再会後3

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侯輝×天理×侯輝

天理視点


翌朝、心身ともにスッキリした気分で目を覚ますと丁度起きていたらしい侯輝に機嫌良さそうに「おはよ。今朝は調子良さそうだね」とニコニコと挨拶され、俺は昨夜の事を思い出し赤面してしまう。
そんな俺を見てクスッと笑われてしまった。
朝食を取り、昨日侯輝に見繕って貰った別の服に着替える。今日の服は紺のスキッパーシャツに黒のテーラードジャケット、ベージュのチノパンという出で立ちだ。
侯輝は俺が着る度に嬉しそうだ。
侯輝の方は今日は少し落ち着いた感じで白のTシャツに濃紺グレーのジャケット、カーキのパンツに革靴といった格好だった。
侯輝の職場である遊園地内の付属博物館へ見学に行く。今日は侯輝の車で移動する事にした。自動運転があるものの免許は必要らしい。道路交通法や緊急時の操作方法は知っておかなければならないからだ。それでも身体が不自由な者にも門戸が広くなっていて、大体の者は問題なく乗れるようだ。これもできれば取得しておきたい資格だ。

二、三十分程すると遊園地に辿り着いた。本日は閉園している事を示すように観覧車はピタリと停止している。見て回りたいが閉園日はメンテナンスロボや担当者が居り、邪魔になり不審者として通報される為今日はお預けだ。先日アクエリアスが無理やり動かしてくれたやつはいろいろ改竄していたのだろう。
考古学博物館へは従業員入り口から侯輝の入門許可証で入る。俺はゲストで登録してもらった。アクエリアスに事前に連絡してあったので処理もスムーズだ。
侯輝に手を引かれ正規の入口に辿り着くとお堅い考古学博物館とは思えないようなポップな字体で書かれたディスプレイ板が煌めいていた。
『ようこそ!考古学館へ!』と書かれている。
侯輝:「さっゆっくり見てってね!」
遊園地付属とあって親しみやすくする工夫なのだろうか?なるほど侯輝らしいなと思う。
前世の俺も大学付属の博物館展示部分を手伝ってその筋の連中にはそれなりに好評だったのだが、いかんせん若者の取っ掛かりが掴めないのが悩みだったのだ。
無人の貸し切り状態と化した博物館内を進む。主に遺跡や出土品、人類史についての展示が中心だった。
横で侯輝が説明してくれるのを聞きながら展示物を見ていくと、それぞれ一つ一つに子供でも分かるようにイラスト付きで解説されていた。
俺は感嘆の声を上げる。
天理:「これは素晴らしいな」
侯輝:「でしょ?でしょ?」
自慢気に胸を張る侯輝に思わず笑ってしまう。この調子で訪れる子供達にも教えてあげてるんだろう。きっと楽しく学べるに違い無い。
順路に沿って進みつつふと疑問に思った事があったので質問してみる。
天理:「なあ素人質問で悪いんだが……」
侯輝:「な、何かなっ!」
俺がそう発した途端格闘の構えまでし始めたので「どうした?」と首を傾げる。
侯輝:「その出だしで素人質問だった事が無いんだよー」
何か思い当たる事でもあったのか気持ち半泣きで訴えていた。
天理:「ははは、何だよ俺まだ資格もない素人だぞ?」
侯輝:「天理前世じゃ考古学者じゃん!たった数百年知識が欠落してる程度のプロじゃん!ううう……でも聞くよ!何でも聞いて!かかってこい!」
天理:「そこまで構えんでも……ええと、そこの展示物の遺物の西暦期における記憶媒体の変遷についてなんだが、俺が知っているのは……」
俺が展示物を指差しながら質問をすると侯輝は真剣な表情で答えてくれるので考古学に関するこうした久々の問答に内心嬉々として話していた。そして問答を繰り返す。
遺物の解析装置の進歩でそれまでの説が覆されていたり、また逆に記録が失われた事により現代においては新たに新発見がされたりと、俺の知識が役に立つ場面もあった。
侯輝:「うわぁ……発表したら大発見でニュースになっちゃうかも!展示物も修正しなきゃかなぁ……」
天理:「だが肝心の証拠たる記録が残ってないから絵空事にされるだろうな」
侯輝:「うわーん勿体無い……なんか悔しいなぁ……でもなんとか仮説を立てて証明したいな!昔みたいにどこか遺跡に潜ったら証拠出てこないかなぁ」
天理:「ははは、懐かしいな」
侯輝:「うん!そうだ、いつか本当に探しに行こうよ!二人で、また」
天理:「!そうだな……ふふ。忙しいな」
これから二人で何百年、もっと先もあってどうやっていようと思っていれば侯輝といるとやりたい事リストの方が積み重なっていく。
天理:「でも、楽しみだな」
侯輝:「えへへ」
嬉しさに誰も居ない館内故に遠慮なく侯輝の頭を撫でると侯輝は気持ち良さそうに目を細めた。

歩き進めて行くと見覚えのある部屋に辿り着いた。殺風景な部屋に中央には人一人入れそうな箱。先日まで俺が延べ数百年程寝転けていた場所だ。もう俺はそこには居ないから不要なのだがここが発見された時点で有ったのでそのままにしているらしい。天理としては2日ぶりになる。
壁のパネルに文字が表示される。
アクエリアス:『ようこそ!夏侯輝さん!ゲストさん!私はアクア。神代に造られしAIです。質問があれば何なりとどうぞ?』
天理:「……どうした?アクエリアス?」
アクア?夏侯輝さん?ゲストさん?俺はお前にそんな名前を付けた覚えは無いし創造主の名前を忘れたか?と思って不審に見ていれば侯輝がすかさずフォローに入った。
侯輝:「アクエリアスはね、博物館営業モードに入るとアクアって名乗ってるんだよ。呼ぶ時は入館登録名を呼ぶようにしてるんだって。アクエリアスって名前を知ってるのは俺達だけだよ」
営業ネームか……すっかり現代に馴染んでいて感慨深く思う。俺が現実逃避して寝転けている間に苦労をかけてるな……などと思っていればパネルの隅っこに小さい文字で『そうですーおはようございます空の神ー!太陽の神ー!ゆうべはおたのしみでしたね?お体もすっかり回復なされて!』といつもの調子で表示していた。
仕事の腰を折ってすまんな。労おうとした矢先に余計な事を表示し始めたので思わず手でパネルを隠して消してしまった。
天理:「ばっ!」
侯輝:「えへへーおたのしみだったよー」
天理:「かっ!」
だが隣でデレデレと惚気始めたのでパンフレットで侯輝とパネルをスパンスパン叩く。まったく。
天理:「仕事しろ」
侯輝:「えーアクエリアスだって俺達の事心配してたんだよー」
アクエリアス:『そうですーお二人が幸せそうで何よりです』
天理:「……ありがとな。……コホン、じゃあえっとアクア?質問だ神代っていつだ?」
アクエリアスは画面の端っこに『いえいえー』と表示させたのち、営業モードで俺の問いに答えてくれた。俺の知る限り人類にそんな定義無かったはずだ。一部ではそう定義している地域はあったが。新しく設定されたのか?
『はい!神代は今から約1万年前です!』
近いな神代。俺はお前をそんな直近に造った覚えはないんだが。そういう設定か?
「あのね、さっき解析装置の発達で過去の解明が進んだって話したけどこれもそうなんだ」
「ほう」
「ただ既知の歴史の中で解明できていない文明らしき時代があるってうっすらした事が分かっただけだけどね。でもやっぱり分かんないからまとめて神代って付けられちゃったみたい」
「お、おう……」
思いを回らす俺に侯輝が解説してくれたが、進歩したんだかしてないのだかよく分からんな。
誰が名付けたか知らないが正確な時期はともかくぶっちゃけ正解である。だがそれが真実だと分かるのは実際に神の時代からの記憶を持つここにいる二人とアクエリアスくらいだろう。
「アクアは何でできているんだ?魂とかあるのか?」
ちなみに正解は俺…空の神の力を一部分け与え産み出した自律神造精霊をコアとし、四大精霊の結晶を融合物質化した物を体としている。
『はい!ヒトとは異なる精霊の魂があります!体であるこの部屋の物質は神代の神に造られたそーらりうむでできています!』
「そーら……りうむ……?」
なんて?そんな名前付けた覚えは無いんだが。
「うんとね、現代人に説明する為に適当に命名したんだって。因みにそーら…ソーラーで太陽を意味するのと、そーら…そらで空。つまり俺達二人の名前にかけているんだよー。ナイスネーミングだと思うーえへへー」
『はい!お二人の愛の絆パワーに因んで名付けました!』
俺がまた疑問に思っていると解説しながらなぜか照れ始める侯輝と、画面の端で小さく得意気に侯輝の解説を捕捉するアクエリアス。まあ確かにここ……アクエリアスは俺達の絆を結ぶ為の大事な場所になってくれている。間違っちゃいない、いないんだが。人類が物質にリウムという名前を付け始めたのは西暦20世紀位だから辻褄合わないが大丈夫か。唐突にギリシャ語か。いやそれよりも。
俺は思わず額に手を当てて項垂れた。真実は俺達しか知らないが目茶苦茶恥ずかしい。
「お、おう……」
「どうしたの?」
「……ここに勤務したら[[rb:愛の結晶 > それ]]を頭の片隅においてお客さんに説明しなきゃならないのかと思うと恥ずかしい」
「あ、そっかぁ。大体はアクエリアス自身が説明するんだけどね。俺今まで天理が寝てたからちょっと寂しい気分でお客さんに説明しちゃってたけど、これからはにやけちゃうかもー」
そう言って侯輝は俺に抱きついてきた。その気持ちは分かるのだが。
「自重しろっ!」

そんなこんなをアクアこと営業モードのアクエリアスに質問し、概ね現代人に対しては機能を大幅に絞り、誤魔化しつつ程よく役に立ちかつそこまで万能ではない体で存在していた事を確認する。俺が寝ている間苦労をかけたと改めてアクエリアスを労った。アクエリアスが人類に発見されて以降、謎の高度AIと物質として人類から研究は続けられているが、解明装置に虚偽の情報を送り込み人類に解明できない様にしていたらしい。
一般客と神代のAIとして一通り模擬的な質疑応答を終えるとアクエリアスは営業モードを終了させる。
天理:「改めて、ありがとな。お前のおかげで俺は侯輝と再会できた」
アクエリアス『いえ!私は空の神をサポートする為に生まれたのですから!お礼なんてとんでもないです!』
天理:「それでもだ。俺の都合で産み出した様なものだたからな。お前には苦労をかけた。感謝してもしきれない。俺達は今度こそ離れないとお前に誓うよ」
侯輝:「そうだね」
隣に並ぶ侯輝が優しく微笑む。
アクエリアス『はい!空の神!太陽の神!私はお二人をずっと見守っています!』
アクエリアスの言葉に俺は思わず笑ってしまった。
天理:「ははは、これからもよろしく頼む。まぁこれでもう俺のお守りもしなくていいしお前がしてみたい事とかやってくれていいからな?」
アクエリアス:『はい!私是非やってみたい事があります!』
天理:「なんだ?」
アクエリアス:『お二人をモデルにした恋愛物語を作りたいです!更に私の体を使ってそれを立体化し、この博物館で展示します!』
天理:「はぁ!?」
侯輝:「いいね!見てみたい!」
アクエリアス『はい!私の体を使い、この博物館で空の神と太陽の神お二人をモデルとした恋物映画を実演致しましょう!』
天理:「待て!それは恥ずかしい!」
ちょっと待て俺はそんな所で働くのか?自分の恋愛話がダダ漏れさせている場所で?
アクエリアス:『大丈夫です!CERO Aなのでお子さんにも安心して見せられます!』
天理:「そういう問題じゃねぇ」
アクエリアス:『ではどういう問題で……?』
天理:「そもそも俺達モデルにする意味あるのか?」
アクエリアス:『あります!お二人は紛う事無き神、お二人の史実は神話であり歴とした考古学なのです!この考古学博物館で展示するに相応しい題材です!』
天理:「ぐぉ……確かにそうかもしれないが……」
侯輝:「グッズ販売とかしてもいいかも!天理、新しい客層ゲットだよ!」
天理:「そ、そうだな。うん、まぁそうだな」
結局アクエリアスと侯輝の間で話が盛り上がり俺は完全に押しきられる感じで頷くしかなかった。あくまで神話としてだからな?頼むぞ?
アクエリアスは自己都合で作り出してしまった存在故に後ろめたさを感じていたが、最早主を出汁にして同人活動紛いの事を始めるとは思いもよらず、自立していく子を見る親の気持ちを味わっていた。
天理:「まぁお前の好きにしてくれ」
アクエリアス:『はい!ありがとうございます!太陽の神の告白シーンからの初めてのキスシーンはアーカイブされてますので、これを参考に力を込めて作りますね!』
天理:「だぁー!やめろぉ!」
侯輝:「え!それ残ってるの!?データ頂戴!」
アクエリアス:『もちろんです!お二人の愛のメモリーは最優先記録事項の永久保存です。送りますね!太陽の神。空の神も要ります?』
そんな優先事項いつ設定した。いっそ消してくれ。
天理:「いらん!直視できるか!」
侯輝:「やった!前世の頃ってろくな記憶媒体無かったから嬉しいな。じゃあ結婚式のも?」
アクエリアス:『もちろんございますよ太陽の神。ドキドキ指輪交換も誓いのチューも収録してございます。送りますねー』
侯輝:「ありがとー!後で一緒に見よ、天理」
天理:「ぜってぇ嫌だ」
当時ですら恥ずかしくて死にそうだったんだ。これ以上羞恥プレイは御免被りたい。
天理:「と、とりかく、俺ここに勤める事になるかもしれんから、ほどほどにしてくれよ」
アクエリアス:『はい!わかりました空の神!~♪』

俺はため息をつくしかなかったが楽しそうにしてるならまぁいいかと思い直す事にした。アクエリアスの部屋を出ると侯輝が俺の手を握る。
侯輝:「これで一通り回ったんだけど、どうかな?」
天理:「……俺が想像してた博物館とは随分違ったが面白かったぞ」
侯輝:「良かった!天理と働けるの楽しみにしてるね!」
天理:「あぁ、俺もお前と働くのは楽しいだろうと思う」
侯輝:「ふへ、嬉しい」
天理:「俺もだ……ふふ、やること盛り沢山だ」
俺は侯輝と手を繋いだまま博物館を出ると再び侯輝の車で遊園地を後にした。

侯輝が生まれ待つ事数百年、すっかり普通に生活する事を失念していた俺の世界が再び回り始めた。少しずつ生活に慣れ、毎日侯輝を仕事に見送りつつ学芸員資格試験の勉強を進める。学費を節約するため学習内容はアクエリアスに頼んで提供して貰う事にした。
再会してから数日は毎日夜になると勤務日であろうと侯輝が俺を求めてきた。俺も侯輝を求めていて拒む理由もなく応じていたのだが、流石に連日連夜の行為で腰が痛くなってきた。
侯輝:「ごめんね……天理が可愛すぎてつい……」
天理:「大丈夫だ……お前のせいじゃない……むしろすまん……」
前世の時は侯輝がまだ若く野外活動も多い冒険者だったのでなかなか体力的に合わせるのが厳しかった。肉体年齢が同じになり仕事も内勤が多くなった今世なら合わせられる……と思っていたらそんな事は無かった。侯輝は毎日元気だったし、先にぐったりするのはやっぱり俺の方で事後はお姫様抱っこで風呂に連行されるのが定番パターンだ。おかしい、前世と変わらない。今も侯輝の膝の上でお湯に浸かりながら事後のマッサージを受けている。気持ちいい。
天理:「お前の体力どうなってんだ……?」
侯輝:「んー?ジムで鍛えてるけど前世の時よりは全然だよ?もう一晩オールは無理じゃないかなあ」
そりゃそうだろそうであってくれ。てか、前世のお前相当我慢させてたな、すまん。
天理:「んっ」
侯輝:「ここ?気持ちいい?」
そんな事を思っていれば弱いツボを揉む様に押され侯輝が俺の耳元で囁やかれると、俺はビクッと体を震わせる。気持ちいいというか意味が違う。
天理:「そこ、は、いい、から」
侯輝:「ふふっ天理はほんと敏感だよね。だから余計疲れちゃうのかな?体力無い訳じゃないのにね」
そう言って俺の耳に息を吹きかけられ、ぞわわっと全身に震えが走った。それはもうマッサージじゃないだろ!慌てて耳を塞ぐ。
天理:「っ!ばか、やめろっ!」
侯輝:「えー?俺息ふーしただけだよ?」
楽しそうにしやがってこの野郎、ただでさえ体力差あるのに最小体力で俺の体力削ってきてるんじゃねぇ。お前に他愛の無い事をされるだけでこんなにも反応してしまう俺の体が恨めしい。
……分かっている。己の身体が喜び故に過剰な反応を示している事は。俺は心底侯輝を愛していて、侯輝に触れられる事が嬉しいのだ。そんな気持ちを素直に伝えられない己の口に変わって身体が返事している様なものだ。
侯輝:「俺の事好き?」
俺が顔を赤くして黙っていると侯輝が俺の頬に手を当てながら聞いてくる。
侯輝の問い掛けはいつも俺の心に問いかけてくる。俺はそれに答えたいと思っているのに、いざ言葉にしようとすると恥ずかしくて上手く言えないんだ。
天理:「……ん」
侯輝:「えへへ、俺も大好き」
俺達はキスをする。
侯輝:「そろそろ上がろっか」
天理:「っ!おま……」
散々人盛り上げといてこれだ。こいつは俺が素直に口にしないものだから時折こういう意地悪をする。俺が素直に言えば良い事なんだが。
ていうか。そういう事するなら俺の尻に当たってるモン引っ込めてからやれ。我慢してまで俺に意地悪するな、ドSなのかドMなのかどっちなんだ。まったく……分かったよ。言う、言うから。欲しいのはお前だけじゃない。
天理:「……続きしないのかよ」
俺はクルリと向きを変え侯輝の首に腕を巻き付け引き寄せると耳元で囁く様に言った。
侯輝:「えへへへーしたいな♡」
俺が首筋に吸い付かれれば俺は侯輝の頭を撫でてやる。侯輝は嬉しそうにして俺を横抱きにして寝室に向かうと優しく俺を降ろし、結局本日二回戦目に突入したのだった。仕方ないのだ、俺のモンのすっかり元気になっていし、この男が大好きなのだから。

