4.And I will always love you.

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翌朝、春先の早朝の冷え込みはこれから天理と冒険に行くのだという期待と興奮に体温の高くなった俺にはちょうど良かった。待ち合わせの都の西門で待っていればまばらな人通りの中に薄手の濃紺コートに身を包んだ黒髪の想い人がこちらへと悠然と歩いてくるのが見えた。朝焼けの石畳の上を歩く天理の姿はまるで映画のワンシーンを切り取ったかの様に美しくて俺は見惚れる。こっちだよ天理!と伝える様に大きくブンブンと手を振れば、気づいた天理が白い息を吐いて小さく笑った様だった。そしてその歩みがほんの少し軽く早足になると俺の心にも一足早く春が来た様に暖かい風が吹いた。

「ぎゅーして温めてあげよっか?」

「大丈夫だっ!馬鹿な事言ってないで行くぞっ」

互いに挨拶を済ませ、天理がコートを着込んで尚寒そうに身を縮めている姿を見て俺がからかい半分本気半分で両手を広げれば、天理はいつも通りに呆れた風に強めの拒否をしたのち怒った様にスタスタスタと早歩きで馬車乗り場へ歩き出した。だがその顔が恥ずかしそうに緩んでいたのを見逃さなかった。可愛いな。

「怒んないでー待ってー」

天理が怒っていない事など承知の上で機嫌を取るように追いかける。にやけそうになる顔を引き締めながら。追い付き横に並べばやっぱり天理は怒ってなどいなくて呆れた様な視線を一瞬寄越した後、小さくフッと笑う。胸の奥がきゅうと締め付けられて、俺はまた天理に恋をするんだ。

料金を払い行き先のォウベイ遺跡近くを通る馬車に乗り、途中で降りる。そこから歩いて遺跡へ。天気は快晴で危険さえ無ければピクニック気分だった。だが気は一瞬たりとも緩めない。二度とあんな思いをするつもりはないから。

「すまなかったな。急だったのに。今日は用事があったんだろう?」

「んーん、急ぎじゃなかったしね。天理優先☆」

早く天理と一緒になる為のお墨付きが土護兄から欲しかったけれど、昨日俺が護衛につけないと分かると残念そうな雰囲気を醸し出した目の前の天理を最優先にするのは当然なのだ。何より俺以外に天理を護衛させたくなかった俺の事情なのだから天理が気に病む必要は無いのだ。だが根が真面目気質な天理が気にしていそうだったのでウィンクして茶化して返せば、天理は苦笑気味だが嬉しそうに笑った。

「……いつもありがとな」

「えへへ♪それほどでも無いよ~♪」

「っ……たく。調子にのるな。ほら、そろそろ着くだろ?」

「はーい。警戒は任せてね!」

呆れ気味に返すも天理はやはり楽しそうで、そんな天理とこうしたやり取りをするだけでも俺は幸せだった。


ォウベイ遺跡に着くと、硬く平らに舗装されていたらしき地面はひび割れ、草木が覆っている広い道路が続く地帯になる。道路の脇には今では建造不可能な高層ビル群の跡が立ち並んでいるけれどその大半は崩れ去り、その姿からかつての栄華は想像できなかった。

目的の建物に侵入する為に一旦地下道へと潜る。非常階段の様な螺旋階段は横道が潰れていて単調だ。警戒しつつも鼻唄を唄っていると天理に褒められた。嬉しく思いつつも俺はかつて天理が歌ってくれた優しい歌を思い出す。

「天理の歌も聞きたいな。俺天理の声、好きだもん」

「っ、お前なあ……そういうのはお前の想い人に言ってやれ」

天理は照れつつもほんの少し不機嫌な色が混じっているのを感じとる。もしかして嫉妬してくれてるのかな?と思い嬉しく思うのと同時に俺ばかりが天理の好意を知っている事の罪悪感を覚える。早く打ち明けたい。けれどまだダメだ。今正に言ってるんだけど!とは言えない。

「言ってるよぉーでもなかなか手強くてさ。好きになってくれてるとは思うんだけど決め手に欠けてて」

その決め手の為に土護兄の元へ旅立とうとしていた矢先だったのだけれど。もどかしい思いが続いてでも今のままでもいいと思ってしまうのは、長く待ちすぎたから付いた忍耐力なのか、それともこの居心地の良い関係が最悪壊れて無くなってしまうことを俺が恐れていたからかもしれない。

