空想と太陽の物語3
侯輝×天理
父と歴代巫女は呼べたが。母は呼べず。
そして新章0話
侯輝:「お先でーす!」
天理:「お疲れ様です」
侯輝と天理は外回り巡回任務を無事完了させ報告書を提出するとS.G社屋を出て帰路につこうと駐車場までの小道を移動していた。
夏侯継:「輝、話がある」
侯輝:「!」
天理:「?」
突如話しかけてきたその声に侯輝は姿を見ずとも誰なのか分かった。振り返ればそこには侯輝が知り想定よりも老けた侯輝の父親がいた。久しぶりにまみえた父は、侯輝が遺伝した同じ金髪には早くも白髪がまざり、長身であるが故か細く見えがちな体格は以前よりも更に細く見えた。簡易の神官服を聢と身に纏い、神官として清廉とした気と威厳を放っているが、その表情は硬く険しいものだった。
侯輝:「父さん……」
天理:「!あ、」
侯輝の父親は、現れた人物が侯輝の父と知り挨拶しようと口を開きかけた天理を碧玉の瞳で一睨みすると、侯輝に向き直り口を開いた。
夏侯継:「場所を移すぞ。君にも来て貰いたい」
侯輝:「え!天理にも!?」
夏侯継:「そうだ」
天理にも付いてくる様に促す夏侯継に侯輝が不安そうに慌てるも天理は大丈夫だと頷いた。
侯輝:「……わかった」
駐車場から少し離れた路地裏にたどり着く。その路地裏に入ろうとした瞬間その空間だけが少し異質になっている事に天理は直感で気づいた。
侯輝:「人払いの神術だよね?」
夏侯継:「そうだ。入ってきなさい」
先に進んだ夏侯継は奥まで進むと振り返り侯輝の問いに頷いた。天理は幼なじみが使う神術ともまた少し異なるそれに興味深く観察したいところだったが、状況を鑑みて即気を引き締めた。天理と侯輝は奥まで進むと侯輝が警戒しながら口を開いた。
侯輝:「……なんの用?」
夏侯継:「輝、お前にはとことん失望した。まさか男と付き合うなど……!たとえ闇の力があろうとも、お前は確かに月の神の啓示を受けた光の御子なのだ。お前には一族の血を存続させる義務がある」
侯輝:「知らないよそんなの!俺は天理以外と結ばれるつもりないからね!」
夏侯継の言葉に青ざめる天理を見て、侯輝は父に対し激しい憤りを感じて叫んだ。
夏侯継:「天理さんと言うのかね?君には悪いが、輝には一族の血を絶やさぬ様子供を作る必要がある。輝とは別れて貰いたい」
侯輝:「聞かなくていいよ!天理」
天理は少し思いつめた様に考え込んだ後、夏侯継に深く頭を下げた。
天理:「……申し訳ありません。そちらにも深い事情があるとお察し致しますが、俺は侯輝を愛しています。彼と離れる気はありません」
天理の返事を聞き、侯輝は顔を輝かせ、夏侯継は顔をしかめた。
夏侯継:「……どうしても無理なのかね?」
天理:「はい。ご期待には添えません」
侯輝:「天理……」
天理は顔を上げ真っ直ぐに答えた。侯輝は感謝の意を込めて天理の手を握りしめ父を睨んだ。夏侯継は溜め息をつくと首を横に振った。
夏侯継:「……そうか。ならば輝、天理さんと別れろとは言わない。一族の巫女と交わりせめて子だけ残せ」
侯輝:「やだよ!俺天理以外となんて絶対嫌だからね!そんな話をしに来たならもう帰る!」
夏侯継のあまりの提案に侯輝は声を荒げ、困惑している天理の手を引き帰ろうと踵を返した。
夏侯継:「させん!お前が是とするまでここから帰さぬ!月の神よ、今ひとたびこの地を封じたまえ!」
侯輝:「わっ!」
夏侯継がたもとから神術を記した符を取り出し、祝詞を唱えると路地裏の狭い空間が清廉なる力に包まれた。路地裏から出ていこうとした侯輝が不可視の力に阻まれる。
夏侯継:「輝よ、光の御子の存続は我が一族の使命!おとなしく準ずるのだ!」
侯輝:「俺はもう勘当されてるんでしょ!力尽くでだって聞かないよ!『光と闇の精霊!ここを破って道を開け!』」
侯輝は光と闇の精霊を喚び出すと通路側の不可視の壁に向かい放つ。しかし、壁はビクともせず、精霊達は弾かれてしまった。夏侯継は侯輝が光とそして闇の力を行使している事に一瞬驚いたものの、すぐに平静を取り戻す。
天理:「……」
夏侯継:「!……無駄だ。この結界は神の御力により場を隔てるもの、そう易々と破れはせん」
侯輝:「……こうなったら倒してでも通ってやる!天理、援護して……」
神の力を破る事は難しくとも術者を打倒すれば、その術の効果も消える。侯輝か父へと拳を構えた時。
天理:「侯輝、なんか通れそうだぞ」
侯輝:「え?」
様子を伺い、不可視の壁近くで何やら小さく呟いていた天理からの言葉に侯輝は驚き振り向く。見ると確かに不可視の壁に力場が薄れたと感じられる穴が空き人が通り抜けられるくらいの穴が開いていた。侯輝が飛びかかろうとするも余裕で構えていた夏侯継が少し崩れた符と結界に目を見開き驚愕する。
夏侯継:「な、馬鹿な!」
侯輝:「よく分かんないけど、さっすが天理!行こ!」
天理:「あ、ああ」
侯輝は喜びながら勢い良く駆け出した。
夏侯継:「逃がさん!」
夏侯継は慌てて新しい符を取り出すと結界を張り直し、二人は逃がさない様にしようとしたが、既に天理も走り出しており間に合わない。
侯輝:『闇の精霊!闇の帳を下ろし俺達を包み込め!』
侯輝は天理が結界を出た事を確認するとすぐさま闇の精霊に指示を出し、自分達の周りに夏侯継からの視界を遮る様に闇の幕を張りそのまま駆け出した。
夏侯継:「待て!輝!」
夏侯継は叫び声を上げ闇の幕を神術で払いつつ、必死に追い掛けようとするが、視界があける頃には二人の姿は見えなくなっていた。
侯輝:「ああもお何あの人!今更ノコノコ出てきてさ!天理以外と子供作るだなんてなんて冗談じゃないよ!」
夏侯継からなんとか逃げおせた二人は天理が運転する車で自宅へと向かっていたのだが、先程の夏侯継の事を思い出して憤慨していた。
天理:「まあ、親父さんにも事情があるんじゃないか、代々続く神事の家系なんだろ?」
ハンドルを握りながら落ち着かせるように天理は侯輝に声をかける。
侯輝:「そんなの俺もう関係ないもん……それに、天理を傷つける様な事言ってさ。ごめんね、天理」
拗ねつつも謝罪する侯輝。
天理:「気にすんな。俺は大丈夫だ。それより……お前こそ辛かったんだろう?無理するな」
心配そうに優しく声をかける天理の言葉を聞き侯輝は涙ぐむと顔を伏せる。
侯輝:「う……うん……ありがと」
そんな二人を乗せた車は夜の闇を走り抜け二人の自宅へとたどり着いた。家に入るなり侯輝は天理の胸に飛び込み甘える様に抱きついた。
侯輝:「天理ぃ……俺絶対天理と別れるのも、天理以外と子作りなんてするのも嫌だよぉ……」
天理:「ん、俺だって侯輝と離れるのは嫌だよ」
天理は侯輝の頭を撫でながら困った様にしながらも優しい声で語りかける。二人は見つめ合うと自然に口付けを交わした。
心が不安定になりぎゅうぎゅうと抱きついてくる侯輝が落ち着くまでしばし好きにさせ、やっと空腹を思い出したところで侯輝が「ごめんね」とおずおずと天理から離れ食事の準備を始めるのだった。
天理:「お前の親父さん、あれで諦めたって事無いよな?どうするんだ?」
食事が終わり少し落ち着いたところで先程の話を切り出す。
侯輝:「だと、思う。でも俺の方だって父さんのいう通りにするつもり無いし、また力尽くでくるなら容赦しないんだから!」
闇の適正を持って産まれたがゆえに幼少の頃から忌み子として厭われ、理不尽な形で勘当された侯輝はどうしても感情的に反発してしまう。
天理はそんな侯輝の気持ちを察しつつ、力で対抗したとしてもこのままではお互い平行線であろう事を思い解決策を模索しようと思考する。
天理:「なあ、お前の一族の光の御子ってのは絶対継がないとならないものなのか?」
侯輝:「分かんない。俺ほとんど神事に関わらせられなかったし、俺自身、光の御子だって言われても自覚ないしさ。神我見姉も聞けば教えてくれたけど、役目を押し付けてきたりはしなかったから」
今、神我見に聞けば教えてくれたかもしれないが、侯輝の役目を知りながらも静かに成り行きを見守っていてくれていた姉はもう、己のせいでこの世にはいないのだと侯輝は沈痛な面持ちで語る。
天理:「いっそ月の神にでも聞ければいいんだがな」
侯輝:「神の啓示を受け取れるくらい敬虔な巫女だったっていう死んだ母さんや神我見姉なら聞けたかもだけど。俺、光の御子とか言われてるのにその辺全然なんだよね」
侯輝は父なら何か知っているだろうかと思案するが、父の考えは理解できないと首を横に振る。
天理:「そうか……光の御子がただの想像物とかだったら良かったんだが。うーん。期待薄だが少し調べれるかな。ひとまずまた来ても逃げるか帰ってもらうしかないか……」
侯輝:「うん、迷惑かけてごめんね。あ、逃げるで思い出したんだけど、さっき父さんの結界から脱出する時、どうやったの?」
天理:「ああ、あれか?神術ってのは精霊術と別と思われてるけど根本は同じだって前土護が言ってたのを思い出してな。結界をよく見たら光の精霊が……なんかわっちゃわっちゃしてるのが視えたから話しかけたんだ」
侯輝:「結界って話しかけられるものなんだ……それで?」
侯輝は少しだけ唖然としながら続きを促した。
天理:「まあお前と魔術契約してるから光の精霊と話せたんだと思うけどな。それで精霊が身内なら通してくれるって言うから侯輝は術師の息子だって説明したら開けてくれた」
侯輝:「それだけなの?!え、なんかもっとこう、すごい技使ったのかと思った」
拍子抜けする侯輝に天理は苦笑する。
天理:「何だよそれ。俺、大技は使えないの知ってるだろ」
侯輝:「だってぇ……えぇ……話せば分かるのものなの?結界って。あれ?じゃあ天理はなんで通して貰えたの?」
侯輝は驚きつつも普段天理の精霊との親和性を考えればむしろその方法にらしさを感じた。
侯輝の疑問に天理は少し照れたように応える。
天理:「それは……その、俺はその侯輝と契約もしてる……"身内"だって言ったら通してくれた」
侯輝:「精霊ザル過ぎない?!」
精霊による身内判定の適当さに呆れて反射的に叫んでしまうも、"身内"の辺りで照れが最大になった天理を見て思わずニヤける。
天理:「ま、まあそのお陰で逃げられただろ。話せば分かってくれる結界で良かったよな。神術の術式が同じなら次からはお前だってできるはずだ。だから……わっ」
その結界を作り出していたお前の父親も話せば分かるのかもしれないと言おうとしたところで、感極まった侯輝にぎゅうっと抱き締められていた。
侯輝:「大好き♡天理」
天理:「あっこらっ……風呂っ」
侯輝は先程までの怒りや沈んでいた気分はすっかり消え失せて、今はただ天理への愛情が溢れ出す。
天理:「んっあっ……あっ……」
浮き沈みが激しい恋人に流されないよう必死で嗜めなんとか風呂に誘導したが、一緒に入った後、体を互いに洗い合っていれば泡にまみれて不埒に延びてきた手に逆らえず、天理は侯輝に後ろを弄られながら口付けを受けていた。
天理:「ふぁ……ん、駄目、だって……ぁぅ」
侯輝:「駄目じゃないもん、天理も欲しそうにしてるもん」
侯輝の言葉通り、後ろを弄られながらも自らも求める様に腰を揺らす天理は快楽に蕩けた表情を浮かべる。
天理は夏侯継の出現で荒れがちになる侯輝を宥めつつも、自分もその要求に心の底で不安になり、不安を埋める様に求めてしまっているのだと頭の片隅で自覚した。
天理:「あ……ああ……侯輝、好き、好きだ」
侯輝:「俺も……天理が好き、絶対離れない……」
後ろを解され、既に前も反応し始めている天理は淫らであると恥じ入りつつも早く早くと求めてしまうのを止められないでいた。それに応え侯輝もより激しく指を動かすので余計感じてしまい、つい言葉にも出してしまう。
天理:「あ……あ……だめだ……侯輝……お前のが欲しい」
侯輝:「うん、あげる。いっぱい飲み込んで?」
切なそうに侯輝の雄を求める天理に侯輝は指を引き抜き風呂の縁に掴まらせると、後ろから自身の昂りを天理の蕾に押し当てた。
天理:「あっ……んんっ……くっ……うっ」
そのままゆっくりと押し入れられ、天理は求めていた質量に身体中が歓喜の声を上げる。よく響く浴室に、天理の喘ぎ声が反響して聞こえ、恥ずかしさで頬を染めるも、侯輝が耳元で囁いた。
侯輝:「もっと聞かせて?天理の可愛いところ」
天理:「あっ……ああ……侯輝……好き……だ」
侯輝:「ああっ、俺も、大好き、だよ、天理っ」
天理:「あっ……んっ……んんー!」
二人の荒い息づかいと快楽に喘ぐ声が反響して響き渡る。キスを求め合い、二人は互いに舌を差し出し絡め合いその度にぴちゃりと音が鳴り、互いの唾液を交換し合った。やがて頂点に達しようとすれば天理は中へ侯輝の精を求め、侯輝は腰を押し付け最奥に精をはなつ、その刺激で天理も達し、白い飛沫を飛ばした。
絶頂を迎え脱力した天理は浴槽の縁に掴まりながらも崩れ落ちそうになるが、侯輝に支えられる。
侯輝:「無理させてごめんね、大丈夫?」
天理:「……ん」
まだ快楽の余韻に浸っているのか、とろんとした表情の天理は艶っぽく、また直ぐに反応してしまいそうだったが、明日の仕事を鑑みこれ以上は負担をかけてはいけないと我慢する。名残惜しくゆっくりと天理の中から自身を引き抜くと孔からは注いだばかりの侯輝の熱い体液が流れ出てきた。
天理:「んっ……、侯、輝」
反射的にであろうため息にも似た甘い吐息を漏らす天理はとても淫らで、無理させまいとする決断が揺らぎそうになるのを抑えるのにいつも必死になる。
天理:「侯輝……もっと……中に……」
後ろを振り向き切なそうにもう一度とねだる天理に侯輝の心臓がドキリと跳ねた。明日も仕事で照れ屋な天理がここまで積極的に求めて来ることはほとんど無かった。侯輝が驚きの目で見つめれば熱に浮かされているというよりはどこか辛そうで悲しげで泣きそうな顔をしていた。
侯輝:「どうしたの?天理。明日も仕事だし無理しちゃだめだよ……」
その顔でなければそんな理由だけで止めたりなどしなかったし出来なかっただろう。慌てて心配になりながら尋ねると天理はハッとした顔をすると俯いてしまった。
天理:「っ……そう、だな……すまん…じゃ、シャワー……っ浴びて……」
侯輝:「天理っ」
侯輝は思わず天理を抱き締めていた。弾みで天理の瞳からポトリと涙が落ちる。
天理:「侯、輝……これ、違……」
侯輝:「お願い天理、天理を悲しませている理由を教えて?もし抱いてその悲しみが癒えるならそうするから」
天理は泣き顔を隠し誤魔化そうとするも優しく問いかける侯輝に観念したのか、ぽつりと呟いた。
天理:「……俺は、男だから……侯輝の子供を産む事は出来ない……。それが、辛い」
侯輝は父への反発感情にかまけて天理が父の言葉にずっと深く気に病んでいる事に気づいていなかった自分を恥じた、そして同時に嬉しくもあった。
こんなにも自分を愛してくれて想ってくれる人がいた事がとても嬉しいのだ。
天理:「沢山中に入れて貰ったら子供できるんじゃないかって、くだらない事考えてたりしてさ。馬鹿だよな……はは……」
侯輝:「そんなこと無い!ごめん、ごめんね、天理を気に病ませて……父さんの言ってる事なんて天理が気にしなくていい、俺は天理がいてくれるだけで、本当にそれだけで幸せだからね」
侯輝は天理をぎゅっと抱き締めた。
天理:「ん……侯輝……ありがとな……」
天理は侯輝の背中に腕を回し、抱き締め返した。
その後二人は互いを慰め合う様にキスをして抱き締め合いながら眠りについた。
翌日、仕事が終わり夜。
天理と侯輝が帰路につこうとすると、再び昨日同様、夏侯継が現れた。その様子は昨日よりも更にやつれた様に見えた。
侯輝:「父さんまたきたの?!何度言われたって俺は天理以外と子作りなんてしないから!」
侯輝はイラついた様子で怒鳴ると即天理の手を引いて帰ろうとした。自分一人だけならまだしもこれ以上天理の心を傷付ける様な行為は許せなかったのだ。
だが夏侯継はその場に膝を付き頭を下げた。
侯輝:「ちょっ……父さ……」
天理:「……!?」
侯輝と天理は驚いた顔で夏侯継を見下ろした。
夏侯継:「人の世に光をもたらしてきた光の御子の血筋の存続は一族の使命。血筋である妻も娘の鏡も亡くなった今、頼れるのは輝、お前だけなのだ。これまでお前にしてきた仕打ちを考えれば、お前の意に沿わぬ私の願いを聞き届けて貰える事などないと分かっている。だが先祖様方が粛々と受け継いできたその意思を私の代で途絶えさせてしまう訳にはいかんのだ。どうかお前に頼みたい。子を成してくれ輝」
侯輝:「父、さ……」
土下座までされ、されどやはり意に沿えぬと侯輝が戸惑っていると、天理は夏侯継の前に屈み、静かに尋ねた。