天理:「ぁーケホッ、腰痛ぇ……」
声が掠れる。俺はベッドにうつ伏せになって腰をさすっていた。侯輝に付き合って頑張ってしまった。
侯輝:「ごめんね?大丈夫?」
水を飲ませてくれた後、俺の隣で寝転がった侯輝が俺の腰に手を添え労ってくれる。流石に勤務し始めたらこういうのは止めよう。自重しよう。
天理:「少し休めば動ける。安心して出社してこい」
侯輝:「そっか」
俺が侯輝の方に寝返ると侯輝は俺を抱き寄せてくれる。その温もりが心地良くて俺は侯輝の首元に擦り寄って甘えた。ふふっと小さくも嬉しそうな侯輝の声が聞こえ、俺はそのまま眠りについた。

目が覚めると侯輝はもういなかった。眠る俺に「行ってきます」のキスをされた記憶がうっすらと甦る。重ダルい腰を摩って起き上がるとキッチンに向かった。
テーブルの上にメモがあり朝食の準備が出来ていた旨が書かれているのを見て感嘆の溜息をつくと顔を洗い、もう昼食だか朝食だか分からないご飯を椅子に座って食べ始める。まったく、それくらい自分でするものを、どこまで俺を甘やかせるつもりなのか。あいつだって朝近くまで頑張っていたはずなのだ。などと考えていたら昨晩の愛おしそうに蕩ける様な顔で俺の名を呼ぶ侯輝を思い出してしまい、俺は慌てて首を振った。
いくらなんでも堕落し過ぎだ。いつまでも数百年振りに再会した恋人との同棲に浮かれてはいられない。今晩はどんなに誘われても鉄の意思で否定するのだ。昨晩明け方までヤッたし疲れてるからとでも言えば流石に聞いてくれるだろう。
多分。
情報番組を観ながら食事を済ませる。ガノ経由でこっそりアクエリアスに連絡を取り侯輝の様子を盗み見させてみれば流石の侯輝も少し眠そうだという事が分かり俺は安堵すると共に笑みが溢れてしまった。
俺は食器を洗い器に片付けると部屋着とは言え身なりを整えいつもの様に学芸員資格の勉学に取り掛かる為通信装置を起動させる。
学芸員の資格を取るには太古の昔であればまず大学に通い、専攻する学科及び博物館に関する専門科目を履修する必要があったが、現代においてはまず大学自体、直接通わなくとも通信教育でどこからでも単位を取得する事が可能となっている。
専門である考古学部分においては前世から数百年の間で人類の認識が様変わりした部分の補完をするだけなので、俺は特に苦労する事なく必要な単位を取得していった。強いて問題があるとすれば神として過去の人類の真実を概ね知っているが故に試験用知識として誤っている事も正として覚えなければならない事だろうか。学会かどこか知らないが是正しに行きたい所だが、証拠も無しに突撃しても無碍にされるだけなので今は我慢しておく。
博物館に関する専門科目については完全に初めての知識になるので、その部分はしっかりと勉強しなければならない。俺は机に座り通信講義をスタートさせると電子ノート用のペンを手に取った。

日が傾いてくると休憩がてら夕飯の献立を考える事にする。俺はペンを置き、椅子から立ち上がると伸びをして凝り固まっていた身体の緊張を解いた。まだ少しだるさを訴える腰に侯輝を思い出す。いつだって俺を忘れるなと訴えている様で俺は苦笑いを浮かべた。
俺が台所に向かい冷蔵庫を開けると、インターホンが鳴る音が聞こえてきた。侯輝から来客の話は聞いていないし、届く荷物も無かった筈だ。古い癖ですぐに玄関に出ようとしてしまうが侯輝の「不用意に玄関開けちゃダメだからね!」という過保護な言葉を思い出しつつ、手元の端末で一階エントランス画面を確認する。そこには男が一人。長身で年は30前後だろうか、服装は全体的に暗めの色調で統一されており、スーツの上からは革製のロングコートを羽織っていた。白髪というよりダークグレーの長髪を束ねて肩から前に垂らしており、少し暗めの表情をしていたが恐らく美形と言って差し支えない神秘的で整った容姿をしている。どこかで見たことがあるような。
「はい」
俺は不審に思いながらもドアモニターの通話ボタンを押し応答した。
『俺は真の王に仕える者です。召喚に応じ参上致しました』
声は低く大真面目な雰囲気ではあったが、俺はその言葉に不快を感じる。まず自己紹介が所属の紹介でしかなく、個の紹介になっていない。せめて公共機関なり企業ならば良いものを所属自体が抽象的で怪しすぎる。そしてどこに訪ねて来たのかも確認する様子もない。つまり相手は誰でも良いのか?やはりこれは突然訪問定番の宗教勧誘で、この時代のポピュラーな宗教勧誘的な謳い文句なのだろうか?
だとしても、まず俺自身が神なので勧誘されても困る。数多の実在の神は元嫁である大地の神以外は全部俺の子なので、もしおかしな信者がいる様なら注意しに行かないとなぁなどと思っていれば男は話を続けた。
『俺は貴方の味方です』
「どちらにお訪ねですか?それとどちら様で?」
いくらこの時代に疎くても怪しいのは分かる。単にこいつが部屋番号間違えていただけだとして、このマンションにそんな対象が住んでいるのだとしたらちょっと面白い。封建制が消滅したこの時代において、その血筋が隠れ住んでましたとかなら、見てみたいぞ真の王とか呼ばれてる奴。などとも思えば少しワクワクしてしまう。こっそりシアで覗きに行ったら古代遺物の一つも拝めるかもしれん……うまく部屋番号聞き出せないかなどと邪な考えを巡らせていれば、男が焦れた様に声を荒げた。『……信じてください俺は桜の根の者、ハイネ……ハクオウイン様のお宅では……!?』
「違いますね」
『え!?あれ?!』
ややダーク気味に佇んでいた男…ハイネが一転アワアワと慌て始める。コートの内ポケットから紙片を取り出し何やら確認し始めた。どうやら彼の真の王はハクオウインとか言うらしい。勿論俺とは関係ない。桜の根って所属名か?訪ね先は断絶した王家か何かか?やばい面白い。もうちょい話聞きたい。試験勉強の息抜きになるかもしれない。そう思いつつ親切風に装い尋ねる。
「部屋番号の入力間違えてませんか?」
『そんなはずは……!ともかく間違えました。失礼する。…………ええと……この操作盤を……』
ハイネはキリッと表情を引き締め軽く一礼した後、ブツブツ言いながらまた手元の紙片を確認しそのまま操作盤を押し始めた。が、まだ通信は繋がったままだ。押す度にエラー音が鳴っている。
モニターで見ていれば入力して応答を待っている様子だ。一旦オフになっていないから正しい番号を入力できていたとしても新しくどこにも繋がらないのだ。切ってしまって放置してもよかったが、なんだか可愛そうになってきた。通話ボタンを押す。
「あの……」
『俺は真の王に仕える者です。召喚に応じ参上致しました』
真の王ハクオウインさんとやらを訪ねたい桜の根の者?灰根は、先程のやり取りを一からし始めた。うん、まずお前さんは先に名乗る事を覚えた方がいいぞ。俺が例えハクオウインさんでもお前さんを警戒すると思う。そして応答した声でさっきの人だと気づいてくれ。
「ええと……また間違えてますよっていうか操作分からないです?」
俺もまだ現代技術にやっと慣れてきた所だったが、こいつはそれ以前の問題だな。
『何っ?あ……!すみません、間違えました』
「いえ、大丈夫ですよ」
どうすべきか。またオフにしたと思って紙片とにらめっこしつつエラー音を奏でている。どうやらエラー音の概念が無い気配がする。モニター越しでは操作板が見えないので説明し辛い。侯輝からは不用意に出ていくなと言われたが……好奇心が勝り、つい通話をオンにしてしまう。
「あの……操作良かったら教えますが……?」
『えっ!あれっ?』
操作中に突然話しかけられた風の様子の灰根に思わず吹き出しそうになるがなんとか堪える。
『え、いや、その』
「そっち行きますよ」
『え?あ、はい』
集合エントランスへと向かうと背は侯輝よりも長身でやはり神秘的美男子でありながら少し挙動不審となっている男が集合玄関インターホン前で所在無げに立っていた。そして近づいて気がついた事がある。隠しているか自身も気づいていないのか不明瞭だが、こいつも神の魂を継いでいる気配がある。
「こんにちは。先程の者です」
「……こんにちは……お手数をかけます」
俺を見た瞬間少しだけ目を見開いて間があったので何かを思った気配があったが、すぐに丁寧に挨拶を返してきた。
「……お願いします。ええと、この通りにやっているつもりなんですが」
「ふんふん」
先ほどまでにらめっこしていた紙片をあっさり俺に手渡してきた。いや、渡していいのかそれ?真の王とか言ってたし機密事項だったりしないのか?と思いつつ紙片を見るとメモ書き程度だと思っていたらがっつり手紙だった。電子メール全盛と化した現代で物理メール!俺コレ見ていいのか?大丈夫か?あんた!
灰根へ、から始まる手紙には流麗な文字でここの住所と部屋番号、マンションに入る為の操作方法が分かりやすく丁寧に書いてあった。ハイネは灰根と書くらしい。締めは弓木、とハクオウインと読めそうな白桜院の印があった。
「ここの通りやってるつもりなんだが……」
「お、おう……これはこうして……」
驚きが過ぎて素で返してしまっていたが、とりあえず操作方法を教える。
「なるほど……ありがたい。なんとか覚えたがやはり難しいな」
「いやいや。まぁ、一度生体認証で登録してしまうと次からは操作しなくていいから逆に覚える機会無いし」
「生体、認証……?!」
フォローのつもりで言った言葉にまた驚愕する灰根に今度は吹き出しそうになるがなんとか堪える。なんだろうインフラ整備されてない山奥にでも居たのだろうか?よく見ればABTも装着していない。
「それは……どういう事だ?」
「声とか指紋とかセキュリティに登録してしまえば入室手続きが簡略化されたりするんだ」
「……!?」
「ま、まあ詳しくは白桜院さん?に尋ねてくれ。登録して貰えば次からはスムーズに入れる」
「……ありがとう。本当に助かった」
「ああ、丁度気分転換したかったし」
真の王白桜院さんとやらの部屋番号も分かったしな。流石に人様の家を覗き込むのはまずいので気配が無さそうな時に遠くから眺める程度にしよう。
「そうか」
俺がそう思いながら軽く手を降り自室に戻ろうとする間際、灰根の瞳に一瞬冷たい様な迷うような複雑な色が浮かんだ気がしたが、気のせいかと思うくらいすぐに消えてしまった。
「じゃあ」
「……あぁ」
生体認証で集合玄関を開け自室に戻ろうとすると、背後から急激に増大した魔力を感じた。振り返ると素早く近寄った灰根が右手を前に突き出し、その掌に黒い渦が渦巻いていた。侯輝がちょっと本気を出した時の闇の精霊に近い程の魔力が俺の額目掛けて伸びてきていた。
『ガノ』
なるほど?平気で情報開示してきたのはこれがあるからか。さしずめ術内容は……
『忘れろ』
『ヨイショー!』
「!!!」
伸びた手が届く前にガノに灰根の身体全体を包み込む様な石の塊を転移発生させ固めさせる。いしのなかにいる!の石の方を転移させたバージョンだ。灰根は手を付き出した格好のまま首から下を突如現れた石で固められ、驚愕の表情を浮かべる。これ程の使い手ならこの状態でも術が飛ばせる可能性を踏まえ少し離れておく。
「くそっ見誤った……!ここまでとは……何者だ!我が主に仇成す者か?!」
ふむ。俺が精霊使いまでは見抜いていたらしい。
「白桜院さんの事か?今日初耳だが……俺は最近ここに住み始めたばかりの……が、学生かな?」
世間ずれしており前時代的だが白桜院さんへの忠誠心は確からしい。
数十年寝ていて起きたばかりの家事手伝いの就業学習中の神とは流石に言えなかった。嘘はついてないんだがかなり警戒されている。前世の頃ならともかく、現代で俺程の使い手の精霊使いはほぼいないらしいので分からなくは無い。最もこの男も現代であれば相当の使い手でレアだろうが。
睨み付けられたままどうしたものかと考える。当然放置は出来ないし解放したら俺の記憶を消しに来られるだろうからその対処が面倒だ。好奇心を起こしたばかりにこんな事になるとは……侯輝の「絶対に玄関から出ちゃダメだからね!」が頭を過る。怒るだろうなぁ……侯輝。でもこんなレア男にいきなり遭遇するとは思わないだろ?
侯輝がいればこの男がした様に、俺に会った記憶を消して貰って解放する事もできるのだが生憎仕事中である。
仕方ない。俺は集合玄関のインターホンへと戻り先程の覚えたハクオウインさんの部屋番号を入力して呼び鈴ボタンを押した。ガノに石の塊となった灰根をインターホン画面口に移動させる。
「貴様っ!何をしている!やめろ!もしや私をダシに何か要求する気か!私の事など……」
何やら深刻そうに叫んでいたのでシアに少しボリュームを下げて貰う。ピーンポーンと音が鳴り、少しの間を置いて女性の返事があった。
『どうしたのです灰根!その姿は!あなたは何者ですか?』
「ええと……白桜院さんかな?俺は810号室の天理と言います。彼についてお話が……」
俺は灰根が間違えて俺の部屋番号にインターホンをかけてきた事、見かねて操作方法を教えてやったら俺の記憶を消しに来たので悪いが返り討ちにし、ちょっと石になって貰った事を説明した。
インターホン越しの彼女は驚きの反応を示した後しばし間があった後返事があった。
『大変失礼致しました。主が非礼を詫びお会いになりたいと仰っております。その者は動かせますでしょうか?』
「そんな!部外者を招くなど!」
『お黙りなさい灰根、主の命ですよ』
「……!分かりました」
「彼は俺の方で動かせます。それでは伺います」
灰根は俺に石で拘束された事よりも余程ショックだったらしく、項垂れたまま黙り込んだ。俺はガノに灰根を移動させると白桜院さんの部屋にたどり着いた。ドアが開かれるとショートカットの髪に円メガネにメイド服の様な衣装を着てほんの少し爽やかなハーブの香りがする凛とした女性が出迎えてくれた。
「ようこそおいで下さいました。私は白桜院家の家令を務めております緑葉と申します。この度は灰根がご迷惑をおかけしました。どうぞこちらへ」
先程インターホン口で聞いた女性の声だ。玄関は俺達の家より広く同じマンション内でも間取りが全く異なっていて、廊下の突き当たりにある扉を開くと広い応接室だった。その部屋だけで俺達の部屋の寝室と居間と同じぐらいだろうか。調度品は古めかしいが丁寧な木彫り細工が施されており興味深いものが多い。ソファーはクッションが効いて座り心地が良かった。緑葉さんがお茶と茶菓子を用意してくれた。本人は不服そうな顔をしていたがほぼ石と化した灰根を横に鎮座させておく。
そして一人の少女が入室してきた。
「初めまして、私が白桜院の当主、弓木です。この度は我等の不手際で大変な御苦労をかけてしまい誠に申し訳ありません。」
当主だという弓木はまだ二十歳にも満たない少女だった。すらりとした長身に長い黒髪を一つに結わえ、大きな黒い瞳が印象的でまだ幼さが残る。だが表情は大人っぽく落ち着いており、意志の強さを感じさせた。
俺も名乗り彼女が差し出した手を握った。
「810号室は夏侯輝さんの一人暮らしだと認識していたのですが天理さんはご家族の方ですの?」
「俺は……その、侯輝とは……恋人同士です」
どうやら侯輝とは既知らしい。
「まあ!では貴方が輝さんの……そうですか……成る程それなら納得ですわ」
彼女の強い瞳の中に少しだけ寂しそうな表情が浮かんだがすぐに消えてしまった。そして横にほぼ石となって主の前で死にそうな顔をして鎮座している灰根に視線を移した。
弓木:「白桜院家は退魔師を束ねる一門の一つを勤めております。灰根はこう見えても退魔師としては数百万に一人の逸材です。輝さんとは夏侯の総本家で一度まみえた事がありそこで少し助けて頂いた縁があってそこで輝さんの計りしれぬ実力を知りました。灰根と渡り合えるなら彼くらいだと。その伴侶となられる方であればこの結果は納得できますわね」
どうやら白桜院家というのは現代において人離れした力を有する者の理解を有し取りまとめてもいるようだ。
天理:「それで……できればそこの彼に俺には手を出させない様に約束して欲しいんだが。それで解放としたい」
俺の言葉を聞き彼女は一瞬目を丸くしたがすぐ元の落ち着いた様子に戻った。
弓木:「ええ勿論」
灰根:「弓木様!この男は信用できるのですか?!」
弓木は灰根を一睨みして黙らせた。
弓木:「灰根、貴方がなぜ今首から下だけの拘束で済んでいて、放置していれば良いものをここまで足を運んでくれていると思えば分からない訳ではないでしょう?そもそも最初から貴方に関わらなくても良かったはずなのに、この方は手を差し伸べてくれた事をもう忘れたのかしら?」
弓木さん、俺凄い好い人っぽく言ってくれてるけどその大半は好奇心だったスマン。と言うと話がこじれそうなので当然黙っておく。
灰根:「ぐ……しかし!この男が本当に我々の敵でないとどうして言い切れるのです?!」
弓木:「天理さんは貴方が言う様な悪い人にはとても見えないわ。輝さんのお身内であれば尚更。それにもし何かあれば私が責任を取ります。灰根、貴方は私を
疑っているの?」
弓木さんは少し悲しげな表情を浮かべながら言った。
灰根:「いえ……そんな事は……」
弓木さんはこちらに向き直った。
弓木:「天理さん、よろしければ貴方の素性を詳しく教えて下さいませんか?私は退魔師を束ねる者として、貴方が何者なのか知っておきたいのです」
天理:「……侯輝からはどこまで聞いて?」
弓木:「自分は太陽の神様だと……私が小さい頃の事なのではぐらかされてしまっていた様に思うのですが……数年前に再びお会いした時も似たような調子で……」
あいつ馬鹿正直に言ってんじゃねぇか。しかしまあ一般人はおろか退魔師なんて一門ですらこの反応だよな。そりゃそうか神様なんて。と思っていたら周囲を漂っていたシアがピクリと反応すると手をパタパタ振り主張し始めた。
シア:『あるじ、呼ばれてる。太陽の』
天理:「侯輝か?すまん弓木さんちょっと待っていてくれ。……シア、繋いでくれ」
侯輝:『天理ーーーー!!!やっと捕まった!!どこにいってるの!?!もーーー!!!さっきの男誰?!!!』
弓木もシアが見えるらしい。すんなりと頷いてくれ、シアが侯輝との精霊通話が繋げてくれた瞬間侯輝の叫び声が響き渡った。
天理:「お、おう……ごめんな……今ちょっとご近所の白桜院さんちに居てだな……男?あれ?お前見えてるのか?」
ああやっぱり怒られた。しかし男とは灰根の事か?どうやって見た?
侯輝:『インターホン、外からでも出られるし、記録も見られるの!さっき仕事で出られなかったから記録見たら天理明らかに怪しい男となんか呑気に喋ってるし助けに行こうとしてるし!通話しても出ないし!』
ああ、インターホンそんな機能もついてるのか。ああ、ABTの着信履歴お前で埋まってるわ……
天理:「すまん、すぐに終わると思ったんだ……」
侯輝:『駄目!天理は可愛いんだし変な奴に絡まれたらどうすんだよ!俺が行くまでそこでじっとしていて!絶対だよ!あ、それとそいつが天理に何かしたら殺すからね!俺が!分かった?』
天理:「お、おう……」
俺は介護対象か?もう何かされたけど、返り討ちにしたぞ……とか言ったら来るまでに事故りそうだから黙っておく。
弓木:「あの……天理さん、今の、輝さんですか?」
天理:「え、ええ……あと、すみません、ここ……来そうです」
弓木は目を円くして驚き、灰根は顔を青ざめ始めた。
弓木:「輝さん本気で怒るとあんな感じになるのですのね……」
灰根:「……まさか……あの男が……本当に?俺はこのままで相対するのか?」
天理:「はい……あ、あはは……」
灰根が青ざめているが多分俺も怒られるだろう。などと思っていれば程なくしてインターホンが鬼の様に鳴った。緑葉さんが玄関を開けると、「おじゃまします!」と聞こえ廊下をドカドカと進み応接室のドアがバンと開かれるとそこには必死の形相の侯輝がいた。
早すぎるぞ侯輝、マニュアル運転で来たな?法定速度守ったか?
侯輝:「天理ーーーーー!!」
侯輝は俺の姿を認めるなり駆け寄ってきて抱き締めてきた。
侯輝:「良かった!無事だった!もう!心配させないでよ!」
天理:「すまん……」
大の大人に過保護過ぎるだろう。
侯輝はぎゅうぎゅうと抱き締めながら俺の体を検分するように撫でる。
侯輝:「天理は可愛いんだから!本当に!何回も言ってるよね?!」
天理:「ああ……」
弓木:「あ、あの輝さん、この度はご迷惑おかけしました……まさか輝さんのお連れ合いだとは……」
弓木が遠慮がちに声をかけると、侯輝はようやく辺りに気づいたのか俺を離すと弓木に向いた。
侯輝:「あ、弓ちゃんだ。久しぶりー。そういえば天理、なんで白桜院さんちに居るの?」
俺は無言でほぼ石となって鎮座している灰根を指差した。
侯輝:「あ!!インターホンの怪しい男じゃん!俺の天理に何したの?ねえ?あれ?そういえばどこかで見たこと有るような……?どこだっけ?まあいいか。とりあえず殺そ」
侯輝は真顔のまま手中に光の精霊剣を顕現させると構えた。
天理:「待て待て待て」
弓木:「申し訳ありません、申し訳ありません、私の家の者が無知故にとんだご無礼を……」
侯輝:「弓ちゃんのせいじゃないよ。こいつがインターホンもまともに使えないふりして俺の可愛い天理を騙そうとしたのが悪いんだ」
灰根:「騙してなど……!」
天理:「落ち着けこの人の機械音痴は本物だから」
侯輝:「じゃあなんでこいつ首から下、石になってガノがくっついて拘束してるの!絶対天理に手出してるじゃん!殺すべきじゃん!」
あーまだ拘束したままだったな。侯輝来るの早すぎて忘れてた。
天理:「でもほら大丈夫だぞ?」
灰根:「ふん……記憶を消そうとしただけで大袈裟な……」
あ、馬鹿なのかこの人。俺庇ってるのになにゆえ火に油注ぐのか。 侯輝が光剣を振り上げるのを俺が慌てて止め弓木が間に入って謝っている。
弓木:「ごめんなさい輝さん、灰根はこれでも本当に天理さんに最小の影響で済まそうとしていたんです!私を守る為にやり方が不器用過ぎるだけなんです!どうかお許しください!」
侯輝:「むぅーー」
侯輝は俺の方をチラリと見る。
侯輝:「天理、本当にどこも傷ついてない?」
天理:「ああ。俺がお前に嘘ついた事は?」
侯輝:「無いや。天理と弓ちゃんに免じて今回は見逃すけど……次は無いよ?」
灰根:「っ!!分かった……」
弓木:「ありがとうございます!」
侯輝の静かに、だが獅子のごとき鋭い視線が灰根を射貫く。恐らくこれが一番効いただろう。
侯輝:「さっ天理お家帰ろ?」
灰根:「まだ怒っていると察するができればこの拘束を解いてくれないか……?」
侯輝:「そのままでいればいいのにー」
天理:「まあそう言うな……ガノ、ご苦労さん。解いてやれ」
ガノ:『ほーい』
ガノが石塊部分に触れると拘束が解け砂の様に崩れ去ると床に落ちる前に消えた。解けた瞬間も侯輝がまだ灰根を警戒していたので心配させてすまんという気持ちで頭を撫でるとまだ少しむくれつつもやっと表情を和らげていた。
灰根:「ふぅ……助かった」
天理:「さて、弓木さん、先程聞かれたの俺の素性についてなんだが……」
さて今度こそ帰ろうとする侯輝をもう少しだけ引き留め弓木に向き直る。だが弓木は首を横に振った。
弓木:「いえ、もう結構です。恐らく貴方は……いえ貴殿方は我々の手の及ばない存在なのですね?」
天理:「うーんでは……俺も侯輝と同じ……そして万能では決してない。とだけ伝えておくに留めましょう。すまないが貴女の家業に関わるつもりはありません。今日の様に火の粉は払いますが」
弓木:「はい。教えて頂きありがとうございました。ご迷惑おかけしました」
天理:「ただ一点、彼……灰根にもし手に負えない事があった場合は相談に乗ります。連絡をください」
弓木:「え……?」
しばらくガノを灰根に張り付かせていたのは灰根の神気を探る為だった。灰根は永らく行方不明であった時の神だろう。しかし探りに感覚的に嫌な反応を示してはいたがそれが何か本人すら判っていない様子だった。神化はしていない。人として転生を繰り返しているのだろう。なにゆえ人に転生したのかは不明だがどうにもいろんな意味で不安がありそうだったので一応親として心配したのだった。
灰根:「???」
どうやら本人は自覚が無いらしい。だが弓木は少し心当たりがあるのか俺の提案に神妙に頷くと連絡先を交換したのだった。
弓木:「……分かりました。本日はありがとうございました」
弓木は深々と頭を下げた。関わらないとは言ったがご近所なので遭遇する事ぐらいはあるかもしれない。裏家業の当主なので早々出会わないかもしれないが。
天理:「では」
侯輝:「またね弓ちゃん」

