極夜の街(後)
ご都合多め展開です。
1P:R18 夕日を抱き締める
2P:新生への街
3P:夕日
4P:空を渡る
5P:空と太陽のやり直し
俺は侯輝と俺達のマンションに帰宅すると大仕事を無事に終わらせる事ができた反動か風呂で汗を流しベッドに上がると、背中から侯輝に抱き締められながら俺は一気に気が抜けて寄りかさっていた。正直ここまで上々な結果にできると思っていなかったのだ。
「はぁーーっなんとかなったなあ……」
「お疲れ天理」
「お前もな、フォローありがとな侯輝」
心からそう思い礼を言う。侯輝がいなかったらどこかで綻びができていただろうからだ。絶妙なタイミングで俺やキボリの緊張を解き、交渉にほどよく口を挟んでくれた。
「えへへ、どういたしまして。天理先生の熱弁が炸裂してたね♪」
「っ……、茶化すな。お前あん時も笑ってたろ」
何様でもあるまいに説教じみた熱弁をしてしまっていた事を思いだし羞恥を覚えていると、それをからかうようにくすくすと後ろから俺を抱き締めている侯輝が首筋や耳の裏など弱い所を舌でなぞってきた。
「……ふ、……こら、くすぐったい、って、……ん」
くすぐったさと、後ろから這わされた手から時折与えられる刺激で体が反応してしまう。その事に更に羞恥心を覚え、思わず身動ぎした。
「からかってた訳じゃないよ?天理らしいなって思って楽しかったからついね」
「柄にも無い、だろ」
耳を甘噛みしながらもどこか真剣な声色で囁かれ、身体にかすかな痺れが走りながらもそう反論する。
「天理は普段冷静に見えて熱いところがあるよ。誰にでも真剣に向き合ってその優しい熱に触れた人の心を動かしちゃう。俺が天理の好きなところだけど……、ちょっと妬けちゃうな……」
「んっ!は……、別に熱くなってるつもりは……ぁ、ない……んだが……」
一瞬耳たぶをくっと噛まれ身体がびくっと跳ねた。言葉は真剣ながら熱の籠った声音で耳元で囁かれる度に背筋がぞくぞくする感覚に襲われ、踏ん張ろうとするもどうにも力が抜けてしまい、俺はどんどん侯輝に身体を預けていった。
「逆に俺はどこか冷めてるからね。天理の事は閉じ込めて、その熱い想いを俺だけに向けて欲しいってずっと思ってるよ」
そう言うと侯輝は俺の顎を優しく掴み、後ろを向かせると口付けしてきた。もう何度も交わしてきたその口付けはいつだって熱烈で、頭がくらくらしてくる程だ。
「……んむ……っ、は、ぁ……お前のどこが、冷めてる、だよ……ぅ」
確かに侯輝が俺に向ける感情の強さは肌身に感じていたがそれでも皆にも優しく正義感もある男だと知っている。キスの合間に何とか反論すると、再び口を塞がれてしまった。舌を入れられ口内を舐め回される。唾液を流し込まれ嚥下させられ、歯列も口蓋も余す所なく舌で愛撫され続けた。その行為全てが俺のものだと主張するかの様でその熱に俺は震えが止まらず、やっと唇が離れた頃には俺はもう息が上がっていた。俺はきっと情けない顔を晒しているのだろう、その顔に愛嬌を残しながら舌をペロリし俺と見つめる侯輝の瞳は捕食者のそれだった。本当に、ソレのどこが冷めてるんだって言うんだよ。
「冷めてる、よ。天理以外にはね。俺が熱くてどうにかなりそうになるのは天理に対してだけだよ?」
そんなセリフを恥ずかしげもなく言うものだから、俺の方が恥ずかしくなる。でも俺だってどんなに何かを熱く語っていたとしても身を焦がすほど想えるやつはお前以外いない。こうやって触れられるだけで温もりと情愛を感じてしまうのだから。だからお前が望んでくれるなら俺は全て捧げたっていい。侯輝を見つめながらそう心の中で呟くと想いを感じ取って貰えたのか抱きしめられる力が強まったので、身を捩ると俺も抱きしめ返した。俺だってもっと伝えたい。お前の様にうまくは伝えられないかもしれないけれど。
「俺だってお前だけだ、もっと触れて欲しい、愛して欲しいと思えるのは……」
今度は俺から口付けをした。俺の言葉と行為に嬉しそうに微笑んで応えてくれる侯輝が愛おしくて、何度も何度も唇を重ね合わせた。そうしてお互いの存在を確かめ合うかのように抱き合っていると、そのままベッドに押し倒されたかと思えば、首筋や鎖骨にもキスを降らされる。擽ったくて反射的に身を捩ると逃さないとばかりに更に強く吸い付かれた。
「んっ……は、あ……」
時折歯を立てられ痛みが走るものの、それすらも快感として拾ってしまうのだからどうしようもない。だがそれと同時に物足りなさを感じてしまっていて、気づけば自分から服を脱ぎ始めていた。一糸纏わぬ姿になると恥ずかしくて堪らないはずなのに、今はそれよりも早く触れ合いたくて仕方がなかったのだ。性急過ぎて引かれなかっただろうかと侯輝を見れば照れたような嬉しそうな笑みを浮かべ自らもいそいそと脱ぎ始めた。鍛え上げられた肉体が露わになっていく様子に見惚れていると、気づいた時にはお互い裸になっていて、再び抱き寄せられていた。素肌同士が触れ合う感覚に心地良さを感じる。下肢に触れる互いの雄はろくに触れてもいなかったのに既に熱く猛りをみせており恥ずかしくもあったが侯輝が俺を求めていてくれる事も分かって嬉しかった。
胸の突起に触れられる。背筋からピリピリと刺激が下肢に走り雄がヒクリと反応してしまって恥ずかしい。指先で転がされたり摘まれたりしているうちにそこは段々と硬く尖ってきてしまい、堪えていても口から漏れる声は甘いものへと変わっていった。
「ふ、ぁ……んん……」
「可愛いよ天理……いつもみたいに声聞かせて?」
「んっ!」
耳元で囁かれながらもう片方の乳首を少しだけ強くキュッと嬲られて腰が跳ねた。思わず口を手で覆うとその手を取られて指を絡められてしまう。何度交わっても恥ずかしいものは恥ずかしい。困った様に視線をやっても楽しそうに微笑まれるだけだった。舌で転がす様にねぶられ、時折歯を立てられると身体が震えてしまうほど感じてしまう。繋がる前の愛撫は溶けきっている時より理性との鬩ぎ合いになって羞恥心を覚えやすい。理性がどんどん溶かされて普段恥ずかしくて隠している素直な侯輝への愛慕が痴態や喘ぎ声と共に溶け出して侯輝へと注がれていく気がするのだ。でもその度に侯輝が嬉しそうに興奮の色を深めていくからそれがたまらなく幸せで、もっと欲しくなってしまう。恥ずかしさはあれども、きっとそれはこの先も変わらないのだろうと思う。
「んっ……あ、も、そこばっかするな……」
「ごめんね天理が可愛くて。ぁっ……」
俺の痴態をたのしむかの様に焦れったく上肢ばかり弄り、気づけば俺の白い肌はとても人には見せられない程に紅い花びらで満開になっていた。堪えられずに手を伸ばし侯輝の雄を緩く握り込むと、そこはもうはち切れんばかりに膨らんでいて、苦しげに先走りを零している。それを塗りつけるように上下に扱くと、侯輝が息を詰める気配がした。俺の乳首に夢中だった視線が此方に向けられる。その瞳の奥には確かに情欲の色が見え隠れしていて、興奮してくれている事が嬉しくて目を細め微笑を漏らすとゴクリと飲み込む音が聞こえた。
「は、ぁ……気持ちいいよ、天理」
「良かった。な……コレ……っ早く、くれ」
俺は自ら足を開き、ひくつく秘部を見せつけるようにすると、それだけで中がきゅんとするのがわかった。流石に恥ずかしくて直視していられず顔を背けるが、それでも視線だけは逸らさないままでいると、侯輝は小さく笑ってくれた気がした。
「えへへ♡うん、俺も限界」
侯輝は俺の両脚の間に入ると既に臨戦態勢に入り血管が浮き出て脈打つ雄を腰に押し付けた。これが今から俺の中に入ってくると思うと期待で胸が高鳴る。無意識に唾を飲み込んだところで入り口に押し当てられた。先端が少し入っただけでも圧迫感を感じて息が詰まった。しかしそれも一瞬のことですぐに快楽へと変わることを俺は知っている。何よりも侯輝と一つになれる瞬間が堪らなく好きなのだ。
「挿れるね?」
「ああ、来てくれ」
腕を伸ばし顔を近づけてきた侯輝の逞しい首に絡ませる。こうすると快楽に浸る顔を隠せなくなってしまい、本当は恥ずかしくて仕方がない。だが何度も見たいと請われ絆されたのと、あまり見ている余裕は無いのだが、頬を染め瞳孔が開ききり俺に興奮してくれている侯輝の表情がよく見える事に気づいてからはすっかりこうする習慣になってしまった。俺を見つめる瞳が愛しくて堪らないとばかりに細められると、それを合図に熱く脈打つ雄がゆっくりと押し入ってきた。
「はっ、……ぁ!……ぁぁぁ……♡」
待ち望んでいた熱量に身体が歓喜するのがわかる。内壁を擦りながら奥へ奥へと進む度にゾクゾクとした快感が背筋を駆け上がっていくのを感じた。やがて最奥まで到達したのか動きが止まると、優しく口付けられた。それが心地よくて自分から舌を差し出すと絡め取られ吸い上げられる。同時にゆるゆると腰を動かされるとたまらなくて口付けている口内にくぐもった喘ぎ声が漏れ出た。徐々に激しくなる抽挿に翻弄されながらも必死に応えようとするも、あまりの激しさについていけずされるがままになってしまう。
「んっ♡んぅ、ふっ、んぁ♡んんっ、」
「はぁ、可愛い、天理、愛してるよ♡」
「あっ♡ん、おれ、おれも、あいしてる、すき、好きだ、侯輝♡侯輝♡」
「ん、嬉しい、俺も好きだよ、大好き♡ずっと一緒に居ようね、天理、天理♡天理♡」
うっとりとした表情で愛を囁くと、侯輝もまた同じ言葉を返してくれた。それが嬉しくて心が満たされていくような感覚に陥る。もっと言って欲しくて、甘えるように絡めた腕に力を込めると再び唇を塞がれた。今度は触れるだけの優しいキスだったが、それでも十分すぎる程幸せだった。
「ぅん♡ふ、ぅ、ん♡」
「天理、好き♡大好き♡天理♡天理♡」
「あ♡ふぁ♡んん♡ん♡」
ちゅっ、ちゅ、と啄むような口付けを繰り返す合間にも甘い言葉を投げかけてくる。その度に体がゾクゾクと震え言葉を返したくても喘ぎ声ばかりなってしまい、後孔はきゅうっと収縮して中のものを締め付ける。すると更に質量を増していき、圧迫感が増していった。まるで全身で愛していると訴える想いを伝わり、また返ってくるの様で嬉しくて心が満たされた。
それから注挿は深く激しく、互いに強く抱き締め合いながら果て、そしてどちらからともなく再開しては繰り返し身体も心も一つに溶け合う程に混じり合った。ずっとこうしていられたら良いと思える程に。
「ぁ……ぁ……ぁ……♡」
「はぁ……はぁ……はぁ……♡」
そして幾度目か果て俺の体力がそろそろ限界だろうか、脚や腰、腕にも段々力が入らなくなってきていた。くったりとしながらももう一度くらいなら頑張れるか……と思い始めていると、いつもなら構わず再開し始める侯輝が動きを緩めた。気のせいだろうか、変わらず愛おしそうに見つめてくれる瞳の中に微かに不安の色を見て気づけば俺はその頬に手を伸ばしていた。
「どう……した?侯輝……」
「えっ、あ、何でもないよ?……もう一回、いいかな?」
「ん……いいぞ」
慌てて取り繕うように笑う姿に違和感を覚えたが、いつも通りにもう一度とねだる侯輝を迎える様に腕を伸ばした。すると安心したのか、嬉しそうに笑って再び覆い被さってきたので抱き留めた。そのままキスをして舌を絡ませながら再び快楽の海へと沈んでいった。
