再会後2(未確定)

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天理視点


[ここから:天理視点。三人称→一人称化]
[侯輝:職業は学芸員資格持ちで考古学の研究員。遊園地付属の考古学博物館勤務。副業で遊園地のキャストをしている。自宅は都心寄りの郊外にあるマンション。セキュリティが厳重で生体認証で出入りする。]
侯輝は郊外にある自宅のあるマンションにたどり着くと駐車場に車を停め、天理を連れて顔認証のセキュリティドアを開け、エレベーターに乗り込む。天理は「さっきのはどうやってんだ?動力はもう魔力じゃないんだよな?」と都度興味深げに質問していた。
[侯輝は一人暮らし]
侯輝の自宅は寝室とリビングダイニングキッチンのみのシンプルな間取りだ。玄関を開けるとすぐに小さな廊下がありその奥にトイレとお風呂がある。
侯輝:「そこのソファーで休んでて、すぐにお風呂と寝支度するから」
天理:「シャワーくらいだけでいいぞ」
天理はキョロキョロと部屋を見回していると間取りの広さや少し様相が違うが夢の中で見た侯輝の部屋と似ている事に気づく。だが詳細は見慣れぬ機械が増え、本棚が考古学関連の本ばかりに様変わりしていた事だろうか。自分の側にいる為に努力していてくれた事に天理は嬉しく思い頬が緩む。
侯輝:「天理お風呂準備できたよ。使い方教えるね」
天理:「頼む」
天理は侯輝にレクチャーを受け小さくわーわーと言いながらも無事にシャワーを済ました。改めて鏡を見ると我ながら酷い姿だなと思う。ほぼ骨と皮だけの体は見るに耐えない。これでは見ている侯輝も辛かろうと決意を新たにする。侯輝のダボダボの服を着、居間に戻ると、侯輝はうとうとと船を漕いでいた。
時は丑三つ時を過ぎており、ずっと寝ていた自分と異なり普通に生活し、夜中に起きて自分の所に来て一波乱あって帰ってきた侯輝は眠かろうと天理は指を一つ鳴らすとガノを呼び出し侯輝に軽量化をかけてそっとベッドに運んだ。
天理:「お疲れ、ありがとな、侯輝」
侯輝:「ふぁ……うん……大丈夫だよ……」
天理:「おやすみ」
天理は侯輝の額にキスをして眠りにつこうとすると「天理ぃ……」とむにゃむにゃと言い抱き込まれて侯輝の腕の中にすっぽりと収まるとその暖かさに安心して天理も直ぐに睡魔に誘われていった。もう自分の寂しさを紛らせる為の夢は見なかった。

翌早朝、天理が目覚めると侯輝はまだ夢の中らしく、起こさない様に腕の中から抜けようとすると「……行かないで……」と呟きながらギュッと抱きしめられてしまい、天理はそのまま侯輝が起きるまでその温もりに包まれていた。
目が覚めて横に愛しい人が包んでくれている。何百年と待った日々がまたこれも夢なんじゃないかと不安になる。しかし、侯輝の体温が、少し苦しいくらいぎゅうと抱き締める腕が夢では無いのだろうと感じさせた。
腕の中でなんとか向きを変え、まだ起きてないよな?と厚い胸板に顔を埋めすうと息を吸い込む。そしてそのまま胸にすり寄ると侯輝の匂いを感じ、その香りにうっとりとする。
天理:「……好きだ……侯輝……お前とまた会えて良かった……」
天理は小さく呟き暫き、侯輝のトクントクンという鼓動に耳を傾けていたが、ふと我に返り、今更恥ずかしくなって侯輝の顔を伺おうと顔を見上げると目を瞑ってはいるがなんだか口角が上がっていてニヤけていた。
天理:「お、お前……起きてるのか?」
一気に恥ずかしくなり抜け出そうとするが侯輝は離してくれず、それどころかますます強く抱き込んでくる。
侯輝:「おはよ、天理、ああ……天理が可愛いよう」
天理:「お、おはよう。こらっきつい離せ、起きろ」
抱き込んだままの侯輝を何とか起き上がらせ、ベッドの上で向かい合う。近くのカーテンを引き薄明かるい日の光が室内に入ってくると満面の笑みの侯輝がニコニコと嬉しそうに笑っているのが見えた。朝日もかくやとばかりの笑顔っぷりに見ているこちらが眩しく感じ、天理は思わず視線を逸らす。侯輝はそんな天理を見てさらに笑みを深くした。
侯輝:「えへへ、可愛いなぁ。天理、ご飯食べられそう?お粥からかな?」
天理:「そうだな……飯なんて何十?百?年振りだ」
侯輝:「じゃあ用意してくるね!」
侯輝はそう言うとベッドから降りてパタパタとキッチンに向かう。やり方を覚えようと天理は後ろに付いていった。侯輝は鍋に何かの粉(スープ)と湯(最初から沸いてる)と既に炊かれていた(いつセットした?!)米を入れ、鍋を少し特殊そうな台(電子コンロ)に置き、台の模様(加熱スイッチ)にいくつか触れると程なくして鍋が沸騰し始めた。「おお……」と天理が呟いている所に侯輝は壁の扉(冷蔵庫)から出した卵を手際よく溶き入れ、米とほどよく絡んだところで火を止め、謎の材質の大きな杓子で掬って皿に盛り付けた。
侯輝はまた壁の扉を開けると中から惣菜の残りと思わしきものを取り出し、ご飯をたっぷりと盛り付けそれらを食卓に並べると二人ソファー椅子に並んで座った。
侯輝:「いただきまーす。どうぞ召し上れ」
天理:「ありがとう。頂きます」
天理は恐る恐る一口食べると「美味しい」と呟き、丁寧に租借しながら食べ始めた。その様子を見て侯輝はほっとしたように微笑むと自分も箸を進めた。
飯の量だけでも侯輝の半分程度だったが数十年振りの食事はそれだけでお腹いっぱいになってしまった。侯輝が使った食器を片付ける(自分で洗わなくて良いらしい)のを横で眺め覚えながら天理は胃を擦る。
天理:「まだ少し厳しいな」
侯輝:「元気にはなって欲しいけど無理して食べたらダメだよ」
天理:「ん……分かってる」
侯輝:「今日はゆっくり休んでて!放送見るのもいいし。軽く散歩するのもいいし」
天理:「ああ、そうさせてもらう」
侯輝:「ごめんね俺は仕事に行ってくるけど、何かあったら直ぐにこれで連絡してね」
天理:「分かった」
侯輝は通話や映像機器操作や外出の仕方を教え、ホームデバイスに天理を登録し使用権限を設定した。
そして軽くシャワーを浴び身支度をきっちり整えると名残惜しそうに行ってきますのハグとキスをする。
侯輝:「じゃあ行ってきます!チュ♡」
天理:「ん……気を付けて行ってこい」
侯輝:「えへへ」
ついかつて冒険者だった侯輝を見送る時のいつもの癖で今生の別れくらいの覚悟で見送ってしまうと侯輝はそれに気づいたのか嬉しそうな笑顔を見せると「行ってくるね」ともう一度キスをして出勤していった。不死の身となり万が一などそうそう心配する必要が無くなったとは言え数百年の別離を経験するとやはりまだどうしても心配になってしまうのだった。

昨日は夜遅かったし心配していたのだが、同い年になってもまだ体力は余裕で侯輝の方が上らしいと感慨深くなる。元気な侯輝がいなくなった事もあり部屋が急に静寂に包まれた。部屋に一人きりというのは初めてだ。なんのかんのでアクエリアスがずっとそこにあったし、精霊達もそこにいたからだ。
早く今の世に慣れようとまず現代社会の情勢を知る事にする。指を鳴らしてガノを呼び出す。
天理:「ガノ。アクエリアスと連絡を取ってくれ」
ガノ:『りょーかーい黒板出すね』
ガノを通じてアクエリアスとコンタクトを取る。アクエリアスは俺が眠りにつく間も周辺地域にシアなどを通じて情報を集めており、眠りから覚め転生した侯輝を探しに行く前に簡単に情報を得てから出掛けるのが通例だった。今回はとりあえず侯輝の家に来てしまったので遠隔で情報取得をする。
お茶を用意しソファーに座り、ガノがテーブルの上に作り出した黒磁のパネルにアクエリアスが送ってきたメッセージを表示させる。
『おはようございます。空の神、ゆうべはおたのしみでしたか?』
天理:「ぶふぉ!……おっお前っ」
思わず吹き出す。ガノが傍らで腹を抱えて笑っていたので軽く睨んでおいたが効いてはいないだろう。
『本日太陽の神、大変ご機嫌で出社なされましたし、数百年振りの会瀬の勢いで盛り上がったのでは?と……』
天理:「流石にこの体じゃまだ無理だっ!」
『失礼致しました』
侯輝の出勤先がアクエリアスの居場所なのは様子をこっそり覗くには都合が良さそうだ。しかし……抱いて貰いたいがちょっと今の痩せ細った体では……いや今はそんな話をしたい訳ではないと切り替える。
「そ、それは置いといて、今の世界について教えてくれないか?」
『承知致しました』
アクエリアスから送られた情報からガノが黒磁パネル上に鉱物染料で程よく彩られた世界地図と近隣地域の地図をフンフン♪言いながら描く。そして俺が眠りについた後の事を教えてくれた。いくらかの戦争を経て封建制はほとんど無くなり民主主義国が増え、科学文明、機械技術が発達した。アクエリアスに近い人工知能も存在しているらしい。現在遠国で抗争はあるようだが概ね平和の様だ。
かつて存在した魔物の類いは、今や強力な銃器の登場により駆逐され表向きは居ない。たまに一般には手に負えない魔物は数少ない退魔師と呼ばれる者によってひっそりと処分されるが、かつてほど霊的に強い物は殆ど居らず、いくら強力な力を持っていても魔物退治を職業として成り立たせるのは難しい様だ。現在、大抵の人間は魔物には殆ど接触する事無く学校で学び、戦闘とは縁がない職に就くのが一般的で、俺達の様に魔物に銃も無しに対抗できる者は稀有な存在だという。現在住んでいる地域も中央政府を中心とした市議会によって統治されており市民は中央管理システムによってIDが管理されている。様々な行政サポートを得る、人として職に就く、住居を定めるのであればこれが必須で、戸籍を持たない者は基本的に住めない。
また、かつてあった身分制度は形骸化しており、今はほぼ無いに等しい。ただ、貴族階級の者達は今でもそれなりの権力を持っている。
『空の神はこれからどうなさるのですか?』
「そうだな……当面は人並みの生活が出来る様にしたい。侯輝は一旦は人として生まれているしな。俺を当地の戸籍に押し込めそうか?」
『はい。すぐに。今回は空の神のお手を煩わせずにすみそうです』
「ありがとう助かる」
紙管理の頃は俺が管理方法を調査、偽造書の生成はしてもらい俺が役場に姿隠しをして侵入、潜り込ませていたりしたが色んな意味で楽になった様だ。それから通貨の獲得もアクエリアスから提案され、あった方が当然いいのだが、これは一旦保留した。どうしても必要でない限り前世同様一庶民として生きたかったからだ。ひとまず政府から毎月配布されるという一律給付金のみ受け取っておいた。それから簡単な現代社会ルールをレクチャーして貰ったり、現代文字の学習を進めた。発達した技術により投影しただけで瞬時に文字を翻訳する機械も出回っているらしかったが、やはり文字は自分で読みたかった。

社会学習を進め少し休憩しようとする。体力が減りすぎていたのか少し疲れやすい様だ。侯輝に心配させぬ様、早く体力も付けなくてはなるまい。
ふと棚を見ると本棚に考古学の本と思わしき本が並んでいた。紙の本はこの時代においてかなり珍しい物となっている様だが天理は自分でも慣れ親しみ扱える媒体として一冊手に取ってみた。少し懐かしい古書の香りがする。表紙の絵は古代の絵らしく人らしきものと天に浮かぶ太陽が描かれていた。当然本文は現代のものだった為、覚えたばかりの簡単な文字しか分からなかったがパラパラとページを捲ると画像資料内に読める古代文字がいくらか出てきて懐かしさを感じ、自分が主としていた文字が古文扱いとなっている事に複雑な気持ちになった。だが分かる字があるならそこから逆に現代語を覚えられそうだと休憩も忘れて読み進め、現代での前世時代の解釈を興味深く読み進めていくうちに疲れて眠気が襲い机に突っ伏して眠ってしまった。

遠くで何かの音がしてはっと目を覚ますと侯輝に教えられた通信機から着信音の様なものが鳴っていた。傍に俺に引っ付いて一緒に寝ていたガノがほんのり暖かく、呑気に『おはよー』などと言っている。画面には真っ先に覚えた侯輝の文字があり教えられた通話ボタンを押すとディスプレイに侯輝の顔が表示され、天理はその仕組みに驚きながらも微笑した。
侯輝:「あ、天理?大丈夫?ごめんね、寝てたかな?」
天理:「ん……文字の勉強してたんだが、うたた寝してた。まだ体力も無いな……何か用だったか?」
侯輝:「んーん、アクエリアスが天理寝ちゃったかもって教えてくれたから様子見ようと思って」
傍らのガノの黒磁パネルには『空の神?大丈夫ですか?』『あるじ寝ちゃったよー』『あらら、お風邪など召されませぬ様~』『おっけー任せてー』等、アクエリアスとガノの会話ログが残されていた。どうやら暖めるつもりはあったらしいガノを片手で撫でておくとガノは嬉しそうにしていた。
天理:「ありがとな。心配かけたな。あ、もう昼か……」
侯輝:「うん、ご飯食べられそう?」
天理:「うーん、食べれそうかな。体力付けないとだし」
侯輝:「分かった。根詰め過ぎない様にね、天理すぐ無理するから。じゃあまた後でね」
天理:「ああ」
釘をさされ苦笑しながら通話を切る。心配してくれた侯輝に早くどうにかしたいと焦っていた気持ちがほんのり和らいだ。キッチンに向かい緊張しながら朝侯輝がやっていた通りにお粥の作成に挑む。と、ふと考え付いてガノを送還し指を鳴らして炎の精霊を呼び出した。
天理:「ブラム」
子供ほどの大きさの炎の精霊が天理の側に召還され、炎の様に揺れる髪を靡かせた。
ブラム:『今日は何だ?驚異は見当たらないし、明かりが必要な時間でもなさそうだが?』
天理:「見張っててくれ。俺が料理のミスをしないか」
ブラム:『帰る。私は火の精霊であって子守りではない。そんな事に私の力は不要だ。他のやつに頼め』
天理:「待て!お前が一番適任なんだ!ガノは遊ぶしウィンはミスっても気にしないしシアは危なくなったら助けてはくれるが大人しすぎて突っ込みをしてくれない。容赦なく冷静な突っ込みを入れてくれるお前が今の俺には必要なんだ!俺は侯輝の家の機械を壊したくない!』
天理は頬をひくひくとさせるブラムに全力で頼み込んだ。周りで姿を現せていないガノとウィンがぶーぶーと騒いでいたが天理はスルーした。シアには心中で気を悪くしないでくれと謝った。
ブラム:「……分かった。引き受けよう」
天理:「頼んだぞ!」