天理:「頭をあげて下さい、夏侯継さんの意思は伝わりました。お尋ねしたいのですがどうしても光の御子の血筋を途絶えさせてはならないという理由はご存知なのでしょうか?」
夏侯継:「分かりません。ですが代々光の御子が邪を払ってきた事は事実、大切な血であることは間違いありません。真の理由は妻か娘なら神の声が聴けたかもしれませんが私には……命をかければ可能かもしれませんが……」
天理:「そう……ですか……確かに侯輝は悪霊の類いには強いですが……」
夏侯継はまだ頭を地に伏せたまま天理の問いに答えた。
侯輝:「で、でも……俺……」
夏侯継:「そこで、天理さんにお願いがあるのです。女になって頂けないでしょうか?」
侯輝:「な……?!」
天理:「!……それは……どういう意味ですか?」
夏侯継の言葉に侯輝は驚き、天理は動揺しながらも夏侯継の真意を探ろうと質問をした。
夏侯継:「そのままの意味になります。月の神官のみに伝わる禁呪、陰陽反転の神術を用い天理さんに女になって頂き、しかる後侯輝と契りを結び子を成して頂きたいのです」
夏侯継は伏せた頭を更に地に伏せながら天理に懇願するように言った。
侯輝:「えっ、ちょっと待ってよ!天理にまでそんな危なそうな事押し付けないでよ!」
侯輝は慌てて天理を庇う様に夏侯継の間に割って入った。
天理:「……それは俺にどれくらい影響があるのでしょうか?」
侯輝:「天理?!」
即拒否せずに質問をし始めた天理に侯輝が驚きの目で見やる。
夏侯継:「記録によれば過去にもいくつか例があり私であれば術は完全に成功できると踏んでいます。体は完全に女の体になり身体能力や性に関する事は全て女に準じます。記録では子を産むと元の男に戻るとありました」
天理:「……そうですか……」
天理は顎に手を当て考え込んだ。
侯輝:「ちょ、ちょっと天理、本気で考えてるの!?天理がそこまでしなくていいよ!」
天理:「んー、まぁ、な。仕事もあるし、お産も子育ても大変だろうし……でも……」
天理は困ったように笑みを浮かべ、侯輝の頬を撫でた。
天理:「なぁ、侯輝。俺ただ単にお前の子供が欲しいって言ったらそれでも嫌か?」
夏侯継:「天理さん……!」
侯輝:「え?!あ、いやその……ううん……嬉しいけど……でも、俺は……天理と一緒に居られればそれで……」
侯輝は天理の申し出に真っ赤になってしどろもどろになってしまう。
天理:「うん……俺も同じだよ、侯輝。でも機会があるなら子供は作りたいとは思うんだ。ほら俺年上だし色々思うとこもあってさ。俺のわがままだと思って聞いてくれ」
侯輝:「ぅ……ぅううう!!俺だって天理との子供なら欲しいもん!父さん、絶対に天理は大丈夫なんだよね?!」
夏侯継:「かたじけない天理さん、天理さんの身は私の命に変えてでも保証する。子に関しても全てバックアップする。私が万一居なくても一族に護らせる。だからどうか頼む輝」
天理:「……」
侯輝:「わかった……」
天理にまで請われ侯輝は泣きそうになるのを堪えて了承の意を示した。
天理:「ありがとな侯輝。俺頑張るよ」
天理は優しく微笑むと侯輝の頭を撫でた。
夏侯継:「ありがとう……天理さん……輝……」
夏侯継は涙しながら深く礼を告げた。
こうして天理の女体化に向け準備が進められた。S.Gの業務に支障が無いよう調整し、体調管理を万全にして陽の気が最も届かぬ新月の夜を迎えた。
天理を共にした侯輝は儀式の為に数年振りに実家である夏侯の家を訪れる事になった。寝殿造の広い家屋は古さがありながらも清潔に保たれており、手入れが行き届き庭も綺麗なものだった。忌み子として疎まれていた侯輝にはあまり良い思い出の無い家ではなかったが、天理と共に歩けば今となっては懐かしく感じられた。
天理は家使えの者に禊の間に案内され儀式作法に則り身を清めた後、着替えの灰無地の長襦袢を渡され、着方が分からず家使えの者に聞こうとしたところ「俺が教えるから」と侯輝に止められ侯輝に着方を教えて貰いながらなんとか身に着ける事が出来た。
極東の血を強く引いていたらしい天理の顔立ちと和服がよく似合い清廉な雰囲気が漂う。
慣れぬ衣装に天理が少し恥ずかしそうに袖を弄りながら侯輝を見上げた。
侯輝:「やっぱり天理の方が似合うね」
天理:「お前もこれ着たりしてたのか?」
侯輝:「うん、一族で呼ばれた時とかにね。俺窮屈で仕方なかったんたけど天理が着てるといいな」
天理:「お前のも見てみたいな……俺はちょっと肩凝った」
二人してクスクス笑い合う中、「開けるぞ?」と声がして夏侯継がやや緊張した面持ちで入ってきた。
夏侯継:「お待たせいたしました。天理さん神殿へご案内します。こちらです」
侯輝:「俺っ、横で見てていい?浄めもしたし、邪魔しないよ?」
侯輝は自身の闇の適正で儀式の邪魔になるかと思いされど天理の事も心配で控えめに申し出た。
夏侯継:「……ああ構わない。では行こう」
夏侯継は一瞬複雑そうな表情を浮かべたが、すぐに落ち着いた様子に戻り二人を連れ神殿へと向かった。
秘密裏に進めている儀式の為人気の無い屋敷の廊下を進み、神殿の間に付くと天理は一人分の床が敷いてあり横たわる用に夏侯継に示される。侯輝が部屋の端に座ろうとすると「もう少し天理さんの近くにいて良い」と夏侯継に言われ、侯輝は天理のすぐ横に正座した。
天理:「頑張るな、侯輝」
侯輝:「うん……」
天理は心配そうな顔であったが侯輝の顔が見える位置にくると侯輝をそして自身も安心させる様に微笑んだ。
夏侯継が厳かに始まりを宣言すると、夏侯継は月桂樹の枝葉を両手で祈るように振りながら神の降臨を願い唱える。
夏侯継:「我は月の神に願い請う者なり」
侯輝が見守る中、天理が深呼吸し、覚悟を決める。夏侯継が月桂樹の枝葉を持つ手を組み目を瞑り神への祈りを捧げると、その身体から光が溢れ出し次第にそれは人型を成していく。
夏侯継:「月の神よ我が魂の力をもってここに顕現し御力を貸したまえ!」
その言葉と共に人形の光が月の光を思わせる美しい女神となって空中に顕れた。その瞬間からまわりの空気がゆっくりと流れる様な感覚がし、女神は夏侯継へと視線を向ける。
月の神:「敬虔なる従者よ、術を止めてください。貴方の願いは知っています。残念ながら貴方の願いは叶いません。この者にはその術は叶わないのです。」
夏侯継:「なぜです!月の神よ!!何故ですか!!」
夏侯継が驚愕し、性転換を覚悟していた天理と侯輝が驚きつつ月の神を見る。月の神がその視線を天理と侯輝に向けると一瞬どこか懐かしい瞳をしたように二人には見えた。
月の神:「私は貴方とそして月の従者達に伝え謝罪したかった事があります。光の御子はそこにいる彼で最後です。もう血を残す必要は無いのです」
月の神は侯輝を指し示しながら夏侯継に説明した。
夏侯継:「そんな!輝が最後の光の御子だと言うのですか!もしや闇の力が影響して……」
その言葉に侯輝が表情を暗くし俯き、天理が心配そうに侯輝を見上げた。月の神は首を横に振り言葉を返した。
月の神:「"光の御子"という言葉が誤解を与えていましたね、光の御子は闇の力を得て初めて真の光の御子なのです。貴方の妻の献身的な慈愛の心により、貴方の子は真の光の御子として産まれる事ができました……」
夏侯継:「……接が、私の妻が闇の力を受け入れて輝を産んでいたと……!」
月の神:「はい、貴方の妻は光の御子の真実を知り、光の御子の力の一部であった巨大な闇の力をその身を省みず受け入れてくれました。ですが、貴方の妻は力を使い果たし生まれる子が真の光の御子として産まれてくる事ができた事を伝える事ができないまま命を落としました。これが貴方にとっての悲劇の始まりとなりました。貴方は愛する妻を失い、その悲しみで真の光の御子として産まれてくる事ができた息子を愛する事ができず、光の御子の力を導くことができなくなってしまいました。しかし、貴方の息子は諦めず、認められる為に貴方の目を盗んでは一人で鍛錬を続け、貴方が導けなかった光の御子としての力を自らの手で育て上げていきます。ですが、やはり十分に育つ事ができずこれにより、もう一つの悲劇、貴方の娘に不幸が訪れ、貴方は大切なものを二つ失う事になりました。深い悲しみにより正常な判断ができなくなってしまった貴方は貴方の息子を勘当してしまいました。これが貴方に降りかかった悲劇の真相です」
夏侯継:「ああ……接……鏡……」
月の神の言葉に夏侯継が愕然とし、膝をついて崩れ落ちた。侯輝は父親を悲しげに見つめている。
月の神:「私は古の時、真の光の御子の誕生まで私の従者であるあなた方に少し手助けをして欲しいと願い、あなた方は忠実に守ってくれました。ですがかような不幸が貴方方を襲ってしまいました。私がもっと早くにお伝えできればこのような事にはならなかったでしょう。申し訳ありません」
さめざめと悲しむ夏侯継に月の神が頭を下げて謝罪した。そして俯いていた侯輝がぽつりと漏らす。
侯輝:「俺……生まれて来ない方が良かったのかな」
月の神:「その様な事は……」
天理:「そんな事言うな!」
月の神が否定するよりも強く、天理は起き上がると侯輝を抱き締めた。
天理:「俺はお前が生まれてきてくれて本当に嬉しいんだ。お前と出会えて、お前に救われて、恋人になれて、それがどんなに幸せな事なのか分かってるか? 頼む……俺の事を好きでいてくれるんだったら、生まれてきてくれた事を喜んでくれ。お前の存在が罪だと言うなら一緒に背負うから。どうかお願いだ……」
母と父と姉が見舞われた不幸は全て自分のせいだったと悲しく暗く沈み、また闇の精霊力が乱れ始めていた侯輝は愛する天理のその温もりに癒され落ち着きを取り戻していった。
侯輝:「うん、ごめん。ありがと、天理。俺も天理に出会えた事、本当に幸せだよ。それだけは何と言われても手放したくない」
そんな二人の様子を見、月の神は嬉しそうに微笑み、夏侯継は己の中に唯一残された光を見出していた。
侯輝:「真の光の御子って言われてもやっぱり良く分かんないんだけどさ。俺何かやっつければいいの?俺そういうのなら仕事で普段からやってるけど、何すればいいの?」
天理の抱擁を少し解くと侯輝は月の神を見上げ問いかけた。その問いに夏侯継と天理は神妙な面持ちで答えを待つ。
月の神:「……正しくは私にも分からないのです。全ては語れないのですが光の御子はさる方の魂の転生。貴方の魂のみが知りうる事なのです」
侯輝:「えー。俺天理と一緒に居たいから特に無いなら積極的に探さないよ?」
夏侯継:「輝!神にそのような!」
神の答えに天理も控えめに少し呆気に取られ、侯輝は母が命懸けで生んでくれた割に目的が定まらず不承知風にしていると、夏侯継が慌てて咎めた。だが月の神は優しく夏侯継を手で止めつつ侯輝に答えた。
月の神:「それで構いません。光の御子よ、いずれ貴方の力が必要になる事もあるかもしれませんが、貴方は魂が赴くまま生きなさい」
月の神は優しい笑みを浮かべながら侯輝の言葉に寛容を示しつつ、道と言うにはあまりにも曖昧な道を指し示した。侯輝と天理はもちろん夏侯継も少しだけ呆気に取られていた。天理が思い出した様に月の神に問う。
天理:「月の神、俺には貴女の陰陽反転の術が効かないのは何故なんでしょうか?」
天理は女となり子を産む覚悟していた事を残念そうに、だが同時に安堵したような複雑な表情で月の神に問うた。
月の神:「……貴方にも辛い思いをさせてしまいましたね。貴方は……精霊の加護が強すぎて何者も貴方の性を変えることはできないのです……その身に子を宿す事はできません。貴方の決意に応えられなくてごめんなさい」
月の神は天理の問いに少し悲し気に答えた。天理は極一瞬、月の神の瞳に隠された秘め事を直観で感じ取っていたが月の神を見ていると何故だか問い詰める事ができない事を、これも神の力なのだろうか?などと頭の片隅で不思議に思っていた。
天理:「そう、ですか……いえ、元々叶わぬ話でしたから……」
天理がどこか安堵はしたものの残念そうに呟くと、その様子を見た夏侯継は天理に無理やりに侯輝の子を成させようとしていた己を恥じる様に俯いた。
侯輝:「天理!俺天理が子供欲しいって言ってくれた事本当に嬉しいけど、本当の一番は天理と一緒にいる事だからね!……天理が本当は子供欲しかったならごめんねだけど……」
天理:「確かにちょっと残念だったけど、俺も一番はお前と一緒にいられる事だよ」
侯輝が天理に申し訳なさげに言うと、天理は侯輝に微笑む。天理の笑顔を見て侯輝は安心したように笑った。
月の神:「光の御子よ、辛い想いをさせてしまった私を恨んでもどうか貴方の父の事は許してあげてください。今すぐは無理でもいつか。それが私の今の願いです」
月の神はそう言いながら悲しげに目を伏せる。
侯輝:「うん……分かった。ありがとう月の神。俺は月の神がどんな神であろうと感謝するよ。だって月の神がいなかったら俺たちは出会えなかったかもしれないしね!」
月の神:「ぁ……光の御子……いいえ、侯輝。私は貴方にとても酷い事をしてしまったのにそれでも赦してくれるのですね。貴方の優しさに感謝します」
月の神は感極まったのか涙を流した。
月の神:「ではそろそろ私は去りましょう。私の従者夏侯継よ、どうかこれからは光と闇、調和していく世界の為に尽くしてくれますようお願いします。そして何よりこれからの貴方の生に幸あらん事を。私は貴方の妻と娘の魂と共に貴方親子の行く末を見守り続けています」
夏侯継:「お心遣い感謝にたえません……神よ……」
月の神は最後に優しい声音で語りかけると、光の粒子となって消え、夏侯継は膝をつき頭を下げて月の神を見送った。
ゆっくりと流れていた様な空気が再び戻る様な感覚がし、月の神の気配が消えた事を確認した夏侯継はゆっくりと起き上がる。その表情は憑き物が落ちたかのように穏やかなものだった。月の神により光の御子の血筋の継続の使命から解放され、侯輝とのお互いの誤解も解けた。夏侯継は引き締めた表情に戻ると侯輝に頭を下げた。
夏侯継:「輝、本当に今まですまなかった。全て月の神の仰られた通りだ、私は接を失った悲しみでお前と向き合う事ができず辛く接する事しかできなかった。鏡の死までお前のせいにして非は無いお前との繋がりを自ら断ってしまった、鏡がお前を気にかけていた事は知っている、お前が一番辛かっただろうに……。輝、許して欲しいなどと言うつもりはない、ただ謝らせてくれ」
夏侯継はそう言って侯輝に深々と頭をさげた。深々と頭を下げる父に侯輝は生まれてから20年もの間開いていた父との心の溝がほんの少し埋まるのを感じた。
侯輝:「うん……俺も神我見姉助けられなくてごめんね。……ねぇ父さん、神我見姉からも少し聞いた事はあるんだけどさ、母さんってどんな人だったの?」
夏侯継:「接は……とても明るくて芯が強くそして優しい……私の憧れだった。光の御子の血筋で清廉たる巫女でありながら破天荒なところもあってな、そうだなお前によく似ていた。東国の血が濃い月の神の一族に、西国生まれの私が迎えられたのは接のおかげだ。私と一緒になる為に接が反対する一族の前で大立ち回りをしてな、それは凄かった」
夏侯継は侯輝を懐かしむ様に目を細め口調は優しく穏やかになっていた。その口調に侯輝は父が母の事を深く愛しており、それ故に失った時の悲しみはどれ程のものだったのかと想像し胸が痛んだ。
傍で聞いていた天理は確かに東国の血が強い月の神の神官団において夏侯継の金髪碧眼はだいぶ浮いているなと思い、同時にいくら巫女が後押ししたとしても神官長にまで上り詰め月の神の降臨まで可能にしている夏侯継の神官としての徳の高さをうかがい知った。
侯輝:「そっかぁ……父さん、母さんの事大好きだったんだね。うん、俺も天理失ったら正気じゃいられないや、辛かったよね……」
夏侯継:「っ……ああ、私は接を愛している。そしてお前を愛せなかった事を後悔していた。輝、私が悪かった、もう二度とこんな過ちは繰り返さない、約束する。輝、どうかもう一度やり直させてくれないだろうか?」
夏侯継は微かに涙を滲ませながら侯輝を見つめた。侯輝はその真剣さに戸惑いながらも、自分に対する父の愛情の深さを感じ取り、嬉しく思った。
侯輝:「俺はもう、父さんと仲良くなれないかと思ってた……。だから、今こうして話せて嬉しいよ。父さん、これからよろしくね」
侯輝は夏侯継に歩み寄ると手を差し出した。夏侯継は驚いた顔をした後、差し出された手を握り返した。夏侯継の目にまた一筋の雫が伝った。その時の夏侯継の眼差しは慈愛に満ち溢れており、侯輝はようやく父親との一歩を踏み出せた気がしたのだった。
