空想と太陽の物語2
そして数週間が過ぎた。
天理と侯輝はS.Gの業務をこなしつつ、エレリウスとの契約解除のシミュレーションと見直し、不足の事態に備えた対策などを話し合った。またそれらを通じて二人の契約を用いた連携は戦術の幅と質を高め、S.Gの任務も徐々に高度なものが増えていった。当初期待の星として入隊した侯輝は一時葉金の指導が得られない事でその成長を危ぶまれていたが、その活躍は当初の期待を超える程となっていた。
そして再びその日がやってきた。
「はい……ではまた侯輝と伺います」
天理がエレリウスからの携帯機の通話を切りすぐ横で物音一つ立てず聞いていた侯輝を見る。
「ん、じゃあ行こうか」
「ああ」
いつも通り退勤処理と同僚達と挨拶を交わし、二人は連れ立って部屋を出る。向かうは魔術学院精霊科エレリウスの研究室。
「……侯輝。改めて、今日はよろしく頼む」
「うん、任せてよ!これで最後にしようね」
「……ありがとな」
どれだけシミュレーションしても不安がちだった天理は侯輝の言葉に心から安堵する。天理は肝心の自分がこれ以上不安になってどうすると気を奮わせるも、もう少しだけ勇気を分けて貰うかのように隣に並び歩く侯輝に少しだけ近づいた。
恋人同士になり、体を幾度か交えても尚、公では控えめな態度をとる天理に侯輝はくすりとするも嬉しく思いながら優しく微笑む。
(……本当に可愛いんだよね……今日はなんとしてでも成功させるんだ!)
そして二人は目的地へと到着した。
扉を開けるといつも通りにこやかにエレウスが出迎える。
「いらっしゃい、待ちかねていたよ天理君、侯輝君も。さぁ、こちらへ」
「はい」
「じゃあ俺は前回と同じ様に横で控えているね」
天理:(まずはいつも通りに振る舞う)
エレリウスは天理と侯輝をエレリウスの契約陣が描かれた奥の部屋へと導き、棚から七色の光彩を放つ神秘的な糸車を手に早速天理に今日の精霊力解放儀式の内容を説明する。
エレリウス:「珍しい精霊糸が手に入ったんだが、やはり完璧な物は君にしか作れないと思ってね」
エレリウスの説明を呆れ気味に聞いている天理を意にもかけず少し興奮気味に話す様は天理を半奴隷状態に置いている事などすっかり忘れた子供の様にも見えた。
侯輝:(この人ホントにただ精霊魔法が好きなだけなんだろうけど、天理を苦しめていい訳じゃないんだよね)
侯輝はエレリウスに内心腸が煮え繰る思いをしつつも、表面上は珍しい糸に関心するフリをして完璧に誤魔化した。
エレリウス:「……と、以上が今回の精霊力解放に伴いやって貰いたい事だ。質問はあるかい?」
天理:(精霊糸から精霊達による精霊布の織り上げか……今回のは都合が良さそうだ)
天理:「……クオリティはやはり最高級の方がいいんですよね?」
エレリウス:「もちろんだとも、私の魔力ならいくらでも供給するからね」
侯輝:(まずは、いい感じに進みそう)
天理:「……わかりました。では始めます」
天理:(言質はとったぞ?)
エレリウス:「期待してるよ」
侯輝:「頑張ってね天理」
天理がこくりと頷き、天理と侯輝は二人にしか分からない様アイコンタクトを送り合う。天理は精霊糸を持ち契約陣の中に入ると、さりげなく契約陣の文字を素早く読み直す。侯輝と契約した事によって見えるようになった闇の精霊力による隠し契約文は侯輝が先日教えてくれた通りの酷い内容であった事を改めて確認した。
天理:(侯輝、お前完璧に覚えてきてくれたんだな。これで契約解除計画に修正は無し、だ)
天理はいつも通り集中する様に一つ息を吸って吐きながら契約文を見て改めて苛立った心を落ち着かせる。指を鳴らし神々しい姿となった自身の契約精霊4体を次々と召喚した。天理が精霊達に指示を出すと精霊達は天理の周りをゆっくりと踊るように舞い、手を精霊糸にかざし力を注ぐようにしながら不可視の力で糸を布へと織り上げていった。
その精霊力の放出に伴い、契約陣から細く黒い触手の様な物が天理の体に絡み付く。それも侯輝との契約によって見えるようになった天理はそのおぞましい意思すらもったそれに、八年間理不尽に犯され続けてきたという記憶が思い起こされ吐き気すら沸いた。
天理:(くそっ!俺は毎回こんな儀式やってたのかよ!ああ、だめだ儀式に集中しないと……吐き気が……!でもここで中断したらまた……)
侯輝:「凄い!凄い!キレー!」
侯輝:(天理、俺は魔力供給の為だけにここにいるんじゃないからね!頑張って!)
天理が不自然になら無いように必死で吐き気を落ち着かせようとしていると、察した侯輝が気を引く様にあたかも儀式の光景に感嘆としている様な声を上げる。その声に天理は少し落ち着きを取り戻した。エレリウスはそんな二人の秘密裏のやり取りに気づく事無く精霊布が織り上がる様を満足そうに魅入っている。
天理:(すまん侯輝。ありがとう)
天理は気を取り直し精神の集中を続ける。闇の精霊力を持たない者が端から見れば美しい光景であるこの儀式は見える者からすればおぞましい光景で、天理は精霊力の放出に伴い精霊力異常と発情状態にさせられるプロセスを契約陣から伸びる黒い触手が身体を犯す様な様から感じていた。いっそ知りたくなかった程の光景に、それでもこれを乗り越えなければ真の自由はないと天理は思うも、気持ち悪さと悔しさで身体が震えそうになった。
天理:(侯輝が応援してくれてる。エレリウスの野郎から魔力を全部吸い上げるまで俺は倒れる訳にはいかないんだ!)
天理の意思に呼応するかの様に契約精霊達が天理へと心を伝える。
ウィン:(『もうちょいだ!がんばれ!』)
ガノ:(『織り上げの細かいとこは僕らでやっとくからさー』)
ブラム:(『そうだ、ただ立っていればいい、主よ』)
シア:(『あるじ、助ける。自由に、なって』)
天理:(『お前ら……ありがとう』)
天理は意識を集中させながら、自身の契約している4体の精霊達へ感謝の念を送る。己の愚かさで不用な契約をし、精霊達にも迷惑をかけてしまっている。この戦いは自分だけのものではないのだと天理は雑念を捨てた。
天理:(侯輝に、こいつらに、これ以上不甲斐ないとこ見せられるか!いつも通り!ぱぱっと終わらせる!)
天理は精霊達と意識をシンクロさせるとエレリウスから魔力を遠慮無く吸い上げながら精霊布を織り上げた。神秘的な輝きを放つ布はまるで生きているかのように宙に浮かび上がり、天理の手元へと舞い降りる。
その光景を見たエレウスは恍惚とした表情を浮かべた。
エレリウス:「素晴らしい……!いつも素晴らしいが今日は最高の出来と言っていい。この光景を見られて私はとても満足しています」
天理:「良かった……ですね」
天理は出来上がった精霊布をエレリウスに渡しながら、いつも通り自らの身体にエレリウスから魔力供給を受けた後に起こされていた発情症状が起こるのを感じとる。
侯輝:「さ、天理」
天理:「ああ、頼む、侯輝」
侯輝がふらついてきた天理をエレリウスから遮る様に近寄り天理に呼び掛ける。
エレリウス:「ありがとう天理君。またよろしく頼むよ。侯輝君もまた来てくれたまえ」
侯輝の態度など意にもかけず精霊布に夢中になり始めているエレリウスをよそに、天理と侯輝は本日の本命である契約解除の実行に移る。
侯輝:(俺の魔力、もってって天理!)
まず侯輝から魔術契約による魔力供給を受け、発情状態を即時解除させる。
天理:(よし!力を借りるぞ侯輝!)
天理はふらついていた身体を正すと契約陣と向き直り、侯輝から受け取った魔力でまだ召還したままの契約精霊と侯輝から借り受けた闇の精霊を呼び出し一気にエレリウスとの契約陣術式をなぞるように詠唱した。
天理:(くたばれ!胸くそ契約!!)
エレリウス:「!闇の精霊がなぜ?!」
侯輝:「おっと邪魔しないでね?」
その場にあり得ない闇の精霊が天理の元に現れた事にさすがに気づいたエレリウスが反応するも素早く侯輝がエレリウスを拘束し、天理の詠唱は続く。
エレリウス:「な、何をしている!」
エレリウスは天理の真意に気付き侯輝に対抗しようとするも先程の儀式で魔力を空にされており精霊を呼び出せず、接近戦のプロである侯輝になす術無く愕然とした表情で天理の契約解除詠唱を見守るしかなかった。
エレリウス:「やめろ!止めてくれ!私の夢が!やっと手に入れたんだ!私の研究が!私がどれだけ苦労してきたか!天理君!むごぉ」
侯輝:「ちょっと黙っててね」
侯輝:(天理はもっともっともっと苦しんできたんだよ!)
侯輝はそのまま首をへし折ってやりたい気分を抑えながらエレリウスの口を封じ天理の術を見守る。
そして契約解除の詠唱が終わった。契約陣が消え、天理とエレリウスとの契約の糸が互いの心の中でプツリと切れる感覚があり、エレリウスは八年間己の中に共有されていた天理の契約精霊が無情に『じゃーねー』『でわな』と去っていくのを感じた。
エレリウス:「ああ……待ってくれ……」
天理は契約の繋がりが消え己の中に八年間巣くっていた不快感が全て消え去ったのを感じ、契約が解除が成功したことを確信する。そして借りた闇の精霊を送還し、大精霊となっている契約精霊が魔力切れで還っていくのを少し寂しげに見送った。
『ごめんな、お前達、その姿で呼び出してやれるのはこれで最後かもしれない』
『姿は変われど我らは変わらぬ』
『俺はこのおっさんにこき使われなくなっていい気分だけどな!』
『だよねーそれに新しいもう一人の主が頑張ればワンチャンあるかもだしー』
『あるじ、いつも一緒、嬉しい、それでいい』
『ありがとう、これからもよろしく頼む』
「ふぅ……終わったよ、侯輝」
天理は少し涙目になりつつ精霊達を見送り一息つくと侯輝に向き直り微笑む。
「お疲れ!天理!」
侯輝は天理を労うように抱きしめた。
天理:「ありがとう、ありがとな侯輝。」
侯輝:「うん、帰ろう天理?」
少し泣きそうになっている天理をなだめるように侯輝は優しく頭を撫でていると絶望で項垂れていたエレリウスが力の無い声で呟いた。
エレリウス:「君は……見たく無いのか天理君。君の素晴らしい力を十全に世に知らしめる事ができるのはこの私だけなんだ。私の夢は君がいれば実現可能なんだ。君にだって悪い話ばかりではなかったはずだ」
天理は侯輝からそっと抱き締められた腕から離れるとエレリウスに告げた。
天理:「8年間……もう9年前でしたか、その答えはもう伝えたはずです。エレリウス教授。俺は俺の精霊達とそんな関係でいたくは無いんですよ。不甲斐ない俺でも良いと言ってくれる奴らを俺は裏切れない。」
エレリウス:「くっ……天理君……私は……ただ……」
天理:「悪手過ぎたんですよ、貴方は。それに乗ってしまった俺もね。確かに貴方の契約で助けられた事もあってそれは感謝しています。でもそれも、もう必要無いと思える様になりましたので」
天理は隣に立つ侯輝に信頼の眼差しを向けて微笑み、それも見てもうこれ以上は無理だと確信したエレリウスが再び項垂れる。
天理:「それでは失礼します」
侯輝:「いいの?」
侯輝は散々酷い目にあわされたエレリウスに対し罵声を浴びせるどころか感謝と慈悲すら垣間見える天理に驚きつつ、天理に問いかける。侯輝の心情としては殺してやってもお釣りがくる程だったからだ。
天理:「ああ、俺も馬鹿だったし……な……」
侯輝:「天理?」
天理がそう言うならと侯輝がしぶしぶ帰ろうとすると、フッと天理は立ち止まりくるりと回れ右してツカツカと放心するエレリウスに近づくと胸ぐらを掴み叫んだ。
「やっぱり一発殴らせろ!」
天理はエレリウスの頬を思いっきり殴りつけた。
エレリウス:「ぐふぅ!」
エレリウスは殴られた勢いで床に転がった。
「お前のせいで俺は!ふざけんな!どこの誰とも知らんやつに犯されて!この変態野郎!絶対に許さんからな!」
天理は怒りに任せてエレリウスに馬乗りになり何度も拳を振り下ろす。
「がっ!ごふぅ!」
エレリウスは抵抗できずにされるがままになっていた。天理が八年間心の奥に溜まっていた罵声を存分に浴びせながらやがて、エレリウスの端正な顔は腫れて原形を止めていなくなってきた。そして天理が涙声になってきた辺りで侯輝はそっとだがきっちりと天理の腕を止めた。その拳はエレリウスの血で汚れ拳自体も傷ついていた。
「天理、もうやめよ?天理がまた傷ついちゃうの俺やだよ」
言いながら背中からそっと抱き締め落ち着かせると天理は腕の力を抜いた。
天理:「っく……すまない……侯輝……」
侯輝:「帰ろう?ね?」
天理:「ああ……」
侯輝は天理を支え歩き出す。
エレリウス:「待ってくれ、私の事は許さなくていい、から……」
すると倒れていたエレリウスが声を振り絞り声を上げた。
侯輝:「まだ、何か用?」
侯輝はエレリウスの前で被っていた仮面を脱ぎ殺気すら込めた暗い瞳で見返すとエレリウスは一瞬怯んだが、すぐに真剣な表情?に戻り口を開いた。
エレリウス:「やはり君が闇の適正持ちで天理君の契約者か、羨ましい。自らの懐に刃を招いてしまうとは私の驕りだったね」
天理:「……」
侯輝:(天理がどんな気持ちで俺と契約したかも知らずによくも!)