天理:「ご飯の量こんくらいだったよな……?」
ブラム:『それは私も見ていない。食べた分くらい入れれば良いのではないか?』
天理:「そうだな。お湯はこんくらいか?アチッ!熱湯出るんだった」
ブラム:『気を付けよ。手の熱を取り除いてやろう急ぎ冷やせ』
天理:「すまん……後は卵……あっ」
鍋を置きコンロのスイッチを入れ沸騰した所で卵を溶かし入れるのだが、卵の割り加減が掴めず殻ごと入ってしまった。慌てて取り出そうとするが上手くいかない。前世ではもうちょっとうまくできていたと思うのだが。
ブラム:『リカバリーの仕方は分からぬな。旦那に聞くか諦めよ』
天理:「仕事中にこれくらいでかけられるか」
そう言われてふと侯輝の声が聞きたくなってしまうが、子供でもあるまいにこんな事で頑張っている侯輝の邪魔をする訳にはいかないと奮い立たせる。随分弱気になっている気がして頭を振った。
ブラム:『強情な主め。頼れば喜びそうな旦那であろうに』
天理:「……っそんな事まで突っ込みを入れろとは言ってないぞ」
ブラム:『突っ込みの種類の指定までは受けておらぬ』
言い返す言葉が出せず本当に俺の精霊は容赦なさ過ぎるなと思いつつ、割れた殻は諦めて卵を入れる。既成スープのお陰でひとまず香りだけはいい。加減が分からず慎重になりすぎていたら焦げそうになり機械より早く熱変化を察知したブラムに指摘され火を止める。
天理:「ありがとな、助かった。やっぱりお前に見ててもらって良かった」
皿に粥をよそいながら天理は微笑しつつブラムに感謝の言葉をかける。
ブラム:『まあ構わぬ……次は火傷に気を付けよ。もう良いな?帰る』
それだけ言うとブラムは火の粉を散らし消えた。周りでガノとウィンが顕現せぬまま『ツンデレだー』と騒いでいたが天理はブラムを思ってそれには同意はせずスルーした。
出来上がった粥を食卓に運ぶと、思ったより多くできてしまったと思いながら鍋から少しずつ皿に移し食べる。一人で食べると寂しいなと感傷に浸る暇もなく混入してしまった殻のガリっとした感触に顔を歪ませながらなんとか食べ進めた。多く作りすぎてしまった事もあり、やむを得ず残す。胃袋が慣れるのはもう少しかかりそうだ。残りは冷蔵庫に入れ、食器を片付けると、午後はまた学習の続きでもすることにする。散歩も一瞬考えたが体力に自信が無くうっかり倒れそうなので今日は止めておいた。考古学書を見ながらの文字学習は我ながら捗りそうだと機嫌よく進める。やはり文字が読める様になるのは嬉しいものだ。
数時間後、とは言えまだ体がそれにすらついてこれる状態でもなかったので休憩を入れることにする。一服した後天理は思い出した様にこの家の中の散策をする事にした。正体不明そうな機械類は避けつつ、特に問題なさそうと判断できたものはいじってみることにする。現代生活への適応も大事なミッションであろう。
窓のロックを外しベランダに出る。昨晩は夜景で分からなかったがその景色は改めて見ても大幅に様変わりしていた。眼下に広がる街並みは、個性的な高層ビル群やら舗装された道路、整然とした街並み、自然も少しあるが人工物が主だ。前世の天理が生きていた頃の面影は一切無く、道行く人々は皆、魔物に怯える事無く平和そうだ。そして精霊の数は少し減った様に思える。野良の風の精霊が通りすぎ伸びきっていた髪が視界を遮った。
天理:「シア」
ふらりと足を踏み出しベランダの柵に片手をつきながら風の精霊シアを呼び出す。
シア:『はい。あるじ』
小さなつむじ風をまとい生真面目そうな小さな風の精霊が差し出した手の上にちょこんと乗った。
天理:「まずは髪を整えてくれないか?」
シアはこくりと頷くとつむじ風を起こしながら髪を切り整えてくれる。数十年振りにすっきりとした頭になり、少し気分も晴れた気がした。侯輝には少しでも見目良く見られたい。
天理:「ありがとな。もう一つ、周囲の様子をお前の目で確認したい。少し飛んできてくれ」
どうも科学の方が進み精霊魔法の類いはもうあまり幅を利かせていないらしい。遠国で多少抗争はあり、世界は平和そのものらしかったが自分の力で確認したかった。『わかった』と頷くシアが手から飛び立つと天理は目を閉じてシアと感覚を共有する。
確かに旧来の強力な魔物は居らず環境に適応し変異したモノ達が隠れて、もしくは紛れて住んでいるのが感じ取れた。ガノにも頼んで地中も調べればまた違うかもしれないが、精霊の数が減っているのは確かだった。精霊を友とする天理にしてみれば寂しさはあったがこれも世界の営みを人に委ねた自分達の決断の結果なのだとただ見守る事に徹した大地の神に改めて準じる事とした。それでも尚、人々に平等に元気に光を降り注ぐ太陽を見ているとその化身たる愛しい恋人を思い出し、精霊の減少にため息を少しだけついてしまいつつもふっと笑みが溢れた。そんな自分を見て『あるじ?』と首を傾げながら戻ってきたシアになんでもないぞと頭を撫でつつご苦労さんと労い、微笑するシアを送還するとまた部屋に戻った。
うっかり触って開けてしまったクローゼットには侯輝の服が並んでいた。前世でも見た目には拘る侯輝だったが今世でもそれは変わり無いようで、シンプルながらスマートなデザインの物、スポーティーなデザインのもの、少し派手なカジュアルなもの、フォーマルなスーツ等々、統一性は無いがどれも似合いそうだなと天理は思った。前世と少し変わったとすれば年齢を重ねた分か少しだけ落ち着いた基調の服が増えていた。侯輝に前世でデートついでにコーディネートして貰った服が懐かしい。手にとって自分の体に当ててみるが丈以外もどう見えても大きい。今借りているシャツとパンツも肩は落ちているしウエストはゴムが役に立たず紐で結んでいるくらいなのだ。昨晩服を借りるときに服も買おうねと言ってくれていたが、その為には早く体型を元に戻さなくてはなるまい。
天理:「それに……」
服を元に戻しクローゼットを閉めると侯輝のベッドに近づき少しだけ……と横たわる。枕からほんのり侯輝の匂いがしてスウと吸い込むと枕を抱き締めた。
天理:(早く体力と体型戻して侯輝に抱いて貰いたいしな……)
誰も居ない部屋でも流石に言葉に出せず心の中で思っただけだったがそれでも恥ずかしくて顔が赤くなる。何度侯輝に抱かれる夢を見たか分からない。
天理:(あいつは俺がどんなになってもイケる!とか言ってくれたが、今はそれ以前の状態だしな……我慢させてるだろうし……俺も……侯輝にもっと触れたい……体力つけないとな……もっと食える様になって……トレーニングして……)
そう考えながら侯輝の枕を抱き締めていつのまにかまどろんでいた。


[ここから侯輝視点]
今日は副業のバイトは止めて真っ直ぐに自宅に帰る。1日同僚に指摘されるほど天理の事ばかり考えていて、もういてもたってもいられなかった。再会記念にケーキを買おうと思ったけれどお粥を食べるのもやっとの天理にはまだ重かろうと天理好みのちょっと値の張る緑茶を箱買いにした。
マンションのドアを開けると室内は薄暗くしんとしていた。天理はまた眠っているのだろうか。玄関に天理用に臨時で用意したサンダルが朝出ていく時と同じ様にあったのでほっとすると共に頬が緩むのを感じる。部屋に入り灯りを点けようとすると先じて小さな炎が空中に浮かんだ。天理の契約精霊ブラムだ。天理同様、彼ら天理の契約精霊とも再会は数百年振りとなる。もっとも精霊である彼らにその感覚は無いのかもしれない。天理自身も知らない事だが、天理に召喚もされていないのにこうして勝手に顕現する事がある。魔力は天理から消費されるので基本的に無暗に出てくる事は無い、天理に何かあれば別であるが。ブラムは燃える髪を揺らしながら顕現すると何か言いたげな瞳をこちらに向けていた。その様子からすると天理に至急の問題が発生した訳では無さそうなので少し安心する。
侯輝:「久しぶりブラム。天理に何かあった?」
ブラム:『いいや、主は今、微睡の中に居る。安心せよ、ただ疲れて眠っているだけだ。お前との永きに渡る別離は主を酷く衰弱させてしまっていたのでな。回復にはしばしかかるであろう。肉体も、心も』
侯輝:「そっか……ごめんねブラム達にも心配かけたね」
天理の精霊達はそれぞれ態度こそ違えど天理を心から慕っていた。それは数百年前と変わらないらしい事が分かって嬉しいのと同時に彼らにも自分達の為に心労をかけてしまった事に申し訳なく思う。
ブラム:『構わぬ、むしろ主の事、我らを代表して礼を言う。感謝する。主はお前と言う太陽に再びまみえる事で魂に力を取り戻した……が同時に言いたい事もある。分かるな?』
ブラムはその瞳に鋭い眼光を浮かべると侯輝に念押しをする様に問いかけた。俺はその意志に応える様に静かに、だが強い決意を込め答えた。
侯輝:「うん、誓うよ。二度と天理と離れ離れになんてならない。俺はもう絶対に天理を放さないよ」
ブラム:『……ならば良い。昼間も口にこそ出さぬが寂しそうにしていおったぞ?早く目覚めさせてやるが良い。ああ、無理はさせるな?ではな』
そう言うとブラムは炎を散らし消えていった。相変わらず態度の割に世話焼きだ。部屋が暗がりとなり改めてダイニングにだけ照明を点ける。テーブルには文字の勉強をしていたであろう筆記具と考古学書が置いてあった。沢山の文字の練習した跡から熱心に覚えようとしていた姿が目に浮かぶ。寝室へ進みそっと覗き込む。
ダイニングから漏れる灯りで薄っすらと見えた天理はベッドに横になり俺の枕を抱えすうすうと眠っていた。自分で以前の様に切ったのだろう髪は短くなっており、少し若返って見えた。その表情は遺跡で眠っていた時と比べれば穏やかではあったが、それでもまだどこか疲れと辛さがにじみ出ていた。数百年にも渡る心身への負担は決して小さく無かった事は想像に容易い。自分なら狂ってしまっていただろう。変わらぬ愛を傾け微笑んでくれるがまだ心もまだ少し元気を取り戻しきれていない事は感じていた。天理に心からまた笑顔になって欲しい。
元気になるには何ができるだろうと愛しい寝顔を眺めていると気配に気づいたのか少しだけもぞりと動いた。大切な大切な俺の唯一。気づけば吸い込まれる様に、少しかさついた唇にそっとキスをしていた。


[ここから天理視点]
遠くで侯輝の声がした……と微睡んでいる内に唇にキスの感触がし、目を開けると目の前に侯輝の顔があった。起きて出迎えるつもりだった俺は「ぁ……すまんっ」と驚いて起き上がろうとすると侯輝がそっと制して「ただいま」と微笑んだ。どうやらいつの間に帰ってきたのか、眠りこける自分を眺めていたらしい。ダイニングから漏れる灯りでもう日が暮れている事を知る。
天理:「おかえり。また寝ちまってた……あ、えっと侯輝?起きたいんだが……」
侯輝はえへへと顔を緩ませるとまたキスをした。
侯輝:「天理髪切ったんだね。可愛い」
すると今度は抱き締めるとまたキスをしてくる。褒めてくれた。キスも嬉しい。だがどうにも恥ずかしい。そしてこうして侯輝の胸の中で侯輝の体臭を嗅いでいるとどうしても長い間繋がれなかった欲求が沸いてしまうのだが戻らぬ体力がもどかしい。そんな俺の想いを知ってか知らずか侯輝は俺の体を確かめるように手をさわさわと辿り始めた。
天理:「ちょ、ちょっと待て侯輝!まだ体力も戻ってないし、風呂まだだし……」
慌てて侯輝を押し退けようとするが侯輝は離さない。
侯輝:「俺は構わないよ?」
天理:「俺が構うんだよ!」
火照る顔で侯輝の胸を押すが侯輝は当然ビクともしなかった。意にも介さず愛おしそうに見つめるばかり。
侯輝:「大丈夫だよ。俺だって汗臭いでしょ?」
だからそれが麻薬の様で冷静になれずダメなんだよと言おうとしたが侯輝は強引に唇を奪うとそのまま覆いかぶさってきた。
侯輝:「天理……」
耳許で囁かれゾクリとする。ああダメだこの声は。待ち焦がれた声なのだ。こんな体じゃ抱かれたくないと思いつつも身動きがとれなくなってしまう。
侯輝:「俺ずっと我慢してたんだ……もう限界。今日ね、お昼に天理に通話したけどもっと声ききたかった。1日天理の事ばっかり考えてた」
俺だってもっと聞きたかった。侯輝に首筋を舐め上げられると、小さく声が漏れた。
侯輝:「俺、酷いんだ。天理の体は辛そうで、天理だってまだ抱かれたくないって分かってるのにもう本当はもうめちゃくちゃにしたいくらいなんだ……」
嬉しい。また耳元で囁かれゾクリゾクリと反応してしまう。服の中に入ってくるとその手は冷たくて、それだけで敏感になった体は反応してしまう。
天理:「あっ……でも俺後ろは……」
侯輝:「うん、無理だって分かってる、天理を傷付けたい訳じゃない。だから最後までは絶対にしないよ」
侯輝は碌に抵抗できない俺のシャツを脱がすと自分も脱いで上半身裸になり抱き締めてきた。そして首にちぅとキスをされると体がびくりと震えた。本当は自分だって早くちゃんと抱かれたい。でもこの体でまともに応えてやれない事が悔しくてならなかった。
天理:「俺……だってホントは……」
不意にポロリと涙が流れてしまう。ああまだダメだまた簡単に泣いてしまう。心配させたくないのに。侯輝はその涙を吸い取ってくれた。
侯輝:「うん……ありがと天理」
そして侯輝はもう一度口付けると今度は深く絡み合う様なキスをした。
嗚呼、好かれているのだなと感じる。こんな体なのにそれでも求めてくれるのだと思うと本当は嬉しくてならない。
天理:「侯輝、侯輝……好き……好きだ……侯輝……早く……お前に抱かれたい」
侯輝:「天理、天理……俺も大好きだよ……早く天理を抱きたい」
侯輝は泣きながらキスをする俺の頭を撫で、そのまま何度もキスをしながら互いの体に手を這わせた。
己の痩せ細った体に触れられると恥ずかしくて仕方がなかったがそれ以上に慈しむ様に触れてくれるのが嬉しくて体の震えが止まらなかった。そして触れる侯輝の体もまた逞しくあの頃の質感とも違ったがもっと触れたくて堪らない。
天理:「侯輝……もっと触ってくれ……侯輝に触られると……気持ちいいんだ……」
普通なら恥ずかしくて言えない様な言葉が己の口から溢れだす。
思うままにそう漏らせば侯輝は嬉しくて仕方がないといった様子ではにかむとキスをした。
天理:「ん……ぁ……」
侯輝:「可愛い……俺だけの天理……俺にももっと触って……」
愛しむ様に侯輝の肩から胸筋を辿り撫でれば「んっ」とくすぐったがるような声を出すのが可愛い。夢中になっていればお返しだと言わんばかりにするすると愛おしそうに撫でる手にビクビクと反応してしまう。うっとりと見つめてくる侯輝の視線すらも心が溶かされる様で心地好い。
侯輝は唇を下へとずらして行くと胸にキスをした。キスの度に俺の口から小さく声が上がる。胸の突起を口に含み舌で転がす様に舐められると、ビリビリと刺激が走り声が抑えられなくなってくると恥ずかしくて顔を背けた。
天理:「ふ、んっ、ぁっ!あ、あっ!」
侯輝:「ああ……可愛いよ天理……ずっとこうしたかった……」
侯輝はうわ言の様に呟きながら所有印を散らしつつ、心臓にあたる部分へと強く吸い付いた。
天理:「ああっ!」
性感帯であるかの様な痺れが走り、びくりと体が跳ね声を上げる。そこは二人にとって大事な場所だ。心もお前のものだと言う証、前世でも夢の中でも誓い合う様に印をつけ合っていた場所だ。侯輝は顔を上げ、そんな俺を嬉しそうにうっとりと眺める。
侯輝:「俺の印だよ……ね、俺にも付けて?」
天理:「ん……覚えてたんだな、分かった」
覚えていてくれた事が嬉しくて頬が緩む。起き上がり侯輝の心臓辺りに俺のものだと想いを込めちぅと吸い付けば侯輝は憚る事無く声を上げた。
侯輝:「ああ!ん、ありがと♡えへへ、これで俺も天理のだね」
繋がりを喜んでくれる事が嬉しい。
微笑み返す俺に侯輝は嬉しそうに優しく笑うと再び唇を軽く重ねた。下肢に手を伸ばし雄に触れられればと既に熱を持ち硬くなっている。下着ごと脱がされれば立ち上がった雄が露わになった。自らのやせ細った体に雄だけが立派に立ち上がるのを見、恥ずかしくて堪らなくなる。
天理:「ぅぅ……」
今更と思いつつも恥じる様に手で隠そうとすれば侯輝はその手をそっと掴み自らの雄へと導くとソコは布地の上からでも分かる程に侯輝の雄は猛っていた。
侯輝:「俺ももうこんなになってるよ?一緒に気持ちよくなろうね」
天理:「ん……」
そう言って安心させるように笑いかけられるとその優しさに心が満たされた。何もかも任せれば良いのだと、侯輝に身を委ねる。
侯輝もズボンと下着を脱ぐと前世でも見た立派な雄が露わになった。正直欲しくて堪らない、その形をまた俺の体に覚えさせて欲しいなどという気持ちになるが、仕様がないので我慢する。耐えられぬ体の俺を見て侯輝を傷つけるのは本意ではない。
そうこう考えている内に侯輝はまるで繋がる様に俺の脚の間に割入り、脚を抱えると腰を寄せ互いの雄同士を合わせて握り込んだ。
侯輝:「こうしてると一つになったみたいだね」
天理:「ぁ……ん……そうだな」
二人はお互いの雄を擦り合わせると先走りで濡れた雄がいやらしい音を立てる。
数百年振りとはいえ、はじめてでもあるまいに、これだけでももう心臓がバクバクと高鳴っている。侯輝が生まれてくるのを待つ間、最初は泣きながら独りで慰める事もあった。だが段々虚しくなって止めてしまい、それ以降は一度もしていなかった。涙も精も枯れ果てたと思う位だったのに再び侯輝の熱い情にただ触れ合っているだけでどうしようもなく気持ちが良く沸き上がる気持ちが抑えられない。
天理:「んっ……あっ……!」
侯輝:「ああ……気持ちいい……」
そして愛しい人がこんな自分でも顔を紅くし情欲に溢れた瞳で見つめてくる事に言いようのない幸福感で一杯になり胸の奥が甘く疼く。
束ねた雄に自らも手を重ね上下に扱くと二人の雄は更に硬度を増した。見つめ合いどちらからともなく唇を重ねると舌を絡め合いながら互いに手の動きを早める。
嬉しい、気持ちいい、また涙が止まらない。
口付けた喉奥から響く喘ぎ声も互いに飲み込まれて消えて行く。そして限界を迎えた時、勢い良く放たれた侯輝の生命力に満ちた精が俺の腹にその熱さを伝え、数百年ぶりに小さく放たれた俺の精が侯輝の腹に情を伝える。
侯輝は倒れ込む様に横に倒れると呼吸を荒くし脱力した俺を抱き締めた。
侯輝:「はっ……はっ……大好きだよ、天理。ずっと一緒だからね……」
天理:「ん……はぁっ……俺も……大好きだ……ずっと一緒だ……」
その想いのままに抱きしめると侯輝は嬉しそうに笑った。
永き別離に沈んでいた心に何度も永遠を誓ってくれる。身も心も包まれる幸せでいっぱいでまた一つ涙が溢れてしまった。
暫く抱き合って先に息を整えた侯輝は体を起こすと溢した精を清め再び覆い被さると事後の余韻を残しつつ嬉しそうに微笑み流れた涙の跡にキスを落とす。
侯輝:「ごめんね、まだ辛いのに無理させちゃって」
天理:「ん……いい。俺も……したかった。……最後までできなくてごめんな……」
侯輝:「ううん、大丈夫だよ。天理の気持ちも沢山伝わってきたよ。これからゆっくりで良いから、天理が待っていてくれた様に俺は何時までだって待てるし、何百年経とうが天理を愛し続けるよ」
天理:「ん……ありがと……な」
侯輝の気持ちが嬉しくて見つめながら微笑むと頬が熱を持つのを自覚する。
すると侯輝はえへへと笑い微笑み返してくれた。