「……そうなのか……通じると、いいな」

天理はまだ少しだけ思う所がある様子だったけれどそれでも俺への励ましは忘れず、それでもそっと悲しみの色を含んだ瞳を伏せた。俺の胸にまた罪悪感が生まれる。だって俺にはそんな資格なんか無いのだから。でもせめてもと声を出す。

「うん!ありがと天理!」

「っ……ああ」

俺が気持ちを込めて感謝を伝えると天理は一瞬息を詰まらせてまた小さく笑ってくれた。その笑顔にまた俺は恋をした。

時折遭遇する機械兵は古代語を解する天理がいてくれるので会話で楽々戦闘回避できる。倒してパーツを狙ってもいいけど今回の目的は遺跡調査と天理の安全が最優先なので極力回避だ。道すがら天理が時折今後研究の対象となりそうな遺物を簡単にチェックしながら目的の建物へと進み、後少しで到達しようとしていた時だった。
横道からやって来た言語機能が故障したらしい中型の機械兵に遭遇、天理の会話が通じず問答無用で襲ってきた。隠れる場所もなく二人ではかなり厳しい相手だった為、まだ稼働できる施設の存在を確認していた天理の機転によって防火壁を起動、道を封鎖する事によって回避する事にした。
天理の元には一歩も先に進ませない!と、俺が気勢を上げながらバスタードに光の精霊力を宿し目立たせる事によって機械兵の注意を引く。いい加減盾持たなくちゃなと思いながら連続で繰り出されるアームの攻撃をすんでで受けきっている間に、天理が防火壁を操作する。防火壁が稼働し始めると、俺は天理が召喚した炎の精霊ブラムが機械兵に纏わりついて時間稼ぎしてくれている間に後退し、急速に締まる防火壁の隙間に転がりこんだ。
直後、完全に閉まった防火壁の向こう側で機械兵が壁にぶつかる音が響く。機械兵はしばしガシャガシャと音を鳴らしていたが諦め去って行った様だった。

「怪我は無いか?」

「へーき!ちょっとかすっただけ!」

「そうか、良かった……っ」

「天理!?」

少し当てられて破れていた袖を天理が心配そうに確認してくれた事に嬉しく思った直後、安心した様にホッと息をついた天理がふらりと倒れこもうとしたので咄嗟に腕で支える。

「大丈夫?!」

「問題、ない……」

顔は真っ青な癖に大丈夫だと気丈に言う天理は、支える俺の腕を力無く掴んだ後程なくして気を失った。

「天理っ!天理っ!」

横たえさせた天理の脈を取る。呼吸は正常、外傷無し。だけど急にどうして。と考えながら天理を安全な所へ退避させるべく動く。現在地は防火壁の向こう側の階段、地図と照らし合わせるとそこは丁度目的の建物の真下辺りで、ここを登れば目的の遺跡の入り口があるはずだ。気配を探る。
階下からは微かに機械音が聞こえたが、地上部であろう階上からは機械兵の気配は感じない。薄明かるい光に充ちそよぐ風がどこか俺を誘っている様に思えた。目的の遺跡が安全とも限らない。俺は天理を横抱きに抱えると慎重に階段を上った。

地上に上がると頭上は崩壊して倒れこんだ隣の建物が横たわり、周りも瓦礫の山で抜けるのは困難だろう。そこは地下道出口周辺だけぽっかりと空いた空間になっていて、光は瓦礫の隙間から届いている様だった。そして2メートル程先には目的の建物である外壁があり、慎重に寄るとまるで待っていたかのようにスッと横にスライドして開いた。おそらく情報にあった場所で間違いないだろう。高度文明時代の施設で稀に見かける自動ドアの類いかな?と思いながら入るべきかその内部を観察する。空っぽでガランとした部屋の中は天井に明かりがいくらかあったが何も無い部屋に見えた。ここの建物の中身に期待していた天理はちょっとがっかりするかもしれない。無機質に見えるのにどこか意思をもっている様に感じたのは勝手に開いた扉のせいだろうか。敵意や不穏な空気は感じない。追い立てている訳ではないだろうけど階段下から機械音が聞こえた。今はまず天理を安全に回復させないとならないと決断した俺は念のためドアに楔を打ち込み、慎重に部屋の中に侵入した。