夏侯継:「ありがとう、輝、こちらこそ。父親として未熟な限りだがよろしく頼む」
天理:「良かったな、侯輝」
親子の縁が回復へと一歩踏み出した事を天理が喜び微笑むと、夏侯継は慌てて目元を拭うと恥じ入るのを隠す様に咳払いをした。
夏侯継:「天理さん、貴方には失礼かつ迷惑を掛けてしまった。大変申し訳ないと思っております」
天理:「いえ、俺は大丈夫で……」
夏侯継が頭を下げ、天理が首を横に振って否定しようとすると侯輝が思い出した様に声を上げた。
侯輝:「そうだ!父さんの言葉で天理すんごく傷ついてたんだからね!謝って!すんごく謝って!」
天理:「いや、お前の親父さんもうこんなに丁寧に謝ってくれてるじゃないか、俺は気にしてないから、お前がそんなに怒るなって」
天理が荒ぶる侯輝の頭を撫でると気持ち良さそうにして大人しくなった。それを見て夏侯継は困惑気味に苦笑を浮かべた。だがその表情はどこか柔らかい。
侯輝:「うーだって天理泣いちゃってたじゃん。許せないもん……」
天理:「ま、まぁっそんな事もあったけどなっ、ほら、もう十分反省してくれているみたいだし」
天理が宥めるように言うと夏侯継は恐縮するように更に天理へと頭を垂れる。
夏侯継:「重ね重ね謝罪申し上げる天理さん、更には私の方に非があるというのに庇い立てくださりかたじけない次第です」
天理:「あ、あのっもうほんといいですからっ!お義父さん頭あげてくださいっ、ほらっ侯輝、お前も機嫌直せ!」
天理が慌てながら侯輝の肩を揺さぶり、侯輝は不満げな様子だったが、やがて諦めたのか溜息を吐いた。
侯輝:「むぅ、わかったよ、天理がここまで言ってくれてるの許さなかったらダメだよね。じゃあこれでこの話は終わり!父さん、次天理いじめたら俺が許さないからね!」
侯輝が釘を刺すと夏侯継は深々と頭を下げた。そしてゆっくりと頭を上げるとその目は穏やかになっていた。
夏侯継:「ありがとう輝、もちろんだ、天理さんがお前にとって大切な人であるならば私にとっても家族も同然。天理さんの事もお前同様に大切にすると神に誓おう」
夏侯継の真剣過ぎる誓いの言葉に侯輝は満足そうに頷きつつ微笑んだ。
侯輝:「うん、わかればいいよ!」
天理:「なんでお前が偉そうにしてんだよ」
侯輝:「えへへ」
天理は突っ込みをいれたものの穏やかに微笑んだ。自分などより永らく傷付いていたであろう侯輝が笑ってくれるのが嬉しかったのだ。夏侯継はそんな天理と侯輝のやり取りを眩し気に眺めた。天理は姿勢を正すと夏侯継に向き直り頭を下げる。
天理:「正式な挨拶が遅れましたがこれからよろしくお願いします。夏侯継さん」
夏侯継:「こちらこそ輝共々末長く宜しく頼みます。天理さん……差し支えなければ私の事は先程言ってくれた様にお義父さんでも構わないのですが……」
夏侯継も改めて頭を下げ挨拶をしたのち、少し照れくさそうに言った。
天理:「あっ!すみません先程は勢いでい言ってしまったというか……」
夏侯継:「そ、そうですか……輝の子を産んでくれるとの事だったので逸り過ぎておりました。そうですねやはり婚儀を済ませてから……」
汗々と返す天理に、少し残念そうにする夏侯継。侯輝はそんな父の様子に父が大分天理の事を気に入ったのだと感じた。
天理:「こ、婚儀……!あ、嫌という訳ではなく、侯輝と家族にはなりたいと……ちょっとそこまで頭がまわっておらず……あ、俺も呼び捨てで良いですよ?」
夏侯継:「私の方は正式に親子となってもこのままが良いというか。性分でして……」
今更ながら唐突に始まった結婚前挨拶のように恐縮し合う天理と父を見て侯輝は二人とも真面目だなぁと感慨深いものを感じていた。
侯輝:「あのさ、父さん、そんなに急ぐ必要は無いと思うんだ。俺達ゆっくり時間をかけて親子になれば良いんじゃないのかな」
夏侯継:「……そうだな、輝の言う通りだ」
夏侯継は侯輝の笑顔に救われた気がしていた。
侯輝:「じゃもう遅いし寝ようよ!今日は俺達泊まっていっていいんでしょ?父さん」
夏侯継:「ああ、もちろんだよ。輝、天理さん、離れに寝所を用意してある。案内しよう」
天理:「ありがとうございます」
夏侯継に案内され、寝殿造の長い廊下を歩き、母屋の玄関を通りすぎ、渡り廊伝いで中庭を抜け、また長い回廊を歩くと離れが見えてきた。
侯輝:「久しぶりだなーこんな気分でこの家歩くの初めてだから凄い新鮮だや」
夏侯継:「輝、お前の事をまだとやかく言うものがいるかもしれないがこれからは私がなんとかする。お前さえ良ければいつでも帰ってきてくれ。さ、ここだ」
闇の適性により疎まれ、親族の家で育った侯輝は呼ばれた時にしかこの夏侯の家を歩いた事が無く、その記憶は息詰まる様な暗いものばかりだった。夏侯継は離れの部屋に辿り着くと侯輝を振り返り、安心させるように微笑んだ。
そして部屋の扉を開け灯りを点ける。
八畳程の畳の部屋と母家とは独立した風呂とトイレ、簡易の水場があった。
部屋の真ん中一組の布団が敷かれていて、枕が二つ並んでいた。脇には盆に乗った甘味と水差しと茶瓶に入った何かの飲料、布団脇にはローション、タオル。それを見た瞬間、天理は思わず赤面してしまう。珍しそうな飲み物を見て侯輝が興味深そうに手に取る。
天理:「……」
侯輝:「これ何の飲み物?ええと、マムシドリンク?」
夏侯継:「ああ、もう用は無くなってしまったが、天理さんの女体化が成功していたらすぐにまぐわうかもしれないと準備していてな。ほら、輝は男の天理さんを好きになった訳だろう?だから女体化した天理さんに興奮できないかもしれないと……」
侯輝:「もうっ!父さんそんな心配しなくていいの!俺は天理が男だろうが女だろがスライムだろうが大興奮だよ!」
夏侯継:「お、おお……そうか、頼もしいな、要らぬ事をしてすまなかった。ではゆっくりしてくれ、朝も急がなくていいからな。おやすみ、輝、天理さん」
天理が侯輝の発言に真っ赤になりながら恥ずかしくて言葉が発せられないまま母家に戻った夏侯継を見送る。戸が閉まった瞬間後ろから慈しむように甘えるように静かに抱き締められた。
天理は侯輝の温もりを感じてほっと安堵の吐息を漏らし、回された腕に手を添える。
侯輝:「まったくもう、余計なことするんだから」
天理:「親父さんなりに気づかってくれたんだろ。俺だって女になったらお前が興奮してくれるかってちょっと不安だったんだぞ?」
侯輝:「ええっ天理までぇ?俺天理ならなんだってOKなんだからね?」
ぷーと不貞腐れると天理を抱き締める腕をぎゅうと強め抗議する。天理はそれが可笑しくクスリと笑い、そっと振り向き唇を近づけ機嫌を取るように口付けた。
侯輝:「ん……天理ごめんね、俺の家の事で散々振り回しちゃって。天理の方こそ怒ってない?」
天理:「お前の辛さに比べれば何でも無いよ、それにな侯輝、俺はお前の為なら何だってしてやりたいんだ」
天理は侯輝の頬に手を当て撫でる。侯輝は嬉しそうに目を細めた。
侯輝:「ありがと。無理しないでね。俺はもう大丈夫だから。こうして天理の側に居られるだけで嬉しい」
そう言って天理を優しく抱き寄せ、肩口に顔をうずめる。
天理:「……ふ、そうだな。俺もだ。侯輝が隣にいて、こうやって触れ合って、キスをして、それ以上も出来て……幸せだ」
幸せが溢れそうな微笑をたたえる天理の表情に侯輝は胸の奥がきゅうとなるのを感じた。
侯輝:「うん……ねぇそれ以上のコトしていい?」
侯輝は天理の長襦袢の襟元に指を這わせ、そのままゆっくりと合わせ目を開いていく。天理は少し恥ずかしそうにしながらも侯輝の手に自分を重ね、「ん」と小さく首を縦に振った。
部屋の灯りを消すと部屋の中を天窓から差し込む月の光のみが淡く照らす。
天理の耳裏にキスをしながら胸元に手を差し込み、滑らかでそれでいてしっかりと鍛えられた胸板に手を添えると、天理の鼓動が早くなっているのを感じる。自分が触れている事で愛しい人がこれだけ胸を高鳴らせてくれていると思うと堪らなく嬉しかった。綺麗で美しくて可愛くて、全てを自分のものにして溺れさせてしまいたいたかった。
そんなことを考えながら首筋に舌を這わせるとくすぐったがるように身じろぐのが愛おしい。反射的に逃げる天理の腰を引き寄せ、天理の体を寝かせ仰向きにさせると、天理は瞳に自分だけを映し愛おしそうにしながらも少し緊張した面持ちでこちらを見上げてきた。
天理:「ぁ……」
侯輝は天理の帯を解き、前をはだけさせると白い肌が露わになる。その肌は月明かりに淡白く浮かんで見えた。侯輝は天理の額や頬に口付けを落とし、そして唇を重ねる。最初は触れるだけの軽いキスだったが徐々に深いものへと変えていく。天理の腕が求める様に肩に回されると侯輝は喜びを深め、何度も角度を変え貪る様に口付ければ天理はされるがままであることをぬしろ喜んでいるように嬉しそうに薄く笑っていた。
天理:「ん……は……」
唇を離せばとろんとし始めた表情の天理が目に写り、侯輝はゾクッとする感覚を覚える。もっと、この人を乱してしまいたいという欲求が湧き上がった。自分が溺れさせたかったのにこれでは溺れさせられてばかりだ。ならばせめてもと侯輝は天理の乳頭に吸い付いつくと小さく、甘く喘ぎ声を上げる。契約陣の上を舌でなぞればびくびくと身体が跳ねた。
天理:「ぁっ……!はっ……!んっ……!」
天理の身体はいつも通り反応しているのに、いつもより少し緊張し声を上げない様にしているのは、恐らく静かすぎるこの屋敷で己の声だけが響いている様な感覚になり、天理の性格上恥ずかしいのだろうと侯輝は察した。広い夏侯の家には父を初めいくらかの使用人もいる。そんな天理の心情も客間であるこの離れの近くには居ない事も侯輝は知っていたが侯輝はあえて知らん振りをし、天理の耳に息を吹きかけながら囁いた。
侯輝:「可愛い、天理」
天理:「ふ、ぅっ……!!」
耳を舐められ、吐息混じりに甘い声で囁かれ、天理はビクビクと震える。侯輝はそれに満足げに笑うと、天理の帯を完全に取り去り、長着を剥いだ。天理は恥ずかしそうにしながらも侯輝に身を任せ、素直に脱衣されていく。一糸纏わぬ姿になり月明かりに淡く照らされた美しい身体を侯輝がうっとりと眺めていれば何度交わっても天理は恥ずかしそうに頬を染め視線を反らすのだった。
天理:「……お前も脱げ」
視線に耐えられなくなったのか、天理はむぅと少しだけ不満な表情と言葉を呟きながら服の裾を掴みぐいと引っ張る仕草をして侯輝を内心身悶えさせた。恥ずかしさを誤魔化す意図もあろうが目の前の恋人は自分の裸身も結構好きである事はこれまでの交わりで知っており侯輝はそれが嬉しかった。
侯輝:「はーい♡」
侯輝が衣服を脱ぎ捨てる様を天理が見惚れる様にぽーと見上げているのを自覚し、侯輝は自他共に自慢の鍛えられた身体を見せつける様に全て脱ぎ捨てると、天理は控えめにうっとりと呟いた。
天理:「綺麗だ……」
侯輝:「ありがと♡天理はもっと綺麗だよ」
天理:「お前のが……ん……」
褒めて天理が素直に受け取れない事も想定内で、侯輝はお礼ついでにキスをして言葉を封じながら天理に覆い被さり抱き締める。視覚で触覚で嗅覚で味覚で、互いの身体を感じ合う様に二人は密着し、互いの体温と鼓動に二人は心地良さと幸福感に包まれていた。
永遠にその心地よさに揺られていたい気持ちと情欲の天秤が少しずつ情欲に傾くと侯輝は名残惜しげに身体を起こす。少し呼吸を乱しつつ天理は一瞬寂しげに侯輝を見上げたが侯輝の瞳に宿る情欲が自分と同じものであると感じるとすぐに安心したように微笑んだ。更に染めていた頬を更に少し赤らめながら脚を自らもぞりと開き秘部を晒し、そこまでしておきながらやはり恥ずかしそうに侯輝を誘う。
天理:「侯、輝……」
侯輝はただ名を呼ばれ息を詰める。天理の雄はすっかり硬く起ち上がり、その奥の蕾をじっ、と見れば侯輝を待ちかねた様に早く早くとせがむ様にひくりと収縮するのが見て取れる。そのあまりの痴態に侯輝はごくりと喉を鳴らし、すぐにでも乱暴に挿入したい意思を抑え込みながらローションを乱雑にひっ掴むみ自らの雄に冷たさも気にせず塗りたくった。
侯輝:「いくよ……!」
天理:「ああ……!来てくれ……!」
天理は侯輝が興奮し平静を欠いた様子を見て、己の誘いでこれから自分がどれだけ情欲に任せて侯輝に荒く抱かれてしまうかもしれないというのに、それでも侯輝に求められる事が嬉しくて何もかも身を任せようと微笑み力を抜く。
そんな天理に侯輝も応えるように優しく口付け、そしてゆっくりと自身の猛りを埋めていく。
天理:「ぁ……、あっ……!」
自らの形を分からせるようにゆっくり、じわりと侵入してくる熱い塊に天理は身を溶かされそうな感覚を覚えながら小さく喘ぐ。
やがて最深部まで到達すると天理は圧迫感に少し苦しそうにしながらも、その質量に悦びを感じ頬を緩ませた。
天理:「侯輝、の……」
嬉しさを滲ませたその言葉に侯輝はぞくりとする。天理の言葉に煽られ、まだ入れたばかりだというのに早くも腰を動かしてしまいそうになる。中は熱く、柔らかく、きつく、そして離さないとばかりに絡み付いてくる。まるで意志を持っているかのように。放つ言葉に乗せられた色音と表情と身体全てが己を欲して止まないと訴えている事に侯輝は堪らない程の歓喜を覚えた。
侯輝:「っ……!」
そのまま激しく突き上げてしまいたいという衝動を抑える為、侯輝はとっさに天理の横に手を付くと腕の血管が浮き上がる程に力を込めて堪えた。
その様子に天理は侯輝が自分を思いやってくれる気持ちに胸が暖かく満たされるのを感じ思わず甘い吐息が洩れる。そして愛おしそうに微笑みながらそっと侯輝の首の後ろに腕を伸ばすと引き寄せ、その耳元で甘く囁き誘う。
天理:「動いてくれ侯輝」
それだけで侯輝の心も身体も簡単に持っていかれてしまう。こんなにも求めてくれる事が嬉しい。そしてもっと求められたいと、この人をもっともっと感じさせてあげたいと思い甘やかし尽くしたくなった。
侯輝:「ん、分かった……」
天理:「あ、ぅ……ふ、う、ンッ……」
微笑む天理に一つキスをし、ゆっくりと動き出すと、天理が震えながら熱い吐息を漏らした。
まずは探るように優しく。ゆっくり、ゆっくり。前立腺を擦りながら進むと、天理がビクリと震えて中が締まる。そのまま奥へと進み、中をかき混ぜるように動かしながら奥まで突くと、天理が首を反らせて感じ入った。侯輝は一突き一突きその度に天理が上げる声と感じる表情、身体の反応を一瞬たりとも逃すまいとじっくりと味わっていく。
小さな離れの小部屋に、堪える様にだが甘く漏らす天理の喘ぎと侯輝の荒い息遣いが広がる。深夜の広い屋敷は静けさに包まれていて、自分達の立てる音が屋敷の隅々まで届いてしまっている気がして天理は羞恥を覚えた。しかしそれはお互いの興奮を高めるスパイスになる。
天理:「ぁっ……はぁ、は、……あ、……くっ、は……、あ、あ、……ああ……!」
天理は徐々に強くなっていく快楽の波を目を瞑り堪えていたが、動きの隙を見て侯輝を求める様にチラリと見上げた。そこにはうっとりと陶酔したような眼差しを向ける侯輝がいた。瞳孔を開き、自分を求めてやまないという男の欲望が露になった雄の顔に、天理はゾクりと身体を震わせてまた中の侯輝自身を締め付ける。
侯輝:「……っく!は……!天理……!大好き、天理……、天理……、天理……」
侯輝は天理が薄く涙を湛え快楽に溺れきる寸前のヘーゼルの瞳と眼が合った瞬間、その瞳が蕩けた様に潤み天理の後孔がまたきゅうと締まると、熱に浮かされたように何度も名を呼んではキスをして、腰の動きを速めた。
その律動に合わせて、天理を呼ぶ声と天理の喘ぎと繋がった場所からは濡れた水音が激しく鳴り響く。侯輝から与えられる情愛の全てが天理を乱し、天理は堪えた声の代わりに侯輝の背中に爪を立て、必死にしがみついた。
天理:「ん、あっ、は、う、……う、ん、んっ、……侯、輝、……ん、……っ!」
天理はその強すぎる快楽にもうほとんど喘ぐ事しかできず、愛しい人が何度も自分の名を呼び好きだと伝える声に碌に返す事ができない。辛うじて侯輝の名を呼べると、侯輝はそれだけでも雄をどくりと震わせ恍惚と嬉しそうに笑っては、侯輝は目を瞑り堪える天理に己が想いが届けとばかりに更に激しく攻め立てた。
天理:「あぁ、あぅっ……はぁ、あ、あぁ……!!」
天理が侯輝の肩に絡ませた腕に力を籠め、更には脚を侯輝の腰に巻き付け逃がさないようにする。そして侯輝の耳元に口が寄り熱い吐息と共に甘い声で啼くと侯輝はビクリと震え、天理とそして己の絶頂が共に近い事を感じる。
