極夜の街(中)

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ご都合多め。

1P:殺人鬼顛末
2P:軽くR18
3P:ようやく一休み
4P:R18 同棲生活開始。
5P:決戦前
6P:決戦 異界への門


キボリの処遇について、アカツキ団団員から当然反発は起きたがそこは流石カリスマ団長と言うべきなのかアカツキがうまく説得してくれた。アカツキのこれまでの想いと想い描く明るい街の未来像、その為に必要な事、その演説に団員達は感涙ないし奮い立っていた。苦しい生活を強いられていた団員達は多かれ少なかれ傷を持つ者達だったのだ。尚キボリも感涙していた。いや、お前さんこういう事ができる様にしないとならないんだぞと横で突っ込んでいればミコがそこが兄さんですからと微笑んでいた。
無名のキボリがこの街で市長になるのは容易ではないだろう。もしなれたとして、キボリの目指す美しい自然と高度技術が調和された街作りはそれこそ一生かかっても無理かもしれない。でも、もし誰よりもこの街を想うキボリが市長になったら、きっと癒しのある街並みが帰ってくるのではないかと想うのだ。キボリの作る繊細で温かみのある木彫り細工を見ているとそう思えてならない。キボリは俺達の期待を背負って市長になる決意を固めた。焚き付けた責任を少しは感じているし、その気持ちを後押ししてくれる侯輝がいてくれる。それに報いる為にも俺も頑張らないとな。

アカツキに礼を言って別れトキコの元へキボリを無事保護した事を伝えるとトキコはほっとした表情を見せた。トキコはミコを労いキボリに二度とミコを悲しませないと約束させた。キボリは涙ぐみながら強く誓いを告げた。キボリが償いの為にこの街を人々が以前の様に心穏やかに過ごせる街並みする為、尽くす事、そして市長を目指す事にした事を伝えるとトキコは口をあんぐり開けて驚いていたが、やがて笑顔になり全面的に協力すると言ってくれていた。目標の市長はともかくトキコに社会復帰からサポートしてもらえる事はキボリにとって大きな力となってくれるだろう。
そしてキボリはシャワーを借りて浴びさっぱりするとミコと共に丘の神社へ仲良く笑顔で帰っていった。久し振りの兄妹水入らずの時間を過ごすと事になるだろう。ミコに笑顔が取り戻されてひとまず何よりだ。良かったなミコ。

大捕物を終えトキコの館に残った俺と侯輝はトキコに深く頭を下げられた。
「ありがとう。天理、侯輝、ミコの願いを叶えてくれて。おまけにキボリを生かしておいてくれるばかりか、赦しを与える機会まで考えて与えてくれた。正直、そこまでしてもらえるとは思ってなかった。心から、礼を言わせておくれ」
自分でもかなり無茶苦茶な要求をしている自覚はある。しかし、恩人たるミコを悲しませたくなかったというのもあるし、キボリの想いを汲みたいと思ってしまった結果だ。
「気にしないで下さい。……俺達が元の世界に戻れないのであれば住みやすい街にしたいですから。あれだけ強い想いを抱えてるヤツなら成し遂げられるんじゃないって思っただけです」
そういっていれば侯輝がニコニコしながらクスクス笑っていた。
「俺は天理に合わせただけなんだけどね。天理がなんだかんだでお人好しだから」
別にそんな事は無いと思うんだが……。
「そうかい……。それじゃ、お言葉に甘えて、キボリの事今後ともよろしく頼むよ。お礼といっては何なのだけど……」
トキコはそう言うと何かの紙を渡してきた。これは地図?トキワ不動産とやらに印が付いていた。トキコのサイン入りだ。
「あんた達二人の住む家、良い不動産を紹介するから使っておくれ。どの物件も設備は一通り揃ってるしセキュリティも防音も完備してるから安心して励んで大丈夫だよ」
「……!!」
「ありがとトキコ!やったね天理。やっと一緒に暮らせるね!」
ぎゅっと抱きついてきた侯輝に固まる。だからどうしてそっち方面を全面的に後押ししてくるんだ。何の為の防音で何を励むんだよ!ああ知ってるよ!
この世界に来て3ヶ月、侯輝と再会できたと思ったら殺人鬼騒ぎでまた離れ、やっと愛する侯輝と共に暮らす事ができると思えば正直凄く嬉しい。いくら今回の件の礼とは言えトキコには感謝するばかりだ。
トキコは疲れただろうから、仕事の復帰は明々後日からでいいと言ってくれた。俺の住んでたアパートからの引っ越しもしないとならない。先日二人で住む為に購入したばかりの品が置きっぱなしである事を今頃思い出した。それでも大した量ではないからすぐに済むだろう。

[newpage]
動き通しで疲れただろうとトキコが俺達にそのまま一泊するよう勧めてくれたので甘える事にした。
俺が匿われている間寝泊まりさせてもらっていた部屋はトキコの館の客人用の離れだ。寝室だけでも俺のアパートの寝室と居間を足したくらいある。正直一人で寝泊まりするには寂しすぎた。侯輝は部屋に入るとキョロキョロと辺りを見回す。
「わー広いーそれに面白そうな部屋だね。天理には嬉しかったんじゃない?」
「うん、まぁ……そうなんだが、それどころじゃなかったからな」
そう、この部屋はおそらくこの街本来の歴史ある意匠が凝らされた壁紙や調度品が並び、かつ来客用の高価な品々が並んでいると思われるのだ。異世界の独特な文化にたっぷり2週間浸かれていた訳でいつもの俺なら嬉々としていただろう。だが、よく観察してみようとは思いはするものの侯輝の事が心配でそれ以上の感情は沸かなかったのだった。その時の気持ちを思い出し苦笑していると、侯輝がぎゅっと抱きしめてくれた。
「心配させてごめんね、天理。でもこの先また何があったってきっと大丈夫。俺が護るよ。この世界の事はこれから少しずつ楽しめるようにしていこうよ」
「……そうだな、そうしよう」
殺人鬼の驚異が無くなったとは言え、この治安の悪い街ではまだ安心して過ごせるという確証は無い。そこはこれからキボリに頑張って貰う事になるだろう。だがそれでもこの異世界に来てやっと侯輝と共に暮らしができるのかと思えば心の底から嬉しかった。ぎゅっと抱き締め返すと抱き合ったまま、広くほどよい弾力のベッドにどさりと倒れこんだ。侯輝の温もりで今日はぐっすり眠れそうだ。
「楽しめる様にするには、まず、ね」
「ん……?っ!」
なんだろう?と目を開ければ侯輝は俺に覆い被さり服の裾から手を差し込むとツツツ……と俺の脇腹を撫でていた。ただでさえ脇腹が弱く久々のその感触に俺の体は大きく跳ね上がる。
「天理の体は今栄養失調なので、俺を投与しまーす♡」
「は!?何言っ、いや、待て、お前疲れてるだろ!」
今日は捕物で徹夜だったし、お前は囮として二週間満足に休めていなかったはずだろ!うっすらクマまで作って!
ピト♡
侯輝の欲情の塊を押し付けられた。ってウソだろ、なんでお前の息子元気になってんだ!
「大丈夫、俺に任せて。俺の愛ですぐに元気にさせてあげるよ♡」
「ちょっ、待っ、あっ」
服を捲し上げられ胸の突起をチュゥと吸われる。自分が理性の外でどんどん欲に傾いているのが分かる。何が元気に♡だ。それ疲れマラだろ無理しやがって。本当は嬉しい、嬉しいけど、お前の方が絶対疲れてるだろ。この馬鹿。
「ねぇ、天理ぃ……俺も天理不足で寂しくて死んじゃうよぉ……」
あああ、もう!そんなお預け食らったワンコみたいな目をするな!俺だって二週間我慢していたんだよ!でも本当に疲れているはずなのだ。覆い被さってくる侯輝の目元にうっすら見えるクマを優しくそっとなぞる。
「……一回だけ、だからな?俺も……寂しかった……」
「うん!大好き、天理♡」
嬉しさ全開でぎゅっと抱き締められる。また大型犬が盛大に尻尾を振っている様に見えた。俺も侯輝を抱き締め返すと口づけを交わす。なんのかんの体は正直なものでそれだけでゾクゾクと体の奥底が震えてしまった。
だがしかし最中に寝落ちしないといいんだが。そう思いながら久々に味わう愛おしい男の熱を受け止めるべく、俺はゆっくりと目を閉じた。

「あっ……♡侯っ……♡こう、きっ……♡」
「はぁっ……好きっ……♡好きっ……♡天理っ……♡」
流石に激しくはできなかったのかフワフワと夢心地で抱かれると熱い飛沫を体の奥で感じながら俺は夢の中へ落ちて行った。
「おや、すみ、天理……」
「ん……おやす……侯……」
俺が眠りに落ちる間際、額にキスを落とす侯輝の顔が幸せそうな笑みを浮かべていた気がした。
[newpage]
目を覚ませば眠りに落ちる前に見た、幸せそう笑みを浮かべながらむにゃむにゃと眠る侯輝の寝顔があった。やはり疲れていたのだろう、とてもよく熟睡している。
「ふふ……可愛いな」
思わず頬を撫でればふにふにとした柔らかい感触が指先に伝わる。そのまま頭を撫でて髪をすくように頭皮に触れれば金糸がさらりと指の間から零れていく。ずっと触れていたくなるような滑らかな髪だ。
「……お誘い?」
「……遊んでただけだ。すまん起こしたな」
「いーよ。ふふ、くすぐったい」
精悍な顔立ちでありながら愛嬌のある瞳が開き楽しそうに笑うと、俺の腰に腕を回してぎゅっと抱き締めてきた。
「おはよ、天理」
「おはよう」
ちゅっと唇に軽いキスが落とされる。
「もう起きるのか?」
「うん、ぐっすり寝られたし。ご飯用意してくれてるんだよね?先にお風呂かな。広いお風呂楽しみー」
「そうか……」
ムクリと起き上がる侯輝に少し寂しく感じてしまう。食事はいつもトキコの使用人が本邸に用意しておいてくれる。久し振りにゆっくりと食事を取れる侯輝には楽しみだろう。またこっちの離れの風呂も豪華な装飾がされているが侯輝には本邸にある広い風呂の方が好みだろう。つまりいずれにせよ本邸の方だ。本邸に行くとトキコは今働いている時間だろうがトキコの使用人方がいる。せっかく休みも貰ったしほんの少しだけ二人きりで睦合っていたい……などと思っていれば侯輝がにまにまと覗き込んでいた。
「……なんだよ」
「えへへ、昨晩一回しかできなかったし今から頑張っちゃう?」
「っ、何言ってんだ。腹減ってるんだろ?」
見透かされていたらしい。いかんしっかりせねば。侯輝は命がけで二週間囮生活をしていたのだ、いくら体力自慢の侯輝でも精神的にも肉体的にも疲れているはずなのだからゆっくりと癒してやりたい。俺の我儘より侯輝を優先すべきだろう。
「てーんり、じゃあちょっとだけ。抱っこしよ、天理補充させてー」
「……おう……」
ぎゅっと抱き締められると侯輝の体温が心地よい。ああ、これじゃどっちが癒されているのか分からないな。
「ふへへ」
ふにゃりと嬉しそうな笑顔を見ていると本当に無事で良かったと心から思う。この世界にまだ慣れていないのもあるだろうが、なかなか休まるタイミングがない。俺達のいた世界がどれだけ恵まれていたのかと改めて実感してしまう。だからこそ二人きりで居られる時間は大事にしたい。また束の間かもしれぬ一時を俺達は存分にイチャイチャと触れ合った。