その部屋は無機質な癖に不思議とホッとする空間だった。しばし何も起こらない事を確認すると天理をそっと床に下ろす。まだ気絶したままの天理の原因を考える。魔力切れ?でも今日の魔法はまだ先程の火の精霊ブラムくらいだったはず、から思い直して先程閉めた防火壁をどうやって天理が動かしていたかで思い付いた。ォウベイ遺跡は科学的な独自エネルギーと魔力エネルギーの融合技術で、現在科学エネルギーは使えない以上、天理は魔力エネルギーで動かしていたはずなのだ。緊急稼働させたであろう防火壁に魔力が吸い取られているのなら症状からしてもやはり魔力切れだ!天理が備えている魔蓄石をポーチから取り出すと天理に握らせ見守る。

「あっ!」

突如、ドアを止めていた筈の楔がキンッという音と共に外れドアが勝手に閉まってしまった。楔が弱かったのかドアが強かったのか分からないけれど楔の抜け方が不自然に見えた。まるで不可視の力で弾かれたようだった。
驚くも束の間、腕の中の天理が意識を取り戻そうと身動ぎし、眩しそうにゆっくりとその瞼を開いた。さしあたって部屋に問題が無いことを確認して天理に集中する。

「天理!天理!良かった!目覚ました天理」

安堵の想いでギュッと抱き締める。こうするといつもなら慌て始める天理もまだ意識が戻りきっていないのか大人しく抱き締められていた。

「すまん心配させた……扉に想定以上に魔力吸われた。ここはどこだ?どのくらい寝てた?」

謝罪する天理の声は微かに掠れていて自責の念が滲んでいた。そんなに自分を責めないで?と思うのも束の間、天理はすぐに落ち着いた声で現状を把握しようとしながら、俺を安心させるように俺の髪を優しく撫でる。わずかに震える指先から気丈に振る舞おうとしているのははっきりとわかるのに撫でられてしまうと不満も不安も宥められてしまうのだから、ずるい。でも今は正しく施術できて天理がなんとか回復できた事に安堵しよう。俺は腕を解き天理を支えるようにして起こすと状況を説明し、力不足で天理が倒れる様な状況を作ってしまった事を謝罪した。すると天理もまた俺に気負うなとばかりに防火壁に吸われる魔力の想定が甘かった事を謝罪してくれた。

「お前がいなかったら俺は今頃どうなってたか。ありがとな侯輝」

「えへへ……ありがと。天理が無事で良かった」

ニコリと安堵の笑みを浮かべると天理は照れた様に微笑んだ。そして漸く俺の腕の中に抱かれたままだという事に一瞬慌てた素振りを見せたあと照れ隠す様にキョロキョロと辺りを見渡し始めた。可愛いな。

「ん。あ、さ、さて、ここが目的地として……何だろうなここ。何も無い……あれ?ドアは?」

俺がその問いに先程見た事を説明すると天理は閉じ込められたのか?!と慌て出し俺が見守る中ゆっくり立ち上がると辺りを詳しく検分し始めた。俺も何か手がかりが無いかと一見何の特徴も無い部屋の壁を粒さに見る。すると一部分だけ少し違うプレートを見つけ、浮かんできた古代語を天理に読んで貰った。

『この部屋に入ってきた二人の愛を確認し、扉を解放します』

俺達はその内容にそれぞれ困惑していたと思う。天理は想いを隠したかったはずだし俺もまだ告白するタイミングでは無かったと思っていたからだ。

だけど、と俺は思い直した。まだ土護兄からのお墨付きという切り札はないけれど、この強制された空間でなら天理ももしかしたら。もう本当は早く天理と結ばれたい!その欲求に負けた俺は後先考えずに近寄ると気づけば天理の手を握っていた。

「ね、それってどうやって確認するのかな?!」

「!近いぞ」

自分ではさりげなく、いつものスキンシップの延長のつもりで触れているつもりだった。天理は一瞬驚いた後、俺を見るとそう呟きながら俺の手を振りほどこうとした。だが俺はその手を離さないでとばかりに強く握りしめてしまっていたらしい。それで更に天理を驚かせてしまったのかビクリと体を震わせると驚愕の瞳を向けていた。