天理:「侯輝、あっ、好き、だ、侯輝、あ、あ、あ、イっ……」
侯輝:「天理、好き、天理、ああっ、一緒に、イこ?天理、天理、ああああっ!!」
天理:「侯…………!!!」
侯輝は天理が強く抱きしめると同時に、奥へ突き入れるようにして果てると、その衝撃に天理もまた達し、侯輝の背に回した手に力が入り爪を立てた。
天理:「ふ、ああ、あ、侯輝、あ、ん、ん、んー、は、あ、……ん」
侯輝:「は、は、天理、愛してる、愛してる、愛してる、天理、愛してる、天理、天理……」
甘く荒い息を吐きながら余韻に浸る。涙をこぼし焦点が定まらぬ目をしながら、薄く口を開き天理の胸が上下に揺れる。達しても尚、その動きに目が離せない。薄桃色に染まり汗ばんだ白く滑らかな肌はとても美しく艶やかに映った。
まだ繋がっている部分が、まるで溶け合うように熱くて心地良い感覚にずっとこうしていたいと思いながらも、少し無理をさせていた自覚はあるので、名残惜しげにゆっくりと中から引き抜いた。
途端に、天理が切なげな声を漏らす。それがまた堪らない。いまだ過敏であろう体の反射もあろうが、その声が行かないでくれと繋ぎ止める様な音を乗せている様に感じてしまい、再び中へと押し入りたくなって慌てて頭を振って邪念を振り払うと、「大丈夫?」と優しく声を掛ければ天理は微かに微笑んで「ん」と小さく首を縦に動かした。
少し息が整ってきた天理に水差しの水を飲ませ身体を労るようにそっと横に寝かせると、汗や白濁をそっと拭きとり自分も水をごくごくと飲み込んで一息つくと横に並び寝転ぶ。
優しく注ぐ月明かりの中、顔だけをこちらに向けて微笑むその姿は本当に綺麗だ。
天理:「まだ子供がどうしても欲しいって訳じゃないんだが、いっぺん女の体になったらどうなんのかなっていうのは少し興味あるな」
侯輝:「あー、俺ね天理が女の子になったら、どうなるのかなって予想してたよ、天理は絶対美人になると思ってた。おっぱいは少し大きいんだけど恥ずかしがりだから普段隠しちゃうの。そんで俺にだけ見せてくれるんだー」
えへへと妄想を楽しそうに語る侯輝に天理は呆れながら苦笑を浮かべる。
天理:「お前、そこまで考えてたのかよ……まあ答えは永遠に分からないんだけどな。そうだな、お前が女になったら幼顔で可愛いかもな。そんで乳はでかい」
天理は侯輝のよく鍛えられた大胸筋を横からつつきながら笑う。
侯輝:「いやん♡俺女になったら童顔巨乳なの?天理のえっちぃ。でもはじめては天理にあげるからね♡」
天理:「ほぅ……そのセリフ忘れんなよ?」
侯輝:「やさしくしてね♡」
侯輝がきゃぴきゃぴとおふざけ半分本気半分で茶化せば、天理も同じく本気半分茶化し半分で返す。そんな感じで見つめ合っていればどちらかともなく笑いを堪えられなくなり二人揃って吹き出す。
天理:「プッ……ははっ」
侯輝:「ふっ……ぷっ、あはははは!」
二人でじゃれるように笑い合う。少し声が大きくなりそうになると今が深夜である事を思い出して慌てて口を塞いだ。
クスリと笑ってまた口を開く。交わりの熱が冷めてきて少し肌寒さを感じると脇に避けていた布団を手繰り寄せ二人でかぶった。交わりの後の気怠さと二人の体温と布団とが丁度いい塩梅に二人をふわふわと眠りへと誘う。ウトウトしながらポツリポツリと会話をする。
侯輝:「天理、大好きだよ。これからもずっと一緒だよ……」
天理:「ああ、ずっと……側にいてくれ……」
そして、おやすみのキスをして眠りについた。
翌朝、目を覚ますと見慣れぬ天井に一瞬戸惑ったがすぐに昨晩の事を思い出す。隣を見れば天理が穏やかな寝息をたてているのを見て安心した。夜の交わりが無くても元々寝起きが得意ではない天理を起こすのは永遠に自分だと決めている。
侯輝:「天理、おはよ。そろそろ起きない?お腹空いちゃった」
天理:「ん……ぁ、侯輝……おはよう…………あっ!今何時だ?!」
まだ寝ぼけている間に頭を撫でると気持ち良さそうに頬を緩めていたが、ここがどこだか思い出した瞬間に目を覚ました。父が朝もゆっくりしていて良いと言っていたのだから、慌てなくて良いのにと苦笑しつつ、その姿が可愛いくて仕方がない。
侯輝:「今は7時くらい?もう少ししたら朝食の時間だけど、のんびりしてていいんじゃないかな」
天理:「お前んちの実家でそういう訳にいくかっ」
それを聞いた天理はバタバタと身支度を始めたのでそれに続いた。
やがて朝食に呼ばれると夏侯継に母屋に案内された。並べられた和食の朝食はまだ若い侯輝には少し足りなかったがどれも味がよく染みて美味であり、和食好きな天理が美味しそうに食べていると、作ったのが父と知った侯輝は調理法の伝授を請い、夏侯継は終始嬉しそうにしていた。
和やかに朝食を済ませると遠くから慌ただしい音が聞こえてきた。
夏侯継:「誰か来たようだな。今日来る予定は無かったはずだが」
仕えの者:「夏侯継様、月の巫女様達が御揃いで至急神官長にお知らせがあると!」
すると家仕えの者が駆け込んできて夏侯継に耳うちすると、夏侯継は普段の神官長たる表情になり立ち上がり「すまんがしばし外す」と足早に部屋を出て行った。
侯輝:「何かあったのかな?」
天理:「悪い報せでなきゃいいんだが……とりあえず親父さんを待つしかないな」
しばらくすると先ほどですら静かな足取りで部屋を出て行った夏侯継が物音を立てながら大急ぎで戻ってきた。
夏侯継:「輝、急いで本殿の方まで来なさい。月の神から神託が下ったと月の巫女達がお前に会いたがっている。悪い話ではないから。天理さんも近くで控えて貰いたい」
侯輝:「え?どういうこと?!」
昨晩会ったばかりの月の神が月の巫女達にまで神託を下していたという。
驚く天理と、驚きつつもこれまでの経緯から不安が少し過ってしまい不安そうな顔をする侯輝に「話だけでも聞いてやってくれ」と夏侯継に促され、月の神の神殿となっている本殿へ赴くとそこには現月の巫女三人が全員集まっていた。侯輝が本殿へと現れたと同時に巫女達に一斉に深く頭を下げられた。
侯輝:「あ、あの、一体何が……」
侯輝は困惑する侯輝に20代半ば程頃の最年長の月の巫女が代表して口を開いた。
月の巫子五妃:「光の御子よ、まずは今までの非礼の数々をお詫び申し上げます。昨晩、月の神が我らの夢枕に立たれ、光と闇二つの力を宿した貴方こそが真なる光の御子だとお告げを受けました。我らは永きに渡り光の御子の認識を誤り、そして闇を恐れる余り、闇の力を宿した貴方を光の御子だと認める事ができませんでした。しかし今宵、月の神が神託にてその誤りを正されたのです。月は闇と共に安らぎをもたらすもの。我らは闇を否定するのではなく、共に歩むべきでした。光の御子よ、どうかこれからは我等月の巫女を導いて下さいませ」
月の巫女達が再び深々と頭を垂れる。
侯輝:「ええっ!急に導いてって言われても俺そんな大層な事できないよ?仕事だってあるし」
戸惑う侯輝に月の巫女が恐縮しながら答える。
月の巫女郎拓:「これまでの我らの仕打ちを鑑みれば虫の良い話だとは十分承知しております。ですが脈々と受け継がれた光の御子にお仕えするのは我ら月の巫女にとっての悲願。何卒御子である輝様には月の巫女の導き手となって頂きたく存じております」
月の巫女八重:「我等の願いを聞き入れて下さらぬと言うならば、我等は月の神への信仰を捨てねばなりません。月の巫女として生きる事を許さず、死ねという事に他ならないでしょう。お願い致します、我等を救ってください」
月の巫女達は再び揃って平伏した。
侯輝:「そんなぁ……」
半ば命をかけた脅しの様な嘆願に侯輝は心底困惑した。実際今まで蔑ろにされてきた身であり、願いなど切り捨ててしまっても良いくらいだったが侯輝はそこまで冷酷になれなかった。困り待てた侯輝の様子になんとかしてやりたいと天理は夏侯継にそっと尋ねる。
天理:「夏侯継さん、月の神は侯輝に好きにしろって言ってましたけど、過去の光の御子って何をしたんですか?」
夏侯継:「遺された文献によれば……古の時代においては異界から現れた大魔族を月の巫女達を率い退けたと。またある時代においては圧政に苦しむ隣国に攻め込みその国を開放、巫女はそれを影で支えたと記されていました」
それを聞いた侯輝はそのあまりのスケールの大きさに唖然としてしまう。
侯輝:「えええっ!俺低級の魔族と助けて貰ってやっと戦える程度だし、隣国攻めるってその時代の光の御子、国王とかだよね?!俺どっちも無理だよぉ!」
天理:「あの……もう少しスケールダウンした伝承は……?」
天理が恐縮しながら言うと夏侯継が首を横に振る。
夏侯継:「残念ながら、光の御子の記録はどれもこれもこの様な内容ばかりです。月の巫女と共に魔を払い、悪を打ち倒すと。どの記録にも残されています」
考古学者を目指していた天理には得てしてその手の伝承には尾ひれが付き偉大な功績ばかりが後世に残り、都合の悪いもの小さな伝承は忘れ去られるのだと理解していたので、参考になりそうに無いとそれ以上の追求は諦めた。しかしそうなると当代の光の御子として侯輝がどのような道を歩むのかが心配になるので、天理は侯輝に問いかけた。
天理:「なあ、侯輝、お前これから先どんな人生を歩みたいと願うんだ?」
侯輝:「俺?天理と一緒に居られればそれで良いよ!ずっと一緒に生きていけたら嬉しいなぁ」
にこにこと話す侯輝の言葉に天理の顔が真っ赤に染まった。天理は侯輝の真っ直ぐすぎる言葉に嬉しくて恥ずかしくて「お、おう」と俯いたまま動けなくなってしまう。そんな天理の様子に10代半ば程の最年少の月の巫女八重は夏侯継に疑問を投げかけた。
月の巫女八重:「あの……神官長様、先ほどから気になっていたのですが、こちらの方は……?」
夏侯継:「ああ、天理さんだ。輝の連れ合いになってくれる方だ」
侯輝:「天理は俺のバディで世界一大切なパートナーだよ!」
月の巫女達はそれぞれ驚きの表情を隠せなかった。天理は少し頬染めて困り顔をしながらも、笑顔を作って会釈をする。
月の巫子五妃:「なるほど……これで月の神が告げられた輝様が最後の光の御子というお言葉に得心がゆきました。神官長様も光の御子の血……夏侯家の御世継ぎに関して納得されているのですね?」
夏侯継は婿であり夏侯家の直系ではない。直系であった夏侯接、夏侯鏡(神我見)は既にこの世に無く、最後の直系である夏侯輝(侯輝)が男の天理と結ばれれば子は望めない。光の御子の血筋である夏侯家は侯輝で途絶える事となるのだ。
夏侯継:「ああ、非道な事を言えば子種だけでもと考えてはいたのだがな。輝に無理強いする事はもう私にはできない。血は途絶えるが養子を迎える事になるだろうな。希望する者がいてくれればだが……」
光の御子だけでなく、代々力の強い巫女、神官を輩出してきた光の御子の血筋であるが故に権威を持っていた夏侯家に、多少の財はあるものの血を継げない状態ではたして養子に来てくれる者がいるかは微妙なところである。
場の雰囲気がすっかりしんみりとしてしまい、周りの勝手な言い分と理解しつつもその原因が自分にあると流石に気まずくなってしまった侯輝はうーんと唸り始める。
夏侯継:「輝、家の事なら本当に気に病まなくて良いのだぞ」
その様子を見て父にそう言われたものの、せめて当代、そして最後の真の光の御子と呼ばれた自分に例え大した力が無くても月の巫女達を導ける様な何か出来ないだろうかと侯輝は考えた。そしてふと思い出した様に呟いた。
侯輝:「そうだ、俺と魔術契約の儀式をしようよ」
天理:「えっ!ぁっ……」
夏侯継、月の巫女達はもちろんの事、誰よりも天理が驚きの顔で侯輝を見る。
自分でも驚くほどあまりにも大きな反応をしてしまった天理がとっさに口を塞いでいると侯輝は一瞬少しだけ嬉しそうに顔を緩ませた後「ごめんね天理、ちょっとだけ説明させてね」と苦笑した。
侯輝:「俺ができる事ってやっぱり何か困った事があったら剣を振るったりして力を貸す事くらいだからさ……と言っても巫女さん達より俺の方が弱いと思うんだけど。でももし何かあったら呼んでくれたら微力でも力になるよ!その証としての契約って感じなんだけど、どうかな?S.Gの仕事もあるしホントにいつでもって訳にはいかないんだけど……」
侯輝の提案に巫女達は戸惑いの色を見せる。巫女達の動揺を感じ取ったのか、侯輝は少し慌てて言葉を続けた。
侯輝:「あっ、もちろん嫌だったら全然断ってくれて構わないから!」
月の巫女五妃:「いえ、そういう訳では……。光の御子と契約させて頂けるのでしたらこれ以上の誉はありません。ただあまりに突然の事で驚いてしまいまして」
巫女の郎拓は少し戸惑っていたが、若き巫女の八重は目を輝かせて身を乗り出す。
月の巫女八重:「私契約したいです!輝様は日々人々を守るS.Gの職務に就いておいでなのですよね!でしたらむしろ私の力をお役立てください!」
月の巫女郎拓:「八重、そんな簡単に契約するものではありませんよ。契約は一生に関わる事です」
郎拓が八重を嗜めていると侯輝は頷いたのち答えた。
侯輝:「うん、だから契約陣はこっちの神殿に設置して巫女さん達が契約破棄したい時にいつでも破棄してくれていいから。父さんかまわないかな?」
夏侯継:「それはかまわない。神殿内なら巫女はいつでも入れるし清浄な結界にも護られ邪な者に汚される事も無いだろう。私も責任持って管理しよう」
月の巫女郎拓:「そこまで我らの事を考慮していただけるのでしたら……」
月の巫女八重:「郎拓さんは想い人と結婚できるかもしれないから契約印が体にできるのがちょっと嫌なんだよね」
月の巫女郎拓:「八重っ!」
八重の突っ込みに郎拓が顔を赤くしていると侯輝が天理をチラリと見た後笑いながら頷いた。
侯輝:「うんうん、そうだよね俺も分かるよその気持ち。契約印は目立たない任意の場所にしてくれていいし、俺もそうするから」
それから侯輝は自分と契約する事で闇の適性に触れる事も説明した。これには三者とも一瞬怖れの色を見せたが月の神の神託を思いだし闇を畏れても恐れる事無かれと当代の光の御子である侯輝へ仕える事の第一歩として受け入れる決意をする。契約内容は緊急時の心話と精霊適性共有、魔力譲渡となった。
侯輝:「と、いう訳なんだけど皆と契約していいかな?天理」
天理:「……別に俺にお伺い立てなくてもいいぞ?」
侯輝が天理に向き直り真剣な表情で言うと天理は複雑な感情をはらませながら少し戸惑い気味に答えた。
侯輝:「だって天理、俺が天理以外と契約結ぶのさっき嫌がってくれてたじゃない?」
そう言いながら天理に近づくとぎゅっと抱き締めた。「なっおいこらっ人前でっ」と暴れそうになる天理を観念するまで抱き締めるとやがて天理は少し落ち着いたのか呟く様に返した。
天理:「それは、その……でも俺の我が儘でお前の役目の邪魔する訳にはいかないだろ?……いいぞ契約しても」
侯輝:「ありがとね、俺天理の我が儘凄く嬉しかったよ、俺誰と契約を結ぼうと俺の心は天理だけのものだからね♡」
夏侯継:「輝、皆の前だ、ほどほどにしなさい」
夏侯継が息子のイチャつきに呆れ注意すると漸く侯輝は天理を解放した。そしてそんな二人を唖然として見ていた巫女達にのち向き直って告げた。
侯輝:「ごめんね巫女さん達、俺心話繋がらない事多いかもだから携帯機のアドレス教えておくね」
月の巫女八重:「はい!交換しましょう!」(御子様ラブラブだー)
月の巫女郎拓:「心得ました」(天理さんとラブラブ過ぎて心話繋がらなさそうね……)
月の巫女五妃:「…………いいなぁ」
郎拓&八重:「え?」
月の巫女五妃:「コホンっそれでは契約の儀謹んで承らせて頂きます」
こうして三人の月の巫女と侯輝の魔術契約が結ばれる事となった。神殿の儀式の間の一角に契約陣を描き魔術契約儀式を行う。
五妃から順に契約手順に則り侯輝との魔術契約を結ぶ。両者の腕に契約印がうっすらと浮かんだ。
月の巫女五妃:「ぁぁ……これが輝様の光と……闇の力……」
侯輝と契約を交わした事で侯輝の精霊適性である光と闇の力が五妃にも流れ込む。五妃はその力を感じ感動に打ち震えるのだった。
五妃:「光の御子の力、素晴らしいですわ、この力があれば私もきっとお役に立てる筈、ふぅ……はあ……はあっ」
夏侯継:「大丈夫か?五妃」
少し興奮気味になっている五妃の様子に普段凛とした彼女しか知らない夏侯継と郎拓、八重の二人が心配そうな様子を見せた事で侯輝も不安になり声をかける。
侯輝:「あのっ大丈夫?やっぱり俺との契約とじゃおかしく……」
五妃:「ふふふっ、光の御子の力を得られるなんて夢みたい、ああっ早く輝様のお子を産まなければっ」
