はっぴーしぇありんぐ
年下×年上(侯輝×天理)
結婚後小風景群 そして暫定最終ポイント
1P:僕の夢と一緒に
2P:若人たちと
3P:おうちに帰るまで R15くらい
4P:盛り上がった 侯輝視点 R18
5P:夢 侯輝視点
6P:夢の先へ
遺跡探索を終え、侯輝と天理は帰路につく。今回の遺跡はアタリだった。手つかずの遺物がほぼ完全な状態で保存されており、詳細を調査すれば失われた古代技術の復刻に大いに役立ち、現代の生活が潤う一助となろう。今日も護衛として天理についてきた侯輝は常にない冷静さを欠く恋人の天理を落ち着かせるのにちょっと苦労した。今やっと普段の冷静さを取り戻しちょっとはしゃぎ過ぎたと反省している天理だった。
「それにしても天理は本当に遺物が好きだよね」
「そりゃあお前、言うのもちょっと恥ずかしいがやっぱりロマンだからな。俺は好きな遺物に携わりながらついでに現代社会に貢献する事で生活していける様にすんのが夢というか、目標なんだよ」
あとお前が横にずっと居ればそれでいい、とは恥ずかしくて言えない天理だったが、侯輝には送られる天理の視線からそう語らずとも伝わっていたようで、嬉し気に微笑む侯輝だった。
「じゃあ俺も一緒に頑張らないとね」
「……一緒にいてくれるのはいいんだが、お前の将来の目標どうなってんだ?」
明るくリーダーシップもあり、面倒見もいい侯輝なら自分についてこなくても何かでかいことができそうなのだと天理は常日頃から思っていた。
「俺の夢はね、世界一の夢を叶える恋人の横で世界一の冒険者になる事だよ!」
「お前…言ってて恥ずかしくないのか?毎度……」
にこにこしながら言う侯輝に天理は顔を赤くしながら呆れた。
「えー、だって本当だし!それに俺が天理の隣にいるのが一番確実でしょ。天理は俺と一緒にいるの嫌?」
「お前そういう言い方すんのやめろって言ってるだろ。……嫌な訳ないだろ」
天理が夕焼けで誤魔化そうとしながらそっぽを向いて呟いても侯輝には天理の想いが手に取る様に伝わっていた。侯輝が思わず天理の手を握ると、天理はその手をきゅっと握り返す。そして二人仲良く並んで帰路についた。
ある日の事。夕食後のお茶をしながら横に並び座り天理は侯輝から渡されたチラシを読み上げる。
「初心者訓練用ダンジョン協力願い?」
「そうそう、今度そういう施設ができるんだけど、その中で試練の部屋みたいなのを作るからそこの守護者みたいなのをやってくれる人を募集してるんだよね。大体は引退冒険者から頼んでるんだけどちょっと今人手が足りなくてさ。その募集のチラシ」
「ふーん。で、お前やんのか?」
「そうなんだけど、まだ人手が足りないから天理にもお願いできないかなーって」
天理が大変だなと思いながらチラシを返そうとすると侯輝はずいと身を乗り出し天理を覗き込んだ。
「は?俺冒険者じゃない一般人だぞ?戦うとか無理だろ」
「精霊魔法使えるじゃない」
「近接戦闘ほとんど一般人並だぞ。相手、初心者とは言えパーティ組んでくんだろ?無理だって」
天理はなんでいつもお前を護衛として雇ってるのかと言ってやりたい気持ちでムリムリと手を振った。
「必ずしも戦わなくてもいいんだよね。謎かけとかしてそこに居てくれるだけでもいいんだけどダメかな?ギルドからちゃんとお給料も出るよ?」
天理は困ったように眉を下げる侯輝を見て仕方ないと溜息をついた。
[newpage]
天理と侯輝がそんな話をしてからニ週間後の事。
初心者訓練用ダンジョンに挑むまだ少年少女と呼べる年齢のパーティが簡易訓練ダンジョンを抜け、試練の間にたどり着いていた。
少年少女達は訓練とは言え緊張が隠せない様子でその部屋に入る。30畳くらいの何もない石畳部屋に入るとよく通る力強い歓迎の声が聞こえてきた。そこには先輩冒険者の侯輝が片手剣ほどの木製の模造刀を脇に携え佇んでいた。
「よく来たね!ここは勇気の試練の間だよ!俺が出す試練を乗り越えたら次の間の鍵を上げるよ!もちろん試練無視して俺が持つ鍵を奪うのもありだよ!」
そう侯輝が首から下げた鍵を見せながら言うと一人の少年が質問する。
「侯輝先輩、それで勇気の試練って何ですか?」
「それはね[[rb:奏太 > そうた]]…………自分の好きな子の名前を言う!」
侯輝は妙に溜めた後、ウィンクし、ビシッと少年少年達を指差しながら言った。
「えええ!侯輝先輩、それのどこが勇気の試練なんですか!先輩と戦うんじゃないんですか!」
その内容に少年少女達が唖然とする中、ポニーテールに髪を結んだ勝気そうな少女が侯輝に突っ込んでいた。
「もちろんそれもありだよ?でも勇気ってそういう事だけじゃないよね?![[rb:茉奈 > まな]]」
「ちょっ、聞いて無いですよ!」
侯輝であれば速攻でクリアできるお題であったが思春期真っ盛りの少年少女達には難題であった。お互いをチラチラと見交わしつつ、慌てる少年少女達に侯輝が笑顔で答える。
「戦ってもいいけど。手加減しないよ?俺今守護者だしね!さ、どうする?」
侯輝が模造刀を手に取る。木製の模造刀とはいえ当たり所が悪ければ死ぬ事もある。少年少女達は侯輝の腕前は訓練で良く知っていた。どうしたものかという雰囲気で顔をみ合わせる少年少女達だが茉奈が進み出る。
「やります!絶対負けないから!」
「茉奈、その心意気良いね!準備が出来たらいつでもおいで。本気で行くよ!」
そう言うなり模造刀を持ち素振りを始める侯輝に、少年少女達は意を決しそれぞれの武器を持って前に出た。
「うわあ!」「きゃああ!!」「ひいい!」
飛び掛かる少年少女達だったが、その攻撃は侯輝に全く当たらない。回り込んだり一斉に切り込むもいなし弾き飛ばされる。ごく簡単な風や火の精霊術を使える者もいたが実線慣れしておらず簡単に止められ防がれていた。息一つ切らさない侯輝に対し、体力の配分も滅茶苦茶なので少年少女達はもうヨレヨレだった。結局5分間ひたすら打ちのめされた少年少女達。
「さっどーする?失格で帰る?これクリアしないと冒険者デビューできないよ?」
地べたにへたり込み諦めた様に消沈しつつある少年少女達に侯輝は少し挑発的に告げた。
すると茉奈が再び進み出た。その目は真っ直ぐに侯輝を見つめており、先程までとは違う真剣さが感じられる。
「私はどんな事をしても絶対冒険者になる!私、私は……!奏太が好き!」
そして茉奈は自らが好意を向ける少年の名前を言った。勇気の試練の条件で突破しようとする試みであった。
「えええ!!?ちょっ、待って!俺は」
突然の告白に慌てる奏太だが、目の前の茉奈の目からは本気が伝わってくる。そして更に顔を真っ赤にしながら「好き、ずっと昔から奏太が好き!お嫁さんにして!」と叫ぶ様に言われると奏太もまた顔を赤くしていた。
「奏太!茉奈は勇気を出したよ!ちゃんと答えないとダメだよ!」
そして侯輝は奏太にも勇気を課す。奏太は一旦考え込む様に目を瞑り俯き、そして意を決した様に顔を上げて茉奈に告げた。
「うん…俺も茉奈のこと好きだ。結婚しよう。今はまだ無理だけど、必ず一緒に住めるようにするから。俺が立派な冒険者になった時にプロポーズするよ。だからもう少し待ってて?」
そして奏太が茉奈を優しく抱きしめると茉奈は「うぅ〜〜待ってる~!」と泣き出してしまった。
侯輝はそんな茉奈の頭をポンっと撫でる
「よし、合格!素晴らしい勇気だったね!戦闘の方はみんなちゃんと成長してるからこれからも頑張って。ただ冒険では戦い以外にも必要なものあるからそれを忘れないように。それじゃ鍵をあげるよ!」
侯輝は笑顔を見せると茉奈に鍵を渡す。少年少女達が両想いになった二人を祝福したり冷やかしたりするのが落ち着いたところで、侯輝が一人一人に戦い方の反省点や良かった点についてアドバイスをし、次の試練へと進んだ。
「次は純愛の間?何の試練なのかしら」
「あの、侯輝先輩はなんでついてきてるんですか?」
「今日君達が最終組だから次の見学しようなかなって。大丈夫、ついてくだけだから気にしないで!試練の邪魔はしないよ!」
奏太が侯輝に半信半疑な視線を送る中、茉奈が鍵を開け扉を開くと、また30畳くらいの石畳の広い部屋だった。奥には1畳程の花壇が見え、開けな放たれた大きな窓から小さな花壇に光が差し込んでいる。中央には見知らぬ黒髪の男性がイスに腰掛け長い足を組んで本を読んでいるのを見つけた。その男性もこちらに気づくと本をテーブルに置き立ち上がると話しかけてきた。
「よくきたな冒険者志願者達、ここは純愛の試練の間……っておい、余計なのついてきてんぞ。前の試練の間の守護者がなんでついてきてんだ」
黒髪の男性が試練を厳粛に始めようとしていたが、侯輝を見た途端呆れた様な顔をすると途端に言葉遣いが乱れた。
「もう最終組だから見学でーす!この子達の邪魔はしないよ!」
「帰れ」
「ええー絶対邪魔しないからー!天理ー!」
侯輝が親しそうに元気に答えるがに天理はにべもなく否定すると侯輝は尚も食い下がった。
天理と呼ばれたその名前には少年少女達は聞き覚えがあった。時折宴会で酔った侯輝が自慢している『可愛い嫁』の名がそれだったはずと。よく見ると天理の左手の薬指にも侯輝のものと似た指輪が嵌められていた。じゃあこの人が噂の嫁…と少年少女達は心の中で思った。男性であった事は驚いたがその凛々しい顔の特徴は侯輝が酒の席でデレデレと自慢していた内容と一致する。
「はぁ、仕方ないな……」
「やったーありがとう天理大好き!!」