「ほら、口開けろあーん」
「いいの!?あーん♪」
とは言え腹は空く。二人して盛大に腹を鳴らしたところで食事とする事にした。本邸に移動し、使用人さんが作っておいてくれていた料理を頂く。侯輝の食事量を見越してか俺一人の時の3倍は用意してあった。気を利かせて離れていてくれたので侯輝が喜ぶ事でもしてやろうと恥ずかしいが食べさせてやる事にした。
「おいひー♪」
「よかったな」
「天理も沢山食べないとね!はい、あーん♪」
「俺はいいって……ぅぅ、あーん」
侯輝は侯輝不在で食が細くなっていた俺に食べさせるのだと使命感に燃えているらしく、嬉々として俺に食事を運んでくる。にっこにっこしながら差し出されたスプーンを拒否する事ができず口を開ける。どうにもやってもらう方は照れ臭い。
「美味しい?」
「ん……お前も食えよ?」
「食べてるよーでもまずは天理にお肉つけさせないと!」
どうやら自分の面倒を見させたかったらまず俺に健康になれという事らしい。お前に面倒見させてばかりいる自分が歯がゆい。
「分かった分かった食うから……毎日俺と飯を食ってくれ」
侯輝にも言われたがなんだかプロポーズの様な色を孕んでしまっているなと思い、言ってしまってから恥ずかしくなって視線をさ迷わせていると、侯輝は俺の気持ちを察してくれたのか顔を赤くしながら満面の笑みを浮かべていた。
「うん!食べるよ、天理と毎日」
「っ、お、おう」
「へへ、俺も天理と一緒のご飯好き。美味しいもん」
俺はなんだか貰ってばかりだが俺も少しは侯輝を喜ばせてやれているだろうか。
「そうか、良かった」
「ふふ、うん。じゃあ今日はゆっくり休んで明日から頑張ろうね」
「そうだな」
それからしばし久しぶりにゆったりとした二人の時間を過ごした。本邸の広い風呂に侯輝は予想通り喜んでいた。昨日はシャワーだけだったので堪能できなかったが、悠々横に並んでも支障の無い洗い場と湯殿はゆったりと過ごすには十分すぎるほどの広さだ。
「はぁー、極楽だねぇ。ねえねえ時々入らさせて貰おうよ」
「従業員の福利厚生の一環でか。ふふ、まあトキコに頼んでみるか?」
クスクスと笑いながら頭を洗ってやる。
「うん。遺物っぽいのもありそうだし。そしたらお仕事頑張れるじゃない?」
「だな。痒いとことかあるか?」
「ありがと、きもちいー。えへへ、なんか新婚さんみたい」
「ば、ばか言ってんな!」
思わぬ不意打ちに顔が赤くなるのを自覚する。羞恥を隠すよう湯を一気にかけてやった。またからかわれているのかと思っていたら侯輝は「ひどいなぁ」と呟きブンブンと水気を払うと真剣な瞳で俺を見つめながら俺の手をとった。
「俺、天理と結婚したいな」
「っ!!」
「だめ?」
「い、いや、そんなことは……ないぞ」
「えへへ、良かった」
そう言って微笑む侯輝の表情はいつもと変わらないはずなのに、何故だかいつもより大人びて見えてドキリとした。結婚、結婚か。
「あ、ああ……えっと、背中も流してやろうか?」
「うん、お願い」
どこか逃げ出すようにそう言ってしまったのに侯輝はにこりと笑うとクルリと背を向けた。
侯輝の体は大きくて筋肉質で男らしい。顔立ちも男らしく整っているが、いつも表情が明るく愛嬌があるのでその体格で相手に無闇に威圧感を与える事は無いのが好きだ。その癖幼い口調かと思えば物事は冷静に鋭く見極め、人の機微も俺よりずっと読めている。本人はドライだと言うが優しい男だと思う。俺を抱いてくれている時などは恋い焦がれる少年の様な表情をしたと思えば獣のように欲望を剥き出しにする事もあり、俺の心は侯輝に掴まれっぱなしだ。こんなどこを取っても魅力的でしかない男が本当に俺と結婚していいんだろうか。侯輝が幸せになるなら俺よりもっと魅力的な誰かと。……嫌だな。
「天理?」
「っ、あ、すまん。ちょっと湯中りしたかな、はは」
一瞬ぼぅっとして手が止まっていたのに異変を感じ取ったのか俺を呼ぶ声に、微かに震えそうになっていた声をなんとか誤魔化そうとした。何想像だけで泣こうとしてるんだ俺。また心配させる気か。続きをと手を動かそうとすればクルリと向きを変えられて侯輝の抱き締められた。
「ごめんね。俺が急に変なこと言ったから不安にさせちゃったよね」
「違う、俺が勝手に考えてただけだ。お前の気持ちは本当に嬉しいんだ。ただ……俺がお前に相応しい自信がない。お前には幸せになって欲しいんだ……」
「っ、天理……俺は、俺の望みはっ天理と一緒に居られる事だよ」
侯輝は少し泣きそうな顔をしたのち懇願するかの様に抱き締めてきた。
「でも、俺でいいのか?この世界にだって俺よりずっとお前を大事にしてくれる奴がいるかもしれないじゃないか」
「俺は、天理じゃなきゃ駄目なの!天理は俺のこと誰よりも幸せにしてくれる、愛してくれる人だから。天理じゃなきゃ意味無いんだよ!」
「っ、侯輝……」
「お願い天理、俺と一緒になって?」
「っ、ああ……」
真っ直ぐに懇願する様な瞳で伝えられる言葉が嬉しくて嬉しくて、肯定の言葉と共に堪えようと思っていた涙が溢れると侯輝は優しく笑って抱きしめてくれた。
「天理ありがと。凄く凄く嬉しい。俺も天理の事、幸せにするからね」
伝う涙を侯輝が唇で拭ってくれる。俺はそれに応えようと侯輝の首に腕を巻き付けキスをした。
「ありがとう。侯輝。俺からも頼む。どうか、俺と一緒になってくれ」
「えへへ喜んで!」
侯輝は破顔すると嬉しそうにもう一度キスをしてくれた。
人んちの風呂でプロポーズとか一体何やってんだと笑い合って洗い流してやると、ほどほどに広い風呂を堪能し、逆上せない内に風呂を出て離れに戻った。

結婚式の風習自体はこの世界にもある様だが婚約や結婚の印に指輪を贈り合い身に付けるというのは俺たちのいた世界独自の様だった。
「俺、婚約指輪憧れてたなー」
この街には宝石商と呼ばれるものは無いらしい。アクセサリーの類いはキボリの様な職人が作り、職人自身や雑貨商などがてんでで売っているのだという。俺は結婚指輪自体に憧れは無かったが侯輝が望むなら揃いの装具の一つもあっていいとは思っている。
「いっそキボリに頼むか?」
ミコの家にあったキボリの作品はどれも繊細で美しく出来ていた。きっと装飾品を作るのも上手いだろう。キボリは社会復帰したてだろうし仕事があれば張り合いもあるだろう。
「えー、キボリに頼むのなんか複雑なんだよね……」
和解はしたがやはり侯輝はまだキボリの事を怒っているのだろうか。侯輝は俺が許したから追随してくれた様子だったのだ。
「まあ確かに複雑だよな」
苦笑していれば侯輝は少しだけ頬を膨らませた。
「キボリ、俺の勘だけど天理に気があるんじゃないかと思うんだよね。なんか天理に違う意味で作られないかなって。なんかヤだ」
「そんな訳ないだろ。直接まともに話したのは昨日がはじめてなのに」
キボリが俺に好意?いくら和解したとはいえ昨日まで殺人者と被害者の関係だったのだが。侯輝としては横恋慕してるかもしれない奴が作った物を俺に身に付けていて欲しくない、という事か?嫉妬してくれてるのは嬉しいんだが。うーんと首を傾げていれば侯輝は拗ねた様に唇を尖らせた。可愛いけどそう怒るな。
「もう。人を好きになるのに時間は関係ないんだからね。俺、天理にはじめて会った日にはときめいてたんだから」
「……え?知らなかった……」
出会いは俺がお試しで入ったジム。何回か侯輝に指導を受けている内にいい奴だな、人懐っこいタイプだな、指導以外でもスキンシップ多いな?とは思っていたが。最初から俺に?そんなまさか。
「やっぱりね。天理一目惚れしなそうなタイプだってすぐに気づいたから、押して押しまくってやっと俺に好意持ってくれたかなって思ってたら天理自身が自覚ないから本当に大変だったんだから!」
「ぐ……悪かったな。色々鈍くて」
「いーよ。そこも魅力だし。今は俺の事大好きなんだよね♡」
「っ……」
ニコニコと笑う侯輝にぐぅの音も出ない。確かに、侯輝に告白されて初めて自分が侯輝に抱いていた感情が恋愛的なものだったと気付いたのだ。相手が男であっても驚かない自分に驚いたものだった。かえすがえす恥ずかしい。
「ぅ、そ、そうだが?……とっいうか、俺に一目惚れする要素あったか?」
最初は取っつきにくそうとは言われたことがある。侯輝にはよく可愛いだの綺麗だのと言われ、カッコいいもたまに言ってくれてそれは嬉しいんだが、自分ではいまいちわからない。
「あるよ!綺麗なヘーゼルの瞳とか、きりっとした凛々しい眉に薄い唇とか。俺、全部好きだって思ったよ!」
「お、おう」
「線は細めだけど背は程よく高くてスタイルいいし、性格は男らしいなって思えば、褒めるとこんな風に照れて可愛いかったりね。知れば知るほどどんどん好きになって会う度に嬉しかったんだよ?それからベッドの上でもねぇ♡……」
「分かったっ!もういいからっ……」
恥ずかしくて聞いていられない。この手の話は俺にはどうにも部が悪い。何でこんな恥ずかしい話聞かされてるんだと思い返せば話を振ったのは俺だったのだから世話がない。ええと元はキボリが俺に惚れてるかもしれないとか、どうとかいう話からだったか。キボリに頼むのは侯輝が嫌がるのを押してまでする事もあるまい。婚約の印は別の手を考えよう。
「えーもっと言いたいのにー。でも分かってくれたならいいんだよ」
なぜか俺の良いところをもっと言いたいらしい事に不満そうにしつつも、なんだか偉そうに納得する侯輝に苦笑しながら俺はソファから立ち上がる。これから二人で住むアパートを見に行っておきたい。ついでに街を見て回ればいい婚約の品のアイデアも浮かぶかもしれない。
「新居を見るついでに街を回りながら考えよう。一生ものだし二人で納得するものにしような」
この世界は厳しいかもしれないが二人で共に進む未来を考えていたら少し頬が緩んだ。侯輝に行こうと手を差し伸べると、侯輝はぱぁっと表情を明るくすると俺の手を取ったと思ったらまた抱きつかれた。なんだどうした。
「うん!俺も一生天理の事大事にするからね!」
「ぁ……ぉ、おぅ……」
計らずも生涯を誓うセリフを当たり前に吐いていた事に今更ながら赤面してしまう。侯輝は俺の言葉が嬉しかったのかずっとニコニコしている。恥ずかしいが、まあ、幸せだ。

