぁっ……」
侯輝の反応を見て、天理は先端を舌で舐めながら竿部分を手で擦る。剛直から漏れ出る先走り液と天理の唾液が混ざりぐちゅりと卑猥な音が響いた。
はじめての行為に不安があった天理だったが悦んでくれている侯輝の様子に安堵し嬉しく思う。喉の奥に絡みつく様な感覚と独特の匂いに戸惑うものの、それでも嫌悪感はなく、むしろもっと味わいたいとさえ思う程恍惚とした気分になっていた。
「くっ……はぁ……天理……も、イッ、ク、天理、離してっ……あ"ああっ!」
天理は侯輝の限界を感じ、ラストスパートをかけるとどくっと天理の口の中に精が吐き出された。侯輝はぎゅっと目を瞑り苦味に耐える天理の口から自分のモノを引き離させティッシュを乱雑に引き抜き渡す。
「はぁっ、はぁっ、ごめん!早く出して!」
「っ……ん"っ!ゲホッゲホッ」
天理はその苦味に少し涙目になりながら意を決して飲み込んだが、喉に絡みつく様な感覚に思わず咳き込む。
「だ、大丈夫!?無理に飲まないでっ」
侯輝は慌てて天理にミネラルウォーターを渡す。天理はごくごくと水を飲むと落ち着いたのか、大きく息を吐いた。
「ふぅーー……はは、頑張ればいけると思ったんだけどな」
「頑張ったよ!もう、無茶しちゃダメだよ」
苦笑する天理に侯輝は胸がいっぱいになると引き寄せて優しく抱きしめた。
「ん……わかった。」
「でも、すっごく気持ちよかったよ。ありがと」
「そうか、それならよかった」
ほっとした様に微笑む天理に侯輝は胸が締め付けられるような愛しさを感じた。
(ああもう、なんでこんなに可愛いんだろう……好きだよ天理……大好き……)
「ん…どうした?」
愛おしすぎてただぎゅうぎゅうと抱き締めていると天理が不思議そうな顔をする。
「ううん、なんでもないよ。そうだ!俺もやってあげるね」
「えっ!お、俺はいいって!」
「気持ちよくしてもらったお礼。ね?」
やる方ばかり考えていた天理は想定外の申し出にたじろぎ遠慮しようとするも、口調は優しくも絶対やるんだという侯輝の強い意思の元、天理は侯輝の願いを叶えてやりたいという気持ちに逆らう事ができずされるがままになった。
「ぅ……じゃ…頼む……」
天理がまた初めての行為に羞恥で死にそうになりながら大人しくなると、侯輝は嬉しそうに鼻歌交じりながら天理のハーフパンツと下着を下ろし、天理の立ち上がりかけているモノを取り出すと楽しそうに笑みを見せた。
「えへへ、綺麗だし天理のも結構大きいよね、がんばる。じゃ、いただきまーす」
天理がはじめて自分のモノを褒められてどう返そうかとまごまごしている内に侯輝は天理のモノを口に含み舌を這わせながら手で扱く。後ろでの経験は多く自慰も無いわけでは無かった天理だったが、初めての感覚と刺激に必死で堪える。
「くっ!……はっ……ぁ……」
「ひもちいー?(気持ちいい?)」
「んっ!喋らない、でくれっ」
「ん、ぼめんん(ん、ごめんね)」(可愛い♪)
「だっ……っ……」
天理は突っ込みを入れたところで変える気が無い侯輝を諦め堪える事に専念した。侯輝は悪くは無さそうな反応を示す天理に気を良くしながら口を離すと、今度は裏筋を下から上に舐め上げる。
「んっ!っ……」
「ここ、弱いんだね」
天理の反応を鋭く感じ取り侯輝は先端を口に含むと舌先で尿道口を刺激するようにちろりと嘗めた。
「んん……!ん……!」
「気持ちいい?」
「ん……き、気持ち、い……」
「よかった」