「抱きつくな。そこで大人しくしてろ」
「はーい♪」
見た目によらず押しに弱いらしい天理はため息をつくと諦めた様に許可を出し、侯輝は喜びのあまり抱きついた。天理はすぐに腕を解かせ侯輝を離れた所に座らせる。先程自分達を完膚なきまでに叩きのめした先輩がゴールデンレトリバーの様に尻尾を振りながら甘える姿に、少女らは戸惑いつつも若干引いた目を向けた。
天理はこちらに向き直ると再度話しかけてきた。
「あー悪かったなお前ら、改めて。ここは純愛の間だ。俺は守護者の天理。俺が出す試練をクリアしたら合格だ。試練はここにある判子をとってお前さん達が持ってる講習用の手帳に印を押せ。仲間内で判子の使いまわしは不可。以上」
天理は試練の内容を伝えながらテーブルの上に置いてあった金魚鉢の水底に沈んだ人数分の判子を指指さした。脇にはスタンプ台や試し打ち用らしい雑紙も置いてある。もう一つの椅子の上には暇潰しだろうか何冊か本が置いてあった。茉奈が驚いた表情で天理に問いかける。
「え?それだけですか?」
「それだけだ。まぁがんばんな」
天理は話は済んだとばかりに座って本を読み始めた。侯輝は遠巻きに興味深そうに眺めている。
一見簡単過ぎる試練に少年少女達が戸惑う中、まずは行動しようと茉奈が金魚鉢に手を入れようとすると奏太が引き留めた。
「待って!その水怪しい!水の精霊の力を感じる!」
慌てて茉奈は手を引っ込めた。天理は歓心した様に奏太に話す。
「お前さんは確か水の精霊適性持ちだな。正解。ちゃんと感知できたな。さてどうする?手突っ込んだら極悪なトラップかもな?」
天理は意地悪く笑った。
奏太は精神を集中し金魚鉢の水に探りを入れた。確かに精霊力は感じるが敵意は感じない。水の精霊がなにやら暇そうにこちらを覗いているがそれ以上の事は分からなかった。奏太はかっこいい剣士を希望し精霊術の訓練は真面目に受けていなかった事を悔やむ。
「どう?奏太、やっぱりこのまま手を入れたらまずい?」
茉奈が不安そうに奏太に尋ねる。
「確かに水の精霊力を感じるけど…危なくはない…と思う!」
「分かったわ!でも慎重に手を入れてみるわね」
奏太の言葉に茉奈がほっとした様子で水の中に手をゆっくりと入れていく。
「あれ?普通に冷たいだけ……うーん、手を浸けると私も何か感じるんだけど特に何も無いわね」
茉奈は拍子抜けしてそのまま水底の判子を取り上げた。無事に取れた判子を嬉しそうに少年少女達に見せる。
「さっきも言ったが判子は一人一つだからな」
天理が釘をさすように言った。判子の使い回しは禁止。つまり全員やれとの事だろう。奏太や他の少年少女達もやや緊張しつつそれに続き無事全員判子を引き上げた。そして茉奈が早速濡れた判子を拭きいざインクにつけて判を押そうとして雑紙に気付き天理に「使っていいぞ」と声をかけられた。
茉奈がインクを付け雑紙に印を押そうとするとやたらインクが水で滲んで印が滲む。まともに打つ事ができない。このまま打ったら証明書でもある手帳が水浸しになってしまうだろう。
「あれ??」
濡れた判子を手拭いで拭って再度押そうとしても何度やっても同じだった。判子から滲んだ水で雑紙がどんどん濡れていく。
「これじゃ押せないじゃない!」
茉奈が困り果てていると、奏太はそこで漸く判子からも微細な水の精霊力を感じ取っていた。
「この判子からも水の精霊力を感じる!きっと水の精霊が判子から水を滲ませてるんだ。水の精霊をなんとかしないと……」
「それで?!でもどうやって!?」
「う、なんだっけ……?」
奏太は頭を抱える。またも精霊術の授業を真面目に受けていなかった事が災いしていた。水の精霊がフフンと得意気にしている中、少年少女達が揃って頭を抱え解決法を相談する。
「精霊術が使えないと無理なんじゃ?僕らじゃできないよ」
「い、いやまだ諦めるのは早いよ。水にもう一回浸けてみるとか?」
「やってみる!……ダメっぽい」
その他にも火を点けてみようとしてはあっさり水の精霊に消され、風を当てても全く効果が無かった。
そんな中、見学していた侯輝が暇そうに本を読む天理にすすっと近づき小声で話しかける。
「天理、その本暇つぶし用?沢山持ってきたね。」
「まぁ俺の試練内容だと時間ありそうだったからな」
「考古学の本かな?あと……あ、これ懐かしい初心者用精霊術の本だ。俺も昔読んだよ。ふーん?なるほどー」
初心者用精霊術所を見つけた侯輝が意味ありげにニヨニヨと天理に笑いかけると天理はバツが悪そうな顔になった。
「……な、なんだよ」
「天理が今更"初心者用の精霊術"の本読む必要無いのになんで持ってきてるのかなーって」
と、ここで侯輝は普通程度の音量で話始める。そしてその声は水の精霊をなんとかしようと頭を抱えていた少年少女達の所まで届いた。「やーさしーいなー♪」とニヨニヨと話しかける侯輝に天理は少し顔を赤くしそっぽを向いた。
「う、うるさいな。初心忘れるべからずだろ俺だって読む時があんだよ」
「ねえねえ奏太、あれ!」
「うん!」
初心者用精霊術の教本!奏太は天理に恐る恐る聞いてみた。
「あ、あのっ!その初心者用精霊術の本読ませて貰ってもいいですかっ!?」
「んー?今試練中だよ?カンニングできるのかな?」
「まぁ、あれだ。ダンジョンに運良く初心者用精霊術の本が置いてある場合だってあるだろ。いいぞ。」
侯輝が横から意地悪そうに、だがクスクスと笑いながら口を挟むのを横目に天理は奏太に許可を出した。
「ありがとうございます!!」
奏太が喜色満面でお礼を言うと天理は照れたのか視線を逸らす様にまた本を読み始めた。侯輝が横で何やらニコニコ笑っている。
奏太は早速パラリとページを開くと茉奈も「見せて見せて」とその本を覗き込む。そこには図解入りで精霊に関する分かりやすい説明が載っていた。
「ええと……水の精霊の対処法は……『火は水に弱く、水は土に弱く、土は風に弱く、風は火に弱い』か。」
「あっこれやったような気がする!」
「ともかく土の精霊術が使えれば判子についてる水の精霊力を抑える事ができそうだな。」
「土の精霊術かー。誰か使えたっけ?」
少年処女達はお互いを見つめあうが誰も使えない。土の精霊適性があるものは居たが精霊使いとして行使できる者は居なかった。またも沈黙が訪れる。
「これ私達じゃクリアできないんじゃ……?」
少年少女達がまた騒然していると、天理から声がかかる。
「一応精霊魔法が使えなくても解ける様にはしている。良く観察するんだな」
とだけ言うと、また本を片手に読書を始めた。観察……と呟きながら奏太達は改めて部屋を見て回る。入ってきた時に見えた部屋の隅の花壇が目に入った。
「あ……あの花壇から何か感じるよ……」
土の精霊適正を持った少年が控えめに告げると、他の少女らも同意した。
「あそこに土の精霊が居るんじゃないかな」
「土の精霊さんにお願いして判子から水の精霊を追い払ってもらおう」
天理が本で顔を半分隠しながら様子を伺う中、少年少女達がは判子を持ってその花壇に近づくと待ってましたとばかりに突然土の精霊が姿を現した。
『こんにちはー!』
「わっびっくりした!こんにちはー」
「土の精霊さん、力を貸して欲しいんだ。水の精霊を判子から追い出して欲しい!できる?」
『できるよー!でも、ただじゃお願いきけないなー』
土の精霊が得意気に笑うと、茉奈が困ったように眉を下げている。
「お願いしたいけど、どうしたら良いのかな」
「なんか欲しい物とかあるの?」
土の精霊は楽しげにくるりと回りながら答える。
『ここは純愛の間なのさ!だから君達の好きな人の名前を教えてくれたら協力してあげるよ!』
その内容に無言で顔を赤くする茉奈。奏太はさっきの試練の間を思い出し苦笑いしている。
「あの…それさっきやったんだけど…」
『「え?」』
土の精霊と天理がシンクロした様に驚く。
すると天理の横にいた侯輝が元気よく告げた。
「ごめーん!天理、俺、勇気の間の試練でそれお題にしちゃった!」
悪びれもしない侯輝の態度に天理が頬をヒクリとさせると手持ちの本を侯輝へべしりと投げつけ叫ぶ。
「ばーーーか!!」
呆気にとられる少年少女達を他所に侯輝は「危ないよー」と言いながら寸でで本をキャッチしつつ笑っている。
「何で勇気の間でそんなお題出してんだお前はぁ!」
「だって告白には勇気いるでしょ?俺も天理に告白する時はすんごい勇気要ったし、お題にしてもいいかなって」
「な!今関係ない話まですんな!」
試験官同士で口論が始まったと思っていれば天理が顔を赤くする。それはほぼ痴話喧嘩であった。侯輝に「ほらほらそれより試練の続きしないと」と言われ、天理はハッとすると唖然とする少年少女達に向いた。
「あ、ああすまん、また逸れた。じゃあそのお題ならクリアしてるんだな?」
天理の問いに奏太と茉奈はコクコクと頷く。
「じゃあ合格だ」『ウィン、ガノお疲れさん。還っていいぞ』
『よっし還れる!じゃあな!』
『楽しかったーまったねー』
天理が水の精霊と土の精霊の名らしきもの名を呼ぶと、水の精霊と土の精霊は共に姿を消した。すると少年少女達が手に持った判子から水が滲み出てこなくなった。
「水の精霊魔法でこんな事できるんだ……」
「あの、純愛の試練ちゃんとやってたらどうなってたんですか?」
『ふふふそれはねー!』
『おいもうお仕置き労働終わっただろー!』
「こら勝手に出てくるな」