結局一度どころか二度か三度か。流石に俺の意識が落ちかけてぼやける視界でやはり侯輝がどこか不安そうに見つめている気がした。俺はどうしてもその理由が分からなくて、でもなんとかしたくて、寝落ち寸前の頭で何とか伝えようと最後の力で抱き寄せると口を開いた。
「あいしてる、こうき……ずっと……いっしょ……だ……」
「うんっ一緒にいて……愛してる、天理……」
最後に見えた侯輝は泣きそうな顔をしていた。強く抱き締められる感触を感じながら俺は眠りについた。どうか侯輝の不安が消えてくれればいいと思いながら。
「ねぇ天理……天理は元の世界に戻りたい……?」
翌朝昨晩の侯輝がどうしても心配だったので深刻にならない程度に昨晩の事を聞いてみれば「幸せ過ぎて逆に不安になっちゃったかな」と返ってきたので「そうか……俺も幸せだぞ」とまだセットしていない金糸の髪をくしゃくしゃと撫でながら言えば幸せそうに笑ってくれた。その少年の様な笑みに胸が熱くなった。
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さて、キボリはエクリプス社社長アンガスに協力は約束されたが、今までエクリプス社の内部にほとんど干渉していなかったアンガス一人では内部で政治的に動くのは辛かろうと改革に理解を示してくれたサジェが非常勤から取締役に復帰し、アンガスをサポートする事になった。アンガスが内部不干渉だった為に好き放題やっていた現執行役員からは社長の変容ぶりに驚かれはしたが、サジェの後押しにより存外スムーズに改革は受け入れられたようだ。サジェは元々会社内ではかなり信用があったらしく、実は社内にも今までの体制に不満を持っていた者も多かった為話が進みやすかったらしい。サジェは社内の改革の中心人物として様々な企画や法案などを提出する事になるそうだ。
また前回の会談からキボリはアンガスと度々市長選や市政に関する打ち合わせを開いていた。俺や侯輝はバーテンであり夜の仕事であった為、最初こそご意見番としてついていっていたが、段々キボリ達だけで大丈夫だろうと回数を減らしていった。時折ついて行った時は俺達を置いてきぼりにしてこの街の未来を仲良く語り合っているのを見ていると何だか寂しい気持ちになったものだ。なんとなくそんな気はしていたが、どうやらアンガスとキボリは嗜好が似ているようで話が合うらしい。今度こそ二人の思い描く街に生まれ変わらせられるといいと思う。
それから数ヶ月が過ぎると、エクリプス社はサジェのサポートを受けたアンガスの働きによって好き勝手やっていた役員達は一掃ないし配置替えされ、健全な企業へと変貌を遂げていた。なんでもトキコが裏でかなり動いていたらしい。これまでも水面下で動いていたが社長アンガスの協力を得られるようになった事で権限を得られ、一網打尽にできたのだとか。何をどう一網打尽にしたのかはトキコ曰くヒミツ♡だそうだ。侯輝は聞き出して少し内容を知っている様で「天理は大丈夫!何かあっても俺が守るからね!」と言っていた。知らない方がいい事もあるのだろう。俺はトキコを信じて聞かなかった事にした。
皆の生活が少しずつ安定してきた所で俺があと足りないと感じたのは教育だった。ストリートでまともに教育を受ける事ができていなかった子供の中には字を読む事すら出来ない子もいるし、簡単な計算もできない子もいて、そんな子供達も面倒を見ているアカツキの心配の種だったのだ。トキコに相談するとなんと即席の学舎を提供された。で、誰が教える?と尋ねたら指を指された。俺は大学の講師であって幼・中年向きの教育者じゃないんだと反発したものの、大学というものが存在していなかったこの世界では通じず給料まで約束されてしまいやむ無く引き受け、俺は半分だけ教師という職業に復帰する事になった。やんちゃな子供を相手にするのは大変だ。だが、やりがいはある。授業には、頭も良く子供向けのコミュニケーションにも長け、以前助けた事もあり人気もある侯輝がフォローに入ってくれてなんとかやっている。その光景を見てミコが教師という仕事に興味をもったらしく後進を育てるのも必要だろうと教え方を指導してみた。ミコは飲み込みが早い。ミコがアカツキから懇意にされている事は子供達も知っている様で受け入れられやすく、お姉ちゃん先生として慕われる先生となった。また将来のアカツキ団員から慕われるミコの姿を見て、現役アカツキ団員の年上にすら姉御と呼ばれる様になったとミコが困惑しながら報告して来た時には顔が緩むのを抑えるのに苦労した。因みにアカツキに告白されミコも受け入れたがまだ清い関係らしい。以前は遊び歩いていたというアカツキ、今回はマジなのかとまた噂になっているのだとか。
そのアカツキ団は自衛組織として人々に受け入れられすっかり定着していっている。最近ではアンガスとも協力しスラム街の整備に力を注いでいる様だ。
そうして満を持して市長選挙が行われた。
キボリは正式にアンガスから推薦を受け立候補、前例の無い高い投票率と、圧倒的大差でキボリの勝利に終わり、キボリ市長が誕生した。今回の選挙の結果を受け、新生自治都市エクリプスとしての道を歩み始めたのだ。
街はお祭りの様な雰囲気に包まれ、ずっと見たかった人々の笑いある光景が見れた事でキボリは感慨深い思いに浸り、涙していた。
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お祭りの様な状態が落ち着いてまたしばらく経ち忙しい日々を送る。そんな日々の中でたまには懇談会をしようという事になり、俺と侯輝とキボリはアンガスに食事に招待された。のだがキボリは区長達との会合で急遽来られなくなり「折角だから美味しいものを食べておいで。大丈夫、天理さんと侯輝さんも一緒だから」とキボリに薦められミコが代理で来ていた。アカツキからプレゼントされたのだという清楚でありながら袖や肩をレースであしらわれた紺のイブニングドレスはほんの少し大人の雰囲気を醸し出しミコに良く似合っていた。ジグラットビル最上階付近に位置するエクリプス社接待用のレストランにて少し豪華な食事を振る舞われ、今は食後のデザートを楽しんでいるところだ。ミコの服からしてアカツキガードが施されている状態だったしミコもしっかりとした女子だった為アンガスのアプローチ?は完全に空振りしていたが、それでも若い女子とお話できただけでアンガスは喜んでいた。
「そういえば聞きたかったんだけど、二人はどうしてお付き合いを始めたんだい?」
唐突にアンガスが俺達にそんな事を言い出した。俺は飲んでいた紅茶で咽せて咳き込んだ。ミコも興味ありそうな表情をしている。侯輝は俺の背中を擦りながらきょとんとした顔でアンガスを見返した。
「どうしたの?急に」
「だって、二人共全然タイプ違うから。そのプロセスには興味あってね」
篭りがちで研究一筋のアンガスが遅まきながらモテに目覚めたらしく人のプロファイリングの一環で質問してくる。ミコも興味津々とした目でこちらを見ていた。確かに、見た目も性格も真逆な俺達だ。そんな二人が付き合うなんて、今思えば俺だって不思議だ。
「聞きたい?聞きたい?それはねえ……」
侯輝が嬉々として馴れ初め話をはじめる。俺は恥ずかしくて居たたまれない気持ちで堪えていた。
「……それでね、告白したらやっと意識して貰えてね、それからの天理はもー可愛くて可愛くて。はじめての夜なんてねぇ……」
「もっ、もういいだろ!この話は!」
「えーもっと話したいよー」
未成年のミコもいるんだぞ!侯輝の口を手で押さえて黙らせる。侯輝はニコニコしながら大人しくなった。まったく油断も隙もない。
「なるほど、なるほど。興味深いね」
「天理さんは侯輝さんのどこに惹かれたのか聞きたいです!」
ミコまでまだ聞きたいのか……どうやら逃げられそうにないのでやむを得ずポツポツと話す事にした。
「侯輝は……行動力あるし……腕っ節もいいし……一緒にいて力が沸いてくるし……その、かわいいだろ?」
「えへへへへ♡」
「かわいいかあ……侯輝くんイケメンだと思うけど、ぼくはこんな大きなムキムキ見てかわいいは無いなぁ……そういうものなのかねえ」
デレデレと照れる侯輝、楽しそうに頷くミコ、首を傾げるアンガス。侯輝は可愛いと思うんだが……まあ価値観の違いは当然あるだろう。
「侯輝くんはインストラクターかあ、天理くんは元の世界じゃお仕事何してたんだい?」
「極東のT大学って所で考古学教えてました」
特に隠す事でも無いのでそのまま答えるとアンガスは納得した様に頷いた。
「なるほど考古学かあ。天理くんっぽいね。ん?極東のT大ってあの国のトップクラスじゃないかい?」
「一応そうですね……」
アンガスの言葉にミコがキラキラと羨望の眼差しで見始めたのでちょっと恥ずかしくなった。
「こうこがく……?は分からないんですが天理さん凄い先生だったんですね!」
「そうそう!しかも天理はこの若さでもう講師なんだよ!」
そして侯輝が誇らしげに胸を張る。恥ずかしいから程ほどにしてくれ。
「天理くんまだ30だっけ?確かに凄いね。O大にもたまにいるけど……ん?T大の若き考古学講師……どこかで聞いたな……」
そういえばこちらに来て30という節目を過ぎてしまっていた。ドタバタした日々ですっかり忘れていたがしっかり覚えていた侯輝にたっぷり祝って貰った日は記憶に新しい。アンガスは顎に手を当て考え込むと何かに思い当たったのかハッと顔を上げた。
「思い出したよ。O大のヒステリア教授からの移籍の誘い断ったT大の講師って君かい?T大もいいかもしれないけどO大の考古学科も有名なのに」
「え!天理、そんな話あったの!?凄い話なんじゃないの?」
その話は侯輝には隠しておきたかったので話してなかったんだった。俺の事ならなんでも知ってると自慢気だった侯輝は驚きの目で俺を見ると俺に迫った。確かに恩師でもあり懇意にして貰ってるヒステリア教授の誘いは嬉しかったのだが、誘いを受けるという事は国を離れなくてはならず、その時既に侯輝が最愛となっていた俺はその誘いを断っていた。侯輝に話せば気に病ませるかもしれないと思っていたのだ。
「いや……まあ、ほら、国内に俺の研究対象の遺跡もあったし……」
しどろもどろにチラチラと侯輝を見ながら言い訳をしていれば侯輝はみるみる期待に満ちた表情に変えて行く。羞恥で話をそらそうと頭を巡らせるも勘の良い侯輝に隠すには遅かった。
「ねえねえ、天理、それってもしかして俺の為?」
「や、だから、その……」
「あーなる程、天理くんの研究対象は侯輝くんだったという事なんだね」
「天理さん侯輝さんを心から愛してらしたんですね!」
「いや、だから!」
「言ってくれたら良かったのに!天理っ♡♡」
「うわっ」
こういう時ばかり把握できてしまっているアンガスの言葉に顔が紅くなるのを止められずバレバレになり気づけば満面の笑みの侯輝に抱きつかれていた。
「ああもうそうだよ、悪いか!」
自棄糞気味に肯定してみれば侯輝から更にぎゅうぎゅうと抱き付かれた。そして侯輝にしては少し寂しげな声で囁かれた。