侯輝:「ねえ、俺おなかペコぺコだよ、すぐご飯作るね。天理は疲れちゃったと思うからもう少し休んでて」
天理:「ぅぅ……すまん、また飯作ってお前の事、待ってられる様にするからな」
前世の時の様に、俺の手習い料理でも大袈裟な程美味しいと言ってくれた時の様にまたあの笑顔を見たい。そう思いながら、まだ少しぐったりとしながらそう言うと起き上がった侯輝は苦笑して頬を撫でてくれた。
侯輝:「焦らなくていいからね。それもまた楽しみにしてるし、一生懸命な天理も好きだけど。俺は天理と再会できてこうして触れ合えるだけでも最高に嬉しいんだからね」
天理:「ん……」
侯輝:「じゃあまたお粥作ってくるね」
天理:「ぁ!すまん、昼に自分で作ったお粥が残ってるから俺はそれで……」
侯輝:「りょうかーい。じゃあそれリメイクして二人分作るね!」
天理:「待っ、卵の殻入っちまって」
侯輝:「気にしなーい」
ミスって卵の殻が入った残りの粥なのだと訴えようとしたが手早く服を着直した侯輝は聞く耳を持たず、キッチンへと向かって行った。己の体力の減退っぷりに改めて呆れながら、未だだるい体をもぞとぞと動かして服を着る。キッチンからは侯輝の鼻歌と調理の音が聞こえてきた。楽しげにリズムを取る侯輝の歌を聞いていれば、また楽しい気分になった。ふっと小さく笑うと、いつの間にやら随分と気持ちが落ち着くようになっていた事に気づく。侯輝と再会してから24時間近くも経っているのに、侯輝の側にいるとどうにも涙もろくて弱気になりがちだったが、同時に心が満たされるのも侯輝という太陽がいるからであった。
天理:(俺も侯輝をこんな暖かい気持ちにさせてやれたらいいんだがな……でもあいつはいつも笑ってるしなぁ……)

侯輝:「できたよ~」
そうこう考えている内に出来上がったらしいので体に気合いを入れダイニングへと移動すると、優しい粥の香りが漂い食欲をそそる。侯輝がテーブルの上へ二人分の皿を置いた。
横に侯輝が座り、蓮華で掬った粥をふーふーとした後、ニコニコと差し出してくる。
侯輝:「はい、アーンしてー♪」
天理:「ぅ……流石に自分で食えるって…………分かったそんな目で見るな、ぁ、あーん」
遠慮と恥ずかしさで口を開けずにいれば侯輝の眼差しが悲しそうなものに変わり、慌てて口を開けると侯輝は嬉々として食べさせてくれる。差し出された蓮華に口を開ければ、口の中に優しく広がる塩味と米の甘味そして少し朝と味が違う様だ。そして口を開かずともその顔が「どうかな?どうかな?」と訴えていたので「朝と違うか?だがうまい」と答えると侯輝の顔がぱあっと輝く。肉体年齢は自分と同じはずのいい歳した男に大きな尻尾がパタパタと振られている幻覚が見えてしまい、思わずふふっと笑ってしまう。
侯輝:「良かった!まだ沢山は食べられないだろうけど飽きちゃうだろうから味付けを工夫してみたんだ。俺もいただきまーす」
天理:「あ、待て俺もやるから。それ寄越せ」
蓮華を持ち食べようとした侯輝を制止すると、蓮華を寄越せとゼスチャーしてみせる。すると侯輝は嬉しそうに笑うと「じゃあ、お願いしまーす」と蓮華を渡してきた。軽くふーっと冷ましてから、今度は俺があーんをしてやり、嬉しそうにパクッと食べた侯輝を見て満足する。「美味しーねー」と言いながらニコニコと食べている侯輝を見ていると、自分もまた幸せな気分になって頬を緩ませると侯輝はまた嬉しそうにしていた。
交互に食べさせ合っていると、食べるスピードが4倍程も違ったので流石に俺の方が疲れるだろうと各自で食べ始めた。
侯輝はぱくぱくと食べながら勤務中アクエリアスに状況を伝えた事と、同僚にあまりにの浮かれっぷりに「何か良い事あったのかい?」と聞かれたので「実は今日、恋人が目覚めたんだ」と答えたら「例の眠り姫かい!?」と驚かれた事を話した。
天理:「誰が眠り姫だよ」
侯輝:「俺の姫はキスしてもなかなか起きてくれなかったけどね」
その呼称で通っている事に不満げにしていると侯輝は隣に座る俺の顎に手をかけ振り向かせ、チュッとついばむ様に口付けを落とした。
天理:「ん……悪かった待たせて。本当はちゃんと起きてて転生したお前をすぐに迎えに行くつもりだったんだがな。すっかり逆になっちまった……とんだ体たらくだ」
侯輝:「ううん、そんな事無いよ。俺なんて前世では天理と離れて数年と経たずもっと酷いことになってたからね。誰にも迷惑かけず、そこにいてくれただけで俺には充分すぎるよ。ありがと、天理」
天理:「ん……そう言ってくれるとありがたいが……」
俺は照れて顔を背けながら礼を言うと侯輝は「そうだよ」と微笑み、俺の頬を撫でると食器を片付ける為に席を離れると程なくして食後のお茶をいれて戻ってきた。その茶の香りは俺好みのもので、それだけでまた胸が温かくなる。侯輝は元々前世のまだ成人なり立ての頃も年上の俺に対して大人びた態度を取る事があった。だがそれは当時年差のある俺に背伸びしていた感がありむしろ可愛いと思えるものだったのだが、今はそれがない。本当に自然に身から出ているものだと感じると、そんな侯輝にどうしても戸惑ってしまう。成熟した大人になった侯輝は変わらぬままの俺をまた愛してくれるだろうか。
侯輝:「へへ~天理好みのお茶だよ。帰りに買ってきたんだ♪ん?どうしたの?」
天理:「いやっ何でもないっ、あっ暫く俺の為に物入りだろうから奮発とかしなくていいからなっ」
その癖こうやって以前の様に子供っぽい笑顔と共に楽しそうに振る舞ってくれるものだからどうにも戸惑ってしまう。先に侯輝が言った様に20歳だった侯輝の方が良かったという訳では無い。むしろまた惚れ直してしまってうっかり見惚れてしまっていたのを慌てて誤魔化す。
侯輝:「大丈夫。いつか天理と再会した時の為にって少しは貯金だってあるんだから!ガンガン頼ってよね?」
天理:「あぁ、頼りにしてる」
胸を張り得意気に笑う侯輝にこういう所は相変わらずだと思わず苦笑してしまう。
そうだ、再会がゴールではない、神化した自分達がこれから人として二人でどう生きていくかも考えなくてはならないだろう。まずは現状を知るためにこれまでの侯輝の事を知っておきたかった。今世で人として生まれたなら家族もいるのだ。
天理:「侯輝、転生して生まれてから今まで、どんな風に生きてきたか教えてくれないか?」
侯輝:「うん。いいよ!ちなみに死んでから生まれてくるまでの記憶はほとんどないんだ……」
食後のお茶をしながら、侯輝は前世で死に別れてからどのように生きてきたのかを話し始めた。
侯輝は今回も夏侯の一族の家に生まれた。ただし継ぐ立場では無い。夏侯本家は月の神の神社を経営し先祖から伝わる古書はあるが、前世の頃程強い力は無く、侯輝の両親は一般職に就き普通の家の子として生まれ育った。
今回の転生では前世の記憶は最初から引き継いでおり早くから俺を探していた事、俺に再会し易そうな考古学を専攻した事、20歳で俺の夢に引き込まれ、夢でばかり会える俺に現実が辛く憔悴してしまい家族に心配させた事、気分転換で連れて行って貰った遊園地の博物館で漸くアクエリアスの部屋に眠る俺を発見した事、眠る俺の近くにいる為に学芸員となり博物館や遊園地で働きつつ、8年間俺を目覚めさせる為に何度も俺の夢に入り込み、アクエリアスに協力して貰いながら俺に呼び掛けていた事を聞いた。
侯輝がひとまず平和に暮らせていた事に一安心した。そして侯輝が俺を想い、ずっと探してくれていたという事が嬉しくて堪らない。俺が重ね重ね待たせてしまったこと事を謝罪すると侯輝は「もう謝らないで?俺は俺の為に当然の事をしただけなんだから」と首を横に振った後、涙ぐむ俺の手を取り励ますように「これからはずっと一緒だね」と微笑んでくれた。
天理:「それにしても驚いた。お前が考古学専攻して学芸員にまでなってるなんてな」
眠る俺の側に居る為とは言え前世では冒険者で戦士だった事を思えば大幅なジョブチェンジと言える。
侯輝:「俺だってやればできるんだからね!」
天理:「ふふっ、そうだな知ってる」
どこか子供っぽく胸を張る侯輝の金糸を撫でる。侯輝が前世でだって頭が悪かった訳では無かった事は知っていた。自分が惚れた男は何にだってなれる奴だと。しかし俺はともかく派手さを好む傾向にある侯輝が遊園地のキャストはともかく、歴史博物館で働いているとは想像できなかった。
侯輝:「確かに地道な事は苦手だけど、博物館でイベントを企画して皆に喜んで貰うのは楽しいよ!」
天理:「そうか……!やっぱりお前は凄いな」
にこにこと楽し気に語る様を見ていると侯輝の開くイベントは皆に楽しく学びを与える事ができるのだろうと想像する。それはとても侯輝らしく、かつて地道に考古学のフィールドワークをし、人の為に尽くしていたいたつもりであっても如何せん広く伝播させる事は不得手であった自分とは違う。そんな侯輝に俺も誇らしい気分になった。
侯輝:「えへへ~♪」
そんな気持ちで撫でると侯輝は嬉しげに目を細め気持ち良さげにする。しかしさっさと目覚めない俺を待つ間、侯輝の見た目はすっかり自分と同い年くらいの成熟してきた大人の男だ。そんな男にまだこんな子供扱いの所作でいいのだろうかと戸惑いを覚え苦笑しながら手を離そうとする。
天理:「すまん、いつまでもお前の事子供みたいに扱って」
侯輝:「全然!むしろもっと撫でてよ!俺、天理に頭撫でられるの大好きだもん」
そう言って侯輝は俺の手を掴み頬擦りするとそのまま手の平にキスをした。かつての様な甘える言葉と、だがしかしその仕草と表情は大人のそれで、その絶妙なアンバランスさにドキリとする。
天理:「お前……前は子供扱いすると不満そうにしてた癖に……」
侯輝:「それはそれ、これはこれだから」
思わず動揺してしまいそれを隠す様に文句を言いながら視線を逸らすと、侯輝は俺の手に指を絡め、もう片方の手で俺の顎に手を添え、ゆっくりと顔を近づけてきた。どうしても鼓動が早くなってしまう。
天理:「ぅ、待、」
慌てて必死に制止の声を上げると侯輝は悪戯っぽい笑みを浮かべ、キスされるのかと目を瞑って構えていれば俺の額に軽く口付けた。かつて結婚までした仲だというのに自分の初心な反応に呆れてしまう。
侯輝:「えへへ、天理、かーわいーいなー♪」
天理:「う、ああぁ……くっそ……遊んでるだろっ」
侯輝は俺の反応を見て満足げに笑う。完全に遊ばれているのに対応できない自分が恥ずかしく、ちょっと悔しくて堪らない。俺は誤魔化すようにぷいと横を向いてお茶を一口飲む。
侯輝:「へへ、ごめんね?天理があまりにも可愛いから」
天理:「ぅぅくそう……すっかり余裕こきやがって……」
その余裕の声音にだんだん腹が立ち振り向いてじぃと見ながらぶつぶつと悪態をついてみても、それすら侯輝は嬉しそうで、にこりと笑顔を向ける。本当はこんなやり取りも久しぶりで嬉しくて堪らない。悔しさと嬉しさがごちゃ混ぜになった気持ちをもて余し言葉を発せずにいれば、侯輝は段々台無しになる程顔を緩めるとぎゅうと抱き付いてきた。コロコロと変わる表情に翻弄される。
侯輝:「んふふ~♪」
天理:「こら、ちょっと苦しいぞ……まったく。大人っぽくになったと思ったらこれだしよ」
だが悪い気分などではなくむしろ心が解される様で心地よい。苦笑しつつ俺も抱き返せば侯輝は更に強く抱きしめてきて、まるで子供のように無邪気に甘えつつ安堵した声をだす。
侯輝:「天理……元気出てきたかな?良かった」
天理:「ん……ありがとな。ふぅ……なぁ俺の方の話は大体アクエリアスから聞いてるか?」
侯輝:「うん、ざっくりとだけど。天理がどれだけ辛い思いをしてきたか聞いてるよ。聞きたいけど、無理にお話してくれなくても良いよ?」
天理:「いや、お前には伝えなければならない事もあるんだ」
侯輝:「分かった。じゃあ聞かせて?」俺は抱きしめた腕を解き、姿勢を正すと侯輝を失ってから今までの事を話した。