恥ずかしそうにしながらも感想を告げる天理に侯輝は嬉しく思いながら微笑むと再び口に含んで舌を這わせる。天理は未知の感覚に戸惑いながらも、気持ちよさに腰が揺れてしまった。段々と気持ちよさが増してきて、思わず声が出そうになるも、なんとか堪えた。
「ん……ふぅ……んっ」
「ん……ん……」
(腰揺れてる、可愛い……)
侯輝はそんな天理を見て、もっと気持ちよくしてあげたいと、強く吸い上げたり、舌を動かしたりしてみる。繰り返す内に侯輝は天理の絶頂を察知し速度を上げ更に強く吸い上げた。
「んっ!くっ!侯、輝、も、離、」
(いって天理)
「んんっ!く、ぁっ!!……」
「んっ……ゴクリ……ふふ、ごちそうさま♡」
侯輝は喉の奥へと放たれたものを飲み込む。そう言って微笑む侯輝に、達したばかりで息の荒い天理は顔を赤くしながら非難した。
「はぁっ、はぁっ、馬鹿、飲み込むな、そんなの」
「えー天理のだし。あ、ポイントはね、舌に乗せずに一気に飲み込んじゃう事かも」
「なっ……!そ、そうか、じゃあ次は俺もそうする……」
レーと舌を出し説明する侯輝に一瞬呆れた天理だったが、顔を少し赤らめつつも頷いて次の機会に向けて決意をする。侯輝は何事にも勤勉な姿勢を見せる天理にらしさを感じ、されどそれが自分に向けてのみである事に喜びを感じる。
「俺が好きでやってるんだからね、天理は無茶しちゃダメだよ」
「む……だったら俺がお前を喜ばせたいと思うのだって好きにやらせてくれてもいいじゃないか……」
少し唇を尖らせながらポソリと呟くように言う天理の言葉を聞いて、侯輝は胸がまた高鳴る。
「ありがと、でも気持ちだけで嬉しいからね♡」
(ほんと可愛いな♡)
「む、ん……」
まだ文句を言い足りなさそうな天理の口を塞ぐようにキスをして、そのまま味わう様に絡めるとほどなくして大人しくなっていく。吐息を漏らしながら熱がまた籠り互いにじっくり味わい、ゆっくりと離れていくと、二人の間に銀の糸がかかった。頬を染めすったり呆けた顔を見せる天理に侯輝はゴクリと喉を鳴らした。
「続き……いいかな?天理」
「ん……」
侯輝は恥ずかしそうに目を反らしながらもコクリとうなずく天理をそっとベッドに仰向きに横たえ、その上に覆いかぶさるようにして抱きしめる。
天理はこれから愛する男との交愛にどうしても鼓動が早鳴るのを納める事ができず羞恥で頭が一杯になるとまたぎこちなく身動ぎすることしかできなくなっていた。
(緊張してる天理も可愛いけどリラックスさせてあげたいな……そうだ、もっと安心させてあげなきゃ……!)
侯輝は天理のドクドクと脈打つ首筋に唇を寄せ、舌を這わせると、じんわりと香る天理自身を味わいつつ想う。そして所在なげに手をシーツの上で彷徨わせて戸惑う天理の手を取り優しく笑いながらキスをした。
乙女を相手取る王子かの様にキザっぽくも優しく微笑む侯輝に天理は一瞬目を見開くと、少しだけ落ち着いたのか恥ずかしげに苦笑する。
「……ふふっお前ってホント、そういうとこあるよな」
「ん?おかしかったかな?」(笑ってくれた!でもちょっと違うような?)
侯輝が考えた、天理をカッコ良く優しくエスコートして夢見心地の中で気持ち良くしてあげるんだ作戦はその思惑を少し外れ天理の心を酔わせるというより擽る結果となっていたが、天理を想い行動に映す侯輝の姿は天理の心を解きほぐし、すっかり天理は愛おしそうな顔になるとクスリと笑った。
「まぁいいから」
首を傾げる侯輝を他所に、天理は侯輝の頬を撫でながらキスをする。
「抱いてくれ」
(わ……あ……!)