奏太の問いに天理が答えるより早く[[rb:土の精霊 > ガノ]]が天理に喚ばれてもいないのに何故か[[rb:水の精霊 > ウィン]]を引っ張りながら顕れると、ガノは嬉々として説明し始めた。
『判子に宿ったウィンをえいってパンチして……ほらウィンやってやって』
『あーれー』
ガノが軽くウィンにパンチすると棒読みのウィンが倒れるという寸劇が繰り広げられた。
「で、判子から水の精霊を追い出せるという流れだったんだ。ガノその辺にしてやれ。そして還れ」
『はーい』
『ちくしょーもうやんねーからなー』
天理に言われ、ガノは素直に返事をして消え、残されたウィンは負け犬の遠吠えの様な捨て台詞を残して消えた。
「なんか水の精霊さん可哀想……」
茉奈の呟きに天理が答える。
「うーん、それはな……調子に乗って遊んでたウィン…水の精霊が、ガノが土の精霊魔法で一生懸命作ってくれてた遺物レプリカを壊した為でな……今回のは反省労働だ」
「そういう事ってあるんだ……精霊使いってもっとこう淡々として厳粛?な感じだと思ってました」
「ま、天理の使役精霊くらいのものだろうけどね。あれだけ好き勝手するのは」
茉奈や侯輝の言葉に天理が肩を落とす。
「はは、そうだな。未熟な限りだ。将来精霊使いになっても俺のは参考にしてくれるなよ」
自嘲気味に笑う天理に侯輝はにこりと笑いつつも真剣に告げた。
「でも俺、天理の精霊好きだよ。いざという時は便りになるし楽しいし」
「俺も精霊使いになるならあんな感じの友達みたいな精霊がいいです」
侯輝と奏太にそう言われ、同意するように頷く少年少女達に天理は照れて俯きながらも口元を緩めた。
「……そうか、ありがとな。さて!横道にそれてしまったが試験は最後までやってくれよ」
天理が苦笑しつつ試験の続きを促した。
少年少女達は再度インクをつけ試しに押してみると今度はちゃんと押すことができた。講習手帳に合格の印が押される。皆が喜ぶ中、天理が手を叩く。
「見ての通り合格だ、精霊術についてはもう一度復習しておけよ。精霊は色々いるけど真摯に向き合えば力を貸してくれるからな。今は難しくてもじっくり付き合ってやってくれ」
「はい!」
「ふふー。ちなみに天理が精霊の召喚主だって気づけたなら、天理を気絶させても解けちゃうのは皆気付いてた?」
「あ!」
侯輝の言葉にハッとして声を上げる奏太。思えば自分達が謎解きに専念するよう誘導されていた事に気づく。先の間で明らかに戦闘の構えを見せていた侯輝と異なり、戦闘は選択肢に無いとばかりに武器も見当たらず無防備に本を読んでいた天理。
「あれはわざと解かされてたんですか?」
「俺は近接戦はからっきしだからな。こういう風に人の話を全っ然聞かずに物事の解決に向けてあらゆる可能性を考えられるのも冒険者の大事な資質だから覚えとけお前ら」
天理が侯輝を指差しながら言うと少年少女達は素直に「「はーい」」と返事をしていた。
「ねぇねぇ天理、俺褒められてる?」
「お前は初心者じゃないだろ。まあ昔から突拍子無かったけどな」
侯輝がにこにこと天理に言うもやはり素っ気なく返されていた。傍目に仲が良いのか悪いのか微妙だなと思いつつ茉奈が質問する。
「好きな人いなかったらどうなってたの?」
「好きな物について語るで可。例えば遺物とか遺物とか遺物とかな。遺物はいいぞ」
茉奈からの問いに天理はうんうんと頷きながら話す。どうやら天理が遺物が好きなのだろうと思いふと読んでいた本を見るとそれは題字すら読めない文字だった。内心感嘆していると侯輝が語り始めた天理に突っ込みを入れた。
「天理それ話長くなるからやめてあげて?」
「なんでだ、折角若人に啓蒙できるチャンスなのに。バイト代だけ貰って帰ってたまるか!」
「え、これバイトだったんですか?」
「頼まれてな。俺冒険したことあっても冒険者じゃない。本業は学院の遺物研究の学者だ」
奏太の問いに天理は手持ちの本を見せながら答える。
「俺は普段、遺跡調査で護衛の依頼を出す側だ。縁があったら護衛を頼むかもしれん。その時はよろしくな」
それまで比較的堅そうな印象だった天理が少年少女達に微笑えむと、彼らは頬が熱くなった気がした。
「あんまり無いと思うけど。天理には俺がいるしね!」
だが侯輝がその間にすかさず割って入ってきた。その様子に天理はまた呆れた表情に戻りまたほぼ痴話喧嘩が始まった。
「お前は新人にまで牽制して回るな」
「君たち天理の護衛をしたいなら俺を倒してからにして貰うからね!」
「ついさっき不可能なのを証明したばかりの新人に無茶言うな!俺の若人への遺物啓蒙活動の機会を奪うな!」
「やーだー!天理はずっと俺が護衛すーるーのー!」
「おい!抱きつくな!子供に見せるもんじゃねぇ」
仕舞には天理に抱きつき始めた侯輝に、天理はぐいぐい押し返すも離して貰えないらしい。
「あ、あの……お二人は結婚してるんですか?」
「そうだよーいいでしょー」
「こらっやめっ」
奏太の問いに侯輝は天理を抱き締める力を強めると天理にじゃれつき始める。少年少女達はその様子を見て少し顔を赤めていた。
「いい、加減に、しろ!」
「ぐはっ!」
天理が指を一鳴らしすると侯輝が数メートル吹っ飛んだ。一瞬小さな風の精霊が頬を膨らませて可愛らしく怒っているのが見えたがすぐに消え、その後拡散した様な風が吹いた。
「今の……風の精霊魔法?ねえ詠唱聞いた?」
「聞いてない……」
夫婦漫才と化した二人を見ながら茉奈と奏太は呟く。少年少女達は天理に近接戦を挑んでいてもほぼノータイムであの魔法が使えるなら勝てなかったのでは。と思うに至る。先程近接戦はできないと言っていたが謙遜だったのだろうかと。
尚、少年少女達が天理の精霊適性が一般的な一、二種類でなく三種類もあることに気づくのは冒険者証を貰った頃で、更にレアスキルである四種だった事を知るのはもっと後になった。
「お前ら度々すまんな合格だ。おめでとう。出口はあっちな」
「おめでとー!」
天理が出口を指さし、侯輝は大してダメージを負っていないようで半身を起こしながら見送ってくれた。
「「あ、ありがとうございましたー!」」
こうして、少年少女達は馬鹿っプルってこんな感じなんだな気を付けようと思いながら純愛の試練の間をあとにした。
[newpage]
「ふー終わったか」
天理は少年少女達を試験会場から見送ると試練で使った小道具を片付けはじめた。ただの水となった水槽の水を花壇に満遍なく捨て、使い終わった元魔畜石を外に投げ捨てた。
「お疲れ天理。楽しかったー」
侯輝はそれを手伝い、テーブルやら椅子やらを動かす。
「なんか恥ずかしかった…あれで良かったのか?なんかもっとこう、あいつらの為になるような助言とかした方がよかったんじゃないか?」
「良かったと思うよ。考えてくれてありがとね。ただ戦うだけよりああいう事を新人に教えて貰えて良かった。精霊の良さとかもね。あまり複雑にしたら大変だと思うからこれくらいでいいよ」
思い悩む天理に、侯輝はなんだかんだ言いながら関わると真剣に取り組んでくれる恋人を労った。
「ならいいんだが」
「天理結構向いてるんじゃない?」
「……だから恥ずかしいって。やりたい事もあるし」
だが褒められてちょっと嬉しいと思いつつ天理は新人の報告書を書きながら言う。水槽の水は確かに罠は無かったが精霊適性能力チェックも兼ねており、その報告は天理の役目だ。奏太は鍛えればいい精霊使いになれるだろう。
「またやって貰いたいけどなーでも仕事あるし厳しいよね。まあ俺としては今回天理を新人に自慢できたからOKかな」
「お前それでこのバイトさせたんじゃないだろな」
「ないよー人手不足はホントホント。天理自慢はついで♪」
「だとは思うがな…」
「仕事中にすぐ近くに天理が居たらいいなとは思ったけどね」
「ん…まぁ家で一人で留守番してるよりは……」
天理は侯輝の仕事に対する姿勢までは疑っていなかった。寂しさも紛れたし一石二鳥ではあった想いをボソリと漏らすと侯輝がニヨニヨと表情を崩しつつも謝罪する。
「いつも待たせてごめんね」
「ん……大丈夫だ。さ、確認してくれ」
天理は侯輝のその想いに微笑む。天理が書き上げた報告書を侯輝が確認し修正を加えるとバインダーに丁寧に綴じた。あとは提出すれば完了である。
「ところでお前の方の試練の間の名前が勇気の間なのはまあ分かるが、俺の方、何で純愛の間なんだ?そういう設定なのか?」
「あ、それね、俺がつけたよ!」
「やっぱりお前か……しかしなんで?え?お前が……俺に的な?」
天理は自らのその推測に少し照れつつも口にすると、侯輝は首を横に振った。
「ううん天理が俺に!」
「はあ?!俺っが純愛?!」
満面の笑みでそう告げる侯輝に天理は顔を赤く染める。そんな様子に侯輝はニコニコしながら続けた。
「ほら天理、俺の事すっごい好きでしょ?俺の事想って苦しくなっちゃうくらい。俺も天理の事大好きだけど、なんかもうそれ以上にピュアな感じしてさ」
侯輝は片付けも一通り終わり手が空いたので天理を抱き締める。
「な、ピュ、誰、が」
天理はもういい歳なんぞと思いつつ、人目も無いので今度は抵抗しなかった。
「無自覚な天理も可愛いけど、さっきみたいに無自覚に新人たらしこめ始めちゃうからホントに心配だよー」
「いつ俺がガキ共たらしこんだ」
「もーホント困るー」
顔を赤らめながらも反論する天理に、天然タラシの自覚が全く無い事に侯輝は呆れる。
「本当に知らねぇ…お前以外に色目使った覚えねぇよ」
ボソリと少し拗ねた様に言う天理に侯輝は内心悶える。