「本当に、言ってくれたら俺、付いて行ったのに……」
「その、相談しなくてすまん。自己満足だったな」
「……んーん。過ぎちゃった事だしね。それに俺を想ってくれた結果なら嬉しいよ」
「そうか……ありがとな」
「どういたしまして♡」
「ふふ、仲睦まじいですね」
「そうだねぇぼくも彼女欲しいなぁ……」
侯輝にすりすりと抱き締められつつ、そんな俺達を見て微笑むミコとアンガス達に恥ずかしさを覚えながらふとおかしな事に気づいた。
「……アンガス、俺が元の世界でその話を受けたのこっちに来る直前なんですが10年以上前にこの世界に来たあなたがなぜその話を知ってるんです?」
人目を憚らずすりすりと抱き付いていた侯輝がピタリと動きを止めた。侯輝もおかしいと思ったのだろうか?そしてアンガスの口からあっけらかんと衝撃的な言葉が出てきていた。
「ああ言ってなかったっけ?ぼくね元の世界に戻る方法知ってて何度か行き来してるんだ」
「はぁ?」
「えっ!そうなんですか?!」
聞いてないぞ。元の世界に戻った事例は無いと聞かされていたし手がかりもなかったからほぼ諦めていた俺やミコはアンガスの言葉に驚愕した。
「それでさっきの話は昨年戻った時に聞いたんだよね。いやー流石に十数年でほぼ1から産業革命を起こすのは無理だよー、いくらかあっちの機械やAIソフト、資材も持ち込んだりしてるんだよねーははは。……あれ?君たち戻りたかったの?ぼくはもうこっちに居たいんだけどさ」
驚愕する俺達を他所にアンガスはお気楽に笑ってみせた。侯輝さえ側にいてくれれば良いといろいろ諦めていたのに寝耳に水な話過ぎて頭が追いつかない。確かに戻って心配しているだろう友人や家族に会い、考古学の研究もしたい。だがまさかこのタイミングで知る事になるとは思いもしなかったのだ。こちらの世界でやりたい事もできた。どうしたものかと一考し、ひとまず戻り方を聞こうとした先を制して侯輝が顔を上げると、いつもの快活さの鳴りを潜ませ泣きそうな表情で俺に告げた。
「ねえ天理、折角この街を良くし始めたんだから最後まで見届けようよ。ほらっ天理がキボリを焚き付けたんだからさ、ね?ずっとこの世界にいようよ」
その訴えはあまりにも必死だった。抱き締めていた腕はどこにも行かないでと訴えるように力が込められている。俺はその様子に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
確かにこの街やキボリを見かねたとは言え自分の為にもキボリを焚き付けた責任は取るべきだと考えはしていたし、元の世界に戻るにしてもある程度見届けようとは思っていた。だが侯輝は普段そんな人質を取った様な物言いはしないのだ。何か侯輝の中でとてつもなく不安な事でもあるのだろうか。俺が不甲斐ないからなのか侯輝は自分自身の肝心な事はあまり深く語りたがらないと感じていた。迷子の子犬の様な瞳に、俺は落ち着かせる様に侯輝の髪を優しく撫でる。すると少し落ち着いた様だったので俺はゆっくりと言葉を選んで優しく問いかけた。
「どうした?侯輝。俺はお前が望むなら、お前が居たい場所にずっと共にいたい。不安があるなら聞かせてくれ」
「ぁ……ご、ごめん天理、俺、天理の気持ちも、天理の夢だって、知ってるのに、俺……俺……っ!」
侯輝は泣きそうな声で謝罪したと思ったら俺から離れるとそのまま走って部屋を飛び出して行った。
「えっ……待てっ!侯輝!すまんっ席外す!」
「はいっ」
「何かあったら内線使ってねー!」
俺はミコとアンガスに断り、二人の声を後ろに聞きながらすぐさま侯輝を追いかけた。
ギリギリ目視できた侯輝はレストランを出ると追ってきた俺に気付き、エレベーターを諦め非常階段を降り始めた。俺は慌ててその後を追う。
「待て侯輝!ちゃんと話してくれ!」
階段を駆け下りながらも声を張り上げて叫ぶ。この世界でとりあえず生きていくのに一杯一杯できちんと話した事が無かったが、侯輝が元の世界に戻りたくないとここまで強く思っていたのは今になってはじめての知り得た事だった。侯輝は止まらず駆け降りながら叫び返す。
「天理は悪くないから!俺が全部悪いだけだから!」
「何言ってるんだ!いいから止まれっ!」
「嫌だよ!これ以上天理の側に居たら天理に嫌われちゃう!だから俺、俺……っ!!」
俺は必死に追いかけるが、体力差で追いつくどころか離されそうになっている。
「そんな訳あるか!俺はお前にとってそんなに信用できないのか?!頼りないか?!信じてくれ侯輝!!」
「っ……!」
侯輝は俺の叫びに一瞬立ち止まると泣きそうな顔でこちらを見た。そんな顔させたままでたまるかと、その隙に詰め寄るべく折返し階段をショートカットする為手摺りを掴むと一気に飛び越えた。
「わ!危な……!」
ダァン!と高い段差に大きな音を立て着地し足に強い衝撃が走る。
「痛っ!」「ぁ……大丈……」
「頼む、聞かせてくれ侯輝!」
「く……、や、やだ!」
どこか痛めた気がする。だが俺は構わず一気に侯輝との距離を詰める為痛む足に構わず追走を始めた。侯輝はそんな俺に驚きのの表情を見せ一瞬動きを止めたものの、また逃走を再開した。
「はぁっはぁっ、待て、くっそ!て、うわっ!!」
「!!!天理!!」
体力差と痛む足でまた引き離されそうになり足が縺れる。俺は直線上になるポイントで一気に下ろうと無謀にも折返しの最上段でジャンプしようとしたようとした。が、脚が縺れて体制が崩れ階下へと体が叩きつけられられるかと思った瞬間。俺は誰よりもよく知る肉体に受け止められ、二人して踊り場に転がっていた。
「いたた……大丈夫?天理……ぅ……もう、ダメ、だよ、俺の為なんかの為に、こんな危ない事しちゃ……」
「はぁっ、はぁっ……やっと、捕まえられた……情けない、お前捕まえるのにお前に助けて貰うとか。すまん、俺はお前に助けて貰ってばかりだ……」
ポロポロと涙を流す侯輝を見て、俺は受け止めてくれたその逞しい身体を離すものかと抱き締めた。
「ごめっごめんね……天理……違うよ、全部、俺のせいでっ……」
子供の様に泣き出した侯輝の頭を優しく撫でる。
「侯輝、こんな不甲斐ない俺でも愛してくれているって気持ちが本当なら、俺はお前を受け止めたい。どうかお前が謝っている理由を聞かせてくれ」
「ううっ愛してるっ本当に本当に愛してるよぉ天理ぃ……」
「ゆっくりでいいから、な?」
侯輝の頭をあやす様になでながら侯輝が泣き止むのを待つ。侯輝はしばらくするとポツポツと話し始めた。
「ごめん天理、天理がこの異世界に来ちゃったのは俺が原因なんだ……」
「え?!どうやって……?」
「順に話すね……」
侯輝はこの異世界に来るまでの経緯を話始めた。
こちらの世界に来る数ヶ月程前、侯輝は狐の様な狸の様な人語を話す灰色の動物が道端で困っていたのを助け、願い事を一つ叶えてやると言われたのだという。侯輝はダメ元でしがらみの無いここではない場所で俺と侯輝で二人で生きていきたいと願った。なぜなら侯輝は当時俺との順調な交際の裏で、父親からのプレッシャーに一人悩んでいたらしい。侯輝の家は古くから代々続く家柄で、父は検事を勤める厳格な人物であり姉は居たが侯輝は家を継ぐ者として厳しく育てられていた。子を望まれていた侯輝は俺との交際をひた隠しにしていたが、時折ウキウキとしているがいつまで経っても恋人ができたと報告が無い侯輝に父から内密で調査が入り俺の存在が露見してしまった。侯輝の父は俺との交際を止めるように言い渡してきたが侯輝は反発、俺にも手切れ金を渡して別れるように接触しようとしていた為、どうにかして逃げたいと思っていた矢先の事だったのだ。藁をも縋る想いでその灰色の動物に願い、されど叶う筈もないと思っていた数日後、俺が行方不明になっている事を知った侯輝は愕然としたのだという。まさか願いの結果なのだとは思えず侯輝は父に天理に接触していないか念のため問い質し、俺の近親者に連絡を取りつつ俺のスマホの行動履歴を調べ足跡を辿っていたら、また灰色の動物に出会ったのだという。灰色の動物曰く「お前達をここではない異世界に送ってやろうとしたが失敗して片方しか送れなかった。お前も送るから力が貯まるまでしばし待て」それを聞いた侯輝は激昂したものの、異世界に飛ばされた俺を思い心配で一刻も早く自分も異世界に行けるよう、その灰色の動物に力が貯まる様協力し、最速で異世界へ来る事ができたのだという。
「ごめんなさい……天理がこの世界に飛ばされて、夢も諦めて殺されそうな目に合ったのは全部俺のせい。俺は天理に嫌われても当然の事をしてる……俺は本当に酷いんだ……」
「でも俺を想ってくれていた事が発端だったんだろう?」
確かに結果的に酷い話だった。だがまさかそんな非科学的な事が突然起こるなんて想像できる訳無いじゃないか。慰めるように侯輝の背中を撫でるがそれでも侯輝は顔をブンブンと横に降り続ける。
「それだけじゃない!俺と会えなくて寂しかったから天理が痩せてしまったって聞いて、俺心配より喜んでたんだよ?!その後だって天理を俺に依存させたり、元の世界に戻らない様に、俺だけのモノになるように裏でコソコソやってた。アンガスが元の世界に戻れるのも知ってた!俺は天理が思ってくれてる太陽みたいなヤツなんかじゃないんだよ!」
涙ぐんだまま赤裸々に語られる内容に思わず俺も釣られて涙目になる。そうか、お前はずっとその想いを抱え込んでたんだな……厳しい親御さんの元で正しくあらねばという思いがずっとあったのかもしれない。俺はそんな侯輝にどうしようもなく愛おしさが込み上げてきて思わず強く抱き締めた。
「ふふっ……ありがとな」
「っ!?……天、理?」
驚いたのか体を強張らせるがすぐに弛緩し、戸惑いながらもおずおずといった様子で背中に手を回してきた。しばらく抱き合っていたがやがて名残惜しくも離れる。俺は侯輝の頬を伝う涙をそっと拭いながら己の内を漏らした。
「なあ侯輝、俺も大概だと思うぞ。俺の太陽にはこんなにも深い影があってその影ごと俺を愛してくれてたって話だろ?それ俺は喜んでるんだ。俺は確かに元の世界には家族も友人もやりたい事もあった。けど、俺にはそのままのお前が愛してくれる以上のものなんて無いんだ。だから罪悪感なんて持たなくていい。俺はお前が側にいてくれるのが一番大事なんだ」
「っぅ、ありがと、天理ぃ……俺……俺……」
そう言って笑いかけると再び抱きついてくるので優しく抱きしめ返す。また泣き始めてしまったので背中をぽんぽん叩いてあやしてやると少し落ち着いた。そして顔を上げると俺を潤んだ瞳で見つめてきたかと思えばおもむろに顔を近づけ、後頭部を押さえられると唇を奪われた。
「んっ!んぅ!ふっ……んぅ……」
反射的に逃れてしまいそうになる俺を逃さないと力ずくで押さえ、舌を吸い取り息もつかせない程の激しいキス。これが本当の俺なのだと言わんばかりのそのキスの意図を汲み取り、俺は俺の覚悟を示すように必死で舌を絡めて応えた。俺だってお前の事を狂おしいまでに欲しているのだと分からせたかった。
それにな侯輝、お前のこれが本性だっていうならお前とっくに本性洩らしてるからな?