玄関まで見送ってくれた彼女に別れを告げ、侯輝と共に帰路につく。同じマンションなので階層移動するだけだが。「同じマンションとは思えない程広くて綺麗だったよなぁ」などと話しても手を引き歩く侯輝が少しだけ不機嫌なのは理由は分かっている。
天理:「悪かったよ、怪しい来客だってのに不用意に玄関から出てって。心配させてごめんな」
侯輝:「うん……分かってる。あいつ……灰根だっけ、心配になっちゃったんでしょ?見ててさ。分かるもん」
天理:「そこまで優しい気持ちだけで出てったつもりも無かったんだがな」
侯輝:「優しいよ、天理は。でも面白そうな奴だなーとかも思ったでしょ?」
天理:「おお、そうそう好奇心でな」
侯輝:「そこは反省して」
天理:「すまんかった」
侯輝:「俺も面白そうだなって思ったけどね」
二人でクスリと笑いあう。時折重なる感覚が心地良い。すっかり日は沈みエレベーターの窓から見える外の景色は暗くなっていたが、まだ完全に夜の帳が降りた訳ではない。
天理:「あ!すまん……晩飯の支度してない……!」
侯輝:「だろーなーと思ったよ。……うーんこれは奥さんとしては失格だなぁー?怪しい男にホイホイ近づいちゃうし?」
俺達の家に戻り玄関に入ると侯輝はわざとらしく責めるような口調になりつつ俺の腰を引き寄せた。
天理:「う……それは本当に悪かったって……」
侯輝:「灰根が不安定そうな神だから親として心配だってのは分かるけど!優しいのは俺だけにして欲しいんだからね?!分かった?」
天理:「……ああ……」
灰根が神だというのも俺の心境も侯輝には気取られていたようだ。俺は引き寄せられるまま侯輝に寄り添った。
侯輝:「じゃあお仕置きしないとね?」
腰に触れる手が俺の身体をあやしくなぞる。
天理:「えっ待ってくれ今日は腰が……お前だって疲れてるだろ?眠そうだったのも知ってるんだぞ??そうだ腹減ったろ?飯にするぞ」
今晩は主に腰が疲れているからちゃんと断ると決意していたのだ。侯輝だって寝不足なはずなのだし、灰根なんてイレギュラーもあった。
侯輝はそんな俺の言葉を聞かず服の中に手を突っ込んでくる。
侯輝:「うん、そうだね。じゃあいただきまーす」
天理:「えっ!?ちょっ!まっ!あっ……んっ」
まだ怒り足りなかったか?俺は抵抗するも、そのままソファに押し倒され、侯輝の手管によって翻弄されていくのだった……。
侯輝:「ごちそうさまでした♡それじゃ晩御飯の支度するねー」
天理:「おう……」
そして何の支障もなく食事の用意をする侯輝に返事をし、ぐったりしながらソファの上で横になるのだった……
あまりのぐったりぶりにその晩はゆっくり寝かせて貰ったが……ホント、どうなってんだ。お前の体力。

また何十日か過ぎた。流石に抗議して毎日SEX!は無くなったがそれでもイチャイチャする日は多い。まあ俺も心底嫌なんて事は無いからなんだが。
学芸員資格取得に向け単位取得は順調に進み、あとは博物館での実習を残すのみとなっていた。
将来一緒の博物館で働くとしても、いろんな博物館を知っておこうと、実習先を侯輝が勤める博物館以外から決めようかと考えていたら、当然の様に自分の職場に実習に来ると思っていた侯輝がこの世の終わりみたいな顔した後、いかに自分の所で実習する事が良いことなのか、売り手市場だったのか?と勘違いできる程に熱烈にプレゼンしてきた為、結局彼の働く博物館に実習に行く事になった。尚、博物館同士でも交流会があり、そこで他の学芸員とも知り合え話を聞く機会はあるらしい。
学芸員の仕事服はスーツなのか?と最初は思っていたのだが、侯輝は毎日比較的ラフな格好で出勤しており、遊園地付属の博物館だけあってイベント色が強く軽くコスプレしたりもするので、服装に関しては動きにくいスーツよりは動きやすい物、何より大切な展示資料に配慮しやすい事が正義なのだと力説され俺も頷くばかりだった。
というか、二人とも単にスーツは苦手なのだった。体躯の良い侯輝はちゃんと着れば格好いいのだが。

実習の日、緊張しつつ侯輝と共に博物館へ。
受付で入館手続きを済ませて中へ入る。
館内はまだ薄暗く静まり返っていた。
他の四人の実習生は皆二十歳程度の大学生で内三人が女性、考古学系だというのにに女性比率が多い事に驚いた。尚、年齢的には俺は完全に浮いている……というか俺は人で無い時点でその基準に意味は無いのかもしれないが。
実習は10日間。オリエンテーション、設備見学から始まり、実際に仕事内容の説明を受け、体験していく。実習指導を担当するのは侯輝とその同僚のギュンターという男だ。侯輝から幾度か話に聞いた事はあり、確か現在二児が誕生し、絶賛育メン中らしい。
オリエンテーションでの自己紹介は少し悩んだがこれまで身体に問題がありようやく復学、興味があった考古学の学芸員資格を取る為に実習に来た事にした。他の学生からは「大丈夫?辛くなったらいつでも言ってね?」などと心配され、特に疑われる事は無かった。もう全くの健康体なので心苦しい限りである。
最初こそ緊張したものの実習自体は興味深い事が多く、熱心に指導している侯輝に内心また一つ惚れ直し、充実した日々を過ごす事となった。同じ実習生の中で俺以外だと男は一人だけなのでおのずとそいつと話す事になる。その男クワメの専攻は民俗学らしく、基本は大人しい男だったが考古学にも興味があるようで話が弾んだ。
「それにしても考女ブーム凄いよねぇ。ここの実習倍率凄いからラッキーだったよ」
考女?ブーム?実習カリキュラムが充実しており人気なのは知っていたが知らぬ言葉に俺が首を傾げると、彼は説明してくれた。
「実習講師してる夏侯輝さん、モデルもしててネットで注目されてさ、名物イケメン学芸員として数年前から凄い話題になったんだよ」
俺はその言葉を聞いて愕然とする。侯輝がそんなに有名になっていたとは。あいつが有名なのはモデルの方だと思っていたのだ。
「で、一昔前に流行った歴女ブームならぬ考古学女ブーム……考女が流行り出したんだよ。女の子が増えて空気がちょっと華やかになったね。お堅いおじさん達には不評だけど」
なるほどそれで美術館ならまだしも考古学の実習に女子がこんなに多いのか。そういえばお客さんも意外と女性が多いと思っていたが遊園地内という立地故と思っていた。本当に凄いな侯輝は。俺にはできない形で考古学を盛り上げてくれている。注目を浴び集金が期待できれば研究資金が潤い更なる研究が進むだろう。マイナーな遺物がクラウドファンディングで復元できたと聞いて驚いていたがそれもその影響だろうか。
「良いことだと思うがな、考古学に興味を持ってくれる人も増えるし」
「だよねぇ僕は女の子いた方が嬉しいし、とっかかりがブームだとしても真剣に取り組んでる子も多いしさ」
天理:「しかしそうなると今時は侯…夏侯輝さんみたいなタイプが採用されるんだろうな。俺は研究ばかりしてたからそういう華々しい活動は苦手だ……」
出来る事ならしてみたいとは思うものの侯輝の様に魅せられる気がしない。
男子学生は目をぱちくりさせながら言う。
「天理さんてどうして考古学者じゃなくて学芸員目指したの?知識は凄いし頭も良いのに勿体ないなぁって思ってて……」
俺は苦笑しながら答える。確かにかつては学者を目指していた。今だって没頭していたい時もある。だが俺にはもっと没頭していたいモノができてしまった。それは侯輝と共に生きる事だ。侯輝は既に俺の趣向の方に歩み寄ってくれていて、かつ素晴らしい成果すら上げつつある。そしてその成果に俺もまたなってみたいと魅了されてしまった。人々に考古学を広げる事を。
流石に他人に侯輝への愛情まで赤裸々には語れないので、ここの博物館と学芸員である侯輝の活動に憧れて学芸員を目指した事を説明すると男子学生は納得した様子になった。
「あぁ、分かるよ。僕も将来は研究者になりたいって思ってた時もあったけど、博物館とか図書館で働くのもいいなって思ってさ。実際働いてみて楽しいし。まぁ夏侯輝さんみたいな名物になるのは厳しそうだけど」
「そうなんだよなぁ」
ここの人気は高く採用門戸は狭そうだ。地道な整理は苦じゃないしせめてバイトで雇って貰えないだろうかとため息を付きながら同意するとまたも男子学生は目をぱちくりさせた。
「……天理さんて、もしかしてイケメンの自覚無い?」
どうだろう?なんでも褒めてくれる侯輝が容姿をベタ褒めしてくれるので悪い気はしていないが、自分では鏡を見てもなんかそういう形のモノがいるという認識になってしまってよく分からない。侯輝は可愛いし格好いいと思う。
「うーん?わからん」
「えぇ……それ本気で?僕天理さんと就職先かぶって無さそうでホッっとしてるくらいなんだけど……」
俺が首を傾げていると休憩が終わりそしてまた実習が再開された。