トキコに紹介して貰ったトキワ不動産に新居を探しに行く。繁華街のドンの紹介と分かると対応はとても丁寧なものだった。
「凄い、この物件お風呂や寝室からオープンに景色見えるって!」
「ぇえ……恥ずかしいって……」
「お客様、こちら窓は外からは視認できない様になっております。ご安心ください」
「だってさ、えへへ」
ニコニコ説明する不動産屋に侯輝が鼻の下を伸ばしながら相槌を打つ。えへへじゃない。絶対何か企んでるだろ。だらしない顔にして俺を覗き込んでるんじゃない。まったく。
「……そこでもいいぞ」
「いいの!?」
「気に入ったんだろ?まあ少し高いがセキュリティしっかりしてるし」
「やった!じゃあここで!」
そのマンションは高級住宅街寄りで治安としては比較的マシな方であろうか。その区域の一番奥にあった。念の為内覧もしたが二人とも気に入った為、そのまま契約となった。侯輝が気に入った見晴らしが良すぎる各居住スペースと浴室、俺達二人並んでも支障無いキッチン。
侯輝は終始上機嫌だった。俺も、こんなに幸せな気持ちになるなんて思ってもみなかった。二人で暮らすことになるこの住み処がこの世界ではじめての安住の地になるのかと思えば感慨もひとしおだ。先日買い揃えた二人の生活の品々は俺のアパートに開封もされず放置されたままだった。そのまま移動する事になるだろう。

街で生活に足りないものを買い足しつつ、ついでに婚約の印となるものを探して回る。
「何でもいいけどさ、やっぱり指輪見ちゃうんだよね」
「ん……しかし、真面目に買うとなると指輪は高いな……」
やっと見つけた露天装飾屋で二人して指輪を眺める。元の世界なら買うだけの貯蓄はあったがこの世界での貯蓄はほぼ無いに等しい。それでも普段装飾に全く興味の無い俺だったが侯輝との婚約の印と思えば心が積極的に動いた。
「それ、いいね」
並べられたその一組の指輪をジッと見ていたら隣で侯輝が声をかけてきた。それはプラチナの様な光沢のシンプルだが飾り模様が対になって付いている大小一組のリングだった。店主の男は2本の指に並べて装着するのだとか説明してくれていた。
「ん……?ああ……」
「二人で付けたら二人で一つみたいな感じで婚約指輪っぽくなるんじゃないかな!」
確かにそれは俺も思っていた所だった。運良くサイズが合えば買えなくもない額だった。考え込んでいると侯輝に左手を取られた。
「ね、試着してみようよ」
「え、あ、ちょ」
侯輝は有無を言わさず店主にさっさと許可を取ると小さい方のリングを俺の左手の薬指にすっと差し込んだ。その光景に俺がドキドキしていると、まるであつらえたかのようにぴったりとそのリングは収まった。
「やった!ぴったり!とってもよく似合ってるよ天理!俺も付けちゃお。入るかな……?」
「ぁ……ぉぅ……」
「入った!ぴったり!良かったー!ねね、どうかな?」
「似合ってるぞ……」
もう一つのリングもまたやや指が太い侯輝にもあつらえたようにぴったりと収まっていた。まるで運命の相手なのだとリングが告げているようで嬉しくなってしまう。
「えへへ嬉しい」
侯輝は照れながらも嬉しそうに微笑む。店主が「結構指輪?あんたら恋人同士か?面白い付け方をするんだな」と関心していた。
侯輝のその愛おしい笑顔に俺は決意した。
「なあ、これ、買おうか」「ねえ、これ、買おうよ」
二人同時に同じ言葉が出て思わず二人で笑ってしまった。
そうは言っても予算がなと二人してまたうんうん言っていたら店主が俺達の結婚指輪の風習について詳しく教えてくれと言うので何かを閃いたらしい侯輝が一瞬目を光らせた。侯輝は婚約指輪や結婚指輪、結婚式の儀式でのセレモニーについてその風習が魅力的に思わせる身振り手振りで、いつの間にか俺もその説明に加えられ語って聞かせた。すると店主はうんうんと深く感心を示したのち「こいつはいい飯の種になりそうだな……」とひっそりと呟くと面白い話を聞かせて貰ったからと機嫌よく値引きをしてくれなんとか買うことができた。
「ありがと!おじさん!」
「あいよ、あんたらさっきの話のいい広告塔になってくれよ!幸せにな!」
「任せて!ね、天理」
「お、おう……」
なるほど婚約指輪の風習が流行れば装飾屋は儲けられるものな。婚約指輪を二人で身に付けていればその二人は永遠に仲良く幸せでいられるらしいなんて謳い文句はいい宣伝文句になるだろう。その為にはその噂を流布する俺達が仲良く幸せでいる必要があるのだろう。俺自身の気持ちは生涯変えるつもりないが、そうなると、いいな。

[newpage]
最低限の生活用品を揃え引っ越しが無事完了し俺達二人の新居生活が始まった。先日の装飾屋に腕のいい職人としてキボリを紹介するとキボリの作る繊細なペアリングは好評らしくキボリの社会復帰としては良い出だしとする事ができたようでミコも喜んでいて何よりだ。またアカツキ達と交流を深めダンスを披露して貰うとヒップホップとバレエを融合させたような独創的な躍りに舌を巻いて楽しんだ。見よう見まねで覚えたらしい侯輝も混ざりアカツキと楽しそうに踊る様はちょっと羨ましい。贔屓目かもしれないが誰よりもかっこよく見えるなと内心嬉しく思っていると一緒に見ていたミコに「侯輝さんもとても楽しいですね」と微笑まれ侯輝ばかりを目で追っていた事が恥ずかしくなってしどろもどろしていたら、いつの間にか近づいていた侯輝にダンスに引っ張り込まれそうになり必死に抵抗するなどをした。
夜は二人でトキコの元、バーテンとして働き、仕事が終わるとこの愛の巣に二人で帰宅する。まだ本当に最低限なので娯楽もなくまだまだ家でできる事は料理や寝泊まりぐらいだ。だが以前とは全然違う。隣に最愛の人が居てくれて愛し合えるのだから。
とはいえ流石に毎日俺とイチャイチャするだけだと飽きられないだろうか?と心配していたのだが、良くも悪くもそうでもなかった。

まず俺が侯輝と離ればなれで食欲が減退してしまった結果、痩せてしまった俺の健康的なボディを取り戻すべく、トレーナーである我が愛しい伴侶侯輝による指導が始まった。
まずは厳しい食事管理。
「はい、あーん♡沢山食べようね♡」
「だから自分で食べられるって」
「また口移ししちゃうよ♡」
「分かったからっ!あーん!」
そして厳しい筋トレ。
「はい、じゃあ次はクランチ!」
「はぁはぁ、まだあんのか?」
「天理なら大丈夫!ほら、俺も一緒にやるから。ね?」
ムキムキのお前と一緒にすんな。だが折角指導してくれるのだと頑張ってみる事にする。
「ん、んん、っぐ、ん、ふっ、ん、ん、ん、んん……ん、んんん……んっ、だぁー……はあ、はあ、はあ、……終わったぞ……?なんだよ」
「えへへ♡すごい!頑張ったね天理!じゃあ次は体力トレーニングしようね♡」
「え……おい、何を始めようとしてる?」
そのトレーニングはお前が俺の脚の間に割って入って俺の上にのし掛かる必要があるんだろうな?
「どうせ体力作りするならしんどいだけよりキモチイイ方がいいじゃない?♡」
「なっ、こら、なんで硬くしてんだ!」
「ごめんね、頑張ってる天理がえっち過ぎちゃって♡ねえねえ知ってる?筋トレした後の方がキモチイイんだって♡」
「なんだそれっ!待てっ!……っあ!」
そして体力トレーニング。夜の。
他にもやれ股関節のストレッチだの。
「この後の『運動』に備えてね♡」
「ヘンな触りかたすんな!」
やれマッサージだの。
「ココもコリ解してあげるね♡」
「ばかっ、やっ、あっ♡」
なんでトレーニングしてたはずなのに俺はウェアを剥がされて乳首や前立腺をマッサージされてるんだろうな?!……気持ちいいけども。
「んー♡天理の汗いい匂い♡舐めちゃお♡チュゥー♡あまーい♡興奮が止まんない♡俺いっぱい頑張るからね♡」
「このっ、やっ、がんば、らなっ、ていいっ」
なんでそんなに興奮してんだ!喋るか舐めるか痕付けるかマッサージするかどれかにしろ。器用だなほんと。もはやトレーニングじゃないだろ。犬か?いや可愛い顔して狼だったなお前。もう好きにしてくれ!
そんなお前も大好きだから。
恥ずかしくて言葉には出せないが、やられっぱなしも癪だと愛おしい想いを込めて手足を侯輝の体に巻き付けてやれば、それだけで嬉しそうにしてくれるのだから可愛くて仕方がない。俺の生涯を誓い合った伴侶は。
「天理ー♡好き♡大好き♡」
「おれも、すきだよ」