前世にて異界のモノとの戦いで侯輝と死に別れ、破壊しつくされた世界に俺一人甦り、侯輝が死んでしまった事、神となった俺は死ぬ事ができないと知った俺はひとしきり絶望に苛まれた後、再び侯輝が転生してきてくれるのを待つ事になった。俺はまず侯輝の姉、神我見の行方を探した。夏侯の血筋は月の神の加護を受け代々太陽の神の転生体の依代になっていた。もし神我見が生き残り、子を成してくれていればそれが太陽の神、即ち侯輝として生まれてくる可能性があるからだ。
侯輝:「そうだ!神我見姉は無事だったの?」
天理:「ああ、破壊しつくされた世界にあってそれでも静かに強く生きていた。そして天寿を全うしたよ。今世のお前の先祖になっているかもな」
侯輝:「良かったぁ……家系図が紛失してたから心配してたんだよね」
神我見は戦禍の中知り合った都の東、土地神によって辛うじて壊滅を免れていた地の領主、公金と結ばれ子をもうけていた。俺はその子が侯輝の生まれ変わりかもしれないとこっそり見に行った。
侯輝:「なんでこっそり行ったの?」
天理:「……お前が死んだ事、伝える勇気が無かったんだ」
侯輝:「そっか……うん、辛いよね……」
だが赤子を抱える神我見は俺の接近にすぐに気づいた。彼女は力ある巫女であり、神となり神性を纏った俺に気づかない訳が無かったのだ。俺は侯輝が死んだ事を偽り無く伝えた。
天理:「そしたら……逆に慰められたよ。俺よっぽど酷い顔してたらしい」
侯輝:「俺の為に辛い思いさせてごめんね」
俺は首を振り話を続けた。神我見は侯輝を失った事に涙し、一族の大切な御子が太陽の神の魂を継ぎし者として大役を果たした事を誇り、そして俺が侯輝を失い失意のどん底にいた事と訪れた理由まで察した上で慰めてくれた。
俺はそこで漸く彼女と夏侯の一族に申し訳ない気持ちで一杯になった。自分本位で侯輝の…太陽の魂を持つ子を期待してしまっていた事に。俺は自分が恥ずかしくなり彼女から目を逸らす様に俯きながら『……すまない君の大切な子だというのに』と謝罪した。すると彼女は言った『私達一族が貴方を責めるはずがありません。私達はただ太陽を待っているだけですもの。それに、わたくしは姉として貴方が侯輝さんを待っていてくれて嬉しいです。あの子を……愛して下さってありがとうございます。また侯輝さんに会えたら、わたくしは貴方の幸せを願っていますとお伝え下さい』と。俺はその言葉に思わず泣きそうになりながら礼を言った。
侯輝:「神我見姉……もう一度会いたかったな……」
侯輝はその話を聞きながら寂しそうに呟き、俺はその頭を優しく抱き寄せた。
俺の胸に額を擦り付け、その瞳からはポロリと一筋の雫が零れた。
侯輝は俺に一度ぎゅっと抱き付いて「ありがと伝えてくれて」と小さく笑うと話の続きを促した。
それから神我見から異界のモノとの戦いで彼女の信仰する月の神の力も大分失われており、もうあまり声が聞こえない事を伝えられた。俺は太陽の神の転生に月の神の補助が得られない可能性も考え、ただ夏侯の血筋に侯輝が現れるのを待つのは安易過ぎると、侯輝の転生の捜索を神の力を駆使し全世界に広げる事にした。
その中で俺達の家と希守の消失を知ってまた失望し、俺の両親、知己の人々の生死を確認してまた心を削られながら、世界を回った。
俺は人々の死と自分の子同然と思っていた希守の消失を思い出すと俺はまた涙が出そうになるのを抑えるのに必死になった。
天理:「っ……」
侯輝:「天理、大丈夫?」
侯輝が心配そうに俺の頭を優しく抱き寄せた。せっかく侯輝が元気付けてくれたのにまた弱気になりそうになるのを奮い立たせる。
天理:「ん……すまないがもう少し付き合ってくれ」
侯輝:「じゃあゆっくりで良いから話して?」
天理:「ん」
俺は侯輝の胸に顔を埋めたまま話し続けた。
侯輝を思い出しフラりと寄った二人の思い出の遺跡でアクエリアスの事を思い出し、空の神としてコンタクトする事によりアクエリアスの機能を完全起動、拠点とする事ができた。全ての事情を理解できるアクエリアスはそれからずっと俺の支えとなってくれた。
侯輝が死んでから数十年位は世界は酷い有り様ではあったが、神我見を初めいくらか生き残っていた知己の人々と時折交流したり、侯輝を探しながら、どうにもならなそうな事象にはこっそり神の力で助けて復興を支援したりと忙しく、侯輝の居ない寂しさを駆け回る事で紛らわしていた。
だが年月が過ぎる内に生き残った知己の人々も亡くなっていった。亡くなり際に侯輝に言葉を残してくれた人々の言葉を俺は侯輝に余さず伝える。侯輝はそれを聞き、涙を流しながらも嬉しそうな表情を浮かべた。
それから新しく知り合う者もいたが皆先に亡くなっていく。不死と化した自分だけが取り残されていく様な感覚が積み重なると、その寂しさが侯輝の居ない寂しさを増長させていった。徐々にアクエリアスの遺跡に引きこもる時間が増えていき遂には寝てばかりになっていた。寝て起きて、探しに行って侯輝が居ない事に失望する日々。食事も取る気がおきず死ぬこともできず、アクエリアスにギリギリの心を支えて貰いながら数百年が過ぎ、そして侯輝の夢を見始めた。
天理:「それ以降はお前も知っている通りだ。転生したお前が夢に逃げ込んでた俺を叩き起こしてくれた……改めて、ありがとう侯輝。生まれてきてくれて、もう一度俺を愛してくれて。叶うならこれからもずっとお前を愛させてくれ」
俺は全て語り終えると侯輝の胸から顔を上げると万感の想いを込めて侯輝に口付けた。
侯輝:「勿論だよ、ずっと愛し続けて俺を待っていてくれてありがとう。愛してる天理。二度と……そうだ!」
天理:「?」
侯輝は涙ぐみながら抱き締めてくれていた腕を何かを思い付いた様に緩めると俺の両肩を掴みじっと見つめてきた。
侯輝:「結婚!結婚式しよう、天理!」
天理:「も、もう一回やるのか?」
当たり前の様にまた一緒になろうと言ってくれるのは嬉しい。だが幾度も繰り返す転生の中で前世において初めて結ばれたあの式が、俺にとってはとても神聖な儀式だったのだ。生んでくれた両親、友人達、恩師様々な人達に祝福された。もう知っている人は誰もいない。はたして同じ気持ちでのぞめるだろうか。侯輝に親孝行はさせてやりたいが……。
侯輝は俺の問い掛けに微笑を浮かべると俺の左手を取り前世で交換し合った薬指の指輪を優しくなぞる。
侯輝:「うん、まずは今の父さんと母さんを安心させたいってのもあるんだけどね。勿論この指輪を交換し合った時の事は鮮明に覚えてる。あれは俺にとって永遠に忘れられない大切な思い出だよ。でもさ、もう一度誓わせて欲しいんだ。この魂に」
そう言って侯輝は俺の手を握ったまま、薬指に嵌められた揃いの結婚指輪に口付けた。そして真っ直ぐに俺を見つめてくる。その真剣な眼差しに俺は思わず息を飲む。
侯輝:「俺は今度こそ永遠に、天理を愛し続けるよ」
その言葉にドクンと心臓が大きく跳ねた。
ああ、やはりこいつは太陽だ。俺を照らしてくれる唯一無二の存在だ。
俺の心に温かな光が灯り、瞬時、目を閉じる。
かつて侯輝が……太陽の神が生まれた瞬間、彩り溢れた世界を思い出す。心の隅で空の神としての自分が、この男が生まれた時から魅いられていたのだと幾千年振りに知る事になった。
天理:「……分かった。俺も改めて誓わせてくれ。結婚しよう侯輝。ふっ……はは、2回もお前にプロポーズされるとは思わなかったな」
俺はそう言って握られている左手を取ると懐かしく思いながら、その手の内側から揃いの指輪にキスをした。この特別なキスはこれで三度目だ。一度目は侯輝からプロポーズしてくれた時のお返しに。王子様もかくやという程に手の甲側からキスされたから、そのまま返すのも面白みが無いかと内側にキスしたのだが、とても照れていた。二度目は結婚式の指輪交換で。同じように内側からキスしたら凄く喜ばれた。そしてこれが三度目の誓い。覚えていてくれたのか頬を緩ませると嬉しさを滲ませながら笑った。
侯輝:「えへへ。俺がもう一回天理の結婚衣装見たいってのもあるんだけどね。今度は天理に似合いそうな神前式でやるんだ♪楽しみ~!」
天理:「おい、もうお前の頭の中でそこまで決まってんのか」
呆れたように見やるも侯輝はニコニコと上機嫌だ。というか、神前も何も俺もお前も神なんだが。まあいろいろ楽しみたいのだろうし、そんな侯輝を見てるのが好きなのだと自覚すれば反対する気など起ころうはずもなく。
侯輝:「あ、でも指輪交換ももう一回やってね!手のひらちゅーもしてね!」
天理:「やるけど……お前それ好きだよなぁ」
そして四度目も決まったらしい。俺を侯輝の親御さんに紹介するのは俺の体力、生活基盤が安定したのちになるだろう、しばらくは先になるはずなのだが、もう侯輝は嬉しそうだ。
侯輝:「そういえば天理、相手の手のひら側にキスする意味ってまだ知らない?」
天理:「は?」
俺のやってるキスに意味があった事を今知った。キョトンとする俺に侯輝はらしいなぁと笑う。
侯輝:「手の平へのキスは懇願の意味だよ」
天理:「こ、」
そう言って俺の手を取り掌に優しく口付ける侯輝の顔はとても穏やかで優しいものだった。その意味を数百年も知らずにやっていた事に羞恥で顔を赤く染めると、侯輝はそれを見てまた笑ったのだ。
侯輝:「これは俺だけにしてよね?」
天理:「するか!」
人前で手にへだってキスするのも恥ずかしいのに意味を知った上で他人になんぞするか!
侯輝:「えへへ。俺だけの特権だね」
そう言って嬉しげに目を細めるものだから、俺は観念して苦笑を浮かべた。
天理:「言われなくてもお前にだけだ」
侯輝:「うん、知ってる~♪」
そしてぎゅっと抱擁されると何が楽しいのか俺の痩せた体を撫で回す。早く抱いて欲しいと思ってるところにちょっと欲求がきつくなってくるからほどほどにして欲しい。
天理:「ちょっ……あんま触んな」
侯輝:「え~?なんで?天理もスキンシップしたいでしょ?嬉しそうだし」
ほらほらと俺の体を確かめる様にあちこち触れてくる。その手は慈しみとほんの少し情欲を忍ばせているように感じられて俺には甘い毒だ。
天理:「だからっお前に触れられると……」
嬉しいに決まっている。そしてそれは漏れているらしい。だが今のこの体じゃお前の相手はできないんだ。求めてくれている嬉しさと応えられない悔しさで俯きがちにしていると、侯輝は俺の髪を労る様に撫でた。
侯輝:「ふふっ。可愛い。ごめんね。隠してるつもりだけど、俺の想いも伝わっていて天理が“そう“とってくれるのはそれだけで嬉しいよ。急かすつもりはないけど早く回復するの楽しみに待ってるね」
そう言って頬に触れるだけのキスをする。俺が我慢している様にお前も我慢してくれているのが分かるから、俺はそれに甘えて小さくコクリと首を縦に振った。神に戻ってもままならない事ばかりだ。愛する気持ちに応えてやれない。
天理:「ごめんな我慢させて。ぱぱっと元に戻せればいいんだけどな」
侯輝:「そういえば、それってできないの?」
自重気味に呟けば侯輝が素朴な疑問を投げ掛ける。そういえば空の神の力で自分の体の肉体改変は考えた事が無かった。そもそも空の神は魂や霊的な部分が本領であり、血や肉は大地の神の領分だったのだ。
天理:「……え。どうだろう。神代期の俺ならできたかもだが今の俺でか……?やってみないと分からないという感じだな。俺、今までそんなことしようと思った事も無かったし……」
侯輝:「そっかぁ。でももしできるなら天理の身体、心配しなくていいし、エッチできるようになるね」
天理:「ばっ馬鹿!」
俺もそう思ったが恥ずかしくて素直に同意する事はできなかった。だが正直試してみたい。俺だって侯輝が欲しい。
侯輝:「だって本当の事でしょ~?」
そう言って俺の顔を覗き込む侯輝の目は悪戯っぽく輝いている。
天理:「ぐ……ま、まぁお前にいつまでも心配させるのも悪いしなっ!ちょっとやってみる……」
侯輝:「えへへ、やったぁ♪俺も手伝おうか?」
術に集中しようとスクッと立ち上がる俺に侯輝が続いて立ち上がり俺の手を取る。確かに空の神と大地の神の子である太陽の神、侯輝の方が霊寄りの俺より血肉の改変は得意かもしれない。だが侯輝は神となってからの期間が短いのだ。
天理:「頼みたい気はするんだが……やり方分かるのか?」
侯輝:「うーん。なんとなくできる気がする!」
天理:「っ……お前なぁ……」
侯輝は昔からこうだ。なんとなくで大概の事はできてしまう。そのなんとなくが恐い。でも型にはめがちな俺を自由に振り回す侯輝に俺は惹かれたんだ。
侯輝:「えへへ。冗談だよ。でも俺がやりたいんだ。俺にやらせて?」
天理:「……分かった。お前を信じるよ。頼む」
俺は握られた手を握り返し顔を上げると侯輝に微笑みかけた。
侯輝:「うん♪じゃあなりたい姿をイメージしてね。俺はそれに重なる様に肉体改変をサポートするよ!」
天理:「……分かった」
なりたい姿……どうせならお前が好いてくれる姿がいい。一瞬侯輝に聞こうと思ったがなんでも好きだよと言われそうなのでやめておいた。思い付かなかったので我ながら面白味が無いなと思いながらかつての姿を思い浮かべた。はじめて俺と侯輝が結ばれ、愛していると言ってくれた頃の己の姿を。そして少し我が儘を入れた。
侯輝:「それじゃいくよ!はぁぁ!!」
侯輝が片手を俺の額に手をあてる。目を瞑り太陽の神の力が俺の体に流れ込むのを受け入れるように体内を明け渡すイメージで持つ。力強く温かい力。身体中に痛いような熱いような気持ちいいような感覚が駆け巡る。視界が光で溢れた。
天理:「くっ……あああぁっ!」
侯輝:「わわっ天理!大丈夫!?」
身体中に巡る感覚に堪えられず倒れそうになると慌てて侯輝に抱き止められた。眩しい光が消え、視界が元に戻れば侯輝の腕の中だった。ゆっくりと身体に巡る衝撃が引いていく。
侯輝:「ご、ごめん!こんな風になるって思わなくて!天理!あ!」
俺の全身を確認しようとした侯輝が俺の姿を見て声を上げる。
天理:「……?おかしいか?」
侯輝:「やった!天理、多分成功してる!」
俺の胸に耳を当てた侯輝はほっとした様に息を吐き、それから俺の身体のあちこちを確かめる様に触る。
天理:「お、おい、お前一人で納得してんな鏡見させろ」
視界に見える己の手腕や触られている感触でも己の肉付きが変わったのは分かったが、やはり実際に見て確かめたかった。
侯輝:「あ、ごめんね」
侯輝はそう言うと部屋の姿見へと俺を連れて行った。
天理:「おお……戻ってる……」
姿見の中にはかつて俺がいた。病的に痩せ果てていた肉体には肉付きが戻り侯輝には遠く及ばなくともしっかりと男らしい筋肉で覆われた。相変わらず色白だったが頬や目元も健康的な赤みを帯びている。恐る恐る上着の裾をめくって腹を見れば薄く割れたシックスパックがあった。どうせならもっと筋肉盛って貰えば良かったかと一瞬思ったが、不自由する訳で無し、何より侯輝が嬉しそうにしているので良しとした。
侯輝:「良かったね!天理!」
天理:「ああ、ありがとな!侯輝」
侯輝:「えへへ、どう致しまして」
嬉しそうな侯輝の顔を見て俺も自然と笑っていた。これで俺の体力問題は解決し、生活基盤安定化へと踏み出せるのだ。
侯輝:「それじゃよいしょっと」
天理:「ぅわっ」
侯輝:「わあ重くなったね懐かしい感じ♪」
脳内で今一番シタい事に羞恥で意識を反らしていれば侯輝は遠慮無く笑顔で俺を抱き上げた。
侯輝:「えへへー。俺今世でも結構鍛えてるんだよ?ほらっ」
天理:「ちょっ……こらっ……まてっ……」
俺を抱えたままクルリと回る侯輝に思わずギュッとしがみつく。恥ずかしくて顔が熱くなるのが自分でもよく分かるがどうしようもない。
侯輝:「今世俺まだ童貞だから早く貰って♡生まれ変わった天理の処女も俺に頂戴?」
天理:「っ……」
超速で求める侯輝についていけない俺の返事を待たず侯輝は俺の口を塞いだ。そのままベッドに運ばれ押し倒されキスをされ舌が絡められる。今世ではもう30近くにもなる侯輝が誰にも交わらず俺を待っていてくれた事が正直嬉しい。心が、身体が数百年振りに求められる事に歓喜して震えた。絡められた舌に遅ればせながら応えていれば嬉しそうに笑う侯輝と目が合い、俺はその首に腕を回していた。
そうして絡め合っていれば先程一回抜き合った事など無かったかの様に互いの雄が硬く熱くなっていく。
侯輝:「天理……好き……大好き……」
口付けの合間に侯輝が甘く囁く。
天理:「ん……好きだ……んぅ……ずっと……待ってた……ん……抱かれたかった……」
先程までの羞恥などあっという間に消え失せて、早くお前と繋がりたいとばかりに侯輝のシャツを脱がす。露になった逞しい胸板を愛おしく撫でれば、侯輝は嬉しそうにくすりと笑い俺の服に手をかけ脱がしていく。
天理:「お前の……好きなように……めちゃくちゃにしてくれていい……早くお前のものにしてくれ」
侯輝:「うん、全部頂戴。俺のも全部あげる」
俺達は互いに生まれたままの姿になると再び深く絡みあった。また1つになれると思うとどうしようもなく幸福で、愛おしさが溢れてくる。
天理:「早く……早く来てくれ侯輝……!」
恥ずかしい行為をしている事は頭の片隅にあったがそれ以上に侯輝が恋しくて堪らなかった。焦れるように足を絡ませ腰を押し付ける俺の様子に微笑しながら侯輝は俺の後孔に手を這わせると驚きの声を上げた。
侯輝:「えっ天理、後ろどうして濡れてるの!?」
天理:「ぁ、の……笑わないでくれると……助かるんだが……その、だな……」
侯輝:「うん、笑わないよ」
言うのも恥ずかしくて顔が火照っているのを自覚する。前置きをすれば侯輝は真剣な眼差しで待ってくれているから羞恥で蚊の無く様な声になってしまったがなんとか声を振り絞った。
天理:「さっきの体型改変で……濡、濡れる様にした…女みたいに……や、やっぱおかしい……か?」
言い終わると同時に侯輝が俺を抱きしめる。突然の事で驚いているとその耳元で侯輝が言った言葉はとても優しいものだった。
侯輝:「おかしくない。天理は俺の為に身体を変えてくれたんでしょ?ありがと天理。すごく嬉しい。えへへエッチな天理も大好きだよ」
お前とすぐに繋がりたいばかりに卑猥な身体に変えてしまった事を内心やりすぎではないかと後悔しかけていたが、俺の身体の変化を喜んでくれた侯輝の言葉がとても嬉しかった。俺もおずおずと抱き返せば優しく頭を撫ぜられ安心感に包まれると共に身体の奥底が疼いて仕方がない。早く欲しいと言う気持ちが抑えられずに侯輝の首筋や鎖骨辺りに吸い付いて痕を残していく。そんな俺の行動に小さく吐息を漏らしながら嬉しそうに見つめている侯輝の目線を感じながらも止められなかった。ずっとずっと待っていたのだから。
そしてようやく落ち着いた頃合いで俺は侯輝に向き直ると渾身の愛情を込めて笑ってみせた。きっと今の自分の表情は蕩けているだろう。
天理:「侯輝、愛してる。お前のはじめてをくれ。早く一つになりたい」
侯輝:「うん、愛してる。俺のものになって天理」
侯輝が俺の脚を割り開き晒される。それだけで後孔がヒクリと疼いてしまい、恥ずかしさで死にそうな感覚に思わず顔を背けた。侯輝がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
侯輝:「可愛い、天理。ココも俺に早く来てって♡」
俺のそこに指を当てがいクニクニと押す侯輝にビクビクと反応してしまう。そうじゃない。指じゃなくてお前のその熱く猛った剛直が早く欲しい。
天理:「っ!焦らすな馬鹿っ……!」
侯輝:「ごめんね、つい可愛くて。じゃあ、力抜いてね」
「ん」と頷くと俺の膝の裏に腕を入れ持ち上げられ侯輝のモノがピタリと宛てがわれる。そしてまた俺の後孔が侯輝のモノを軽く食む様に動いたのを感じると侯輝がぐっと力を入れ息を飲む気配を感じた。
侯輝:「っ……」
そしてゆっくりと入ってくるそれに痛みは無く、ただ圧迫感と幸福に満たされていく。数百年振りに与えられた愛しき人の愛欲の塊は俺のナカを隙間なく埋め尽くし、入り進めば全身が痺れ、ただソコに在るだけで全身が歓喜した。寂しくて堪えられなかった日々が漸く満たされたのだ思うとまた涙が溢れてしまう。
天理:「ぁぁ……あああぁ!……っ……ふっ……」
侯輝:「あぁ……凄……熱い……やっと……嬉しい……1つになれた……!天理大丈夫?痛い?」
再奥まで進み恍惚とした表情になりつつも俺の涙を指でそっと拭いながら心配そうにする侯輝に首を横に振る。むしろ待ち望んでいたものが手に入った喜びでどうかなりそうだ。
天理:「ん……嬉しいんだ……お前とまた会えて……お前がそばにいて……こうして繋がれるのが……嬉しくて……っ……たまらないんだ……」
侯輝:「俺もだよ天理。愛してる……」
俺が落ち着くまで侯輝は俺の頬を撫でながらキスの雨を降らせてくれる。そうして暫くして落ち着いた頃に俺達はお互いを見つめあった。見つめあう事数秒後にどちらからとも言わずクスリと笑いあい、またどちらからともなく口付けを交わす。何度も角度を変えては啄み合い舌を差し入れ絡めあったそれは段々と激しさを増していき、互いに貪るように求めあった。
やがて名残惜しげに離れた頃には二人共すっかり息が上がり、互いの目線は欲望に濡れていたと思う。
侯輝:「天理のナカ……さっきから動いてって言ってる……動いていいよね?」
天理:「馬ぁ鹿……お前こそ……もう我慢できないって顔……だぞ……?」
はぁ……と吐かれる吐息が甘く、侯輝の目はいつしか金色にギラついていた。侯輝が興奮した時だけに見せる俺だけの太陽の瞳。まるで獣のようなその目にゾクッとすると同時に身体の奥底で燻っていた火種が一気に燃え上がった気がした。目一杯強がってさあ来いとばかりに微笑してみせ、最愛の男に俺の身体を存分に味わえと挑発する様に誘う。
侯輝:「っ……優しくしようとしてたのに……じゃ、手加減しないよ……!」
手加減なんか要らない、本気のお前に愛されたいんだ。
侯輝が俺の腰を掴み直し金の瞳がキラリと輝く。ああ大好きな瞳だと見惚れていれば、一気にギリギリまで引き抜かれ、消失感を覚えたと思った次の瞬間には一気に貫かれていた。
天理:「あああぁぁ!!あっ、あぁ!!」
侯輝:「はぁ……すごい……中がうねってる……絡みついてくる……!」
あまりの衝撃に声を抑える事も出来ずに悲鳴じみた喘ぎをあげれば、侯輝が俺の反応に嬉しそうに笑った。そしてそのまま激しく揺すられば、俺はただひたすらに侯輝にしがみつき、言葉にならない喘ぎ声を上げる事しか出来なかった。
天理:「あぅ!あっ、あ!んんっ!ゃっ!あ、あ、あ!」
侯輝:「はぁっ……可愛い……可愛い……もっと聞かせて……!」
前世の記憶はそのままに、俺のイイトコロを知り尽くされたその動きで的確にそこを攻め立てられてしまえば俺はもうただ快楽に身を任せるしかなかった。
俺はこの男が好きだ。俺の全てを自分のモノにしようと後孔を貫く剛直、身体を這うその手、一挙手一投足を逃すまいと見つめる金の瞳、恍惚とした表情、熱い吐息、声、匂い、全身で好きだよと語られる全てがたまらなく好きで仕方がないのだ。だから侯輝に抱かれている今がとても幸せなのだと言う事をどうしても伝えたかったのだが上手く言葉にならない。そんなもどかしさに焦れて泣きそうになるとそれを察してなのか侯輝の動きが更に激しさを増すものだからますます訳がわからなくなってしまう。枯れ果てていた俺の全てが侯輝一色で満たされていく。
天理:「侯輝!侯輝!ああっ、ああっ、侯!あっ、ああっ、あぁぁぁぁ……!!!」
侯輝:「天理っ……!あ"ああぁ……っ……!!」
達したのはほぼ同時だった。侯輝の腰がぐいっと押し付けられ精液が俺の最奥に注ぎ込まれるのを感じながら、俺も侯輝の腹に白濁を放っていた。
注がれた熱い侯輝のモノを感じると俺の身体と心全てが完全に満たされる。
天理:「あぁ……あぁ……ぁぁ……」
息を荒くし余韻に浸る俺の頬を侯輝の手が優しく撫ぜる。
侯輝:「ずっと……一緒にいようね」
ああ……俺の太陽、俺の侯輝。
お前と一緒ならばいつまでもどこまでだって行けるだろう。
俺の魂が朽ちるまでお前と共に……
天理:「ん……侯……」
そのまま意識を失いそうになりながら、なんとか頷き掠れ声で呼びながら精一杯微笑する。ちゃんと笑えただろうか、俺の想いは侯輝に伝わっただろうか。
愛してるよ侯輝。
薄れ行く視界の先で、侯輝が一瞬驚いた顔をした後で少し照れた様にふにゃりと微笑んだのを見て安心して眠りについた。