「ほらほらほらほら!ねっねっねっ?!俺の事大好きでしょ!純愛でしょ!天理にぴったり!」
「ああもう分かったから!」
もう顔が真っ赤になっている天理に侯輝は軽く触れるだけのキスをした。
「えへへ。もー超好きー」
「こらっまだ仕事中っ」
天理は叱りはするものの抱き締めた腕はそのままにさせていると、ダカダカと足早に音がして扉が開きギルドマスターが入ってきた。
「おいお前ら部屋は片付いたか?撤収するぞ、新人の報告書あげたら給料やるから、いちゃつくなら終わってから家帰ってやれ」
ギルマスは呆れた顔をしつつも慣れた体で要件だけ言うと出ていった。
「はーい」
「は、い」
何事も無かったかの様に返事を返す侯輝の腕の中で天理は久々にちょっと固まりつつ返事した。
「さっ帰っていちゃいちゃしよー天理」
侯輝はチュッと天理にもう一つキスをすると腕から解放した。
「バカ」
最終確認をし試練部屋を出てギルマスに報告書を提出するとバイト代を貰う。天理はまた頼まれてくれよと言われたが丁重にお断りした。日が沈み試験会場としていた街外れの遺跡から二人の家に帰宅すべく侯輝と天理は歩き出す。
中心街に近づけば整備された通路の石畳を魔法の街灯がほんのり照らしていた。侯輝が手を差し出すと街中でも慣れてきた天理が繋ぎ返す。人通りがまばらとは言えまだ有り、天理はまだ少し恥ずかしく照れるのだが、それでも手を繋いで歩くのが当たり前になりつつある。
「そういえばなんで天理は[[rb:土の精霊 > ガノ]]の交換条件、好きな人の名前を言う。にしたの?」
歩きながら侯輝は昼間の試練で疑問に思っていた事を問う。純愛の間だからと言って基本真面目な天理がそういった事を条件にするとはちょっと考えにくかったからだ。
「ああ……新人の資料作ったのお前だろ。ごちゃごちゃ余計な事も書いてあったの」
試練作りの参考にと天理が事前に受け取った冒険者志願者達の資料には、少年少女達の能力以外に冒険にはおおよそ関係ない好きな食べ物だの癖だの個人情報が満載だった。侯輝のコミュ力フル活用の情報であろうと天理は推測していた。
「ん?そうだよーちゃんと読んでくれてたんだ」
「そりゃあな。清書してあったから書いて貰ったんだろなとは思ったけどな」
「えへへ」
侯輝は頭は悪くないが書類仕事は苦手だ。さぞパルマ辺りにさぞ迷惑かけた事だろうとも天理は推測していた。
「奏太と茉奈について両片思いのやつ書いただろ?だから…その、余計な事だとは思ったんだが」
明日の生死が分からない冒険者になるなら早い方がいいだろう。自分達は両片思いの期間が長かった。きっかけさえあれば…と天理はちょっと若人たちに慣れぬお節介を焼いてしまった。焼こうとしたら既に焼かれた後だったのだが。
「俺と一緒だ!俺も同じ事考えて試練の条件にしてたよ!」
バツの悪そうな顔をする天理に侯輝は嬉しそうに目を輝かせて言った。
「あ、そ、そうなのか……」
天理は侯輝も同じ事を考えて奏太と茉奈の恋の世話焼きをしていたと思うと頬を緩め、にやけそうになるのを必死で抑えていた。
「えへへ♪俺達以心伝心だね♪」
「お、おう……」
侯輝は繋いだままの手を大きく振りながら上機嫌で歩いていく。天理は照れつつ並んだ。
「あいつら幸せになるといいな」
「そうだね〜俺達みたいにラブラブになれるかな?」
「俺達みたいに、なぁ……比較できるもんかどうか分からんが…ふふっ、そうなるといいな」
天理はラブラブという表現がまだぬるいとばかりの愛情を込めた瞳で侯輝を見ると穏やかに微笑した。侯輝はそんな天理を見て自分の顔が火照るのを自覚する。これで純愛じゃなくてなんだっていうんだ。侯輝は胸がいっぱいになって思わず天理を抱き締めていた。
「お、い、まだ街中だぞ。ふはっ、お前顔真っ赤」
この薄明かりの中でも分かる程に赤くなっている様だったが、腕の中の天理もまた同様に顔を赤らめつつ、くすぐったげに笑うと、侯輝の顔を見上げて笑みを深めた。侯輝はこれほどまでに愛おしく美しい存在が腕の中で笑ってくれる奇跡に感謝した。
「ごめん、なんかもう我慢できなくって」
「ふふ、しょーのない奴。俺もか」
そう言いながらも自分からも抱き締め返してくる。お互いがお互いに溺れている自覚はありつつもそれを心地好いと感じてしまうのだから仕方ないのだ。
「ねぇ、キスしていい?」
「……家まで我慢しろ」
「今したいょぅ」
抱きしめる力を強め頬にすり寄りながら懇願すると天理は少したじろぎ辛そうな顔をする。
「っんな声で言うな……俺だって我慢してんだよ」
天理のまるで最中にお預けをくらったかの様な顔をされた侯輝は理性のたがが完全に外れた。なけなしの理性で街灯の明かりが届かない建物の合間の脇道に引っ張り込む。
「っおいっ!どこいく気…」
そして天理を壁に追い詰め、頭の後ろを押さえながら深く口づけると貪るように求めていた。
「ん!…む…ぅ…」
天理は一瞬抵抗しようとしたがすぐに侯輝の背中に腕を回し、自らも欲しかったのだと言わんばかりに侯輝を求める。
そのまま何度も角度を変えお互い夢中で唇を重ね舌を絡ませ合った。二人の体温があっという間に熱を持つ。
「っは……ん……は……」
「ん、ん……は、ん……」
そして、ようやく離れた頃にはすっかり息が上がり二人の呼吸音だけが響いていた。
「は、ぁ…立ってるのしんど…やりすぎた。とめろよお前」
真っ赤になって膝が抜けかけているのにそんな悪態をつく天理を侯輝は支える様に腰に手を回した。言葉とは裏腹に、少し乱れて露になった首筋や鎖骨辺り、何よりその表情がもっと欲しいと訴えている様にしか見えないのに。
「そんな顔しといて酷いなぁ俺が止められる訳無いのに。歩けそう?抱っこする?」
侯輝は苦笑しながらわざとらしく聞くと、天理はむっとして少しくやしそうな顔をする。
「あーくそっ、余裕こきやがって。ちょっと待ってろ、脚落ち着かせるから。あれは緊急時以外無し」
天理と深呼吸して下肢に力を取り戻させる。意地でも強気であろうとする恋人にまた苦笑しつつもこれはこれで可愛いなと侯輝はその様子を見つめていた。
「早く帰りたいなぁ俺爆発しそう」
「おいおい、緊急事態だな。はーっ…おし、とっとと帰るぞ」
「えへへ、うん、帰ろう!愛の巣へ、俺達のスイートホーム!」
天理は気合いで脚に踏ん張りを取り戻すと侯輝に手を差し伸べ、侯輝は差し伸べられた手を取りながら満面の笑顔で応えた。
「ぶっは、その表現恥ずかしいからやめろ」
天理は赤くなりながらもケラケラと笑い返す。メインストリートに戻ると再び二人は家路についた。夜の色で染まり始めた街路が二人の周りだけ温かい灯りで照らされている様だった。
家にたどり着き二人で「ただいまー」と言うと希守がまたどこからともなく現れる。二人で希守の留守番を労いながら希守の頭を撫でていると、この時だけ自分の恋人から親の顔になってしまう天理に侯輝はやっぱり寂しさを覚えた。希守がにこにことしながらすぅと消えると、それを察し恋人の顔に戻った天理にしょうがないなと撫でられた。
[newpage]
夕食と風呂を済ませると侯輝と天理は帰路で盛り上りを復活させながらベッドに入り何度も混じり合い、何度目かを達していた。
きっと自覚は無いであろう天理のその姿は欲情に満ちながらも俺を愛おしそうに見る目と、行為の最中もずっと繋がれたままの手がたまらなく可愛くて、俺はつい愛しい人の奥の奥に欲望を解き放ってしまった。
天理は俺が達したのを感じ取ったのか、ビクビクと震えた後、満足気に微笑む。
「はぁっはぁっ…っ…ん…はぁっはぁっ」
「はぁっ……天理、大丈夫?そろそろ無理そう?」
俺は真っ赤な顔をし達した余韻でまだ冷めやらぬまま震えつつ息も絶え絶えの天理を抱きしめ支えつつ声をかける。
「はっ…ん、すま、ん、だい…じょばないかも、おまえ、は……まだ元気、だな」
天理は呼吸も整わずぐったりとしながら、自らに埋め込まれたままの俺がまた復活しつつある事を感じた様で苦笑していた。
「えへへ天理見てると俺、いくらでも元気になっちゃうんだよね。でもそろそろ終わりにしよっか?」
「……俺、動けなくても、いいなら、好きに、動いても」
天理を思って自重しようと思っていた。だが自分はもう限界だろうに、力の入らない足を少し広げ俺を健気に誘ってくる天理に、ただでさえしんどいのにどうして煽ってしまうのかと内心嬉しくも頭を抱えた。
「それじゃ意味ないでしょ!俺は天理と一緒に気持ち良くなりたいんだから。無理しないの。ね?」
「む……じゃ口で、する……息整えるから、ちょっと、待て」
汗で張り付いた黒髪をかき上げながら言う天理の色っぽさにドキリとした。天理が実は健気で献身的である事は知っていたがそれでも尚知れば知るほど愛おしさが増していく。
「大丈夫だからー」
「……嫌なのか?」
充分天理と交わえたし、その内治まると思っていたのに、天理は息を整えながらまたむぅと不満そうな顔をする。その言い方やめろって言ったの天理じゃなかったっけ、卑怯可愛い。折角自制しようとしたのにその顔はやめて欲しい。だが天理も結構頑固だ。
「じゃあ……お願いするね」
決して天理の可愛さに負けた訳じゃないんだと内心言い訳しつつ仕方なく折れ、天理から中心を抜いた。
「ん……よし、任せろ」
天理はふふんとだが少し嬉しそうに笑うと俺の中心を口に含んでいく。
「ぅ、わぁっ……」
精射後でまだ敏感だった亀頭を吸われ舌先で尿道口をほじられるようにされ背筋にゾクゾクと電気が流れるような快感が駆け上ると思わず声が漏れる。