侯輝は常軌を少し逸してきてしまっている彼女の様子を見て、やはり自分の闇の力でこんな事になってしまったのかと不安な気持ちが心を覆いそうになると契約解除が頭を過る。だが傍で見守っていた天理がぽんと侯輝の頭に手を置いた瞬間、その不安がふわっと和らいだ。
侯輝:「あ……」
天理:「気をしっかり持て、侯輝。お前の不安が彼女に影響を与えてしまっているんだ。お前が長い間拒絶され続けてきた闇の力が本当に受け入れて貰えるか不安な気持ちが闇の精霊力に不安定にさせている。例え弱くても闇の力を持つ光の御子として彼女達を導くってお前が決めたんだろう?いつも通り堂々としろ、そして彼女を安心させてやってくれ、彼女達はお前を信頼しようとしてくれている、それを疑ってやるな。お前が俺を想ってくれるのと同じ様に、俺は侯輝が大丈夫だって信じているぞ」
侯輝:「うん……うん!ありがと天理!」
天理:「よし、それでこそ侯輝だ」
侯輝の心の中で霧の様に立ち込めていたものが晴れ強固な核となった。誰よりも愛し信頼している天理が信じていてくれている事が侯輝の大きな力となり不安を払った。途端に妖しくうわ言を呟いていた五妃がはっとした様に目に冷静さを取り戻す。
五妃:「はっ……私は何を……」
侯輝:「ごめんねっ俺から契約言い出したのに不安にさせる様な事させちゃって……」
天理が信じてくれるから、もう不安は無い。だが彼女達はどう受け取ったかは別問題だった。侯輝は契約破棄を覚悟していたのだが、五妃は凛とした瞳を宿したのち、取り乱した事を恥じ申し訳なさそうに首を横に振っていた。
五妃:「いえ、違うのです。確かに常軌を失いかけましたが、嫌ではありませんでした。むしろ心地良くて、ずっとこの状態でいたいとすら思っておりました。輝様の闇に触れ、これまでずっとこのご自身の闇と戦っておられた事を知りました。その当代の光の御子の従者たる我ら月の巫女が会得すべきは単なる力だけではなくその心の有り様なのだと理解しました。それはまさに月の神が望まれた光と闇の調和。輝様、私は貴方を信じます。改めてこの契約を通じ貴方様の従者として仕えさせてくださいませ」
侯輝:「ありがとう……!五妃さん」
郎拓と八重も顔を見合わせたのち頷いて続いた。
郎拓:「私達も同じです。光の御子の従者として恥じぬよう精進致します」
こうして郎拓と八重も侯輝との契約を無事結び終えた。二人とも初めての闇の力に戸惑いを見せたものの、すぐに順応してくれた。
八重:「凄い!力が沸いてきてなんでもできそうな感じがします!」
郎拓:「落ち着きなさい八重。でも……なんと申しましょうか……不思議な感覚です」
五妃:「そういえば輝様は我らと契約してどの様な感覚がされているのでしょうか?ご不快な所などございませんか?」
三人の巫女は緊張した面持ちで侯輝を見つめる。侯輝はその問いに笑顔を浮かべて答えた。
侯輝:「大丈夫だよ!巫女さんって言ってもみんな違うんだなって分かって面白いよ!精霊適性も丁度バラバラだしね」
五妃と郎拓はそれを聞いてほっと胸を撫で下ろし、八重は嬉しそうににこにことしていた。侯輝は契約して各々の精霊適性を五妃は火、郎拓は水、八重は風であった事を知り各々高い親和性を感じ取る事ができていた。
八重:「土適性のある神官長様とも契約したら御子様、精霊適性コンプリートですね!」
夏侯継:「私かっ?!必要ならするが流石に私が息子のハーレム契約に混ざる訳には……」
突如振られた夏侯継は慌てふためいていた。
侯輝:「ハーレムって父さん……」
五妃:「私は御子がお望みでしたらそちらも一向に……」
八重:「御子様イケメンだし遊びならいいです!」
郎拓:「八重、はしたないですよ。私は将来を誓った者がおりますのでお断りしたいです」
天理:「…………」
侯輝が呆れ、五妃がぽっと頬を染め、八重が元気よく答えると郎拓が眉を潜めて嗜める。そんな中天理が美形揃いの巫女に比べたら男の自分なんてとしょんぼりと俯いていた。
侯輝:「あっ!ほらぁ!天理泣きそうになってるじゃん!もうまた変なこと言うの止めてよね父さん!!俺は天理一筋だって言ってるでしょ!父さんがこんなに野暮天恋愛朴念仁だと思わなかった。母さんとどうやって結婚できたのか不思議で仕方がないよ!」
夏侯継:「何か酷い言われようだが……すまない天理さん」
侯輝は夏侯継を批難しながら天理をぎゅっと抱き締めた。
侯輝:「ごめんね天理、俺は天理だけだからね」
五妃&八重「「きゃー!!」」
二人は手を取り合いながら黄色い声を上げた。
五妃:「素敵ですわ!御子様ったらとっても情熱的!」
八重:「御子様格好良い~!」
天理は顔を真っ赤にして恥ずかしがりながらも嬉しさに満ちた表情をすると呟いた。
天理:「すまん、大丈夫だ。お前の事は信じているからな」
侯輝だけを瞳に映しそう微笑む天理に侯輝もつられて満開の笑顔で見つめ合うと完全に二人の世界が出来上がっていた。
郎拓:「まぁお二人が相思相愛過ぎて入る隙なんてないですよね。そういえば天理さんの精霊適性って何なのですか?」
夏侯継:「風水火土4つだそうだ。魔力は多くないそうだが、魔術契約介して二人で頑張れば精霊王も呼べるらしい」
五妃&八重:「ええっ!!」
五妃:「流石御子様、お連れ合いも規格外ですわね……」
八重:「超レアやば……」
郎拓:「八重、言葉が。しかしなるほど、御子様と天理さんだけで精霊網羅できてしまう。私達本当に入る隙なかったんですね。できるのは魔力譲渡くらいでしょうか。御子様、本当に導きの証としてだけで契約結んでくださったのですね……」
[newpage]
こうして月の神の神託により、真の光の御子として認められた侯輝と、月の神の神官長たる夏侯継、そして月の巫女達との交流が始まった。夏侯継や巫女達の働きにより根強く存在していた闇への一方的な偏見と差別は少しずつ解消されていくことになった。
侯輝が月の神の教団内において光の御子と認められる存在になろうとも、できるだけ普通に暮らしていたいという侯輝の想いに答え夏侯継が必要以上に教団と関わりあいにならない様徹底的にガードした為、侯輝と天理の生活に特段大きな変化は無かった。神官長と巫女の従者達の強力なツテができたというよりは、父親や同世代のメル友が増えたという感覚である。
これまで通りS.Gの大小様々な職務を着実にこなし、休みの日は今日も今日とてゴロゴロと二人の愛を育んでいた。
侯輝:「父さんから次いつ帰れそうかまたメッセージ来てる。忙しいはずなのに筆マメなんだよね……」
天理:「ふふ、親父さんなりにお前とやり直そうと頑張ってるんじゃないか?」
侯輝:「そうかなあ、二言目には天理さんと仲良くするんだぞーとか一緒に帰ってこいよーって言われるんだけど。あ、」
天理:「お前の事心配なんだろ。どうした?」
侯輝:「遊園地のチケット信者さんから貰ったから天理さんと行ってきなさいだって!やった!父さん偉い!流石神官長!」
天理:「お、おお!何かそれいいのかって気はするが、今度の休みに行くとするか」
侯輝:「わーい遊園地デートだ♪」
その遊園地は最近出来たばかりの新しい施設で、最新型の体感型アトラクションで有名な場所だ。それでいて敷地の一部には古代遺跡をそのまま復刻した施設もあり、純粋に遊びに来る者、そして研究者も多く訪れる。遺跡好きの天理がふらふらと遺跡施設にべったりにならない様に注意しなくてはならないと侯輝は考えていた。
天理:「お、これ面白そうだ」
侯輝:「え?どれ?」
そこには『遺跡脱出』と書かれた看板があった。
天理:「迷路みたいな遺跡を進んでゴールを目指すらしい」
侯輝:「へー最後までたどり着いたらお宝貰えるのかー面白そう!」
遺跡調査であれば普段S.Gの仕事でたまにやる事だが、実際の遺跡調査はファンタジーな冒険世界と異なり大変地味なもので宝箱なんてまず出てこない。なのでこういうゲーム感覚の遺跡探索は新鮮だった。
受付AI:「ようこそ!新人の冒険者さん。では説明しますね!」
侯輝:「はーい!」
天理:「俺らプロだし、お前もう新人じゃないけどな」
侯輝:「こういうのはノリが大事だよ!天理」
天理:「はいはーい」
冒険者ギルドのお姉さん風受付AIから説明を受ける。この施設は全部で9階層に分かれており、各フロアごとに設定された謎を解き明かして上の階に進むという仕組みになっているらしい。精霊魔法は低級魔法のみ使用可、武器は支給されたもの、内部で取得できたもののみ使用可。
天理は棒読みでAIに答えていたが説明自体は真剣に聞いていた。遊びとはいえなんだかんだで本気で付き合ってくれるところは天理の好きなところだ。
侯輝:「よし、行こう!どうせだからプロらしく最高記録出しちゃおうよ!」
天理:「ははは、いいよ、ちょっと本気出してくか」
支給されたアトラクション用の武器を軽く振りつつ、笑いながら二人は意気揚々と遺跡の中へと入っていく。一旦エレベーターで地下8階まで降りたところからスタートだった。ここから上へと登り地上を目指すらしい。
ーーお前とはじめて冒険した時の事、きっとお前の方が覚えているんだろうな。
地下8階はチュートリアルを兼ねているらしく、ゲーム初心者向けにも易しく迷路には落とし穴などのトラップは無いらしい。モンスターも弱いものしか出ず普段の訓練に比べたら準備運動程度だった。しかし油断はできないと警戒しつつ慎重に進んでしまうのは職業柄ゆえか。
侯輝:「ん?何か聞こえた?」
天理:「いや、何も。警戒するか?」
精霊使いとして優秀な天理は風の精霊シアに頼んで辺りを警戒する事もできるが俺の動物本能的な第六感を信用してくれてこうして慎重に俺の意見をちゃんと聞いてくれる。天理と初めての任務の時は俺がカンだけで一人突っ込もうとして怒られたのはいい思い出だ。
侯輝:「気のせい……かな?先進も!」
天理:「ああ」
アトラクション用武器の操作感を覚えたところでフロアボス"間抜けなホブゴブリン"を倒し順調に地下7階へと昇る。フロア毎にもクリアタイムランキングがあるらしく成績は上の下といったところだった。上位は周回組が多いのだろう。俺がむぅと負けず嫌いを発動していると「初めてにしては上々なんじゃないか?」と天理が苦笑しながら腕を伸ばし頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。時折子供扱いする様な行動をとるが、俺はそれが嫌じゃなくてむしろ嬉しい。
侯輝:「そうだね!楽しんだ奴が優勝だよね!」
天理:「ふっははっ、その意気だ」
天理が笑っていてくれるんだからもう優勝した様なものなのだ。
ーーお前が護ってくれてそして俺が謎を解き明かす。楽しかったな。俺の研究成果が認められてお前が喜んでくれてたの本当に嬉しかった。研究資料の協力者にお前の名前ずっと入れてたの知ってたか?
地下7階に昇ると遺跡風のダンジョンでモンスターに加えいくつかの小部屋には謎解きが存在していた。
天理:「おおお……アトラクションにしては精巧な造りだな。これは普王朝時代の……」
侯輝:「天理ちょっとぉ!モンスター来てるってば!遺跡見てないで手伝って!」
任務中は自制しているが今日は遊びに来ているという気の緩んだ天理の悪い癖が出ていた。
天理:「あぁすまん」
侯輝:「も~!ちょっと集中してよ!危ないでしょ!」
そうは言ったものの天理を傷付けさせるつもりなんてなかった。遊びだろうが何だろうが絶対に護るのだ。そう誓ったのだ。
戻ってきた天理と協力してモンスターを倒すと天理は遺跡に楽しそうに夢中になり始めた。
天理:「ふむ、この仕掛けは……ほーふむふむ……」
侯輝:「謎解けそう?」
天理:「あ。それならそこの模様をこう動かしたら……ほら開いた」
天理がさっき見ていた方の壁面パネルをさっさっと動かすと扉が開き通路が見えた。
侯輝:「……俺が戦ってる間にもう解けてたんじゃん!その後遊んでたね?!」
天理:「あ、遊んでねぇよ!学術的にだな!わぁっ!」
言い訳し始めた天理をぎゅうと抱き締めると大人しくなった。
俺の腕の中で恥ずかしげに俯く姿が可愛くて仕方がない。
天理:「……他の奴が来るかもだろ……離せ」
侯輝:「やだ」
天理:「…………俺が悪かった」
侯輝:「うん」
腕の中から解放してあげると、ほっとした様に息をつきつつも名残惜しそうに「……もういいのか?」と見上げてくる。その様子が嬉しくてにこにこと笑ってしまう。
侯輝:「うん!天理チャージ完了!」
天理:「ぅ……ばぁか」
恥ずかしそうに目を伏せる姿に胸がきゅんとする。本当はずっと抱きしめていたいけど、天理が一番可愛い姿は俺達の家に帰った時だから我慢する。
ーー二人で苦労していい家に引っ越したと思ったら妖精が居たのには驚いたよな。みんな宝物だ。
地下6階に昇ると先ほどまでの雰囲気が一変し、どういう仕組みか分からないが森林の奥地の様なフロアに出た。振り向くと巨大な木のウロの中にさっき登ってきた地下階段が見えた。
天理:「よくできてんなー空まで投影してるのか」
侯輝:「見渡す限り木ばっかりで迷いそうだね」
野外知識は豊富だしS.Gの任務でも森林散策は経験しているから迷わないと思うが、こんなに鬱蒼と茂った森は初めて見た。
時折顔を出しては逃げていく小さな妖精を横目に、森のモンスターをいなしながら慎重に進んで行くと森の中に少し開けた広場に見事な桜の大樹があった。
侯輝:「綺麗……」
天理:「そうだな」
満開の枝垂れ桜の花びらが風に舞い散り幻想的だった。夏侯の実家にもいくらか存在していたが、なぜかふと思い出したのは見覚えがない家の小さな庭にはえる1本の桜で、とても懐かしい気分になった。天理も何か思うところがあったのか二人してその景色に見惚れていると突然女の声がした。
桜の精:「あぁら、いい男が二人もいるじゃなーい。アタシと一緒にずっとここで暮らしましょー」
声の方を見るといつの間にか樹に寄りかかる様に座る妖艶な美女がいた。
侯輝:「うわぁすごい美人。こんにちはー」
天理:「……木の精っぽいな。敵か、イベントか……」
桜の精:「うふふ。アタシは敵じゃないわ。桜の妖精よ。よろしくねぇ」
その女性は立ち上がると俺達より頭二つ分は高い身長に豊満な胸、長い脚、腰まであろうかという長く美しいウェーブの桜色の髪をしていた。
桜の精:「いい男は大歓迎!どう?今晩一緒に寝ない?」
天理:「え?いや俺達は先に……」
天理の顎に手を添え甘い香りを漂わせながら迫る桜の精から俺は慌てて天理の肩を抱き寄せた。
侯輝:「ごめんねっ。俺たち結婚してるからっ!」
天理:「えっ!勝手に決めるな!」
桜の精:「あぁら、仲がいいのねぇ。そっちのお兄さんもどう?」
そう桜の精が言い、甘い香りがし、俺と目が合った瞬間、とてつもなく桜の精が魅惑的な存在に見えて堪らなくなった。
天理:「おいっ!侯輝!チャームか!」
天理から手を離しフラフラと桜の精に近づこうとする俺の腕を左手で掴み、天理は厳しい表情で桜の精を睨みつけた。右手には詠唱すらしていないのに火の精霊ブラムが召還されていた。
桜の精:「あぁら、そんな怖い顔をしてはダメよぉ。せっかくのいい男なのにぃ」
桜の精はそう言うと目を閉じゆっくり深呼吸をした。するとさっきまでの魅了が嘘の様に消え失せた。
侯輝:「あれ?なんだったんだろう……天理?」
桜の精:「ふぅ。危ない危ない。アタシ愛の炎で木炭にされちゃうところだったわぁ」
桜の精は悪戯っぽく笑うと立ち上がった。桜の精を睨み付けていた天理はそこで漸くブラムを送還した。ともかく天理がなんとかしてくれた事だけは分かった。珍しく結構怒っている天理には悪いけど俺の為にこんなにも怒ってくれるなんて嬉しいなと不謹慎にも思ってしまった。
侯輝:「えへへ、天理、ありがと」
天理:「こら、にやけてんな、もっと気をつけろ」
桜の精:「ふふふ。熱々ねぇ。アタシの魅了にかからない男なんて滅多にいないから金髪のお兄さんを許してあげて。黒髪のお兄さん」
桜の精:「でもアタシと一晩寝てくれたら次のフロアの扉を開けてあげるんだけど……」
天理:「断る!」
侯輝:「ごめんね俺天理以外はやだな」
桜の精:「あら残念。それじゃあ……」
桜の精はそう言うとこの森の奥に住む妖精の手伝いをしてくれたら扉を開けると約束した。
森の奥にあるやはりどこかで見たことがある様な平屋の一軒家にたどり着くとそこには家主が居ない家を守り続ける座敷童子が独り寂しく佇んでいた。
桜の精:「元気が無くてお掃除も出来ないみたいなのよ。この子と一緒にお掃除してあげて」