エレリウス:「そう睨まないでくれ、では、私にも闇の適正持ちの契約者がいることには気づいているね?天理君が最も多く相手していた男だ。天理君を引き入れる為に契約したが、いささか手を焼いていたので私も彼とは縁を切るよ。侯輝君の様な闇の適正者だったら良かったんだがね」
エレリウスの言葉を聞き天理の肩がビクッと震える。侯輝は天理を支える腕に力を籠めながら返す。
侯輝:「俺は嫌だけど。それで?」
エレリウス:「はは……。それで彼、トリジュは天理君に非常に執着している。私と天理君の契約内容がいびつになってしまった原因がそれさ。安定した魔力供給要員が確保できたからもう不用だと伝えたら大層機嫌が悪くなってね、本当に参ったよ。何か接触があるかもしれない。彼の魔力は私にも匹敵する。気を付けてくれ」
侯輝はその名を心に刻み込み、天理はその話をただ静かに聞いていた。
天理:「……」
侯輝:「……そんなんじゃ天理への償いにもならないからね?」
エレリウス:「分かっているさ……」
そう言うとエレリウスは再び項垂れた。
天理:「……俺は貴方の研究自体はそう嫌いじゃ無かったですよ」
天理が項垂れるエレリウスにそう一言投げると今度こそ終わりだと侯輝と天理はエレリウスの研究室を出た。
エレリウス:「そうか……私はアプローチを間違えてしまったんだなぁ……ははは」
エレリウスの自嘲気味な声が研究室に一人小さく響いていた。
エレリウスとの契約解除という目的は達成され天理は晴れて自由の身になったが、まだ懸念事項があると知らされ天理は先程痛めた拳の痛みを僅かな魔力で小さなガノを呼び少し回復させながらも言葉が無くなっていた。侯輝はそんな天理を励ます。
「天理の事は俺が絶対守るからね!」
「すまない、ありがとう侯輝」
夜となり暗くなった精霊科の棟を出、魔術学院を出る寸前、微かな呟きと共に強烈な魔力が襲ってきた。
「夜閃」
「天理!」
(もう来た!?街中でなんて、あいつ正気じゃない!)
「!」
侯輝はとっさに天理を庇いながらその術を避ける。
「へぇ。勘いいじゃねぇか。てめぇが新しく雇われたそのケツ穴のミルク要員かよ」
その下卑た言葉と笑い声に天理の表情が真っ青になると、侯輝はその声の主が先程聞いたトリジュ、己の抹殺対象だと確信する。侯輝は姿を見せぬトリジュを全神経を研ぎ澄ませ覚えた精霊感応術を総動員し探る。
(そこだ!)
侯輝は気配を感じ取り、素早く移動しつつ闇雲に剣を振るうと何かの微かな手応えを感じる。
「……チッ」
「はっ!」
そして人形の景色が一瞬揺らいだ所へ天理が追うように小刀で切り込むとまた微かな感触があった。
そしてその瞬間、トリジュの纏っていた不可視の霧が晴れるとそこには切り傷を僅かに負った一人の男が現れる。
「影裂き!」
その姿に天理が明らかに顔を歪め、トリジュが闇の衝撃を二人に放ち牽制すると二人が避けている間に距離を取り天理に話しかける。
「久しぶりだな、元気そうだな4精霊使い様よ。俺のケツ穴ミルクサーバーは止めてそのガキのケツ穴ミルクサーバー始めたのか?あ?」
「……あんたにはもう用は無いはずだ。まして奇襲される覚えはない」
天理はこんな男に理不尽に八年間も犯されていた事に改めて怒りを覚えたが、警戒は解かず下品な挑発に冷たい瞳で応える。
「ハッ、やっとまともにお喋りしたと思ったらそれかよ。いつも死にそうな面して俺のミルク飲んでた癖にガキのミルクの方が美味しいってか?とんだ淫乱野郎だよお前」
「……」
(もうそれでいいから帰れよ。こいつも一発殴りたいが厳しいだろうし)
(こいつ!今すぐ殺したい。でも多分凄い術者だ、どうする。こんな奴二度と天理に会わせたくないのに!)
「ガキって。自分がおじさんだと思うなら大人しく引いたら?変態おじさん。こんな所で平気で襲ってきてさ捕まりたいの?」
現状の戦力差を知る天理はなんとか場を逃れようと挑発をスルーする。侯輝は天理を嘲笑するトリジュの矛先を自分に向けるためあえて挑発的に言葉を放った。
「侯…、あまり挑発するな。この魔術学院内は治外法権的な部分があって官権は来にくい。あいつはそれを狙ってるんだ」
(お前を巻き込みたくなかったのに…)
侯輝の挑発には余裕で返そうとしていたトリジュだったが、自分の発言はスルーした天理が侯輝の挑発を嗜めるというより心配そうに見ている事に気が付き、その表情に苛立つ。
「……うるセェクソガキが!決めた!テメエは殺す!深淵より生まれし闇よ跳べ!暗黒球!」
トリジュの闇の精霊力を纏った一抱えほどもある闇弾が侯輝に迫る。侯輝は避けようとするも足がもつれて動けない。意識を凝らすといつの間にか足元にぼんやりとした影が纏わりつく。刹那、侯輝はトリジュのニヤけた顔を見て罠が仕掛けられていた事を知る。
(しまった!闇の精霊の隠し拘束!)
侯輝が光の精霊で闇弾から防御しようとするも、先の儀式により魔力が不足しており、またその明らかに巨大な魔力の弾に防ぎ切れぬと衝撃を覚悟する。
「侯輝!!」
しかし、事情を察した侯輝の前に天理が立ち塞がり、トリジュの放った闇弾が天理に直撃する。魔力がほぼ尽きていた天理はなす術もなく吹き飛ばされ地に倒れた。
「ぐ……っ……」
「天理!!」
「邪魔すんな!ケツ穴ぁ!!」
なんとか光の精霊を宿した剣で拘束を外した侯輝は慌てて天理に駆け寄ろうとするも、すかさずトリジュが追撃する。
「死ね!クソガキ!暗黒球!」
「ぐっ!くっ!」
「暗黒球!暗黒球!影裂き!」
侯輝は剣に光の精霊を宿し必死でトリジュの攻撃を捌こうとするが一撃一撃が強力でジリジリと削られていく。倒れた天理に攻撃が届きそうになり助けたいと身を動かそうとした瞬間そこに再び闇の精霊術の拘束が成され強烈な一撃が侯輝を襲う。
「夜影牢!暗黒球!」
(しまっ……)
ほんの一瞬意識を失いカランカランと離れた所で自らの剣が転がる音が聞こえた。
(た!)
侯輝は拘束されたまま近づいてきたトリジュに胴を蹴り上げられ、仰向けに倒れる。そこへ更にトリジュが闇の力を込め振り下ろしてきた拳を両腕でガードする。
「闇星!」
「っ!」
侯輝の腕に衝撃が走り、骨が軋む嫌な音と共に激痛が走るがなんとか耐えることが出来た。だが体が録に身動きできない状態で更に蹴られ侯輝はまた転がされると今度は防ぐ事ができず二発、三発と連続で腹を殴られて吐血する。
「ごふ……っ」
「侯、輝……」
(くそっ!このままじゃ……天理だけでも逃がさなきゃならないのに)
トリジュはそんな侯輝をあざ笑うかのように言う。
「へぇ、丈夫じゃねえか。光の適正持ちのガキ。そこのケツ穴に魔力供給して今すっからかんか?それでも魔力は大したことねぇな。俺の足元にも及ばねぇ」
(く……ダメだ今度は闇の拘束が解いても解いても再生してくる。魔力が違い過ぎる!)
「まぁいい。お前は後で殺してやる。面白いもん見せてやるよ」
そう言うとトリジュは倒れ半ば朦朧としている天理に近づくと、天理のベルトを強引に抜くとズボンをパンツごとずり下ろした。既に顔色が悪い天理は更に顔を青くする。
「ぅ……ゃ、」
「何すんの!!」
侯輝はトリジュの意図を知り、怒りで拘束を腕力だけで無理矢理外そうとするもただ食い込むばかりで一向に解かれなかった。
「天理!天理!」
(すまん、侯輝……お前だけには見られたく無かった)
侯輝は必死に拘束を外そうとしながら、必死に愛する人の名を呼ぶ。だがその声は虚しく響くだけだった。
「黙って見てろよクソガキ、4精霊使い様が俺のケツ穴ミルクサーバーに返り咲くとこをよぉ」
(このままだと侯輝が殺される!何とかしないと……返り咲く?)
天理はこれまでの言動とその言葉にうっすらとトリジュの真意を掴む。
トリジュは下卑た笑みを浮かべ、動けない天理の脚を乱暴に割り開く。天理はなけなしの力で抵抗してはいた力を緩め、だが眼だけでトリジュを強く見据える。
「おー、いつも諦めた面して受け入れてた癖によ、初めて俺に楯突く様な面じゃねえか。最近ちょっと嫌そうな面してたのが楽しかったとこだから、もっと睨んでもいいんだぜぇ?これからの魔力供給もその面で頼むわぁヒャヒャヒャ!」
「天理っ……!」
天理の顔に近づき嘲る様にいい放つトリジュにそれでも天理は声を振り絞りいい放つ。
「次は、無い」
「んだと?」
トリジュは挿入しようとしていた体を止める。
「お前の企みは既に分かっている。俺とエレリウスの契約は解消した、もうお前から魔力供給を受ける必要はない。侯輝を殺した所で無駄だ。お前がしている事はただの犯罪だ」
トリジュは目を見開き、信じられないといった表情をする。
「隠し契約が見つかった……解除……だと!?ああああ!!うるせえ!うるせえ!うるせえ!テメエのケツ穴は俺のもんだ!ずっと俺に組み敷かれているべきなんだ!」
そう言うとトリジュは天理を殴り付け、立ち上がると狂った様に何度も蹴り付ける。
「ぐぁっ!っぐ!ぐはっ!ぐあ!」
「やめろ!!天理!天理!天理!」
「俺は、まだ、テメエを犯してねえんだよ、何度も、何度も、何度も、この俺様がぶちこんでやってるのによぉ!」
トリジュは瞳を真っ黒にさせ周囲に闇の精霊を纏わせながらブツブツと呟く。
(何……言ってんだこいつ……?まさか自分の闇の精霊に飲み込まれ……?)
天理は下半身を剥かれボロボロにされ酷い有り様にされつつも、ひとまず侯輝への矛先を納めさせた事には安堵しつつ、トリジュの様子がおかしい事に気付き、周囲の闇の精霊力異常を察知し暴走する危険から動けないながらもなんとか離脱手段を模索する。
「なん……だよその目はよぉ!そぉだぁ、契約ぅ、お前だけ発情状態だったからだぁ……何度もやっても、狂わねぇんだぁ……他の奴みたいに普通に犯せば良かったんだぁぁぁ……そうだ、お前を、俺の奴隷にしてぇ、毎晩、ぶちこんでやればいいんだぁ、ヒャハ、アァッハッハ!!」
トリジュはそう言うと天理の腹を蹴り上げる。
「ぐぉ!げぇ…」
「やめろ!!」(天理!天理!天理!天理!天理!)
天理は血反吐と胃の内容物を吐き出しながら苦しむ。
トリジュは天理の髪を掴んで持ち上げるとにやぁと笑った。
「俺の、モノになれぇ、俺の、俺の俺の俺の……」
トリジュは天理を地面に放るとそのまま馬乗りになる。
(すまん侯輝、俺が相手してる間に逃げて……)
そして、天理の尻に自分の股間を押し付けようとした瞬間。
(殺す)
「がああああ!!!」
「!ぐぁっっ!!」
侯輝は自分の内の真っ黒い塊が一気に膨れ上がる感覚を覚えると、真っ当な思考を失った。我が身が傷つくのも構わずトリジュの拘束を強引に破り、バーサーカーのごとくトリジュに襲いかかり拳で殴り付けると天理から引き離した。
(侯輝!しまったお前も……!)
天理はトリジュが周囲に撒き散らした闇の精霊力に侯輝の中で小さく重く質量を増していた闇の精霊力に気づくのが遅れてしまっていた。トリジュは突然の事態に驚き対応しようとするも侯輝は常軌を逸した動きでトリジュに容赦なく次々と拳を叩き込む。
「ぐっ!闇矢っ!ぐはっ!そうかてめえかっ、ケツ穴の契約解じょぐふぉ!」
「死ね!死ね!死ね!」
侯輝の中で渦巻いていたブラックホールの様な闇の爆弾は、トリジュに止めを刺そうと近づく侯輝の感情の爆発と共に、トリジュが対抗して放った闇の弾や周囲の闇を吸い込みながら巨大化していく。侯輝は己の両拳を真っ赤にさせて尚、トリジュへの拳を止めなかった。
「ぐぉぉ!……なんで、がっ!なんで、ぐぉ!なんで、なんで俺ぐ……」
「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!!」
「侯輝!もういい!俺は大丈夫だ!だからっ!ゲホっ」
天理は血を吐きながら侯輝へと叫び、必死に動こうとするも、全身の痛みと出血で動けない。
(俺のせいで侯輝の心が死んでしまう!)
天理の悲痛な声を聞きながらもなお、拳を振り続ける侯輝。だが、トリジュは既に虫の息だ。だがそれでも抵抗しようと最後の力を込めて闇の精霊力を放つと、それはそのまま侯輝に吸収され、巨大な闇の球となりトリジュを包み込んだ。
「ぐあぁぁ…………!!」
「消えろ!!」
(まずい……このままでは……そうだ魔力!)
闇の力に焼かれ断末魔の様なトリジュの声を聞きながら、まず天理は侯輝との魔力契約を利用して強制的に侯輝から魔力を奪い暴走停止を試みる。侯輝の中の魔力を吸収すると、コアとも言える掌程の小さな闇の精霊球を侯輝の側に一つを残し周囲の闇の精霊力はフッと消え去った。強制吸収で半減したとはいえあれ程の闇の精霊を展開しておきながら吸収された魔力の少なさにその精霊適正の高さに瞬時驚くも、それより侯輝の瞳に光はまだ戻らぬ事に天理は焦る。侯輝はもう反応できなくなったトリジュを真っ黒な瞳で人形の様に機械的に殴り続けていた。
(まだだめか……侯輝、侯輝!頼むもういいんだ!戻ってきてくれ!)