翌日。カリキュラム表にはスペシャル実習と書いてある。カリキュラムタイトルは全体的に侯輝独自センスを突っ走ったものが多くて困る。もう実習の締めだろうから展示制作だろうと思うのだが、内容が分からない。実習にサプライズを入れるな。不安になるだろ。俺が。昨晩問い質したが「内緒☆」と返すばかりだった。
「皆さんおはようございます!最後の実習はこれだよ!『お化け屋敷』!」
実習生一同:「「「「「?」」」」」
バン!と電子ボードに表示された文字に実習生達は皆困惑している。そりゃそうだろう。俺だってそう思う。ここ考古学博物館だよな?
「あの、これはどういう実習なんでしょうか?」
クワメが控え目に質問をすると侯輝は伊達メガネをくいっと上げて言った。ちなみに普段は全くメガネなどかけないのだが先日俺が「お前どちらかというと野性味が強く出るからそれしてると理知的に見えていいな」などと口走ってしまったばかりに侯輝は今度の実習ではこの眼鏡をかける事になってしまったのだ。似合ってるとは思うんだ。ただ普段と違う姿を見るとドキッとするだけで。
「ここの遊園地にもお化け屋敷はあるんだけど、じゃあお化け屋敷の起源は知っているかい?平和な時代において刺激を求めた娯楽施設だと思われがちだけど、その歴史を紐解くと社会情勢が不安だった時期に人々の恐怖心を煽る事によって治安の悪化を防いだり、政治のプロパガンダに使われていた事もあったんだ。つまりお化けは人々にとって重要な役割をしていたと言えるね。お化けとは未知なるものへの恐れの象徴だった。それは流行り病や敵国だったりデジタル化が進んでからも未知のデジタルホラーが生まれたりしてね。お化け……恐れの形は時代毎に異なっていて各時代のお化け屋敷のお化けを比べると面白いよ」
実習生達が関心を受け感嘆の声を上げる。なるほど遊園地付属の考古学博物館ならではの切り口か。面白そうだ。
「そこで!遊園地と共同企画、歴史的なお化けをこの実習で現代技術を使って再現、その展示制作してもらいます。完成した展示物は実際にお化け屋敷に導入、みんなでお化け屋敷に入って体感レビューをするよ!お化け屋敷の変遷はここのデータベースを参考にしてそのまま紹介する形でも歴史的事実を元にオリジナルで作ってくれてもいいからね。制作はアクアにお化けのディティールや演出方法を伝えてくれれば細かい所は全部やってくれるよ!グループで協力して一つのコンセプトに沿ったものを作ってもらう予定だから、協力よろしくね!」
こうして俺達は共同作業で歴史的お化け屋敷の変遷を踏まえたお化け作りを始めた。

「まずはテーマを決めようか」
「テーマ……古今東西お化けの歴史とか?」
クワメを進行リーダーとして俺はフォローに回る。俺はタブレット端末を操作して博物館にあるお化けに関するデータを表示させた。その時代、地域毎にお化け……恐れの形は変わっていく。
「うん、いいんじゃないかな。じゃあ、それぞれお化けのイメージを考えてそれをまとめていく感じかな?」
「了解」
「僕はドラキュラ伯爵とかフランケンシュタインとか……あとキョンシーとか好き」
「あぁ……そっち系か」
「ん?天理さんは?」
「俺は東洋の霊体系のやつでじわじわと迫り来て心理的に削ってくる系の奴が好きなんだが。西暦期にそういうホラーゲームが流行っていてな」
題名だけでもヒットしないかとタブレット端末を操作しデータベースを検索すると思った以上に収録されていて驚いてしまった。誰か収集したのだろうか。
「わぁ……怖いけど綺麗なお化けだね」
零シリーズの陰鬱でありながらも美しいイメージ映像がずらりと検索され出てきた。おぉ……やはり名作はいつの時代も評価が高いな……。などと思っていたら後ろから肩に手をポンと置かれ声をかけられた。もう一人の実習指導教員ギュンターだ。
「君、零シリーズを知っているのかい?!私はこれが大好きでね!特に8作目が素晴らしい!サブ主人公の父が霊となりながらも息子に禁断の愛を囁くシーンなんてもう最高でね!わかるかい?!この切なさ!悲しさ!そして美しさ!君はわかっているね!」
いきなりテンション高く話しかけられてしまった。どうやら話は合いそうなんだが、今はちょっと落ち着いて欲しい。
「え、あ、わかります」
他実習生同様戸惑っていると更に後ろからツカツカと足音が聞こえてきた。侯輝だ。
「ギュンター、落ち着いて?実習生が引いてるでしょ?さっあっちの作業手伝って?」
侯輝が俺の肩に置かれたギュンターの手を退かしながら割って入る。苦笑してる風だが伊達メガネの奥の目が笑ってない。お前も落ち着け?
「ああ……彼ともうちょっと語りたかったぁ……」
「はいはい、まったくもう嫌な予感がしたらやっぱりこれだから」
ギュンターは侯輝に引きずられる様にして連れて行かれていった。まあ別に機会があれば彼と語り合ってもいいだろう。
それからいろいろ実習生同士でお化けの案が出たものの実習期間にそこまで凝った物も作れないので結局は定番のお化け屋敷になってしまった。
「ふむ……では、こんな感じだろか」
皆で博物館のデータベースにあった各時代の代表的なお化けをいくつか選出、その画像を参考にしつつ、一つのお化け屋敷として統一感を持たせる様にアレンジした案の絵をスケッチブックに描いてみて見せると感嘆の声が上がった。何百年も過ごす間に手慰みに覚えた習作だったのだがこそばゆい。
「おぉ……なんかすごいね」
「怖い……けど……綺麗……」
「そうか?じゃあ、これでいこう」
こうしてお化けのディティールが決まり、そこからイメージしたストーリーを決めお化けにどういった動きをさせるか、どういう演出にするのか、どんな風に脅かすかなどを詰めて行った。
俺の作り出したお化けの絵に他の実習生が思いもよらぬ背景をぽんぽんと付加していく様が楽しくアイデアの整理役に徹していると、離れた所で実習生の様子を伺っていた侯輝からこっそりとメッセージが飛んで来ていた。
『天理、楽しそうな顔してないでアイデア出さないと!(^^;)』
『俺の絵でどんどん想像膨らんでく様が我が子が勝手に成長していくみたいで嬉しくてな』
『もー、やっぱり!こんな所でまでお父さんしないの!天理は今、一実習生なんだからね!( `Д´)/』
空の神の記憶と同化したからだろうか、つい父性が出てしまい、それが侯輝にバレて怒られてしまった。年若い他の実習生の意見を聞いているのは楽しくて仕方がないのだが。指摘はもっともだ。
『ご指摘かたじけない。善処する。指導官殿?』
チラリと侯輝へ視線を向けると、侯輝が一瞬で顔を赤くして慌てていた。いつもあいつには振り回されてばかりだから気分が良い。
「天理さん?」
「ん、ああ、すまない、その案は面白いな」
侯輝の反応にフッと一瞬笑ってしまったのを見とがめられて、誤魔化しながら気を引き締め直すと新しい案をリストに追加していった。

完成したお化け屋敷のプランをアクアに伝達、仮想投影されたお化け屋敷をチェックし微調整をしていく。お化け屋敷というのは怖がらせるのが目的だが、俺達が制作しているのは各時代のお化けやお化け屋敷の変遷を知って貰うのが目的だ。余程の怖がりでもなければ最早怖さなど微塵も感じられない様なレトロな演出のお化けやファンシーなお化けも組み込まれている。勿論ガチで怖がらせる仕掛けも組み込んであるが。そしてこのお化け屋敷は大半はVR空間内なので実際に怪我をしたりする事は無い。あくまで擬似体験だ。古代のとある国では心身に拷問紛いの行為を行い数時間耐えきったら賞金を与えるという恐怖体験館を経営し客から金を搾り取っていたという資料もあったが、やるわけにはいかないのでお化け屋敷脇の資料コーナーに当時の拷問器具の展示を行う程度に留めた。パッと見想像しただけで怖い物もあるのでホラーと言えなくもない。
そしてなんとか完成にこぎ着けた。

侯輝:「はい!皆お化け屋敷制作お疲れ様でした!それでは完成したお化け屋敷を実際に皆で体験してみようね!では二人一組でペアを組むためのくじ引きをします!」
体験するのは俺達実習生五人と成果物を評価する指導官である侯輝とギュンター、ゲストとして遊園地部の部長さんだそうだ。良いアイデアが有ったら導入したいので期待してるよ~と言われてしまった。
女子の実習生達がペア決めのくじを凄い気合いを入れて引いて行く。やはり侯輝と組みたいのだろうな。くじは今時紐に付けた色の組み合わせで決めるものだった。昨晩侯輝が家でせっせと作っていたのはこれだったのか。
引いたくじをよく視ると微かに精霊力を感じた。侯輝まさかお前……。
侯輝:「わー天理さんとペアだーよろしくねー」
天理:「よ、よろしく頼みます……」
女子学生がため息をつき、侯輝を見たり俺を見たりしている。侯輝が俺と同じ色のついた紐を見せながら満面の笑みを浮かべていた。
仕込んだなお前。紐に蛍光塗料を塗っておけば光の精霊魔法を扱えるお前なら発光色は思いのままだ。太陽の神の力をそんな事に使うんじゃない……まあ俺もお前の事を言えないが。精霊魔法にほぼ馴染みが無くなってしまった一般の現代人なら看破は難しいだろう。
一部女子学生は一瞬がっかりした表情を見せていたがすぐに切り替えて楽しげな様子を見せている。自分達が考えた製作内容がアクアによる神代技術で再現されるのが楽しみなようだ。
侯輝:「それじゃ順番に入ります!後で自分達で考えた製作物が客観的に見てどうなのかレビューするからね!」
ペアを組んだもの達で順番に入っていく。
お化け屋敷の変遷を体験してもらうという意味で古代のゴテゴテしたVRゴーグルと簡易移動を可能とする10kgもある装置を装備してみる案も一瞬出たが、純粋に不便で危険という事でやはりお化け屋敷脇の資料コーナーに展示するに留まった。
順番が来て俺と侯輝がお化け屋敷に入っていく。
侯輝:「えへへ楽しみ♪」
天理:「こら、指導官真面目にやれ」
侯輝が俺の手を引きお化けだというのに嬉しそうに暗がりに入っていくのを小声でとがめる。尚、体感にあたり、手を繋いで入りましょうというルールを侯輝が設定したので合法的に手を繋いでいるのだ。まったくペア決めといい指導官の立場で公私混同だ……まあ俺も嬉しいんだが。
お化け屋敷は西暦中世のヨーロッパの街外れにある小さな屋敷という設定だ。アクアによる実は精霊術を用いている立体投影でVRゴーグルは不要、暗い部屋を電子ランタンだけで進む。ランタンの灯りで見えているというよりは、ランタンから追加ギミックが投影されているという具合だ。明るければ何という事も無い部屋なのだが、見えるものが制限されると不安を煽る。
「わぁ、この煤汚れた石造りの壁、雰囲気出てて怖さを増す感じだね!」
……煽るはずなんだが、侯輝が興味津々といった様子で辺りを見回しながら言う。
うん、お前評価しないとならない指導官だし、ちゃんと見ないとならないのは分かるんだがちょっとは怖がれ。
侯輝は光の精霊適正があるばかりにアンデッドの類いについては、対低級は近寄っただけで蒸発させられるし、強力な奴でも闇の精霊適正で呪いも効きにくいわ光の精霊剣で瞬殺できるわで、アンデッドの天敵である為、生まれてからずっと霊が恐怖対象でないので仕方ないのだが。その気になれば光の精霊魔法を使ってこの暗がりを昼にできる手段を自ら封じ、普段見る前に蒸発してしまう低級霊の様なモノをVRで見られて楽しんでいる様子だ。
因みに俺は苦手だ。今でこそ神となり侯輝同様そこらの一般霊なら脅威にならないのだが、なんというか怖いもんは怖い。なんなら自分で作ったお化けの仕掛けも少しビクッとするくらいだ。平気なふりをしているのに手を繋ぐ侯輝にはバレている様で時折くすりと笑われる。そして大袈裟なほどおどけられて内心怖がる俺を笑わせるなり呆れさせて俺が怖がる暇を与えないでくれるのだ。
メインのお化けとした洋人形の謎を解きながら簡単なストーリーに沿って制作したお化けや仕掛けを堪能しながら進んで行く。遠くで女子学生がキャーキャー言っているのが聞こえてくる中、侯輝が「今のはちょっとびっくりしたね!」とか楽しそうに感想を言ってくるので、お前お化け屋敷向いてないな?と内心思いつつも、侯輝といると本当に何も怖く無くなるなとちょっと嬉しくなってしまう。
謎を解き明かし、そろそろゴールに近づく頃。この辺は他グループの制作担当だったのでどんな仕掛けだろうと緊張しつつ進むと、案内AIキャラクターが居り『お疲れ様でした。ご利用のランタンはそれぞれこちらにお返しください』と言うのでもう終わりか?と首を傾げつつ繋いでいた手を離し、それぞれのランタンを指定された場所に返した瞬間、辺りが真っ暗になると何もないと思っていた方向から掴まれ、引っぱられる感覚がすると侯輝と引き離された。
天理:「うおっ!?」
侯輝:「天理っ!」
不意をうたれてる間に侯輝との間にアクアによる瞬間壁が出来上がっており、侯輝と隔てられてしまった。
侯輝:「天理っ!大丈夫?!天理ー!」
壁の向こうに居るであろう侯輝が壁を叩きながら俺を必死に呼ぶ声が聞こえる。俺はそこで終わったと思ったら最後のどっきり仕掛けか?と気づく。暗闇の中、俺が何かに捕まったと焦っている様子の侯輝が俺を呼ぶのが聴こえる。
天理:「侯輝っ!こっちは無事だ!」
侯輝:「天理?天理?返事して?!まさか倒れて?!ちょっとここ開けてーっ!!」
壁を叩いて返事をするもどうやらこちらの声は届いていないらしい。侯輝が壁をバンバンと叩く音が一段階上がった。落ち着け侯輝、これはイベントだから。何かこちらから解決手段が無いかと見渡すも灯りがなく何も見えない。イベントとは言えやはり暗闇というのは不安なものだ。だがお前がそこにいると思うだけでも安心する。
侯輝:「えっ何?」
この壁その内マジで破壊されるんじゃないかなというくらい侯輝が壁を叩く音と俺を呼ぶ声が鳴り響く頃、あちらで動きがあったらしい。
洋人形:「私も父と母の様に誰かを愛してみたい……ねぇ最後に好きになるってどういう事か教えて?」
当お化け屋敷メインのお化けであった洋人形の声が侯輝の部屋の方から聞こえてきた。この洋人形の設定は、愛する男に捨てられたと思っていた女から死産した赤子の魂が乗り移ったというもの。母の無念を晴らすため母に変わって洋人形が男の家族を呪い殺そうとするも、男は本当は女を心から愛しており、その証を見つけ出して洋人形を解放するというストーリーだった。つい先ほどそれを達成して洋人形は浄化されたという流れで大団円だと思ってたらまたでてきたらしい。なんだなんだ?
侯輝:「どういう事っ?!」
洋人形:「あなたの大切な人の好きな所を教えて頂戴?そしたらそこにいる人はすぐに返してあげる」
!!これはあれだ、好きな人の好きな所を言ったら解放する系イベントだ。女子学生が考えそうなイベントだなと苦笑する。侯輝にはいつも聞かされているし、俺と違って照れ屋でもない侯輝なら、俺が聞かされて恥ずかしいのを我慢していれば、すぐに侯輝が言って終わるだろうと思っていたのだが……。
侯輝:「それより天理は今無事なのっ?!どこにいるのっ?!」
洋人形:「私の質問に答えてくれないなら、あなたの恋人はずっとここに閉じ込めておくわよ」
侯輝:「いいから天理を返せ!」
洋人形:「だから恋人の好きな所を……!」
話が平行線になっている。
おかしい、侯輝だってこれがイベントだって分かるはず……まさか俺が本気で捕らえられていると思っているのだろうか?そんな馬鹿なと思いつつも、そういえば暗闇の中突然引き離されたんだったと気づく。侯輝にはこちらからの声も届いていない、侯輝は今、暗闇の中独りぼっちなのだ。侯輝の壁を叩く音が徐々にどおんどおん!と轟音と呼べる物になってきており、壁の向こうから感じる侯輝の神気がどんどん膨れ上がってきている。混乱しているのか?これはまずい。緊急事態だ。
天理:「アクエリアス!」
アクエリアス:『はいーっ!助けてください空の神!私の体が破壊されそうです!』
お化け屋敷の最中だが緊急でアクエリアスを呼ぶ。真っ暗な壁にアクエリアスの文字が浮かび助けを求められた。やはり緊急事態になっている。このお化け屋敷はほぼアクエリアスの部屋でできており壁などもアクエリアスの体の一部だ。生半可な攻撃ではびくともしないが神気を纏った侯輝が本気で壁を殴れば壊れかねない。空の神の最上位権限でアクエリアスを強制操作して洋人形のイベントフラグを改竄させる。洋人形と侯輝との間で会話が平行線となり、無限ループとなってしまっている状態を解消させるのだ。
天理:「アクエリアス、洋人形の状態を"洋人形は恋人を心配する余り壁を叩き壊さんとするばかりの男の姿に人を好きになるという事がどういう事か知る事ができた"に変更!」
アクエリアス:『承知!変更完了!洋人形の心を弄って最終イベントが次に進める状態になりました!』
洋人形の大切な人の好きな所を言うイベントはすっ飛ばしてしまったがイベントの根本の所は洋人形に好きになる事を教えるだったのでなんとか齟齬が生じない様に改竄できた様だ。好きな所は……俺はもう散々お腹一杯聞かせてくれているから今聞かなくてもいいのだ。また聞かせて貰えるのだから。

