再会後(未確定)
侯輝×天理
新章スタート。
侯輝視点
[展開:気を失う中前世の記憶を取り戻す侯輝と天理][侯輝視点一人称]
その時も二人だった。世界に人の力ではどうにもならない未曽有の危機が異界から襲来し世界は破壊されていき破滅の危機に陥った。異界から現れたソイツはひとしきり世界を破壊して回ったのち、遠国の山奥の地底湖に居を構えた。その国は天理の両親が生活していた国で、その報を聞いた瞬間の天理の絶望的な表情は今でも覚えている。
一冒険者の俺と考古学者でしかなかった天理は、世界を守る為兄土護や姉達が命懸けで降臨させた大地の神に、世界を守る為には俺と天理がもう一度神の力を取り戻す必要がある事を告げられた。俺は太陽の神の魂を継ぐ者、そして天理は空の神の魂を継ぐものだったのだ。俺達は大地の神の導きにより太古の昔一度捨てた神の力を取り戻す事になった。
本来神の力を取り戻すには数年の月日が必要で、半端な神の力によるその戦いは壮絶を極め、周辺に配慮する余裕も無かったその戦いの結果、地底湖に居座った異様なる灰色の竜をギリギリで倒す事には成功した。だが異様なる灰色の竜が断末魔と共に起こした水底火山により近隣一帯までマグマに覆われてしまった。
天理:「侯輝……動けるか?なんとかお前、だけでも」
侯輝:「う……うぅ……だめ、だよ死ぬ時は一緒だって言ったでしょ?」
天理:「そう……だったな……ははっ……なぁ侯輝……」
見つめてくる愛する天理を最後の力を振り絞り抱き締めると天理は力尽きそうになりつつも嬉しそうに微笑んだ。俺はその微笑を目に焼き付ける様にじっと見詰め返した。
天理:「お前と一緒に死ねるなら……悪くない……なぁ侯輝……ぅ……」
天理はボロボロと涙を流し始め泣き始めた。俺はそんな天理を慰めようと天理の頬を撫でる。
侯輝:「大丈夫……俺は天理の傍にずっと居るからね。だから泣かないで」
天理:「ありがとな侯輝。なぁもしもう一度生まれ変わったとしても……俺はまたお前を愛したい……侯輝……ずっとずっと……お前の傍に居させてくれ……侯輝……」
侯輝:「俺もまた天理を愛するよ……例え世界が滅んでも……何度生まれ変わっても……また天理を……俺だけの天理……」
俺の言葉を聞いた天理は涙を溢しながらも笑った。俺も笑い返しキスをするとそれがその生の最後の記憶となった。爆破の衝撃と共に俺達は共に死んだはずだった。
時が流れ破滅に貧した人類は再び復興する為に永き時間を要した。俺の魂は次の生を、天理とまた巡り合う為の生を求めて漂っていた。その期間の記憶や意識は曖昧でだが天理に廻り合いたいという想いだけが残っていた。
そして再びこの世界に生まれ落ちた俺は再び夏侯の家の末裔として産まれてきた。生まれた時に俺の手の中に前世で天理と交換した結婚指輪が握られており両親は大層驚いたという。成長するにつれて自然に前世や自分について全てを思い出していた。指輪はその記憶を裏付ける事に一役買った。それはこれまでの転生では無かった事で俺は記憶を引き継いで産まれてこれた事を今生では早くから天理と結ばれる為に最初から動きだせるのだと喜んだ。かつて滅びかけた文明より遥かに発達した世界に産まれ技術や価値観の違いなどにも普通の人並みに適応するのに苦労はしたが、それでも幼少から早熟な精神を持ち合わせていた俺は神童などと呼ばれチヤホヤされる事もあった。何よりも早く天理と再び廻り合いたかった俺は早く独り立ちできる様、勉学に励み体を鍛え、合間合間にこの世界にきっと産まれてきてくれているだろう天理を探してインターネットで検索したり足で探してみたりした。しかし、いくら探しても天理の情報は全くと言っていい程出てこなかった。天理はまだ転生していないのかもしれないという絶望感を抱きながらも、いつか必ず会えるはずだと信じ続け諦めずに探し続けた。天理なら考古学者を目指すかもしれないと親に驚かれつつも進学はそちらに進んだ。
そして前世では恋仲にれていた二十歳の頃になると俺はそれまでも何度か天理が出てくる単発の夢は見ていたが、かなり特異で不思議な夢を見る様になった。それは俺がどこかの時代において産まれ辛い経験を経て成人しS.Gという職業に就いた夢だった。その夢の中で俺は天理に出会った。最初はいつまでも天理に再会出来ない余りに自分が産み出した都合の良い夢だと思っていた。だがその夢は見る度に話が連続しており、天理と出会い、仕事を共にし、紆余曲折あってやがて天理と結ばれた。その夢がまるであたかも本当に存在するかの様にリアルで夢の世界では現実の事は一切忘れてしまう程で、夢の中の天理と深く結ばれる程目覚めた時の喪失感は大きくなっていった。精神の疲弊が酷く見かねた両親に暫く休養を取る様に言われ、大人でも楽しめる遊園地に連れていってくれた。その遊園地は新しくできた最新技術が導入され、かつ古代遺跡の博物館も遊びながら学べる施設で、遊園地という余りにも様変わりした姿に気づかなかったがそこは前世で天理と恋仲になり、結婚式を挙げ永遠を誓った遺跡がテーマパークとして様変わりしていた場所であった。そしてそのアトラクションの中、永遠を誓ったそのかつての遺跡の部屋へと入った。
その部屋の真ん中にはかつてその部屋には無かった畳一畳大程の…遺物の材質でできた大きな箱が存在していた。部屋の奥へと進むと壁にあったプレートがかつてと同じ様に古代文字を表示させる。考古学を専攻した今なら読む事ができた。
『この部屋に入ってきた二人の愛を確認し、扉を解放します』
侯輝:「このAIまだ動いてるんだ懐かしいな……でも俺、今一人なんだけど……」
長きに渡り稼働し続けた不具合だろうか。それに愛を確認したい相手…天理はここには居ない。そう思っていると表示される文字が急に現代語に変わった。
『……もう一人も居られますよ?そこに』
侯輝:「え?」
プレートからまるで視線が発せられたかの様に後ろの大きな箱を見ている様な感覚を覚える。まさか?