ぼんやりしながら目を覚ます事しばし、朝鳥の声を聞き自分にしては珍しく速攻でハッと意識を覚醒させる。待ちに待った数百年振りの交わりだったのにたった一回交わっただけであっさり眠ってしまった。折角体力も戻ったのだから何度も交わりたかったし、侯輝は体力まだ有り余ってそうだったし事後のピロートークも大好きだ……まぁ俺も好きなのでもっと話したかった、イチャイチャする時間を寝てしまった、勿体無い。侯輝は今日も仕事のはず、数時間後にはまた仕事に行くはずだ。……寂しい。いや、前世では仕事の都合で数日会えない事だってザラだったじゃないか、落ち着け自分、急に欲張りすぎだ。
目の前ですやすやと幸せそうに眠る侯輝の金糸の様な髪を撫でる。むにゃむにゃと嬉しそうにする表情は幼なさを残し可愛らしいと思わせる一方で雄々しくて格好良いとも思うから不思議だ。
あまり早く起こしすぎたら寝不足になってしまうなと思いつつ起きて話して欲しいなどと自己の中で鬩ぎ合いながら髪を弄んでいると、侯輝がゆっくりと瞼を持ち上げた。
侯輝:「ん……おはょ……う……?」
ぼーっとした様子で俺を見つめた後でへにゃりと笑う侯輝が愛おしい。
侯輝:「おはよ、天理。身体大丈夫?」
いの一番に俺の身体を気遣ってくれる侯輝に愛しさが溢れ出す。結局俺は欲求に耐えられず起こしてしまったというのに。
天理:「おはよう。起こしてすまん。身体は軽いくらいだよ。生まれ変わったみたいだ。お前のおかげだな。その、全身にお前の力強い力で満たせれているというか……ありがとな」
そう言って照れ臭くも笑いかけると侯輝も嬉しげに笑ってくれたのでほっとする。
侯輝:「えへへ、どーいたしまして。良かった。あ、今日はね、休みに替えて貰ったんだ」
天理:「え!大丈夫なのか?」
侯輝曰く博物館は遊園地内の施設という事もあって週休は水曜休みと不定休が交代で1日なのだという。本日火曜も比較的空いているので今日を休みに振り替えて貰ったらしい。
侯輝:「昨日天理がまだ体が辛そうだったからね。心配だったから昨日だって休みにしたかったんだけど天理仕事放りだしたら怒るかなって思ってさ。ちゃんと調整してきたんだよ?」
侯輝は俺を褒めて?とばかりに甘える様にぎゅっと抱き締める。嬉しい。俺だって早く自立した生活が出来る様にまだ万全ではないが侯輝に迷惑をかけたくなくて頑張っていたのだ。そのせいで逆に負担をかけてしまったのだから申し訳ない気持ちになる。
天理:「俺はもうお前がそこに居るって分かってるだけで充分だ、無理はするなよ?でも……ありがとな」
侯輝:「うん!」
そっと抱き返し髪を撫でると侯輝が嬉しそうに微笑んでくれる。それだけで俺は幸せな気分になれるのだ。
侯輝:「今日明日は天理とずっと一緒にいるからね。体力の問題が解決したならさ、デートしようよ!この時代の事、生活の仕方とか覚えるなら付きっきりの方が良いと思うし、天理の服とかいろいろ揃えなきゃだしね」
天理:「ん……じゃあ頼む」
侯輝:「任せて!天理に似合いそうな服あるんだ~」
早速支度しよう!と共に床から身を起こす。そういえば二人ともまだ全裸だった。昨晩俺が達して眠ってしまった後、吐き出したものなどは綺麗に拭ってくれていた様だが、こういう時、侯輝は衣服など身に付けさせてくれていたり、侯輝自身もちゃんと服を着ていたりするのだ。しかし脱いだ服も其処らに散らばっていた。侯輝もあの後、先に寝てしまった俺に付き合ってそのまま寝てしまったのだろうか。珍しい。
昨晩情事の勢いで付けてしまった侯輝の首筋や鎖骨にうっすらと赤い痕が残っているのを見つけ、恥ずかしくなりながらそれを指でなぞる。
天理:「すまん、付けてしまって……」
侯輝:「ん、いいよ。むしろ嬉しい!俺もいっぱい付けちゃったしね」
天理:「おう……え?」
侯輝がえへへと頬を緩ませ俺の首筋を撫でているのを見て、自分の身体を見下ろすと胸元や腹に点々と赤い痕が付いていた。多分首筋にも付いているのだろう。いつの間に。顔に熱が集まるのが自分でも分かる。
天理:「なっ……!」
侯輝:「ハイネックの服貸してあげるね♡あ、でも敢えて見せつける為に空いた着るのもありかな?」
天理:「馬鹿言ってんな!……ったく…………」
侯輝:「冗談だよー可愛いなぁ、えへへ。じゃお出かけ服見繕うから先にシャワー浴びといてね。……どうしたの天理?」
実の所俺も嬉しく大して怒っていない事が見透かされているのだろう、悪びれもせず笑う侯輝に俺は顔を赤くしながら背を向けた。
天理:「……昨晩は先に寝ちまってすまん。たった一回で落ちるとは思わなかったんだ。悪いな一緒に寝て貰っちまったみたいで……」
侯輝:「全然いいんだよ?俺もあの後すぐ眠くて寝ちゃったんだよね。あ、仲良くした後にすぐ寝ちゃうのはね、疲れてるからだけじゃないんだって。好きな人と幸せ過ぎると寝落ちしちゃうらしいよ。俺達幸せだね、えへへ」
天理:「っ!!!」
確かに昨晩は嬉しくて幸せで、侯輝も俺でそう思ってくれていたならもっと幸せだ。気恥ずかしさと嬉しさで言葉に詰まる。
侯輝:「ね?だから気にしないで?それにさ……」
侯輝は後ろから俺を抱き締める様に腕を回し耳許に口を寄せ囁く。
侯輝:「これからは毎日何回だって出来るよ?今日はデートの後また仲良くシよう?」
俺はその言葉に一気に身体が火照るのを感じた。嬉しさと気恥ずかしさと。
天理:「ぅ……!ば……!!~~!!!」
侯輝:「ふふ。真っ赤になってる。やっぱり可愛ぃー♪大好きだよ、天理。愛してる」
俺は声になら無い叫びを上げながら恥ずかしさを隠すように風呂場に逃げ込むもしっかり愛してるまで聞き取ってから風呂の戸を閉める辺り俺も結構重症だと思うのだ……。