侯輝の想いに触れ緊張が解かれた天理はそれでもまだ恥ずかしさで頬を染めつつも、ふわりと笑い誘う。天理の瞳に映るのは愛しい男の姿のみ。侯輝は一瞬その姿に見惚れたのち、微笑み返した。
「うん。俺の全部をあげるよ」
天理はこんな自分にそう言ってくれる男を、自分もただ捧げ愛すればいいのだとようやく彷徨う想いを一つにすることができた。
「俺の好きなとこ触ってていいからね」
「ん。じゃあ……脱げ」
天理は侯輝の肌に触れたくて何と言っていいか分からず、情緒無く言ってしまってから、自分が恥ずかしい事を言った事に気が付き、真っ赤になった。
「あはは!うん、いっぱい触ってね」
侯輝はそんな天理を可愛いと思いつつ、Tシャツとハーフパンツを一気に脱ぎ捨てる。下は先程達した事など無かったかの様にまた隆々と起ち上がっており、そして逞しい胸には天理との魔術契約の証である契約陣が刻まれているのが見えた。天理がその印を見て嬉しそうなされど辛そうな想いを混ぜた複雑な表情を浮かべる。
「天理の肌も見たいな。脱がさせてね」
「あ、ああ……」
侯輝はその表情から天理の思いを察しつつも敢えて触れずに天理のTシャツに手をかけ脱がし、ついでパンツもハーフパンツ毎脱がして、お互い一糸纏わぬ姿になった。天理の胸ににも侯輝と揃いの契約陣が刻まれている。ただうっすらとだがエレリウスとの契約印も見えた。
侯輝はそれが悔しかったが、言えば天理が一番辛いであろう事を思い、それには触れずに自分達の身に刻まれた互いを結ぶ契約陣だけを思う。侯輝は天理の上に覆い被さるとその裸体を抱き締め、うっとりと呟いた。
「やっぱり天理の肌は綺麗だね……凄くドキドキする」
「んっ……俺は……お前の方が綺麗だと思うが……」
侯輝が天理の首筋に吸い込まれるように唇を寄せ軽く吸い付いくと、天理はぴくりと震えながら侯輝を抱き締め返す。羞恥で褒められた事を素直に受け取れ無い天理は手を侯輝の肩に滑らせ撫でながら言葉を返した。
「えへへ、ありがと♡」
侯輝が褒められた事が嬉しくて素直に笑みを溢し礼を言うと、天理は素直に返せぬ己に羞恥を覚えまた恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
唇で首筋から鎖骨を辿り、胸の突起を口に含む。舌先で転がし優しく吸うと、天理は小さく吐息を漏らし、感じているのか身を捩った。
「ここ、感じる?」
「ん。」
「良かった」
小さく頷く天理に侯輝はもう片方の乳首を指で摘まみ、くりっと捻る。天理は体にゾクゾクと走る今だ慣れぬその感覚に戸惑い、小さく声を上げながら侯輝の肩の上に置いた手をその戸惑いを示すかの様にぎゅうと握り締めた。
侯輝はそのまま暫く両方の乳首を交互に愛撫し、天理の徐々に高まっていく反応を窺う。ふと、その乳首の間の心臓の上に描かれた二人の契約陣を舌でなぞってみた。
(俺と天理の繋がりの証……)
「あっ!……!?」
すると天理は想定外に強く反応を示した為侯輝は驚いた。何より当の本人が一番驚いていた。
侯輝はもしやと思い再度契約陣に舌を這わす。
「あぁ!えっ、待っ……!や、あっ!」
侯輝が天理の体の契約陣を舌でなぞる度に天理の体に性感帯を刺激された様なゾクッとした震えが走り、堪らず天理は侯輝の頭を押し退けようとするが、侯輝はその繋がりの証が天理を悦ばせているのが嬉しくなり、そのまま執拗に舐め続けた。
「ぁ!も!馬鹿、ぁっ!やめっ!」
涙目になってきた天理が可愛くてもっと苛めたくなる侯輝だったが、これ以上は嫌われかねないと名残惜しげにじゃあ最後にと強く吸い上げてキスマークを残す。
「ああっ!!」
「天理……可愛いっ痛ぁ」
「馬鹿!」
侯輝が天理のその姿にうっとりとしていると、涙目のまま天理に頭を叩かれた。
「ごめんなさぁい」
「ほんとしつこい……自分で触ってもなんとも無いのに……」
弁明する侯輝に呆れた様に天理はじっと見つめた後、胸の契約陣を手で押さえつつ呟いた。
「俺が触れたからだといいな♪」
「な、」
天理は顔を真っ赤にさせると、そっぽを向いてしまった。
(可愛いなぁホントにそうだったらいいなぁ)
「……しつこくしてごめんね。続きしちゃダメかなぁ?」
天理はしょぼんとしてお願いする侯輝がでっかいゴールデンレトリバーみたいで可愛く見えてしまい、苦笑しつつ「いいよ、やってくれ」と許してしまった。
そう思っていたら、侯輝の顔がパァッと輝くと同時に尻尾を振る幻覚まで見える気がした。
「じゃあ次は下ね!」
と容赦なく脚を割りローションを手に取り後孔へと手を伸ばす。