洋人形:「……そう、それが誰かを好きになるって事なのね。それじゃああなたの大切な人は返すわ」
侯輝:「?……あ!天理!!!」
侯輝と俺との間に隔たれていた壁がイベントプログラムに沿って消失すると部屋が淡く幻想的な照明に照らされ、切なめのBGMが流れる。好きを知る事ができた洋人形が空へと消えていく……という感動的なシーンのはずなのだが侯輝は洋人形そっちのけで俺に駆け寄ると俺を強く抱きしめてきた!ちょっと苦しい。
侯輝:「良かった!本当に!俺、俺……!怖かったよぉ……うわぁぁ……」
天理:「ん……よしよし」
俺も大泣きしている侯輝を抱き締め返し背中をさすったのだが、侯輝の腕の力が強くなっていくばかりでなかなか離そうとしない。微かに震えてすらいる。怖いもの知らずのはずの恋人がこんなにも。
天理:「どうした侯輝。俺はもうここにいるぞ?大丈夫だ」
侯輝:「う"ん……う"ん……」
子供の様に震えながら泣きじゃくる侯輝に戸惑いながらどうしたものかと思う。侯輝がこんなにも怖がる事……闇、だろうか。太陽の神たる侯輝はかつて自身の闇の部分を嫌い切り離し封じた。光と闇に分かれていた二つの魂は長い年月を経て一つに戻ったが、侯輝の中に闇に分かれていた時の、闇の中に独り封じられていた時の記憶や闇に対する恐れがまだ残っているのは感じている。それがこのお化け屋敷環境で独りにされ思い起こされ平静を失ったのであれば説明がつく。
天理:「侯輝、もう独りじゃない。安心し……」
侯輝:「う"ん"……」
侯輝は俺の言葉を遮るように強く抱きついてくる。そして絞り出す様に言葉を紡いだ。
侯輝:「俺……天理と……離れるのやだよう……」
そうか、それがお前にとって……一番怖い事なんだな。侯輝。数百年、侯輝と離ればなれになっていた自分の気持ちを思い出す。俺だって嫌だ。
天理:「俺も同じだ。俺もずっと側にいたい。永遠に一緒だからな?」
侯輝:「う"ん"……う"ん"……うん"……」
侯輝は伊達メガネを外し俺の肩口に顔を押し付けて声を殺して泣いていたが、俺がゆっくりと撫でていると、落ち着いたのか嗚咽は止まった。
侯輝:「ごめんね、取り乱しちゃって……」
天理:「いいさ、そんな時もある。ふふっお前にも怖いものがあるんだな」
お化け屋敷の闇の中、怖がっていたのは実は俺だけじゃ無かった。繋ぐ手はお互いを支えあっていたのだ。安心させる様にもう一度ぎゅっと抱き締める。
天理:「大丈夫だ。俺はどこにも行ったりしないからな。ほら、そろそろ出て行かないと心配されるぞ?指導官殿?」
そう、まだ実習中なのだ。泣いて赤くなった目元を労る様にそっとなぞるとウィンを呼び出し冷やしてやった。まだ暗くて分かりにくいが頬の熱が取れたと思われたので外していた伊達メガネを掛け直してやる。
侯輝:「えへへ、そうだね」
侯輝が笑顔を取り戻した事を確認すると俺達は手を繋ぎお化け屋敷を出た。
誤魔化してやったつもりだったのだが、やはり女子は目敏いもので侯輝の目元がまだ少し赤く、入った時よりにテンションが大人しくなってしまった事に気づき「夏侯輝さん、何かあったんですか?」などと質問攻めにあってしまった。
侯輝:「やー皆が作ったお化けが思ってたより怖くって!ほら、最後のイベントとか感動しちゃってさ!ちょっと泣いちゃった!」
えへへと誤魔化して笑う侯輝に男性陣はそうなのかと納得し、女子学生達は意外と繊細なの可愛い……とまた新しい魅力を知った風にきゃあきゃあと騒いでいた。

気を取り直した侯輝がミーティング室へと場所を移し、お化け屋敷体感後の評価レビュー会を開始する。
皆が順番に自身が制作したお化けの解説や体感レビューをする中、俺はメッセージで『侯輝、お前最後のイベントどん無視して覚えてないだろ?』と簡単に説明を送ってやると『ありがと!(^^)』と返ってきた。
俺の順番になると皆と同様に制作物の解説と反省点、他者の制作物の感想を述べていく。冗長になりすぎず限られた時間内で見せたいポイントを的確に展示させる事の難しさを感じながらもなんとか皆で無事完成させる事ができ良かった事を述べた。
実習生達が一通り終えた後で指導官であるギュンターやゲスト参加していた遊園地部部長から好評価を貰い、最後に侯輝が総括を行った。
侯輝:「皆とても良くできていたと思います!お化けの屋敷の歴史を知って貰いつつエンターテイメントとして楽しめる様に工夫してあって体感していてとても楽しかったです!自分で気づいていた人もいると思うけど歴史を伝えたいって情熱が少し強すぎて……」
その瞬間俺をチラリと見られる。分かってる、分かってるからこっち見んな。
侯輝:「小さな子供だと分からないってなっちゃうから勿体無いかなと思う作品もありました!TPOに合わせた展示のさせかたの取捨選択は今後の課題ですね!お疲れさまでした!皆さんが学芸員となって一緒にお仕事できる日が来るのを楽しみにしてます!」
そう締め括ると実習生の面々からは拍手が起こり、指導官達からも温かい言葉が掛けられる。
こうして実習は無事に終了した。

俺は他の実習生達と別れと今後の健闘を称え合いながら、侯輝の業務終了を待って共に帰路についた。
侯輝:「ふふー実習終了おめでと」
天理:「ありがとな、これで学芸員資格は取れそうだが、あとは就職だよなぁ」
侯輝と共に学芸員として博物館で働きたいが、門戸は狭そうだ。
侯輝:「天理なら採用されると思うけどね!」
そう言ってくれるのは嬉しいが、どうだろうな。
天理:「とは言え空きが出ないとそもそも募集されないだろ?」
侯輝:「そ、そうなんだけど……」
天理:「バイトかボランティア募集が出そうなら教えてくれ。簡単な話じゃないだろうが俺なりに少しでもお前の側に居られる方法を探してみるよ」
侯輝:「うん、ありがと……ねぇ天理」
天理:「ん?」
侯輝はお化け屋敷で沢山泣き腫らした後、一見元気を取り戻していた様に見えたが、まだ少しだけ不安そうな雰囲気を漂わせているのを確認する。
侯輝:「ずっと側にいてくれるよね?俺を置いていったりしないでね……?」
侯輝の頬に手を添えて優しく微笑む。
天理:「当たり前だろ。お前が嫌だって言ったって側にいてやるから安心しろ」
侯輝は目を潤ませて嬉しげにはにかんで笑った。その表情に俺は久しぶりの感情が湧き上がるのを感じた。
侯輝:「えへ……ありがと……大好き……♡」
俺は侯輝を抱き寄せて頭を撫ぜる。
天理:「……なぁ侯輝。お前が良かったらなんだが……その、今晩とか抱いていいか?久しぶりに可愛い侯輝を見せて欲しい」
侯輝:「うん……!えへへ今世の俺の処女貰って♡」
侯輝は顔を真っ赤に染めて恥ずかしげに俯くと小さくコクリと首を縦に振った。侯輝を抱くのは何百年振りになるだろう。いつも逞しいばかりに俺を抱く侯輝が不安定になる事は滅多に無い。決して弱みにつけこむ訳ではなくただ侯輝を愛してやりたかった。
そうとなると侯輝は元気を出し今日は俺が奥さんね♡とばかりに晩御飯の支度に精を出し俺の好物を作ってはあーんさせて俺が照れながらうまいと言うのを嬉しそうに眺めていた。大丈夫だよな?これから俺が侯輝を抱くんだよな?と心配しかけたが、それはもう可愛らしく笑っていたので俺も一先ず安堵して侯輝の作ってくれた美味い夕食を堪能する事にした。

食事を終えると風呂に入り、ベッドの上でムキムキの体をだが流石に少し緊張するのか強張らせながら服を脱いでゆく侯輝を見ていると堪らない気持ちになったので、俺も素早く服を脱ぎ捨てると優しく押し倒しキスをした。
侯輝:「ん……ふ……えへへ。天理のキス大好き♡」
いつもと違い俺を受け入れる事を喜ぶ様なキスを何度も交わしながら侯輝の首筋から胸へと指を這わせる。
侯輝:「っ!あっ!天、理ぃ……」
天理:「ん?」
侯輝:「俺、もね、天理みたいに……肉体改変できないかなって試したんだけど……」
俺が侯輝を受け入れやすくする様に後ろが女みたいに濡れる様な体にした事の話らしい。そう努力してくれた事がまず嬉しい。
天理:「え!お、おう。あ、無理だったか?大丈夫だ、ローション使って優しくするからな?」
侯輝:「えっと、それはできたみたい……それでね、俺こんな体でしょ?」
ん?それ以外こんな体とは何の事だろう。無駄の無い美しく鍛え上げられたこの美しい肉体のどこがいけないというのか。お前自慢の肉体美じゃないのか?
天理:「綺麗だぞ?」
侯輝:「ありがと……。女の子みたいにおっぱいとか柔らかい方がいいなら、それも変えてみようかなって……っ、痛ぃ……」
天理:「馬鹿」
デコピンをかましてやった。
天理:「俺何度も言ってるだろ。俺はお前が自信持って鍛え上げたムキムキ雄っぱいが好きなんだよ」
そう言って侯輝の大胸筋を揉んでやると、赤い顔してんぅ……と甘い声を出して感じているのでそのまま乳首を口に含んで吸ってやる。びくびくと震えると声を抑える事なく甘い声を上げる。
侯輝:「ぁ……!天理ぃ……!気持ちぃよぉ……♡」
暫く吸い続けた後、今度は舌先で転がす様に舐め、反対側も揉みしだきながら時折指で乳首を軽くつねってやると侯輝は身を捩りながら悶える。
侯輝:「ぁ……!ぁ……!天理……好き……大好き……♡」
侯輝は実は俺を抱いている時だって可愛いが今日は一段と可愛い。そんな侯輝が堪らない。俺のモノにしたくて仕方がない。
侯輝:「ぁ……!ぁ……!天理っ……付けてぇっ!…………ああっ!」
お望み通りに。俺は侯輝の心臓辺りに想いを込めて強く吸い付くと、侯輝は嬉しそうに声を上げた。そのままあちこちに赤い跡を付けて回るとその旅に侯輝はびくびくと震え声を上げていた。
侯輝:「ぁ……!ぁ……!天理……天理……」
割れた腹筋を辿り下へと唇で辿る。もうガチガチに猛り立ち上がった立派なソレは今日は俺の後孔に入る事は無い。
俺は侯輝のペニスを口いっぱいに頬張り頭を上下させながら先端を舌で刺激し、手で玉袋を優しく撫でてやる。
侯輝:「ん……んぁ……ん……天理……気持ちいよぉ……天理……♡」
口淫をしながら後孔に手を這わせてゆっくりと解してゆく。肉体改変が成功している事を示す様にそこはもう濡れていたが、まだ閉じており慣らしてやる必要があるだろう。
天理:「む……ん……ん……」
侯輝:「あっ!あっ!あっ!気持ちっ!あっそこ、ダメっ!あっ!あっ!あっ!天理っ!天理っ!」
口淫でペニスを追い上げながら後孔を慣らし前立腺をマッサージする様に優しく押してやると、ビクビクと腰を突き上げ俺の名を呼んで喘ぐ侯輝はとても可愛かった。もっと感じさせたくて更に激しく責め立てるとすぐに絶頂を迎えたようで俺の顔にかける様に射精したので、それを手に取り自分の口に運ぶと見せつけるように飲み込んだ。
侯輝:「はぁっ、ふぅっ、天理のえっち……♡」
侯輝は恥ずかしそうにしながらもどこか嬉しそうに俺の事を見ていた。そして俺の指を抜くと、自ら足を広げて俺を誘う。知らず俺は唾を飲み込んでいた。
侯輝:「きて……?」
俺は侯輝に覆い被さると、その鍛えられた太股を掴んで大きく広げ、濡れた後孔に自身の熱い怒張を押し当てた。
侯輝:「ぁ……!天理の、入って……くる……っ、ぁ……ああ……っ」
天理:「っ……!くっ……!」
いくら濡れる様になったとは言え傷つけまいとゆっくりと侯輝の後孔に侵入する。侯輝のナカは熱くうねっており、俺自身を歓迎するかのように締め付けてくる。
俺は慎重に進めながら、やがて最奥までたどり着くと一度動きを止めて息を整える。顔を真っ赤にし、はふはふと呼吸を整えている侯輝は、俺の背中に腕を回し抱きついてきた。その姿も愛らしい。
侯輝:「えへへ、天理と一つに慣れたぁ♡」
天理:「ん……可愛い……俺も嬉しいぞ侯輝」
俺は侯輝の額や瞼、鼻先、頬、唇と好きだと想いを込めてキスを落としてゆく。
侯輝:「ん……ん……ん……」
天理:「ん……」
俺達はキスを交わしながら、次第に互いの身体をまさぐり合い、また深く繋がってゆく。俺が侯輝の体を震わせまた俺も侯輝に震わせられると侯輝は嬉しそうに微笑んだ。
侯輝:「ぁ……天理……好きだよ……ずっと一緒にいよ……」
天理:「ああ……愛してるよ、侯輝。ずっと、ずっと一緒だ」
侯輝:「ぁ……!あっ!あっ!天理ぃ……!好きぃ……!好きぃ……!」
ゆるりと腰を動かしながら、再び勃ち上がった侯輝のペニスを扱き、もう片方の手で乳首を摘まみ上げる。
乳首を強く引っ張ると中がきゅっと締まり、ペニスを扱いてやると侯輝は気持ち良さそうに身を捩った。俺で気持ち良くできているのが嬉しい。
侯輝:「やぁっ……!ぁ……!天理……!気持ちぃよぉ……!気持ちぃ……!ああぁ……!」
天理:「く……!侯輝……!出すぞ……!」
侯輝:「来て……!来てぇっ!天理ぃ……!ぁ……!ぁ……!ああぁ……!」
びくびくと震えながら侯輝は達し、俺も侯輝の中に欲望を放った。
天理:「はぁ……はぁ……はぁ……」
侯輝:「はぁっ……はぁ……はぁ……天理……好き……大好き……愛してる♡」
俺に抱きつきながら甘える侯輝が可愛くて仕方ない。
天理:「俺もだ侯輝」
俺は侯輝の汗ばんだ頭を撫でてやりながら、その唇に軽く口付けた。
侯輝:「ん……ん……ん……」
俺は侯輝の頭を撫でてやると、侯輝は嬉しそうに目を閉じた。俺はそんな侯輝の金の髪を弄び、その感触を楽しむ。
天理:「ふふ……」
侯輝:「ん……?どうしたの?」
天理:「お前が幸せそうで本当に嬉しいんだ」
侯輝:「えへへ俺も幸せだよ♡天理」
ふにゃりと笑うと、そのまま俺の首筋へと唇を寄せて吸い付いてきた。
見える所に付けたな?俺白いから目立つんだぞ、まったく。……少しいつもの調子を取り戻してきただろうか。
侯輝:「天理のモノになれた記念♡」
天理:「こら」
ちゅっ、と音を立てて離れると満足げな笑みを浮かべた。
そういうところはまだ子供っぽいというのかなんと言うべきか……。しかしそれがとても可愛いと思ってしまうあたり俺も大概だ。侯輝のナカに埋め込んだままのモノが質量を増した。
侯輝:「えへへー格好いい天理もう一回感じたいな♡」
そう言って俺を煽ると、腰を揺らめかせて俺を誘ってくる。まったく今世今日はじめての癖に。いいだろうご所望なら応えよう、俺もご所望だ。どれくらい応えられるか不明だが。
天理:「ちょっとは覚悟しろよ?」
全てのものの父、空の神の本領見せてやる……と俺が腰を動かしはじめると、侯輝は嬉しそうに甘い声を上げた。

やはり体力勝負では部が悪かったので徹底的にイイ所だけ責めてギリイーブンに持ち込んだ。空の神の精力ありがとう。って俺だが。
そして今は二人で風呂に入っている。
俺は侯輝の背中を洗ってやっていた。
侯輝:「あ~極楽ぅ♪」
天理:「爺臭いぞ侯輝」
侯輝:「だって気持ち良いもん!ねぇ天理、もういっかいシよっ?」
天理:「明日動けなくなるだろ俺が」
侯輝:「大丈夫!天理の介護する!」
天理:「お前元気になり過ぎだろ……!」
俺は呆れたようにため息をつくと、泡を流してやった。
侯輝は俺の身体にもボディソープをつけて洗い始めると、後ろを向いて座るように促してきた。
俺は言われるままに侯輝に背を向けるとツツツと指先で背中をなぞられ、ゾクッとした感覚に思わず身を震わせる。
天理:「こらっ侯輝っ!」
侯輝:「じゃあさお風呂出たら今度は俺が抱いてあげ……っ痛ぁい!?」
天理:「却下」
振り向きざまに侯輝の頭にチョップを落とすと、侯輝は頭を押さえながら涙目になった。
侯輝:「ぶーぶー、いつもならこれで落とせて可愛い天理になるのにぃー……!」
天理:「……今日はお前の格好いいでいさせろ」
ぶつぶつと子供の様に文句を言う侯輝の髪にキスを落とすと、侯輝は顔を真っ赤にして黙った後「えへへ」と嬉しげに微笑んだ。