共にシャワーを終え、朝食を取る。体力が以前通りになっても俺と侯輝の摂取量差は目に見えて差があった。侯輝は副業のバイトの体型維持の為にも食べているが俺は相変わらず小食だ。それでも以前よりは食べるようになったのだが。
食事を終え、侯輝に手を引かれ家を出た。借りた服は薄手の白のハイネックシャツとスキニーのパンツだ。どちらも侯輝には小さめらしいが、俺の体格だと少しダボッとして見える。侯輝のスキニーが俺が履くとただのパンツになってしまう。
鏡を見て「早く服買わないとな」とぼやいていれば「俺はこれでもいいけど~彼シャツ~♪」と侯輝はご機嫌だ。
当の侯輝の服装はと言えば、黒のV字カットソーにグレーのスキニージーンズ、足元はスリッポンシューズでラフさの中にオシャレ感がある。俺は元々ファッションに疎いし現代流行なんて更に分から無いが、多分良いものなんだろうなと思う。まあ……侯輝なら大体何着ても格好いいのだが。
玄関を出ると外は眩しい春の日差しが降り注いでいた。
侯輝:「うん、良い天気だね。良かった。流石晴れ男の俺だね♪」
天理:「なんだよ太陽の神の力使ったとかじゃないのか?」
得意気にす侯輝にくすくすと笑って冗談で返せば「あっそっかぁ、その手もあるね」などと笑いながら返してくる。神化してもまだ人間気分から抜けないのだろう。前世の時も確か晴れ男だった。今思えば無意識に力を使っていたのではとも思うが。

俺が世間に慣れる為、今日は侯輝の車ではなく公共機関を使って移動する。当然乗り合い馬車などではなく電動車で、車道の脇で侯輝に貸して貰ったABTと呼ぶらしい手首に装着する機械に話しかけるとほどなくして目の前に一台の車が緩やかに停止し、ドアを開いた。
中は無人で音声と覚えたばかりの文字で『いらっしゃませ』と表示されていた。
侯輝:「呼べたね、じゃあ乗ってー」
天理:「おお……すげぇな」
侯輝:「うんうん、便利になったよねー」
恐る恐る乗り込む俺に苦笑しつつ、侯輝も隣に乗り込んだ。運転席のベルトらしきものを嵌めて侯輝が行き先を指示するとウィーンと音を立てて動き出した車は、まるで俺達を乗せている事を忘れたかの様に滑らかに走り出す。
運転は自動で操作は一切せず進む様になっているらしく、ただ座っていればよいらしい。エネルギー源として古代にも石油や電気、魔力などで栄えた時期があったが、数百年前に襲来した異界のモノの大破壊以降また新たなエネルギー源が開発されたらしく、なんでも従来では考えられない程効率の良い燃料があるらしい。技術の発展により便利になったと思うと同時に、また戦争により自分達で崩壊させないといいが……と神となってしまった身としては複雑な気持ちになる。
天理:「神になって魔力気にしなくていい、何でも出来るって思ってたら誰でも魔法使いみたいな事できるんだもんなぁ……もう異界のモノが来ても普通の人類だけでなんとかなる気すらするな……」
侯輝:「そうだねぇ。霊体すらある程度捉えられる様になったみたいだし。でもどこの国がその兵站負担するのって話で揉めてる間に滅びそう」
天理:「確かにな。結局俺達が出ないとならないかもな……」
侯輝:「うん。でも大丈夫だよ。俺達はずっと一緒だし、今度こそ俺が天理を守るからね」
天理:「ああ、ありがとな」
侯輝:「えへへ♪あ、着いたよ」
そんな話をしながら、目的地に着いたようだ。侯輝が指し示す先にあったのは大型ショッピングモールだ。

様々な店が並ぶモール内は人が多く、老人らしき夫婦や子供連れの家族や若いカップル、様々な人が行き交っていた。驚くべきは、かつてよくみた老人と杖や車椅子という組み合わせは無く、何らかの機具を装着しており、速度こそゆっくりだったが年老いても不自由なく歩けていた。
皆笑顔で楽しそうな光景を見ていると数百年前頑張った甲斐が有ったと思う。
侯輝に手を引かれモール内を進む。恥ずかしさを覚えるも、これだけ人が多ければときゅっと握り返せば侯輝の手がぴくりと反応し嬉しそうに笑うのだから恥ずかしさなど吹き飛ぼうものだ。
侯輝が慣れたようにラルディと書かれた小洒落た服飾店へと入っていく。すると自動音声で『いらっしゃませ。いつもご利用ありがとうございます』と落ち着いた声が聞こえてきた。店内は全体的に落ち着いた雰囲気で、ゆったりとしたBGMが流れとても居心地が良い。ちらほらと他の客が居るが、店員は二人しかいないようで、その片方が俺達に気づくとすぐに小走りで寄ってきた。
店員:「こんにちは、夏侯輝さん。本日はお洋服をお探しですか?」
どうやら侯輝は常連らしい。店員は人間年齢であれば同じくらいの歳だろうか。体躯も良く爽やかな青年だ。
侯輝はなぜか少しくすりと笑いながら俺の肩を抱き寄せて口を開く。こら人前で。
侯輝:「チャオ!ルッカ。うん、彼の服をね。今日は二人でゆっくり選びたいんだけど、良いかな?」
店員:「はい、勿論です。では御用がありましたらお呼びください。ごゆっくりご覧下さいませ」
ルッカと呼ばれた店員は一瞬目を見開いたのち俺にも丁寧に頭を下げて去っていった。去っていったあと軽く侯輝に抗議するも侯輝は楽しそうにどこ吹く風である。
商品の値札に数字が見当たらない。まだ現代の金銭感覚が分からない。学芸員+副業と聞いたが侯輝の収入は実際どれくらいなのだろう。アクエリアスからの情報だと政府から毎月一律給付金が配られ全ての人が一定までは平等に生活できると聞いたが。やはり少しくらいはズルしてでもアクエリアスに金を持たせて貰うべきだったか。前世でカツカツの冒険者生活をしていた侯輝を思いだし心配になってしまう。
天理:「なぁ、高くないのか?俺の物一式買うなら物入りだろう?安いのでいいからな?」
あれこれと楽しそうに見繕う侯輝の服の裾を引き小さな声で問いかけると侯輝は小さな声で返した。
侯輝:「大じょーぶ。俺こう見えてもちゃんとライセンスまであるほど稼げてるんだから」
アクエリアスから収入能力とそれに応じた細かな制限や特権があるとは聞いていたが、心配無用らしい。今は侯輝に任せるしか無いようだ。
わざわざ着なくても投影装置で見ることもできるらしいが、「天理ならどれも全部似合うから後は着心地を確認して!」と侯輝が選んだ大量の服を持たされ試着室に入った。確かに俺の好みもきちんと把握しつくされたラインナップだった。どれも着心地も良く細かな所まで丁寧な作りで気に入ってしまった。ふと外から先ほどの店員ルッカと侯輝が会話していたので耳を傾ける。先程俺と一緒にいた時と比べだいぶ砕けた口調だった。
ルッカ:「ねえねえ輝クン、もしかして彼が例の想い人?」
侯輝:「うん!そうだよ♪可愛いでしょ」
ルッカ:「うん、いいなぁ輝クン。彼もモデル?」
侯輝:「モデルじゃないよ。俺のだからね?」
俺がモデルとか無理だと思うが。お得意さんの連れを褒めるにしても大仰だ。
侯輝の“俺の“呼ばわりは……まぁ嬉しい。
ルッカ:「もちろん、揃いの指輪付けてる人に手は出さないさ!人気インテリモデル夏侯輝にとうとう恋人か、ファンが知ったら騒ぎそうだね」
俺が着替え終わるのを待っていた侯輝はルッカと何やら楽しそうに話をしていた。侯輝、ひょっとして副業の方が本業なんじゃないか?
侯輝が選んでくれたのは紺のシャツに黒のジャケットとパンツ。シンプルなデザインで、素材も良いのかとても着心地が良い。靴も革なのか化成繊維なのか不明だったが履きやすく動きやすい。
具合を見て貰おうと更衣室のカーテンを開けると侯輝と目が合った。一瞬驚いたような顔をしたがすぐに蕩ける様な笑顔を浮かべた。
侯輝:「わ、やっぱり似合ってるね!」
ルッカ:「良くお似合いです!お客様、是非当店にパートナー会員として登録させてください!登録頂ければ様々なサービスを提供させて頂きます」
パートナー会員って何だ?古代にもあったポイントカードか何かか?ダイレクトメールとか来るのか?困った様に侯輝を見ると自然に割って入ってくれた。
侯輝:「一般会員までならいいんじゃないかな?それ以上は俺のだからダーメー」
ルッカ:「ちぇーガード固いなあ……いい宣伝になると思ったのに」
天理:「えっと……じゃあ一般会員で……」
宣伝とはなんだろう。正直まだ分からないままだったが侯輝の話に合わせる事にした。
支払いはやはり腕のABTを会計端末に近づけて行う。侯輝のやり方をしっかり見て覚えた。なんでもABTでやるらしい。
今まで着ていた服は侯輝の借り物だったのでそのまま着ていく事にし店を出た。
ルッカは名残惜しそうにしていたが「また来てくださいね」と手を振ってくれたので振り返すと嬉しそうに笑っていた。

再びモール街路に戻り手を引かれ歩く。
侯輝:「服気に入ってくれて良かったけどあのお店行く時は俺と一緒だからね!一人で行っちゃダメだよ?」
天理:「ん?ああ、頼むな」
確かに服選びは頓着しない俺一人で行くより一緒に行った方が良いだろう。素直に頷くと侯輝はむぅと口を尖らせる。
侯輝:「意味分かってないでしょー彼仕事は信用できるけど手早いんだから」
確かに服を選ぶ速さや対応などはとても手慣れていて感じの良い人だったと思うのだが……よく分からず首を傾げ、漸く手が早いの意味に思い当たった。
天理:「大丈夫だぞ、侯輝、俺にはお前だけだからな?」
侯輝:「……そういう事じゃないんだけど……」
何やら侯輝が複雑そうに呟いていたが、俺が理解していないと分かったらしく苦笑いしていた。
天理:「それよりさっきの店員のパートナー会員って何だ?」
侯輝:「あれね、うんとね……あれ見て」
指さした方向にある身の丈程もあるディスプレイパネルを見ると先ほどの店の店頭にクールなポーズを決めた侯輝がでかでかと映っている。
天理:「ぉぉ……!凄いなお前」
侯輝:「あんな感じで写真撮ってもらってパートナー会員として登録しておくとモデル用の服とか貰えるんだよ。値引きもあるしね」
俺が驚いているのを見て嬉しかったのか、少し自慢気に胸を張る侯輝。モデル登録してくれと言われていたとは知らずまた驚く。
天理:「……良かった知らずにはいって言わなくて。しかしお世辞にしても不用意に誰彼問わず言わない方がいいと思うんだが……ってそんな顔するなよまだ何も知らないんだぞ?」
侯輝はやはりああいうのは映えるなと思いつつ、振り返りながらそう言うと、それを聞いた侯輝に再び分かってないなぁと言わんばかりの顔をされ困惑する。
侯輝:「もぉーこればっかりは時代関係ないからね!天理は本気でモデルとして勧誘されてたの!天理はスタイル良いし、クールで格好いい上に、知的で美人で綺麗で可愛いし、声も心地よく響くテノールがセクシーで素敵で、脚長くて細いし、腰の位置高いし、手足長過ぎないし、そのくせ無駄なく締まって……!」
天理:「待て待て、褒めてくれているのは分かるがちょっと落ち着け」
何かモデルとして関係無い事まで言われている気がしたが、突然熱く語り出した侯輝に圧倒されてしまう。
通行人1:「ねぇねぇあの店から出てきたのモデルの輝じゃない?隣の人、新しいモデルさんかな?」
通行人2:「だめよプライベートに干渉するのは」
何か道行く女子がチラチラこちらを見ている気がする。前世でもよくあったが、そうか現在侯輝は有名人なのか!こいつただでさえ目立つのに変装何もしてない。まずいんじゃないのか?
侯輝:「とにかく!天理は本当に魅力的なの!だから無防備に近寄らないで!分かった!?」
天理:「お、おう」
侯輝の主観的な事だと思うのだが、必死な様子に思わず気圧され、勢いに押されるまま返事をする。ルッカは侯輝と雰囲気が近く話が合っていそうだった。性的好みも近いのだろうか。そうだとしても俺にはお前だけだというのに。やはりまだ頼りなく見えるのだろうか。
侯輝:「あーもう心配だなぁ……」
天理:「大丈夫だぞ?万一襲われても魔法でどうにかできるから。な?」
曲がりなりにも神だぞ?と言外に匂わせるが、侯輝は納得いかないようで頬を膨らませる。可愛いがここで笑ってはいけない。
侯輝:「そーだけど……俺がいないところで天理がナンパとかされるの嫌なんだもん」
天理:「分かった。ちゃんとお前と一緒でなきゃ行かないって約束するから」
安心させる様に頭を撫でる。頬を膨らませつつも、こくりと頷く。俺の言葉を聞き漸く落ち着いたようだ。
更にもう一押しして機嫌を直して貰おうと、侯輝の肩に手を置き耳に近づくと小さく囁いた。
天理:「デートの続きをしてくれ侯輝。俺から脱がしたい下着も買ってくれるんだろ?」
正直こっぱずかしいセリフだったが、侯輝には効果抜群だったらしい。みるみると赤くなり、嬉しそうに笑うと抱きついてきた。
侯輝:「うん!もちろん!いっぱい選ぼうね!」
その後モール内の下着屋に連れられ、俺は試着室に押し込まれあれやこれやと着せられて恥ずかしさで死ぬ思いをする事となった。どうやら元気にさせ過ぎたらしい。何故女性物っぽいヒラヒラしたランジェリーを試着させるんだ?「現代ではデザインに関する男女差異も無くなってこういうのを履く男もいるんだよ!」と力説していたが本当だろうな? サイズは合ったがスースーして落ち着かないし普段から履くのは流石に御免だったので、男性物と思しきシンプルなのを数枚買う。……しょんぼりされたので1枚だけヒラヒラした可愛らしい物を足すと途端に笑顔になった。単純だなぁと思いながらも可愛くて笑ってしまう。たまに履いてやろう。たまにだ。