契約の糸を通じて呼び掛けるも侯輝の心の中は真っ暗で荒れ狂っており何も見えない。
(くそ!どうすればいい!)
天理は侯輝から吸収した僅かな魔力でガノを呼び出し、辛うじて動けるくらいまで僅かに回復させると殴り続ける侯輝に這う這うの体で近づき、後ろから抱き締めた。
「もう、止めてくれ侯輝」
「あ……あ……あ……天」
天理は側で戸惑う様に浮いていた闇の精霊球にも片手を伸ばしその掌に迎え入れると闇の精霊は溶けるように消えた。そしてやっと侯輝は停止すると天理の腕の中で意識を失った。
「侯輝……!」
気を失った侯輝に、ひとまず暴走が止まった事に安心するも契約の糸から伝わる侯輝の精霊力が真っ暗で混沌としており焦りが募る。
(どうすれば……)
「これを使って君の精霊力で侯輝君の心を平常化するといい」
するといつの間にか精霊科の棟から出てきたらしい、まだ顔を腫らしたエレリウスが、前回の儀式で精製したクリスタルを差し出していた。
「エレリウス教授……いつの間に……これは……」
「すまないね、償いに手助けしたかったが魔力空の私には出番が無さそうでね。今頃になってしまったよ」
突然の登場に当惑する天理に、エレリウスは瀕死のトリジュを見やりながら弁明した。
「これは研究成果として軍に提出するのがあまりにも惜しくてね、手元に置いていたのだが、飾りではなく君に今使われるのが相応しいだろう。これを使い君の4精霊の力で侯輝君の身を満たせば暴走した闇の精霊力は沈静化するだろう。ただし……そこから侯輝君の心が戻ってこれるかは……私には分からないが」
(侯輝の心……)
「教授、助言感謝します。ありがたく使わせて貰います」
「何、返しただけだよ。償いには及ばないだろうしね」
天理は決意を固めると、クリスタルを受け取り、その力を借りながら自らの契約精霊に呼び掛け精霊達を通じてクリスタルから力を逆流させ、侯輝へと流し込む。
「ぅ、ぁ、ぅ……」
「侯輝、侯輝、侯輝、どうか戻ってきてくれ……」
侯輝の体にクリスタルからの4精霊力が満たされていき、侯輝の精霊力が徐々に安定していくのを確認する。だが荒れ狂っていた闇は静かになったが侯輝の心が見当たらない。天理はもう二度と侯輝が戻らないのではないかと心がどんどん不安で満たされた。力を失ったクリスタルを手放し、侯輝を抱き締める。
「なあ、侯輝、戻ってきてくれ……俺はもう、お前がいないとだめなんだ…………好きだ。ずっと好きだった。多分なんかじゃない。愛してる、愛してる、愛してる!侯輝……なあ、言ったら戻って来てくれるってお前、言ってくれたじゃないか……!」
天理は泣きながらどうか届いて欲しいと願いを込め侯輝にキスをする。
天理の想いが侯輝の真っ暗な心の奥底へ流れ込み、侯輝に、触れた。空っぽの屍の様になっていた心が天理の愛に満たされ膨れ上がると侯輝の心は愛おしい男への想いを取り戻し甦った。
(天……理……)
侯輝の体がピクリと反応する。天理が顔を上げると侯輝の瞳に光が灯っていた。
「ぅ、ぅ……天、ごめん、俺、おれ、天理、守れな」
侯輝は己が暴走していた事を思いだし、涙を流し天理に謝ろうとするが、天理に抱き寄せられ再び口づけされる。
「侯輝、俺は無事だ、お前が守ってくれたから。ありがとう。戻ってきてくれて」
「天理、俺、俺、ぅ……」
侯輝は混乱しながらも天理が無事な事に安堵し、その涙ぐみながらの笑顔に想いがいっぱいになるとまだ力が入らぬ手で抱き締め返した。
「侯輝、どうか、俺を愛してると言ってくれ」
「あい、して、る、天理、愛、して、るよ」
侯輝は涙を流しながら天理への気持ちを口に出す。
「ああ、俺もだ……侯輝」
「コホン、取り込み中すまないがいいかね?」
天理が微笑し返し侯輝と見つめあっていると咳払いが聞こえ、エレリウスが声をかける。
天理は一気に現実に引き戻されると真っ赤になり、侯輝から僅かに離れると侯輝は名残惜しそうに天理を見たのち、体が回復している事を感じとるとゆっくりと起き上がり、エレリウスをムッとしながら睨んだ。
「そういえば何でいるのかな?いいとこなのに。あと天理の体あまり見ないでよね。天理も下履いて履いて」
「うお!そうだ服……痛て……あ、助けて貰ってるんだ一応」
「そう睨まないでくれ。償いのつもりなんだよ。君も体は大丈夫……そうだね。流石天理君の術だ」
すっかり下半裸だった事を忘れていた天理はまだ傷だらけの体に痛みを感じつつ急ぎ下を履き、簡単にエレリウスのフォローをする。トリジュによってボロボロにされていた侯輝の体は天理のクリスタルによる浄化のついでに大半が回復されていた。侯輝はすくっと立ち上がると半死状態のトリジュを忌々しげに見下した。
「その男の事なんだがね君達が望めばここで殺してしまっても構わないよ。天理君は知ってると思うが、この魔術学院は通報しない限り犯罪は犯罪とならない。こんな時間に研究棟に残っている者は良くも悪くも研究以外関心が薄いからね。何なら私の方から口外禁止にもできるよ。そもそも正当防衛だろうしね。どうする?望むなら私が"処分"しよう。君達に悪くならない事を約束するよ」
「……ではお任せしようか」
「天理!?」
天理のその答えに侯輝と天理の周りの契約精霊達もが騒ぐ。『俺切り刻もうと思ってたのに!』『今回はやぶさかではないぞ?』『息、できなく、する』『みんな過激だなー土葬したら二度と甦れない様にはするけどね』
「悪い侯輝、お前達にも。これ以上手を汚させられない。俺のせいで本当に辛い思いをさせてしまった。これ以上そんな思いをさせたくないんだ。二度と関わらなければ……それで……いい……」
「天理?」
言いながら天理の瞳が不穏とも無とも何とも言えない状態になった事で一瞬不安を覚え侯輝は天理に問いかけるも契約精霊達から『大丈夫……』と止められる。天理はふらっと瀕死のトリジュに近づくと侯輝から光の精霊力を借り額辺りに手をかざす。
『闇に彷徨う哀しき魂よ、汝の心の闇を永遠に消え去らん。光満ち闇に紛れる事叶わず。たとえ苦行であろうとも生き続け世に尽くせ。それが罰であり救いである。』
天理の呪文と共に眩い光が放たれるとトリジュに吸い込まれていった。
「ああ……これなら……ってあれ?」
「天理君……君は……なんと言う事だ……」
侯輝もまた一瞬纏う空気が変わりなぜだか天理の成した事を直感で理解する。その二人の様子にエレリウスは目を見開いていた。
「もうこの男は罪を重ねる事はできない、関わる事も無いだろ、う……あ、れ?俺、あれ?」
「天理君は私の想定を越えた存在だった様だ……ああ契約解消が実に惜しい……」
侯輝:「まだそんなこと言ってんの?!天理は二度とあげないからね!あとちゃんと説明してよ?!」
エレリウス:「なんとなくだが侯輝君ももう理解しているのでは無いかい?私は専門外だが精霊術というより、神聖術に近そうだ。トリジュは記憶と闇の精霊力を永遠に失い僅かだが光適正すら与えられた。後半は分かりにくかったが性格形成も改竄されているかもね。間違っても闇に紛れた犯罪者生活は不可能だろう。」
天理:「……ああ自分でも良く分からないが多分そんな感じだ……まあぶっちゃけ俺ももう手すら汚したくない」
侯輝:「俺、なんか天理が別の何かに見えたや……まあ天理は天理だけどね!」
エレリウス:「なるほど直接手を下して貰えた私は僥倖といった所かな」
侯輝:「がるるる!」
侯輝は天理を二度と触れさせるものかと天理を抱き締め番犬の様に威嚇した。
天理:(懲りないなぁこの人。あとやっぱ侯輝大型犬だな)
天理:「侯輝、俺まだあちこち痛い、緩めてくれ」
侯輝:「あ、ごめんね」
天理:「ん、じゃあ帰るか。では教授そいつの事は改めて任せますので」
エレリウス:「ああ心得たよ。……もし良かったらまた来て……」
侯輝:「もうここには近づけさせないから!帰ろ天理!」
天理:「うわっおい!歩けないほどじゃない!下ろせ!」
侯輝は天理を素早くお姫様だっこすると足早に魔術学院をあとにした。
エレリウスが二人を寂しそうに見送っていた。
[newpage]
もう深夜となった夜道を侯輝はお姫様だっこした天理を連れて家路を急ぐ。
天理:「恥ずかしいから下ろしてくれ……」
侯輝:「怪我人なんだからダメ!人気ほとんどないしいいでしょ。俺が運ぶの!」
天理:「わかったよ……頼む」
侯輝:「うん!任せて!」
天理は仕方ないと苦笑し侯輝に身を預け捕まる腕に少し力を込めると侯輝は嬉しそうに笑った。
天理:「少し懐かしいな。あん時はそれどころじゃなかったが」
侯輝:「……あー最初に俺が抱っこした時?大変だったよねー。天理スッゴい辛そうなのに、俺スッゴいドキドキしながら運んだや」
えへへと笑う侯輝に天理は少し呆れた様にじぃっと見やる。
天理:「……まだその時、お前俺の事好きとかじゃなかったよな?」
侯輝:「う、うん。でも前から気になってたと思う、しさ、自覚したのがその後の俺が闇の適正持ちだって打ち明けて天理が受け入れてくれた時」
天理:「えっ!あれでか?!あ、気に障ったらすまん」
侯輝:「いーよ、天理のそういう根本的に差別って発想自体無いとこが俺は好きなんだから」
天理:「そ、そうなのか……それだけで……」
照れ臭くて顔を背ける天理に侯輝はクスリと笑う。
侯輝:「それだけでも無いんだよ?俺ね……ずっと怖かった。闇の適正で否定されて誰かを傷つけるのも嫌で弱いのも嫌で、ずっと光の方の仮面だけ付けてた。……でも天理と知り合えて一緒にいる内に少しずつ本当の自分を出せるようになった気がする。やっと大丈夫なのかなって思える様になったんだよ?」
天理:「……そうか。俺はお前は優しいと思うよ。それにお前が思うよりずっと強い。俺は勇気をいっぱい貰えたんだ。その……好き、だぞ」
最後の方は消え入りそうな声だったが侯輝の耳には届いた。
侯輝:「うん!俺も大好き!」
侯輝は嬉しくて満面の笑みを浮かべるとそのまま触れるだけのキスをした。
天理:「お、おぅ……ま、まだ街中だから」
侯輝:「うん!早くかっえろーかっえろー!」
天理:「痛って!馬鹿っ!スキップすんな!」
侯輝はご機嫌で天理をお姫様だっこしたまま家路についた。魔術学院から近い住宅街にある天理の家に近づくと天理はひたすら下ろせと抗議したが侯輝はそのまま天理の家に到着した。
元気良くお邪魔しますする侯輝を深夜だと嗜めつつ、侯輝は早速天理を怪我を痛くしない様にぎゅーっと抱きついた。
侯輝:「お疲れ様、天理」
天理:「ありがとう侯輝。全部、全部終わった。何もかもお前のお陰だ。感謝してもしきれない。一生この恩は忘れない」
天理は侯輝の肩に頭を預け、八年にも渡り拘束され、理不尽な性行為を強要されていた日々が漸く終わりを迎えた事を思う。
侯輝:「俺の方こそ。俺を信じて受け入れてくれた天理は俺にとってもう掛け替えの無い人なんだよ?俺は大事な人を当たり前に護りたかっただけなんだから」
天理:「ぅ、侯輝……本当に、本当にありがと、な……」
自由の身になったという実感が漸く湧いてきた天理は、まだそれほどにも無いはずのこれまでの人生に万感の想いに涙を堪えようとするも、耐えきれず静かに一筋の涙を流す。
侯輝はそんな天理の頬を流れる雫を唇で吸い取り労った。
侯輝:「ううん、俺もかっこ良く護りたかったのに天理に助けて貰っちゃったからね。俺、もっと強くなるよ。天理が安心して側に居られるように。」
天理:「ん……俺にも護らせてくれ。俺もお前と共にいたい」
天理はまだ少し瞳を潤ませながらも顔を上げ誓う様に告げた。
侯輝:「うん。ずっと一緒にいてね。ね、天理、俺、強くなれる魔法の言葉があるんだけど天理に言って欲しいなー」
笑顔でお願いする侯輝に天理はどの精霊魔法だろうと疑問符を浮かべる。助けを求める様に(『強化系の魔法だよな?』)と契約精霊に問えば(『僕たちには使えないんじゃないかなー』)と敢えなく返され、当惑する天理に侯輝は微笑みかける。
侯輝:「俺が闇の中をさ迷ってた時に天理が呼び戻してくれた言葉だよ」
天理:「…………ぁ!……聞こえてたのか……」
漸く思い出した天理は顔を真っ赤にし小さな声でぶつぶつ呟きながら俯く。
侯輝:「また聞きたいなー天理の初めての熱烈な愛の告白♡」
聞かせて聞かせてと請う様に俯く天理の頭にキスを降らせる侯輝に、天理は観念し、真っ赤な顔のまま顔を上げた。
天理:「約束、だったしな、全部解決できたら返事……するって。待たせてごめんな」
侯輝:「えへへ。覚えててくれてありがと」
天理の心にあるのはもう侯輝のと契約のみ。侯輝への一生の恩義は別個で存在するものの、今なら縛りの無いこの身で侯輝にまっすぐな想いを伝えることができると天理は改めて想いを伝えた。
天理:「好きだ、ずっと好きだった。……愛してる、愛してるよ侯輝、ずっと俺の側にいてくれ」
侯輝:「うん!大好きだよ天理、愛してる。これからまた二人で沢山思い出を作ろうね!」
天理:「ああ、そうだな」
二人は互いの想いを確かめ合う様に抱き合い、そして唇を重ねた。
そのままベッドインしたいくらいの雰囲気だったのだが、侯輝は大丈夫だと言い張る負傷中の天理を労り安静に寝かしつける事にする。
傷の痛みをやせ我慢しながら風呂に入る天理を侯輝は心配そうに見守りつつ背中を洗い、湯船に浸かる天理の背後で身体を洗う。