無事必要な学芸員資格の単位を取得し、学芸員の資格を取得する事ができた。
数日が過ぎ、俺は博物館のバイトに応募し面接を受けた。まだ博物館の正規学芸員募集は無かったので少しでも仕事を覚えあわよくば正規募集の為に顔を繋いでおきたかったのだ。
博物館の館長は初老の男性だった。館長は俺を見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻り採用してくれた。驚いた理由は後で知る事になる。
仕事内容は学芸員の補助的なもので展示品の整理、清掃、受付、雑務など多岐に渡った。
侯輝は正規でなくても近くで一緒に働ける事が嬉しいらしく終始ニコニコしており、流石に顔が緩みっぱなしなのを注意した程だ。
実習の際に裏方の仕事はいくらか経験したし、前世で社会人経験はあったのだが、今世で多種多様な大勢を相手にする接客業もある仕事ははじめてなので緊張していた。
しかしそこは侯輝のサポートもありつつ、なんとかこなす事ができた。
そうして暫く経ったある日の事、受付業務をしていると年若い女性の二人連れに遠慮がちに声をかけられた。
女性A:「お仕事中すみませんっ展示についてお聞きしたい事があるんですが……」
展示物の質問となるとバイトである俺より学芸員の方が適任だろうと思い館内を見回すも侯輝を初め見当たらなかったので俺に聞いてきたらしい。一旦内容承って待って貰うべきかと職員用通信機の応援要請ボタンを確認しながら対応をする。
天理:「はい、何でしょうか?」
女性B:「あの……今アクアで上映している神話 空と太陽の物語なんですけど……」
……ああアレな。アクエリアスが古代神話と称して上映させている、実際は俺と侯輝をモチーフにした同人誌的なやつ。俺は内心の動揺を隠して努めて平静な声で答えた。
天理:「はい、そちらが何か?」
女性A:「その……太陽のソルがSNSでこちらの学芸員さんにそっくりだって前々から有名なんですけど、あの……空のスイが最近バイトしてる方に激似って聞いて来たんですけど……モデルの方ですか?」
天理:「え?あー……そうですね。似ているかもしれま……せんね」
俺は冷や汗をかきながら、どうにか言葉を絞り出した。
確かに俺はこの博物館で働いているが、まさかそんな噂になっているなんて知らなかった。
俺は助けを求めるように侯輝を探したが、どうやらまだ裏方にでもいるようだ。速やかに応援要請ボタンを押す。
俺の返答に二人の女性はキャーっと黄色い声を上げた。
女性B:「やっぱり!私あのお話大好きなんですー!あ、握手してください!」
女性A:「わ、私はサインください!」
俺は戸惑いながらも差し出された手を握ったり、求められるままに名前を書いたりした。規則的にいいんだろうか?俺大丈夫か?と頭の片隅で思い混乱していた。
女性A:「あ、ありがとうございます!……これ良かったらお二人で食べて下さい!」
そう言って女性が渡してきたのは可愛くラッピングされたクッキーだった。どういう流れだ?現代文化なのか??助けてくれ侯輝!
天理:「えっ、いやっあの」
戸惑っているといつの間にか戻ってきていた侯輝が横に来ていて、女性達と俺の間に入った。
侯輝は女性達にニッコリと微笑むと「作品のファンなんだよね?応援してくれて有難う!良かったらまた来てね」と言って受付をAIに切り替えると俺の手を引いてその場を離れた。
え?それでいいのか?分からん。
女性達は「きゃー!アクアの次回作応援してますー!」と言いながら手を振っていた。「アクアに伝えとくね」と返す侯輝。なんだったんだ一体……。
休憩室に入ると侯輝はため息をつく。
侯輝:「はぁーっもうびっくりさせないでよー。緊急呼び出しされたから心臓止まるかと思ったよ!」
少し大袈裟にそう言いつつも侯輝の顔には笑みが浮かぶ。うーん俺はまだ状況がよくわからないんだが。
天理:「すまない……しかし、お前が来てくれたおかげで助かった」
侯輝:「えへへー、でしょでしょ?もっと褒めて?」
天理:「はいはい」
俺は苦笑いしつつ、人も居ないので頭を撫でると侯輝は嬉しげな表情を浮かべる。
侯輝:「えへへ、じゃあご褒美にちゅー」
俺の腰を抱き寄せて、顔を近づけてくるが流石に勤務中だと押し退けると「さっさと仕事に戻るぞ」と休憩室を出た。
天理:「まったく……仕事が終わったらな」
侯輝:「うん♪」
そうしてその日はそれ以降何事も無く仕事を終えると夜は約束通りちょっとサービスしつつイチャイチャして過ごした。いつか着てやろうと思っていたヒラヒラのパンツは大変好評で次はメイド服が良いと言われた。どこで売ってるんだ?白桜院さんちの緑葉さんに聞く勇気は流石に無い。

また何日か過ぎ博物館のバイトにも慣れてきた。先日の様なファンと名乗る人達対応方針を館長に尋ねたところ、空と太陽の物語のモデルとなっている事はアクアにしか分からないので自分で明言はせずファンの想像に任せる事にし、握手やサイン等を求められたら本業務に支障の無い範囲でのみグリーティングに応じる事に決まった。ただしプレゼントは危険物の可能性も考慮し一旦検査に回してから身元確認をして受け取る事になっているらしい。侯輝、先日気にせず受け取ってたんだが。まあ精霊魔法で危険性は即探知できるが……。
念の為アクアことアクエリアスが実際何を上映させているのか確認した所、まあ確かに声も姿も俺達そっくりでもうちょっとデフォルメしろと突っ込みを入れたが
アクエリアス:『仕える神の姿を改変などとんでもないです!』
とかもっともらしい言い訳を熱弁された。名前は変えてるならキャラも変えとけよ。ストーリーは事実に沿りつつもかなりアレンジされているみたいだ。まあノンフィクションで赤裸々にやられたら空の神権限で全削除させてもらうけどな。
空と太陽の物語において、作中では空スイと太陽ソルの性別は明言されていないがどうみても男同士なので……ファンは先日の様に女性が多い。どうやら俺の噂が広まりちょっとしたブームになってしまい俺はその対応に追われていた。
天理:「はぁ……」
侯輝:「お疲れ、大丈夫?天理。グリーティングは適宜断っていいんだからね?そういうのは俺がやるし」
天理:「ああ、ありがとな」
そうは言っても博物館の研究資金が少しでも潤うのであれば俺も何か役に立てればと思うんだ。先日もひょっこり現れた遊園地部長に可能な限り対応して欲しいと頼まれてしまった。売り上げが数%伸びたらしい。でもできれば俺は考古学展示物の方に人を呼びたいんだがな……。
侯輝はグリーティングが得意だ。適度にあしらい客の心も掴んでいる。
天理:「それにしても……ああいう趣向を持った女性というのはなんというか凄いな」
侯輝:「腐女子の事ね。うん、情熱は凄いよね。ちゃんと勉強してたりするし。ちょっと偏ってる事あるけど」
天理:「お、おう、まあそれもあるんだが前世の俺達の結婚式でも似たような事あったろ?」
侯輝:「いたねー写真なんて無かったから頑張って写生しててさ。凄く絵が上手だった」
そう、話してみれば真面目な連中だったし、こっそり侯輝の絵も描いて貰って保管してたのだ。侯輝が死んでからもずっとそれを眺めて。それはさておき。
天理:「で、俺は人類の文明の隆盛と消滅するのをずっと見てきた。なのにだ……その、彼女達というのは……」
千年、二千年経ってもどこかに居る。俺は言葉を選びつつ言うと侯輝は苦笑いしつつ答える。
侯輝:「いつの時代も腐女子は変わらず居るね……確かに凄いや」
天理:「だからな、俺……彼女達の様になれたらお前と永遠でいられる気がするんだ……」
両手を組み額を乗せると真剣な表情で俺は言う。
侯輝:「……天理?落ち着いて?腐女子が凄いのは分かるし、俺との永遠を考えてくれるのは嬉しいけど凄くなる方向性がちょっと違うんじゃないかな?」
天理:「だがしかし数千年経ってるのにあのBとLで無限に連想できる力は神にも匹敵するだろ?!あの情熱はなんなんだよ!」
連日の対応を思い出しながら俺はちょっと半泣きになりつつ必死に訴える。
侯輝:「うんうん……凄いね。天理ちょっと疲れてるかな。グリーティングしばらく禁止ね。しばらく裏方の仕事だけにしようね。館長には言っておくから」
そう言って侯輝は俺を抱きしめ頭を撫でてくれた。
天理:「しかし……俺頑張りたいんだ……」
侯輝:「天理はもう充分頑張ってるよ。でも倒れたりしたら俺が悲しいよ?ね?」
天理:「む……すまん……分かった……」
侯輝:「うんうん、分かってくれて嬉しいな」
こうして俺はしばらくバイト作業は裏方のみとなり、好きな遺物の整理に没頭できると疲れから徐々に回復していった。その間侯輝がアクエリアスに苦情を入れ、アクアで上映していた空と太陽の物語を異界のモノの襲来以降の人類復興への道のりという貴重な資料でありながら大変重苦しい上映に差し替えるとブームは少し治まり俺が回復する頃にはフロントに出ても大騒ぎされる事が無くなったので元の業務に戻る事ができたのだった。尚その間夜の交わりは侯輝にどろっどろに甘やかされ優しく抱かれるという感じで、やはり疲れていたのか思い切り甘えてしまった。思い出すも恥ずかしい。

そして俺は今日も博物館でバイトとして働いている。正規学芸員の募集は未だかからない。
天理:「んっ……」
俺は閉館後の博物館のロビーで伸びをする。片付けをしていると職員用通信機で館長から呼び出しがかかった。
侯輝:「呼び出し?じゃ片付けやっておくよ、更衣室でまってるね」
侯輝に片付けを任せ館長室へ急ぐ。ドアの前に立ちドアベルボタンを押下、応答がありドアが開かれ入室する。
天理:「天理です。失礼します」
ドアを開けるとそこには博物館館長と遊園地部長がいた。
遊園地部長:「おー来たね。まあ座って」
天理:「はい」
穏やかに館長席に座る初老の館長を差し置き、中年に差し掛かる遊園地部長は『快晴』と表示させた電子扇子を広げながら賑やかに天理を出迎えた。静と動対象的な二人だ。因みに二人は親子だ。
遊園地部長:「いや~、採用決定おめでとう!」
天理:「……はい?」
遊園地部長:「だから、正規学芸員の採用が決まったって事だよ君、希望してたろ?」
天理:「え……あ、はい。ありがとうございます?でも、採用枠空いてなかったのでは…」
突然の事に嬉しいが、困惑した視線を博物館館長へと向ける。
館長:「説明が不十分で申し訳ないね。これは遊園地統括からの正式な依頼なんだ。少し前にアクアが上映していた空と太陽の物語で少し君有名になったろう?それが統括の目に止まってね、君に興味を持たれたんだ。知っていると思うがここは博物館であると同時に遊園地と連携している施設でね、そういった話題性がある人材を求めているんだ」
天理:「で、ですが俺はそういうのは苦手で……」
先日もそれで少し疲れて裏方に回る事になり侯輝にも気を使わせてしまった。何よりそういった事ではなく学芸員として必要とされて雇われたかった。
遊園地部長:「うーん?天理くんはどんな形であれ正規学芸員として採用されるんだよ?チャンスは活かすべきじゃないかな?」
天理:「はぁ……しかし……」
迷う俺に館長は穏やかに語りかけてきた。
館長:「天理君、私も君には是非正規学芸員としてうちで働いて欲しいんだ。君は知識も豊富で真面目で考古学に対して真摯に取り組んでくれている事はこれまでの働きで良く知っている。心配している採用枠はね、君が有名になってくれたお陰で増やす事ができたんだよ。先日の様にグリーティング活動を目一杯やってくれという訳じゃないんだ。これまで侯輝君がちょっと名物になっていた程度の活動で充分。私はあくまで君に学芸員として来て欲しい。」
館長の静かにだが熱意の籠った言葉に俺は胸が熱くなる。
館長:「それに先日からアクアが上映しだした異界のモノの襲来以降のドキュメンタリーね、若いお嬢さん達にはあまり興味を持って貰えてないんだけれど、研究者達には好評でね、だけど研究者自体が少ないから説明できる者がいなくて困っているんだ。君はその辺りも造詣が深そうだからね。是非頼みたい」
異界のモノの襲来以降の人類復興への道のりの内容は神となった俺自身が目に焼き付けアクエリアスに記録させていた物が主だ。俺以上に説明できるものなどいるはずもない。
天理:「……わかりました。正規学芸員として働きます。よろしくお願いします」
館長:「おお!良かったよ。こちらこそよろしく頼みます。君には期待していますからね」
館長はそう言うと立ち上がり握手を求め手を差し出してきた。脇にいた遊園地部長が電子扇子を広げ派手に『めでたい』などと表示させている。握手を交わすと館長はまた穏やかに微笑んでいた。
遊園地部長:「ん~良かったねえ。天理くん、表に出るのは苦手かもしれないが、有名になるって事は力を持つって事だ。君が真剣に取り組んでいる考古学をより伝える事、やりたい事ができるようにもなると考えれば良いことじゃないかな?僕としても遊園地と連携して盛り上げてってくれると助かるよ。よろしく頼むね~」
やりたい事、か。

館長から正規採用の手続きの説明を受け二人に一礼し館長室から退出すると早足で侯輝の待つ更衣室へと向かう。
天理:「侯輝!待たせた!」
更衣室に入り侯輝に声をかける。嬉しくてちょっとテンションが上がってしまった。更衣室の椅子に座り端末で何やら見ていた侯輝は俺の様子に驚き目を丸くした。
侯輝:「わぁ、おかえり天理どうしたの?」
天理:「侯輝、俺、学芸員に正規採用されたぞ!」
喜びを抑えきれず、つい大声で言ってしまった。
侯輝:「え!?ほんと?!やったあ!」
天理:「ああ、ありがとな!」
自分の事の様に喜び抱きついて来た侯輝に更に嬉しくなり俺も喜びのまま抱き返す。侯輝と共に働ける様、学芸員の資格取得を目指しはじめてから約一年が過ぎようとしていた。
天理:「っわぁっ!」
侯輝:「やった!これで正式に一緒に働ける!ずっと一緒だーっ!」
侯輝は俺を持ち上げたかいたかいをするとくるくると回り出した。
侯輝:「あ、ごめん。嬉しくて嬉しくて」
天理:「ふぅ……平気だ」
俺は地に降ろして貰うと侯輝の首に腕を巻き付け、軽くキスをした。
天理:「ありがとな侯輝、お前が協力してくれたお陰だ。これからもよろしくな」
侯輝:「うん、こちらこそ」
侯輝は優しく微笑むとそっと口づけてきた。
ギュンター:「入るよー……わぁっ!ごめんね!」
天理:「あ」
突然更衣室の扉が開かれこれから帰るであろう学芸員のギュンターと鉢合わせをする。もう俺達の仲は知っているので気を使わせてしまった。ここは共用の更衣室で俺達の方が悪い。謝罪しつつ、俺が正式に採用された事を伝えるととても喜んでくれた。

それから俺は速やかに帰り支度を済ませると侯輝と共に帰路につこうとした。
侯輝:「ねえ、天理お祝いもしたいけど、ちょっと遊園地で遊んでいかない?ナイトパークチケットあるんだ♪」
天理:「ん?ああ、いいぞ」
明日明後日は侯輝は休みで俺も正式始業は明々後日からだ。人数の少ない職場であるため休みをずらさないとならない事もあるだろうし一緒の休みにデートできる日は貴重になるかもしれない。
侯輝:「やったぁ、じゃあ行こ!」
俺の手を取り歩き出す侯輝に引っ張られながらついていく。
俺達は手を繋いだまま遊園地内へと入っていった。
夜になりライトアップされたアトラクションは昼間とは違う雰囲気だ。
まずは空腹を満たそうとパーク内のレストランに寄る。
遊園地で副業のバイトもしたことがあると言う侯輝おすすめの店だ。
店内は薄暗く落ち着いた感じだ。
店員:「お客様こちらへどうぞ」
給仕ロボではなく店のクラッシックなテーマに合わせた洋装の店員が個室へと案内してくれた。席につくと紙で作られたメニュー表を渡される。『夕暮れの庭園と宵の明星』『月下の湖畔のしらべ』だの何が出てくるのか不明なタイトルばかりだったがバイト経験のある侯輝が解説してくれて『黄昏の湖面』というコースにした。なんでも古代牛ヨネザワの霜降りステーキに旬の野菜のグリル、季節のフルーツの盛り合わせが付くらしい。
注文を終えると先行して飲み物が運ばれてきた。
テーブルの上にはキャンドルが置かれ、照明が落とされた。
BGMが変わり、窓の外の景色が森の湖の畔のテラスに変わる。
天理:「へぇ……ひょっとしてメニューに合わせて演出してるのか?」
侯輝:「そうなんだよね。食事のスピードにも合わせてるんだよ。監視はAIでしてるんだ」
個室故にできる芸当だなと感嘆しつつ、俺は目の前に広がる幻想的な光景に見惚れていた。
客として来るのははじめての侯輝も俺の隣で同じ様に見入っている様だった。
侯輝:「天理、正式採用おめでと。乾杯!」
天理:「ありがとう。お前のお陰だ」
侯輝:「そんな事ないよ。天理頑張ったもんね」
俺達はグラスを合わせると軽く口に含んだ。
天理:「人として生活し始めて俺はまだこれからって感じだけどな。まだまだ至らんがよろしく頼む」
侯輝:「えへへ、今世は俺の方が先輩って感じかな?よろしくね」
そう言って笑う侯輝に思わずドキッとする。いつだってこの笑顔に俺は弱いのだが、この部屋の雰囲気がそれを助長させている気がしないでもない。景色として写し出されている湖を見ていると遥か昔を思い出す。神の頃の記憶、恋人どころか親子だった。あの時はまさかこんな関係になるとは思わなかったな。真っ直ぐに俺を好きだと告白する息子のお前。……すぐに告白だと気づけなかったんだが。
侯輝:「てーんり。浸ってないで俺に構って」
天理:「ああ、すまん……お前の最初の告白を思い出してた」
侯輝:「うーんと遺跡で天理に告白したやつ?」
天理:「ふふっもっと前だ。湖でお前が俺に告白したやつ」
侯輝:「……あー神の頃のね。大変だったー」
天理:「俺も大変だったぞ、いきなり息子から告白されて、心乱れて天荒らしちまうし」侯輝:「ごめんね。俺も好きだって言ってるのになかなか恋愛の好きだって思って貰えなくてさ、焦ったよ」
天理:「息子に好きだって言われたらなぁ」
侯輝:「もー!天理はもう俺の父さんじゃないでしょ?!今は恋人でしょ?!」
天理:「ぐ、お前に父さんって言われると今でもキツいな。うん、そうだな恋人だ。息子は禁句だよなすまん」
侯輝:「わかってくれればいいよ。あ、でも俺は父さんだった頃からずっと好きだけどね」
天理:「ぐ…………、あの、だな、最近気づいたんだが」
侯輝:「うん?」
天理:「大地の神には内緒にしたいんだが」
侯輝:「うん」
天理:「俺、お前が……太陽の神として生まれた時から好きだったかもしれない……息子なのに……」
恥ずかしさで俯いてしまう。散々お前の事を否定していたのに。一緒になれないからと人に転生までして再び出会い結ばれるまでどれほどかかったか。
侯輝がそろそろと席を離れ俺に近づく。
侯輝:「……父さん。」
天理:「ぐ、何、だ」
侯輝:「空の神」
天理:「何、だ?」
侯輝:「てーんり♪」
天理:「……?」
侯輝:「大好きっ」
そう言って抱きついてくる侯輝。俺はどうしたらいいかわかんなくなって固まってしまった。
天理:「ちょ、わ……」
侯輝:「えへへ、嬉しいな。ねえ天理、俺はね、あの頃からずっと俺を好きだって思ってくれてる父さんで、空の神で、天理だから好きになっちゃったんだよ。それは今みたいな愛じゃなかったかもだけど、ずっとずっと俺を見つめる目は誰よりも暖かかったから」
天理:「お、おう……」
侯輝:「天理はずっと自覚無かったみたいだけどね」
天理:「ぐ、すまん」
侯輝:「ううん、謝らないで。あの頃の俺はまだ子供で、父さんの気持ちとか考えずに突っ走ってしまったけど、今は違うよ。天理を支えられる大人になった」
天理:「……そう……だな」
侯輝:「うん。俺もまだまだかもだけど」
そう言って俺の頬に手を当てた侯輝の顔が近づいてきて、俺は目を閉じた。侯輝が触れるだけのキスをする。
ゆっくり目を開けると、そこには優しく微笑むお前がいた。
侯輝:「愛してるよ、天理」
天理:「……ああ、俺もだ」
俺達はもう一度口づけを交わし……互いの腹の虫が鳴く音を聞いた。
侯輝:「……ぷっ」
天理:「……ふはっ」
侯輝:「ご飯食べよ」
天理:「ああ、そうだな」
神化すれど人の身なので腹は減る。本当に監視しているらしいAIがタイミングを見計らった様に食事を運んできた。冷めてはいない、大したものだなと二人で部屋の雰囲気を楽しみながら『黄昏の湖面』を堪能したのだった。