そのまま床に押し倒されるとやや乱暴に服のボタンを外され、1つボタンが飛んだ。非常時でも無ければ使われないのが非常階段だ。滅多に人は来ないだろうがコトを致すにはとんでもない場所だった。見つかったら恥ずかしいところではない。だが俺は腹を括り全部受け止めるつもりでその手を止めはしなかった。するといつもは強引な侯輝の方が手を止めた。どうした?と見上げると侯輝は困った様な顔をしていた。
「……止めないの?天理……」
「俺はお前を全部受け止めるって決めたんだ。この程度なら造作もないんだよ。まあ……その、痛いのは、できれば勘弁して欲しいんだが……」
何でもこい!と構えたかったんだが少し尻窄みになってしまった。勢いで致してしまうつもりだったが段々恥ずかしくなってきた。やるならさっさとやって欲しい。と目を泳がせていたら侯輝がふるふる震えだした。
「ぷっ……あはははっ!」
「なっ!?なんだよ……」
「もう……天理には本当に敵わないなぁ……」
「俺はいつだってお前にそう思ってるよ」
「じゃあお互い様だね♡」
「だな」
そうして笑い合った後もう一度キスをした。今度は触れるだけの優しいものだったがそれでも充分幸せを感じることができた。
「えへへ♡じゃあ遠慮無く♪」
「ふはっ、おう、どんとこい」
結局ヤるのかと笑ってしまう。アブノーマルな環境で恥ずかしいが俺もそんな気分になってしまったし一回だけ……と覆い被さってくる侯輝に腕を伸ばしていたら階段上階から気配がした。
「ちょっと待ったーー!ぼくの会社でエッチ動画でしか見たこと無い事するのやめてもらえるかな?!」
「天理さん意外と大胆……」
アンガスの待ったがかかった。どうやらミコもいるらしいのはまずい。まだ上半身のボタンしか外されてなかったが、瞬時に侯輝が俺を隠すように抱き締める。俺、今オフィスセックスしようとしてたんだよな?俺は一気に正気に戻った。
「あ……うわぁっ!」
「アンガスいたんだ。あ、ミコごめんね」
「痛、っー……」
「大丈夫?!天理!そうださっき怪我してたんだ!見せて!二人ともこっちみないでー!」
「ひっどいなあ……いつまでも帰ってこないから心配して見に来たのに……」
「天理さんお怪我ですかっ?」
二人が現れびっくりした拍子に、俺は先ほど無理やりジャンプして痛めた足を思い切り床に叩きつけてしまいその痛みで俺は怪我を思い出した。
「大丈夫だ。侯輝、すまん、肩だけ貸してくれ」
「わーん腫れてるじゃん!大丈夫じゃないじゃん!はい、持ってて!もー!」
「お、おう……うぉっ」
侯輝は言いながら俺の上着のボタンを手早くとめ、落ちたボタンを俺に握らせると抱き上げ、お姫様抱っこした状態でさっさと階段を登り始めた。恥ずかしいが言って聞く侯輝でも無いので大人しくしておく。
「……お前は過保護なんだよ」
「ここ一番で無茶する天理が悪いのっ……」
「ごめんな」
「俺こそ俺のせいで怪我させてごめんね」
「二人とも医務室はこっちだよー!ちょっと聞いてるー?すぐ二人の世界入るの禁止ー!」
アンガスに案内され医務室に行くと常勤の医師がいたのだが、簡易手当ての知識を持つ侯輝が誰にも譲らぬとばかりに俺の足をアイシングしテキパキと処置しなんとか落ち着いた。一見いつも通りの侯輝だったが瞳は何か思っているのか真剣な瞳をしていた。
一旦荷物のあるレストランに戻ると侯輝は決意したようにアンガスに言った。
「アンガス、さっきの元の世界に戻る方法ってさ、簡単にいつでもできるの?」
「お、やっぱり聞くかい?ちょっと検査とか準備がいるんだけどね。事前に言ってくれればokだよ」
「侯輝……お前……」
「天理、俺、元の世界に戻ろうと思う。……いいかな?」
「ん、分かった。一緒に戻ろう。侯輝」
「お二人とも戻られるんですね……」
寂しげな顔をするミコに俺と侯輝は思わず顔を見合わせた。
「戻ると言っても今更大至急って事は無いかな。きちんと挨拶廻りとやり残しを引き継いでからかな」
「そうそう。正直俺はこっちに居たいんだけど…」
「と、既に侯輝の決断が鈍りかけてるからなる早にしたいんだがな」
「ホントに戻るよーっ!」
「ふふ、分かりました私もまだ教えて頂きたい事は沢山ありましたが……。兄さん達と見送らせてください」
「ああ」
「それなんだけどね君たち。来たい時はまた来ればいいんじゃないかな?」
やはり戻るのが不安なのだろう侯輝が決意を新たにしているとアンガスが割って入ってきた。そういえばアンガス、何度か戻ってるといってたな。散々戻り方は分からないと言われていたのに、お伽の魔法使いじゃあるまいし異世界ひょいひょい行き来するコイツは一体何なんだろうか。
「ん?興味を持ったね?じゃあぼくが編み出した異世界転位技術を説明するね!」
魔法ではなく技術ときた。アンガスは得意気に異世界転位技術の誕生とそのプロセスを説明し始めた。誕生については長いので要約すると偶然による発見と度重なる計測とで異世界転位方法を確立、頻繁に落ちる雷の力を利用し安定してゲートを開く事ができる場所をこのジグラットの地下に設けたらしい。そして肝心の異世界転位方法だが、独自のなんたらジゴワットという単位の雷を地下室に人工的に発生させるだけで大きさも開いている時間も思いのままにできるらしい。本当はかなり専門的な理工学用語で長々と説明されたが俺にはほとんど分からなかった。ミコは真剣に聞いていたが頭上にクエスチョンマークが入り乱れ、侯輝は頭良いだろうに飽きたのか半分寝ていた。
「まあ、簡単に言うとこの世界特有の雷のエネルギーで時空を歪めてトンネルを作り、そこを潜れば元の世界と往き来できるって事だね」
「理屈はわかった」
「多分分かりました……」
「俺もっとこう、普通の人ではなし得ない不思議パワーとかだと思ってたな。来る時は不思議パワーだったし」
「原理としては簡単だけど、それを現実に実現するには途方もない計算が必要だったんだよ!ぼくを褒めてくれていいよ!」
「えらいすごいー」
「まあ凄いと思うぞ」
「アンガスさん凄いです!」
「だよね!だよね!」
アンガスがドヤ顔で胸を張るのを各々適当に誉めそやす。実際今まで戻れた実績は知る範囲ではなかったのだ、この世界に骨を埋めたやつは沢山居た。確かに偉業ではある。
「じゃあ戻ってもまたこっちに来るの可能なんだね!」
「ああ!任せてくれたまえ!あと身体計測が必要だから予め受けてくれたまえよ。その結果から転位装置を調整しないとならないんだ」
アンガス曰くゲートを通ると通った者毎にゲートを維持するエネルギー消費が異なるらしい。無機物はほぼ消費せず生物とりわけ霊長類程消費が多いのだとか。計測自体は簡単にできる様だったので俺達は疑似ゲートと呼ばれる輪っかの装置をくぐり抜け計測するとドタバタ食事会はお開きとなったのだった。
明るい夜道を侯輝に支えられつつ痛めた足を庇いながらゆっくりと家に帰る。外までお姫さま抱っこされそうになったが辛うじてとめた。
「天理、ホントに色々ごめんね」
「もう気にすんな、それよりお前家を継ぐって結構な家だったんだな。親父さんが検事か。お前も……目指してたのか?」
「うん……小さい頃から厳しく言われててさ、司法試験に合格してこれからそっちに進むのかなって漠然と思ってたんだけど、このままでいいのかなって。まだ体動かしてる方が好きだったからジムのバイトしてたんだよね」
「そうか……ってお前やっぱり滅茶苦茶頭良かったんだな」
「天理程じゃないよ?」
「俺はただの考古学ヲタクだよ」
「それでも講師として認められてるでしょ凄いよ。それに俺は天理みたいに興味を持って打ち込めなかったし。正直、天理が羨ましくて仕方なかった。キラキラして見えたんだよね」
「俺が?俺にはお前の方が余程キラキラして見えたけどな」
「そう見えたのはね、きっと天理に出会えた俺を見たからだよ?」
侯輝は歩を休めて俺を覗き込むとじっと見つめながらそう言う。もう何度もそんなキザなセリフを言われていたが俺はいつまでも慣れず。頬が熱くなっていた。
「……お前ほんっとそういう……」
「えへへ、俺がこんなセリフを言えるのもね、天理が可愛いからだよ?♡」
「だぁーっ!っ!痛ってぇ……!」
「おっと、捕まって。やっぱりお姫さま抱っこしてこうか?♡」
「いらん!お前がおかしな事ばかり言うからだ!」
「可愛いなぁ♡」
「あーもう!」
こうして時折甘くからかわれつつ、軽口を叩き合いながら歩く。ゆっくりとしか動けないはずなのにその道程は短く感じられた。より侯輝との繋がりが深くなれたと思えば心がまた満たされた。支えられながらゆっくり進む。
「戻ったらお前の家族にも挨拶行くからな?親父さんにも」
「え……でもきっと天理を辛い目にあわせちゃうよ……俺は連絡なら母さんと姉だけでいいよ……」
「きっと親父さんも心配してるぞ。お前を見てるとなんとなくそう思えるんだ」
「そうかな……?」
「まあ思う所はあると思うが父子なんてそんなもんかもしれないぞ。俺もそうだし。あと、黙ってても俺の事バレてるなら挨拶しといた方がまだ安心だと思ってな。厳しい事を言われるのは覚悟の上だ。反対されてもお前を下さいって言うつもりだから味方でいてくれよ?正直怖いから」
苦笑混じりに言うと、侯輝は真剣な顔で頷くと感極まった様に抱き締めてきた。
「ありがと……天理。俺も天理のご両親にご挨拶するね!」
「……俺んちはいいって」
「なんで?俺も天理下さい!って言うよ!天理のお家も厳しいの?」
「いや、うちは割と放任なんだが……お前が男かどうかというより……その、なんか恥ずかしい」
「えー!俺も頑張るから天理も頑張ってよー、ねぇー?ねぇー?」
「分かった、分かったから……挨拶してくれ」
ゆさゆさと揺さぶられながら俺は俺で覚悟を決めようと思った。比較的なんでも受け入れてくれる親だったが一般常識を知らない親ではない。それなりに言われはするだろう。多分。その時は俺の決意を伝えるのだ。
「うん♪俺、天理のお父さんお母さんに気に入られる様に頑張るからね」
「ありがとな。でもお前はそのままのお前でいいからな。お前はお前が思ってるよりずっと魅力的で素晴らしい男だから」
「……!!ありがと天理大好きーっ!!」
「うわわっ!」
そうして俺達は寄り添って歩きながら家路についた。
その夜の侯輝は少し欲望を露わにした荒々しい姿を見せたが、しっかりと怪我した足を気遣って貰えていたのは分かったのでその想いで俺は何一つ恐れる事無く愛を享受する事ができた。