「うぁ、ちょ、天理、それだめ、すぐ、出ちゃうよぉ……」
「んんん(やめない)」
俺を口に含み悪戯っぽく目を細める姿が艶かしい。俺の反応に気を良くしたのか楽しそうだ。恥ずかしがりの癖にこういう時だけは大胆になるのずるいと思う。ただでさえ大好きな人が愛おしそうに丁寧に、もう知り尽くされた俺の弱い所を攻めてくるので一溜りもない。
「あっ、ダメ、ほんと、出ちゃう、離してっ」
「んん(出せ)」
「あっ、天っ、ああぁっーー!!」
とどめとばかりに喉奥を萎める様に吸い上げられ、我慢できずそのまま吐き出してしまった。「吐き出して」と言う前にゴクリという音とともに嚥下されてしまう。どこか恍惚としていてその嬉しそうな表情に胸が高鳴り恥ずかしさを覚えた。
「ごめっ、出しちゃった……」
「ふぅ……ん、いい。そうさせた様なもんだし。……なんだ?珍しく照れて」
天理は顔を上げると俺を見てクスリと笑っていた。俺を満足させられて嬉しいのか表情がまた一変、今度は楽しげでからかう様な笑顔を浮かべている。先ほどまで散々俺の下で鳴き喘ぎ身体中に情事の跡を残しているのに今はこれだ。このギャップに翻弄される。本当にこの愛しい人には敵わない。そしてその全てが自分の物だと思うと堪らない幸福を感じるのだ。
「むぅーなんだか負けた気分」
「ふはっ、何だよそれ。うぉっ」
楽しそうに笑う天理を引き寄せて腕の中に閉じ込めた。もう体力の限界だったのかそれとも素直に引き込まれてくれたのか、天理は踠きもせずすんなりと腕の中に収まった。
「なんか悔しかったからぎゅうー」
「お前が俺に悔しがる事なんてないと思うがな。まあ……たまには……悪くない」
天理は俺の腕の中でくったりと大人しくされるがままになっている。天理は俺より体温が低い。熱が冷えてきたのかひんやりとしている肌が心地良い。
「ん…そんな事したら…眠ちまうぞ…俺」
「んーん。付き合ってくれてありがとね。おやすみ天理」
「ん…いつも…先に寝てごめんな…夢でも…会えりゃいいのに…な……」
うつらうつらと瞼が落ちかけている天理を抱きしめていると程なくして天理は眠りにつく。やはり少し無理をしていたのだろう。そのまま穏やかな表情ですうすうと寝息を立て始めた。
「おやすみ、天理。そうだね。夢の世界でも一緒に居られたら良いのに……」
そう言いながら髪を撫で、額にキスを落とす。夢の中でも共に在りたいと思ってくれる程に想われている事が何より嬉しい。
「俺も、会いに行くよ。待ってて……」
きっと天理は寂しくても我慢してしまうだろうから、俺が会いに行かなければ。俺は腕の中で眠る天理の匂いを吸いながら夢の中の天理を追いかけるように意識を手放した。
[newpage]
ここはどこだろう。強い脳震盪を起こした後の様な感覚があり、真っ暗な視界がゆっくりと明けてゆくと、なぜだかそこが夢の中だ、と認識する事ができた。視界は明けたが実際にそこは真っ暗な土蔵の狭い部屋で、何もなく、目の前には格子があった。なんだか自分は囚われの身らしくなんだか楽しく無い夢の様だ。例えここがどこだろうが天理が横に居さえすれば楽しいのに。やっぱりそうそう期待通り夢の中でも天理に会えるものでは無いのかなと思っていると誰かが歩いて近づいてきた。格子の向こう側にどこか見覚えのある黒髪の少年がランタンの明かりを持って現れ、首を傾げ不思議そうにこちらを見ている。
「君はだれ?どうしてそこに入れられているの?」
深い暗がりの中に澄んだ少年の声が響き渡る。鬱屈としていた気分が晴れていくような心地になる声だった。
少年の問いに、俺は夢の中だったからどうしてなのか答が出せず戸惑う。
「ごめんね、俺も分からないんだ。できれば出たいんだけど。ねえ君、ここには他の人はいないのかな?例えば黒髪で色白で俺より少し背が低くて……」
俺は一縷の望みをかけてその少年に近くに天理が居ないか天理の容姿を伝えた。
「ごめんね、知らないや……」
申し訳なさそうに答える少年の答えに肩を落とすと、少年は心配そうな顔で俺の様子を伺っていた。そんな優しい少年にこれ以上困らせるのも悪いと思い、俺は別の質問をする事にした。
「そっか、ありがとう。ところで君は名前なんて言うの?」
俺の名は……と、まず自分の名を言いかけた所で自分の名前が思い出せない。俺がそれに困惑していると少年が少し首を傾げつつも質問に答えてくれた。
「僕は天理っていうんだよ」
「え!?」
俺の大切な人と同じ名を名乗る少年を薄明かりの中まじまじと見ると、そのヘーゼルの瞳も色白の肌も黒髪も顔立ちに残る面影も愛しい天理のものだった。ただ違うのはその見た目が俺が知る天理よりはるかに若い少年で、そして……俺を見ても知らないという事だった。折角夢で天理に出会えたのに俺が分からない事には残念だったが、天理がこれくらいの年齢の時、俺はまだ生まれておらず、俺は天理の少年の頃の姿や声を知らないので会えてちょっと嬉しくはあった。この夢は俺の願望なのだろうか?なんだかまだ頭が妙に霞がかっていて、自分の名前は思い出せないし、自分が話す声も自分の物なのか判別がつかなくなっていた。この夢の中にいる自分は侯輝なのだろうか?牢屋の中と思しきこの部屋には鏡が無く、精々男だろうなという事しか推測できなかった。
俺が驚きの反応を示したのに少し考えこんでいると少年天理はまた首を傾げた。
「どうしたの?」
「あ、ごめんね、よく知っている人と同じ名前だったから驚いちゃったんだ」
「へぇー偶然だね」
驚く少年天理は本当に純粋そうで、おそらく囚人であろう自分に話しかける態度としてはちょっと心配になるくらい警戒心が無さすぎる。俺の知る天理はもっと賢くてしっかりしていて、それでいて俺には甘い所があって……ちっちゃい頃はこんな風だったんだなと少し微笑ましく思う。
「天理は何しにここに来たの?ここは悪い人が捕らえられている所だから来たら駄目だよ?」
心配になってそう言うと、少年天理はキョトンとした目をした。
「そうなの?ここ遺跡だって聞いたから僕探検に来たんだけど。結局ここ牢屋みたいなこの部屋だけだったし……それに、お兄さんは悪い人には見えないけどな」
少年天理の言葉に俺はまた一つ驚いた。ここは街中の牢屋ではなくどこかの遺跡らしい。確かに普通の牢屋なら子供は入り口で衛兵に止められるだろう。
「そうなんだ。でも俺もここに来てからどれぐらい経つか分かんないし、もしかしたら悪い奴かもしれないよ。」
そういえば俺達の故郷の街の近くには子供の足でも行けそうな小さな遺跡がいくつか存在していた。ここはその内の一つだろうか。近場はモンスターが住み着かない様、自衛団などに見回りがされているとは言え安全とは言い切れまい。少年天理を窘めるつもりでそう言ってみるが、少年天理は気にした様子もなく、それどころかニコニコしながらこちらを見つめていた。
「大丈夫!もし悪い人だったとしても、その時は逃げればいいだけだもん!僕精霊と友達だから助けて貰えるし!」
そう言いながら少年天理は格子の間からまだ小さな手を伸ばし俺の手を握ってきた。その手はひんやりと冷たくて、だけどとても温かく感じられた。精霊適性が高い天理だ、小さい頃から精霊魔法を使えてもおかしくはない。少し得意げに微笑むその笑顔はとても可愛くて、格子に阻まれて無ければ思わず抱き締めたくなってしまうほどだった。普段クールそうに見えて時々全然人を疑わなくなる危なっかしい所は今の天理と変わらないんだなと思うととても嬉しかった。
「ふふっ、凄いね。でも、もし万が一があるかもだからもう帰った方がいいよ?」
「そうかなぁ……お兄さんはここを出たくないの?ここ誰も居ないし出ちゃえばいいのに……」
天理、囚人は悪い事した人が出ちゃいけないから牢屋に入ってるんだよと思いつつも本気で俺を悪い人だと思ってないんだろうと感じるその表情に胸が暖かくなる。だが少年天理が言う通り訳も無く捕らえられている事も無し、出てしまっても良いかもしれない……と思い始めた瞬間、自分の口からそれまで思ってもみなかった言葉が発せられた。
「……ううん、出たいのも本当だけど、俺は今出られない理由があるからね。」
急に自分の中におぞましい記憶が思い出せとばかりに追加されたからである。それは自分から零れ出た闇が多くの争いと悲しみを生み出す記憶、大好きな人達を悲しませ絶望しここに封じ封じられた。それが今の俺だった。その記憶は俺が生まれ変わる前、闇の半身として封じられていた頃の記憶。どうやらこの夢は闇の半身の記憶が見せるものらしい。
言葉を切ったままその記憶の奔流に混乱し一瞬ぼうっとしてしまうと、あれ?と言う風に見上げる少年天理の姿が目に入った。
「そう…なの?精霊にお願いすればなんとかお兄さんを助けられないかなと思ったんだけど」
未だ自分を助けようとしてくれている少年天理を見て先ほどとは比べられない程の危機感が沸く、今の俺は混沌を生み出す闇の半身。このままでは少年天理がどんな目に遭うか分かったものではないのだ。先日天理が言っていた事を思い出す。子供の頃遺跡…闇の半身が封じられていた大地の神の霊堂に遊びに行って何かと話した記憶が朧気にあると。その時本当に闇の半身の俺に会っていたのかもしれない。その記憶が朧気でしかないのは闇の半身の俺に出会いひどい目に遭って、天理の思い出したくないトラウマになっているからではないのか?!例え夢でも繰り返させるものか!