食事を終えライトアップされた観覧車やらジェットコースターやらに乗る。観覧車は景色が綺麗だと思った。が。
天理:「……俺が思うに別に必要もない乗り物にわざわざ乗る必要なんて無いと思うんだ。ゆっくり景色が眺められる訳で無し。俺はその気になれば空、自力で飛べるし」
侯輝:「大丈夫?次は怖くないのに乗ろうね」
天理:「……ああ。すまん」
ジェットコースターで隣に乗っていた侯輝は楽しそうに最中わーわー言っていたが……顔面蒼白になっていたらしい俺は今ベンチで侯輝の膝枕をされつつ頭を撫でられている。情けない。
侯輝:「よしよし、頑張ったね」
天理:「……お前が楽しんでいるのに水を差すような事を言ったな」
侯輝:「ううん、そんな事気にしないの。もうちょっとこうしてようね」
天理:「……ん」
侯輝:「んふふ、可愛い」
天理:「……うるさい」
俺の髪をすく侯輝の手がくすぐったくて心地よい。俺は目を閉じてされるがままになる。他のカップルがそこら辺にいて恥ずかしいがきっと自分達しか眼中に無いだろうと自分に言い聞かせる。俺だって大体侯輝しか見ていないのだ。
天理:「……お前は楽しいのか?」
侯輝:「うん、もちろん。俺ね、ああいうの好きだけど、絶対って訳じゃないし、天理なんでも一回は頑張って付き合ってくれるからそれで満足だよ」
天理:「そうか……」
侯輝:「それより今こうして俺に大人しく撫でられてる天理見る方が好きだなぁ」
そう言ってえへへーと笑う侯輝。俺は恥ずかしくなって目を逸らす。
侯輝:「それよりさ、天理、空飛べるの?」
天理:「ああ」
転生したお前を探す為に世界を飛び回ってたら文字通りだいぶ飛べる様になったのだ。すると侯輝は目をキラキラさせながら俺を覗きこんだ。
侯輝:「じゃあさ!家帰るの空飛んで帰りたい!連れてって!」
天理:「いいぞ。そうだな、もう気分も良くなったし、大体乗ったし早速帰るか?」
侯輝:「うん!あ、お土産買う?空と太陽の物語のキャラクタークッキー缶あるよ?」
天理:「……そうするか」
俺達は土産物店に行き、キャラクターグッズをいくつか買う。正直自分達がモチーフのキャラクターグッズを買うのは複雑な気分だったが侯輝が嬉しそうだったのでまあいいかと思い直した。侯輝モチーフの太陽ソルのぬいぐるみはなかなか可愛い。そう思いながら両手で持ちじっと見つめていたら侯輝が「夫婦で買おうね♪」と空のスイとペアでABTで買い物かごに入れていた。
遊園地を出て駐車場に向かい侯輝の車に土産を乗せオート運転にして家に帰す。これで帰ればいいのに無人の車が帰宅するのはなかなかシュールな光景だ。侯輝が早速買ったばかりの俺達似のぬいぐるみを座席に置いて「俺達乗ってるからOK」と自信たっぷりに言っていた。
そして人気の無い事を確認してまず姿隠しをする。
天理:「侯輝俺に捕まれ」
侯輝:「うんっ!」
手を繋ぐ程度でも良かったのだが、侯輝がぴとっと後ろから抱きついてくるのが嬉しくてそのままにさせる。空は夜空が綺麗な快晴だ。風も緩やか。飛んで帰るには絶好のコンディションだ。
天理:「行くぞ」
侯輝:「うん」
ガノとシアを呼び出し、ガノに重力無効を、シアに移動を制御させる。
ふわっとまず浮かび上がると、軽く地を蹴りスルスルと上昇していく。
侯輝:「わーっ!すごいっ!」
天理:「ふふっ」
そのままぐんっ!と加速して一気に高度を上げる。ジェットコースターより余程早いが自分で制御している分には怖さは無い。
地上の観覧車やジェットコースターが小さく見えるくらいになった所で上昇を止める。
地上の灯りから離れると月明かりだけが煌々と俺達を照らしていた。
天理:「怖くないか?」
侯輝:「うん、全然平気!」
天理:「ふふっそうか」
背中に興奮する侯輝の熱を感じながら、自宅の方角へ街の灯りを眼下に見ながら飛んでいく。二人の空の散歩だ。侯輝が俺の腰に回していた腕に力を込める。
天理:「どうした?」
侯輝:「んー?なんかね、こうしてるとさ、俺と天理って二人っきりなんだなーって思って」
天理:「そうだな」
侯輝:「ずっと一緒に居ようね。天理ちゅーしよ♡」
天理:「……ん」
俺は振り返ると侯輝に口づけをする。空の上で二人っきりでキスをしていると、まるで世界に自分達しかいない様な錯覚に陥る。
天理:「ずっと一緒だ」
侯輝:「えへへ、そだ天理、就職できたしさ、両親に会って欲しいなっわわっ!」
そうだった。就職できたら結婚即ちご両親へのご挨拶だったのを忘れていた。ご挨拶、ご挨拶……前世ではご存命では無かったのでやってなかったご挨拶……!と思った瞬間、制御が乱れて危うく落ちそうになった。ガノが明後日を向いているのを引き戻す。
天理:「あっぶねえ……」
侯輝:「あはは、大丈夫?」
天理:「ああ……、……むぅ」
お前は落ちそうになってんのにまだ笑ってんだなと思いつつ、再び飛び始める。
……緊張してきた。
侯輝:「あははは、そんな心配しなくてもいいのに〜」
時折ふらふらとし、侯輝にカラカラと笑われながらなんとか俺達のマンションに近づく。ふわり、と減速し、ゆっくりと着地、侯輝の手を握りながら地面に降り立つ。
侯輝:「ありがと!天理、楽しかったー!」
天理:「それは何よりだ」
侯輝:「天理は?楽しめた?」
天理:「!……ああ」
侯輝の問いに驚き一瞬目を見開き微笑しながらそう言うと侯輝はにっこりと笑った。飛ぶ事が楽しいかなんて考えた事も無かった。数百年間、侯輝を探して一人飛ぶのはただただ辛いばかりだったからだ。
でも今は違う、二人で空の旅をして、地上に降り立って、お前と話せて、触れ合えて……とても幸せな気持ちになれて……そう思っていると視界が滲んだ。
天理:「っ……俺も……すごく……楽しかった」
侯輝:「天理……」
俺が涙ぐんでいる事に気づいた侯輝は優しく微笑み、俺の頭を撫でる。その手は暖かく、優しい。
天理:「っ、すまん急にっ、ちょっと思い出して……でも、今は嬉しくてっ」
侯輝:「うん、俺も嬉しいよ。また一緒に飛んで欲しいな」
天理:「ああ」
そう言って侯輝は俺を抱き締めてくれる。俺達は暫く抱き合っていた。
天理:「っ、もう大丈夫だ」
侯輝:「うん。帰ろ」
俺は侯輝から体を離す。そして手を繋ぎ歩き出そうとした時。
灰根:「おい、そこでいちゃついてる貴様ら」
侯輝:「あ、用あったんだ」
天理:「おおぅ、お前こんな所に居たのか」
侯輝は気づいていたらしいが、誰も居ないと思っていた屋上の物陰に灰根がいた。マンションの屋上で弓木の不寝番をしており、強い魔力の飛来物が接近していたので警戒していたらしい。なんかすまんかったと謝罪し、またちょっと心配になったので、このマンションの元々の堅牢性及び俺達二人の存在によってこのマンション、夜は概ね要塞レベルだから安心して寝ろと伝えると不貞腐れた様にそうかと呟き、階段を下りていった。お前まだエレベーターの使い方分からないのか?相変わらず心配になる男である。
侯輝:「じゃあ部屋に帰ろっか」
天理:「ああ」
俺と侯輝はエレベーターに乗り込む。
侯輝:「ふふふー結婚式に向けていろいろ楽しみだねー」
そう言いながら侯輝は俺の肩に頭を乗せてくる。結婚式に向けてとなると当然ご両親へのご挨拶があるのだ。また緊張してきた。
天理:「ぐ……今は就職を祝ってくれ」
侯輝:「あはは、そうだねー。おめでと天理!」
天理:「ありがとな」
自動運転で帰ってきた車から遊園地の土産を回収し、部屋に帰ってきた。
風呂に入りベッドに入れば伸びてくる手を享受する。「お祝いにサービスしちゃうね」と侯輝は俺の体にキスマークをつけていく。くすぐったくも心地よい感覚に身を委ね愛し愛される。明日は休みだし目一杯祝って貰う事にしよう。

天理:「はぁ……ふぅ……」
何度目かの頂点を迎え終わり心地よいダルさを感じていれば侯輝は汗ばんだ肌と少し火照りを残し色気と愛嬌を絶妙に混ぜ合わせた表情で嬉しそうに笑いかける。因にまだ俺の中に居る。まだサービスしたり無いのか?嬉しいけどな。
侯輝:「ふへへ。ねえねえ天理、二人でキモチ良くなってる時ってさ、さっきみたいに空飛んでるみたいな感覚しない?なんかこう、爽快感と興奮が入り交じってふわふわしてるっていうか」
余程楽しかったのだろうか、そう言って俺に擦り寄ってくる侯輝。確かにお前と空を飛ぶのは気持ち良くて、まだ人だった頃純粋に空を飛んでみたいと思っていた願いが叶った様な興奮した感覚を得られていた。もう飛ぶのなんて楽しくもなんとも無いと思っていたのに。
天理:「ふふ、そうだな」
侯輝:「でね、でね思ったんだけど。空飛びながらヤッたら最高じゃないかなっ!?」
天理:「……はぁっ!?」
出たぞこいつの時々特殊プレイモード。何で良いこと思い付いた俺!みたいな顔しているんだこいつは。……大体そんな事シたら術に集中なんてできないだろ。
天理:「ぅ……ばっ、できるかっ!」
侯輝:「えーでもきっと気持ちいいよ?」
天理:「……っ、そ、そういう問題じゃないっ」
侯輝:「じゃあどういう問題があるのかな?」
侯輝は俺の耳許で意地悪っぽく囁く。その声音は艶やかで、熱を帯びていてその声にピクリと反応してしまうとまた侯輝は嬉しげに笑う。
天理:「っ、まともに飛べる訳ない」
侯輝:「ふふっキモチ良くなっちゃうから?うーん……そうだ!俺が飛べばいいんだ。飛び方教えて?」
天理:「はぁ……そんな簡単に……それに土の精霊と風の精霊を使えないとだな……」
思うだけで飛べた純粋な神の頃と違って人の血も流れているから一応俺は試行錯誤して飛べる様になったのだ。俺と同じ手順なら侯輝には飛べない。
侯輝:「うーんうーん俺神の頃は飛べてたしいけると思うんだよね。でも土と風は俺使えないし……うーん。なんかこう……太陽の……」
突っ込んだままブツブツ言いながら真剣に悩み始めた。俺と空飛びながらSEXする為に。動機がおかしい。まあ俺だって……嫌ではないけど。無理なもんは無理だから諦めて欲しい。
侯輝:「よし!いけるはず!さっ天理捕まって!」
天理:「え?ちょ、あっ!」
侯輝は俺を首に捕まらせると俺の腰を抱え立ち上がった。自重が俺の奥を突く。所謂駅弁スタイルだ。俺は慌てて侯輝に捕まった。
天理:「ぁっ!やっ、まっ、ぁぅっ」
そのまま俺を抱えたまま侯輝は歩き出す。不安定な体勢に思わず侯輝にしがみつく。そして窓を開けバルコニーまで出てきた。この時点で既に猛烈に恥ずかしい。
天理:「やっ嫌だっ!侯輝っ下ろせっ!戻れっ!」
こんなのまるで俺達が外でヤッてるみたいじゃないか!いくら周りに人が居ないとはいえ!羞恥で涙目になりながら訴えるも侯輝は全く聞いていない様子でニコニコしながら言う。
侯輝:「大丈夫!闇の精霊魔法で俺達の姿は誰にも見えない様にするからね!さーいくよー!」
そういう問題じゃねぇぇ!って待ておい!!!
諸々の思いで頭が大混乱をきたす中、その不安定さにぎゅっと目を瞑っていると、重力を感じる向きが少し斜めになり、何やら……風を感じる。まさか。
侯輝:「よおっし飛べたー!ほらほら天理俺飛べたよ!イヤッホー!」
そろそろと目を開ける。
……視界からバルコニーが消えている。眼下に街が広がっている。真っ裸で駅弁スタイルで繋がりながら空に浮いている。
天理:「……嘘、だろ。どうやって……」
侯輝:「ほら、俺太陽でしょ?太陽って空に浮いてるでしょ?そのイメージで浮くって感じでやったら出来た」
天理:「……そんな馬鹿な」
これだから感覚型は。
侯輝:「でもほら、できてるし」
そう言って侯輝は俺に突っ込んで抱えたまますいーっと飛んだ。怖い。必死で首に捕まる。
天理:「あっやっやめっ」
侯輝:「っあ、天理締め付けすぎだよ♡」
天理:「怖いんだっ!馬鹿!」
侯輝:「うーん……じゃあ忘れさせてあげるしかないね?」
天理:「え?やっ!あっ!あっ!」
駅弁スタイルで抱えた俺の腰を揺すりながら侯輝が耳許で言う言葉に一瞬何を言われたのか分からず聞き返すもすぐに理解して慌てふためくも侯輝は構わず動き続ける。
侯輝:「ほらほら集中して?俺の事しか考えられないようにしてあげるから」
そう言いながら侯輝は俺を抱え直し腰の動きを早めた。俺は縋るものがもう本当に侯輝しかない状況で、恐怖と羞恥と快楽で頭はぐちゃぐちゃだった。
天理:「あっ!やっ!だめだっ!こわいっ!んっ!あっ!やぁっ!ああっ!」
侯輝:「あっ、大丈夫、大丈夫っ、絶対離さないし、ほらっ気持ちいぃっ、気持ちいぃっ、ねっ?、天理っ」
そう言いながら侯輝は更に激しく突き上げてくる。そのスリルはジェットコースターの比ではない。普通の交わりでは、あり得ない全身への大気、見上げて映るは月と星、金糸の侯輝に金の瞳。何もかもが非現実的で、俺はただ侯輝にしがみつき侯輝の熱をよすがにするしかない。
侯輝:「はぁっ、はぁ、ほらっ、俺のっ、名前っ呼んでっ、天理っ、俺のっ」
天理:「ああっ!侯っ!侯輝っ!侯輝っ!」
俺達の交わりの音は夜の闇に消えていく。
昼の中にあって尚俺の一番輝く男は、夜の中にあっても俺がお前の一番なのだ、俺がお前の全てなのだと言わんばかりに俺を呼び掻き抱く。
愛してる、お前は俺の全てだって知っているだろう?と言わんばかりに俺は侯輝の名を呼んだ。
侯輝:「はっ、あっ、天理っ、天理っ、っあ"ーっ!」
天理:「侯っ!あああっ…………!」
俺達は同時に果て、ぐったりと力が抜けそうになる俺を侯輝はがっちりと支えた。うっすらと目を凝らせば流石の侯輝もこんなハードな運動の末、力の抜けた俺を全部支えるのは少し辛そうだった。そうまでしてホント馬鹿だなぁと思うも拒否ろうと思えばできたのにしなかった俺も大概なのだ。まだ事後の余韻で震えているがもう乱される事も無いだろうと自力で少し浮く。
侯輝:「はーっ、はーっ、はーっ、あ、ごめんね、軽くして貰って」
天理:「はーっ、はーっ、ふぅーっ、ん、いい。でも今、動く、なよ」
侯輝:「うん。……大丈夫?天理」
大丈夫じゃない。疲れた。死ぬほど恥ずかしい。
天理:「……馬ぁ、鹿」
侯輝:「えへへ」
この野郎。 俺が悪態をつくと嬉しげな表情を浮かべる侯輝を見て毒気が抜かれると共に胸がきゅんとしてしまう。まったく。
俺達はまだ繋がったままだ。身体は疲労困ぱいなのにソレを引き抜くのが惜しくてそのままでいたがそろそろ帰らないと風邪をひいてしまうだろう。まったく何をやっているのやら。ゆっくりと引き抜かせようとすると名残惜しげに侯輝のモノが出て行く。その感覚にゾクッとして一瞬高度が落ちた。そのままお姫様抱っこの姿勢で抱えられると部屋へと飛んで運ばれる。無理が出てきたのか時折飛行がヘロっとするので重力無効だけ手を貸した。侯輝の飛行は少し効率が悪そうだ。改善の余地があるだろう。
侯輝:「ねえ天理、やっぱりまだ怖いかな?空でするの」
またやりたいのか特殊プレイ!と思い見返すも、その瞳に少しだけ真剣な想いが込められていたので無碍にせず返す事にする。
天理:「怖いに決まって……!……怖い、けど……お前となら、嫌じゃ、無い」
侯輝:「えへへ。そっかぁ。これでジェットコースターも怖くなくなってたら良かったのになーっとか思ったんだけど」天理:「馬っ……鹿。お前、ほんと馬鹿。んな都合良く行くか」
そんな事で俺の恐怖心を克服させようとしていたなんて。やり方が突飛過ぎるだろ。まあそんなお前が好きなんだが。
侯輝:「あはは。ごめんね」
そう言って笑う侯輝に俺は苦笑を返す。
天理:「全く……。お前だから大丈夫になってるだけだ」
侯輝:「……天理、そんな可愛い事言っちゃうと俺また盛り上がっちゃうよ?」
にこにこと悪戯っぽく笑う顔を近づけながら言う侯輝の額をぺちりと叩く。
天理:「調子に乗るな」
侯輝:「いたーい」
そう言いながらも笑顔のままだ。
俺は少しムッとした表情を作りながら、しかし本気で怒っていない事は侯輝にも伝わっているようで楽しそうに笑いながら俺を抱き抱え我が家のバルコニーへと飛び向かう。深夜でもあるが起きていない人間が全くいない筈もないので他の部屋から見られる可能性がある。精霊魔法で姿を見られない様にしているとは言え素っ裸の男二人が空を飛んでいるという状況に改めて羞恥を覚えた。早く家の中に入ってしまおう。俺には青空プレイの趣味はない、できれば二度と御免だ……侯輝がどうしてもと言わない限り。
灰根:「貴様らーーっ!そこにいるのは分かっているぞ!また紛らわしい事をするな!……この色ボケ共め!」
マンション屋上からまた不寝番していたらしい灰根が叫んでいた。すっかり忘れていたが結局居たらしい。侯輝の闇の姿隠しは半端な術師なら看破不可能だがあいつなら気配は捉えられるだろう。
天理:「あいつが居たか……」
侯輝:「え、嘘ぉ、灰根俺達見えるの」
天理:「気配探知くらいだろ。見えてたら俺は恥ずか死ぬ。さっさと部屋に入るぞ」
侯輝:「そだね、俺の天理の裸見られてたら殺しに行かないとだけど」
そもそも空でSEXしようなんて連れ出したのお前だろうが物騒な事を言うな。という呆れる俺の視線を受けながら「ごめんねーっ早く寝なよーっ!」と侯輝が屋上に叫び部屋に入る。前言撤回。やはり侯輝に請われても二度と青空プレイは御免だ。