[newpage]
数日後、アンガスから連絡があった。いつもののんびりとした調子ではなく困惑した様子だった。なんでも先日の異世界転移する為の計測に不具合があったかもしれないので二人とももう一度測定させて欲しいとの事だった。俺達の測定値が異様に高過ぎるらしい。同日に試しに測ってみたミコは推定範囲内だったというのだ。俺と侯輝はアンガスの社長室兼研究室に赴いた。アンガスは計器を念入りに確認した後俺達の再計測を行った。
「で、どうだったの?」
「……ちょっと待ってね最優先で処理させてるから……でた!そんな……やっぱり高過ぎる。二人とも1000万ジゴアンガスもあるなんて……」
「……1000万ジゴ?」
また聞いた事の無い単語を出されたが、なんとなくまた造語かと思いアンガスに聞き直した。
「1000万ジゴアンガス。この1ジゴアンガスはね、ぼく一人が異世界転移をする際に必要なエネルギー量なんだ。ぼくが発見した単位だからぼくが基準になっているし、ぼくの名前が付いているよ。つまりぼくの1000万倍はエネルギーが必要って事になるんだ」
アンガスは先日一緒にいたミコを初めいくらか計測していたという他の人間や動物の計測値の一覧を見せて説明した。確かに人間同士なら大体5%程度の誤差しか無い。ミコも少し高いか?それにしても俺達二人が異常の様だ。
「そっかぁ……もしかして、俺達元の世界に戻れないの?」
「いや、難しいけど可能だよ、ちょっとこのビル停電すると思うけどね。ただゲートを開けていられるのは精々数秒だと思う。今の技術だと送ってはあげられるんだけどゲートの維持ができなくて……」
「俺達はこっちにはもう戻って来られない。一方通行なんですね?」
気まずそうに言い澱むアンガスに続いて俺が言うとアンガスは力無く頷いた。つまり、元の世界に戻れるには戻れるがこの世界には二度と来られないかもしれないと言うことだ。向こうから来れたのでまた来られるかもしれないがあちら側からの異世界移動手段は偶発的な不思議パワー的な何かだった。そうそう期待はできまい。
「ごめん、二人とも、先日は簡単に行き来できるとか言ってしまって。まさか二人ともそんな特殊だとは思わなくて……」
「いえ、気にしないでください。戻る手段を確立しておいてくれてただけでも御の字ですし」
「そうだね。そうだ、アンガスはあっちに普通に行き来できるんだよね?だったらあっちでまた会えるよね」
俺達は笑って答えた。アンガスはうんうんと頷きながら少しだけ元気を取り戻した。
「ありがとう二人とも。そうだね二度と会えない訳じゃない……分かった。じゃあ伝えに行くよ君たちが変えてくれたこの世界がどんな風に変わったか、見てもらいたいからね」
そう言ってアンガスは笑った。
こうして俺達が正式に元の世界に戻る事が決まった。アンガスは2000万ジゴアンガスの容量が通れる様、また俺達の住んでいた国にゲートを出せる様、転移装置の調整を始めた。アンガスの調整の間、俺達は親しい者達ミコ、キボリ、トキコ、アカツキ、サジェ、アカツキ団員達などにこの世界から元の世界に戻る旨をこれまでの感謝と共に伝えて廻った。涙、或いは号泣する者、感謝とこれからを応援してくれる者、それぞれが別れを惜しんでくれた。
そして帰る予定日の前日。
「今晩は宴だ!この街の英雄の旅立ちを祝してな。また会えるんなら染みっ垂れたお別れ会にはしねえからな!」
「ありがとなアカツキ、しかし英雄って大袈裟だな。実際に頑張ったのは本当に市長になるまで頑張ったキボリやお前達だろう?」
アカツキは笑いながら言った。
「何言ってるんだ、お前らがいなきゃ俺らは未だにあの暗い街にいたさ。それにお前らだって頑張ってくれたじゃねえか。俺らは皆それを知ってるぜ?」
丁度近場に居合わせたアカツキ団の団員もそれぞれ肯定の意思を示してくれた。改めて多くの人々と繋がりができていた事を感じる。
「ま、天理は真面目だからね。折角だから盛大にお祝いしてもらおうよ」
「……そうだな」
侯輝がクスクスと笑って覗き込んできた。ぶっきらぼうに答えていても俺がちょっと感動して泣きそうになっている事に気づいているのだろう。だがそのお陰で涙も引っ込んだ。全くやっぱり俺の方がこいつには敵わないと思う所だ。
夜の宴までに、俺はミコへ教員指導用資料へいくらか付け足したのと、理工学系をアンガスのケツをひっぱたいて教えて貰えと伝えた。
「天理さん、あなたを最初にお助けできたのは神のお導きだったのかもしれません。兄の事、この街の事、感謝しきれません、本当にありがとうございました」
「ミコ、俺の方こそ最初に優しいお前さんに会えたのは幸運以外無かった。どうかその優しさを忘れないでくれ」
また侯輝は隠していた己の司法ついての知識や現行統治で抱えている問題点や改善案を明確にキボリに伝えていた。そして表向き平和になりつつあるがかつてのキボリ自身がそうだった様にまだエクリプス社社長アンガスを良く思わない者もいる。もしもの時はトキコに相談する様に伝えた。侯輝の常に無い真剣な表情と物言いにキボリは目を丸くし、俺はひっそり惚れ直していた。
「キボリ、今まで協力的になれなくてごめんね」
「いいえ、僕の過ちにも拘わらず侯輝さんにも充分助けて貰いました。本当にありがとうございました。天理さんと幸せになってください」
「勿論だよ!」
侯輝の謝罪にキボリは礼を言い固い握手を交わしていた。
宴はアカツキ団によって綺麗に整備された公園に準備が成され、アカツキの音頭で盛大に開催された。アカツキ団員や学舎に通う生徒達、キボリとの活動の中で知り合った街の人々が集まってくれた。
「俺は言葉は苦手だからダンスを見てくれよ!」
アカツキは得意のダンスを見せてくれた。独創的なダンスはいつもより情熱と少しだけ寂しさをはらんでいる様に見えた。そこにいつもは大人しいミコがポニーテールを華麗に靡かせながらダンスに加わると会場は大いに盛り上がりミコの教え子達やいつの間にかできていたミコファンクラブ団員から歓声が上がる。ミコにばかり声援が上がるのでアカツキがスネ始めたのか叫び始めた。
「俺のダンスも見ろー!」
仲の良い団員や子達がアカツキをいじる様に「ミコ先生のがかっこいー」と言えば真面目なミコが「アカツキさんの方がずっと凄いんですよ?!」アカツキの味方をし、アカツキが照れると団員達からは二人の仲を冷やかす声が上がっていた。俺はミコ、侯輝はアカツキがこの世界に来て最初に助けてくれた人々だ。この二人が縁で結ばれるのであれば嬉しい。侯輝もアカツキを気にしていた様で嬉しそうだ。
転移装置の調整の為に準備には参加できずお金だけ出したというアンガスは、そんな光景を見て「ぼくも彼女欲しいなあ~」と呟きながらもお酒が入ると楽しそうに笑っていた。少し抜けている所があるが間違い無く天才ではあるし、悪いやつではないのでそれを認めてくれる恋人ができると良いと思う。
トキコとサジェは改めて礼を言ってくれ、実は事情があって俺を危険な目に遭わせてしまっていた事を謝罪してくれた。俺が危険な目に遭っていても監視していただけだった事もあったらしい。既に事情を知っていたらしい侯輝は「黙っていても良かったのに」と言うとトキコは「恩人に不義理な事はできないからね。天理、そして侯輝にも改めて、謝罪させておくれ」トキコも恩人には違いない。トキコなりに厳しい世界でこの街を守っていたのは理解できる。トキコと侯輝が裏でこっそり何か話を交わしているのは気づいてはいたが俺はトキコ達が俺に悪いように動いていた訳ではないと侯輝を通じて信じる事にし謝罪を受け入れ、また助けてくれた事に礼をした。
キボリは市長になってより凛々しく引き締まったのだが、またいつもの調子に戻り俺達の旅立ちに号泣していた。
「天理さぁ~ん!僕は!僕は!あなたがいたから!うわぁぁ」
俺に引っ付いては侯輝に引き離されていた。このやり取りも忙しくなってからは久しぶりであった。どうかキボリの描いた世界が訪れますようにと願う。
俺達が元の世界に戻ってもアンガスがこの先、この世界の光景を記録して見せに来てくれるかもしれないが、俺はこの世界での直接見られる光景を見、匂いを、感触を、この身に焼き付けておこうと思った。
「楽しいね、天理」
「ああ。はは、なんか戻りたくなくなるよな」
俺達は踊り続けるミコとアカツキを見ながら笑い合った。本当に楽しかったんだ。このまま時間が止まってしまえばいいと思う程に。この世界の人々にすっかり情がうつってしまった。そうなる程にここは良い所だった。幸運が重なっただけとしても、ここで出会った人々は優しかった。
「ってスマン俺がそれ言っちゃダメだよな。お前が戻ろうって決意してるのに」
「ううん、天理がそう思っちゃってるのも俺のせいだから……情の深い天理だからこの世界の人と仲良くなったら、そんな風に思って残ってくれるかなって思ってたし……ごめん、俺天理を辛くさせるばかりで……わ、へぇんり?」
また消沈し始めた侯輝の頬をうにーと引張ってやった。まったくコイツは先日心の内を漏らしてからはネガティブな面を素直に出すようになったな。普段の快活さもネガティブな一面も全部侯輝だと思うともう愛おしさしかないけれど。
「こら、謝るのはもう無しだって言ったろ。最後にそんな心配させる様な顔をみんなにみせてやんな」
俺達はこの宴の主賓なのだ。さっきから回りに気を配れるアカツキやミコが遠くからチラチラと侯輝に心配そうな視線を送るので大丈夫だとハンドサインで伝える。するとミコはほっとした様に頷き、アカツキも安心した表情でニヤリと笑った。
「うん……そうだね。よし、俺も踊ろ!」
「お、いいな見せてくれ。ん?なんだ?」
侯輝は俺よりもずっとそういった雰囲気を読める奴だ。すぐに切り替えると元気な笑顔で立ち上がり俺に手を伸ばした。
「何言ってるの。天理も踊ろ!」
「なっ、ちょっと待て!俺は無理だって!」
「大丈夫、大丈夫。ほら楽しも!」
「おいっ」
有無を言わさず俺を立ち上がらせると、侯輝は俺の手を取ってくるくると踊り出した。
「うわっ」
「あはは、天理可愛いーい!」
侯輝はあわあわとする俺をみて楽しそうに笑うと、そのままくるっとターンして今度は自分の腕の中に抱き込んだ。そして俺の背中を優しくぽんぽん叩きながら良く通る声で歌い始めた。