「っ、侯……」

「ご、ごめんね」

しまった!そこで俺は漸く自分が逸り過ぎていた事に気づく。天理を怖がらせてしまったかもしれない。逸りすぎて嫌われたかも。折角今まで慎重に進めてきたのに。どうしよう、離れちゃ嫌だ。早く取り繕わなきゃ…
そんな思いが頭をぐるぐる回り悲しい気持ちになった時、予想外の事が起きた。

「好きだぞ。侯輝」

「!!天……理……?」

天理が微笑みながら俺の手を両手で握りしめて好きだと言ってくれた。その瞳は昔と同じで優しく、けれどその奥に熱を宿した瞳で俺を見つめていた。いつもの弟に向けるような瞳では無かった。恋人代行として触れ合ってくれたあの日、一瞬見せてくれた瞳と同じだった。
やっと天理が想いを告げてくれた!俺も同じ気持ちだと伝わるようにぎゅっと天理の手を握り返すと、天理はハッとして慌て始めた。

「!あっいや、ほら、今、お前を嫌った様に思わせて謝らせてしまったなら誤解だぞって意味でだな」

天理はきっと一生想いを溢すつもりは無かったのだろう。青ざめた表情になると誤魔化す様に言い訳を並べた。
今までならその誤魔化しに応じても良かった。だけど俺はこの青天の霹靂の様なチャンスを逃す事はでき無かった。だってずっとずっと好きだったのだから。俺は優しく抱き締めると俺は満干の想いを込めて告げた。

「俺も、大好きだよ。天理」

「っ……!く……あ、ああ、ありがとな。は、はは。お前凄いなあ。ちょっと前まで子どもだと思ってたのにすっかり大人の男みたいなセリフじゃないか」

抱き締められながら天理は体をガタガタと小さく震わせながらそれでも抵抗を続ける。背をぽんぽんと叩き俺を子供扱いして怒らせようという魂胆だって見え見えだ。俺はもう覚悟したよ、天理。俺は想いを込めて力強く抱き締めると天理はまたビクリと震えた。

「!」

「天理。俺もう子供じゃないよ?」

「っ、そ、そうだな。からかう様な言い方して悪……んっ!?」

勘違いではないのだと逃げられる前にその唇を塞いだ。天理は驚愕しながら必死で抵抗していた。一瞬瞳が交わると天理は愛情と堪えるような切なさが入り交じった瞳をしていた。

「やめ……んぅっ……」

抵抗しようと言葉を紡ぎ開く唇を噛みつく様に塞ぐ。散々脳内で繰り広げた初めてのキスのシミュレーションは全部吹っ飛んだ。ただただ想いをぶつけるように口付けていた。もう後戻りはできない。もしこれが最後ならせめて一生思い出せるよう心に焼き付けるつもりで。
段々天理の抵抗が弱まってきて背中に回された手がすがるように力が籠り始めると俺はまだ完全に受け入れられている訳でも無いのに嬉しくて更に強く抱き締めた。それでもどちらのものとも分からない激しい鼓動が本音を伝えてくれている気がして俺は嬉しくて幸せで一杯で。
だが直後、天理に押し退けられた。

「っは、いいっ加減にしろ!お前が好きなのは俺じゃないだろ!!俺を身代わりにするのも大概にしろ!」

天理は涙を拭うと吐き出す様に叫んだ。その瞳には悲しみが含まれていて、ずっと偽って天理を傷つけていた罪悪感が胸に重くのし掛かる。俺は慌てて誤解を解くべく言葉を紡いだ。

「ごめんっ!ごめんなさい、天理。違うんだ、俺ずっと嘘ついてた。俺の想い人は天理にそっくりな人じゃない。俺が好きなのは、天理自身だよ。故郷にいた頃からずっと。身代わりなんかじゃない」

「……え」

どうか信じて!と必死に想いを込めて伝える。
天理はしばし呆然とした後、理解が追い付いたのか頬を赤く染め目を逸らした。そして眉を潜め拳を強く握り締めると口を開きかけては閉じを繰り返す。想定していた拒絶の言葉がすぐに出てこないのは天理の中も迷いがある証拠で。ならばとその迷いに一縷の望みかけた。