尚、トレーニングの甲斐あって俺が以前の通りに健康体を取り戻してもこの夜の生活は変わらなかった。
幸せ過ぎて逆に不安になり「飽きないか……?要望は言ってくれ」という問いかけをしてみれば心底訳が分からないよ?という顔で「こんなに俺を愛してますって顔してる人を飽きるわけないでしょ?強いて言えばねぇ顔に書いてあるけど言葉でも言ってくれるともっと嬉しいな♡えへへ♡」とか言われたので恥ずかしさのあまり枕で殴った。
「可愛いなあ……でも無理に言わなくてもいいからね。気持ち良くてそれどころじゃ無い時もあるみたいだし、好きの代わりに俺の名前呼んでる時もあるでしょ?」
「……っ!……っ!……っ!」
そんなに態度に出ているのだろうか。その通り過ぎて羞恥で言葉が出ない。
「ほら、そうやってすぐ顔真っ赤にしてさ。可愛いな♡」
「くっそ……」
ニコニコと愛おしそうに俺を誂う侯輝に一矢報いてやりたくて、押し倒すと俺は強引に唇を奪ってやった。そして舌を差し込んでやると、侯輝も負けじと舌を絡めてくる。互いの唾液を交換し合うような濃厚な口づけを交わしながら、俺はそっと手を伸ばし、侯輝の雄を握り込んだ。既にガチガチになっているそれをゆっくりと扱いてやると、先端から先走りが溢れ出てくる。
「んっ、はぁ、天理、いきなり大胆だね♡」
「……俺だってな、お前の事……気持ちよくさせてやりたいんだよ……っ……」
「ぁあ……天理……♡」
向い合わせでその雄の上に跨がりゆっくりと腰を下ろすと、ずぶずぶと飲み込まれていく感覚がした。熱いものが自分の中を満たしていき、やがて根元まで収まると、一つになった喜びに身も心も震える。
「はっ……はっ……いい、か?侯輝……」
「ぁ♡あ♡天理♡気持ちいいよっ♡」
良かった。眉を潜め恍惚とした表情で下からも俺を突き上げてくる侯輝を見て安堵すると同時に、嬉しくなる。いつも俺にしてくれるように、今度は俺がお返ししてやる番だ。そう決意すると、俺は激しく腰を動かし始めた。
「あっ、あっ、ああっ♡んんっ、はぁっ、あぁっ」
「くっ♡ああっ♡凄ぉ、いっ……♡だめ♡天理、も、出ちゃう……♡」
最初はあられもなく腰を振る俺の姿に引かれないだろうかと心配していた。だがそれは杞憂処か悦んでくれている事が嬉しくて無意識に後孔を絞めると、侯輝はまた気持ち良さそうな声をあげていた。そろそろ限界が近いのか、俺の中の剛直がびくびくと脈打ち始め、内壁を押し広げる。それと同時に俺もまた絶頂へと昇りつめようとしていた。
「いいぞっ、中にいっぱい、出せ……!」
「天理っ!あ゛ああっ……♡♡♡」
侯輝の突き上げに合わせて一際強く腰を打ち付けると、最奥部に亀頭の先端がぶつかった瞬間、熱い奔流が注ぎ込まれたのが分かった。
同時に俺も絶頂を迎え、頭の中が真っ白になり何も考えられなくなるほどの強烈な快感に襲われる。
「あ………♡あ…………♡」
「はぁっ……♡はあっ……♡♡凄いよ、天理♡♡」
俺は悦んで貰えたのが嬉しくて頬が緩むのを抑えられずにいた。俺はビクビクと余韻に震えながらその強烈な快楽で脱力し倒れ込むと侯輝が微笑みながら抱き止めてくれた。
「えへへ♡ありがと天理♡気持ち良かったよ♡」
「はぁ、ふぅ……そう、か……良かった……侯輝……好き、だぞ」
「うん♡俺も大好きだよ♡」
ちょっとは俺の気持ちは返せただろうか。侯輝は俺をぎゅっと抱き締めるとすりすりと頬擦りしながら嬉しげに笑った。そんな様子を見ているとこちらも嬉しくなってくる。良かった、喜んでくれたようだ。そう思うと自然と笑みが溢れた。余韻で震えていた体が心まで幸せで満ち溢れるのを感じた。ああ、本当に好きだ。俺も侯輝を抱きしめ返すと甘えるように小さく擦り寄った。すると更に嬉しそうに笑うものだから、やっぱり照れ臭くなって顔を背けてしまった。
「……っふ、ぅう……ぁ、あぁああッ!?」
そんな時だ。突然俺の体を電撃のような衝撃が走ったかと思うと、今まで感じた事のない感覚が全身を駆け巡ったのだ。何だこれは?確かに先程からまた侯輝の雄が俺のナカで復活しつつある事は身をもって感じていたが、動いてはいなかったのにだ。頭が真っ白になって何も考えられない程の凄まじい快感に襲われる。こんなのは初めてだった。あまりの事に混乱していると、耳元で侯輝の声が聴こえてきた。
「っあ!……天理?!どうしたの?!」
「わ、わからな……!ぃあっ!?う、ぁああっ!!」
「もしかしてこれ?」
そう言って俺の腰を摑むとぐりっと奥深くを突いてきた。その瞬間目の前が真っ白になり星が散るような錯覚を覚えた。
「……っ!!ま、まて!こんな、知らないっ」
初めて感じる強すぎる快感に恐怖すら覚える。このままではおかしくなってしまいそうだと思った俺は半泣きで慌てて制止するが、侯輝は構わず続けようとするので必死で叫んだ。しかしそれが逆に煽ってしまったらしく、興奮した様子で俺の腰を掴むと更に激しく突き上げられてしまったのだった。
「凄い、締め付け……♡大丈夫、怖くないよ♡」
そう囁くように言う侯輝の声にも余裕がないようだった。そしてそのまま突き上げが再開されると、俺はただ喘ぐことしかできなかった。
「ぃぁっ♡やっ♡やめ♡あああ♡」
「ああっ♡天理♡天理♡天理♡」
俺が抵抗しようとする度に強く打ち付けられて頭の中が真っ白になる。怖い、今までに無い何かがくる!
「や♡あ♡ああ♡♡♡ーーーーー!!」
「っぐ……!!」
俺は一際大きな声を上げて絶頂を迎えた。それと同時に熱いものが注がれていく感覚があった。とてつもない快楽が全身を覆い、触れもしない俺の雄から数度に分けて液体が放たれる感覚にぶるりと体を震わせた。
「あ……♡あ……♡あ……♡あ……?」
「はぁ、はぁ……凄かったね♡あ、これって……♡」
俺から放たれている液体に粘性が無い。侯輝の割れた腹筋に溜まる白濁ではなく透明なそれが敷いたタオルにツルリと滑り落ちる。つまりこれは……!
「お、俺……漏らし……ぅ……」
羞恥心で顔が熱くなるのを感じる。情けなくなって涙がでそうになるのを唇を噛みしめ必死で堪えた。
「大丈夫、大丈夫、違うよ。天理。これはお潮吹いただけだから。ね?」
侯輝は俺を落ち着かせるように頭を撫でながら慰めてくれた。
「しお……」
「そうそう、天理がすっごく気持ち良かったって証拠だね♡」
「ぅ……ぁ……でも……汚してすまん……」
それはそれで恥ずかしくて消え入る様な声で謝罪しタオルを手繰り寄せていると、侯輝の手がそれを阻んだ。
「え?」
驚いて顔を上げるとデレデレとした笑みを浮かべていた。
「ねぇ天理?もうちょっとチャレンジしていいかな?」
「……え?……んっ」
何を?と考えていたら侯輝は体を起こすと再び俺は押し倒されていた。というかなんでお前はもう復活しているんだ?二回出したろ!えへへ♡じゃない!
「ま、まて俺、もう出ないって……」
「大丈夫、大丈夫、天理もう後ろだけでイケるから♡ほら体力作りしないとね♡流石に俺も二回出したから三回目はいっぱい頑張れるよ♡ね?」
何が大丈夫なのか。そして頑張らなくていい。余韻冷めきらぬ体で弱々しく抵抗してみたが体力で叶うはずもなく。……いや、俺は侯輝に求められて本気で嫌がるなんてそもそもできないのだ。今だって侯輝は無理やり始めようとせず最終確認を俺に委ねている。俺が断るなんて微塵も思っていないその愛しい瞳で俺のYesを待っているのだ。まったく……。
「お前の体力に付き合える訳ないだろ」
「ダメ……?」
だから捨てられた子犬みたいな目をするなって。最後まで聞け。
「だから……先に落ちるけどごめんな?」
とことん付き合おう。Yesの意味を込めて自分から口づけると侯輝は一瞬驚いた表情をしたがすぐに嬉しそうな顔になってより深く口付ける為に俺の頭に手を回してきた。舌を絡めていれば互いに腰を揺らめかせ俺たちは快楽に没頭していった。揃いの指輪だけを身に付けて愛の交わりは体力が尽きるまで続いた……。
「愛してるよ、天理」
「おれ……も……」
薄れ行く意識の中で俺はそれだけ言うと意識を手放したのだった。

[newpage]
こっ恥ずかしい言い方をするなら俺達の愛は順調に育まれていた。ささやかでも結婚式を挙げるつもりではあるが、やっとトキコへの借金を返し生活面がなんとか起動に乗り始めたばかりである。殺人鬼の様なレベルのやつがそうそう出没する訳ではないが安全とも言い難い街だ。キボリにはなんとか頑張って貰う必要があるだろう。そのキボリはと言えばまずは彫刻師としての仕事も復帰したとは言え、それでは市長になる為には顔が売りにくいだろうと、情報屋としても機能しているトキコの店の手伝いもいくらか入れる事になった。と、その前に、殺人鬼であった頃のキボリは市長処か一般人としてもそれはもう酷い有り様だったので侯輝、アカツキ、ミコがよってたかってキボリのイメチェンに励んでいた。因みに俺は清潔にしてりゃなんでもいいだろ派だったので傍観を決め込んでいた。
「髭剃るだけじゃダメなんですかぁ?助けてください、天理さぁん」
三人にもみくちゃにされるキボリに助けを求められた。
「これも市長への道だ。みんなの意見を真摯に受け止める練習だ。今後に活かしてくれ。」
「そんなー!」
悪いな、ちょっとは協力すると言ったが得手不得手があるのだ。なんせ俺のデート服は上着から下着に至るまで侯輝チョイスであり、俺のセンスなど当てにならないのである。と、そこへキボリの散髪しようとハサミを持っていた侯輝が俺とキボリの間に割って入りながらその刃をキボリを掠める。
「ひゃっ!」
「じっとしてないと怪我するよ?」
こら侯輝、笑顔でキボリを怖がらせるな。和解したはずなんだがどうにも侯輝はキボリに厳しい。俺も侯輝もキボリに殺されかけた為かと思えば、その件に関しては「天理が許したんだから俺も許してるよ」という。じゃあなぜかと言うと……

例えば先日などは。
「天理さん、新しいアクセサリを試作してみたのでモデルとして試着してみてくれませんか?」
「え?ああ、構わないが」
そう言って渡された指輪を受け取り試着する。ほぅ、簡易のカラクリ仕立か、面白そうだ。相変わらず繊細で丁寧なキボリの作品には好感が持てる。
「うん、いいんじゃないか?」
「ありがとうございます!やっぱり天理さんにぴったりですね!よく似合います!じゃあこっちもお願いします!」
いや、売り物だろうこれ。俺にぴったりでどうする、平均的な体型にはなってると思うが……。少し光沢が施された黒塗りのそれを渡されるまま受け取る。これ首輪じゃないか?チョーカー?しかし鎖とかその先にリングまでついてるんだが斬新だな。……またぴったりサイズだ。で、リングを手首に?これじゃ動けないぞ?おい待て、なんでそんなに恍惚とした表情をしている?お前殺人鬼やめてもその性格は地だったのか?
「似合うなぁ~やっぱり天理さんは僕の……、最高です♡」
あ、侯輝だ。そんな鬼の様な形相で走り込んできて何かあったのか?これ似合うか聞きたかったんだが…
「俺の天理に何してんのぉ!!!」
「ごぶぅ!!」

こんな感じで俺と侯輝が伴侶として周知されているはずなのだがキボリはアレコレなぜか俺に迫ってきては侯輝が乱入して蹴り飛ばす……というのが定番パターンと化しており侯輝は完全にキボリを警戒対象としているのだった。侯輝にも口を酸っぱくして注意してね!と言われたので一度キボリに俺には侯輝がいるのだときっぱりと言ってみたのだがそういうのとは違うらしい。なんでも俺を最初に見た時から芸術的な魂が揺り起こされたとか熱く語られ、俺の困惑は深まるばかりだった。ミコにさりげなく普段のキボリを聞いてみればやはりキボリは優しくて真面目な兄だという。俺が解せぬ、という顔をしていれば敏いミコは少し勘づいているのか「兄さんは一度断罪されるのを覚悟していました。けど許されて、生きる希望まで天理さんに与えて貰った事を本当に感謝しているんですよ。私もです」と微笑みながら言われてしまっては俺はその意思を飲み込むしか無いと思ったのだった。実際侯輝もやや目の敵にしてはいるもののキボリとの仲は険悪ではない。キボリのアレはコミュニケーション表現の一種だと思う事にした。侯輝は気が気ではなさそうだったが。
「完成!まあいいんじゃない?」
「いいツラになったじゃねえか!」
「素敵よ兄さん」
結局キボリは伸ばしっぱなしにしていた髪を短く切って整え、髭を剃り、清潔なシャツとパンツに着替えたら、誠実そうななかなかのイケメンになった。可愛らしいミコの兄だ、土台は良いのだろう。
「そ、そうかな?どうですか?天理さん」
「うん、いいんじゃないか?イケメンだぞキボリ」
侯輝やアカツキ、ミコに囃され照れつつもまだ自信無さそうに俺にも意見を求めてくるキボリ。自信をつけて貰おうと俺も素直に褒めるとキボリは嬉しそうに破顔した。そんな俺達を微笑ましそうに見守るミコとアカツキ。アカツキの方は微妙に笑みが引き攣っている様なんだが。そして侯輝はちょっとむくれた後ニッコリ笑った。なんでバリカン持ってんだ。目は笑ってないぞ。
「やっぱりキボリ、スキンヘッドにしない?」
そして俺はうっかり余計な一言を言ったばかりに半泣きのキボリをバリカン持って追いかけ回し始めた侯輝を、皆の前で抱き締めてお前が一番イケメンで格好いいに決まってるだろと宥める事になったのだった。
なるほど、ちゃんと言動には注意しないとな……。