そうこうしている内にお昼になり侯輝のオススメの店へと辿り着いた。モール内上層にあるその店はテラス席のあるカフェで、ランチメニューが豊富でどれも美味しそうだった。店内は若い女性客が多く、俺たちも奥の目立たないテーブルを選んで座ったのだが、周りの視線を感じる……。皆がこちらを見てヒソヒソと話しているのだ。俺は身なりは整えて貰ってそこらの成人男性と見てくれは変わらぬはずだから、やはり侯輝が注目を集めているのだろうか、モデルとしての侯輝がどれくらい有名か分からないので推測もままならない。
侯輝:「ここのお店のオムライスがすっごく美味しくて、一度食べてみて欲しいって思ってたんだよ!」
天理:「そうか、楽しみだな」
当の侯輝は何も気にする様子も無くにこにことしながら手元の端末から注文を進めていたので、俺も気にしない事にした。実害がある訳で無し放置で良いのだろう。
なんとなく想像がつく物もあったが、見た事の無いメニューもあった。
先に来た飲み物で喉の渇きを潤しながら見知らぬメニューを教えてもらいつつ、食事が来るまでこの後の予定をどうするか相談する。
侯輝:「この後さ、ベッド見に行こうよ!セミダブルじゃ狭いでしょ?」
天理:「あ、ああそうだな……家具屋で遊ぶなよ?」
前世でふたり暮らしを始めた時の事を思い出す。ベッドにお試しで寝転ぶ俺の横でばんばん跳ねて恥ずかしがる俺を揶揄って遊んでいた事を。思い出してつい苦笑いしてしまうと、侯輝はきょとんとした顔をした後ぷっと吹き出した。
侯輝:「えー?遊んで無いよ?ちゃんと俺が"沢山"動いても平気か確認しなきゃでしょ?」
天理:「恥ずかしいんだ、よ」
にやにやと笑う侯輝の頭を小突くと、今度は大袈裟に痛がってみせる。全く調子が良い奴めと呆れるが楽しげな様子が微笑ましくて、俺もつられてまた笑ってしまう。
そうこうしている内にメインディッシュが運ばれて来た。アツアツふわふわの卵にデミグラスソースのかかったオムライスの香りが鼻孔をくすぐり食欲を唆る。一口食べると濃厚な旨味が舌の上で溶けて、とても美味しかった。
侯輝:「ね?美味しいでしょ?俺のお気に入りなんだ♪」
天理:「うん、美味い。あ、ちょっと止まれ」
にこにこしてスプーンを口に運ぶ侯輝の口元についた米粒を取って食べながら、俺ももぐもぐと頬張る。
侯輝:「んむぅ、あ、ありがと……」
はにかみつつ、嬉しさを隠しきれない様子で礼を言う侯輝の様子はとても可愛い。と思っていたら周囲から「わぁ……」「嘘っ、輝ってあんな顔するの?!」「隣のイケメン誰?」「神様ありがとう……」という声が聞こえたので我に返る。しまった、つい癖でやってしまった。周りからは恋人同士に見えていただろう。現に他の客からの生暖かい視線を感じる。
天理:「……すまん、つい」
恥ずかしさのあまり消え入りたい気持ちで謝ると、慌てて手を振って否定される。
侯輝:「ううん全然いいよ!俺こそごめんね?いつもの事なのについ嬉しくって。口に付いてるのは自分で取るから大丈夫だよ」
そう言って、俺の手を取ると自分の頬に触れさせる侯輝。
俺が取った時は一瞬だったのに、わざとゆっくり頬ずりするように触れさせるものだから、周囲はざわめいてしまった。お前分かっててやってるだろ!俺含め周囲をからかうな!
俺は恥ずかしさに俯くしか出来なかった。ちょっとやりすぎたと思ってくれたのか、侯輝は俺を安心させるように握った手に力を込めると「冗談だってば!」と笑う。
その笑顔に安心しつつ、再び食事の手を進める。侯輝は俺を揶揄ったりしつつも終始上機嫌で、そんな侯輝を見ていると俺も楽しくなって来て、思わず笑みを浮かべたのだった。

食事を済ませ、モール内へ。家具屋でベッドを選ぶ。広いフロアにズラリと並ぶベッド。少しだけ照明は控えめな様だ。この時代ではやはり作り手の親父が直接売りに来るなんて事はなく、一応店員らしき人物はいるがABTを店頭の端末にログインさせると聞きたい事があればABTに話しかければAIが答えてくれる様だ。アクエリアス程ではないがまあまあ実際の店員の様に答えてくれる。何より男二人で来ても気にしなくていいのは良い。
しかしマットだけでもやたら種類が多い。スプリングの巻き方がどうの、構造がどうの素材が云々。乗り心地、耐用年数やメンテナンス難度に差が出てくるようだが聞いても正直違いがよく分からないし、おれはまだ現代の金銭感覚が掴めていないので侯輝に任せる事にした。
侯輝:「ねぇ、これどうかな?」
侯輝が指したのはクイーンサイズのベッド。二人で寝ても十分な広さがある。腰かけて見れば確かに程よい弾力が気持ち良いし寝心地も良さそうだ。
侯輝:「ほらほらちゃんと寝て確かめてー」
天理:「わっ」
押し倒される様な形でベッドに倒れ込む。
侯輝:「ふふふー♪寝心地どうー?」
俺の上に覆い被さると楽しそうに顔を覗き込んでくる侯輝。
馬鹿!店員は居なくても他の客はいるんだよ!お子様連れの家族が子供の向きを変えてるだろうが!! 恥ずかしくて覗き込むイケメン面を容赦なくべちっと手で押し返す。
天理:「普通に寝て確かめるからど・け」
侯輝:「もー照れ屋なんだからー」
俺が本気で嫌がっている訳じゃないと分かっているので、侯輝も俺の抵抗を軽くいなすと起き上がって隣にごろんと寝転がる。俺も落ち着いて寝直した。悪くない。
侯輝:「ね、このベッドでいいんじゃないかな?」
俺も気に入ったのでこくりと肯いた。布団も同じ調子で購入する。ふわふわと羽の様に軽く暖かい。後で知った事だが結構なお値段だった。
会計もABTを会計端末に近づけて本人認証して配送手続きして終わりらしい。どうにも払った感買った感が無いなと思っていたら会計端末から衝撃の言葉を聞かされた。
『お客様ご一緒にYES/NO枕はいかがですか?』
天理:「なっ!!」
軽食屋でご一緒にポテトいかがですかのノリで伝説の枕を勧めてくるんじゃねえよ!!!てかどうやってそういう対象だって分かった?!購入物と二人連れから推定してるのか?人造AIもなかなか進歩したものだ。
侯輝:「わぁまだあるんだー買っちゃおっかなー」
ディスプレイに表示されたYESとNOの文字が描かれた数パターンの枕を眺めながら、侯輝は楽しそうに言う。クソ、お前前世では知らなかった癖に。誤魔化してスルーできない。
侯輝:「このお洒落なデザインのいいよね?買おう?買うね?」
天理:「え、ああ……」
恥ずかしさで頭が回らずにいたら侯輝はどんどん購入ボタンを押してしまった。
侯輝:「あ!なんかアタリだって!やった!枕サービスになったよ!」
天理:「お、おう……」
アタリが出たら枕ただとか凄いな、古代の駄菓子屋じゃあるまいに。尚、買ったものは夕方には家に届くらしい。時代は変わったのだと実感する。

他、モール内を見ながら必要な雑貨類を購入して回る。俺用の濃紺革ベルトのABT、揃いの食器、夜着等々。物入りだから最低限で、と言っても侯輝が楽しそうにアレコレ選ぶのでつい必要以上に買い込んでしまった気がする。やはり新しい生活に向けての買い物は俺も楽しい。
いくら政府からの一律給付金があっても早くちゃんと稼げる様にしなければ。しかし浦島状態の俺に働ける場所はあるだろうか?単純作業は機械化され、接客さえ事務的な物はロボやAIだ。魅力的な感性や表現力、より高度なイノベーションを起こせる人材が求められるだろう。
侯輝はまず存在自体が魅力的だし更にそれをどう魅せるかを自分で考え行動出来る奴なので、きっとどこに行っても重宝されるだろう。
折角魔法は不自由なく使える様になったのに世界にはほぼ魔物は居らず、かつて目指していた考古学者の道も現在通じるか怪しい。俺も何か特技を身に付けなければ。
侯輝:「天理?疲れた?」
そんな事を考えながらカフェで茶を飲みながら少しぼぅっとしてしまうと、侯輝に声をかけられてハッとする。慌てて笑顔を作る。
天理:「ん?ああ、大丈夫だ」
候輝:「どうしたの?」
天理:「何でもないぞ?」
俺は誤魔化したが侯輝にじっと見つめられると隠し事が出来ない。観念して正直に言う事にする。
天理:「その……これからの俺の身の振り方について考えていた」
侯輝:「これからって?」
天理:「俺は今無職だろう?これから先どうやって生きていくべきか考えててな」
侯輝は一瞬キョトンとした顔をしたがすぐに合点がいったらしくポンと手を打つ。
侯輝:「天理目覚めたばかりなのにもう働こうなんて真面目だね」
天理:「どうも落ち着かなくてな」
侯輝:「じゃあさ、俺と一緒に働こうよ!」
にこりと言われて俺は驚く。
天理:「え?博物館の学芸員の方か?」
流石に副業のモデルの方ではあるまい。でもそうそう枠が空いているのだろうか。古代から考古学方面の就職は狭き門だ。前世だって相当運が良かったのだ。
侯輝:「うん。天理は既に西暦期以前の事は把握してるし、異界のモノ襲来以前なんてそれこそ俺達が生きてた時代だから問題なし。後は現代に伝わっている説や覆った説を補完すればいいだけだし。通信制の大学講座受ければ学芸員資格取れるよ。天理ならきっとすぐだよ!」
天理:「そうなのか……しかし職場の枠
はあるのか?」
侯輝:「大丈夫!俺が館長に推薦するよ!うちはちょっと条件特殊だから天理なら尚OK!きっと人気でるよ!」
ん?待て博物館学芸員に人気者の要素があるだろうか? まぁ、いいか。
天理:「そうか……そうだな。よし、頑張るか」
侯輝:「頑張ってね!俺も応援するよ!俺前世から天理と一緒に働けたらいいなって思ってたんだよね」
それは俺も思っていた。前世の様な日々命懸けの侯輝を見送る必要はもう無いのだ。幸い今世の侯輝は俺の為に俺寄りの職業に就いてくれている……モデルの方は無理だが。これを逃す手は無い。
天理:「ああ、俺もだ。じゃあ学芸員目指して進めていく事にするよ」
侯輝:「やった!楽しみ♪でも無理しないでね。まずは現代文字を覚えて……ってあれ?俺天理に翻訳機の使い方教えてなかった!今日普通に読んでたから気づかなかった!なんで読めてるの?魔法?」
天理:「自力で覚えたぞ。昨日。知ってる古代文字に近かったから覚えやすかった」
侯輝:「え!!!!!」
苦笑しながら言う俺に侯輝は今日一番の驚きを見せる。周囲がその声に振り向いた。お前には驚かせっぱなしだから、お前を驚かせられるのは少しだけ楽しい。
侯輝:「昨日調子悪かったんじゃないの?」
天理:「別腹だ」
侯輝:「識字の別腹って何……?あ、それではりきって疲れて寝ちゃったんだね」
天理:「はりきったというより楽しかったんだが」
侯輝:「そっかーそうだよねー……天理だったー……1日で覚えちゃったかー……わぁ……」
驚きを通り越して呆れられた気がする。俺が古代文字含め活字中毒だってお前だって知ってるだろうに。要求はしないが褒めてくれてもいいんだぞ?
侯輝:「でも!これで俺と天理のラブラブ職場生活が一歩早く近づいたって事だね!天理、変じ、天才でありがとう!」
キリッと切り替えてまた夢見勝ちな事を言い始めたと思ったら、さらっと変人って言おうとしたな?自覚はあるが。
天理:「お前の切り替え早さ好きだけど、褒めるならちゃんと褒めてくれ」
侯輝:「もちろん!俺は天理のそういうところも大好きだよ」
俺を愛おしそうに見ながら言う侯輝に俺は顔を赤くする。くそうやっぱり俺の負けか。
天理:「……」
侯輝:「ふふー♪可愛い天理も大好きだよ」
恥ずかしくて横を向いていれば、侯輝は嬉しそうに笑って俺の手を握った。
天理:「……うるさい」
侯輝:「えへへー」
俺の言葉に侯輝は更に笑う。俺はそれにため息をつくが、繋いだ手を離す事はしなかった。
天理:「……あ、明日も休みだったな?」
侯輝:「うん、じゃあ早速明日俺達の未来のラブラブ職場の見学に行く?」
まだ学芸員の資格すらこれからだというのに。侯輝はこうと思ったら気が早い。まあ俺も見てみたかった。
天理:「明日は遊園地閉園じゃないのか?」
侯輝:「遊園地は閉まってるけど、博物館は俺の権限で入れるよ!見つかっても適当に理由言うよ!貸切だよ!遊園地はまた俺が休みの時に遊びにいこーね」
いいのかそれは。しかし遊園地部分はもし俺が博物館勤務になるとしても、なる前に行く必要がありそうだ。遊園地勤務者同士は実質遊園地に遊びに行けない。
天理:「そうか……じゃあ、お言葉に甘えて。楽しみにしてる」
侯輝:「絶対天理と一緒に働くんだー♪そしたら両親とも会ってくれるよね?」
生活基盤が安定していないのをそれに躊躇していた理由だと見抜ていたらしい。侯輝は気にしていない様だったが親の立場として相手が安定していた方が安心できるだろう。侯輝を安心して祝福してやって欲しい。
天理:「ああ、勿論だ」
真摯に微笑むと侯輝はパァッと笑顔になる。
侯輝:「やった!じゃあ俺頑張る!頑張るよ!」
いつだって侯輝の言う事は端から見れば夢見がちで突拍子ない。前世から、神の頃から、ずっと。でも一緒にいれば叶ってしまうと思わせる力がある。俺の好きな太陽だ。
天理:「……ああ。俺も頑張るな」
侯輝:「うん!じゃあ今日は夜ご飯は外で食べよ!美味しいものいっぱい食べるよ!」
天理:「ああ、楽しみにしてる」
俺がそう言えば侯輝は嬉しそうに笑った。