そして侯輝が湯船に浸かろうとする頃には船を漕ぎ出した天理を慌てて起こし風呂場を出た。
侯輝は「大丈夫だ自分でやる」と微妙に明後日の方角を見ながら言う天理を優しくタオルで水滴を取り除き夜着を着せ、軽く水を飲ませるとベッドへ運んだ。
「おやすみ天理」
そう言って額に触れるだけの口付けをして部屋を出て行こうとする侯輝の手を天理が掴む。
天理:「どこ……行くんだ?」
侯輝:「ん?」
振り返った侯輝はやはり眠そうにしながらもしっかりと自分の手を離さない寂しげな天理を見て微笑むと、そのまま天理の横に腰を下ろした。
天理:「一緒に……寝ないのか?」
侯輝:(もう寝ぼけてるからだろうけど甘えちゃって可愛いなー)
侯輝:「一緒に寝たいけど、天理怪我してるからね。このベッドだと俺が居たら狭くてちゃんと休めないから。俺ソファーで眠るよ」
天理:「……そうか、すまん……」
しょんぼりする天理に侯輝は苦笑する。
侯輝:(またそんな可愛い顔されちゃうと……我慢我慢っ)
侯輝:「また明日ね。おやすみ、天理」
天理:「ん……おやすみ」
侯輝は天理の頭を撫でると立ち上がり、部屋の明かりを消すとソファーに横になる。
侯輝:(これから天理がずっと幸せでありますように。強くなって天理を護るんだ……)
今日の事、これからの事を考えている内にやっと疲れが襲ってきたのか侯輝は眠りについた。
翌朝、目を覚まし魔力が回復した天理はガノとウィンを呼び出ししばし術を展開すると、完全では無いものの主だった怪我を治した。
天理:(よし、これで多少無理しても大丈夫、なはずだ)
寝室から居間に出ると既にソファーに侯輝の姿はなくトーストの香りが漂っていた。
侯輝がキッチンのテーブルの上に目玉焼きとベーコン、サラダにスープを並べている。侯輝が時々泊まりに来るようになって天理宅の冷蔵庫にも彩りが増えた為できたメニューだ。
侯輝:「おはよ天理!体は大丈夫?ゆっくり寝てても良かったんだよ?」
天理:「ああ、さっき粗方治したし大丈夫だよ。お前は大丈夫か?」
侯輝:「うんバッチリ!」
天理:「ほんと回復早いよなぁ」
二人は朝食を食べながら話を続ける。
侯輝:「ねえ天理、俺天理と一緒に住みたいんだけどどうかな?」
天理:「え……構わないが、引っ越しか?」
侯輝:「やった!うん、俺んちじゃ狭すぎるし、天理の家もまあまあ広いけど、もう少し広いベッドが入る寝室がいいなって」
天理:「広いベッド。ま、まあ、そうだな」
侯輝:(勘違いしてそう。違う意味だったんだけど。可愛いなー)
互いの家の狭いベッドで身を重ねる夜の事を思いだし天理が顔を少し赤らめていると侯輝がニコニコしながら続ける。
侯輝:「うん、そしたら天理が怪我してても一緒に添い寝できるしね!昨日みたいに天理も寂しくさせずにすむし!」
天理:「え、そ!そうだな!……俺、そんなに寂しそうにしてたか……?」
侯輝:(やっぱりしてた。可愛いなー)
天理は真っ先に不埒な連想をしてしまっていた己を恥じ、さらに昨日はいろいろあり物理的にも弱っていたとはいえ、昨晩の自分がそんなだったのかと更に恥じていると侯輝がにっこりと笑う。
侯輝:「うん。俺がいないとダメなんだなって思ったよ♡」
天理:「……ぐ……」
侯輝:(可愛いなー)
侯輝は最早ぐうの音も満足に出せない天理をひたすら幸せそうに眺めた。
侯輝:「俺も寂しーし。このあと部屋探しにいこ?ね?」
天理:「……ああ……」
だから行こうと誘う侯輝に天理は漸く一言返事を返す事ができた。
朝食の後片付けをし、洗濯を干すと二人揃って新居探しに街へ出る。歩きながら条件を確認した。
侯輝:「俺日当たりはいい方がいいな。場所はS.Gに近い方が良くない?」
天理:「そこまで近くない方がいい。緊急時に呼ばれやすくなる。近からず遠からずがベストだ」
侯輝:「天理んちまさにそんな感じだね。二人でラブラブしてる時にあまり呼ばれたくないよね」
天理:「らぶ……まぁそうだな」
侯輝:「天理はお宝倉庫要るんだよね?」
天理:「俺の遺物コレクション置き場はどうしても欲しい。無いなら引っ越さないからなっ」
天理の力強い主張に侯輝は苦笑しつつ了承する。
侯輝:「はいはーい。後、防音も欲しいね」
天理:「ああ、お前ギターやるもんな。お前の歌を遠慮なく聴けるのはいいな」
少し楽しそうに頷き同意する天理に侯輝は嬉しそうにする。
侯輝:「えへへ、天理の為に歌うよ♪あと、天理も夜気兼ね無く大きな声出せるようにね♡」
天理:「!……う……お、おう」
天理:(お前の方が喘ぎ声でかいけど……恥ずかしいもんは恥ずかしいからな……)
侯輝の意味ありげな言い方に流石に今度はそっちの話だろうと天理は顔を少し赤らめる。
尚、侯輝の現在宅は防音で、天理の家は寝室が角部屋だった為、天理は夜の防音を意識した事がなかった。というか今まで意識せずに恥ずかしい声を垂れ流していた事に今頃気づき一人反省会を開く。顔を赤くする天理を侯輝は飽きることなく、にこにこと笑って見ていた。
侯輝:(可愛いなー)
二人は不動産屋へ行き、希望の条件からピックアップされたいくつかの良さげな家を内覧し、あれやこれやと意見をだし合い、最終的に一つの家に決めた。
侯輝:「俺達の愛の住みか決てーい!」
天理:「バカっ人前で!」
不動産店員は内覧の最中、二人が直接的な言葉にはしなくても、もう散々目の前でイチャイチャされていたので、今更なそんなやりとりにも「ありがとーございまーす」と微笑ましげな視線を向けるだけだった。
家具屋でもやはり片方は自覚を持ってイチャイチャと、もう片方は自覚なくイチャイチャとしながら、家具や寝具を選び買い、引っ越し業者の手配を済ませ、全てを終わる頃には夕方になっていた。
夕食の食材を手に天理の家へとのんびりと帰る。二人で片方ずつ荷物を持ち、空いた手で手を繋ぐ。はじめは恥ずかしがっていた天理も日が暮れ暗くなるにつれ少しずつ慣れていった。
天理:「ふぅ……昨日の夕方から怒涛の24時間だ」
侯輝:「ははは、そうだね、まだ万全じゃないのにお疲れ様。天理」
天理:「ん、まぁ大丈夫だ。何せ気分が全然違う。それに今日やった事はこれから……お前との未来に関わる事、だしな」
心地よい疲労感だと微笑む天理に侯輝も嬉しそうに笑う。
侯輝:「うん、俺もだよ。引っ越し楽しみだなー」
「俺は荷造りがあるな……」とウォーキングクローゼットに詰め込まれている大量の遺物コレクション群を思いだし遠い目をしている天理に侯輝は「手伝うよ」と苦笑した。
縛られず愛する人と未来を考える事が出来る喜びに、侯輝と天理は少しはしゃぎ気味に星が煌めき始めた夜道を歩いていく。
天理:「なぁ……明日も休みだし……その、今夜はいけるからな?」
侯輝:「えっ!……いいの?天理」
珍しく天理から積極的に夜の誘いをかける。視線を彷徨わせながらいいか?と問う様に侯輝は内心大喜びしながらも昨日の怪我の心配をすると、「ん」と頷く天理に今度こそ侯輝は内心そのままに破顔した。
侯輝:「やった!じゃ今晩は期待しちゃうね♡」
天理:「あ、まぁ、期待しないで期待しとけ」
素直に喜ぶ侯輝に、天理は嬉しく思いながらも恥ずかしくなり、自分でも良く分からない返事をしてしまいながら、顔を背けた。
家に辿り着くと早速侯輝は夕食の準備に取り掛かる。「手伝うぞ」と言う天理に「今日は任せて♡」と侯輝はウキウキしながらエプロンをつけキッチンに立つと、余した天理はその間に二人の洗濯物やら風呂の用意やらをする。天理は本格的に同棲し始めたらこうして家事の分担もしていくのだろうな、などと考えながら畳んだ洗濯物を運んでいると、たまたま振り返った侯輝に「夫夫って感じだよね♪」と不意に言われ、顔を赤らめざるを得なかった。
侯輝が自信たっぷりに出してきた食事に天理は素直に称賛し、嬉しそうに食べる侯輝を見ながら料理に舌を打つ。一服したのち一緒に風呂に入りたいとせがまれて共に入浴し、不埒に伸びてきた手にうっかり盛り上りそうになるのをピしりと防ぐ。天理は今日、床でチャレンジしてみたかった事があったので、何とか抑え風呂を上がった。着てもすぐに脱ぐんだよなといつも思いつつも身支度を整えベッドへと向かう。
先に寝室に来ていた侯輝は待ちきれない様子で、ベッドの上で半身を起こし早く早くと待ち構えていた。その姿を見た天理は苦笑しつつベッドに乗り膝だちで近づき、侯輝の頭を撫でる。
侯輝:「えへへ」
天理:「侯輝、今日はちょっとやってみたい事があるんだが……いいか?」
侯輝:「え、何々?」
少し緊張気味にだが大真面目に提案しようとしている天理に、侯輝がどきどきしながら尋ねると天理は意を決して答える。
天理:「その……今日は俺が上になりたいんだが」
侯輝:「え!?」
天理:「ダメか?はじめてだからうまくいかないかも知れないが……」
侯輝:「……うん、天理ならいいよ、天理のはじめて俺に頂戴?」
天理は侯輝の驚き様に不安げに尋ねれば侯輝は一瞬驚くも少し考えたのち照れつつ嬉しそうに微笑むと優しく天理を抱き締めた。
天理は少し大袈裟じゃないか?と思いつつも受け入れてくれた事に安心すると「おう」と抱きしめ返し、唇を軽く重ねる。
天理:「じゃあ……始めるな?」
天理は侯輝の首筋にキスをしながら服を脱がしていく。
侯輝:「ん、天理、くすぐったい」
天理:「……嫌か?」
侯輝:「んーん、もっと触って♡」
天理:「ふふ、ん、わかった」
顔を少し赤らめ嬉しそうにする侯輝に天理は安心し微笑する。上半身を脱がせ侯輝をそっと押し倒し覆い被さると、逞しい胸元に顔を埋めすぅと息を吸い込んだ。侯輝の匂いを取り込んだだけで緊張感が解れてくると共に媚薬の様な効果をもたらし、天理の体の芯を熱くさせる。
侯輝:「えへへ、ちょっと照れちゃう」
天理:「俺は好きだぞ、凄く落ち着く」
顔を上げ微笑しながらそう言うと侯輝は嬉しそうに照れ笑った。今度は侯輝の首筋を甘噛みし、小さくちぅと吸い付くと侯輝は嬉しそうに「ぁ♡」と声を上げた。そのまま下着にも手をかけ脱がすと惚れ惚れする鍛えられた裸体を晒させる。
侯輝:「あ、俺もやるー」
天理:「ん」
侯輝は起き上がると負けじと天理の服を剥ぎ取りにかかるが、なぜだか今日はもたついてしまっていた。
天理:「ふふ、どうしたんだよ?くすぐったいぞ」
そう言いながら、天理は侯輝の服を軽く畳みベッドサイドに置くと、自分の服を全て脱いだ。
天理:「ほら、これでいいか?」
侯輝:「うん、えへへ、なんか緊張しちゃって」
侯輝は言いながら抱きつくと首筋にちぅ吸い付き痕を残す。満足そうに笑う侯輝に「こら」と笑い返すと優しく押し倒した。
天理は攻め気味にするといつもより可愛い反応をするんだなと思いつつ、改めて侯輝に深く口づける。侯輝の鍛えられた美しい身体を上からなぞりながら唇を落としていく。
侯輝:「あ、あ、あ」
天理は侯輝の胸元の突起を口に含み舌で転がすと反応が返る事に喜びを感じつつ、胸に刻まれた二人の契約陣を舌でなぞる。
侯輝:「あ!」
侯輝はビクリと体を震わせ声を上げる。
優しくなぞる度に顔を赤らめ声を上げ小さく震える姿を愛しく思いながら、舌を這わせる度に声が大きくなっていく事に嬉しさを感じる。
侯輝:「やあん!そこばっかダメだよ天理ぃ」
天理:「お前だっていつも嫌がってる俺に散々するだろーが」
天理はお返しだとばかりに、更に指先で侯輝の乳首を軽く摘まむ。
侯輝:「あぁん!」
侯輝は甘い声で鳴きながら身を捩る。
天理:「気持ちいいか?」
侯輝:「うん、気持ちいい……」
天理:「ふふ、いい子だ」
天理は髪を撫でてやり、やはり気持ち良さそうにしているのを見て段々自分がこれから抱くような感覚になりながらも、嬉しく感じていた。割れた腹筋を下に辿りもう立ち上がっている侯輝のモノを口に含む。
侯輝:「あ!天、理ぃ、凄い、よぉ」
侯輝は反射的に腰を引いて逃げようとするが、天理は逃がさないとばかりにガッチリ掴み、口に含んだまま舌で刺激を与え続ける。
侯輝:「あっ、ああっ!気持ち、ぃ」
天理は口で奉仕しながらちらりと見上げれば顔を真っ赤にしながら身を瞑り堪える侯輝の顔があった。いつも自分を抱きながら、男らしくも最近は可愛らしいとも思える様になってきた愛しい男の堪える顔に、自らの下腹部が前も後ろも熱くなってきた事を天理は自覚する。奉仕しながら自らの後ろにも手を伸ばすと、侯輝を早く受け入れたくなってきていて、その事に恥ずかしくなりつつも指を埋め解し一本二本三本と増やしていく。
侯輝:「ああ、気持ちぃ……?天理、何、してる、の?」
侯輝は天理が顔を赤くしながら自らに口で奉仕ししつつ自分の後ろも弄っていた事に漸く気づき、驚きの声を上げる。
天理:「むぅ?……何って……お前を受け入れる準備だよ……」
侯輝:「えっ!今日は俺が抱かれるんじゃないの?!」
口を離し顔を赤らめながら答える天理の言葉に少し起き上がり驚く侯輝。そしてお互いに顔を赤らめながらしばし無言で見つめ合う。
天理:「……ふはっ。なるほどそれでか。お前、抱かれるつもりだったのか?上って俺が騎乗位って意味だよ」
侯輝:「わぁっ!俺勘違いしてたぁ!」
そして吹き出した後誤解を解きつつ笑い出す天理に侯輝は顔を赤らめながら慌てる。