さて、実際の所キボリが市長になるのは容易ではない。この街の支配は実質エクリプス社が握っているようなものだ。そもそも街の人々は政治に興味が無いし、市民もエクリプス社の恩恵を受けているのだからわざわざエクリプス社に歯向かうような真似はしないのだ。選挙はエクリプス社から選ばれた人間が立候補、組織票で当選して終わりらしい。選挙も糞もない。しかしキボリ程では無くとも現行の市政に不満を持つ者自体は少なくない様で、そういう人達を中心に支持を集めれば可能性はあるかもしれないという程度の望みはあった。まずはキボリの草の根活動として、そういった人々の話に耳を傾け、困り事があれば手助けする事にした。例えば、ゴミの不法投棄、野良犬、酔っ払い、喧嘩、などだ。幸い荒事に関してはアカツキ団の協力が得られ、活動していく内にストリートギャングとしてしか認識されていなかった団が自衛組織として良好な認識を持って貰えるに至った。それ以外のもめ事も歓楽街のボスたるトキコのバックアップが得られている事もあり、それら一つ一つを地道に解決していくうちに、信頼を得、徐々に市政を改善すべしというキボリの考えが賛同を得るようになっていったのである。俺の前では妙な行動をしがちで普段は気弱なキボリだったがいざやらせてみれば静かだが熱意ある新しいリーダーとしての素質がある事がわかったのだった。
さてキボリを焚き付けた俺はと言えば荒事は苦手なので専ら地道な作業の手伝いや意見を求められた時に助言をしたりといったサポートに徹していた。一応、現市政がどれくらいまともに機能しているのかキボリ、侯輝と共に市庁舎に行き、貧富差の是正、治安の改善、無計画な開発及び自然破壊についてどう考えているのかなどの指針を尋ねようとしたのだが、散々待たされた挙げ句まともな回答は得られなかった上に警備ロボにつまみ出されてしまった。感触としては答えたくないというより、まともに管理されておらず、そもそも問題が把握されていないので答えられないという印象を受けた。思ったより問題は根深い。市の指針はともかく現状はトキコに聞いた方がまだ把握できそうだ。仕方がないのでトキコが把握している情報をデータベース化していき、人、金の流れ、慣習、文化、風俗等を分析する事にする。誰にも分かりやすくまとめておけば今後キボリが市政を行うのにこれは必ず役に立つはずだ……ってなんで俺がこの世界の役人の真似事をしているのだろう。こういう資料整理は元の世界でもやっていたから割と得意というか楽しいのだが……つい時間を忘れて端末とにらめっこしていると通りかかったアカツキやらトキコやらに励ましついでにからかわれるのだ。
「あ、アカツキ来たよ天理」
「よお、お疲れさん!精が出るな。これ頼まれたやつ」
「ああ、ありがとうアカツキ」
「いいって事よ……ところでよ、天理、それ苦しくないか?」
「いや、別に?」
アカツキが団員達と足で集めてくれた情報を受け取りながら礼を言う。ちなみにそれとは作業に集中するあまりつい蔑ろにしてしまい、構ってオーラ全開で後ろから抱きついている俺の伴侶、侯輝である。最初は入力を手伝ってくれていたのだがどうにもこの手の作業は飽きてしまうのかその辺をフラフラしていたなと思っていたら気付けば俺の背中に張り付いていたのである。少々窮屈だが俺はこの手の作業は寝食忘れてしまう質なので食事やら休憩やら程よいタイミングで容赦なく止めてくれるのはありがたい。時々いたずらされるが……侯輝とくっついてられるのは嬉しいしな。
「ならいいんだけどよ、座りっぱだろ?運動とかもしろよ。お前もダンスとかどうだ?」
「ああ……そうだな」
「心配無用だよアカツキ。天理は俺と毎晩運♡動♡シテるから♡っ、痛ーい」
変な言い方すんな!まあ大体シテるんだが。後ろ手で侯輝をペシりと軽くはたくと侯輝が大袈裟に悲鳴をあげて抱きつく力を強めてくる。まったくこいつは。アカツキが呆れてるだろうが。
「相変わらず熱いねぇ。俺もあやかりてえもんだ。そんじゃあな、根詰めるなよ」
「ああ。また頼む」
「これからミコの所?頑張ってねアカツキ」
「おー」
アカツキは去りながら侯輝の応援?に手をヒラヒラと振って去っていく。あやかるも何もアカツキもモテると思うんだが。カリスマリーダーアカツキは男女問わず人気が高い。アカツキがキボリを推していなければアカツキを市長に推す声もあるくらいだ。もう充分諸々頑張ってもいると思うのだが。そういえば特定の恋人はいないのだろうかと首を傾げていれば後ろから首筋をちぅと吸われビクリと震えた。コラ、昼間から盛るなこの後仕事だぞ。開店前でもこの事務所はそれなりに人は来るのだ。咎めるように首を回して睨みつけようとすれば、そのまま頭を押さえられてキスされた。
「ん……っふ……っ」
こ・の・バ・カ。
「えへへーやっとこっち向いてくれたねって、いたいよー!もー恥ずかしがりなんだからー」
そうじゃねえ。俺はポカポカと叩いてやったのだが嬉しげに笑うだけで効果はなかった。悪かった、構えばいいんだろと、こちらからキスしてやれば嬉しそうに応えられて俺も嬉しくなってしまうと、開店前までしばし戯れ合うのだった。

この街の問題と言えばトキコも把握しきれていないドラッグ問題だ。それらは通称『天使の塵』と呼ばれているらしい。この世界にも薬物依存と反社組織の問題は存在するのか…と感心していたら、この世界のドラッグ問題は少し様相が違うらしい。まずこの世界では近年までドラッグそのものが存在していなかったが、なんでもエクリプス社が工業用塗料を新規開発していたところ、それまでゴミ鉱石としか認識されていなかった鉱石から偶然、麻薬作用のある成分を抽出できてしまい、開発者が高揚感のある楽しい幻覚作用に見舞われその存在が明らかになったという。本来ならその開発者達の間で伏せられていなければならなかったのだがエクリプス社のコンプライアンスはガバガバだったのですぐに世間に広まってしまったそうだ。たちの悪い事にその正しい製法は良くも悪くも企業秘密として正確に広がらなかった為、品質が悪く精神に異常をきたすものや中毒症状を起こす粗悪品が出回り、治安の悪化を招いているのだとか。この規制もしたい所だが、原料入手も精製も簡易で品質を問わなければ誰にでも入手でき、法的に規制もされていない為、例えば元いた世界の様に反社組織の製造元を潰せば解決するという問題ではないのだという。エクリプス社が直接的に悪行をしていないとしても遠因はある訳で、キボリがエクリプス社を目の敵にする一因にそれもあるのだろう。因みに以前キボリが殺人鬼として暗躍していた頃にボディペインティングしていた塗料は同鉱石から作られたエクリプス社製塗料で、塗っていると高揚感が得られていたという。まずそこから突っ込みたい所だがひとまず置いておいて、今からまた再現する訳にはいかないが、キボリが殺人行動にまで走ってしまった原因もこれだった可能性はある。どうやら経皮中毒という事象も知らないようだったので以後取り扱いは厳重に注意する様に伝えた。科学知識の一般への理解普及も考えておく必要があるだろう。

キボリや皆のがんばりで少しずつ状況は好転してはいる。のだが。
バーの事務所を臨時で市長選対策室とし、俺は見込みで算出した票計算結果を投影させる。賛同者や無関心層の取り込みにより伸びてはいたが、そのグラフはまだ選挙でキボリがエクリプス社の立候補者を上回るにはまだまだ足りない事を示していた。
「といった現状だ。どうしても決め手に欠ける……どうしたものか」
「ごめんね僕のがんばりが足りないばかりに……」
「お前は頑張ってるぜ!キボリ!」
「俺もそう思うよ」
「ああ、成果は着実に出てる。じっくりいこう」
集まってくれたアカツキが弱気になるキボリを励ましてくれている。いつも喧嘩しがちな侯輝でさえ。実際キボリはミコがちょっと心配する程度には頑張っていた。キボリが市長にならずともその活動だけで好転した事はあったがやはりエクリプス社の問題をどうにかするにはどうしても市長という権限が必要だった。キボリの頑張りには俺も力になってやりたいがどうしても画期的なアイデアが浮かばない。俺が考え込んでいると侯輝が声を上げた。
「ねえ、やっぱりエクリプス社に直接乗り込むしかないんじゃないかな?」
「そうなんだが…どうやって」
街の問題の大半がエクリプス社に起因しているのだから妥当なのだが、それができなかったから以前までキボリは凶行に走っていたのである。社の警備は市を見回る警官より厳しい。正規の手続きで行こうにも部外者は門前払いだ。
「あんた達エクリプス社に入りたいのかい?それなら手があるかもしれないよ」
アイデアが浮かばないままバーの開店時間が近づいたので各自考えておくという事で一旦お開きにしようとすると事務所に来たトキコがそう話しかけてきたのだった。

「こんばんは、今日も君の創作カクテルを頼みたいな」
市長選対策会議は一旦解散し、俺と侯輝はアンダーバーを開店させた。トキコが言うにはエクリプス社に訪問可能とさせてくれるかもしれない人物に話しておくからいつも通り営業しておけと言われてしばし。目の前には常連客である老紳士サジェが穏やかな笑みを浮かべ俺に挨拶してきた。サジェは俺がまだこの世界に来てはじめてのバーテンダーという職の拙い接客にもニコニコしながら静かに応じてくれたありがたい客だ。今では腕を上げてちょっと有名になった俺のカクテルを嬉しそうに楽しんでくれている。
「かしこまりました」
今日も誠心誠意注文に応じよう。把握している好みに合わせてアレンジを加える。
「……お待たせいたしました。『雪の雫』でございます」
俺が差し出したカクテルを見たサジェは何か懐かしむ様な寂しそうな表情を浮かべた後一口飲み、ほうっと息をついた後にこう言った。
「今日のカクテルも素敵だね。心が落ち着くよ」
「ありがとうございます」
今日も喜んで貰えて何よりだ。俺が微笑み返しながら礼を言っているとサジェは一枚のカードを差し出してきた。カードにはエクリプス社特別入館証と書かれている。
「あの……これは?」
「トキコから力になってやって欲しいと聞いてね。僕にできるのはこれを渡す事と……社長に会う条件を伝える事だけなのだけれど」
サジェがエクリプス社に関連する仕事に就いていたのはうっすらと聞いた事はあった。珍しくコンプライアンス意識が高い人なのか別の理由があるのか、あまり仕事の話はしたがらないと思っていたのだが。
「よろしいのですか?俺はこれに見合う対価が思い当たらないのですが」
「これはここだけの話にしておいて欲しいのだけれど、僕も社のやり方には疑問を持っていてね。でも……何もできないまま老いぼれてしまった。君やその仲間がこの街の改革を進めようとしているのを耳にして、いい加減僕も動かなければと思ったんだ。だからこれを君に託させて欲しい」
「……分かりました。ありがたく使わせて頂きます」
これは俺達次第では通したサジェにも責任が問われる行為なのだ。俺は頭を下げて感謝の意を示した。
「それで社長と対面する方法なのだけれど……」
「その方法は?!」
「こら侯輝、失礼だぞ」
いつの間にやら近づいていた侯輝が身を乗り出して聞いていたがサジェは苦笑するだけで答えてくれた。エクリプス社の社長は巨大ビルジグラットの最上階、研究室も兼ねた部屋に住み込んでおり、滅多に降りて来ないという。そしてこれもトップシークレットだが、面会できるのは社長の本名を知るものだけなのだとか。サジェの知る限り本名を知るものは創業時に携わった副社長達で社内の端末を経由してのみ連絡が取り合えるらしい。
「中途半端ですまないね、僕に提供できるのはここまで。社創業に関わった社長は君達と同じ様に異世界から来た人間でね。家族も作っていない様だから親族はいないし接触している人間も限られているから本名を探るのは難しいと思うけれど……」
「「……!」」
申し訳なさそうにするサジェだったが、その言葉に俺達は同時に気づいて顔を見合わせた。エクリプス社創業に関わった異世界人なら知っている。かつてキボリが世話をした異世界からの迷い人アンガスだ!
「ありがとうございますサジェさん」
「充分な情報だよ!ありがとうございます!」
「そうかい?何か助けになったのなら良かったよ」
「本当にありがとうございました。俺達では到底辿り着けなかったと思います」
「いやいや。僕もこの街を変える一助になれたのなら……君の力になれたのなら嬉しい」
そう言って笑うサジェはどこか寂しげに笑うとしばし静かに酒と雑談を楽しんでいた。サジェは俺達二人に揃いの指輪がはめられているのを見て流行りの奴だねと微笑ましそうにしながら俺達の事を祝福までしてくれると楽しかったよと言い帰っていった。