「俺が告白しなかったのは、きっとうんって言ってくれないだろうって思ってたから。それで関係が壊れて天理が今までみたいに相手してくれなくなるのが怖かった。だから天理から好きだって言ってくれるまで待とうって」

「……え?お前、俺が好きだっていつから気づいて……」

眉をひそめながらも俺の言葉をじっと聞いていた天理は納得するように頷きかけてハタと止まると、嘘だろ?驚きに目を開き焦り始めた。
天理の問いにクシャ遺跡で勘付き、翌日の酒場での会話で確信した事を伝えると、天理はショックを受けたのか呻きながら顔を真っ赤にすると両手で顔を覆い俯いた。そして俺は恐らく天理が俺への恋心を自覚してから俺ばかりが一方的に知っていた事を謝罪した。

「いや、別にそれは……まぁ俺の気持ち全部知っててお前だけいい気分だったなら、ズルいだろとは……」

「ご、ごめんねっ?」

覆う手をずらし、潤んだ上目遣いでモゴモゴと言葉を紡ぎながら拗ねたように言う天理はめちゃくちゃ可愛かった。あまりの可愛さに自分の男の部分が反応するのを感じたが、機嫌を損ねないよう、なんとか謝罪の気持ちで頑張って抑える。
そうして堪えていると天理は一度ぐっと目を瞑ったのち開くと姿勢を正しその凛々しい瞳をまっすぐに向けてきた。

「全部知っているなら、分かるだろう?お前とそういう関係になるつもりは、無い」

「天理……」

ここまで明かしてもその瞳には強い拒絶の意志が宿っていた。だが同時に隠しおせない程に己の気持ちを堪え忍ぶ苦しみも感じ取る。そんな天理に俺が悲しくて堪らなくなっていると、天理は手をピクリと動かしかけてぐっと拳を握り止めると続けた。

「お前の事は、金輪際そういう目で見ない、だから、お前も早く、他の人を見つけて……」

その少し途切れがちの言葉は俺に伝えるのと同時に必死で自分に言い聞かせている様だった。その顔は真っ青で、俺に偽りを紡いだ事が無かった唇は微かに震え、その言葉が嘘である事を容易に伝える。こんな痛ましい姿にしてしまったのは自分だという事実に胸が張り裂けそうだった。それでも俺を拒絶するのにこんなにまて心を痛めてくれる事が嬉しくて愛おしくて俺は天理を諦める事なんてできなかった。

「そんなの、無理だよ」

「無理じゃない、お前ならきっと……」

「だって天理泣いてるもん。お願い天理もう自分に嘘ついて一人で泣かないで?天理が辛そうにしてるのはヤだよ……」

「え……」

その瞬間驚愕に開く天理の瞳から涙がこぼれ落ちた。俺はその涙をそっと拭う。大切な人なのにこんなにも苦しめ泣かせたのは自分だ。その責は全て負おう。

「違っ……これは……っ……くっ……」

必死で止めようとし、それでも次々と溢れる涙を慌てて隠そうと覆う手をそっと退かして見つめた。

「今までずっとごめんね、俺やっぱり子供だったよね。天理に好きになって欲しいばっかり考えてアピールして、天理も同じ気持ちになってくれたの気づいた時は一人で舞い上がって。俺の我儘で天理をこんなに苦しませるなんて考えもしないでさ。ねえ、天理、俺天理を支えられる大人になるよ。土護兄にだってちゃんと言って認めて貰う。一人で天理を辛い思いにさせない。でも……もし土護兄に反対されても、どうか……どうか、俺を選んで?俺、やっぱり天理じゃなきゃ、ヤだよぉ……」

心から誓うように願い請う。だが結局最後まで俺の我が儘で、天理に辛い選択をさせてしまう事実に泣きを入れてしまう自分を情けなく思いながら、それでも俺を選んでと切望する。天理と土護兄の友情以上であろう結びつきも思えば分の悪い勝負だ。涙を溢しながら俺の言葉を静かに聞いてくれていた天理の言葉を待つ。それは僅かな時間だったかもしれないけれど俺には千の年月にも値した。
やっぱりだめなのかな……と絶望的な気分が俺の心を覆い始めた瞬間、俺は力強く抱き締められていた。

