5.永久を結ぶ指
「おはよ♡天理、体大丈夫?」
「ん…………おは、っ……ケホ……だ、大丈夫だ」
「~~っ、お水汲むねっ」
半裸の侯輝が太陽の如く満面の笑みで起床を告げる。俺の体を労る侯輝に俺は昨晩の痴態を思い出し羞恥で隠れてしまいたいのを必死で堪えた。生娘でもあるまいにと平気なフリして答えようとするも散々鳴いて枯れてしまった声で格好がつかず顔に熱が集まるのを自覚すると早々に格好つけるのを諦める。俺が寝落ちして以降身の回りの事はやってくれていたらしく、しっかり部屋着まで着せてくれてあった。それでも寝具にはそこかしこに交愛の跡が残り恥ずかしくて見ていられない。交愛の果てに記憶が無い程寝落ちなど人生初であったからそれもまた羞恥で居たたまれない。侯輝はそんな俺を見て顔を引き締めようとしていた様だったが顔がだらしなく緩んでいった。
「えへへ♡普段かっこいい天理がこんなに可愛いとは思わなかったな♡」
「っ……可愛いってお前……幻滅したか?」
怠さを訴える腰はきっと俺に今日1日昨晩の事を思い出させてくるのだろう。気にしていたら負けだと気合いで起き上がり、水差しから注いでくれたコップの水を飲みながら俺は侯輝に聞く。すると心底分からないと言う様な顔をされた。
「え~?どうして?」
「いや……だって、お前一応男の俺を好きになった訳だろ?可愛いとかダメなんじゃないのか?昨夜だって……俺女みたいだったろ……」
侯輝は俺の答えに合点がいったらしくまた嬉しそうにニコニコと笑っている。
「もちろん凛々しくてカッコいい天理も好きだよ?でも俺が天理を可愛いって思うのはね、女の子みたいって思ってるんじゃなくて、俺の事が好きなんだって分かる所が可愛いって思うんだよ」
「好きって分かる所……?」
確かに侯輝の事は好きだがそんなに出ていただろうか。俺が首を傾げると、侯輝は俺の頬に手を当てると親指で優しく撫でてきた。
「うん、例えばね、俺を見る時や話す時の見ててドキドキする様な瞳とか、俺にだけ見せてくれる仕草とか。あとはえっちの時とかも健気で一生懸命で、それでいてリードもしてくれて。えへへ……♡」
「わ、わかったっもういい!」
俺は慌てて侯輝の口を手で押さえた。これ以上聞いては身が持たない。しかし侯輝はそんな俺の手をそっと外しそのまま指を絡めて握ると愛おしそうな瞳で見つめてくる。その瞳にはもう愛情しか宿っていない事が嬉しくてこそばゆい。なるほど、自分が好きな相手が自分を想って好きだと愛おしいのだと思ってする行動が可愛いと言うのだな。それを言うなら好き好き全開の侯輝は俺にとって可愛いの権化と言えるだろう。
「……お前も可愛いぞ?」
「そう?!えへへ♡」
俺は照れから頬を赤らめるとぼそりと呟く。すると侯輝は目を輝かせると照れながら嬉しそうに笑った。侯輝は恵まれた男らしい体躯だが愛嬌もありやはり純粋に可愛いと思う。こんなに嬉しそうにするなら俺も言うべきなのだろう。
「俺もね、天理は前々から可愛いって思ってたけど、あんなにも可愛いのは想像してなかったから凄く凄く嬉しかったな♡えへへへ♡」
「ぅ……!っ……!く……!」
だが果たして俺に侯輝程可愛いと言い続けられるだろうか。可愛い、大好きと満面の笑みで伝える侯輝を見ていると面映くて堪らなくなってくるのだ。
少し顔を赤らめ、テレテレくねくねとイケメン台無しにしながら話す侯輝はおそらく昨晩の俺の事を思い出しているのだろうか。昨晩の俺は今まで心に蓋をしてきた反動か、体を開いた事で心までオープンになってしまったのか、侯輝への想いが溢れて止まらず、好きだの愛してるだの滅茶苦茶にしてくれだのに類するエトセトラ、言葉と体全てでさらけ出していた。思い出したら羞恥で叫びたくなり声を出そうとすればまだ枯れた声で音が出ず、代わりに赤面するしか術が無かった。項垂れて羞恥で震える俺に、にこにこしながらお水おかわりいる?なんて言ってくる侯輝に、俺は自棄糞になって枕を投げつける。一瞬驚いた風にしつつも余裕でキャッチする侯輝がまた憎らしい。言わなくても顔には可愛いなあなんて書いてある様で、俺はますます居たたまれない。悔しいが、惚れた弱みだ。
肌掛け布団を頭から被り背を向けて拗ねていれば背中からギュッと抱き締められた。
「怒んなーいで?」
「別にお前には怒ってないぞ。お前ばかり余裕なのが腹立たしいだけで」
「やっぱり怒ってる~。余裕って事無いんだけどな。でも天理がそう思ってくれてるのはちょっと嬉しい。ずっと天理にドキドキしっぱなしだから、やっと隣に立てたかなって」
クスクスと笑われ、また腹立たしくもなるが侯輝のその真剣な言葉に俺は何も言えず口を噤んだ。こいつはその気になれば選り取り見取りの癖に何が良かったのか一途に俺を慕い続け、俺の隣に居たいと思ってくれた。その事実がただただ、嬉しい。その気持ちを少しでも伝えようと布団の合間から手を伸ばすと、俺を抱き締める腕に手を添え、出した頭をすり……と侯輝の頭に擦り付ける。
「ありがと、な。」
「うん!」