「サジェさん何か重い病気とかじゃないですよね……?」
俺と侯輝はサジェを見送ると心配になった事をトキコに聞いた。サジェが今日はどことなく元気が無いように見えたのだ。
「ははは、そう見えたかい?今日はね、サジェの亡くなった奥さんの命日なのさ。天理、あんたはその奥さんに雰囲気がよく似てるんだよ」
「そう……でしたか」
「そっか、それでなんだね……」
そんな大事な日に大事な人を思い起こされてしまう様な俺を前にして辛くなかっただろうか?そう思うと申し訳ない気持ちになってしまった。
「サジェはね、天理にずっと申し訳ないと思っていたそうだよ。あんたにずっと奥さんを重ね不純な目で見ていた事をね。だからあんたの力になってやりたかったそうだよ」
トキコ曰くサジェ夫婦はとても仲が良く、以前は二人で飲みに来ていたという。エクリプス社の開発事故により奥さんを亡くし消沈していたサジェは奥さんの影を求めて俺のいるここへ通っていたのだそうだ。だが客商売とは言え誠実な態度の俺自身にだんだん一個人として惹かれたのだとか。心を随分と癒して貰ったらしい。俺はそんなつもりはなかったのだが結果的にサジェの力になれたのなら良かったと思う。
「それであんな不思議な目で天理の事見てたんだ」
「ふふ、そうだよ、だから安心おし侯輝」
「分かってるよー最初は怪しいって思ってたけど天理の事、子か孫の様に見てるのかなって気づいたもん」
「……お前サジェさんにも警戒してたのか」
仮にもお客さんなんだぞ。侯輝は俺にちょっとでも怪しい客が近づくと必ずどこかからか現れて妨害していたものだが、そういえばサジェさんの時は遠巻きにしているだけだったなと思い返す。
「俺は天理に近づく奴は誰だろうと警戒してるよ!」と何故かドヤ顔で言うものだから思わず笑ってしまった。すると拗ねたように頬を膨らませるので「いつもありがとな」と撫でると機嫌を直してくれた。
「でも良かった。これでエクリプス社に乗り込む道筋ができた。俺も少しは力になれただろうか……」
サジェから受け取った入館証を大事に握りしめ少し感慨に耽る。言い出しっぺの癖にいかんせん決定的な力にはなれていないと感じていたのだ。するとトキコと侯輝は驚いた顔をすると次には揃って呆れた顔をされた。
「そもそもあんたが言わなきゃ何も始まってもいなかっただろ。あんたが赦して、道を与えたからキボリは頑張ってるんだし、そのお陰で少しずつでもこの街は良くなったんじゃないか」
「そう……かもしれないですが……」
「もー天理、俺が止めなきゃずーっと作戦考えたり、資料まとめたりしてるでしょ。キボリは勿論アカツキ達だってミコだって皆そんな天理の事信頼してるんだから。天理はみんなの参謀として頼りにされてるんだよ?」
「参謀って……俺そんな大それた事してないぞ。知っているセオリー通りのやり方で改善手順を示していただけだ」
それだって人に恵まれていたから上手くいっただけであって俺の力じゃない。参謀なんていうならもっと画期的に皆を導いてやりたいが俺が示したのは歴史的に知られている方法で一つずつ地道にやる方法だった。俺は凡人だ。天才ではない。だからやれる事を着実にこなしていくしかないのだ。
「あのね、天理、もし俺だったら最初からエクリプス社に乗り込んでたんだよ?」
ああ、そうだろうな。侯輝は頭の回転も早い。一番の問題点をすぐに把握してクリティカルに解決していける力がある。俺にはないものだ。俺はどちらかというと一つ一つ問題を紐解いていって解決策を模索するタイプだから。侯輝がキボリの立場で積極的な動機があったら今の状況は全く違っただろう。
「でも多分それダメだったと思うよ。入り方も、社長への面会方法も分からず無理やり侵入するしかなくて不審者として更に入りづらくなってたよね?」
今となってはそうだっただろうなとは思うけれど。
「でも……お前なら別の方法だって見つけられたんじゃないかと思うぞ」
すると侯輝は困った様な顔した後、ふっと微笑んだ。瞳にだけ真剣な意思を宿して。
「天理は俺の事買い被りすぎだよ。確かに?俺は何でもできちゃう所あるよ?」
自信たっぷりに自分でそう言い切ってしまう侯輝だが実際その通りだと思うしそんな所が好きになったところでもある。
「でもさ、俺のやり方って後の事考えきれてなくて綻びやすいんだよね。俺は天理みたいに一つ一つじっくり土台を固めてくれる様なやり方も大切だって知ってる。天理がそれを教えてくれたんだよ?俺が好きになった天理は凄いんだから!」
「っ……お前こそ買い被りすぎだ……」
そう反論するが正直嬉しい気持ちもあるので困る。顔が熱い気がする。そんな俺をしばしニヤニヤしながら見る侯輝だったがやがてサジェから預かった入館証を握り締める俺の手に手を添えると真剣な瞳で俺を見つめた。
「これだって天理だから預けて貰えたモノだよ。だから自信持って。ね?」
「ん……分かった。ありがとな……」
皆が、何より侯輝が俺を信頼してくれているのなら俺は俺ができる事をこれからもするまでだ。

[newpage]
エクリプス社社長アンガスへの面会準備を整え、俺、キボリ、侯輝の三人はついにエクリプス社に乗り込む事になった。一企業に正式に訪問する訳なので改めて衣服を整えると、バーテンの制服以外では普段ラフなスタイルでいる事が多い侯輝がビジネスライクな衣服に着替えるとまた惚れ直す程に男前度が更に増した。「似合ってるぞ」と声をかければ満面の笑みをした後抱きついて来たのでヘアスタイルを乱さない程度にそっと撫でてやるともっと撫でてー!とばかりに擦り寄ってきたのでひっぺがすのに苦労した。
ギャング団の頭であるアカツキは存在が威圧過ぎるだろうとの判断の為ミコやトキコと共に留守番組となり、「頼んだぜ!」と力強い声援と共に見送ってくれた。

「いよいよですね緊張します……」
「キボリ、作戦会議でも話したが焦らず落ち着いていこう」
「は、はい……」
今までが今までだ。一発で要求を通そうとせず、こちらの要求を聞いて貰えるだけでも御の字としようとした。キボリが言うにはアンガスという人物はこの世界に迷い込んだ最初の頃は発言は時折奇抜だがキボリと気の合いそうな大人しい人物だったらしい。困っていたこの世界の人間に便利な知識や道具を伝授する程度には悪い人物では無かった様なので話くらいは聞いてくれる人物だとは思いたい所だ。尚、紹介があってもアポが無いので会えない事を危惧していたが割といつでも会って貰えるらしい。良くも悪くもアバウト過ぎる人物の様だ。
「そうそう、まずはこのでっかいビルの一番上から景色眺められるのを楽しみにしようよ♪」
「は、はい!」
「お前なあ……ま、そうだな……」
緊張気味のキボリに侯輝が明るく話しかける。その観光気分な態度に呆れてしまうも俺もちょっと緊張気味だったので見習うべきかとその巨大ビルジグラットの天辺を見上げながら同意した。お陰でキボリも少し落ち着いた様だ。こういう時本当に侯輝がいてくれると助かる。
ジグラットは高さ三百メートル以上はあるだろうか?天高く聳え立つそれはまるで天国への階段か、異界への門でもありそうな雰囲気だ。
正門から入り守衛にて入館証を提示しつつジグラットビル内エントランスへと進む。サジェが話を通してくれていた様で入場は滞りなく進んだ。この世界に来て雑然とした歓楽街や裏通りばかり見てきた俺達からすれば本当に同じ世界なのかと思うほどビル内は洗練された空間だった。天井は高くフロア一面大理石の様な材質の床はまるで鏡の様に磨き上げられており清潔感に満ちている。そして俺達が進むべき方向をナビゲーションする様に景観を邪魔しない程度に床に矢印が点灯していた。壁はモノトーンカラーのシンプルなデザインで統一されており、壁面の巨大ディスプレイにはエクリプス社のプロモーションと思われる映像が静かに流されていた。
「すっごいねぇ。なんだか元の世界の近未来企業!って感じ」
そう、強いて言うなら元の世界の大企業エントランスと言った体なのだ。そういえば社長アンガスは俺達と同じ世界出身らしいからさもありなんと言った所なのだろうか。
しかしフロアには誰も居ない。遠くで膝位の高さがある清掃ロボらしきものが何台か静かに動いているだけだった。受付カウンターにナビされそこまで進むと受付カウンター内の空間に受付女性らしい映像が浮かび上がる。
「いらっしゃいませ。ようこそジグラットへ。サジェ非常勤取締役のご紹介によりお越しいただいたキボリ様、天理様、侯輝様ですね?」
受付は人口知能だった。先程サジェから預かった入館証を守衛に見せ、入館手続きした時点で俺達の事は共有化されているらしく説明の手間は省かれた様だ。俺と侯輝が感心する中キボリが緊張気味に用向きを伝える。
「はい。今日は……アンガス社長に面会を希望しております」
すると受付AI女性の瞳のブルーアイがスッと白色に変わった。
「社長へのアクセス条件をクリアしている事を確認しました。社長に取り次いでおります。そちらの待合席にてしばらくお待ち下さいませ」
そう言って受付女性の映像が側にあった高級そうなソファーを掌で示すと目を瞑った。そして俺達がふかふかのソファーを堪能する間もなくしてゆっくり目を開いた。
「お待たせいたしました。そちらのロボがご案内致します」
ただの清掃ロボだと思っていた小型マシンが足元に近づいてくると「コチラデス」と先行してスイ…と進み始めた。社長室へ案内してくれるようだ。俺達はロボに案内されエレベーターに乗り社長室のある最上階へと向かう。
屋外が見えるエレベーターがみるみる地上から離れて行くと侯輝が歓声を上げた。
「わぁー飛んでるみたいだねー♪ん?あれは……」
外は天には相変わらず時折雷が走り、眼下に広がる高層ビル群を照らす。それを俯瞰した非日常的な光景は自分が何者かになった気分にさせた。侯輝とのデートであったならさぞ心が弾んでいただろう。だが今はそんな雰囲気に浸っている余裕はない。これから街の命運を決めると言っても過言ではない交渉が始まるのだ。俺は気を引き締め直すと拳を握り気合を入れる。すると隣に立つ侯輝がその手の上にそっと手を乗せてきた。
「……俺がついてるからね、天理」
俺を安心させるように侯輝が言う。そうだ、俺にはこんなにも頼もしい味方がいるじゃないか。そう思うと不思議と緊張も解け、リラックスできた気がした。そしてついに最上階へと到着し扉が開く。
「コチラデス。ソノママオ進ミ下サイ」
いよいよだ。俺と侯輝、キボリは頷き合うと揃って足を踏み出したのだった。