天理:「ふふふっ、どおりで可愛い顔してると思ったら」
侯輝:「えぇ~だって今日凄い真面目な顔で宣言されちゃったから~」
天理は侯輝の頭を撫でてやりながら苦笑すると、侯輝は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながら、拗ねる様な声を出す。
天理:「ごめんな、俺を受け入れてくれようとしてくれてたんだよな?」
侯輝:「うん……天理ならって」
天理:「ありがとな、その、お前の部屋の一番使い込まれてそうなオカズ本らしいやつに騎乗位があったからさ、お前が喜ぶかと思って真似してやろうとしてたんだが。すまん、ちょっと間違えたな……」
天理が恥ずかしそうに顔を赤くし苦笑しながら言うと、侯輝は「あれ見たんだ、うわぁ……」とますます顔を赤く染める。
二人して自分が抱かれる側だと思っていた状況に笑い合いつつ、この状況の解決策を模索する。
天理:「えっと、どうする?俺が抱こうか?その、童貞なんだが頑張るぞ?」
互いに顔を赤くし何度か身体を重ねたのにまだまだ俺達初々しいなと思いながら天理は侯輝を見つめる。
侯輝:「……じゃ、じゃあね、今の感じのままで天理のお尻で俺を抱いて欲しいな♡」
天理:「っ、ぶはっ……難しい事言いやがって」
恥ずかしそうにしつつもはっきりとそう言う侯輝に天理は思わず吹き出した。
侯輝:「えへへ……こういうのもいいなって。天理の童貞はまたの機会に頂戴?」
天理:「はいはい、まあやってみるよ」
天理は苦笑したのち改めて仕切り直す様に侯輝にキスをする。深く貪るように唇を重ねお互いの息が上がり始めたところでもう一度侯輝を押し倒す。天理は口内を貪りつつ、侯輝の胸の飾りを弄り身体を震わせ、更に下腹部に手を伸ばし硬く立ち上がっているモノを撫でると熱い吐息を漏らす。
侯輝:「ああっ…」
天理は起き上がり、顔を赤くしはふはふと呼吸を繰り返す侯輝の上に股がった。
天理:「ふふ、可愛いぞ侯輝。じゃあ……俺の後ろで……気持ち良くなってくれ」
天理はほんの少しだけ恥ずかしさを滲ませながらも艶っぽく微笑むと、侯輝の既に猛っている雄を掴み自分の後ろに宛がうとゆっくりと腰を落としていく。
侯輝:「ふあぁぁ……エロい……最高ぉ……ああっ……」
天理:「んっ……ふぅ……ふふ、お前の……コレも熱くて……凄い、ぞ……」
天理は侯輝の雄を全部飲み込むと、そのまま侯輝の胸に手を付きゆっくり上下に動かし始める。最初は慣れぬ動きにぎこちなかったが徐々にスムーズに動けるようになり、侯輝の雄を悦ばせようと腰を動かす。
天理:「どう、だ?俺の、中は……?」
侯輝:「ふぁ……きもちいいよぉ……!」
侯輝は普段はクールででも実は恥ずかしがり屋の天理が艶を持ち強気な態度で悦ばせようとする姿に身体に与えられた刺激以上にゾクッとした感覚を覚え、身体が震える。
天理:「そうか……良かった……じゃあもっと……な?」
侯輝:「あっ!」
天理は微笑みながら少し掠れてきた声でそう言うと、侯輝の胸の飾りを両の指先で弄る。自らの中に埋め込まれた侯輝の雄がドクリと脈打つ感覚を感じ、天理もびくりと体を震わせながらも動きを激しくしていく。
天理:「んっく、お前の、俺の中で、ビクビク、してるぞ?ん、ほら、気持ちいいかっ?中、出して、良いぞ?」
侯輝:「あっ、ああぁ!ああぁ、気持ちぃ!……俺、も、出ちゃうよぉっ……!!」
天理:「あっ……!?」
侯輝は天理からもたらされる快楽に顔を真っ赤にし、悩ましげに眉を潜め、泣きそうな声で喘ぎ堪えていたが、つい天理の細腰を手を伸ばしてしまうと、そのまま掴みぐっと引き寄せ突き上げ始めた。
天理:「こらっ……!待っ……馬鹿っ……!俺がっ……ああっ……!」
急に動き出した侯輝に奥を突き上げられ、天理は堪らず甘い声を上げる。侯輝は自らの上で突き上げにより乱れ、前走りを滴せ顔を真っ赤にしながらも懸命に腰を動かし悦ばせようとする天理の姿にますます興奮し恍惚とした表情をすると、本能のままに更に強く腰を打ち付ける。
侯輝:「ああ……ごめっ……止まんなぁ……!」
天理:「……あぅ……駄目だっ……ば……!」
侯輝:「天理、天理っ天理ぃ!あ"ああああ!」
天理:「侯っ、侯輝、侯輝っ!あああっ………!」
いつしか二人は息を合わせた様に腰を打ち付け合い、互いの名を呼び身体の熱を頂点にまで高ぶらせると、侯輝は天理の中に熱い飛沫を解き放ち、天理は侯輝の腹に精を放ち果てた。
侯輝:「あぁ……凄……」
天理:「あ……あ……熱……」
天理は余韻でビクビクと震える腹の中に、侯輝が絶頂を得られたという証拠である熱い液体が流れ込んでくる感覚に、言い様の無い喜びを感じると目を閉じ、満足げに微笑んだ。慣れぬ騎乗位と絶頂とで震える身体を侯輝に支えられながら脱力すると、そのまま侯輝の上に倒れ込んだ。
侯輝:「はぁ……はぁ……ごめ……天理……中、出しちゃった……」
侯輝は天理を受け止め息を整えながら緩く抱きしめつつ、申し訳なさそうに謝る。
天理:「はぁっはぁっ……ん……大丈夫だ……それよりお前……勝手にガンガン突きやがって……まったく……お前の要望だったろぉが……この堪え性無しめ」
天理はそう言い、まだ繋がったままの腰を揺すり侯輝の雄を刺激すれば、中でまた熱を持ち始める感覚を感じ、クスリと笑う。
侯輝:「ぁぅ……だって、天理がエロ過ぎるのがいけないんだもん」
咎めるような口振りではあったが本気で怒ってはおらず、どこか楽しげな様子に侯輝は拗ねる様な口調で返す。
天理:「ふっ……なんだそれ……で、その……俺は要望に応えられてたか?」
天理は汗ばみ紅潮している顔を侯輝に傾け、侯輝を少し恥ずかしそうに横目で見ながらそう尋ねた。
侯輝:「う、うん、最高にエロくて、泣いちゃいそうな程気持ち良かったよ」
先程まであれほど激しく求め合っていたというのに、恥じらいを見せる天理に侯輝はドキリとし、頬が熱くなるのを感じた。
天理:「ふは、そうか……良かった。お前も可愛いかったし、気持ち良かった、ぞ?」
侯輝の言葉に天理の表情が嬉しさと安堵に染まり、照れたようにはにかむと侯輝は胸が締め付けられる程の愛おしさと幸福を感じ、思わず抱きしめる腕の力を強めた。
侯輝:「はぁ……好き……大好きだよ、天理……」
天理:「ん……俺も好きだ、ぞ。侯輝……」
互いに愛おしそうに見つめ合えば自然に唇を重ね、舌を差し入れ絡め合い、まだ欲しがる想いを現す様にキスをする。まだ先ほどの余熱を残し汗も引いておらぬのに再び二人の体温が上がっていく。糸を引きながら唇を離せば二人して顔を赤らめクスりと笑う。
侯輝:「ね、天理の腰エッチにちょっと動いてるよ♡」
天理:「ん……お前のが先にでかくなってムズムズしてたろ?」
天理に埋め込んだままだった侯輝の雄はキスの合間にすっかり猛りを取り戻しており、天理の中を意図せず刺激しピクリと身体を震わせると、天理は知らず欲しがる様に腰が揺れていた。侯輝のからかいに反論し軽く睨む天理のその視線には甘さが含まれていて侯輝の心を甘く煽り立てる。
侯輝:「えへへ、今度は俺が動いていい?」
天理:「ん、来てくれ……」
嬉しさを滲ませた微笑で肯定されると侯輝は天理ごと身体を起こし体勢を変える。天理を組み敷くように覆い被さりその猛りをゆっくりと抜き差しすれば、絡みつく肉壁の動きに合わせ奥へと突き入れる度に甘い声が上がる。
天理:「あっ……あぁ……んん……ふぁ……ぁ……」
侯輝:「はぁ……あぁ……はぁ……んっ……きもちぃ……」
天理は中を擦られる感覚にビクビク震えながらも快楽に染まった表情で艶やかな喘ぎを上げる。もうその姿には始まりの交わりの頃のような苦しさはなく、受け止めた快楽を素直に享受できていた。だが恥ずかしがりの気質は抜けず、侯輝が喜ぶからと羞恥を堪えて喘ぎ声を漏らすもやはりまだ羞恥を拭いきれず時折口元を押さえ、手で顔を覆う。
侯輝:「天理可愛い……ね、手はこっち、ね?」
天理:「ぁ……ぅぅ……」
侯輝は天理の腕を自分の肩に回させ、その恥じ入る手の動きを封じようとする。天理はその意図に気づくと困ったように目を泳がせるが、侯輝が「お願い」と甘える声で促せば、「その声、卑怯だ……」と小さく呟くと、観念した様に侯輝の首に腕を巻き付け、密着するように抱きついた。
侯輝:「ふふ、もっと気持ち良くなって」
天理:「ん……あ!……んんっ……ふぁ……あぁ!……ぁ……!」
侯輝が腰を突き上げれば天理は侯輝にしがみ付き、もう隠す事ができなくなった耳まで真っ赤にした顔と艶やかな喘ぎを晒し、侯輝の情欲を煽る。
侯輝:「ん……はぁ……可愛い……好き……大好きだよ、天理……っあ」
そう耳元で吐息混じりに囁けば天理の後孔がきゅっと締まり、その締めつけに侯輝は思わず声を漏らす。
天理:「俺……も、好き……、好きだ、侯輝」
その瞳にはその情欲の大きさを示すかの様に今にもこぼれ落ちそうな程の涙が溜まり、その雫が快楽に溺れる表情と相まって、侯輝の心に言い知れぬ幸福感を与えていた。
侯輝がキスしよ?と請う様な瞳で天理の頬に手を当て唇を近づけると、天理はその蕩けた顔を更に緩ませ「ん……」と侯輝の唇を迎える。侯輝はその可愛らしい様に一瞬我を忘れその口内を夢中で貪ってしまった。
天理:「ん……ふぁ……んん……」
天理はすぐにその荒々しい口付けすらも受け入れ、舌を絡ませると自ら積極的に求める。侯輝はそれに益々興奮すると口付けたまま腰を激しく動かし始めた。天理は堪らないとばかりに甘い声を漏らし、激しく猛り出した侯輝に必死にすがり付いた。
天理:「んんっ!んぅ!ぅんん!んぁ!ぁあ!あぁ!」
侯輝:「んっ!んんっ!っあ!天理!天理!天理ぃ!」
侯輝は溢れだす愛情と性欲を留める事を忘れ、腕の中の愛しき人へその情欲を叩きつけるように腰を打ち付ける。
天理:「あっ!ああっ!!ああっ!!!ああっ!!」
激しい快楽の波に飲まれながら、それでもなお自分を求めてくれる侯輝が嬉しくて、天理もまた享受した快楽を伝える様にあられもなく甘い声を上げ続ける。涙が止めどなく流れ、口の端からは唾液が流れ落ちた。まともに言葉が紡げなくなった代わりに侯輝の想いに応えるかの様に自らも腰を揺らし、その身体を侯輝に擦り寄せた。その甘く淫靡な姿に侯輝は限界を迎える。
侯輝:「あ"あ"ーー!!!」
一際強く最奥を突き上げ吠えるとその熱い精を勢い良く吐き出した。
侯輝のよく響く咆哮が天理の全身に痺れの様な感覚をもたらし、そしてその精の熱さに天理は脳髄までも溶かされるような感覚に陥る。
天理:「ーーーーーー!!!」
天理は脳内が一瞬真っ白になった後、ビクビクと痙攣しながら声もなく絶叫を上げると絶頂を迎えた。
侯輝:「ぅ、ぁ……」
天理:「ぁ……♡ぁ……ぁ……」
侯輝の精を一滴残らず搾り取らんとする様な後孔の収縮に侯輝は小さく声を漏らし、その快楽に耐える。
天理の全身から力が抜け侯輝の肩に回されていた腕が力無く滑り落ちる。天理は未だ余韻から抜け出せず、薄く開けた目と焦点の合わない瞳で虚ろに、だが気持ち良さを滲ませながら喘いでいた。侯輝は密着していた体を少しだけ起こし天理のその姿を確認するともうすっかり快楽だけを享受できている事に安心し微笑んだ。
侯輝:「天理……大丈夫?」
侯輝が汗で張り付いた額の黒髪をそっと払い、心配そうにその頬を撫でれば天理はピクッと反応し、瞳を閉じその手に小さく頬ずりする。侯輝がその愛らしい姿にまた胸を高鳴らせていれば、天理がゆっくりと目を開け、その瞳に侯輝の姿を映し出すとふわりと照れ笑う。その笑顔に侯輝の心はきゅんっと音を立て、思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるが、それをぐっと堪える。
天理:「ん、平気だ……ふふっ、また沢山出したな」
そんな侯輝の葛藤を知ってか知らずか天理は自らの下腹部を擦りながら微笑する。
侯輝:「あっ!ごめんねっ!お風呂行く?」
天理:「大丈夫、もう少しこのまま……ただ……お前と子作りしたら沢山産まれそうだよなって、ちょっと思っ……んっ!?……待っ!ちょっ!まだっ!」
天理の所作にまたもドキドキしつつも心配して慌てて起き上がろうとした侯輝を制止し、天理としてはほんのタラレバ話をしたつもりだった。だが事後の天理の愛らしさやら色香やらに諸々堪えていた侯輝に止めの一撃とも言えるその発言は、まだ初春の若き雄を復活させるには十分過ぎ、未だ過敏な状態だった天理は突き上げられ悲鳴じみた声を上げる。
侯輝:「あぁっ!俺頑張る!たくさん、子供作ろ♡」
天理:「ああっ!できなっ!やあっ!馬鹿っ!!あぁ!あぁ!あぁ!ああぁーーー!!」
天理への愛の箍が完全に外れてしまった侯輝はもう絶対孕ませる勢いで雄を激しく打ち込み始める。天理は堪らずイヤイヤと髪を振り乱し逃げようとするも腰を捕えられ突き上げられると、悲鳴の様な矯声を上げさせられながら精も吐き出さずに絶頂を迎えた。
だが侯輝の興奮は止まらない。
侯輝:「天理♡天理♡天理♡天理♡天理っ♡」
天理:「やぁぁっ!止まっ!も出なっ、出ない!ああっ!!無理!やあぁぁ!ああっ!ああぁっ!なんか来!来る!!ーーーーーー!!!ぅアアアアァァ!!」
侯輝:「全部飲んでっ!!あ"あ"あ"っ!!!」