桜の精がそう言うと座敷童子は俺達を見てにっこり笑った。
侯輝:「わかった!任せて!」
天理:「……!分かった」
天理が微笑み、俺が元気よく答えると早速箒を手に取り家の中に入った。
桜の精:「ふふ。よろしくね」
俺がはたきをかけ、天理が風の精霊で埃を飛ばし、俺と天理と座敷童子とで箒で床を掃き、水拭き、乾拭き、窓枠の汚れを落とし、棚の上や壁を綺麗にした。
俺の鼻歌を聴きながら皆で分担し作業を続けた。
粗方綺麗になって座敷童子を挟み縁側で三人座って一服すると座敷童子は天理にぎゅっと抱き付いた。
天理:「わ……お、い?どうした?」
天理が驚きつつも優しく頭を撫でると座敷童子は嬉しげに頬ずりした後満足げに離れた。
侯輝:「あれ、俺にはしてくれなかった……」
しょんぼりと言う俺の言葉を聞いて座敷童子は恥ずかしそうにもじもじした後また天理の膝の上に乗っかり今度は俺の方を向いて手招きした。
俺は喜んで近づき抱っこすると腕の中で大人しく丸まったままじっとしていた。
しばらくすると眠くなったのかウトウトし始めたのでそろりと降ろして布団を敷いて寝かせた。するとすぐにすやすやと寝息を立て始めた。
桜の精:「これであの子はもう大丈夫。願いを聞いてくれてありがとう。さあ次のフロアの扉を開けるわね」
始終を見守っていた桜の精がそう言うと俺達を元来た場所へと導き歩く。だがしばらくして座敷童子の住む家を見つめたまま立ち尽くしている天理の顔を覗き込むと涙を溢していた。
侯輝:「天理?!どうしたの?」
天理:「……!あ、ああ……あれ?なんで俺……すまん、先進もう」
天理の顔を心配そうに覗くと慌てて袖で目尻を拭った後笑顔を作ったけど、その表情はまだ悲しげだったから俺達はそれ以上何も言わずに先に進んだ。
天理:「ずっとあそこに居たかった……すまん、ただのイベントなのにな、変なこと言って」
侯輝:「いいよ。俺もそんな気分だったから」
俺はそう言って優しく微笑むと天理の手を握りしめ歩き出した。
桜の精:「アタシは……先に進んだ方が良いと思うわ……なんてね。さっ扉を開くわ」
桜の精は真剣な面差しになり最初の巨大な大樹まで来ると巨大なウロへと桜の花びらを手から溢れさせふぅと息を吹き掛ける。桜の花びらが散り消えるとそこには登り階段が現れていた。
桜の精に見送られ登っていくと大きな扉の前にたどり着いた。
ーーあの時は自分達の手で皆を助けられたんだって少しだけ誇れた気分だったけど、皆の犠牲は俺達の……
地下5階に昇り扉を開けると今度は寂れた病院の建物内だった。
侯輝:「なんだか不気味な雰囲気だね……」
天理:「ああ、そうだな。今度は戦闘があるかもしれん」
俺達は警戒しながら館を歩き出した。ぼろぼろの館の中は一人一人居らず、だが蝋燭の明かりだけが灯っていた。窓の外は夜の光景が写し出され、その景色は不気味だった。
しばらく歩くと何かが割れるような音が聞こえてきた。
天理:「今の音は?」
俺達は音のした方へ駆け出すとその先は食堂で中に入るとテーブルや椅子は倒れており床には皿の破片やスープの入った鍋が落ちていた。そして奥の方ではナース帽を被った骸骨と病衣のゾンビ達が戦っているのが見えた。
俺達に気付いたのかこちらに振り向くと骸骨とゾンビ達が襲いかかってきた。完全に接敵する前に天理が火の精霊を呼び出し先行してゾンビを攻撃させると、俺はそのまま突っ込み、骸骨を蹴り飛ばして壁に叩きつけ剣に光の精霊を宿し叩き倒した。
天理:「動きは鈍そうだな。えげつない攻撃も無さそうだ」
侯輝:「そだね。実際のゾンビ意外と速いし酸吐くしホントやだよね」
言いながら火に焼かれてウロウロするゾンビを剣で斬り裂きながら天理に近寄ると、天理は炎の刃でもう一体を切り伏せていた。
侯輝:「天理、危ないからあまり前出ちゃだめだよ」
天理:「ああ……って俺もフォワードできるだろうが」
侯輝:「あ、うん、そうなんだけどさ……」
天理は前衛向きでは無いが戦えない訳じゃない。背中を預けて戦える。知っているはずなのになぜか後ろに庇い心配しまう気持ちが溢れてしまっていた。
俺は頭を振って気持ちを切り替えると、探索を続ける。襲い来るゾンビの人や動物やクリーチャーを倒しつつ、ゾンビを産み出した研究者の日記やら医者の手記やらを読み、なぜかただの扉に異様に複雑に施されたカラクリを解き進む。
侯輝:「もう扉壊しちゃいたい」
天理:「ふふっ、そう言うな。そういうアトラクションなんだから」
戦闘が多く不気味な雰囲気も相まって緊張続きで強張りがちだった天理の顔がほんの少し緩む。俺はそれが嬉しくて思わず笑ってしまう。
侯輝:「そうだね。ごめんね」
天理:「いや、俺はお前のそういうところが好きだよ」
ぽそりと呟かれた言葉が俺の心を暖かくする。
侯輝:「えへへ、ありがと」
天理:「……おう」
ぎゅっと抱き締めると天理は顔を赤く染め俯く。
天理:「も、そろそろ離せ警戒しないと」
侯輝:「ここね、扉開けて移動しないと敵出てこないアトラクションだから大丈夫!」
呆れる天理を気が済むまで抱き締めると体を離す。すると天理が不思議そうな顔で見上げるので首を傾げてみる。
天理:「お前背伸びたか?」
侯輝:「え?うーんちょっとだけまだ伸びてるみたいだけど。今度測ってみようかな」
俺達はその後も何度か戦闘を繰り返し、フロアボスの大きな部屋にたどり着くとゾンビ研究者のイベントの後、大きな穴から犠牲になった人々の霊体の集合体である巨大な怨霊が現れ襲いかかってきた。攻撃が通用するのは剣ではなく霊力が込められた射影機らしい。
侯輝:「バイオハザードシリーズだと思ってたら零シリーズだった!」
天理:「それでゾンビが妙に心を抉ってくる和製ゾンビだったのか。侯輝、実態を持たない霊体系ならお前の独壇場だ光の御子の力を見せてやれ!」
俺は軽口を叩き、それに合わせる様に天理は冷静な解説風に早口で喋ってはいたものの、実際は巨大な怨霊から聞いているだけでも頭の中をぐちゃぐちゃにされそうな無数の怨念、怒声、鳴き声、悲鳴が飛び交い、俺は半泣きだったし、俺の肩に手を置く天理の手は震えていた。
それでも必死に唐突に支給された射影機に光の精霊力を込めて構える。
侯輝:「えっと、ごめんなさいっ!!」
俺がもう訳が分からないまま謝罪の言葉を叫びつつ撮影ボタンを押すとフラッシュが焚かれ、巨大怨霊は悲鳴を上げながら一撃で消滅した。
フロア風景が夜明けを演出し、なぜかこの階層だけ天野月子のテーマ曲が流れ、上層への階段が現れた。
天理:「最後まで抉ってくるな……」
侯輝:「このフロア作った人絶対おかしいよ!?」
ーーずっと迎えに行ってやれなくてすまなかった。……きっとお前の方が辛かっただろうに。俺は堪えられそうにない。
地下4階へと昇ると今度は典型的な中世ヨーロッパRPG風で王様からドラゴンに拐われた姫を救い出せという依頼を受けた冒険者という設定で、魔王城の地下に囚われた姫を救出すべく城に向かう事になった。道中現れるモンスターを倒しながら進み、内部に入ると首無し鎧やら悪の魔道士やらがうようよいて、城内を探索していく。
再奥の部屋にたどり着くと牢に捕らえられた姫と玉座に座りどこかトカゲを彷彿とさせる男がいた。
姫:「勇者様!さぁ早くその魔王を倒して下さいまし!」
侯輝:「うーん困ってる人は助けてあげたいけど、なんか違うなぁ。魔王って倒さないとならないの?まあ天理がお姫様なら有無を言わさず魔王やっつけちゃうけどね!」
天理:「お前な、それじゃ話が進まないだろ。でも一理あるか一応交渉してみよう。……魔王、姫さん返してくれ」
問われたトカゲっぽい魔王は天理をじーっと見つめるとニヤリと笑った。
魔王:「ふむ、貴様が我が寵姫となるならこの女を返してやっても良いぞ?」
天理:「は?」
姫:「は?」
侯輝:「はぁ?!!あいつ殺す!」
天理:「待て侯輝どうどう。俺が捕らえられるフリして逃げてくるから……」
侯輝:「やだやだやだ!そうだ!それなら俺が身代わりに!」
魔王:「褐色ムキムキマッチョは好かん。しっしっ」
侯輝:「なんだとー!」
天理:「健康的な小麦肌のムキムキの何が嫌なんだよ、しかも金髪イケメンだぞ……?」
侯輝:「天理♡」
魔王:「うるさい黙れ色ボケ勇者共」
姫:「もおおお!早くそいつ倒して助けなさいよーー!」
侯輝:「あっごめん姫さん」
天理:「なあ魔王あんた細身な色白好きか?」
魔王:「……うむ。種族雌雄は問わぬ」
姫:「え?」
天理:「それなら当てがあるぞ」
侯輝:「あっ!ひょっとして!あの娘?」
ここに来る前に魔族の街に変身して侵入した際、心優しい白い蜥蜴族の娘を思い出していた。
天理:「じゃちょっと待ってろ」
侯輝:「ごめんね姫さんすぐもどるからー」
姫:「ちょっとおお!」
魔族の街に戻り白い蜥蜴族の娘に頼み込んで連れてくると魔王は出会った瞬間どこからか指輪を取り出し娘に差し出し求婚した。幸い娘は戸惑ってはいたが魔王が真剣なのは伝わったのか悪く思う様子は無い様だ。
白い蜥蜴族の娘:「あの……お友達から……」
魔王:「構わぬ!……あ、色ボケ勇者共よくやった姫は返すぞ」
魔王は牢の鍵を投げて寄越すともうこちらは見ていなかった。牢の鍵を開け姫を連れ出す。
姫:「助かりましたけど……納得いかないですわー!!」
姫は牢を出た瞬間飛び蹴りを綺麗に魔王にかますと、魔王はあっさりと吹っ飛んだ。
魔王:「ぐへぇ!?」
姫:「さっ帰りますわよ!」
魔王を白い蜥蜴族の娘が介抱しているのを尻目に、姫を連れて城に戻った。
王は姫の帰還に喜び、姫の無事を祝う宴を開いた。
姫:「私は魔王を倒してきます!必ずや世界を救って見せます!」
王:「なんと!姫よ!そなたがそこまで決意しておるなら止めん!魔王を倒し世界を救うのだ!」
侯輝:「あのー俺達に何かご褒美とかはー?」
姫:「ありません!……とはいえ、まあ出してくれたお礼はしましょう」
姫は上のフロアに行く為の塔の入り口の鍵を寄越すと打倒魔王に向けて気勢を上げながら去って行った。
やはり魔王を倒した方が褒美を貰えたんだろうかと話ながら塔を登っていく。
侯輝:「なんか……姫さん、テンションおかしくない?」
天理:「長いこと閉じ込められてストレス貯まってたんだろ。暴れたい場合もあるんじゃないか?あれなら自力で出てこれた気もするけど」
侯輝:「お姫様的にはやっぱり助けに来て欲しかったんじゃないかなぁ。もしムキムキ好きの魔王に俺が捕らわれたら助けに来てね天理♡」
天理:「ばぁか、自力で出てこい。……助けに行くけど。もし……俺が捕らわれたら……」
侯輝:「うん。絶対迎えにいくよ。たとえこの身が滅んでも」
天理:「馬鹿、死ぬなよ……でも、待ってる」
天理はまだ捉えられてもいないのに堪える様な微笑みで侯輝を見つめていた。
ーー人として生きそして多くの人にめぐり逢い支えられて結ばれた。
地下3階に昇るとそこは大きな中世風の街中といった場所だった。リアリティに溢れた大勢のNPCらしきキャラクターが行き交い活気がある。見たことが無いのにどこか懐かしい感じがした。
侯輝:「うーんでも何すればいいんだろう」
天理:「お約束としては冒険者ギルドってやつにいってみるか」
侯輝:「だねぇ」
しばらく歩くと石造りの大きな建物が見えてきた。
中に入ると、酒場の様な雰囲気だった。ボードに貼られた依頼書らしきものを眺めていると30前後と思われる女性から声をかけられた。
パルマ:「いらっしゃい、あんた達ここは始めてだね。あたしはパルマ、このギルドの仕事の取り纏めをやってる。今新人だろうが猫の手も借りたい所なのさ。暇なら仕事手伝ってくれないかい?お使いで悪いんだけど……」
パルマから依頼されたのはとある考古学者夫婦の荷物を運ぶ事だった。
なんでも最近遺跡で発掘された貴重な古代の書物を研究所まで運び出したいので護衛して欲しいらしい。目的地はここから近いらしく徒歩で行く事になった。
護衛の道すがら、かつて考古学者を目指していた天理は相手がただのNPCだと分かっていても興味深そうに質問をしていた。
質問責めにしてしまった事にはっとして天理が謝罪すると、考古学者夫婦には息子がいるらしくまるで大きくなった息子と話している様だと喜ばれた。
侯輝:「でも本当に親子みたいだね。よく見ると二人に天理ちょっとずつ似てる」
天理の黒髪や凛々しい眉と少し引き結んだ唇は夫、アンバーの瞳と理知的で涼しげな目元は妻に似ている。
天理:「そ、そんなに似てるか?」
学者妻:「あら、うちの子が将来こんなにイケメン君になってくれるなら嬉しいわ」
学者夫:「……お前たち。もうすぐ着くぞ」
終始天理と楽しそうに考古学談義をしていた学者妻がきゃっきゃとはしゃぎ、ぶっきらぼうな口調だが優しい声音で学者の夫が話しかけてくる。
そして目的地の街へと無事辿り着いた。
学者妻:「この度は護衛して頂き有難うございました!冒険者のお仕事頑張ってね!」
天理:「いえ、こちらこそ。楽しかったです」
侯輝:「また会えるといいね」
学者夫:「……やる」
学者の夫が天理に近づくと鍵らしきものを差し出す。
学者夫:「これは古代の魔道具だ。使い方は分からないが、もし使えれば役に立つかもしれない」
天理:「え?いいんですか?ありがとうございます」
学者夫:「ああ、達者でな」
学者の夫はそれだけ言うと荷物を抱え歩いて行った。学者の妻がふふふと笑い手を振りながら夫の後を追うのを見送る。天理:「これ……鍵、だよな?」
天理は渡された先端が不思議な光沢を放つ小さな金属製の鍵を見つめ首を傾げる。鍵の持ち手は6枚の葉を模していた。鍵というものは開ける対象があって初めて意味を成す物である。
侯輝:「何に使えるんだろ?」
天理はとりあえずポーチにしまい込んだ。
天理:「さっきの人の子供ってどんな感じだったんだろうな」
侯輝:「きっと美人さんだよ」
天理:「息子と言ってたが……まあそうかもな」
天理は侯輝の言葉にくすりと笑うと再びすべき事を探す為ギルドへと移動する。地下3階のフロアは明確な指針が無いのでとにかく探すしか無さそうだ。
キョロキョロと街中を歩いていると奥から鎚を叩く音が聞こえる武器屋兼鍛冶屋を通りかかる。そろそろ武器を新調したかったので武器屋の店内に入って行くと従騎士らしき赤髪の女と鍛冶士が深刻そうな顔で細長い箱を前ににらめっこをしていた。
女従騎士:「どうしよう……このままじゃ兄さんの御使いが果たせない……正騎士叙任式に間に合わない……」
侯輝:「ねえねえどうしたの?」
野次馬精神が疼き興味津々で尋ねると鍛治士と女従騎士は急に話しかけられた事に驚きつつ藁をも掴む勢いで事情を説明した。
女従騎士が言うにはこの箱の中にある刀を鍛冶屋で研いで貰いに来たが収納箱が開かずに困っていたらしい。鍵穴はあるが鍵は無く、細工鍵ではない様で解錠スキルでは開かない。家に戻れば鍵があるかもしれないが戻っていたら叙任式に間に合わない。木箱なのでハンマーで叩き壊せそうではあったが、中身の刀も壊れてしまいそうだ。
侯輝:「そっか……そうだ!天理さっきの鍵使えない?攻略アイテムかも!」
女従騎士:「コウリャクアイテム?」
天理:「侯輝、メタな発言はNPCにするな。親父から貰った鍵か?」
天理はリュックから先程の考古学者の夫から貰った鍵を取り出す。
鍛治士:「そいつはアーティファクトの如何なる物も開けられるってぇ魔法の鍵じゃねえか?!実物は初めて見るぜ」
侯輝:「じゃ使ってみようよ!」
天理は実際そんなアイテムゴロゴロあったら問題だろうと思ったがそこは突っ込まずに鍵に魔力を込め解錠を試みた。が、一瞬光ったものの鍵が回らない。
天理:「不良品か?親父め……」
侯輝:「ダメかぁ……天理何気にあの学者の夫さんの事、親父って呼んでるんだね」
天理:「え?ああ、なんとなくな」
女従騎士:「わ、私にも試させて貰えるだろうか?」
珍しい物を触ってみたいとワクワクしてる体で手をピシッと挙げながら女従騎士が言い、天理がクスりと笑いながら「どうぞ」と場所を代わり女従騎士が鍵を掴む。そして女従騎士が気合いを入れるかのように「むん!」と鍵に精霊力を込めると木箱が突然炎上し瞬時に炭となって崩れ落ちた。
侯輝&鍛治士:「ええええ!!」
女従騎士:「やったあ!」
皆が驚愕する中、女従騎士が一人嬉しそうに炭の中から柄や鞘に真紅の意匠が施された見事な刀を取り出し掲げる。
天理:「開いた?っちゃ開いたが、いいのか?箱は……」
女従騎士:「はい!後で兄さんに謝ります!鍛治士さんお願いします!」
侯輝:「いいんだ。でもこれで正騎士叙任式間に合うから良かったね!」