一通り買い物を済ませ、モールを出て夕飯は俺の好きな和食を食べに連れて行って貰った。掘りごたつの個室のある部屋で新鮮な魚料理に舌鼓を打ちつつこれからの事を話した。
神の力が強く感じられた以前ならともかく、人ならざる神だと他人に言ったところで信じてはくれないだろうし、信じられたとしてどうなるのか分からない。魔物と同じ扱いを受け処分対象になったらいくら力持つ不老不死と言えど穏やかな生活は望めないだろう。またいつまでも老いない姿でいればすぐに怪しく思われる事だろう。だから俺達の正体は秘密にしておき、完全に定住はせず、数十年置きに移住する事にした。戸籍は都度アクエリアスに改竄をフォローして貰えばいい。
これから何百年と生きるとしても、一旦は人として生まれて来た侯輝には今世の家族がいる。侯輝は前世で両親に恩を返せなかった分もきちんと育ててくれた親孝行をしていきたいと思っており俺も同感だ。俺たちは前世では共に若くして死んでしまったし、まずは普通の人の一生分は普通の人らしく働いて生きていこうという事になった。尚、今の時代は映像通信でいつでも連絡できるから、たまに帰省して顔を見せれば良いらしい。正式に会いに行く事を想像したら少し緊張した。
侯輝:「ねえ、天理、住む家の……事だけどさ」
侯輝にしてはかなり遠慮がちに聞いてきた。これだけ共に住む準備を進めていたのに今日1日一切話題に挙げなかった話である。
天理:「ん?ああ、そうだな……」
家となるとどうしても思い出してしまう存在がいる。前世で異界のモノにより家ごと消滅してしまったであろう座敷童子の希守だ。子供を儲ける事が出来ないはずの俺達に子供のように接してくれた優しい子だった。子の様に思っていた希守を思い出すと胸が痛む。それを分かっているから侯輝は遠慮がちに切り出してくれているのだろう。やはり沈みがちになってしまう俺を見て侯輝が心配そうにしている。もう切り替えなくては。侯輝一人なら少し広い家だったが二人でこれから住むなら少し手狭かもしれない。これから数十年毎には引っ越さなければならないのだ。一々沈んで心配させる訳にはいかない。俺は侯輝の手を握ると微笑んだ。
天理:「やっぱり狭いか?引っ越しするなら家も探さないとな!」
ちゃんと笑えたはずだ。だが侯輝はスッと席を立つと隣に座りぎゅっと抱き締めてきた。
侯輝:「天理、無理しちゃダメだよ。俺が死んだ後もずっと悲しかったんでしょ?もう俺もいるんだから一人で悲しまないで?」
俺の頬を優しく撫でると侯輝はそっとその手を離し、今度は俺の頭を胸に抱くように腕を回してきた。ああダメだ泣いてしまう。
侯輝:「大丈夫。ずっと一緒だから。ね?」
そう言って侯輝は背中をさすってくれる。そんな侯輝の優しさに涙腺が崩壊してしまったようだ。
天理:「希守……」
侯輝は泣き出した俺を暫くの間黙って抱きしめてくれていた。
天理:「すまん、ありがとな」
ようやく落ち着いた俺を侯輝はもう一度ギューッと強くハグすると解放してくれる。
侯輝:「いいよ!やっぱり家の事は整理できた時にしようね!」
天理:「ん。」
俺達は食事を終えると帰路についた。

また公共車両で侯輝の家に帰宅する。侯輝が付きっきりでフォローしてくれたので帰る頃には大分ABTを使用した生活に慣れたと思う。ぶっちゃけ通話ならシア、画像ありでもガノの力を借りた方が慣れているし端末のエネルギー消費も気にしなくていいので気楽なのだが。
通り行く野良の風や土の精霊が人口物により微妙に窮屈そうに見える事もあったが、気ままに其処には居られる様だった。かつて空気・地質・水質汚染だので環境を大事にしましょうなどと言われた時期もあったが実際の所は精霊の活動自体にはさほど影響していない。汚染されたところであるがままなのである。それが人間にとって有害かどうかでしかない。ちょっと個性的な容姿になったり人の身で近づくとヤバかったりするが、皆可愛い精霊達だ。
かつて人類は多かれ少なかれ大半の人間は精霊が見え、数十人に一人は精霊を使役できたが、今は百人に一人見えるかどうかで、精霊を使役するとなると1万人に一人程度、実践レベルとなると10万に一人いるかどうからしい。これだけ便利な生活になればさもあらんといったところか。
俺達が昼に購入した寝具一式や雑貨類がが運び込まれ、それぞれ配置につかせると二人の新生活の再スタートだ。
俺は先行して風呂に入りながら先の様な事を考えていた。
湯船に浸かっていると不意に磨りガラス扉の向こうから声がかかる。
侯輝:「天理ー?一緒に入っていいー?」
天理:「んー?良いぞー?」
と言いながら既にあいつは脱いでいるのだが、ダメだって言ったら真っ裸でそこで待てするつもりだったのかお前。
侯輝:「えへへーお邪魔しまーす。転生後初だねー」
天理:「そうだなぁ」
ヤる事はヤってたのにな。と内心思ったが口には出さないでおく。
見事に鍛えられた小麦の肌をボディーソープでふんふん♪と洗っている侯輝を眺める。背中についた泡をツーとなぞりたくなるが反撃される事は前世から学習済みなので今は我慢する。ここで盛り上がったら折角買ったベッドの上で楽しめなく可能性があるのだ。そんな俺の内心を察した訳では無いだろうが侯輝がこちらを振り向く。
侯輝:「んー?どうしたのー?」
天理:「相変わらず鍛えてるなぁって見てたんだ」
嘘は言ってないぞ?しかし今世では怪物がいる訳でもなく実戦で使われる事は無さそうだ。仕事はデスクワークで維持するのは大変だろう。
侯輝:「まあね!副業の遊園地のエキストラの方は結構ハードだしね。単に鍛えるより動かしたいから格闘技ジムに行ってるんだ!」
天理:「副業、モデルだけじゃなかったのか……ジム?か……俺も鈍りそうだし行こうかな……」
前世でも自主トレはしていたが、こう便利な生活だと鈍ってしまいそうだ。何より侯輝に愛でて貰いたい……うーんと悩んでいると侯輝が提案してくる。
侯輝:「一緒に行こうよ。筋トレとか一緒に出来るといいな。サポートしてあげられるし!」
天理:「ん。じゃあ今度行く時連れてってくれ」
俺は素直に従う事にした。まだどういう所か分かっていないが侯輝と一緒なら楽しいに違いない。
頭を洗い終わった侯輝がシャワーを浴び流し、浸かる俺の後ろに入ってくる。背中にピタっとくっつかれると腕を回してきた。少しだけ擽ったかったが、そのままぎゅっと抱き締められると心がほっと安らぐ感覚が心地良い。
俺も侯輝の腕に手を沿わしそろりと撫でると嬉しげな吐息と共に更に強く抱きしめられ首や肩口にキスされた。その刺激にほんの小さく吐息を漏らせば侯輝は調子に乗り始め、手で腹から胸を撫で、更に首筋にキスをする。
天理:「っ、侯輝」
侯輝:「ごめんね」
謝りつつも手の動きを止めない侯輝の手を掴み止めさせる。
天理:「こら。湯中りする、ベッド連れてけ」
侯輝:「はーい♡」
ザバっと立ち上がり俺をお姫様抱っこする侯輝。
侯輝:「えへへーお風呂でお持ち帰りだねー」
天理:「ふはっ」
思わず笑ってしまう。楽しいけどちょっとだけ釘を刺しておこう。
侯輝:「ん?なに?」
天理:「明日、遊園地行くんだよな?」
侯輝:「うん、そだね」
天理:「手加減してくれよ?」
このまま盛り上がりすぎたら明日の遊園地が潰れかねない。
侯輝:「それは大丈夫!俺もそこまで馬鹿じゃないよ」
天理:「そうかぁ?」
侯輝:「天理が俺に頂戴頂戴♡ってしなきゃ大丈夫!」
天理:「……お前なぁ」
結局俺次第かよ。俺だって欲しいんだぞ?……ってこんな事思ってるならお互い様か。
侯輝:「だってさー。天理が可愛すぎるんだもん」
天理:「……まったく」
侯輝:「あはっ」
天理:「ふはっ」
侯輝:「天理ー」
天理:「ん?」
侯輝:「大好き♡」
ベッドに運ばれ、そう言われると同時に返事も待たずにキスされ、そのまま押し倒されて口内を貪られる。
舌が絡み合い、返事の代わりに俺からも絡ませれば侯輝は嬉しそうだ。
暫くキスを楽しんだ後、口を離すと銀糸が伸びて切れる。
侯輝の唇が下に降りていき、首筋、胸、心臓へと跡を残されていくと俺は堪らす声を上げる。
天理:「はっ……はっ……はっ」
侯輝:「可愛い」
耳許で囁かれながら乳首を舐められると、ビクッと身体が跳ねる。
そのまま口に含み吸われ甘噛みされるとゾワリとした感覚が背筋を駆け上がり、俺は侯輝の頭を抱き締める。
侯輝:「気持ちいい?」
俺は「ん」と小さく首肯くと侯輝は嬉しげな吐息を漏らす。
天理:「な、……上になりたい」
侯輝に俺の胸に吸い付くのを止めさせ、体勢を変える。俺が上に覆い被さると侯輝は嬉しげに微笑む。
侯輝:「うん。あ、ねぇ天理、もし良かったらだけど……」
天理:「なんだ?」
侯輝:「たまにで良いんだけど、また俺の事も抱いて欲しいな♡」
えへへと笑う侯輝に俺はくすっと笑う。そうだな、なんとか俺の気力体力も回復してきたし可愛い侯輝も見てみたいしな。今日の騎乗位は前哨戦だ。
天理:「ん、分かった。頑張って可愛がってやるからな?」
そう言って俺がキスをすれば侯輝は嬉しげに目を細める。
侯輝:「うん♡」
俺は侯輝の頭を撫でてから、胸に印を付け嬉しそうな声を聞いたのち、侯輝のモノを口に含む。既に勃ち上がっており、先端からは先走りが溢れていた。
侯輝:「あっ……あぁ……ん……あぁ……あぁ……あぁ……あぁ」
感じ入った声を聴きながら久しぶりの口淫に俺自身も昂っていくのを感じる。
俺の口の中で質量を増していく侯輝のを喉奥まで迎え入れ、前世のテクニックを思い出しながら舌を這わせて丹念に舐め上げれば侯輝の腰が揺れ始める。
侯輝:「あぁ……あ……きもちぃ……あ……あ……イキそ……あ……天理っ……あ……あ……ああぁぁぁ!!」
ドクンッと脈打ち侯輝が達し、口の中に放たれたものを飲み込む。モノに少し溢してしまった白濁を丁寧に舌で拭っていれば照れた様に紅い顔をするのが可愛い。
侯輝:「ぁ、ありがと……」
天理:「ふふっ……可愛いな」
言いながら目線をやりつつそのまま嘗め続けていれば侯輝はビクビク震えて再び兆し始める。俺が口を離せば侯輝は恥ずかしそうに視線を逸らした。
侯輝:「ズルいよぉ……今日は俺が抱くんだからね?天理は今、上だけど下なんだからね?」
天理:「ふはっ、分かってるって」
可愛らしく念を押す侯輝に俺は笑い、侯輝の頬に手を添えると軽く口付ける。
天理:「今日は下から気持ち良くしてくれ」
自分でも少しネジが緩んできたと思われるセリフを吐くとそのまま勃ち上がった侯輝の上に股がった。そしてその先端を自らの後孔にヌルリと撫でさせる。侯輝で濡れる体にちゃんとなっている事を再び確認する。
侯輝:「わ、ぁ……」
天理:「っ……は……はは、ちゃんと濡れてるよな?俺の後ろ」
正直まだ恥ずかしい。でも喜んで欲しくて精一杯誘ってみる。
侯輝:「う、うん、凄いよ……天理、早く入れたい」
はぁと熱い息を漏らす侯輝を見下ろしながら、俺はゆっくりと腰を落としていく。ズブっと音を立てて俺の中に侯輝の先端が飲み込まれていく感覚がした瞬間俺はゾクリとした感覚に襲われ、思わず声を上げる。
天理:「あっ、ああっ!」
ビクビクっと体を震わせて時折動けなくなるも何とか全てを納めきる。体が心底欲しがっており、俺の中に入り込んだ熱に内壁が絡みつく様に締め付けているのが分かる。なんとか動いて侯輝に気持ち良くなって貰わねば。侯輝の腹筋に手をつき俺は荒くなった呼吸を整えようと深々と吸い込み吐き出すと、少し落ち着いた気がして侯輝を見た。
侯輝:「可愛い……好き……」
そう言って優しく微笑むとチュッとおでこにキスをする侯輝。それだけで嬉しくなるのだから不思議だ。自然と笑みを浮かべたあとキスを返せば、侯輝は嬉しそうにしてからキスを深くしていく。
舌を絡め合いながら徐々に上下に動き出す。最初はゆっくりだったものが段々と激しくなりお互い夢中になって貪りあううちに、いつの間にか主導権は逆転していたらしい事に気づいた時にはもう遅かった。下から突き上げられ、前立腺を押し潰され、最奥まで貫かれる度に快楽の波に飲まれそうになる。
天理:「あぁっ!あぁっ!!」
侯輝:「ああっ!天理、好き!ああっ!きもちい!天理!」
俺が動くってのに、下からガンガン突かれて俺はもはやいつも通り侯輝のリズムに合わせて腰を揺らすばかりだった。更に侯輝の上でゆらゆらと涎を滴しだらしなく揺れていた俺のモノを捕まれると一気に扱かれ目の前が真っ白になる。
天理:「あぁぁっ!!だっ!やっ!」
侯輝:「あっ……ああっ……凄っ……またイク……イッちゃう……天理……一緒に……中に出していいよね?ね?」
俺はコクコクと首を縦に振る事しか出来なかった。気持ち良すぎてそれが精一杯だった。
天理:「あぁぁぁっ……!!!」
そして前立腺を押し滑りながら一際大きく突き上げられると同時に俺の中で何かが弾け俺の中をぎゅっと締め付けるとドクンッドクンドグンと熱く脈打つモノを感じながら、俺は侯輝の腹の上に白濁をぶちまけていた。

侯輝の上に倒れ込み暫く余韻に浸る。荒い息を整えていれば侯輝が頭を撫でてくれる。撫でてくれる手と侯輝の鼓動が心地よい。
侯輝:「大丈夫?」
天理:「は……は……ん……」
俺が落ち着くのを待ってから侯輝がキスをしてくる。触れるだけの優しいキスを何度も繰り返しながら、俺達は繋がったまま抱き合っていた。
天理:「……なぁ、侯輝……希守の事、ごめんな。俺ばっかり悲しんでてさ。お前だって可愛がってたろ?なのに……」
侯輝:「ううん……確かに俺も知った時はショックだったけどね……でも俺、いい予感がしてるんだ。天理にまた会えたから」
天理:「え……?」
侯輝:「希守はさ、俺達二人が愛し合ったから生まれた様な存在だったじゃない?」
天理:「ぅ……ぁ……ぅん、まぁ……」
希守が現れた時の事を思い出すと恥ずかしい。あの時は二人の子供が欲しいなんて心の奥で思っていた後にあの姿で現れたのだ。
侯輝:「だからね、また俺達が欲しいなーって思ったらさ、きっと生まれてくるんじゃないかなって」
そう言って俺の手を握り微笑む侯輝。俺の心の奥で数百年沈んでいたものに日が照らされていくのを感じる。ああ俺の太陽はこんなにも暖かい。
侯輝:「だからさ、また俺達の愛の結晶を願おうよ。もちろん天理が落ち着いてからでいいからさ」
そう言って俺の手に口付ける侯輝。
確かにブラウニーだったはずのその精霊は俺達の影響を受けたのかおそらく別の存在になっていた。叶うならもう一度会いたかった。
また……願っても良いだろうか。希守。
天理:「うん、ありがとな、侯輝、何度も俺を救ってくれて……そうだな願いたい……な」
俺は侯輝の首に腕を回すとキスをした。
侯輝:「ふぁ……ん……じゃあ早速お願いしちゃう?」
侯輝がくすりと笑うと少しだけ腰を揺さぶられる。いつの間にか侯輝のモノは元気を取り戻していた。
天理:「ぁ……ん……まだ……ダメだ……ちゃんと就職して……今度はちゃんと俺達の子の部屋も用意して……それから……それから……」
まだ叶うと決まった訳でも無い子の為の夢想が広がってしまう。
侯輝:「ふふふ、うん、じゃあ早く叶えようね。俺も手伝うからね」
天理:「ん……」
そう言うと侯輝は優しくキスをしてきた。そっと上下を入れ換えられ侯輝を見上げる形になる そのままゆっくりと押し倒されながら再び深いキスをする。
そのまま舌を絡め合いながらゆっくりと腰を動かされた。
侯輝:「まずは俺達の愛を育もうね」
天理:「ぁっ……ぁっ……ぁっ!」
侯輝:「愛してるよ、天理……」
ゆっくり、ゆっくりと揺らさせる。急がなくていいんだよと示すように愛される。
天理:「んっ……俺っもっ……ぁっ……ぁっ!」
俺のモノは侯輝の腹筋に擦られ、中は侯輝のモノでいっぱいに満たされている。
侯輝:「天理……好き……大好きだよ……」
天理:「侯輝っ……侯輝っ……侯輝っ……ぁっ!」
俺達はお互いの存在を確かめあう様に抱き合っていた。再び育み始めた愛がまた奇跡を産み出せる様に願いながら。

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