天理はもう前はほぼ萎えて後ろだけで絶頂を何度も迎え、ついには前から透明な液体がピシャッピシャッっと吹き出した。侯輝はその収縮に導かれるように雄をぐっと押し付けると再奥に大量の精を注ぎ込む。
侯輝:「天理……、天理…、天理……♡」
天理:「ひっ……!あ……!ぁぅ……♡」
侯輝は快楽に飲み込まれた天理の表情と、涙と涎と汗と潮とでもうぐちゃぐちゃになった天理を見、目も当てられない程恍惚とした表情をすると、精巣の全てまで吸い取って貰わんとばかりに更に数度緩く打ち付け、その度にまた潮を小さく吹きながら収縮する天理の後孔に精を吸い取らせた。
そして漸く天理の後孔から雄をゆっくりと抜くと、ぽっかり開いた後孔から精液が溢れ出し、敷いていたタオルを汚していく。
侯輝:「ぁぁ……子種出てっちゃう……痛っ!」
天理:「馬鹿ぁ!!……っ」
侯輝が名残り惜しそうにその光景を見つめていれば、顔を真っ赤にさせ泣きながら、まだろくに力も入らぬ震える身体で天理が頭を殴りつけていた。そこで漸く理性を取り戻した侯輝は天理がガチ泣き寸前な事に気づき慌て出す。
侯輝:「わぁっ!ごめんね!?泣かないで!?」
天理:「っ泣いて、ねぇ、これは生理的なやつだ馬鹿……、生理的な……俺……漏らした……ぅ」
侯輝:「潮吹きはお漏らしじゃないから、ね?泣かないでっ」
侯輝は天理が泣きそうになっている理由に思い至り、宥めようと必死になるも、恥ずかしさでまた涙を滲ませ始めた天理に更に焦る。なんとか落ち着かせようと、小さくしゃっくりを上げる天理の背中を優しく撫ぜながら、侯輝は天理が落ち着くまでずっと抱きしめ続けた。
侯輝:「……落ち着いた?」
天理:「……落、ち着いたが、さっきまでの自分が恥ずかしくて顔が上げられない……」
やっと落ち着いてきた天理がもぞもそと動いて顔を覗かせると、そこには耳まで真っ赤にして俯いている天理がいた。その姿が可愛らしくて、でも今度は盛ってしまわない様、額にキスをする。
侯輝:「ほんと無理させてごめんね。お風呂入ろ?」
天理:「ん」
侯輝がまだフラフラとする天理を見守りつつ風呂に入り、身体を清めた二人は寝室に戻る。そして向き合って狭いベッドに横になった。
侯輝:「お腹とか大丈夫?」
天理:「まあだるいけど、平気だ。……お前の気持ちは……嬉しかったし……」
段々と声が小さくなりながらも告げられた言葉に今度は侯輝の顔に朱が差した。
侯輝:「えへへ、ありがと♡」
ちゅっと頬にキスをすると、天理はむず痒そうにしながらも照れ笑う。。
天理:「お前、さ、やっぱり子供、欲しいか?」
天理は少し不安そうに聞いた。男同士である二人にはどうしても叶わぬ話だった。自分が相手でなければ侯輝の望みは叶っただろうにと天理は考えていたのだ。
侯輝:「俺は天理と二人きりで全然いいよ?でも、もし子供が出来たら、きっと可愛いだろうなぁ」
天理:「……そうか。俺も、お前と二人で居られればそれでいい。ただそうだな、お前との子供なら、見てみたい、かな……」
そう言って微笑んだ天理に、侯輝は嬉しくなって抱きつく。
侯輝:「天理、愛してるよ」
天理:「ん、愛してる侯輝」
そして二人は抱き合いながら眠りについた。
[newpage]
翌々朝、二人は一旦侯輝の家に寄りつつ、侯輝が運転する天理の車に乗りS.Gへ出社しようとしていた。助手席に座り天理は携帯機に来ていたメッセージを確認する。
天理:「お、土護から返事来てた。えーと?はは、長々書いてあるけど要はおめでとう、だとさ。侯輝君にもよろしくってよ」
天理はエレリウスとの契約を知る幼馴染みに無事契約解除できた事を伝えその返事を苦笑しながら読んでいた。
侯輝:「えへへ、良かったね!今度また飲みに行こうよ」
苦笑しながらも嬉しそうな様子に侯輝もニコニコと上機嫌になった。
天理:「ああ。あいつにも心配かけてるし改めて礼言わないとな。あとは……エレリウスとの契約が無くなった事を上にも報告しないとならないんだよな。俺の査定変わるだろうなぁ……」
これまで天理はエレリウスとの契約の為に一定期間毎の体調不良・要強制性交渉等のデメリットを抱えてはいたが、同時に大精霊使いである魔術学院の精霊科長との契約者である事で魔族すら一撃で屠る力の行使が可能であった。普段使いはできないが、緊急事態用の戦力としてはカウントされていたのである。それが不可能となった事を報告しなければならない。いくらデメリットがあったとはいえ巨大な力を自ら手放したとなれば、天理の評価は下がるだろう。
侯輝:「そっか……、俺とのバディ解消にはならないよね?」
天理:「それは無いと思うぞ、エレリウスとの契約能力無しでも俺は新人とのバディ要件は満たしている筈だ。これまでだって俺だけの能力でお前との任務は達成できているし。例の魔族の件は本当にイレギュラーだ」
天理の言葉に侯輝はほっ、と息をついた。
侯輝:「よかった……。天理が他の奴と一緒に任務行くなんて嫌だよ」
その言葉に嬉しく思いながらも天理は複雑だった。想いの通じた侯輝とずっと傍に居たい。だが契約のデメリットも無くなったとはいえ戦闘能力の限界を感じている天理と異なり、侯輝はまだまだ伸びしろのある若者だ。自分と一緒に組んでいるよりより、多く経験を積み、強くなれる相手と組み、出世していく方が侯輝の為だと分かっているからだ。
天理:「ありがとな。……なあ、侯輝、もし……将来他の誰かと組みたくなったら言ってくれよ?お前出世したがってたろ?俺、ちゃんと納得するし応援するからさ」
そう言う天理に侯輝は顔をしかめた。
侯輝:「えっヤダ!俺天理以外と組みたくないよ!」
赤信号で停止した侯輝は真っすぐに悲しそうな顔を天理に向ける。天理はその視線を受けて胸が痛んだ。
天理:「ごめんな、そんな顔をさせたかったんじゃないんだ。お前がそう言ってくれるならこれからも一緒に組ませてくれ。あ、信号変わったぞ」
天理は侯輝の髪を謝罪を込めて撫でると安心させる様に微笑んだ。
侯輝:「うん、わかった……。俺、絶対天理の傍から離れないし、離れられないように頑張る……」
天理:「ああ、俺も頑張るからな」
侯輝は車を進め、駐車場に向かう。運転しながらほんの数ヶ月前まで自分が亡き姉に誇れる様に立派に出世したがっていた事をすっかり忘れていた事を思い出していた。
天理は侯輝の気持ちが本音では嬉しくて堪らなかった。せめて共に在れる様に努力しようと思いつつも、もし将来侯輝がバディ解消を望む日が来たら自分は大人しく身を引き、侯輝を応援しようと心に決めた。
そしてもう一つ、侯輝と天理もまたほんの数ヶ月前までの事を忘れていた事があったのだった。
天理は出社すると一人、S.Gの隊長の中の一人で本日の社勤めである公金の部屋へ向かう。公金の隊長室へ入ると公金にエレリウスとの契約解消による己の能力状況を説明した。
公金:「事情は分かりました天理君。上層部及び隊長各位には私から伝えておきます。あれ程の力を失うのは惜しいですが、契約の解除は本人の意思を尊重するべきでしょう。これまで大変でしたね」
公金はその優美な顔立ちに相応しい優雅な態度で天理を労った。
天理:「ありがとうございます」
天理は丁寧に頭を下げた。目の前の天才戦術家と言われたこの優美な男が本音ではどれくらい落胆しているのか、そしてその態度からは窺い知れなかったからだ。しかし公金はその天理の心さえ見透かした様に微笑んだ。
公金:「幸い、通常業務はこれまで通り……いえ、体調不良が発生しないのであらばより安定した活動ができそうですね。新人バディの侯輝君との成果も……上々でしたし、今後もこの調子で……」
天理が自分への評価はともかく、侯輝とのバディは継続できそうだと一安心しようとしようとしていた瞬間、部屋の外から少し賑やかな音が聞こえてくるなと思えば隊長室のドアがノックもせず無遠慮に開け放たれた。
葉金:「お疲れさん!公金おるか?!わい明日から復帰できる様になったで!お、天理も居ったんか?!久しぶりやな!なんや元気そうやん!」
初子の育休が明けたらしくブランク明けとは思えない程変わらず嵐の様にやってきた先輩である葉金に、天理は苦笑しながら挨拶をする。
天理:「おはようございます、葉金さん」
小柄な体型を倍増させるかの様にドカドカと入室し公金の机の前に立ち大声で喋る葉金を落ち着かせるように、公金は掌で椅子を示し勧めた。
公金:「はい、おかえり葉金。いい加減事前にメッセージを送るとかノックを覚えて欲しいんだけどね」
呆れながら言う公金に葉金はすまん、すまん、と軽く謝りつつ天理の隣にどかっと座る。
葉金:「で、俺復帰できんねんけど仕事あるかー?侯輝どないしてる?」
天理:「ぁ」
公金:「ふぅむ。どうしたものかな」
侯輝のバディは本来新人教育係の葉金であり、葉金が急遽育休の為、自分が侯輝の臨時バディになった事を、天理はすっかり忘れていたのだった。葉金が復帰するのであればお役御免という事になる。
天理が静かに消沈していると公金は形の良い顎に手をあて思案したのち告げた。
公金:「そうだね。葉金には本来予定していた侯輝君とのバディ編成に戻って貰おうか。」
天理がやはりと肩を落とすと、葉金がその様子をチラリと見ながら言った。
葉金:「なんや、ええんか?天理と侯輝うまくいってたんならバディ継続でええんちゃう?」
公金:「天理君が悪いって訳じゃないんだけど、侯輝君は期待の新人だからね、侯輝君には能力に合って新人育成に長けた葉金と組ませてより成長して貰いたいというのは部会でも一致した意見なんだよ」
葉金:「ほぉ~ん?まぁ、俺は別にかまへんけど……」
天理は内心の落胆を隠そうとしながらも、思わず俯いてしまう。葉金はそんな天理を見、本当にいいのか?と公金に視線を送るが公金は企みありげに微笑んだままで、葉金は呆れた視線を公金に送った後、天理に向き直ると少し優しくトーンを落とし尋ねる。
葉金:「天理は?それでええんか?」
天理:(できればずっと一緒に居たい。だが、やはり俺といるよりは……)
天理:「俺、は…上がそういう方針なのでしたら……侯輝には期待できると思いますし、その指導は葉金さんの方が適任かと思います。」
天理は侯輝の将来を思い、心を押し殺して回答した。
だがその言葉はどこか上の空で覇気が感じられない。その様子に葉金は心配そうな表情を浮かべるが公金は考えが読み取れぬ笑みを口元に浮かべたままだった。
公金:「君がそう言ってくれて良かった。では明日からでも葉金は侯輝君とバディを組んでくれるかい」
葉金:「……了解や。侯輝には俺から話しとくわ」
葉金はまだ納得しきれていない風ではあったが了承する。
天理:「俺は……内勤に戻るんでしょうか?」
公金:「いえ、天理君には私のバディになって欲しいと思っています」
天理:「え?俺が……ですか?」
ニコニコと告げる公金に天理は勿論葉金も驚嘆の視線を送る。
公金:「ええ、以前から私の副官を兼ねたバディを必要としていたのですが中々良い人材がいなくて。天理君が以前の体調不良も無くなり、手が空いているのであれば丁度良いかと思いまして」
天理:「え、俺にはとても……公金さんの部隊に適材がいるのでは?」
公金:「天理君、君はこれまでの事もあり出世の事も諦めて自身を過小評価している様ですが私は君の事をずっと評価していました。今回の編成変更は侯輝君の事だけでなく君の育成も兼ねています。私の副官として経験を積み、よりS.G全体の活動に貢献できる人材になって欲しいのです」
真剣な眼差しで告げる公金をじっと見つめた後、目を伏せてしばし考え込んだ後、天理は口を引き結びつつもコクリと頷く。そしてふっと息をつくと顔を上げ公金を見据えて言った。
天理:「分かりました。公金さんのお役に立てるよう尽します」
決意の表情を浮かべて返答する天理に公金は笑顔でうなずく。
公金:「承諾してくれてありがとうございます。では明日からよろしくお願いしますね」
やはり騒がしく旧知の隊員に挨拶しつつ隊員室にやってきた葉金は、天理の報告帰りを天理のデスクで待つ侯輝に再会の挨拶も早々、事の顛末を簡潔に伝えた。
葉金:「と、いう訳やから明日からお前のバディは俺な!よろしゅう頼むで!異議はあるか?!」
侯輝:「大ありだよ!!!俺、天理以外とバディ組みたくないよ!」
葉金がフレンドリーな人柄とは言え、仮にも教育係の先輩にタメ口で言い返す侯輝に周りは呆気にとられる中、葉金の方は動じずむしろ嬉しげだ。
葉金:「おお!やっぱそうこんとな!しかしお前、この数ヶ月で変わったなー?おもろいわー」
ギャハハハと笑いながらガシっと背中をバッシバッシ叩く先輩の葉金を嫌そうに見ながら、侯輝は内心の不安を隠して抗議を続ける。
侯輝:「何も変わってないよ!真面目に聞いてよ!!」
葉金:「気づいてんかー?天理に"さん"付け無くなくなっとるし、お前もっと本音隠して話とる感じやったでー?なるほどなぁ天理効果か、お前ら仲良うやってたんやなぁ」
実は隠れタラシである天理を知る葉金は納得した様に良かった良かったと頷き、満足そうに笑う葉金を睨む侯輝。
「……天理は何て」
「あぁ、あいつも了承済みや。今後は公金の副官兼バディになる予定やで」
「なんで!?」
(ずっとバディ組もうって言ったじゃん天理!)