「天理、すぐにここから立ち去るんだ」
「えっ!?どうしたの?」
突然口調を強くした俺に戸惑う少年天理。だが俺は構わず続けた。
「天理、俺の事は忘れて。君が覚えていて良い人間じゃない、早く行くんだ!」
俺の剣幕に怯えながらも少年天理はでもと食い下がる。
「ど、どうしてそんな事言うの?僕は助けたい。お兄さんのこと」
必死に投げ掛けてくれる言葉も俺には届かない。闇の力によるおぞましい思いを天理にさせる訳にはいかないのだ。だが今怯えさせてどうすると俺は口調を和らげる。
「ありがとう天理。でも俺のことは放っておいて。君はこんな所に来てはいけないよ。俺の事なんか気にしないで幸せになって。」
「でもっお兄さん本当はここ出たいんでしょ?!僕絶対助ける!」
少年天理は真剣な眼差しでそう告げる。その瞳は純粋で、こんなにも純粋に想ってくれる姿が俺の知る天理と重なって見え、胸が締め付けられるように痛くなった。例えここが夢の中でも天理と魂が同じであろう少年を怖い目には合わせたくない。俺はこの天理がいる外に出たくて堪らない思いを封じるのに必死になりながら、どうしたら引き下がるだろうかと考えを巡らせた。
「あのね、天理。俺の話を聞いて?実は俺、悪い奴らに捕まってここにいるんだ。出る方法もわかっているけど、出れば皆が困るから出ないだけなんだ」
「え、そうなの……?」
なんとか少年天理を引き下がらせようと少し真実を混ぜながら嘘を並べる。俺の言葉を素直に聞き驚き、そして悲しそうな表情をする少年天理を見て罪悪感が沸くが仕方ない。ここで本当のことを言えばきっと少年天理は俺を助けようとしてしまうだろうから……。ようやく話を聞く気になった少年天理にこの調子で話を進める事にする。
「そうなの。」
「そっかぁ……じゃあ、僕がお兄さんを捕まえたやつをやっつけたらお兄さんここを出られるよね!?」
……うん、待って。ナイスアイデアみたいな顔してるけど、真実を知らないとは言え無謀過ぎるよちっちゃい天理。俺みたいな事言わないで、早く大きくなって冷静な天理になって。でも時々天理こういう時がある。そして俺がどんなに俺が酷くなってもその手を伸ばし離さないのだ。ああ、でもなんとか方向転換させないと。
「でも、俺を捕らえたのは神様みたいなもののだからね頭も良くないとだめだよ?例えば学者さんとかね!」
「うん!僕将来は父さん母さんみたいな考古学や古代史の学者になりたいんだ!学者さんになれば神さま?にだって負けないでしょ?」
無邪気にキラキラと瞳を輝かせ夢を語る少年天理。可愛い。この頃からの夢だったんだね天理。学者になれて良かったね、今だって頑張ってるもんね。
「そうだね。天理は頭がいいからね。きっとなれるよ」
そう言って格子越しに頭を撫でると、「そうかな?」と照れたようにはにかむ少年天理。可愛い。
「そろそろお帰り天理、父さん母さんが心配するだろうから。沢山勉強して大きくなって覚えてたらまたきてね」
よしよし、この流れなら帰ってくれそうだと安心していると、少年天理が少し悲しげに呟いた。
「うん……でもお兄さん、僕が大きくなったら僕の事分からなくならない?」
そうだね、この可愛い天理からだいぶ格好よくなったもんね。俺の自慢の愛しい人は。
「そうだ天理、俺に名前付けてよ。長いことここに捕らわれていて俺もう自分の名前分かんないんだ。次会った時、天理が俺の名前を呼んでくれたらきっと思い出せるから」
少年天理は俺のアイデアに納得した様に頷くと少し考えたのち、しゃがんで地面に字を綴りながら告げた。
「それじゃあね、お兄さんの名前は……侯…輝。さん」
「あ……」
その瞬間俺は自分の名前を思い出した。知っていたはずなのに今初めてつけてもらった様な感覚が起こる。そういえば幼い頃亡くなった両親からはついぞ名前の由来は聞けずじまいだった。珍しい名だったのに。
「お、おかしいかな?今読んでる歴史の本に出てくるカッコいいショーグンの名前からなんだけど」
俺が驚いて返事を返せずにいると、恥ずかしそうに俯く少年天理。どこもかしこも天理のままだ。そして俺の心の奥底にそう名付けてくれた事にとても深い感動が生まれた。
「ううん、ありがとう。素敵な名前で驚いちゃった。じゃあ天理、次会った時、その名前を呼んでね」
少年天理は照れながらも嬉しそうに微笑む。俺の中で確かに何かが変わった気がしていた。
「うん!勉強の合間にだってまた来るから。またね、侯輝さん」
「侯輝でいいよ。またね、天理」
「またね、侯輝!」
そう言うと今度こそ天理は手を振って帰っていった。危ないから俺の事は忘れて本当に大きくなるまで近付かないでと思いつつその背中を見送りながら、これが俺が生まれ変わる前の天理との運命的な出会いだったのかな、なんて思いながらふぅと息を吐き目を瞑る。
……と、ここらで夢から覚めそうなのに覚める気配がない。ひたすら一人待つ。日が暮れて朝がきて、待てども待てども現実に戻れない。夢だからだろうか、鏡が無いので分からないがこの闇の半身は人外らしくお腹も空かず喉も乾かないので、時間の感覚すら曖昧になりつつあった。
少年天理も現れる気配も無い、もしかして選択を誤ったのか、このまま天理に二度と会えないのか、そう思うとどんどん天理に会いたくてたまらなくなった。
クールに見えて恥ずかしがり屋で照れ屋なところとか、時折子供っぽいところ、頑固で意地っ張りなところ、でも情が深くて優しいところ、様々な想いを込め俺を呼ぶ声、笑顔、全部愛しくて恋しい。会いたい。
床に座り虚空を眺めていると、闇の中、とうとう幻影でも見え始めたのか虚空の朧な影を藁をも縋る思いで呼んでみる。
「会いたいよ……天理……」
するとその幻影が俺がよく知る今の天理となって実体を持ち俺を抱きしめた。
その瞬間、部屋の中が不思議とほんのり明るくなった。
「やっと気づいた!さっさと俺を呼べよ馬鹿!」
ああこの温もりと匂いの懐かしさに涙が出る。なんてリアリティーの高い夢だろう。俺は例えこの天理が夢だったとしても愛しいその体をかき抱いて泣かずにはいられなかった。
「うわぁぁ、天理、天理だ……」
「ああ…もう泣くなって。辛かったな侯輝」
抱きしめられながら撫でられ、その暖かさに心から安心していたが、少し心配になって聞いてみる。
「ぅぅっ……あっ、俺、今、天理の知ってる侯輝に見える?なんか人外っぽいんだけど」
「んー?ちょっとワイルドになったか?男前だぞ?」
まだ少し涙ぐむ俺をあやす様に少しおどけたように微笑みながら答える天理。
天理はいつも通りの簡素なワイシャツと濃紺のパンツといった出で立ちだった。俺は慌てて頭や顔に手をやると髪はボサボサで顔はひげがいくらかはえていた。神代の頃から着ていたらしい古めかしくも美しかった装束もボロボロで薄汚れていた。天理の前でカッコ悪い……こんなで俺信用してくれてありがとちっちゃい天理……なんて思っていると天理がクスクス笑うので涙は完全に引っ込んだ。天理こういうのも好みだったりするのかな。ちっちゃい天理も今の俺をカッコいいと思ってくれてたみたいだし。俺が少し落ち着いてきた所を見計らってか天理が俺の前に立つ。
「さっ、この夢から覚める為にまずここを出るぞ!」
「うん!でもどうやって?」
牢の格子に手をやるがこの牢にはドアが無い。闇の半身をここから出すつもりが無いという光の半身の強い意志を感じる。俺はここから出られる気がどうしても沸いてこなかった。だが天理は気にする様子もなく格子の前に立つ。
「あーこの格子な、全くガキの俺を大嘘こいて追い払いやがって…信じ込んだガキの頃の俺も馬鹿というか…お、よしやっと力も使えるな」
天理が何やらブツブツと言いながら、いつもやる様に[[rb:火の精霊 > ブラム]]を呼び灯りを点け、[[rb:土の精霊 > ブラム]]に頼み格子が埋る箇所をいくつか砂の様にして緩ませると、次々格子を抜きその辺に投げ捨てた。ぽかーんとして眺めていると天理は説明した。
「お前を封じた此処はな、とっくの昔にいつでも出られる様に封を解かれるんだと。だからこの格子はガキの頃の俺の力でだって、お前にだってやろうと思えばもう簡単に外せて出られたんだよ。お前をここに縛り付けてたのは……お前自身の意識だけだったんだよ。侯輝」
自分から出でた闇が人々を苦しませてしまった事。何より大切な人達を悲しませた記憶。俺は闇そのもので存在そのものが悪だと、出てはならないのだと思い込んでいた。天理の言葉に俺の心がスッと晴れていく。
「さっ行くぞ、侯輝」
そして天理が格子の間を潜り手を差し伸べる。その姿が眩しく見えた。本当に出ていっていいんだろうか、俺は今、厳密には天理が知っている侯輝じゃない。外には小さな天理もいるのだ。傷つける事になったら……悲しませてしまったら……と思うと躊躇ってしまう。
天理はそんな俺の思いを汲み取ったのか優しく微笑むと俺の手を取り引き寄せて抱きしめた。
「大丈夫だ侯輝。俺はお前の闇の部分も含めて好きになったんだぞ?一緒に行こう侯輝」
「……うん!」
夢の中でも天理ならそう言ってくれる、そう信じることができる。優しくそう言われたのなら俺の中の葛藤は全部吹っ飛んで俺は天理の手を取ると、夢の中ではほぼ数日間だったろうが実際は何千年振りかの様な感覚で俺はその牢獄の部屋を出たのだった。
その遺跡…俺と天理の生まれ故郷の街外れにある、大地の神の霊洞は少年天理が言っていた通り小さな物で通路を進むとすぐに外に出た。外に出ると季節は夏の盛りらしく太陽が光を燦々と降り注がせる。闇の化身とも言えた今の自分は、いつもならむしろ味方くらいのその陽光が酷く苦手に感じた。
「ほら急げ割と時間が無い」
「えっでもどこへ行くの?」