「俺だって……ぅ……ぁぁ……」

ボロボロと涙を流しながら言葉を詰まらせる天理に感極まり俺はその身体をきつく抱き締めるともう一度その想いを伝えた。

「大好きだよ。天理」

「俺も、好きだ……」

天理は溜め込んでいたものを吐き出すかのように時折嗚咽を漏らしながら泣き崩れた。
天理は俺を取ってくれた。俺は嬉しくて愛しくて抱き締めながらいつも天理がしてくれていた様に優しく背中をさすった。

落ち着いた頃を見計らって顔を覗き込むと、恥ずかしそうに目を反らす天理を愛おしく思いながらその頬にキスをする。
そして真剣に見つめると改めて交際を申し込んだ。
俺を好きになってくらた天理から傾けられた想いで、もっと好きになった事、そんな天理を護り幸せにしたい。その想い全てを詰め込んで。

天理はやはりどこか気恥しそうな色を滲ませながらも今度は俺の告白を真っ直ぐに受け止めてくれている様だった。目を瞑り一つ深呼吸すると開いたその瞳は俺を愛おしそうに見詰める。そして誓う様に片手を胸に添えながら優しく微笑んだ。

「こんな俺だが……俺もお前を幸せにしたい。お前の隣に俺をいさせてくれ。よろしく頼む」

ほんの一瞬迷うように目を伏せ自信無げに苦笑していたけれど、すぐに顔を上げて俺を真っ直ぐに見つめる。その決意に満ちた笑みは今まで俺に向けてくれていたどの優しい笑みよりも深く混じり気のない純粋な愛に満ちていた。誓いの様な言葉は俺の心を全てさらう深くて優しい声だった。

「!!天理ー!」

「うわっ!とっ……ん……」

ついに想いが通じた!恋人として隣に立つ事を許してくれた!俺は歓喜に震え、思いのままに勢いよく抱き締めると、勢い余って壁まで追いやり口づけていた。天理は最初は勢いに驚いていた様子だったが今度は抵抗する事なく受け入れてくれた。そればかりか勢いばかりな俺の口づけを導く様に薄く唇を開くと舌を入れさせてくれる。
俺ははじめて受け入れられた深い口づけに俺は夢中になった。舌を絡ませる度に天理は甘い吐息を漏らし震えているのを感じとる。その声と舌の感触の気持ち良さに歓喜に震えながら好きだ好きだと口づけていれば、抱き締め返してくれる天理の腕にも力が籠りまるで一つにとけあったかのような錯覚に陥った。

天理も求めてくれているのが嬉しくて、もっともっと感じ合いたくて何度も何度もキスをする。俺は部屋の扉が開いて光が俺達を照らしている事も気づかず、もっと先を求める様にその白い首筋へ唇をずらし全てを味わう様に匂いを吸い込むと、天理の腰へと手を伸ばしていた。

「まっ、待て!どこまでスル気だ!ほ、ほらっ扉開いたぞ!」

先ほどまで甘く口づけを交わしてくれていた天理は我に返ったのか俺を押し退けると羞恥に顔を紅く染めながら部屋の奥のプレートを指差す。そこには二人の愛が認められたらしき事が記されているらしく改めて天理との想いが通じた事を再確認すると俺はまた感極まり天理を抱き締めていた。

それから興奮のあまり場所もわきまえずコトに至ろうとした俺は当然天理の猛反発を受ける。なし崩し的に天理は夜受け入れてくれる約束までしてくれて俺はもう天にも昇る気持ちだった。
羞恥に震えこの場から逃げ出す様な天理に手を引かれ、俺達はそのォウベイ遺跡の謎の部屋を後にした。

俺はセレリスまでの道すがら、どうしても浮かれそうになる自分を自制するのに苦労した。だって一生叶わないかもしれないと思っていた想いが通じた。好意を全開で示せる関係になったのだから!何より天理がもう隠す必要が無くなった好意を持て余しているのか、毅然と振る舞おうとしては内心の羞恥と葛藤しているらしく時折言葉や態度が詰まり気味になる姿を見てニヤけてしまうのは仕方がない事だった。

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