恥ずかしくてどうにも顔を見て言えなかったが、侯輝には伝わった様で嬉しそうに笑うと抱き締める腕に力が込められた。その温かさが心地いい。
添えた手が絡められると手の中に何か硬いものが握らされていた。何だろうと手を開ければキラリと光る指環。
「これ、は……」
「左手の薬指に着けてくれると、嬉しいな」
侯輝は頬を赤らめながらも臆する事なく真っ直ぐに俺を見つめていた。その眼差しは真摯で、俺はゴクリと喉を鳴らし指輪を見る。その指輪はいつの頃からか、侯輝が御守りだと言って胸に大事そうにぶら下げていたものだった。一見何の変哲もない金属の指輪。だがその内側には小さな紫水晶が嵌め込まれていた。そして『K To T』の文字。おそらく侯輝から天理へ、であろう。
それは千年前に途絶えた、永久に共に在る事を誓う証。
『ねぇ!俺が大きくなって指輪用意したら着けてくれる?』
『ぶはっ、なんだ男の俺でいいのか?』
『だって俺天理だいすきだもん。ね、いいでしょ?』
『はいはい、ありがとな。よろこんで。ああ、左手の薬指に着けるんだぞ?』
それは星降る夜の約束。幼き侯輝に眠れないからとお話をせがまれて、千年前の婚約の風習の話をしてやった時の事。侯輝はその太古のロマンに憧れる様に目をキラキラさせて俺にそう言っていた。きっと侯輝は将来、好きになった女の子に送るのだろう、可愛らしい話だと、俺はただ微笑ましく思うだけだった。好んでくれている事は嬉しかったから俺は了承と伝えていた。まさか現実になるとは夢にも思わずに。
「覚えていたのか……」
「あの時はまだちゃんと分かってなかったけどね」
そして先日誓う様にこの指輪に口付けていた事を思い出す。侯輝は本当にずっと前から俺に誓いを立ててくれていたのだ。想いが通じるかも分からない俺に。俺が侯輝に恋をするなんて想像すら出来なかった頃から、侯輝は俺を想う気持ちを育んでくれていた。その事実に胸に温かなものが拡がっていく。
「天理。俺と、結婚してください」
「っ……!」
侯輝は俺の横に移動し、指輪持つ俺の左手を取ると薬指をなぞる。その行動は紳士的なのに瞳は俺を捕らえて離さない。その真剣な眼差しは俺を射抜き冗談などではない事を訴えていた。
静かに視線を落とし指輪を見つめる。淡い光を宿した紫水晶が、まるであの星降る夜の輝きを閉じ込めたように優しく瞬いていた。その想いの重さに息が詰まりそうになる。
「俺、はっ……」
「天理……」
嬉しい。嬉しくて堪らない。だが俺の中にまた迷う想いが沸く。確かに俺もずっと側にいて欲しいと願い請うた。だが侯輝の未来を俺が縛ってしまって本当にいいのだろうか。
そんな迷いに俺が目を泳がせ言葉に詰まり硬直してしまうと、侯輝は穏やかに微笑んで指輪持つ俺の手を両手で包み込みながら俺の名前を呼んだ。思わず視線を合わせるとそこには俺が愛した強い輝きを秘めた瞳があった。
「ごめんね、俺いつも先走って。俺の為にずっと気持ちに蓋していた天理に、俺の気持ちいっぺんに押し付けてまた困らせちゃったよね」
「っ!それは……!」
確かに思い描く未来の覚悟の差はあったのだろう。昨日まで片想いで一生を終えるのだと思考を止めていた俺と、俺が想うより前から俺と本気で添い遂げるつもりだった侯輝。気づけば俺の手を握る侯輝の手が微かに震え、瞳には不安が滲んでいた。昨夜あれだけ愛し合ったのにまだ身を引く癖が抜けていなかった己を叱咤する。想う時の差が何だと言うのだ、俺は侯輝と生きていくと決めたではないか。俺は侯輝の勇気に酬いる為正面から向き合い姿勢を正した。
「いや、謝らなければならないのは俺の方だ。もう骨身に染みる程お前の愛を知っている癖に、未だお前に相応しいか考えて不安になっているなんてな。不安にさせてごめんな侯輝。もう迷わない、どうか俺をお前のものにして欲しい。その証を、付けてくれないか?」
「!うん!喜んで!」
そして指輪を侯輝の手に置き左手を差し出す 。侯輝は一瞬瞠目し、次の瞬間には破顔すると俺の薬指に指輪を確かめる様にゆっくりと嵌めた。
一度も測られた覚えは無いのに吸い付く様にぴったりの指輪は、きっと昔馴染みのスキンシップと称して散々触れられていた間に、侯輝が俺を知り尽くして俺の為だけに誂えたものなのだろう。それ程までに想われて触れられていたのに気付かなかった己に呆れるのと同時にその想いにまた胸が熱くなった。
そしてその手をまた恭しく取ると甲に口付ける。その仕草があまりに様になっていて俺は思わず見惚れた。まるで誓いを立てる王子か騎士の様で擽ったく、つい笑みを零してしまう。どうしてもこれ程に成長した男の相手が俺でいいのかと思ってしまうのだ。横に並び立てるだけの相応しい男で在ろう。そう誓えば侯輝は感極まった様に俺に抱きついた。
「ふふっ……俺がずっと言ってたの、やっと分かって貰えた?」
「……ああ、分かったよ」
俺はその背に手を回し抱き返しながら、侯輝の想いがやっと身に染みた気がした。
そして俺達はどちらともなく顔を寄せ合い唇を重ねた。それはまるで誓いのキスの様に神聖なものだった。