侯輝は思うより早く公金の隊長室へと駆け出していた。
「せやけどー……ちょっ、待てぇ!最後まで聞けぇ!」
時は遡り、葉金が隊員室に戻った頃。
隊長室に残った天理は、公金に副長用に存在してはいたが天理から見れば半ば物置と化していたデスクを与えられ消沈していた気分を一瞬忘れ呆然とする。
「この書類の束は……」
「勿論決済書類は無いですよ、報告やインシデントの読み終わった書類なのですがデータ入力が億く……追い付かず溜め込んでいたのです。空いている棚にひとまず移動させて……」
「昨年新規システム導入しましたよね?」
ゆらぁと静かに怒りのオーラを立ち上げながら詰め寄ろうとしてくる天理に、公金は天理が内勤にいた頃、例え相手が上司だろうが何だろうが容赦なく書類不備を指摘し陰で"氷の貴公子""次期軍務尚書"等と呼ばれ、隊員から総務部長の懐刀として畏れられていた事を思い出しひっそりと冷や汗を流す。
「スミマセンでした……」
素直に謝罪する公金に天理は仕方ないなという表情をすると早速机上の整理を始めた。
「多忙でしょうから俺がやります。これからは……」
責めつつも気遣わしげに言う天理に公金は思わず笑みを浮かべそうになるが、天理が当人は隠しているつもりかもしれないが明らかにまだ消沈している様子に留まった。
「えぇ、今後は私の補佐をしながら隊長職の仕事を覚えて下さい」
「はい……」
(バディ解消は侯輝の為なんだ。なんだが……俺は侯輝の想いを裏切っていないだろうか。あいつの意志も確認していないのに……)
「……天理君、大丈夫ですか?」
天理が手を凄い速度で動かしつつもやはり心ここにあらずといった雰囲気なのを見て、公金が声をかけると、天理はハッとしたように公金を見た。
「すみません。集中します…………あ、あの……」
言い淀む天理の様子に公金は穏やかに言葉を待つ。
「侯輝、とのバディ解消の件なんですが、やはり侯輝の了承を……」
天理が侯輝とのバディ解消の保留願いをしようとした瞬間、部屋の外からとても賑やかな足音が聞こえてくると思えば隊長室のドアがノックもせず勢いよく開け放たれた。侯輝は許可も無しに机の前まで近づくとバンっと手を叩く様に置く。
「公金さん!どういうことですか?!俺天理とのバディ解消は嫌です!」
「侯輝……!」
入るなり公金に不満を叩きつける侯輝に、天理は想定できていたはずの侯輝の反応を目の当たりにして、自分が侯輝を裏切ったような気持ちになる。
後ろから付いてきたらしい葉金が何が楽しいのか声も立てずに腹を抱えて笑っていたが公金がちらりと見た以外はスルーされた。
「おはようございます、できれば君もノックを覚えてくださいね?バディの件は君の育成方針として当初から決められていた事です。より侯輝君の成長を促す為に必要な事なのです」
公金は辛そうにする天理を横目に見つつ、侯輝の無礼な態度をものともせず、いつも通り落ち着いた涼しげな様子で微笑んでいた。
「俺は天理の元でも十分に成長できます!」
「そうでしょうか?君は精霊適正を持たず武術だけで入隊資格を得た素晴らしい才能の持ち主です。天理君が決して武術を怠けている訳ではありませんが精霊術を得意とする天理君は武術方面を活かす才は葉金に劣ります。その才能を伸ばすには天理君の元では不十分ではないですか?」
「それは……」
仕事である以上恋人だからでは通らない事は分かっていた。侯輝は自分に精霊適正がある事を公開し、魔法戦士の指導役として天理こそ適任であると訴えるべきか悩む。だがそれは即ち自分に闇の適正がある事を天理以外に公開するという事で、それを恐れ反論する言葉を失う。天理はそんな侯輝の心中を察し口を挟むべきか悩んだ。そんな二人の様子を見つつ、追い討ちとばかりに公金は畳み掛ける。
「それに天理君には私の副官兼バディとして活躍して欲しい、天理君のキャリアアップを計りたいという私の願いもあるのです」
「ぃゃ……だ……」
(嫌だ!天理が俺から離れるだけでなく、俺以外の誰かの横にいるなんて!俺の出世なんてどうでもいい!……けど天理にだって選ぶ権利がある……)
小さな声でしか反論できず俯き葛藤する侯輝に天理が覚悟を決め侯輝に近づくと手を取った。
「侯輝、俺はお前の気持ちを尊重したい……いや、正直に言う。俺もお前と一緒に居たい」
「天、理……」
侯輝は天理の言葉に驚き、思わず顔を上げるとそこには優しい微笑みを浮かべた天理がいた。
「ただ、このままだと理由もなくバディでいるのは難しい……侯輝、俺達がバディでいられる条件はもう分かってるな?」
「……うん」
握る侯輝の手が震える、天理はその手を力強く握り、与えられるものなら侯輝に勇気を与えたいと願う。
「後はお前が決断できるかだ。もしお前がそれで不当に扱われるなら、俺も一緒にここを辞めたっていいから」
「っ…………う"ん」
「……」
侯輝は天理の優しく決意を秘めた表情と言葉に涙ぐむが、意を決し頷くと、真っ直ぐに公金を見つめる。公金は天理の言葉に一瞬眉を動かしたが二人は気付かなかった。
「天理が俺の教育係として適任である理由があります。俺……精霊適正があります。天理のバディとして、魔法戦士として成長したいです」
「君に精霊適正?それは初耳ですね。公表すれば有利なはずのものをなぜ今まで公開しなかったのでしょうか?」
公金は驚いた風ではあったがさほど動じずに淡々と問い返す。侯輝は一つ息を吸って吐き天理の手をギュッと握ると真っ直ぐに返した。
「俺の適正は光と……闇です。入隊が不利になるかと思い隠していました」
その言葉に公金は少しだけ目を見開き驚きを示す。そして納得したかの様に頷いた。
「成る程……確かに、君の精霊適正は公表すればマイナス評価を受けるでしょうね。闇の精霊は不安定で未知数、隊の中に置いておくのは不安がある。さて、それはそれで困りましたね。今までは大丈夫だったかもしれませんが万が一という事があります」
「……」
侯輝が俯き裁定を待っていると天理が公金に口を開く。
「俺の精霊術と能力自体は信用して頂いていると思っていいですか?」
「えぇ、勿論です。君が今までにどれだけの成果を上げてきたのか私は知っていますよ」
天理の問いに公金は穏やかに微笑し答える。
「ありがとうございます。では、俺が侯輝を保証します。侯輝の闇の精霊で万が一があっても俺が止めます。実績も既にありますし、そもそも侯輝の心は強く容易に暴走などしません。それは普段の侯輝を見ていればご理解頂けると思います」
そして天理は上着のボタンを外しつつ侯輝に声をかける。
「侯輝、お前も見せろ」
「あ!うん!」
胸を晒し侯輝との契約陣を見せる。侯輝もその意図に気づきそれに倣い続くと揃いの契約陣を見せた。これにはさすがの公金も驚きを露にする。
「これは……!契約まで交わしていたとは……まさか、こんな形で証明されるとは思いませんでした」
「報告していませんでしたが契約を利用した実績も上げています。俺が侯輝のバディとして最も適任であると考えます。如何でしょうか。バディの件、再検討お願いします」
「お願いします!!天理とバディでいたいです!!」
二人揃って頭を下げる。
「ふむ……わかりました。これは上も納得するしかありませんね。バディ変更の件は白紙としましょう。私個人としては残念ですが……」
公金は渋々といった様子で答え、二人はホッと息をつく。
「評価していただいていたのに申し訳ありません」
「いいえ、それに認めないなら辞めてやるとまで事前に脅され……いえ、宣言されては認めざるを得ないといいますか……」
「あれは……そういうつもりでは……」
公金の言いように天理は焦り、侯輝は自分の為にそこまで言ってくれた事に今更ながらニコニコと嬉しげな笑みを浮かべた。すると突如、突入してきた侯輝にくっついて入ってきた後、空気のように入り口近くに佇んでいた葉金が一件落着を確認したのか発言してきた。
「何を後輩に嫌味言うとんねん!公金、お前はなっからコイツらのバディ解散させるつもり無かったやろ?!この腹黒!」
「ぇぇー?何それーぶーぶー」
(この人ならやりかねないんだよなぁ……目的……今回得られたもの……まさか?)