不知火:「はい!」
鍛治士は戸惑いつつも刀を受け取ると刀身をじっくりと眺めた後、真剣な面持ちになると作業台で研ぎ始めた。女従騎士は興奮気味に侯輝と天理の両手を掴み「本当にありがとう!ありがとう!」と深く感謝をするとお礼にとこの魔法の鍵について詳しく知っていそうな情報屋を紹介してくれた。
その情報屋はいつも冒険者ギルドにいるとの事だったので侯輝と天理は再びギルドに戻る。
女:「こんにちは!私を探してるの?」
パルマにその情報屋が来ていないか名前を出して聞いていると突如後ろから話しかけられた。驚き振り向くと碧みかがった黒髪を結い上げ好奇心が強そうな瞳で話しかけてくる女がいた。S.Gのオペレーターに似た女性がいたが偶然だろうか。天理も覚えがあるのか少し驚いた顔をしている。
パルマ:「あんた達運がいいねぇそいつが情報屋速水だよ」
女→速水「ふーん君達が私を探してるって事は何か聞きたい事があるんだよね?なんでも答えてあげるわよ!」
侯輝:「じゃあ、この鍵なんだけど」
そう言って魔法の鍵を見せる。女従騎士が使ってから鍵の持ち手の6枚の葉の意匠の1枚がほんのり赤く変色していた。女従騎士の紹介だと言うと速水は友人なのだと笑顔で納得してくれた。
速水:「凄い!古代魔道具の魔法の鍵ね!この世のあらゆる物を解錠できると言われているけど、使い手を選び、その真の力は異界への扉を開くと言われているわ」
侯輝:「へぇー……ねえ天理、異界への扉って地下2階への扉かな?」
天理:「かもしれん。だが使い方が分からないな」
こそこそと天理と話していると速水がこちらを見て首を傾げる。
速水:「私も詳しい事は知らないからやはり専門家に聞いたらどうかしら!?学院の高名な考古学者先生にツテがあるから紹介してあげられるわよ?」
天理はそれだとまた使い方を知らないと言っていた最初の考古学者の所に行くのかと不安になったが成り行きを見守る事にした。
侯輝「ホント?!」
速水:「ええ!ただし交換条件として貴方達のお話を聞かせて欲しいの。私は情報屋よ。私興味深い話が大好きなの」
侯輝:「うん!いいよ!」
侯輝はともかく面白そうな話をすればこのイベントはクリアできるのかなと、地下8階からここまでの冒険譚を語って聴かせた。この階層とは世界観が違うフロアの話もあったのだが速水は楽しそうに二人の話を聞いていた。
速水:「ふむふむそうして艱難辛苦を乗り越えて二人は愛を育んでいったのね」
天理:「え、いやそんな話は一言も……」
侯輝:「そうだよ!元々ラブラブだったけど更に愛が深まったんだよ!違うの?」
天理:「……ち、違い、はしないが……」
赤くなり小さな声で肯定する天理の様子に速水は「ごちそうさまです」とにこにこと笑った。
速水:「さて、お腹いっぱいになったし最後に一つお願い。その鍵一回使わせて貰っていいかしら?どうしても開けたい物があるんだけど鍵を無くして開けられなくなった物があるの」
速水は軽い調子でお願いしていたが、その声と表情にどこか真剣な様子を感じ取る。天理と顔を見合わせると同じ様に感じ取ったのか頷いたので侯輝は「いいよ」と気軽に答えた。
速水:「ありがとう!じゃあちょっと借りるね」
そう言って速水は鍵を受け取ると、懐から取り出した小さなロケットの鍵穴に差し込み回む。すると鍵の取っ手模様の葉の一枚が青く変化した。カチャリと静かに開いたロケットの中身を速水は懐かしそうにじっと見つめると再びパタリとロケットを閉めて鍵を天理に返した。
天理:「……それ閉めていいのか?鍵はもう無いんだろう?」
速水は寂しそうな嬉しそうな複雑な表情で微笑すると「ええ。ありがとう先輩。じゃ!紹介する考古学者先生の場所を教えますね!」とメモにサラサラと地図を書いて渡してくれた。
天理:「あ、ああ、助かった」
速水:「いえいえこちらこそ。面白い話聞かせてくれましたし!また会いましょう!」
戸惑い気味に礼をいう天理に元気よく応えると速水は風の様に去っていった。
天理:「あいつ、俺の事先輩って言ってたよな?バグか?」
天理は首を傾げながら呟くと、侯輝が「うーんそうかも」と苦笑いしつつ話を流した。侯輝は速水が天理に向けた微笑に不快感は無いもののどうしてもモヤモヤしてしまうのだった。
そして二人は速水が書いた地図を頼りに考古学者がいるという学院へと辿り着く。速水の紹介だと伝えると考古学部の部長室へと案内された。かつて大学で考古学者を目指していた天理は学内の懐かしい雰囲気を感じながら場馴れした風に部長室へ「失礼します」と入り侯輝はそれに続いた。そこに居た老いた考古学者の女性を見た瞬間天理の目が驚愕に開かれる。
天理:「義母さん……」
天理の呟きに老女の考古学者は首を傾げて「あら?どこかで会ったかしら?」と言うと「いや、何でもないです」と天理はすぐに誤摩化した。
侯輝:「知ってる人に似てるの?」
天理:「あ、ああ……偶然だと思うが」
天理はほとんど生まれてすぐに孤児になったと聞いていたので、話に聞いていた考古学者の養母に似ている人物なのかと侯輝は推測した。
改めて互いに名を名乗り挨拶を交わすと考古学者の老女ヒステリアに魔法の鍵について聞く。ヒステリアは少し驚きの表情をした後、魔法の鍵について説明してくれた。
この魔法の鍵は巷ではなんでも開けられる鍵として知られているが、別名精霊王の鍵と言い、火、水、風、土、光、闇の6つの精霊力を込めると使い手が望む異界への扉を開く事ができる。精霊力はそれぞれの精霊適性のある人物に鍵を用いてもらう事で込める事ができる。現在鍵の持ち手の葉の意匠が赤と青に染まっている為、火と水の精霊力は既に込められている事が分かるとの事だった。
侯輝:「やった!それなら俺と天理で後全部込められるね!」
ヒステリア:「あら!……ところで最初にこの鍵を使われたのはどなた?」
天理:「え?火の精霊力を込めた偶然知り合った騎士見習いなのですが……」
ヒステリア:「そうではありません。その前にこの鍵を使った人です。最初に使った方は精霊力を込める事ができません」
侯輝:「あ!天理だ!」
女従騎士の箱を開ける為、最初に開錠をこの鍵で試したのは天理だった。無反応だった為、その後女従騎士が使用したのだった。
ヒステリア:「この鍵は最初に真の鍵の使い手として認められる人物に目覚めさせられて初めて起動する魔道具です。その後他の人物に助けて貰わなくてはなりません。天理さんが真の使い手ならば侯輝さんしか込められません。侯輝さんの精霊適性は?」
真の使い手の条件さえ無ければ二人で6つ全部込められたのだが、天理が真の使い手の為、それができないという。
侯輝:「がーん。俺が先に使ってれば楽だったのに……俺は光と……闇です」
天理:「いや、俺で良かった。確かに俺なら4つ一気にいけたが信用できる闇の適性持ちを探す方が大変だ」
ショックを受ける侯輝に天理が優しく慰める。ヒステリアは侯輝の闇適性を聞き一瞬驚きはしたが天理とのやり取りを見て微笑んだ。
ヒステリア:「そうなのですね。ではあとは風、土の適性持ちが必要なのですね。私風の適性はあるので協力しましょうか?」
侯輝:「ありがとうございます!助かります」
天理:「本当に良いんですか?何かお手伝いとか……俺文書整理とかもできますよ」
天理は亡き養母にそっくりなヒステリアに何かしてあげたいと訴える様に申し出たがヒステリアは静かに首を振った。
[NPCヒステリアのモデル:天理の養母であり転生前では恩師]
ヒステリア:「構いませんよ。かの精霊王の鍵が真の姿に近づく貴重なところを見せて頂きましたし、若い方々のお役に立てるなら嬉しい限りです。さて何を開けましょうかね」
ヒステリアは目尻に皺を寄せ嬉しそうに微笑み、一つ考えたあと部屋の棚にあった小さな錠付きの箱を机に置いた。天理から鍵を受け取ると鍵穴に差し込み、回しながら箱を開けた。開けるとほんのり花の香りが漂った。「これはね私の宝物なの」そう言いながら中からドライフラワーを取り出した。
侯輝:「いい匂いがするね」
ヒステリア:「ええ、私と同じく考古学者を目指していた私の娘や教え子達が卒業時にくれた物です。とても可愛らしいでしょう?」
他にも栞や押し花や刺繍のハンカチや小さなぬいぐるみ、ビーズアクセサリー、手紙等があった。
ヒステリア:「みんな私の元を旅立って考古学者として各地で活躍しています。なかなか会えませんが活躍の報せが耳に届くと自分の事の様に嬉しいんですよ。なぜかしら貴方を見ていたら無性に思い出してみたくなってしまったの」
天理:「……」
ヒステリアが天理を見つめて優しく微笑む。その笑顔を見て志半ばにして考古学者の道を閉ざしてしまった天理は俯いた。亡き養母もこうして期待してくれていたのかと思うと胸が痛くなった。
ヒステリア:「あらごめんなさい。こんな話をするつもりじゃなかったのに」
天理:「あの……俺も実は以前、心から考古学者を目指していたのですが、やむを得ず諦めてしまったんです」
ヒステリア:「まぁ……そうなのですね。今のお仕事は大変なのですか?」
ヒステリアは労わる様な優しい口調で問いかけてきた。
天理:「いえ、危険はありますがなんとか。どうしても諦めきれなくて趣味で遺物収集は続けています」
ヒステリア:「まあ!それはとても素敵な事だわ」
ヒステリアは嬉しげに笑った。
天理:「え……」
ヒステリア:「きっとこれまで大変だったでしょう……そんな中、このドライフラワーから薫る微かな薫りを共有するかの様にほんの少しだけでも同好の想いを抱いていてくれるだなんて嬉しいわ」
ヒステリアは手に持ったドライフラワーを優しく撫でた。天理はそこにいるのがNPCだと分かっていても、まるで亡き養母が話しかけてくれてる様に感じ、ヒステリアの優しさに涙が出そうになり少し俯く。事情を知る侯輝は天理にそっと寄り添って背中を摩った。
天理:「そう、ですか」
ヒステリア:「あら嫌だわ、こんなおばあちゃんに言われても困ってしまわれるかしら?」
天理:「いえ……恩師の期待に応えられていないとずっと思っておりましたので少しだけ救われた気がします」
ヒステリアは目を見開いた後、優しく微笑んだ。
ヒステリア:「そう……私ならどんな道を選んでも良いと思っていますよ。きっと貴方の恩師もそう思っているわ」
天理:「ありがとうございます」
ヒステリア:「ふふふ、鍵はお返ししますね。その鍵に認められたという事は貴方にはきっと進まなければならないところがあるのでしょう。お気をつけて二人とも。楽しかったですよ」
天理が面を上げ少し笑顔を見せた事でヒステリアは楽しそうに微笑みながら、意匠の葉が更に一枚緑色に染まった魔法の鍵を天理に返した。
天理:「こちらこそ貴重なお話ありがとうございました」
侯輝:「ありがと、ヒステリアさん」
微笑みながらヒステリアが二人を見送る中、天理は深く礼をすると部屋を出た。侯輝も続いて出る。
学院の廊下を歩きながら侯輝は少しだけ目線の下にいる隣を少し物思いに耽り歩く天理をちらりと見た。
侯輝:「良かったね天理。例えここがゲームの中でもさ、天理がびっくりするくらいそっくりな人がああ言ってくれたならさ、本物のヒステリアさんもきっとそう思ってくれてるんじゃないかな?」
天理:「そう、だといいんだが」
侯輝:「そうだよ。ね。大丈夫だよ天理」
天理:「ん……ありがとな侯輝」
ヒステリアの助言に従い、魔法の鍵に土の精霊力を込めてくれる人を探す事にした。現実であればあてはあったがゲームの中ではそうもいかないだろう。またパルマに聞いてみればイベントキャラが出てくるかもしれないと冒険者ギルドに戻る事にする。
天理:「しかし偶然なんだろうか……他のキャラクターもどこかで会った事がある様な気がするんだよな……」
侯輝:「俺もそうなんだよね。でもデジャヴにしては何か違和感があってうまく説明できないんだけどさ」
天理の養母ヒストリアはメディアにも出演した事がある有名な人物であった為、このアトラクションのNPCキャラモデリングを現実の人間から引っ張ってきたという説明ならできそうではあったのだが今は考えても仕方がないと冒険者ギルドに戻る。二人はパルマに土の精霊適性持ちに心当たりがないか尋ねてみるとバーカウンターでちょうど休憩していた様子の二人組の女性の一人に声をかけた。
パルマ:「土花!あんたに頼みたいことがあるってさ!」
その二人を見た侯輝と天理は各々驚愕する事になる。
侯輝:「土花姉!土実姉も!」
天理:「え……って侯輝お前も知ってるのか?」
侯輝:「え?天理も?俺が家勘当された時に助けてくれた姉貴達なんだけど」
天理:「あの二人土護の妹なんだよ」
侯輝:「え、嘘ぉ、こんなところで接点知るだなんて…」
二人の女性…双子の姉妹な土花と土実は侯輝にとって第二の姉の様な存在でS.Gに入隊し独り立ちするまで世話になっていた人達であった。また天理は幼馴染みの土護の双子の妹として知っていたのだが接点があった事はたった今知ったのだった。
土花:「え?何?私達あんた達とどこかで会ったかしら?ねぇ土実」
土実:「私は覚えが無いのだけれど……どちら様でしょうか?土花に何の御用ですか?」
見た目はそっくりな冒険者風の姉妹だったが突然名前を知己の様に呼ばれても大様として楽しそうに話す土花と、生真面目そうに見ず知らずの他人として警戒してこちらを伺う土実の様子に、自分達が知っている土花と土実と瓜二つではあるもののやはり別人のNPCである事を実感させられる。
天理:「失礼しました、知人によく似ていたもので。俺は天理と言います」
侯輝:「急にごめんねっ俺は侯輝だよ!」
天理と侯輝は無言でアイコンタクトを取ると姉妹がNPCだと分かっていても丁寧に挨拶し直して心証を改め直して貰える様に勤める。性格も似ている可能性があるのならば生真面目な土実は礼儀知らずには厳しい。用があるのは土花の方で、無礼もさほど気にしていない様子だったが、現実の土花は意外と土実の意見を尊重する為、土実の機嫌を損ねるとお願いを聞いて貰えない可能性があるのだ。こちらが改まり名乗ると土実は少し警戒を緩めたのか「土実です」と会釈し返してくれた。その様子を見て土花が微笑むと笑顔で問いかけてきた。
土花:「土花よ。よろしく。で、私に頼み事ってなぁに?」
天理は魔法の鍵を取り出し鍵の概要を簡単に説明する。そして鍵に土の精霊力を込めて欲しい事をお願いする。
土花:「へぇー何でも開けられる魔道具かー折角使えるなら普段開けられないモノを開けてみたいわねー王宮の宝物庫とか!」
侯輝:「わあ、面白そう!」
天理:「おい、待て」
土実:「もう、私と同じ顔で犯罪を犯すのは止めなさい」
土花が冗談めかしながら言うと侯輝が悪ノリし、それに土花が笑う。天理が思わず素で突っ込み土実は冗談と分かりつつも呆れている。
土花:「折角レアアイテムが使えるのよ!あんた達、精霊力込めるのはただでやったげるから何か面白いアイデア出しなさい!」
天理:「ぇぇ……」
侯輝:「うーん、じゃあね……」
波長が合うらしい土花と侯輝は、ああだこうだと楽しそうにアイデアを話始める。
土実が「土花がわがまま言ってすみません」と天理に謝り「いや、こっちが頼んでるので……」と真面目傾向の二人が苦笑しながら見ていた。
侯輝:「そうだ!その鍵ねえ、使うと開けた箱が燃えたりしたよ!」
土花:「何それくわしく!」
火の精霊力を込めて使って貰った時に開けた木箱が燃えた話をする。
土花:「なるほど単なる鍵って概念で考えなくてもいいわけね……ふふふ、いいこと考えた♪」
侯輝:「何々?!」
土花が面白い悪戯を思い付いた顔をし侯輝がワクワクと聞く。土実と天理は少し嫌な予感がし顔をひくつかせた。
「ついてきなさい!」と土花に連れられて街外れの山沿いにある寂れた温泉旅館に辿り着く。なんでも数ヶ月前から温泉の湧きポイントが山崩れの土砂やらで詰まったらしく客足が遠退いていふらしい。以前土花が土の精霊使いとして詰まりの除去を頼まれたが力不足で敵わなかったと説明された。
土実:「あなたまさか……」
土花:「そう!土砂詰まりを閉じた扉と解釈すればこの魔法の鍵が私の土の精霊力と相乗してお湯の道が開くって寸法なのよ!」
侯輝:「無茶苦茶だけど凄いよ土花姉!」
天理:「ぇぇ……」
土花が温泉の土砂詰まりの前で高らかに魔法の鍵を掲げると、土花の精霊力が魔法の鍵に注がれる。そして土砂詰まりの中心辺りに魔法の鍵を勢いよく差し込んだ。
土花:「蘇れ!オープン・ザ・温泉!」
ザバーッ!
土花の声と共に土砂詰まりが消えお湯が勢いよく溢れだした!