飾り気の無い照明が天井にいくつも灯り、少しヒヤリとした空気を漂わせるその広い部屋に入った瞬間、俺はどこか懐かしさを覚えた。窓はあったがせっかくの最上階だというのに外の景色はあらゆるモノに遮られほとんど見えなかった。サーバーの筐体だろうか?片方の壁面近くにはスチールラックに乗せられ等間隔にズラリと並んだ硬質の箱が各々小さなランプを忙しなくチカチカと点滅しながら時折カチカチと小さな音を立てていた。その対面の壁には何の用途か分からない様々な機械が並べられ時折ガチャガチャと音を立てる。中央の広々としたデスクの上には天井から吊るされたいく本ものケーブルに繋がった大きな機械が鎮座しておりその前にデイスプレイが三面鏡の如く並べられ使い込まれたキーボードとタブレットが置かれていた。他にも床や壁にケーブルが走っていたが汎用性の高い清掃ロボなのかやや雑然としていたが汚れてはいなかった。誰もいないが奥には扉があり、もう一つ部屋がありそうで社長はそこにいるのだろうか。
そこは経営者の社長室というよりどちらかと言うと研究室で、一瞬来た所を間違えたのかと思うほどだった。俺の脳裏には俺が元の世界で勤めていた大学の、理工学部のラボを彷彿とさせた。ただし、こちらの方が遥かに大きいのだが。
そんな感想を抱いていると奥の扉がスライドして開き一人の男が出てきた。
「やあ、すまない。最近人に会ってなかったものだから身支度に手間取ってしまって……久しぶりだねキボリ。そちらの二人ははじめましてだね。ぼくがアンガス・ジグラットだよ」
気さくそうに挨拶してきたその男は中肉中背ワークシャツにチノパン眼鏡だった。そうそういたいた、理工学部の教授がこんな感じで……社長アンガスだよな?知己だというキボリをチラリと見るとキボリはそれを肯定するかの様に懐かしむ表情をしつつも緊張した面持ちを崩さなかった。
「久しぶりだねアンガス……紹介するよ、天理さんと侯輝さん。二人はね最近アンガスと同じ様に異界から来た人なんだ」
「はじめまして、天理です」
「こんにちは!侯輝です!」
アンガスは俺達が同郷だと分かると驚きの表情を見せた。
「そうか君達もか!見知らぬ世界に放り出されるのは大変だったろう?でも最近来たなら中々住み良い所だと思えてるんじゃないかな?聞いたことあるかな?僕はねO大学理工学部の出身でね……」
O大学……某国トップクラスの才媛が集う誰でも名前位は知ってる名門大学だ。考古学科であれば懇意にして貰ってる老教授は知っているが理工系はさっぱりだ。俺も自国の大学に勤めている事を言おうか迷ったが特に聞かれてもいないし何よりアンガスがツラツラと得意気に話始めたので必要無いだろうと黙っておくことにした。アンガス曰く、己がこの世界に来てから10数年、まだ産業革命手前程度の文明レベルしかなかったこの街を技術革新させ、21世紀に生きていた俺達でさえ未来都市と思える程にまで発展させてきたという。確かにこのビルや中心街道路、建築物、街灯などは近未来のテクノロジーの塊とも言えるだろう。元々ある程度の文明はあった様だが10年やそこらでここまで技術を発展させるには理工学系に関する深い知識が必要だろう。確かに技術的には凄いが……推察していた通り、こいつは人々がそこに住むのに何が必要か考えてない気がする。ここに来て住みやすかったか?技術的には目を見張ったものだが表向きだけで法はまともに機能しておらず治安はよろしくないし、なんなら殺されかけたし、街はキラキラしてるが無機質で風情も何もない。結局助けてくれたのはミコやトキコやアカツキといったそこにいた人達だ。そこに積み上げられてきたものに思いをはせるタイプの俺とは合わないかもしれない。
「へぇー、すごいね!」
「そうだろう?僕の成果だよ!ははは」
アンガスの話を聞き終え、街の現状を全く把握していないだろうこいつにどう話を切りだそうかなと思っていれば、侯輝が人好きはするが見分け慣れた俺から見ればどこか適当な笑顔で返答をしていたのだがアンガスは気を良くしたらしく笑っていた。
「そんな凄いアンガスさんに今日はお願いがあるんだ。ね、キボリ」
侯輝が程よく持ち上げたところで本命の話をさせるべくキボリにパスをする。侯輝はこういう会話術も得意なので本当に助かる。キボリがやや緊張気味にこちらを見たので大丈夫だと頷いてやるとホッとしたように話し出した。
「アンガス、君は実際街に出てその目で現状を確かめた事があるかい……?」
キボリはアンガスに静かに語った。便利になって豊かな生活をしているのは極一部で裏通りでは少年少女達がギャング団に身を寄せながらその日暮らしをしている事。自治は行き届いておらず治安の正常化に理解を示してくれたギャング団が自警組織として機能している事。エクリプス社の開発に計画性がなく、自然を無意味に破壊、開発建築しても保守が行き届いていないため壊れても放置されやがて廃墟になっている事。市民の暮らしは極一部を除き破綻しかかっている事などまずは現状を伝えた。アンガスはキボリの話を一通り聞き終わると愕然とした顔で黙り込んでしまった。無理もない、自分が作り上げた街が今どうなっているのか初めて知ったのだろう。キボリはきっとこの10年で溜まっていた思いもあろうにそれでも静かに落ち着いて伝えきると一呼吸置いた。
「……ぼくのやった事はみんなを苦しめるだけだったのか……?」
悲しげにそう呟くアンガスに俺はキボリに目配せすると話を引き継ぐ。
「あなたがもたらした技術力は、確かにこの街に大きな変化をもたらし、人々の生活が便利になったのも事実です。ただ、何かを変えるというのは簡単ではありません。進化とは積み重ねであるべきです。この街の人々は、新しい技術をただ与えられるだけではなく、その使い方を学び、既にある文化や伝統と共に育んでいく過程が必要だったんじゃないでしょうか」
アンガスは少し俯きながら俺の言葉を遮る事無く噛み締める様に聞いていた。ひとまず話は通じる人物の様だと一安心しつつも慎重に言葉を続ける。
「あなたがエスクのために力を尽くしてきたのはわかります。でも、その力を使うためには、もう少し、人々と寄り添って進むべきだと思うんです。あなたはその部分を少し人任せにされていませんでしたか?」
「うっ!……その、めんど……細かい所はやっておくから新規開発に注力していいって言われたんだ」
優しく話したつもりだったのだが、アンガスは叱られた子供の様に焦りながらしどろもどろに言い訳をし始めた。想定していた答えに、俺は天を仰ぎたくなるのを堪える。地味な保守作業に比べ新規開発は楽しかろうのは理解できる、だが同じくらい重要だ。それに能力がある者に新しき事に集中させるのは悪くは無いが、それは然るべきサポートあっての話だ。変革を起こしてしまった責任は好しも悪しも併せて最後まで抱えるべきだと俺は思う。
「あなたは技術者としては優秀だと思います。でも、経営者として、そしてこの街の支配者としての自覚と責任が伴っていないように見受けられます。部下の方、好き勝手やってるか、扱い切れずに管理できてないかどっちかですよ?しっかりしてください。これはあなたの会社なんですから。いいですか、文明というのは……」
「ううっ……」
「天理さん、天理さんっ」
「コホン……すまん」
段々熱くなってしまいまるで教壇に立ったかのように説教モードに入ってしまい、アンガスが半泣きになり始めるとキボリに慌てて止められた。侯輝はなぜだかクスクス笑っていたが。いかん交渉は冷静になれとキボリに言ったのは俺だったのに俺が熱く語ってどうする。だがキボリも苦笑しながらもどこか安心したように俺を見ていた。そしてキボリは改めてアンガスに向き直ると優しく問いかけた。
「アンガスは……良かれと思って始めたんだよね?」
「そ、そうだ、ぼくは、この素晴らしい街を、みんなに、喜んで欲しくて…間違えてたみたいだけど」
「そんなに気を落とさないで?僕も間違えてしまったし……アンガス、今日は君を責める為だけに来たんじゃないんだ。僕たち一緒に街を再建しようよってお願いに来たんだ」
「再建……?でも、どうすればいいんだろう……」
少し力を取り戻したものの未だ項垂れるアンガスを前に、自身も反省するかのように苦笑しているキボリの肩を大丈夫だと伝える様に肩を叩くと再び交代する。
「キボリは今、美しい自然と高度技術が調和された街を目指して活動し、多くの人々の協力を得て街は少しずつ改善しています。ですがどうしてもエクリプス社が問題の基幹になってしまっている部分は市民だけではどうにもできません。そこで街の運営を主導できる立場である市長をキボリのように街の再建に真剣に取り組む者にするべきです」
「おお!キボリが市長か!なったらいいんじゃないかな!僕も協力するよキボリ!」
俺の言葉にアンガスが好意的な笑顔をキボリに見せるとキボリは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んで頷いた。
そう、キボリを市長に据えるにはエクリプス社のアンガスの協力が必要だ。現状市長はエクリプス社の組織票による擁立であり、キボリが確実に市長に当選するにはエクリプス社から推薦される事が一番だからだ。しかしアンガスが今まで市政に碌に関わっていなかった事を考えると、人選は幹部達がやっていたのだろう。つまりアンガスは幹部達を説得なりしなければならないのだが、あっさり協力を宣言したという事は容易いと思って良いのだろうか。しかしこれまでのアンガスを見て一抹の不安を覚えていると侯輝がすかさず割って入ってくれた。
「ねぇアンガスさん、今、市長選は実質エクリプス社から推薦された人間が当選する様になってるんだけど、キボリが市長になるにはアンガスさんに社内でキボリを推して貰わないとならないんだけど大丈夫だと思っていいんだよね?」
「え……?!あ、ええと……モチロンだよ!」
侯輝の笑顔ではあるが圧を込めた念押しに焦りの色を見せるアンガスに、俺はそれも分かってなかったな?よしやっぱり説教か?とこめかみをヒクヒクとさせているとキボリにまた慌てられた。侯輝は笑顔のまま暢気に「しゃちょー権限で強引に推しちゃえば?」などと笑っていた。笑ってないでお前も説教に加われ!……笑ってる侯輝見てたら落ち着いてきた。しかしこの様子だと部下が好き勝手やってるパターンだなとまた一つ障害が増えた事を確認する。
「コホン、ともかく次の市長選にキボリを推挙してください。そして街の改革を押し進める際にもその後見もお願いしたい。あなたが動いてくれるのがこの街にとっての最善手です。……あなたが始めた街作りの歪みをかつてあなたを助けたキボリが共にしてくれるなら、この縁は貴重だと俺は思います」
「僕からも……いや本当は僕の願いなんだアンガス、この街にかつての笑顔を取り戻したい。どうか僕に協力して欲しい」
結局気づけば二人で熱く迫っていた。俺そんな性格だったろうか。変に脅迫じみた行為になって無いだろうかと頭に過り始めた頃。アンガスは静かに頷いた。
「分かった。ぼくは今度こそ僕がなりたかったモノになりたい。また迷惑をかけてすまない、キボリ。今度こそ。ぼくと一緒に新しい世界を作ろう」
「うん、僕も頑張るよ。アンガス、ありがとう」