「♪〜♪」
「えっちょ、まっ」
突然始まった歌に合わせて踊る羽目になり焦る俺には構わず侯輝は上機嫌だ。
「侯輝せんせー歌上手ー」
「天理せんせーおもしろーい」
二人で踊っていると教え子達から歓声が上がり、周りからも手拍子が始まり最後には皆で輪になって歌
ったり踊ったりしていたのだった。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので気がつけばすっかり夜は更けてきていた。小さな子供達は船を漕ぎ出している。明日の出発に差し支えない様そろそろお開きとなった。侯輝が最後の言葉を述べる。
「みんな!今まで助けてくれてありがとう!また会えたらまた仲良くしてね!」
「みんな、ありがとう……っ」
「元気でなー!」
「そっちも仲良くしとけよー!」
「そこは任せといて!」
こうして歓声に包まれながら宴は幕を閉じた。
笑顔でいようと思っていたのに俺は少し泣きそうになっていたが侯輝がそっと手を握ってきたのでなんとかこらえる事ができた。
その後俺達はやっと慣れてきたマンションに戻り荷物をまとめる。と言っても来た時に身に付けていたものだけなので大した物はない。電池の切れたスマホを久々に荷物に確認した。明日に支障が無い様早めに就寝する。やっぱりこの世界が最後だと思うと寂しくて少し寝付けずにいたら侯輝が抱き締めてくれて暖かさに包まれている内に眠りにつけた。
翌朝ジグラットビルの地下に出向くともうミコ、アカツキ、キボリが最後の見送りとして集まって来てくれていた。俺達の転移には莫大な電力が必要で停電が予想される為、ビル内に人気は無く、バッテリー稼働のロボだけが静かに動いていた。
「準備完了!それじゃ行くよ!」
アンガスが緊張気味に装置を動かすとゲートから機械音が鳴り響き、光を放つとゲートの向こう側に懐かしい光景が広がっていた。ミコ達がその光景を興味深そうに覗き込んだのち、別れの挨拶を告げてくれた。
「どうかお元気で。天理さん、侯輝さん」
「またな!元気でいろよ!」
「次会う時は僕はお二人のご助力に恥じない立派な街の姿を伝えますね!」
「またね!」
「みんな元気で、またな」
そして侯輝と手を繋ぐと俺達は振り返り手を振りながらゲートを潜った。
[newpage]
「戻ってきたと思う。ここ、俺があっちに旅立った場所だから」
「そうか……帰ってきたんだな……」
「うん……」
明るい。常闇の世界に飛ばされて約一年以上、俺達は久々に明るい空を見ていた。空はようやく明けたばかりらしく辺りはまだ薄暗かった。それでも明るい空がとても懐かしく感じた。どうやら転移は成功したらしい。アンガスが言っていた様に俺達がゲートを潜るとゲートはすぐに霞の様に消えてしまった。侯輝は場所を知っている様だがここは都内のどこかだろうか?今はいつだろう。見た感じあっちに行っている間に浦島太郎になっていたという風ではなさそうだが。とりあえずスマホを充電する為コンビニにでもと思っていると何かの気配がし呼び掛けられた。
「貴様ら!私が苦労して異世界に送ってやったのに帰ってきたのか!」
声がした方を向くと人は居ない。が灰色の狸だか狐だか判別が微妙な動物がいた。声の主はどこだと探していれば侯輝が先じて返事をしていた。その灰色の動物に。
「あ、ハイネ久しぶりー」
「久しぶりではない!貴様ら相変わらず自分達が何者か分かっていないのか!?貴様らが安易に次元を渡れば世界が歪む可能性があると貴様には説明したであろうが!」
何やらこのハイネとか言う人語を解する動物は以前侯輝が言っていた俺達を転移させた不思議パワーの持ち主らしい。随分お怒りのようだし、俺達がまるで何者かである様な事を言っている。
「……侯輝、お前まだ俺に黙ってる事あるだろ」
「えっとね……俺達記憶が無いだけで凄い何からしいよ。それで異世界転移させるの大変で一回目半分失敗したんだって。でも俺も天理もそんな記憶も力もないし普通の人間だよね。あははー」
「あははじゃない。何だか知らないがあっちにもこっちにも大変な事になりそうだったんじゃないのか?」
「その通りだっ!貴様の方はまだ話は通じそうだな」
呑気な侯輝を嗜めているとハイネが俺の方を向いて近づいてきた。俺自身こんな不思議生物を見ているのに大して驚かない事に驚いている。俺は何者かで記憶が無いらしいがどことなく覚えがある気がするからだろうか。思わず撫でたくなって屈んで撫でてみる。
「すまないなハイネ。侯輝が迷惑をかけたな?」
撫でながら謝っておく事にした。するとハイネは一瞬気持ち良さそうにしていたと思ったらハッとして距離を置かれた。
「き、貴様はすぐ子供扱いする!」
もしかして照れているのだろうか?そう思うと何だか可愛く見えてきた。
「とっともかく!私はもうやらないからなっ!」
「うん、ごめんねハイネ無理させちゃったのに。俺はもう大丈夫だから。この世界で生きていくよ」
「ああそうだな、ありがとなハイネ」
俺達の言葉にハイネは俺達を交互にじっ、と見つめたのちクルリと向きを変えた。
「…………だといいがな。その調子だと記憶は戻らないのだろう。精々幸せになるんだな色ボケ夫夫」
ハイネは去り際にそう言い残すと霞の様に消えた。
結局俺達が何なのか分からないままだったが、異世界転移の顛末はこれで漸く終わった様だった。
「よ、よし行くぞ侯輝」
「お、おっけーだよ天理!」
色々あって侯輝の実家の前に来ている。時間は異世界に行っていた時間と同様に過ぎており、俺達はこちらの世界で一年以上行方不明になっていた。俺はまず親よりも面倒見がいい幼なじみに無事の連絡を取り、幼なじみは心から安堵してくれた。親にまだ連絡していない事は少し怒られた。それからその外国にいる放任主義の両親……母は思ったより涙ぐみながら安堵してくれ、父からもすぐにぶっきらぼうだが無事を安堵するメールが来て、少しでも元の世界に戻れなくてもいいと思ってしまったのを反省した。俺の勤務先の大学は一端後回しにして問題は侯輝の方である。侯輝はこちらの世界に戻る気が全く無かった。旅立つ前に侯輝は書き置きとして母と姉に『天理を追ってここでは無いどこかに旅立ちます。ごめんなさい』などという、どう見ても行方不明になった天理という男の後追い自殺をします宣言の遺書にしか思えない物を置いて行ったのだ。これで侯輝の家では行方不明扱いから死亡扱いになっている可能性があり俺は頭を抱えた。侯輝が実家に連絡すると電話に出たらしい侯輝の母親は横で聞いていた俺にも分かるくらい大号泣していた。
『こぉきぃー!生きてたー生きてたよぉーわーん!』
「母さん落ち着いて?ごめんね。心配させて。今日無事に帰って来れたんだ」
若干若い口調に最初姉が出たのかと思っていたが侯輝の対応を聞くに母親らしい。
『ううっそっかぁよかったぁ無事でぇ……ぐすっ、侯輝どこにいるの?帰ってくるよね?母さんに顔見せて?』
「実はもう近所にいるんだよね」
「え、まじか」
そういえば聞きそびれていたがここは侯輝の実家の近所らしい。急に緊張感が増して思わずそう口走ってしまう。
『あっ!今の誰かな?もしかして書き置きにあった天理くんかなっ?!侯輝、母さんに紹介してー!』
「そうだけど、母さん落ち着いてー!」
どうやら聞こえてしまったらしい俺の声をすかさず拾ってキャーキャーと騒いでいる。感情の切り替えが激しい。凄い、侯輝が押されている。流石侯輝の母。というかこの母にしてこの子ありなのだろうが……一気に緊張感が増した。
「とにかくっ母さんには顔を見せるつもりだったからっ待っててね!」
『うん、待ってる!ケイちゃんも心配してたんだからね!』
で、侯輝の実家の前に居る。侯輝の実家は歴史ある趣を深く感じさせる立派な日本家屋だった。敷地も広くて庭も広い。塀の向こうの敷地内には手入れが行き届いた松の木が見えた。異世界から帰ってきて最初にやるのが恋人の実家挨拶になるとは思わなかった。俺も緊張していたが久々の家族との対面からか珍しく侯輝も緊張していた。外門の呼び鈴を鳴らすと0.1秒でインターホンから侯輝の母の『入って入ってー!』と元気な声に更に圧倒された。
「おかえり侯輝!心配したんだから!」
「ただいま!母さん」
そして侯輝が玄関を開け入ると侯輝に面影が良く似た黒髪の母親らしき人物が寄ってきてと抱きしめた。その表情から心底心配していたことが窺えたので俺は邪魔にならないよう待っていたのだが、突然パッと侯輝を離すと俺に寄って来て何故か抱きしめられていた。
「ぇっ、あのっ」
状況が理解出来ず混乱していると、頭上から声がした。
「貴方が天理くんね!初めまして!侯輝の母の接です!侯輝がお世話になってます!」
俺はさらに混乱する。どういう状況なんだ!?と思っている間に解放されると今度はキャーきゃー言いながら頭をぐりんぐりんと撫でられた。あまりの強さに首がグワングワンする。
「はいっはじめ、まして、天理で、よろしく、お願い、しま……」
「母さん!嬉しいのは分かるけど落ち着いて!天理びっくりしてるから!」
さっきまで緊張していた所に熱烈な歓迎を受けて目を白黒させていると、侯輝に助け出された。侯輝がスキンシップ過剰な原点を見た気がした。そして一瞬落ち着いたと思った瞬間。後ろから気配がするとドアが開き低めの声が聞こえた。
「接、玄関先まで君の声が響いているよ。近所迷惑だ」
「あらやだ、ごめんなさい。ケイちゃん。おかえりなさい、凄く早かったわね!」
「ただいま。ああ、たまたまだ……」
「父さん……!ただいま……」
和やかな雰囲気のままの接を取り残し俺達二人は一気に緊張の色を取り戻した。その侯輝と同じ金髪で長身の人物は折り目正しいスーツをきっちりと身に纏い、厳しそうな表情で近寄り難い雰囲気が漂っていた。
「そうか……」
帰省の挨拶をする侯輝を碧眼でじっと見つめ俺をチラリと見て何か言おうとする前に接が割って入った。
「ケイちゃん!こちらが天理くんですって!」
「はじめまして。天理と申します。この度はお騒がせして申し訳ありませんでした」
「ああ、君が天理君か。侯輝の父ケイだ。息子が世話になっている」
口調は落ち着いているが接とは対象的に淡々としていて友好的な雰囲気は感じられない。
それはそうだろう俺は父親からすれば大事な息子を拐かした得体の知れない男でしかないのだから。