土花:「やったー!お気に入りの温泉復かーつ!報酬もゲットー!」
侯輝:「凄いよ土花姉!」
全員お湯でずぶ濡れの中、侯輝は目をキラキラと輝かせ、土花はドヤ顔で胸を張り、天理と土実は「ああ、うん」「そうね……」と苦笑していた。
流石に風呂場は休業中ですぐに入れなかったので温泉の女将から無料入浴券だけ貰って帰る事になった。道すがら土花と侯輝、そして土実も混ざり本当の姉弟かの様に仲良く話ながら歩いていく。冒険者ギルドへと近づくと土花は思い出したように魔法の鍵を天理へと返した。鍵の葉は更に一枚黄色に染まっていた。
土花:「あー楽しかった」
土実:「そうね。また縁があらばご一緒しましょう。侯輝さん、天理さん」
侯輝:「うん!なんか、さん付けさらるとむず痒いなぁ」
土花:「さっきからずっと姉呼びしてるけど、そんなにあんたに知ってる姉さんに似てるの?」
侯輝:「う、うん」
侯輝はすっかり自分が知る土花と土実と同じ様に接してしまっていた事を思いだし照れた様に応えた。
土花:「あんた見かけは私とあんた歳変わらなさそうなのにね。でもなんかでっかい弟ができたみたいで楽しかったわ。じゃ、私達はそろそろいくわ」
土花がそう言って手を振り去り土実も微笑して一礼すると土花に続いて去っていった。
侯輝:「土花姉と土実姉は有名人って事無かったはずなんだけど……このアトラクションどうやって作られてるのかなぁ……」
土花はフラワーアレンジメント講師、土実は公務員でメディアへの露出はほぼ皆無だったはずだ。こうも連続で偶然知人が出てくるとなるとアトラクションのシステムに疑問が沸かざるを得ない。
侯輝がうーんと悩んでいると天理が侯輝をまじまじと見ていた。
天理:「あ、れ……お前ちょっと老けたか?」
侯輝:「えっ!?」
天理:「いや、違うな。なんかこう、雰囲気が大人びたというか……」
天理が土花に言われた事が気になりよくよく侯輝を観察してみると、下層で感じていた侯輝への違和感をはっきりと目の当たりにしていた。ほんの僅かだがこれまでより目線が高い、体格がより成熟し、幼さが残っていた顔付きが精練されている等々、それはまるで時が経ち成長した侯輝を見ているかのようだったのだ。
侯輝:「そ、そんなに?え、天理は何も変わってないよ?」
キョロキョロと鏡を探し街のショーウィンドウのガラスを鏡代わりに見ると天理の言う通り大人びた自分がいた。
侯輝:「あ、あれ?どうして?このアトラクションの視覚効果?え?」
天理:「落ち着け、侯輝、他はどこもおかしな所はないか?」
天理に心配そうに言われて改めて自分の体を見直す侯輝。他は特に変わった様子はない。
侯輝:「うん……大丈夫だと思う」
天理:「そうか……そんな説明無かったがな……」
自分以上に不安そうにし始める天理を元気づけようと侯輝は努めて明るい声を出す。
侯輝:「よし、早くクリアしちゃおうよ!そういうシステムなのかもだしさ!のんびり攻略してるとおじいちゃんになっちゃうのかもよ!」
天理:「あ、ああ……。うん、そうだな!」
本来自分なぞより不安なはずの侯輝に元気付けてくれていると気付けば天理はすぐに気を取り直した。
さっさと進めてしまおうと、魔法の鍵に残りの闇と光の精霊力を込める為、侯輝は適当な錠を探す。
女:「ねぇっ!そこの人っ!この辺で鍵束落ちてるの見かけなかった?!木製のっ!」
二人は錠付きの箱でも探そうと道具屋に入ろうとすると長い黒髪で30代くらいの女に切羽詰まった風に話しかけられた。服装は清廉とした袖の長い異国の神官着だったが女性にしては体格が良く、快活そうな雰囲気が少し不釣り合いにも見える。
侯輝:「残念だけど、見てないや」
神官女:「そっかぁ……うわぁんどうしよー!結納式に間に合わないよー!」
天理はなんとなく全体的な雰囲気が侯輝に似てるなと思っていると、神官女はぐるっとこちらを見ると「ねえっあなた達冒険者?報酬出すから鍵探し手伝って!」と拝み倒してきた。
天理:「ええっと……」
侯輝:「うん、いいよ!」
天理は侯輝の異変から早くこのゲームをクリアしてしまいたかったが、侯輝があっさり承諾してしまったので仕方なく了承した。が天理は神官女の袖に何やら鍵らしきものが入っているのに気付く。
天理:「ん?なあ、あんたの袖になんか入ってるのもしかして……」
神官女:「え?あ!!鍵!あっ……たぁ……ぁぁ」
侯輝:「あー壊れちゃってるねー」
結局袖に入っていただけだったというオチだったのだが木製の鍵は粉々になっていたのだ。
神官女:「あ、あは……あははは……どうしよう……これじゃ結納式に出られないよぉ……」
侯輝:「結納式?」
神官女の言葉に侯輝も驚いた顔をした。
神官女:「あ、うん……私ね、結婚を控えてるんだけど……式の先祖代々のお道具の部屋の鍵がこれだったの……」
壊れた鍵を手にしながら泣きそうになっている神官女を見て侯輝は天理に言った。
侯輝:「ねぇ天理、どうせなら人助けしてあげようよ。なんだかほっとけないよ」
天理:「まあ……そうだな」
最初は乗り気では無かった天理だが神官女を見ている内に助けてやりたくなってしまった。苦笑しながら同意する天理に侯輝はにこりと笑う。
侯輝:「ねえお姉さんは精霊適性なぁに?」
神官女:「?光よ?あ、私見ての通り神官なの」
侯輝:「お、ラッキーだねお姉さんそれなら助けてあげられるよ!ね、天理」
天理:「ふふっ、みたいだな」
不思議そうな顔をする神官女に何でも開けられる魔法の鍵の説明をする。
神官女:「わぁそんな凄い鍵使わせてくれるの!?ありがとーっ!」
侯輝:「わわっ!」
神官女は感激の余り侯輝に抱きついて礼を言ってきた。その邪気の無い行為に天理は驚き少しの嫉妬心を覚えるももなぜだか不快にはなりきれないでいた。
神官女:「ほんと助かるよー!私一人じゃ絶対無理だったもん!これで結納式に間に合うよ!じゃうちに案内するね!」
神官女は侯輝や天理が突っ込みを入れる間もなくバッと離れたと思ったらもう「こっちこっち!」と歩きだしていた。
侯輝:「楽しそうな人だね」
天理:「ああ、お前が一人増えたみたいだ」
侯輝:「えへ、そうかな?」
天理が微笑しながら頷くと侯輝は嬉しそうに笑った。
神官女:「ここが私のうち」
しばし歩くと神官女が辿り着いたのは立派な社のある建物で敷地は漆喰の高い塀に囲まれていた。夏侯の実家に近いがより歴史を感じる風情があった。黙って立っていれば神官女の服装と家とがぴったりと一致しそれだけで一枚の絵になりそうだった。
侯輝:「立派なお屋敷だねー」
神官女:「色々だいぶ古いけどね」
天理:「いや、手入れされてるし、なかなか趣があるいい家だと思うが」
神官女:「えへへ、ありがと。あ、ごめんね裏口からこっそり入るよ」
神官女は裏口に回ると鍵がかかっている事に気付くと場馴れした風に塀の近くにあった木に登りよじ登ると侯輝が「ニンジャみたーい」と歓心し、天理が唖然と見ている内にそのまま塀の屋根に飛び移り塀を越えた。そしてカタリと裏口扉から音がすると「入って」と扉が開き中に二人を招き入れた。敷地内を静かに移動すると蔵の前に来た。
神官女:「壊しちゃったのはここの鍵なの」
神官女は恥ずかしそうに蔵の扉に付けられた年代物だが丈夫そうな南京錠を指す。天理が神官女に魔法の鍵を手渡すと「じゃあ借りるね」と言って魔法の鍵に光の精霊力を込めつつ緊張した面持ちで南京錠に差し込んだ。
神官女:「えいっ!」
一瞬鍵が光輝くとガチャリと音を立てて南京錠が外れる。
神官女:「凄い!開いた!ありがと鍵は返すね。そうだ良かったら見てって!」
天理:「え、部外者にいいのか。家宝とかあるじゃないのか?」
魔法の鍵の葉の意匠が更に一枚白くなった事を確認しつつ、天理はその申し出に驚きつつ尋ねる。
神官女:「お兄さんうちみたいな古いモノの好きそうだから、お礼に!見るだけならタダだから!」
ニコニコとさっどうぞ!とばかりに蔵の中に導く神官女に、そんなに物色紛いの目で見ていたのかと少し恥ずかしそうにする天理を見て侯輝はクスクスと笑った。
天理:「じゃあお言葉に甘えて……」
神官女が結納のお道具一式を運んでいる間に天理が歴史ある古物を興味深く眺め、侯輝は結納道具の運び出しの手伝いをしていた。
侯輝:「ねえねえ、これ衣装箱?ちょっとだけ見てもいい?」
年代物の桐の衣裳箱はシンプルでありながら鍵付きの丁寧な造りで高級感があった。
神官女:「うん!……あ、鍵……」
侯輝:「え、まさかこの鍵も壊れて?」
神官女:「うわぁん!そうだった、どうしよー!箱、こ、壊すしか!えーぃ」
侯輝:「ストップ!ストップ!」
天理:「まてまてまて!」
衣装箱を手近な家宝っぽい壺で速攻壊そうと思い切りが良すぎる神官女を二人して思い止まらせる。
侯輝:「ほら!魔法の鍵あるし!」
神官女:「えっでも……それもう後一回しか使えないとかなんじゃないの?大事な物なんじゃ……?」
天理が取り出した魔法の鍵を見て葉の意匠が先ほど自分が使った後カウントアップするかの様に染まった事で不安になった神官女が言う。
天理:「事情があってむしろ逆に使いきりたいんだ」
侯輝:「ついでに人助けできるならおっけーだよ!」
神官女:「そ、そうなの?じゃお願いしまぁす……」
神官女はこちらの都合だと聞かされてホッとしたような表情をするも、それでも申し訳無さそうにお願いしてきた。
侯輝は天理から鍵を受け取ると早速、闇の精霊力を魔法の鍵に込めようとするも戸惑い躊躇する。
侯輝:「あの、さ、俺の精霊力闇なんだけど大丈夫かな?」
天理:「侯輝……」
これまでこの魔法の鍵を使うと込めた精霊力の影響でただ単に錠が開くではすまない場合があった。流石に闇の力で炎上したり爆砕したりという事は無いだろうが神聖そうな気配すらある衣装が闇の力で穢れてしまわないかと侯輝は心配したのだ。
神官女:「?あなたなら大丈夫と思うな!私お日様も好きだけどお星様も好きなの!星が綺麗に見えるのは夜がとっても神秘的な深い闇だから!」
侯輝:「あ、ありがと……じゃ、開けるね」
侯輝と天理は驚きの目でニコニコと笑う神官女を見、侯輝は嬉恥ずかしそうに礼を言うと改めて魔法の鍵に闇の精霊をそのぽかぽかと嬉しい心のままに込め、衣装箱の鍵を開けた。静かにコトンと解錠音がし蓋を開けるとそこには見事な白無垢が納められていた。ふわりと漂う香の匂いは甘くどこか懐かさを思い起こされた。
侯輝:「綺麗……これ着るんだねきっと似合うよ」
神官女:「えへへありがと。あっ!皆隠れて!」
侯輝:「誰か来そうだね」
家人であろうか、神官女と侯輝がほぼ同時に蔵に近づく人物に気付くと逃げ場が無い為、侯輝と天理は蔵内の大きな荷物の影に身を潜める。
男:「接!なかなか帰ってこないと思っていたら遊んでいたのかい?!衣装箱まで広げて……」
侯輝:(えっ!)
天理:(この声……)
神官女:「ご、ごめんね!ケイちゃん、ほらちょっと鍵がおかしくて手間取っちゃった。ちょうど開いたからもうすぐ持っていけるよ!」
天理と侯輝が隠れると同時に蔵に一人の若そうな成人の男の声が聞こえてきた。その声は若々しさはあったが侯輝には父親夏侯継の声そっくりで困惑を隠せない。
(ケイって……それに今、お姉さんの事、接って呼んでた……!)
接と呼ばれた神官女はやって来たケイと呼ぶ男に壊れた鍵をじゃらじゃらと見せなんとか場を取り繕っていた。
男→ケイ:「全く君って人は……ああもう服も汚れているじゃないか」
神官女→接:「えへへ、転んじゃった」
生真面目そうなケイが呆れた様にだがどこか柔らかい声色で話し、接の服の汚れをぱたぱたと払う音が聞こえる。侯輝は様子を見たいが位置的に姿を表すと見つかってしまう為やむ無く身を潜め続けた。
ケイ:「まったく、これから結納式だというのに……君が怪我でもしたらどうするつもりだい?」
接:「うん、ごめんね」
ケイ:「……それが花嫁衣裳か……君の晴れ姿早くみたいな」
接:「ケイちゃん……♡」
ケイ:「あ、すまない……つい」
接:「えへへ……ありがと。ケイちゃん大好き!」
ケイ:「私だって……好きだよ」
二人ともお互いを想い合っているのは明白だった。接が結婚する相手はケイで間違いないだろう。
ケイ:「ほら、もうあまり時間が無い。とりあえず早く片付けて着替えなさい」
接:「はーい」
ケイはそう言うと慌ただしく去って行った。侯輝はそっと覗き込みその後ろ姿を捉える。それは細身で長身、自分と同じ金髪で歩き方は父夏侯継にそっくりだった。
天理:「なぁあれ、だいぶ若いがお義父さんじゃないか……?」
侯輝:「う、うん……でもそうなると」
接は母の若かりし頃という事になる。侯輝は産まれてすぐ母と死に別れ、母の写真も見た事がなかったから、接が史実通りの母か判別はつかない。本当にこのゲームはどうなっているのか、いつの間にか夢でも見させられているのかと今度こそ混乱しそうになった。
接:「ねーもう出てきても大丈夫だよー」
そうこうしていると接の声に呼び戻された。
接:「ごめんね、さっきの人はね私の旦那様になってくれる人なんだ」
天理:「とても真面目そうな人だな」
接:「うん、ちょっと堅苦しいとこもあるけど誠実で凄く優しいんだー。ケイちゃんはまだ若いけど将来の神官長候補なんだよ。それでね……」
亡き母だったかもしれない人が聞かれてもいない父の自慢を楽しそうに話す。父はきっとこんな母を心から愛していたのだろう。母が亡くなり荒れてしまった気持ちがなんとなくわかる気がした。
天理:「それにしてもケイさん若い様な……年下?いやいいんだが……」
接:「うん、6個下なんだけど私よりしっかりしててね。入婿になっちゃうし私でいいのかなって思うのに熱烈にプロポーズしてくれたの」
天理:「なるほど性格は母親似で性癖は父親似だったんだな……」
侯輝:「ちょっと天理っ」
えへへーと惚気る接の言葉に天理が侯輝を見ながらボソリと呟くと侯輝が慌てて止めに入った。
接:「あ、そろそろ帰って貰わないとだね!のんびりしてたらまたケイちゃん様子見に来ちゃう!」
天理:「と、そうだな」
急ぎ再び裏口へと向かう。扉を開けて外に出た。
侯輝:「あのっ一つだけっ」
ではと別れの挨拶を天理がしようとすると、侯輝が引き止めた。
接:「なぁに?」
侯輝:「子供はやっぱり作るんだよね?」
接:「うん、そうだね。ケイちゃんとの子供はいっぱい欲しいな!」
きっと自分が知る通りならこの家は御子の血を残さなければならない家であろう。だが接はそんな縛りも関係無いかのように明るく答えた。自分を産んだら死んでしまうのだと叫びたい気持ちもその笑顔の前に飲み込まれた。だがどうしても聞きたかった。
侯輝:「もし……産んだら命を落とす事になっても?」
接:「うん、それでもケイちゃんの子を産むよ。私の中で産まれてきたいって子がいる限り産むの」
そう言って微笑む彼女に侯輝はもう何も言えなかった。
侯輝:「……わかった。ありがと」
接:「ふふ、心配してくれるの?ありがと。あなたみたいな優しい子だったらいいな!」
侯輝:「あ、ご、ごめんねっこれから式だって時にっお幸せにねっじゃあ……」
接:「ううん、こちらこそ色々ありがと!またね!」
ブンブンと手を振る接に別れを涙を堪えて告げると侯輝は急いでその場を後にした。
人通りが無いところまでくると侯輝は我慢できずに涙を流していた。
侯輝:「母さん……」
天理は黙って引き寄せると頭を撫でた。やがて泣き止むと「ごめんね」と謝って離れる。
侯輝:「あれどこまで本当なのかな?父さんは俺の知らない若い頃だったけど確かに父さんだったと思う。ホントなんなんだろうここ。俺段々分からなくなってきちゃった……」
ゲーム中と言うにはあまりにも現実的過ぎて、まるで本当に生きている人間のように感じる。
侯輝:「俺はさ、この世界が夢だとしてもずっとここに居たいよ。だってここは天国みたいに平和だし、母さんも生きてるし……きっと探せば神我見姉や他のみんなだって……」
天理:「侯輝……そう……だな……」
魔法の鍵に全ての精霊力が込められ次の階層への条件は揃ったのだろう。鍵は精霊王の鍵となり天理の手の中で使われるのを待っているかの様にほのかに光っていた。天理は鍵をぎゅっと握りしめる。
天理:「そうだけど、でも夢は夢だ。行こう侯輝」
侯輝:「……うん」
侯輝が返事を返すと天理は精霊王の鍵に導かれる様に何も無い空間に差し出す。すると鍵が様々な色に輝いた後消えると突如そこに扉が現れていた。ゆっくりと扉が開かれると上層への階段が見え二人はそれぞれの迷う思いを抱えながら繋いだ手だけを縁にゆっくりと登っていった。
ーーお前と一緒に、逝きたかった。
地下2階まで上がってくると狭く高い天井の岩の隙間からほのかな明かりだけが差し込む薄暗い地底湖だった。近くにはスタートポイントと書かれた桟橋に船外機付きのボートが置いてある。先のフロアでのモヤモヤを晴らし気分転換させるように言う。
侯輝:「今度は誰もいないとこなんだね。このフロアはこのボートで進めって事かな」
天理:「らしいな。まったくモーター付きとは便利だな」
天理は船外機のスイッチを入れる。モーター音が鳴り響き船は問題なく動き出した。
天理が薄暗く狭い水路もどこか慣れた様に梶を取りながら警戒しつつ水路を進む。岩で入り組んだ地底湖は一本道の水路で時折岩影に小動物は見かけたもののモンスターは現れなかった。
侯輝:「えへへ、こういうデートもいいよね」
天理:「そ、そうか?まあお前と一緒なら……って油断するなよ」
侯輝:「うん、分かってる……お出ましみたいだね」
水路を進むと開けた地底湖に出た。船外機のエンジン音でこちらの所在はバレバレにもかかわらず地底湖中心には待ち構えるようにどことなくどこかで見たような気がする巨大な灰色の水蛇が水面から顔を出していた。舌をチロチロと出し入れし威嚇音を出しながら獲物を品定めするように二人を見つめてくる。
侯輝:「やる気マンマンっぽいね」
天理:「船上じゃただの餌食だ、水上歩行をかける。ウィン!」
侯輝:「おっけー!光の精霊よ
暗がりを照らせ!」
天理の水の精霊ウィンの力により水の加護を得た事を感じた。そして侯輝は剣を構えつつ光の精霊を呼び散開させ光源を確保しつつ、巨大水蛇の目を眩ませた。
侯輝:「いくぞ!はぁあああ!」
天理:「ガノ!力貸してくれ!」
二人は素早く船から水上に飛び降りると素早く水上を駆け水蛇に接敵する。侯輝は光の力を帯びた剣で斬りかかり、合わせる様に天理は土の精霊力で身体能力を強化しながら小刀で突く。
水蛇:「シャアアァッ!!」
元々目は良くない水蛇は目眩ましにはほとんど怯まず、赤視と匂いですぐにこちらを補足する。水蛇は痛みの怒りをぶつけるかの様に侯輝に素早く噛み付こうとした。
侯輝:「っぃっ!!はぁー!!!」
侯輝は寸で回避し、避けながらすれ違い様に胴を切り裂く。傷口から血を吹き出しながら水蛇は激しく暴れ、その口から蛇のものとは思えない低い音を発すると水中に潜った。二人が水中を警戒していると水中奥深くが一瞬赤く光り水上にいても伝わるほどの振動が伝わってきた。心の奥で警鐘が鳴る。
侯輝:「これまずくない?!」
天理:「水奥の土と火の精霊力が尋常じゃない!水底噴火だ!逃げるぞ!」
水底が徐々に赤く明るさを増してくるのが見えてくる。徐々に上がる水温。
侯輝:「嘘ぉ!これ攻略方法あるの?!」
天理:「ウィン守ってくれ!」
水の精霊ウィンの守りを受けながら二人はボートのエンジンをフルスロットルにし急いでその場を逃げようとする。だが尋常ではないスピードで湖の水がせり上がり始め水位が上がり始めた。
水蛇:「ガアアァッ!」
水蛇は水面から飛び出してくるなり、ボートを体当たりで破壊し二人に飛びかかるとそのまま二人を丸呑みにした。
天理:「っ!ウィン!」
侯輝:「負けるかぁあああああ!」
侯輝は天理と離れない様、天理の腰に手を回し強く抱きしめ、天理は水蛇の牙から二人を守る様にウィンの守りのフィールドを強化する。そして水蛇の喉奥へと完全に飲み込まれる瞬間、侯輝は剣を突き立て水蛇の口内を滅茶苦茶に切り刻んだ。
水蛇:「ギャオォオオオ!!」
水蛇は痛みに叫び声を上げながら暴れ、口から大量の血と共に二人を吐き出すとそのまま徐々に力尽きたのか動きを止めていった。なんとか水蛇は倒せたものの水中が水奥より溶岩で満たされていく。
天理:「ガノ!シア!ブラム!」
侯輝:「天理、俺の魔力も使って!」
天理は更に土の精霊ガノ、風の精霊シア、火の精霊ブラム、と4精霊全てを呼び衝撃防御、呼吸維持、熱遮断を施す。侯輝は天理をきつく抱きしめながら天理の魔力枯渇を案じ、魔術契約を通じて天理へと魔力の供給を図る。噴火の衝撃が凄まじく視界も遮断される中、天理は侯輝に強く抱きしめられ魔力を受けながら全精霊力を駆使して必死で空中へ安全な所へ戻ろうとする。だが状況は絶望的だ。ゲームとは思えない程のリアリティーが侯輝の心臓をバクバクと揺らした。
天理:「くそっ!このままじゃ……このままじゃ……また……また!!……嫌だ!嫌だ!嫌だ!!」
侯輝:「天理?!落ち着いてっ……あ、れ?これって……俺……は……っ!!」
逼迫した状況だけに慌ててしまう気持ちは分かるが天理が異常な程取り乱し始める。そして侯輝もまたこの光景に強烈なデジャヴを感じてしまっていた。それは遠い遠い昔、同じ体験をした様な記憶。
天理:「戻る!戻るんだ今度こそ二人で!」
錯乱寸前にも見える形相で天理がギリギリで精霊を維持しているのを見てはっとすると取り乱した天理をなんとか宥めてあげたいと思い侯輝は天理を抱き締める力を強めた。
侯輝:「天理!天理!落ち着いて!俺はここに居るから!ずっと傍にいるから!だから」
天理:「あ……あ……う……傍、に……う、わぁあああああああああああ!!!」
侯輝:「天理!!っ……!」
侯輝の声に天理は一瞬光を取り戻すも涙を流し絶叫すると完全に精霊の制御を失った。衝撃に飲み込まれ視界を完全に失うと遠くで「ビーッビーッビーッ!機器の異常を検知。緊急停止します」と機械音声を聞きながらそのまま意識を失った。