(でも忠犬ってタイプじゃないよな……嫌じゃないが)
天理は少しだけ和んでいた気分を急いで切り替えた。
「わ……と、その、大丈夫だと思うが、その優しくしてくれ……」
「うん!任せて!」
侯輝は嬉々として返事をすると、指を一本ずつ入れじっくりと慣らしていく。二本、三本と増やし前立腺を捉え、まだ戸惑いぎみに声を漏らし呼吸が乱れていく天理に侯輝はつられたように興奮し、嬉しそうに見つめながら、丁寧に丹念に解していった。
天理はじりじりじりじりとと昂られていく己の体に困惑していた。
(何だ、これ……)
今までの強制的な快楽では感じられなかった、じっくりと山を上らされている感覚。もっとずっと深くて、熱くて、蕩けてしまいそうで。自分の意思で止められないのは同じでも体の奥底が求めているのが自覚できると恥ずかしくて堪らない。ちらりと見れば自分の乱れていく様を呼吸を荒くしながら凝視する侯輝と目が合い、恥ずかしさで更に感度が増し侯輝の指を締め付けてしまい、余計に羞恥を煽られてしまう。
「もう、いいかな……?」
「ん。きて、くれ」
真っ赤になりながらこくりと頷くと、侯輝は「入れる、ね」と天理の脚を抱えゆっくりと挿入する。
痛みはない。ただ圧迫されて苦しい。けれどそれ以上に満ち足りた気分だった。
「全部、入ったよ。大丈夫?」
「ん……侯輝……」
天理は頷き、両の手を伸ばし侯輝の首に腕を回すと嬉しそうに笑う侯輝を引き寄せキスをした。
「えへ……幸せ」
「俺もだ」
二人は微笑み。もう一度深くキスをした。
「じゃあ、動くね」
そう言うと侯輝は腰を動かし始めた。
最初はゆっくり、次第に早く。
「んっ!……くっあ!……ふっ!」
「はぁっ、天理、無理にとは、言わないけど、声、聞きたい、な」
やはりまだ食い縛りがちな天理に侯輝は息を乱しながらお願いする。
「あ、ぅ、ん!ぁ!あ!あ!」
「ああっ、うん、そう、はっ、我慢しなくて、いいんだから、ね」
天理が段々と声を漏らし始め、嬉しそうに微笑む侯輝。恥ずかしさはあったが侯輝が喜んでくれるのが嬉しくて天理は声を少しずつ上げていく。侯輝がそれに応える様に腰の動きを早め、侯輝もまた感じている事を伝える様に喘ぐ。二人の声が入り混じり、結合の水音が響き、互いの吐く熱い呼吸が混じり合う。
「侯、侯輝、侯輝」
絶頂が近づき、天理が侯輝に回した腕に力が籠り、うわ言の様に名前を呼ぶと侯輝は嬉しそうに応える。天理はそれが嬉しかった。
「天理、好き、好きだよ、愛してる」
「俺、も、、だ、侯輝」
侯輝が獣の様に声を上げ果て、天理が声なき声を上げ果てた。
二人を繋ぐ見えない契約の糸から互いを想い合う意識が微かに流れ込み、互いの心を満たしていく。目を瞑り荒い息を吐き抱き合いながら幸福感に浸り合った。
「侯輝……ありがと、な」
「こちらこそ、だよ」
優しく微笑む侯輝に天理は顔を赤くしながら目を逸らす。
「あ、あのな、侯輝」
「ん?」
首を傾げる侯輝に天理は口を開きかけては閉じるを繰り返す。天理は永きに渡り凍りついていた心から侯輝によって溶け出し、まだきちんと口にできていない侯輝へ想いを言葉にしようと試みるが、何かが喉の奥に絡み付いた様に上手くいかない。徐々に辛そうにする天理に侯輝は優しい笑みを浮かべる。
「天理、ゆっくり待ってるから、伝わってるから、ね」
侯輝は天理が単に恋愛に不慣れなだけではなく言葉にしきれない理由を契約の糸から伝え来る想いから察していた。まだ天理の心をエレリウスとの契約が絡め取っており、侯輝への謝意からまっすぐに伝えられない事を。
「っ……ぅ」
「天理、天理は俺が救ってくれたって思ってるかもしれないけど、それは俺も同じだからね?何より俺は天理が大好きで、天理が俺の傍にいるだけで、それだけでいいから」
「侯輝……っ」
天理は胸が締め付けられる様な感覚にまた歯を食い縛り泣きそうになる。
「泣かないで。ね、キスしよう、天理」
侯輝はそっと指先で天理の目尻に溜まった涙を拭い、優しく微笑む。
慰めのキスをして、それからまた深く愛のキスをして、二人はまた混じり合った。
侯輝は大丈夫だよと自分の愛情を受け取って貰おうとただただ愛し、天理はそんな侯輝の優しさに甘え、せめて応えようと必死に愛し、愛され、愛を深めた。
気を失うように眠りについた天理の寝顔を眺め、侯輝はこの愛する人が幸せになれる様、まずは何がなんでも天理とエレリウスとの契約解除を成功させようと心に誓った。

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