「立ち話も何だしお茶にしましょ!ケイちゃんも着替えて、ね!?」
「……あ、ああ……」
接が雰囲気を一変させる様にケイの背を押して一端奥へと連れていった。
「ふーっ」
「ごめんね天理。気分悪くさせたよね?」
接のお陰と言えるが、てっきり即追い払われると思っていた俺は応接間のソファで束の間であろう息を吐く。すると侯輝がすまなそうに謝ってきた。いつもならあの接と同等に騒がしい筈の侯輝が随分と大人しくなってしまっている。これからの対話が不安なのだろう。
「いや、俺は大丈夫だよ。元より覚悟の上だ。お前こそ大丈夫か?」
「……うんっありがと天理」
髪を撫でてやると侯輝はホッとした様に少しだけ表情を明るくした。そうして待っていると渡り廊下を二人分の足音が聞こえ茶と茶菓子を盆に盛った接と上着を脱ぎネクタイとボタンを一つ外したケイが入ってきた。
「二人ともお待たせ!有り合わせのお菓子だけど食べてね!」
「ありがとうございます」
「……それで、今までどこで何をしていたんだ?」
「もーケイちゃんたらせっかちなんだから」
着席早々ケイが俺達が行方不明だった経緯を聞いてきた。この質問には侯輝と話し合って正直に話す事にしていた。俺は信じて貰えない事を懸念していたが侯輝の母接は昔からよく不思議なものが見える人らしく信じて貰えるだろうとの侯輝の判断だった。
「信じて貰えないかもだけど……」
侯輝は包み隠さず全て話した。不思議な動物に出会い、ダメ元で俺とどこかに行きたいと願ってしまった事、中途半端に願いが叶い俺だけ異世界に飛ばされた事、書き置きだけ残して侯輝も後を追うように異世界へ旅立った事、厳しい異世界でなんとか生き長らえ漸く戻る手段を見つけて戻ってきた事。
「ぐすっ大変だったんだね。本当に帰って来てくれてありがと、侯輝。天理くん、侯輝の為に色々してくれて本当にありがとね」
「いえ、俺は助けられてばかりでした」
「そんな事無いよ、俺天理がいなかったら今ここにいないもん」
「しかし異世界か……にわかに信じがたいが……」
侯輝の話を聞きながら接は涙ぐみ、話を聞き終わると感謝の言葉をくれた。ケイも信じがたい表情をしながらも侯輝の言葉を素直に受け止めている様だった。
「あの、信じて頂けるのですか?」
「信じるわ。侯輝や天理くんを見てたら分かるもの」
「私も信じられない気持ちが強い。だが私も公私混同となろうとも立場を使い調べたのだ。そして状況から見てその話を信じる方が辻褄が合うのだ……」
ケイは侯輝が俺の後追い自殺の遺書にしか見えない書き置きを見て四方八方手を尽くして探したのだそうだ。だが侯輝が自殺した形跡より、文字通り支度をしてどこかに旅に出た形跡ばかりで生きる意志があったとし、死亡扱いにはせず行方不明扱いにしてずっと探していたらしい。また書き置きにあった名前である俺の調査も行い、やはりある日突然拐われたか事故にあったかで突然行方不明になっているのも確認していたのだそうだ。原因不明の神隠しとしてニュースにもなったらしい。検事の息子、同性カップルの失踪、色々ゴシップ紙にも親族や友人、関係者達が詮索され記事になったそうだが、ケイはそれらを可能な範囲のコネを駆使して火消しをし、大きな騒ぎとさせないよう配慮してくれていたようだ。ケイは見た目通り厳格な人物だが、それだけでなく細やかな気遣いのできる人柄のようだ。
「ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げた。するとケイは首を横に振った。
「礼を言うのはこちらの方だ。息子を連れ帰って来てくれて本当にありがとう」
そう言って頭を下げ返したのだった。ケイから受けた誠意ある対応に、俺の中で少しずつ信頼感が芽生えていくのを感じた。それが表情に出ていたのかそれを見た接とケイの表情が少し和らいだ気がした。そうしていると侯輝も少し不安感が拭えたのか口を開いた。
「父さん、ごめん、俺のせいでこんな事になって……」
「いいや、侯輝、そもそもお前が異世界……どこかに行ってしまいたいなどと思ってしまったのは、私が天理君との交際を反対したからだろう?」
「うん……」
説教を覚悟していた様子の侯輝だったが、ケイは逆に侯輝に謝罪した。どうやら俺が思っていた以上にケイは侯輝を大切に思っているようだ。共に帰って来られて良かった。
「すまなかった、お前を追い詰めてしまって。きっと生きていると思っていても、もうお前と二度と会えないかと思うと後悔してもしきれなかったのだ。許してくれ侯輝」
そう言うとケイは深々と侯輝に頭を下げた。それを見た侯輝は慌てて立ち上がりケイの肩を掴んで頭を上げさせた。
「そんなやめてよ!父さん、俺の方こそ心配かけてごめん!俺、本当は戻るつもり無かったんだ。でも天理が支えてくれたから戻ろうって思えたんだ」
「ありがとう侯輝。そうか……天理君、改めて礼を言わせてくれ。君がいなかったら私の後悔は生涯晴れる事はなかっただろう……感謝する」
今度は俺に向き直り深く頭を下げてきた。
「そして今更私達が許すも無いと思うが二人の交際を認めさせて欲しい」
「ふふふ、そうね」
ケイは顔を上げると既に俺達の指にはまる婚約指輪を見て苦笑し、次いで優しく微笑んだ。その笑みからは深い愛情を感じた。俺は思わず目頭が熱くなるのを感じたがぐっと堪えて微笑み返す事にした。
「ありがとうございます」
「ありがとっ父さん……」
「良かったな。侯輝」
「うんっ!」
隣で涙ぐむ侯輝の手をそっと握ると侯輝は涙を滲ませながら嬉しそうに笑った。共に帰ることができて良かったと心から思える笑顔だった。こうして晴れて侯輝の両親に婚約を認めて貰う事ができた俺達はいつもの明るさを取り戻した侯輝と賑やかな母と見守る様な父によって歓待されたのだった。
因みに俺の方の両親はと言えば。
『侯輝という男と結婚する。式の日は追って連絡する』
「……と、これでいいだろ」
「もー天理は自分の事適当にしすぎ!俺も天理の両親に天理ください!ってご挨拶する!」
両親に適当なメールを送ろうとしたらなんのかんので育ちが良く、きちんと挨拶したいと主張する侯輝によって阻止された。仕方ないのでビデオ通話で海外にいる両親と対面の場を設ける事になった。
「はじめまして!侯輝と申します。天理と結婚を前提にお付き合いしています。必ず幸せにします。交際を認めて頂きたいです。よろしくお願いします!」
侯輝は身形を整えきりっと引き締まった表情で惚れ惚れするような挨拶をしてくれた。
『母のネビュラよ。侯輝君、癖の強いうちの子だけどよろしくね。それにしても、ずいぶん可愛い子捕まえたじゃない天理』
お袋は興味深々と侯輝を歓迎してくれた様だった。そして親父はと言えば結果から言うとあっさりと認めてくれたのだが。
『好きにしなさい。私がとやかく言う事じゃない』
相変わらず特に親父は放任過ぎる。信頼されていると理解していても子供の頃は逆に寂しい思いをしたものだ。と思っていれば親父は侯輝に対しこう続けた。
『同性同士の結婚はそこの国では認められていない事は知っているな?どうするつもりでいる?』
「はい、海外で籍を取得してそこで結婚しようと思っています」
侯輝は即答した。単にこの国で同棲するだけでも良かったが俺達は謎の一年間行方不明で少し世間で有名になってしまっていた。穏やかな生活を希望している俺の想いを汲んで侯輝が提案してくれた事だった。まだ学生である侯輝は難しい海外移籍になるが侯輝のやる気は損なわれる事はなかった。そして俺の就職先はO大のヒステリア教授を頼みにする事にした。ヒステリア教授は俺の事情を聞き以前断ってしまったにも拘わらず快諾していただけた。親父は頷くと話を続けた。
『ふむ……O大のヒステリア教授を頼るのか?天理』
「!ああ、よく分かったな」
『そりゃ教授は私達とも友人だもの。驚いたわよ天理、凄いじゃないの。侯輝君は留学するのね』
「はい!あちらの法律の勉強も進めています」
『そうか……私が出るまでもなかったか……』
親父は俺達の計画を聞くと頷いた後ボソボソと何か呟いていた。俺が首を傾げているとお袋は親父を見てクスクスと笑う。
『[[rb:理史 > さとし]]はね、天理が男の子と結婚したいって聞いてから、世界中の法律と民法を調べていたのよ。折角だから資料メールしてあげるわね』
「え?」
『なっ!?ネビュラっ!』
「わぁそうなんですか!ありがとうございます!」
親父が俺のために?お袋のネタバラシに慌てた様子の親父を見て侯輝が嬉しそうに礼を言うと親父は照れた様子で顔を逸らしてしまった。親父は咳払いをした後向き直ると真剣な眼差しで告げた。
『侯輝君、これは法律学より民俗学や人類学に類する事になるが……その地域において法律で権利が与えられて守られている事と実際に肌に触れる問題は必ずしも一致するものではない。酷い差別や迫害があったから法ができた所もあるし、そこの様にさほど酷くない故に法が存在しない所もある。君は人々から直接感じ取れる事を感じ取り、天理を守ってやって欲しい』
「理史さん……はい!」
そういうと息子をよろしく頼む、と親父は侯輝に頭を下げた。放置気味だと思っていた親父が俺を真剣に思っていてくれていた事が嬉しくてでも恥ずかしくて気持ちを表せずにいるとお袋がまた笑っていた。
『ふふっ、侯輝君そういうの得意そうだし大丈夫そうだけどね』
「はいっ!得意です。任せてください!」
『元気ね、ごめんなさいね、理史が説教くさくなっちゃって』
お袋が苦笑しながらそう言うと侯輝は柔らかな笑みを浮かべた。
「大丈夫です。理史さんきっと天理にそっくりだから。すぐ説教くさくなるけど、いつだって根っこにあるのは優しさだって、俺はもう知ってるから」
「『ぐっ……』」
嬉しそうにそう言う侯輝に、恥ずかしくなった俺と親父が揃って言葉に詰まる中、お袋だけが一瞬目を丸くして驚いた後なんだかとても嬉しそうに爆笑していた。居たたまれない。
「ほら、こんな風に照れ屋な所とかそっくり」
「も、黙れ侯輝……」
『Потрясающе!あはははは!よく分かってるわね侯輝君!天理の事任せるわね!』
「はい!俺頑張ります!」
俺は恥ずかしさのあまり口許を覆い目線を明後日へとさ迷わせる。チラリと二人を見ると揃って楽しそうにニコニコとしていた。
親父、恥ずかしそうに明後日を見てないでお袋を止めろ、ちょっと嬉しそうにしてんな!俺の方が恥ずかしい!