夢の中でも時間制限でもあるのだろうか、俺の手を引き急かす天理に行き先を問う。
「歩きながら話す、俺を信じてくれるなら付いてこい」
いつも天理を護らなきゃと思いつつもここ一番は俺を支え助けてくれる天理は夢の中でも頼もしい存在であってくれた。
天理は俺の手を引き山道を街へと歩きながら話す。
「結論から話す。もう気づいていると思うがこの夢はかつて闇の半身だったお前が見せている過去をベースにしている夢だ。この夢から覚めるには闇の半身たるお前がこの世界から事実に沿って消える事でしか目覚めないんだ」
「え……俺が……消えるの?」
「まあ待て順を追って話すぞ?まず、まだ証明はできないが、俺とお前は昨晩寝てから同じ夢を見ている」
「えっ……天理本物なの?!俺の夢の産物とかじゃなくて?!」
「まぁ証明できないんだけどな」
そう言って苦笑するが信じてもいい気がしていた。
「それで天理の感触とかいい匂いとかするのかな」
「そっそりゃお前……昨晩俺を抱き枕にして寝てたからじゃないか……」
恥ずかしそうに顔を赤くしながら答える姿が可愛い。
「そうだねーえへへー」
「は、話を戻すぞっ」
天理曰く気づいたら俺と同じあの牢獄の部屋にいたらしい。だが俺には見えなかったらしく気づいて貰えないから、ヤキモキしながら一部始終を見ていたらしい。
「え、じゃああのちっちゃい天理が来て俺と話してたのも見てたの?」
「ああ。正直昔の俺恥ずかしくて見てられなかった」
天理がバツが悪そうにそう言うから思わず笑ってしまった。
今ではパッと見想像できないくらい素直で可愛い少年天理だったけど、本人としては己の少年時代は黒歴史もいいところなのだろう。
「えー、俺生まれる前の天理を知られて嬉しかったな。可愛いかったし」
「あーそーかよ素直で可愛い俺のがいいかよ。馬鹿っぽかったけど」
むすっとしながら先を行く天理を見ているとまるで過去の自分に嫉妬でもしてるみたいで可愛いかった。
「でも今の天理も可愛いくて一番好きだから、ね?」
頬にキスをすると握る手がきゅっと締まり顔を赤くする。ほら可愛い。
「い、急いでるんだよ」
照れた様に足を速め手を引く姿がまた可愛い。さっきから手をずっと離さないでいてくれている事に気づいているのかな。
そうこう話している内に山道を下り、俺達の故郷の街並みの中に入ってきた。その景色は少しぼやけていたが、俺が知る最新の景色より真新しい20年前の光景の様だった。通りかかった今や空き家になっている天理の家はまだ天理の両親と少年天理が住んでおり生活感が感じられた。
天理は整備されている道を速足になりながら、思い出した様に状況の続きを話す。事実では少年天理が闇の半身の俺をあの部屋から出してくれるはずだったのに中身が生まれ変わった俺になり、少年天理を言葉巧みに追い返してしまったので脱出手段がなくなり、夢が終わるタイミングが無くなってしまったらしい。
「え、どういう仕組みの夢?」
「知らん、そもそもお前の中の闇の半身がこの夢を施す様にしたのはお前自身がトリガーらしいぞ?闇の精霊魔法の応用で俺と一緒の夢見たーいって、俺ひっぱり込んで」
俺が俺自身の力に驚愕し、そして自分の欲望に呆れる。
「迷惑かけてごめんね……」
「気にするな。まあそこは追々お前が日頃敬遠している力の制御について説教をするとして」
「はぁい……」
そして傍にいるのに俺に気づいて貰えず実体化できず精霊魔法も使えない状態だった天理は、俺が途方に暮れ虚空を見つめたままどんどん憔悴する俺を放って置けないがこのままでは俺がもたないと断腸の思いであの部屋を出て街へと解決手段を探しに向かったらしい。
まず少年天理をもう一度侯輝の元へ向かわせようとしたが侯輝同様接触ができず、またどうやら俺が少年天理の帰り際に忘却術を無意識にかけたらしく俺と出会った記憶が抜け落ちている様子だったという。
「ええ……そんなに俺やっちゃってるの?」
「説教……と言いたいとこだが事実での闇の半身もガキの俺に忘却の術やってる。俺その頃の記憶が霞かかってんだよ。遺跡へ遊びに行ったのは覚えてんだけど」
そして天理は途方にくれつつ大事な事を思い出した。もうすぐ事実の俺が生まれるタイミングだったからだ。急いで俺が生まれた場所である大地の神の神殿に行くと俺の育ての親である母と産みの母親がお産の準備を進めていた。
「あ…それが俺の本当の母さん?どんな感じだった?」
「それ俺も見たかったんだが姿は朧気でな。以前神我見に聞いた通り黒髪と…女性にしちゃ体躯がしっかりしてた感しか分からなかった。あとお産間近だってのに元気というか……騒がしい感じだった。ふふ、お前に似てるって思ったよ」
「そっかぁー」
クスりと笑う天理にちょっと照れつつ、その辺りはいずれ神我見姉に聞こうと思いつつ続きを促す。
それで天理は事実の通りに進まなかったらどうなるんだと焦り始めていると夢の中で使えなかった土の精霊が勝手に現れて大地の神の言葉を代理で伝えてきたらしい。神官でも無いのに最古の神に会えた事に驚く間もなく大地の神は状況を説明してくれたらしい。
この夢は侯輝の闇の半身の力が誤って発露したものである事。その力のベースとなっている闇の半身がこの夢の中で居なくなる…つまり事実通り侯輝として転生できればこの夢は覚めるでしょうと伝えられたのだという。転生前の闇の半身をこの神殿内に連れてきてくれれば導く事が可能との事だったのであの牢獄部屋から俺を出す方法などを確認した後、天理は大急ぎで戻り、精神が限界ギリギリの俺がやっと朧気に見えた天理を捉え呼んだ事でやっと実体化でき、後は脱出し、今、こうして道を急いでいるのだった。
「あれ?でも、それ間に合うの?事実通りならちっちゃい天理が闇の俺解放してからもう何日か経ってるけど」
「そりゃ闇のお前、この街の事も転生先も知らないからな。しばらくウロウロしてたんじゃないか?お前が生まれたの俺の記憶でも俺が遺跡に遊びに行った数日後くらいだったし」
なので今、天理のナビ付きで神殿に直行すればギリ間に合いそうなのだった。
「うーん俺闇の半身の記憶中途半端なんだよね。うまく生まれ変われるのかな」
「そこは大地の神に頼るしかないかな。……俺も何かの神の魂継いでるらしいのに記憶ゼロで何もできなくてすまん」
不甲斐ないのは俺の方だというのにすまなそうにする天理の手をぎゅっと握る。
「天理は何もできない事ないよ。ずっと。そして今だって助けてくれてる」
「ん…お互い様だよ。俺、記憶ゼロにして大事な事忘れてそうで怖いけどな」
そうこうしている内に俺が産まれた場所である大地の神の神殿の裏口に着いた。すると天理の土の精霊を介して大地の神が語りかけてきた。なんだかとても懐かしい表情をする。天理に召還される時はいつもお調子者の土の精霊が異なる表情をしていて俺は不思議な感覚だった。
『間に合いましたね……侯輝。では後は私が導きましょう』
「一つ質問なんですが大地の神」
天理が真剣な表情で土の精霊を介し話す大地の神に問う。
『何でしょう……天理』
「具体的にどうやって?聞いた事実だと侯輝が産まれる時、闇の半身は侯輝の母親の従者やここの神官達を蹴散らし、どこからか現れた光の魂と争う様に揉み合って赤子の侯輝の中に入っていった…と聞いているんですが」
「あっ!そうか!でも今、俺闇の力の使い方とか分かんないよ!それに俺今から神殿の皆や光の魂の俺と戦うの?やだな……」
俺も土護兄から俺が産まれる時は神殿内騒然となったと聞いていた。現れた闇の魂によって育ての父を初め神官達は傷つき、産みの母の従者は傷が元に早世し、産みの母は俺を産んで亡くなったのだ。
「その事実を侯輝は今からやらなきゃならないんですか?」
天理が辛そうに大地の神に訴える。俺を自分の事の様に心配してくれる天理が嬉しかった。
「天理、大丈夫、覚えてないだけで本当にあった事実だもん。俺頑張るよ。それにこれ終わらせないと天理も俺も夢から覚められないしね。むしろ付き合わせてごめんね」
「侯輝……」
俺は覚悟を決め、そして天理を安心させる様に微笑む。
『全て事実通りにする必要はありません。夢から覚めるだけであればこの夢の中で転生さえ叶えば良いのですから。今のあなたは闇の半身であった頃のあなたでは無いのです。できるだけ戦わずに済むように導きます。これから起こす事はあくまで夢の中の幻。ですが、ひょっとしたら貴方にとってより辛い経験になるかもしれません』
「うん、ありがとう大地の神。俺頑張るよ。」
その言葉に大地の神は土の精霊を通して母の様に優しく笑った。
『ではこちらへ…今は闇たる侯輝。まず夢に少しだけ介入して貴方はこれから妊婦である母にお産の祝福を与える旅の神官になりましょう。ここは貴方の夢。貴方自身への改編なら強く思い描けば可能でしょう。そうすれば争う事無く母に近付けるはずです。そして貴方の母に触れるのです。貴方の母は力の強い月の女神の巫女、貴方の闇としての正体には気づくでしょうがきっと迎え入れてくれるはずです。その先に光の貴方との衝突がありましょうが、貴方の偉大なる母が光と闇を共に受け入れてくれるはずです……さあおいきなさい』
「うん、助けてくれてありがと、大地の神。じゃあ行ってくるね天理。夢から覚めたらまた抱きしめてね」
「ああ……行ってこい」
天理は少し泣きそうな顔でそれでも強く抱きしめてくれるとキスをして見送ってくれた。
そして俺は大地の神の言う通りに進めた。闇の力の制御を少しだけ大地の神に導いて貰いながら姿を旅の神官に変える。神殿の正面から入って懐かしい生前の育ての両親に挨拶し誰も傷つける事無く母に近付く。名を名乗り手を取り教えて貰った祝福の祈りを唱える。やはり母の姿は朧げにしか見えなかったが、お産間際だと言うのに産みの母は嬉しそうに笑ってくれたと感じられた。