アンガスのみんなに喜んで欲しいという部分については本物だったらしい。キボリとアンガスは固い握手をかわした。これから対処しなければならない事は山積みだとは思えたがキボリが理想とする街作りの一歩がまた一つ踏み出される事になったと思えば今回の会見は上々と言えるだろう。アンガスは想いを溢した。
「ぼくはもう一度キボリとやり直したい……けれど今までのぼくを知るみんなはぼくを受け入れて貰えるだろうか……」
「それなら大丈夫じゃないかな……わぁほら見て凄いよ!」
侯輝が壁際がモノで埋まって外が見える数少ない窓に近付くと下を覗いてこっちこっちと呼ぶので皆で窓際に近付くと、地上はビルを取り囲む様に一面色とりどりのライトで照らされていた。ちょっと赤色が多いだろうか。アカツキはどうやら大人しく留守番するつもりはなかった様だ。その凄い人手はアカツキ団だけでは無いのだろう。
色とりどりの光はアンガスがこの世界にもたらした象徴とも言える。チラリとキボリを見れば、かつてはその忌むべきその様を少し寂しそうな何かを懐かしむ様な複雑で感慨深げな表情を浮かべていた。だがほんのりと嬉しさも滲ませており、もう狂気に走っていた頃の姿は微塵も感じさせず心の整理がついているのだと俺は受け取った。きっとミコとの再会が心を清めてくれているのもあるのだろう。
「な、何ですかあれは!まさかぼくの会社に対する暴動?!」
驚くアンガスにそう見えるのは無理も無かろうとは思う。しかし火の手などは上がっていない。警察は機能不全としてもエクリプス社の警備も静かにしている辺り警備ギリギリのラインでただ訴える様にただ集まっているだけの集団だ。アンガスにキボリが落ち着かせる様に説明する。
「違うよアンガス。あれは僕らの味方。この街を良くしようと今日の僕達の君との交渉の為に遠くから応援してくれてる人達。そしてこれからアンガスの味方にもなってくれる人達だよ」
「あんなにも沢山の人達が……ぼくにも?……わぁ危ないよキボリ!」
「アカツキー!!交渉は成功だー!!」
「おいおい、あー何か飛んでったぞ」
「あはは、いいんじゃない?」
キボリは窓を開けると、慌てるアンガスをよそに風が吹き込もうととするのもものともせず満面の笑みを浮かべ大きな声で叫んだ。とても地上に声は届かないと思うがハンカチを手に振る。俺も呆れたが呑気に笑う侯輝と共に笑ってしまった。そんな気分だった。
遠くの方から歓声が聞こえた気がした。望遠鏡で見る位はしてるかもしれない。しばらくすると花火をあげ始めている。ほどほどにしないと警備がくるぞと苦笑してしまうがそれでもこれだけの事が成し遂げられた事に感動した。キボリは嬉しそうに微笑む。
「ほらね?大丈夫だって思えるでしょ?アンガス」
「ああ……本当にすごい……キボリは凄いな。この世界に来て、ぼくが本当に求めていたものは君という幸運を最初から掴めていたはずなのにぼくは馬鹿だったな……」
「違うよアンガス、僕だって最初はこんな事できるなんて思ってなかった。ここに来るまでにとても酷い過ちを犯してる。けどみんなが……天理さん達が僕をここまで押し上げてくれたんだ」
キボリはくるりと振り替えるとまたちょっと羨望の眼差しで俺を見始めたのでどうにも照れてしまって困惑してしまう。
「あ、いや俺はどうせなら住みやすくしようとキボリを焚き付けただけでだな……」
「そうそう!天理は凄いんだよ!」
「そうですね!」
キボリがちゃんと頑張ったんだと謙遜しようとしていれば侯輝がさも当然と言わんばかりに自慢げに語り出した。おいやめろ恥ずかしいだろ。しかしキボリはそれを聞いて更に侯輝に同調し始めたものだから余計に恥ずかしさが増す。勘弁してくれ、顔が熱い。
「いや……だから……」
「天理くんは見かけより可愛らしい人なんだねえ。さっきまでクールでそれでいて熱くて僕の責任追及で脅迫されるんじゃないかってちょっと怖かったくらいなのに」
そんなやり取りを見ていたアンガスが分析する様に頷いているとその発言に侯輝が速攻で俺を後ろから抱き締めた。
「俺のだからね?」
さりげなく俺の左手まで手に取って婚約指輪を見せつけるな更に恥ずかしいだろうが。ああそうかアンガスは同郷人だから婚約指輪の意味分かるもんなって人前で抱きつくんじゃない。
「そうだよ、天理さんの二号は僕だからねアンガス」
キボリお前、俺にはそういう感情無いって言ってただろうが。二号って愛人みたいな言い方すんな。俺は侯輝一筋だ。ファンクラブ会員的なやつか?いやそうじゃなくて。
「大丈夫だよ、天理くん可愛らしいかもしれないけどぼくは小さくて可愛い女の子が好きだから。キボリと一緒に頑張ったら彼女できるかなあ。そうだキボリ妹いるって言ってたよね?そろそろ年頃なら紹介してよ」
「ミコは絶対にあげないよ?!」
アンガスがノーマルで良かった……彼女はまあ頑張れ。ただしミコはややシスコンお兄ちゃんキボリがいるから諦めろ。あと……
「ミコは難しいんじゃないかな。アカツキがアプローチしてるし。ミコも満更じゃなさそうだし」
「あ、やっぱりそうなのか?」
「うん、団員は皆知ってて、いつくっつくかで賭けしてるよ」
それは知らなかった……。うっすら感じていたミコとアカツキの関係が合っていた事を喜ぶと同時にやはり機微を感じ取る難しさを再認識する。キボリ、そんなこの世の終わりみたいな顔をするな。
「嘘だー!!ミコはまだ小さい女の子で!」
「キボリ、お前の中でミコの年齢いくつで止まってるんだ。もう年頃だろ。あんないい子何年もほったらかしにしてたダメ兄なお前が悪い」
「だよねー」
「ミコはまだお嫁にいっちゃ嫌だぁ……!」
「じゃあそのミコちゃんのお友達でいいから紹介してよ」
「アンガスさんはね、もう中年間近の男は年若い女の子から簡単にモテない事をまず知る所からだと思うよ」
年若い侯輝からの手厳しい指摘にアンガスはしょんぼりとした顔をする。あんたにもきっと……多分。

そんなこんなで交渉締結後はオリエンテーションと化し俺達はしばしの間歓談に興じていた。
「はは、楽しいな……こんなに人と沢山話したのは久しぶりだ。まだ不安は一杯あるけどこれから宜しく頼むよ、キボリ、天理くん、侯輝くん」
「ああ、よろしく、アンガス」
「よろしくね、アンガスさん」
そうして俺たちもまた固く握手を交わしたのだった。
市長選やら今後の施策やら話し合いは後日じっくり詰めていくことになり、俺達はジグラットの正式な入館証を発行して貰った。アンガスに見送られた後ジグラットビルを出ると下で待っていたアカツキやミコ達に交渉の結果を報告するとみんな大いに喜んでくれた。キボリはみんなやミコの笑顔を見て嬉しそうに涙ぐんでいた。まだこの一時かもしれないが、お前が果たしたかった事が一つ取り戻せて良かったなキボリ。
流石に騒ぎ過ぎだろう。人気が少ないと思っていたジグラットの社員がちゃんといるんだなと見えるところでてんやわんやし始めていたので早々に集まりを解散させ俺達は帰路に着いた。

一つの難問をクリアできた俺達はトキコの計らいでアンダーバーを貸し切り、ささやかながら英気を養う酒宴を開く事になった。
「天理、創作カクテル作ってくれよ!」
「ああ、いいぞ」
「俺手伝うね」
俺はトキコが頷くのを確認すると、アカツキの要求に乗り皆にカクテルを振舞う事になった。俺と侯輝は上着を脱ぎバーカウンターに入ると、これまでの労いの気持ちを込めて一人一人をイメージしたカクテルを作る。営業時のカクテル作りは侯輝の巧みなアクションを挟んだものが派手好きな客には人気だ。今まで実際に制作している姿は見る事が無かった未成年のミコが、俺のさして派手さのない手付きに興味津々で見ているのを少しくすぐったく感じながらアカツキ、ミコ、キボリ、トキコそれぞれに振る舞うと皆喜んでくれたり歓心したり感謝して貰えたりなど良い反応を貰えた。
「侯輝、お前にも作る。座ってちょっと待ってな」
「やった!どんなかな♪」
侯輝には練習で創作カクテルを味見して貰う事は幾度もあったが侯輝自身の為に作ってやる事は無かったので感謝の気持ちを改めて伝えたかった。侯輝は目の前に座り頬杖をつくといつもより何割か増しで嬉しそうに俺のカクテル作りを眺め始めた。そんな様子に苦笑してしまいつつも、期待に応えられる様イメージ作りと作業に集中する。まず侯輝をイメージする太陽と鍛えられた肉体でベースはゴールドラムとパッションフルーツジュースで明るく輝かせる事にした。それでいて利発さを表現する様に酸味を効かせるライムを足し、氷を入れてシェイクしグラスに注ぐ。キラキラとした明るいオレンジはいつもの侯輝らしいイメージを反映したグラスになっているはずだ。が、そこからただ明るいだけじゃなく芯に秘めた夜の情熱を表現したかった俺は、朱いグレナデンシロップをゆっくりと上から注ぐと明るかったカクテルが底の方で夕焼けの様なグラデーションを見せた。仕上げにパッションフルーツとミントを乗せて侯輝の明るい華の様な愛嬌を表現したら完成だ。カクテル名は……『Sunset Embrace』夕日を抱き締めて、だろうか。
「わぁぁ……」
と、ここまで考えているといつの間にか静まっていた場に侯輝の感嘆の声が聞こえてきて我に返る。その声の主をチラリと見ると出来上がったカクテルを見てやや頬を赤らめながら嬉しそうに、それでいてどこか泣きそうな顔で笑っていて、急に恥ずかしくなってきた。カクテル名が侯輝に対する想いが直球過ぎて皆の前で言い詰まる。名を付けずとも知る人が見ればそのカクテルの表現だけでただ漏れなのだが。アカツキが冷やかす様に小さくヒュゥと口笛を吹き、ミコは目を丸くして驚き、キボリは羨む様な顔をし、トキコは既に俺の心情を察しニヤニヤとしていており居たたまれない。だが出さない訳にもいかず、ままよ!とツ…と照れつつも気に入って貰えるだろうか…と緊張しながら侯輝の前に出す。
「侯輝、さ、Sunset Embrace、だ」
「!えへへ♡……なんだか飲むのもったいないや」
「ふふ、味もお前の好みだと思うから、また作るし飲んでくれよ?」
気に入って貰えた様子に俺がホッとしながら勧めると、侯輝はグラスをそっと持ち上げ部屋の明かりで透けたその夕陽が詰まったカクテルを嬉しそうに眺めたのち、味わいながら飲み干した。
「おいしー♪ありがと、天理♡」
「ん……良かった」
どうやら想定以上に気に入って貰えた様でその笑みに嬉しくなると俺も微笑み返した。
「相変わらず熱いねえ」
「ぇっ、あ、コホンっ、ささやかだが俺からの労いの気持ちを込めて作ってみた。皆お疲れ。キボリの頑張りや皆の協力があったから今日の成功があったと思う。改めてこれからも…よろしく」
「おう!お前もお疲れさん、天理!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!天理さん」
「…………そう、だね。これからもがんばろー!」
すっかり二人だけの世界を作ってしまっていた俺達をアカツキやトキコに冷やかされ俺が顔を赤くしながら慌てて今回の酒宴の目的を思い出させる様に今日やこれまでのキボリや皆の頑張りを労うと、皆笑いそして俺も労ってくれた。そう、まだキボリの改革は始まったばかりでこれからも続くのだ。俺はすっかりこの世界の住人になりつつあるなと思いながらも、まだあった元の世界に戻りたい思いでほんの一瞬言葉を詰まらせてしまっていたのだが皆には気に止められていない様子に安堵した。ただその時侯輝だけは心配そうな様子でしばし黙って俺を見つめていたので心配させてしまったかと思ったが、すぐにいつも通りに軽く酒が入ってはしゃぎ始めたので、ひとまず気に病ませずにすんだと思う事にした。
それから暫く酒を飲み交わして談笑したのち、酒宴はお開きになった。

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