こうして俺と侯輝は晴れて両家公認となった。
異世界から戻ってきて一年が過ぎ、O大のあるUK国に拠点を移した俺と侯輝は新緑の季節を迎えていた。母国であれば綺麗な桜が咲いていただろうか。国外人や同性婚に理解のある教会をヒステリア教授に紹介して貰い俺達は今、小さな教会の控え室にいる。今日は俺達二人の結婚式だ。
「天理ー♡世界一素敵だよ♡天理ーっ♡」
「お……侯……やめ……離れ……」
「侯輝、天理君から離れなさい。式の前から衣装に皺ができてしまうだろう」
「そうです、天理さん困ってますよ?」
新郎として着飾った俺は、控え室で同じく新郎として着飾った侯輝の前に現れた途端、ああ侯輝はやっぱりカッコいいな、なんて表現したらいいんだろうと思う間に親族の前で侯輝に抱きしめられ擦り寄られ、羞恥で固まっていた。ケイと侯輝の姉神我見が咎めてくれたが聞く様子はない。
「えーだってこんなに綺麗でカッコ良くて可愛い天使なのにハグしないなんてできないよ?!」
「そうね!天理くんも侯輝もカッコよくて可愛いもの、仕方ないわよね!侯輝」
「接、君も侯輝の味方なのかい?」
「あら、当たり前じゃない。でも安心して、ケイちゃんが一番カッコいいからね!♡」
「ありがとう接。でもそういう事じゃないんだ……」
「もうお父さん達まで仲睦まじくしてないで侯輝さんを引き離してくださいっそろそろお式が始まる時間ですよ」
「やーんずっとこうしてたいよー神我見姉ー」
そして相変わらず俺の両親は楽しそうにやや遠巻きに固まる俺を放置していた。
「ふふ、二人とも本当に仲が良いわね」
「……見ているこっちが恥ずかしい」
「でも天理、幸せそうじゃない?」
「そうだな……本当に、良かった」
挙式の時間になると家族達は控え室を出て会場の席へと移動していった。控え室には俺と侯輝だけが残る。俺はお姫様抱っこしたいと駄々を捏ねる侯輝を宥めた。
「まったく……」
「けちー、ま、いっか。それじゃ行こう?」
繋ぐために差し出された手を素直に取ると、侯輝は幸せそうに笑った。その笑顔に俺は心がいっぱいになる。俺はその手を少し引く。
「ん?」
少しだけ驚いた様子の侯輝に顔を寄せると軽く触れるだけのキスをした。侯輝は一瞬固まった後、顔を真っ赤に染め上げた。
「その、誓いのキスの予行練習、を、だな……おわっ」
やってしまってから恥ずかしくなってしどろもどろになっていると満面の笑みで抱きつかれ、今度は向こうからキスをされた。
そうして俺達は手を繋いで歩き出す。教会へ続く道をゆっくり、ゆっくり進む。ふと横を見ると、俺と揃いの白いタキシードを着た俺の伴侶となる美丈夫が、普段は愛嬌溢れる顔を今は緊張した面持ちにして歩いていた。俺もつられて緊張してくる。この道を抜ければ、俺達は夫夫になるのだ。そう思うとなんだかドキドキしてきた。
やがて教会の前に到着する。そこで一旦立ち止まる。深呼吸して気持ちを落ち着かせ一度アイコンタクトで視線を交わし合い、また歩き出した。家族達が座る間の道を通り祭壇の前に立つ。神父の前に来ると神父が厳かに語り出す。
「汝らは健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しいときも、これを愛し敬い慰め遣え共に助け合い、死が二人を分かつまで愛することを誓いますか?」
俺達は顔を見合わせて微笑むと、声を揃えて言った。
「「はい、誓います」」
二人揃って答えると、神父は小さく頷いて俺達の方を向くと続きを促した。
「では指輪の交換を」
俺が左手を差し出すと、侯輝がそこに結婚指輪をはめてくれた。異世界で手に入れた記念の品だ。俺も侯輝に結婚指輪をはめると侯輝は嬉しそうに笑った。
「それでは、誓いの口付けを……」
その言葉に侯輝は俺の顎に手を添えると優しくキスをした。柔らかい感触が唇に触れる。目を開けると間近にある侯輝の顔があった。至近距離で見つめ合う形になり、その幸せそうな微笑みに俺も微笑み返した。
「天理、愛してるよ」
「愛してる、侯輝」
照れ臭くなりながらも素直に言葉が出て返事をすると、侯輝は嬉しそうに笑った。その笑顔を見てるとこっちまで嬉しくなってくる。そうして笑い合っていると、周囲から拍手が起こった。振り返ると皆が笑顔で俺達を見ている。俺達の家族、親友、恩師そして異世界から駆けつけてくれたキボリ、揃いの指輪を着けたミコとアカツキ、撮影装置を構えたアンガス。俺は照れくさくてろくに返せなかったけど、侯輝は皆に手を振って応えていた。
「おめでとう!天理さん!」
「幸せになれよ!侯輝」
「おめでとー!」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
「みんな、ありがとう!」
侯輝は大きな声でそう言うと、俺を抱き上げてその場でくるくると回り始めた。俺は慌てて侯輝にしがみつく。
「うわ、待、侯輝!」
「俺達幸せになるね!」
そう言って侯輝は俺を抱えたまま走り出し、参列者の間をすり抜けて行く。その光景がキラキラと輝いて見えた気がした。それはきっと気のせいなんかじゃなく、実際に輝いていたんだろうと思う。だって今俺の視界に映る世界はこんなにも輝いているのだから。
って本当に輝いたと思ったら辺りの風景が白一色になって消えると、俺達はデート中でブライダルフェア会場の結婚式シミュレーター内に居てシミュレーション中だった事を思い出した。前面にはホログラムで「ご利用ありがとうございました。是非本番の結婚式の為にお役立てください。お式の演出は是非当社を……」とか書かれていた。
「っていう結婚式だったら良かったよね21世紀の俺達」
「分かるけど……分かるけどな……。前段が長すぎる!!異世界に行くくだりカットで良かっただろ!」
「えー色々できそうだったから俺一生懸命世界設定考えたんだよ?ただ結婚式するより、そこに至るまでのプロセスが大事だよ!えっちだって挿入だけよりたっぷりイチャイチャしてからの方が天理だって好きでしょ?それと一緒だよ!」
「ぐっ……、そっそれと一緒にすんな!」
確かに俺はじっくり愛撫されてから挿れられる方が好きだ。まあ、そういう風に開発した張本人が目の前にいる訳だが。
「ふふふー前戯好きなのは認めるんだね♡今晩もたっぷりサービスしちゃうね♡」
「うるさい!もう降ろせ!」
「わぁ暴れないで危ないよ」
恥ずかしさを誤魔化し腕の中から逃れるように踠いてみたが、その言葉とは裏腹に俺を平気でお姫様抱っこしたままシミュレーター内と同じ様にくるくる回るので慌てて掴まった。このムキムキめ。
「えへへ早く結婚式しようね♪」
「……そうだな。ほら、帰るぞ」
こうして文字通り振り回されるのも割と好きなのだから俺も大概だ。そう思いながら見上げ、ぽんぽんと俺を抱える腕を叩いて降ろしてくれと伝えると、侯輝ははにかんで笑い今度は素直に地に降ろしてくれた。
だが手を繋ぐのは譲らぬとしっかりと恋人繋ぎをされながら夕暮れのマーケットを歩く。
「シミュレーション楽しかったね♪」
「でもあれ波乱万丈すぎるだろ。生死かけるのは現実だけで充分だ」
「そうだけどね、でも俺は天理と色んな事したいし、天理さえいれば何だって楽しいよ♪……んー天理はもっと甘々イチャイチャオンリーの方が良かった?」
「ば、馬鹿!別に嫌とは言ってないだろ。甘々は……現実で沢山貰ってるしだな……」
「えへ♡それじゃご期待に答えなくちゃね♡」
そう言ってぎゅっと腕に抱きついてくる。往来で恥ずかしかったが、嬉しそうな顔を見てるとまあいいかと思ってしまうのだった。