「あなた……は…お告げの……。そう…名は侯輝が良いのね。よく来てくれたわ。あなたのお陰で私は新たな生命を産むことができる。ありがとう。さあいらっしゃい」
そう言って彼女は優しく包み込む様に抱擁してくれた。
その温もりは紛れもなく母のもの。役も忘れて泣きそうになった。そして陣痛が始まったので離れ、手を放そうとしたが母はしっかりと握ったまま放さない。オロオロしていると、そのままで大丈夫だから握っていてあげてとその後年育ててくれた義母さんが言った。お産の戦いが始まり母は苦しそうにしながら俺の手を強く握りしめてくる。
お産の長い戦いの末、産まれようとする瞬間、空中に光の魂が現れる。見守る者達がおお、と声を上げる中、俺はコイツと戦うのかと身構えたが母は苦しみの中だと言うのにその魂にも受け入れるように「いらっしゃい」と呼び掛ける。するとその光る魂は一瞬目も無いのに俺に視線を寄越したかの様に戸惑うもすぐに彼女の中に吸い込まれたと思った瞬間には俺は意識を失っていた。
そして次の瞬間、俺はただただ泣き叫ぶ赤子となり生まれ変わった事を知った。取り上げられ母の腕の中に抱かれながら少しずつ薄れゆく意識の中で俺は母の声を聞く。
「侯輝、可愛い私の子。無事に生まれてきてくれてありがとう。愛しているわ。仲良くするのよ。そして幸せに……なって……」
事実の様に誰も傷つける事は無かったが、それでも母の死の運命は変わらなかったらしい。母の最期の声を聴きながら俺の夢がゆっくりと覚めていく……
侯輝の転生を物影で見届け、自らも夢から覚めるまで、天理は大地の神に土の精霊を介して質問をしていた。
「大地の神、原初の神たるあなたなら俺が何の神の魂を継いでるのか分かりますよね?」
『……分かります。が、言えません』
土の精霊は表情変えずに淡々と言う。だがその答えに天理は苦しそうに続けた。
「っ……。俺も何かとんでもない過ちをしてるんじゃないんですか?何も思い出せないのは責任逃れじゃ?俺は、」
『貴方は……変わりありませんね。責任感が強い所も。少し思い詰めてしまう所も。ですがその問いには答えられません』
土の精霊を通し少しだけ懐かしい気持ちになる表情を大地の神が送る。天理はハッとすると拳を握りしめ訴えた。
「なぁ!あんたにも……」
『私一応神なのに心配されていますか?ふふ、ありがとう……天理。ではかつて送った言葉を繰り返しましょう。私は貴殿方の行く末をいつまでも見守っていますよ。どうか幸せになってください。あの子の力でこの様な機会が訪れる時が来るとは思いませんでした。久しぶりに話せて楽しかったですよ』
「大地の神……」
天理は大地の神の言葉に一瞬眼を見開き俯くとそれ以上は何も言えなかった。大地の神から感じる懐かしさと暖かさに心が揺れてしまい、これ以上踏み込んではいけないと思ってしまったからだ。
『そろそろ貴方も目が覚めるでしょう。どうかこれからもあの子の支えになってあげて下さい。』
「……分かった。侯輝を助けてくれてありがとう。また……」
[newpage]
そうして二人は眼を覚ます事ができた。侯輝は目の前の天理に抱きついて泣き出した。転生の際、闇の半身たる自分がうまく立ち回れていれば事実では多くの人が傷つかずに済んでいた事、何もかも分かって受け入れ命がけで産んでくれた母の最期の言葉、侯輝の心は張り裂けそうな程に辛かった。
それを一部始終影で見守っていた天理は侯輝の心中を察すると黙って抱きしめ背中を撫でる。 大地の神の言った通り、事実をそのまま再現するよりも辛いものを知ったかもしれない。天理は大地の神が自分に何もかも伏せている理由を察せずにはいられなかった。侯輝の心は自分よりずっと強い。自分なら折れずにいる自信が無かった。だが大地の神から託された今、支えてやるのは自分しかいないのだと気を奮い立たせる。
侯輝は天理が本当に同じ夢を見ていたかどうかもまだ分からないのにいきなり泣き出してしまって困惑させていないかと、優しい天理の事だから黙って抱きしめていてくれているだけなのではと慌てて天理から離れると謝った。
「ぅ、ぅ…あ、ごめんね急に泣き出してるよね。ちょっとおかしな夢見ちゃって、俺が生まれた時の……」
「"侯輝"」
「え……」
天理は優しく微笑むと侯輝の顔を両手で包み込み見つめるとほんの少し高い声で懐かしむ様に侯輝の名を呼んだ。天理のその言葉は確かにいつも通り侯輝に向かって放たれていたが、侯輝の心の奥底にまで響く様に侯輝には聞こえた。天理は一度目を瞑り開くと懐かしむ様な笑みを浮かべ少しだけ照れたようにしつつ重ねて語り掛けた。
「"僕"だよ。天理だよ。覚えている?"侯輝"」
「あ……!お、覚え……てるよ!天理!」
夢の中で闇の半身であった侯輝と少年の天理が交わした約束。同じ夢を見た証。侯輝は心の奥底から込み上げた涙を流し再び天理を抱き締めた。生まれてから天理にその名を幾度も呼ばれていたが、はじめてその意味を持って侯輝の心の奥底に届けられていた。
「あの夢は全部事実通りじゃなかったんだろうけど、きっとお前の名前は俺が付けたんだろうと思う。やっとちゃんと呼べたな。折角お前がこの名を気に入ってくれて、お前のお袋さんがその想いを受け止めてお前に名付けてくれたってのに」
「う”んっう”んっ……天理、俺を助けてくれて、俺に名前をくれて、ありがと」
天理が頭を優しく撫でる手を感じながら侯輝の心は夢の世界を通じて20年振りの再会の喜びも合わさり更に涙を流す。天理が侯輝の背をぽんぽんと叩くいてくれている間、侯輝は天理の胸で存分に泣いた。
落ち着くと侯輝は少しだけ身体を離し泣きすぎてしまった事で少し恥ずかしそうにしながら天理の顔を見る。
「俺のせいで天理に心配させる様な夢見させちゃってごめんね。」
「俺には謝らなくていい。なあ侯輝、そもそも何で俺と一緒の夢見させたいと思ったんだ?昨晩の……俺の寝がけの我が儘叶えてくれようとしたんじゃないのか?」
天理は侯輝の涙の跡をそっと拭いながら優しい瞳で問いかける。
「う、うん……でも天理の我が儘じゃないよ。天理が俺と夢の中まで一緒にいたいって思ってくれた事が俺も嬉しかったから、だから俺もそうなったらいいなって思ったけど……こんな夢になるとは思わなくて……」
必死で天理の想いを肯定し、だが想定外な事態になってしまった事でまだしゅんとなる侯輝を天理はよしよしと撫でる。
「結果的にお前にとって辛い夢だったな。でもきっかけはお前も俺と同じだと心から思ってくれたって事だろ?それは俺も嬉しいよ。だから謝らなくていい。ありがとな」
そういって微笑む天理にそれでもと侯輝が続ける。
「でも、あと少しで天理も夢から覚められなくなってたかもしれない。もっと楽しい夢を見させたかったのに……俺が闇の力をちゃんとコントロールできてれば……」
「侯輝、その闇の半身だけどな、今日の夢が闇の半身が主に引き起こした事として、なんであの夢を見せてきたのかって考えたんだよ」
「え?」と少し首を傾げる侯輝に天理は続ける。
「お前は俺と一緒の楽しい夢を見させたかった。でもお前はそんな大それた事できないから無意識に闇の半身の力に頼るってなった時、闇の半身にとっての楽しい夢になったんじゃないかなって、そうだったらいいなって俺は思うんだよ」
「えっ天理にとってあれは楽しい夢だったの?」
侯輝が驚くと天理は微笑みながら問い返した。
「お前、闇の半身として夢の中でガキの頃の俺と居てどうだった?」
侯輝は少し夢を思い出す様にして答えた。
「……なんか凄く楽しかった。ちっちゃい天理が俺の言った事に返してくれるのが凄く楽しくて、それでちっちゃい天理が喜んでくれるのが嬉しくて、笑ってくれると俺も楽しいって思えて。うん…あれはずっと闇の中で一人だった闇の半身のとても幸せな光景で…でも辛い思い出でもあって…もう一度やり直せたらって願っていたのかもしれない」
「やっぱりそうか、横で聞いてた俺はガキの時の俺が恥ずかしくて仕方がなかったけどな。でももし覚えていたなら一生忘れられない楽しかった思い出になっていたって思ったし、本当はあったはずのお前との大切な最初の思い出が共有し直せて楽しかった。お前が楽しかったなら尚、良かったよ」
天理が少し照れ臭そうにしながらも優しい瞳であの時の少年の天理の様に本当に嬉しそうにそう話すので、侯輝は心の奥底にいる闇の半身の魂が喜んでいるのを感じていた。熱いものが込み上げ思わずぎゅっと抱きついた。
「ありがと…そう思ってくれてありがと天理…ぅ…」
侯輝はまた天理の胸に顔を埋めたまま泣いてしまう。天理は落ち着かせる様に侯輝の背中をぽんぽんと叩き穏やかに話す。
「侯輝、お前は俺を想って、夢を見せようとしてくれた。闇の半身のお前はその想いを叶える為、楽しいと思ってくれたガキの俺との思い出を共有しようとしてくれた。辛かった事も伝えてくれて嬉しかった。俺はその想いが心から愛おしいよ侯輝。生まれてきてくれてありがとう。これからも俺と思い出を沢山作ろうな」
天理はそう言って侯輝の髪をかきあげ額にキスをした。見つめるその瞳には慈愛と愛情だけが宿り、侯輝の心を満たす。
「うんっ、俺も天理と沢山思い出作りたい。俺こそ、生まれてきてくれて、俺を選んでくれて、愛してくれて、一緒にいてくれてありがと」
侯輝は泣き笑いでそう言うと、今度は侯輝の方から天理の頬に口づけた。そして二人はお互いの瞳を見詰め合い、どちらからともなく自然と唇を重ねた。
これからもこの幸せを二人で分け合っていこう。そう誓う様な優しい優しいくちづけだった。
朝から晩まで共にいて、叶うならずっとこうして二人で過ごせたらと。そう願わずにはいられなかった――