翌日休日。俺の博物館の就職が決まったので早速貰った資料を元に諸々の手続きをABTやタブレットを使い家で済ます。平日しかやってない市役所にわざわざ行かなくても良いことは大変助かる。
今日はショッピングモールへ向かう。俺用のスーツを購入する為だ。博物館の通常勤務では必要無いが現代社会人としては一つは持っておきたいし、何より遠くない未来に控えているであろう侯輝の両親へのご挨拶がある為だ。
侯輝:「そんなに畏まらなくていいよ?」
天理:「お前が良くても親御さん達はそうじゃないかもしれないだろ。そういえばお前の今世の親御さんってどんな人だ?まだ存命なんだよな?」
侯輝:「うん、えーとね。天理の夢の世界で俺の両親に会ったじゃない?」
俺が侯輝の転生を待つ間、寂しさから逃れる様に俺は何年も夢を見ていた。既に侯輝が転生していたのにも気づかず眠りこけていた俺は侯輝を夢の世界に引きずり込んで同じ夢を見ていた。その中に侯輝の両親も出てきていた。
天理:「ああ、いたな。まさか俺お前の両親まで夢に引っ張り込んでいたのか?」
侯輝:「ううん、それは無いと思う。全然そんなそぶり無かったし。でもねソックリなんだ。簡単に言うと…逆?」
ソックリで逆とはどういう事なのか。俺が疑問符を頭に並べている間に侯輝は言葉を続ける。
侯輝:「夢で見た父さんが母さんで母さんが父さんって感じ?」
天理:「……性別が逆転してるんだな?」
侯輝:「そうそう!夢で見てびっくりしちゃったんだよね。見てる時は現世の記憶無いから気づけなかったんだけど」
夢の中の侯輝の両親、父継さんと母接さんを思い出す。継さんは真面目で厳しくも愛情の深い人だった。接さんはおおらかで愛嬌がありそれでいて強い意思の持ち主だった。
天理:「ふむ……あの二人で逆か……となるとお袋さんは礼節に厳しそうだな」
侯輝:「そうそう!いつもは優しいけど怒るとすごく怖くて厳しいよ!」
それならばやはり身なりは整えて望まねばなるまい。ん?そうなると……
天理:「親父さん、ほぼお前じゃないか?」
侯輝:「そうなんだよねー父さん俺にソックリだってよく言われるよ!」
お前が二人か、お袋さん大変そうだな。さぞ賑やかだろう。
継さんは夏侯の本家の神社の手伝い、接さんは職は持たず一律給付金で生活している身らしいが、毎日どこかふらふらと出歩き、困っている人を無償で助けて回っているらしい。人々が単純労働から解放され、発見された新エネルギーにより豊かになり、一見全ての人に一定レベルの生活は保証されている市政の様だが、それでも尚綻びはあり支援を必要としている人、充実して尚足りない何かを探し求めて彷徨う人などがいてそういう人達に寄り添うのが好きなのだという。
ショッピングモールにたどり着き、以前来た服飾店ラルディへとやって来た。店頭の宣伝パネルにはスーツ姿の見知らぬモデルが微笑んでいる。
天理:「なあ、お前最近副業のモデルの仕事あまりしてないんじゃないか?」
初めてここに来た時にはモデルの侯輝の宣伝パネルに度肝を抜かれたものだった。俺と再会して以降博物館の仕事が終わり次第ほとんどまっすぐ帰ってきているのだ。俺としては密かに嬉しいと思っているのだが、もし俺の為にやりたかった事ができていならいらぬ気遣いをさせてしまっているのではないかと心配になる。
侯輝:「ああうん。天理と暮らし始めてからモデルの仕事かなり減らしてるよ。家賃天理からも貰える様になったし、何より早く帰って天理と過ごしたいしね!」
天理:「そ、そうか……」
嬉しい。スーツコーナーに進みながら、さらっと恥ずかしげもなく言う侯輝に俺の方が照れていると侯輝はクスりと笑って言った。
侯輝:「そろそろ天理、現世に慣れたと思うしまた考古学研究に専念したくなったら俺モデルの仕事戻そうかなって思っててさ」
行動予測され過ぎている。確かに生活の地に脚がつき始めたら研究を進めたいとも思っていた。しかし俺に都合が良すぎないだろうか。前世からお前はずっとそうだ。お前ばかり俺に寄り添おうとして貰ってばかり、俺もお前に何かしてやりたいのに。
天理:「う……俺にばかり合わせなくていいんだからな?お前はお前のやりたい様に生きてくれ」
侯輝:「うん、だからさ、天理がやりたい事があれば教えてね。あ、これなんか天理似合いそう」
天理:「?、いやだからお前がやりたい事を……」
侯輝:「俺はさ、なんでもできちゃうの、天才だからね!はい、ちょっと動かないでね」
天理:「お、おう……?」
侯輝の発言に困惑し棒立ちの俺に侯輝は見繕ったスーツを俺の体に当てて見立てていく。
侯輝:「でもさ、天理は不器用だから、好きな研究とかしかできないの。他の事やろうとするとすぐボロボロになっちゃう。そんな天理を見てるのは辛いかな。あ、こっちの濃紺のも天理に似合いそう♪」
天理:「ぐ……」
返す言葉が無い。確かに俺の出来る範囲は狭い。チャレンジしてみてもどうにも苦手だ。
侯輝:「だからさ、天才の俺が天理に合わせるよ!うん、やっぱりこの濃紺のが良いね。ちょっと着てみて!」
天理:「えぇ……」
言われるままに試着室に押し込まれ、いやだがしかし申し訳ないと思いながらスーツに着替える。肌触り良く丈も丁度良い。鏡を見るとなかなか悪くない様な気がしてきた。流石侯輝の見立てだ。
「どうだ?」とカーテンを開けると侯輝が待ち構えていて俺の姿を見るなり満面の笑みで抱きついてきた。そして耳元で囁く。
侯輝:「素敵だよ!天理。……俺はさ、なんでもできちゃうけど天理みたいに一つの事に情熱は傾けられない。俺の情熱は天理にだけ。そして天理が好きなことやって楽しそうにしてるのは凄く好きなんだよね」
天理:「お、おう……」
侯輝の言葉に俺が顔を赤くして俯いていると侯輝はクスリと笑って言った。
侯輝:「だからね、俺は天理がうまくいってなさそうだなーって所をフォローっていうか……例えばこんな風に天理をカッコ良くプロデュースしてあげたいなって。それが俺のやりたい事!」
侯輝の想いに心がいっぱいになる。俺はただ側に居てくれるだけでも嬉しいのにだ。
天理:「いい……のか?俺ばかり貰ってばかりで……」
侯輝:「俺はもういっぱい貰ってるよ?天理は俺の事好きになってくれたし、しかも天理が実は一番情熱を傾けてくれるのも俺だって知ってるしね♡」
天理:「な、何言ってんだ、お前の方が……」
侯輝:「あはは、天理は俺が一番欲しい……ううん、それ以上の言葉と気持ちくれるんだよ。だからさ、俺も天理に負けないくらいの愛情を表現したいんだよね」
ああ、なんて幸せなんだろう。
天理:「ん……ありがとな……」
顔を上げ、せめてお前の想いに少しでも応えられるようにと愛おしそうに見つめてくる侯輝の頬に手を添えてキスをした。
侯輝:「うん♪」
侯輝は嬉しげに微笑むと俺の腰を抱き寄せ更に深い口付けを……と構えていれば外から店員のルッカから声がかかった為慌てて更衣室を飛び出していったのだった。

侯輝が見立ててくれたスーツを購入し、モール内を歩く。ふと見かけた、店頭に純白ドレスの女性の映像が流れる店の前の文字を読んだ。
天理:「カリスマ花嫁になろう!?なんじゃそりゃ」
花嫁とは結婚式で発生するものだ。人生大抵一度、あっても数度であろう。その花嫁にカリスマなんて存在がいるのだろうか。店の前で足を止めて首を傾げれば、隣にいた侯輝も覗き込んでくる。
侯輝:「あ、ブライダルフェアやってるよ!行ってみようよ!」
天理:「え、ぶらいだるふぇあ??」
結婚式の?見本市?モデルか誰かが模擬で結婚式挙げているのか?まだ俺には知らない現代概念の様だ。侯輝は更に頭上の疑問符が増した俺の手を引いて店内へと入って行った。
案内AIに誘導され、大きなガラス張りの教会風の部屋に通される。そこには既に何人かの男女がいて、皆白いタキシードやウェディング衣装に身を包んでいた。
侯輝:「えへへ、俺天理に再会したら来てみたかったんだよね」
天理:「そ、そうなのか。なあここ、何をするところなんだ??」
侯輝:「えっとね、結婚のシミュレーションができるんだよ。式場を投影させて好みの式場を選べたり、どんな衣装を着るのか手順とか体験できるらしいよ」
なるほど、予行演習ができるという事か。前世の俺達は、場所を選ぶとか考えもしなかったし、手順も手探りで、とにかく結婚するぞ!という宣言する場という認識だったのだ。
時代はまた変わったんだな……と俺が感心していると、また侯輝に手を引かれる。予約はしていなかったが平日休みの利点というべきかシミュレーションブースに空きがあったので早速使わせて貰える事になった。そういえばと思い出したので侯輝に小声で問う。
天理:「なあ、侯輝、水を差す気は無いんだがお前結婚式は神式にしたいとか言ってなかったか?」
侯輝:「うんそうだよー、でもねそれはそれとして天理とここの施設使ってみたかったんだ♪」
天理:「ふふっ、そうか」
俺とここで結婚式ごっこをしてみたいというわけだな。ワクワクと楽しげにする侯輝に苦笑するも、まあ、確かに、俺もちょっと興味はある。結婚式というのはそれぞれの文化の違いを感じ取れる良い機会だ。何より侯輝とでしか楽しめない試みだ。
二人きりのシミュレーションブースに入るとAI音声が「理想のブライダルプラン作成のサポートを致します。お試しされたい衣装をお選び下さい」と流れてきた。
まずは衣装から決めるようだ。俺達をスキャンしたものに衣装を簡易合成した映像が表示される。世界各地様々な民族のものを実際に着て試せる様だ。中々興味深いが、俺は例によって服は良く分からないので侯輝にお任せである。侯輝は珍しく少しだけ考えた後選んだ。
侯輝:「……うんとね、これ着てみたいな」
渡されたのは赤を基調とし龍と鳳凰の意匠が施された龍鳳服という古代中国のものだった。そういえば転生を繰り返す内の中にもこんな衣装の国もあったと思い出す。侯輝は覚えているだろうか。
天理:「おお、やっぱり格好いいな」
提供された龍鳳服を着る。モデルで様々な服を着慣れているからだろうか侯輝は着替えが早い。格好良く着飾った侯輝に見惚れもたもたと着替えていれば「ありがと♪」と苦笑されながら侯輝に手伝って貰った。
侯輝:「似合ってるよ天理……」
天理:「おう。ありがとな」
感慨深そうにぎゅうと抱き締められる。シミュレーションブース内の風景が衣装に合わせた様に古代中国の宮廷屋敷屋内へと変わっていくと更にあの頃を思い出す。
侯輝:「あの、さ。天理は覚えてる?転生の中で俺が王様してた時の事」
天理:「……ああ。俺が腐り切った国でしがない小役人してたら、お前の国が急に攻め落てきて……お前が陥落させたその日の内に初対面のお前に手篭めにされたっけな」
大した俺様キャラだったなぁと感慨深く思い出す。しかしすぐに王としての演技だったと分かり程なくして仲良くなり恋仲になれそうだったが……もう一人の侯輝が現れ俺を誘拐、強姦された。助けにきた侯輝と侯輝同士の戦いになり、その戦いの末に俺達は共に死んだのだった。
侯輝:「わぁん言い方ぁ……でもあの時は酷い事してホントにごめんね」
天理:「ん、もう過ぎた事だ」
侯輝:「あのね……あの侯輝も実は俺自身で……」
天理:「……やっぱりそうだったか」
侯輝:「気づいてたの?」
天理:「あの頃は気づかなかったし、今思い起こしてやっとだけどな」
侯輝:「怒ってない?俺のせいで天理あんな目に……」
俺を抱き締める手が震えているのを感じ取ると落ち着かせる様にその背中をそっと撫でた。
天理:「お互い様だ。俺にはお前をどうもしてやれなかった。一緒に死ぬ位しか、な」
思えば確かにあの狂った様な侯輝だってお前の愛は俺に向いていた。けれど俺は受け入れる事ができなかった。あの時俺達は共に弱かった……。
侯輝がこの衣装を選んだのはあの時俺達が結ばれていたら着ることができたもの、だから選んだんだろうか。かつて叶わなかった想いを結ぶ為に。
侯輝:「……うん。ありがと。ずっと、謝りたかったから」
天理:「なあ、侯輝、折角あの頃みたいになれたんだ。ここで誓おう。供養をしよう。あの時の……いやこれまで結ばれなかった俺達の含めて。自分を自分で供養するなんておかしいかもだけどな」
侯輝:「うん!しようしよう!」
幾度もの転生の中、互いに出会えなくてもそれなりに幸せな人生だってあった。けれどこうして出会って結ばれる為に転生を繰り返してきた俺達の人としての生に労いの想いを込めて。
AIにシミュレーションと称して二人の簡易結婚式を実行させ互いに愛を誓う。
侯輝:「俺はこれまでも、そしてこれからも天理を愛する事を誓うよ」
天理:「俺はこれまでも、そしてこれからも侯輝を愛することを誓う」
侯輝は過去の俺に。俺は過去の侯輝達に。
シミュレーション結果が画面に表示され、それがフォトデータとして転送されてきた。『永遠の誓い』という題名が付けらた写真には龍鳳服を纏い幸せそうに腕を組む俺達や口付けを交わす俺達が写っている。客観的になど見るのは初めてだったので猛烈に恥ずかしさを覚えたが同時に自分の奥底にある魂の残滓が満たされていく感覚を覚える。
侯輝:「えへへ、ありがと天理」
天理:「こちらこそ、ありがとな侯輝」
侯輝:「これで二回目の結婚式だね~♪」
天理:「シミュレーションだけどな。あ、そうか。俺達三回やる事になるのか」
侯輝:「そだね。早く両親達に挨拶に行こうね♪」
天理:「お、おおおう。そう、だな」
侯輝が嬉々としているのを見て頬が熱くなるのを感じる。俺の両親はもういないのでお前は挨拶しなくてよくて気楽だなと思いつつ、侯輝ならビシッと格好良く挨拶できるんだろうなと思い、そんな侯輝を見損ねたなと残念に思う。
侯輝:「ん?なぁに?見惚れちゃった?」
天理:「っ……お前な」
そんな複雑な気持ちでいたらニコニコと覗き込まれていて慌てて取り繕う。まったくこの男は自分が格好良いのを自覚した上で主張する事を厭わない

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