侯輝が流石に小さな声でだったが文句を言い、天理が呆れたような表情をしながら公金の思惑を思考していると、公金は苦笑いした。
「まあまあ、落ち着いて下さい。確かに最初はこれを機会に天理君に侯輝君が隠している精霊適正能力を問い詰めた後さっさとバディ解消を白紙に戻すつもりだったのですが、想定以上に落ち込んでしまった天理君に、とてもじゃないけど聞ける雰囲気じゃなくてですね……」
「天理……俺の事そこまで♡」
「っ……やっぱり。以前俺の魔力回復できた件の報告、誤魔化せてなかったか……?」
明後日の方角を見ながら照れ隠しにブツブツと推測が合っていた事を分析する天理を侯輝は頬を染めて見つめる。そんな二人を公金が「ふふふ」と眺めていたがすぐにその優美な顔を少し歪める事になる。
「ごちゃごちゃ言い訳すんなや公金!後輩苛めんな!」
「痛っ!苛めてないよ、って、僕上官なんだよ?分かってる?」
容赦無くその美麗な額に突っ込みを入れる葉金に公金が不満げに答える。「知るか!」と追加突っ込みする葉金に、天理と侯輝は(頼もしい先輩だなぁ)と微笑ましく思った。
「と、ともかく、侯輝君の精霊適正は一度S.G正規の鑑定士が正式に鑑定後、光のみが確認された事を公表し、闇の適正の事は部長クラス以上の特秘事項となるでしょうね。一度部長会に呼ばれると思います。難色は示されるでしようが、侯輝君の扱いは現状をもって保留、天理君とのバディは継続となるでしょう。私個人としては天理君、侯輝君を信頼し、闇の適正を否定するつもりはありません。そこはどうか誤解なきよう」
公金はそう言って二人に頭を下げる。
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「はい!ありがとうございます!」
「俺も流れで知ってもうたけどな。俺も口外はせんし、何も変わらんで!」
ほっと安心する二人に一件落着やなとうんうんと嬉しそうに頷く葉金に公金も笑顔になる。
「そこは大丈夫葉金、明日から私の副官だから。知ってても問題ないんだよね。兼、久々のバディ、よろしく頼むね」
「f~~~!!」
公金が笑顔でそう辞令を言い渡すと葉金は声にならない驚愕の声を上げる。
「私が副官探してたのも本当だよ?君、父親になったんだし、いい加減昇級して落ち着きなよ。指導するからさ」
「なんやてーーーー!!!!!」
公金の隊長室に今日イチの声が響き渡っていた。
「それでは俺達は失礼します。あ、公金さん、餞別と言っては何ですがこの書類の束は俺が処理しておきますので以後きちんとシステムに登録してください」
「あ、ああうん、スミマセンでした」
「失礼しましたー!葉金さん昇級がんばってね!」
「お、おう!任せてけ!」
葉金はそう言ってヤケクソ気味に親指を立てる。
「じゃ、侯輝行こうか」
「うん!」
天理と侯輝はもう用は済んだとばかりに挨拶を済ますと二人仲良く部屋を出て行った。
公金は二人が出て行った扉を見つめ、階級は違えど昔馴染みの葉金と二人きりになった事で姿勢を崩すと、改めて葉金と情報共有を計る。天理と侯輝のバディとしての好調な実績、天理がエレリウスとの魔術契約から解放された事などを聞くと葉金は安堵の笑みを浮かべた。
「あの二人、すっかり良い感じだなぁ。はぁ、僕も早く結婚したいなぁ。」
「何言うとんねん。腹黒い事しとるからフラれとるんやろが。お前、あわよくば本気で天理部下にするつもりやったろ?」
葉金は公金が天理と侯輝へ下したバディ解消命令は偽りだと見抜きつつも、天理を副官にしたいという思い自体は本物だと見抜いていた。
「だってさ、天理君、絶対将来有望だよ?侯輝君もそうだけどさ、僕の予想では今の時点でもう既に副隊長レベルだと思うんだよねぇ」
「まあなあ、天理フリーなったら最低でも総務部長は取り返しに来るやろし先にツバ付けときたいのは分かるけどな」
葉金は侯輝の臨時バディとして人手不足のため天理を宛がおうとした時、総務部長が可愛い娘が嫁に行ってしまうレベルで泣く泣く天理を送り出していた事を思い出し苦笑いする。臨時で無くなった事を聞いたら総務部長は軽く卒倒するかもしれない。
「それにしても、まさか侯輝君が闇の適正を持ってるとはね。驚いたけど納得もいったかな」
公金はそう言って苦笑する。
「なんや、知ってたんか」
「うん、ちょっとね。彼、僕が本気めで打った精霊術が効かなかった事があってね。精霊の加護の厚い天理君ならまだしも滅多に無い事だったから」
「ホンマか!なるほどなぁ……ってお前侯輝に何してん?」
葉金は侯輝がS.G屈指の精神操作術を行使する公金の術を抵抗した事に、闇の適正者には術が入りにくい事に思い当たると納得した。そして驚くと同時に呆れた顔をする。
「天理君が例の奥の手を使った後だったから侯輝君にはちょっと引いて貰おうとしたんだけど。侯輝君精霊適正無しと聞いていたし、その時まだ天理君とはそういう仲では無かったからね」
「ああ、学院のおっさんとの契約のやつか。ん?という事は天理の魔力供給は」
「そう、天理君の報告では魔力は自然回復させたと聞いてるけどちょっと不自然な所があってね。実は精霊適正があった侯輝君が供給してたと考えた方が妥当なんだよね……」
「あー、あいつらそれきっかけかー」
「行為をしたからって訳ではないんじゃないかな。天理君、行為好きじゃなさそうだったし。闇適正ありで恋仲なんて僕には中々想像できないよ。思うにもっと前から想い合う所はあったんじゃないかな」
公金が少し寂しそうに苦笑すると、公金の心中を察する葉金は少し困った様な複雑そうな表情で公金を見やった。
「ま、とにかく!正直闇の適正者は手に負えないかと思ってたけど天理君のお陰で何とかなりそうだし、助かったよ。侯輝君が優秀なのも間違いないから手放せないしね」
「そら良かったな」
「……それだけに欲しかったなぁ……闇の適正者さえ手懐けられる天理君」
机に突っ伏して残念そうにする公金を葉金は呆れて見下ろした。
「天理が特殊なんは間違いないやろけど、アイツらは特別なんやろ?契約までして。もうラブラブやん。びっくりしたわ、あの天理が」
「だよねぇ。あの時からずっと辛そうだったから、今の様子を見ていると良かったとは思うんだけどね」
「せやな……」
二人がまだ新人を抜け出しバディ出来立ての頃、遺跡裏で魔物から精霊術だけで逃げ惑うまだ一般人の天理を保護してから約八年。生きる希望を無くしかけていた天理が苦労してS.Gに入隊し、少しずつ目に輝きを取り戻しつつも、憂いがつきまとっていたが漸く晴れて恋人と幸せそうに笑い合っている。
「あの時助けて良かったな」
「そうだね……」
「ほれ、いつまでグダってんね。まだ天理に未練あるんか?お前の初恋の大和撫子に似てるもんなぁ」
「感のいい同期は嫌いだよ……それに僕は馬に蹴られる程野暮じゃないよ」
かつての思い人を天理に重ね公金はため息をつく。見かねた同期に葉金は頭にぽんと手を置く。
「はよ次の相手見つけや?公金隊長?」
「わかっているさ……よし、仕事しよう!葉金、早速だけど君を昇級させる為に厳しくいくからね!そこ座って!」
「なんでや!俺復帰明日からや!今日は顔見せに来ただけやねんけど!?」
ガバッと起き上がった公金はやる気満々で先ほど天理が片付けてくれたばかりの机の上にまた書類を広げる。葉金は天才と呼ばれたこの男にも、少しは思いを溢し、息抜きできる相手が必要なのだろうと思うもそれはそれ、これはこれであった。
「あっ、逃げる気かい?!」
「ほな、また明日からよろしゅうなー」
公金の叫び声を背にして葉金は颯爽と部屋を出ていった。
天理と侯輝はなんとかバディ解消の危機?を乗り越え安堵しつつ隊員室へ戻った。昼近くになった隊員室には皆外回りに出て人気がほとんど無くなっていた。調整してくれていた隊員に礼をいいつつ、代替として与えられた内務作業の書類を手に取ると、二人で作業をこなす。天理の机上には公金の副長机の上にあった書類まで乗っていたが、既に天理の手により仕分けが終わり侯輝には訳の分からないスピードで処理されていた。侯輝の見立てでは半日もかからないだろうと踏んでいる。自分が処理した場合、おそらく残業しても終わるまい。
「ふぅ……完全に公金さんに一杯食わされたな……」
「だよね。なんか悔しいなー流石敏腕隊長って感じだけど……むぅ」
侯輝が拗ねたように口を尖らせる。その様子に天理は作業の手を緩めすまなそうな顔をした。
「辛い想いさせてごめんな。俺が最初から断固拒否するなりしてれば、お前の精霊適正公開させる事も無かったろうに……」
「ううん、いつかバレて言わなきゃならなかった事だと思うしさ。それだって天理が居てくれたから出来たし。それより俺は天理が俺の為に一杯想ってくれてた事の方がずっと嬉しかったな♡」
「ぅ……そうか……良かった」
侯輝は公金が天理に送る視線に自分と同じものを感じ危機感を覚え拗ねようとしていたのだが、当の天理が公金からの愁波に全く気づく気配が無い上に自分の事ばかりを気にかけてくれている事であっという間に機嫌が良くなると、天理を愛でる事に全力を注ぐ事にした。
結果、にこにこ愛おしそうに笑う侯輝の言葉に、微かに頬を染め視線を無意味に書類とモニターを往復させる可愛い天理を眺める事が叶ったのだ。
「お前らホンマ仲良うなったな!どこまで進んでるん?ちゅーはしたのか?!」
と、隊長室から逃げてきた体の葉金がニヤリと笑いながら二人の間に割って入る。
「っ!げほげほっ!」
「ちょっとぉ、葉金さん邪魔しないでよ!折角イチャイチャしてたのに!天理二人っきりでないとなかなかデレてくれないんだからね!ちなみにちゅーどころか最後までしたよ!」
突如現れ冷やかし始めた葉金に、イチャイチャしていた自覚など全く無い天理は真っ赤になってむせ、侯輝は邪魔された事を抗議する。
「言わなくていいっ!」
「えー?俺自慢したーい」
「仲良うしろとは言うたけど、そこまで仲良うなるとは思わんかったわー。で、普段どないなん?どんなプレイしてん?」
「葉金さんその指止めてください」
「ふふーん♪聞きたい?聞きたい?」
「ばっ、やめろっ」
得意げに話そうとする侯輝に慌てて天理が制止をかけるが侯輝は満面の笑みで話し出す。
「まずね、お風呂で洗いっこして、ベッドでぎゅうって抱き合ってちゅーするよ。天理凄く嬉しそうな顔するのが好き!この間は自分から上に乗って動いてくれてね、すんごいエロいのに恥ずかしそうにしてて凄い可愛いかった!あとね……」
「っ……侯ぉ輝ぃ……、無駄口叩いて残業しても俺定時で一人で帰るからなっ」
顔を赤くしながらも止めるのは無駄だと悟った天理は諦めてモニターに向き直ると仕事に集中する事にした。しかし、内心の羞恥を表すようにキーボードを打つ指先が震えている事に本人は気がついていない。
「えぇー!やだー!一緒に帰るー」
「ええやん少し位、それ明日やってもええやつやないの?相変わらず堅いやっちゃなー」
そんな天理と慌てて仕事の手を動かす侯輝を葉金はニヤニヤしながら眺めていたが天理は呆れた様に目線だけで軽く睨むと先ほど公金の部屋から持ってきた書類の束を手にする。
「これ公金さんとこの副長机にあった未処理書類なんですが見かねて俺が処理してるんですよね……今俺サボって明日でいいなら、明日から公金さんの副長になる葉金さんに処理お願いしてよろしいんですよね?」
にっこり笑って書類の束を差し出す天理に葉金は慌てる。葉金の脳内に天理内勤時代の二つ名"影の軍務尚書"という言葉が浮かびまだ健在であった事を認識する。
「や、仕事は大事やな!サボたらあかんな!」
「ですよね、これは俺が責任持って処理しておきますので」
汗々とし始めた葉金に天理は笑顔のまま書類を引っ込めるとモニターに向き直った。
「た、頼むな?ほな、俺そろそろ帰るわ!明日からまたよろしゅぅな!」
「お疲れさまーっ!」
「はい、お疲れさまです、あ、忘れてました」
天理はそそくさと帰ろうとした葉金に苦笑しながら、思い出した様に声を上げると葉金は「?」と留まった。
「お帰りなさい。葉金さん」
「ふははっ、おう!ほな、お先ー」
穏やかに微笑する天理に葉金は一瞬面食らった顔をしたが、すぐに嬉しそうにニカッと笑うと手を振って帰って行った。
「いいなぁ、さっきの」
侯輝は「お帰りなさい会やろうね!」と葉金に軽く手を振り天理と共に葉金を見送ったのち、仕事を進めつつも何やら羨ましそうに呟く。
「ん?何がだ?」
「お帰りなさい♡ってやつ。俺も言われてみたーい」
「おい、それさっき俺が言ったやつとニュアンスが違うだろ。久々に帰ってきた先輩を労う感じじゃないだろそれ」
きゃっきゃっと騒ぐ侯輝をジト目で見やる天理に、しかし侯輝はめげずに食い下がる。
「だってぇ……俺も言われたいよぉ……お帰りなさい♡侯輝、お風呂にする?ご飯にする?それともオ・レ♡?ってぇ……」
「お前、どんどんニュアンス違いどころか遠ざかってるぞ…………仕方ないな…………ほら」
「え?」
天理はきょろきょろと辺りを見回し誰も居ない事を確認した後自席を立つと、座る侯輝の横に立つ。そしてその頭を抱え込むように抱きしめ優しく頭を撫でた。
「おかえり、侯輝。今日も頑張ったな?」
「あ……うん……ただいま。天理……」
てっきりまた真面目にやれと怒られると思っていた侯輝は、予想外すぎる展開に驚きながらも嬉しさに頬を染め、天理の細腰に腕を回して甘える様に抱きついた。天理は侯輝にされるがままになっている。
「えへへ、ありがと天理。そうだ!引っ越しして同棲するようになったら毎日これやって貰えるかなぁ?!エプロンしてお出迎えとか」
天理:「出迎え無理だぞ?お前と俺バディで出勤日一緒なんだから。片方だけ出張とかそう無いだろうし」
侯輝:「うっ、そうだったぁ残念……でも、えへへ引っ越したら一日中一緒だぁ……」
天理:「ぅ……そ、そうだな」
嬉しそうに天理の胸に頭をぐりぐりと埋める侯輝の言葉に今更ながらその事実に恥ずかしくなりたじろぎ顔を赤くしながら天理は答える。その内慣れるだろうか、いや絶対に慣れないなと思いつつ、しかしそれでもこの温もりを手放したくないなと天理は思った。
数日後、侯輝は正規の精霊適正鑑定士による正式な結果を受け、公金の想定通り、光属性のみと公表される事となった。侯輝は部長会に呼ばれS.G上層部に説明を求められたが、真摯に堂々と闇の適正についての説明を行い、公金のさりげないフォローもあり、天理との正規のバディとして認められた。
そして数週間後、天理と侯輝は無事に引っ越しを済ませると晴れて二人暮らしを始める事になった。
書斎という名のほぼ天理の遺物コレクション置き場、広い居間やキッチンは侯輝の多彩な趣向が反映され、そして寝室は同じにし就寝を共にする。
共に暮らす様になると互いの知らなかった点が浮き彫りになり、良い点悪い点を知るがそれは互いをより理解し補完し合う事になり愛情を深める事となった。
侯輝の趣味はキャンプ・スポーツ等のアウトドア、音楽・筋トレ・ゲーム・料理等インドアと多岐に渡る。天理は侯輝に新しい遊びに連れられる度に目を丸くし、やがて侯輝はなんのかんので楽しそうに笑う天理を見るのが趣味と化していた。
天理は考古学を志していただけあって遺跡の学術研究や侯輝を伴ってデート兼遺跡探索に出かけた。時折書斎で趣味に没頭し過ぎ、構って欲しい侯輝にイタズラされては、なし崩し的に愛を育む。なし崩しされてしまう程に天理は己の優先順位が侯輝になっている事に心中で驚いた。
こうして端から見れば甘ったるく幸せそのものの日々を過ごしたのだった。