『お久しぶりです。太陽の神。空の神はずっと貴方をここでお待ちしておりました。どうか貴方の愛で空の神を目覚めさせてあげてください』
大きな箱の蓋がゆっくりと開くとそこにはすっかり痩せ細りまるで死んだように眠りにつく天理が横たわっていた。綺麗な黒髪だった髪は白髪が混じりパサついて肌も乾燥していた。
侯輝:「天理!!会いたかった天理!どうして、こんな!」
再会を待ち望んだ天理を抱き締めるも反応は無い。
『太陽の神、貴方が前回お亡くなりになった時、空の神は共に死んでいなかった……いえ、死ぬ事ができなかったのです』
侯輝:「そんな……」
『空の神はもう何百年……この遺跡の中でたった一人で……貴方という太陽を失った世界で……独りでした……』
それから遺跡AIは俺が前回あの地底湖の戦いで死んでからの事を淡々と語ってくれた。その内容に俺は胸を引き裂かれるような痛みを感じた。
共に死んだと思っていた天理は数年後、火山活動が鎮まった地底湖で再び目を覚ました。大地の神の残滓の念から、神の力を宿していた天理は死ぬ事ができなかった事、前回の転生においてかろうじて太陽の神の一つの魂で生まれる事はできていたものの、不安定な状態だった俺は完全な神化が間に合わず神の力が爆発の衝撃で剥離してしまった為に死んでしまった事を伝えられた。その事実に天理は絶望し、生きる希望を失いかけた。だがまた産まれ変わってきてくれるかもしれないと天理は神の力で寝ず食わず何年も世界中を探し回った。だが、俺はどこにも居なかった。最初は脅威を払ったとは言え混沌とした地上に降りて来られる肉体が無いのだろうと考えていたがそれが何十年と続く内に天理はどんどん衰弱していった。その様子は俺が隣に居ない事が天理にとって何よりの苦痛であったのだろうと。されど空の神となってしまった天理には死ぬ事もできず現実逃避するかの様に眠りにつく様になった。探しては眠りを繰り返し百年、天理は夢に俺を見る様になった。それは幸せで楽しい時間だった。起きて俺を探さないとならないと思いつつも天理は眠りについてしまう。夢の中の幸せな時間は俺が居ない耐え難い現実を癒してくれたからだ。だが幸せ過ぎた故に目覚めた時の喪失感もまた酷く年単位で眠ってしまう程に夢に逃避する時間が増えた。そして今に至る。
『空の神は貴方が生まれ変わってきているというのに今もまだ貴方の夢を見ておられます。私には起こす事ができません。どうか空の神を目覚めさせてあげてください』
侯輝:「天理……」
何百年も前に永遠を誓い合った指輪が天理の左指でキラリと小さく光る。今にも壊れそうになりながらもずっと待っていてくれた。俺は天理は抱きしめ涙を流した。侯輝には夢に逃避する天理の気持ちが痛いほどよく分かった。自分もそうだったからだ。でも自分はもうここにいる。自分にもう一度愛していると愛しい笑顔で言って欲しい。
侯輝:「ねぇ……天理に比べたら俺はほんの僅かな時間だったかもしれないけど、俺も寂しかったよ……目を覚ましてよ……」
眠る天理を抱きしめてキスをすると懇願した。天理が一瞬ピクリと動いたと喜ぶ間もなく強烈な眠気に襲われた。
侯輝:「な……天……理……」
俺は逆らう事もできず天理の横で眠りにつく。そしてどこからか天理の思念が聞こえた。
ーーお前とはじめて冒険した時の事、きっとお前の方が覚えているんだろうな。
うん、覚えているよ。天理はまだ俺を意識せず子供扱いしていた。ずっと子供の頃から片思いしていたのだ。そのはじめての冒険に俺は緊張してた。
そう思っていれば最近見るようになった不思議な夢の続きを見た。そこはまさに今日来ていた遊園地だった。夢の中で天理と自分は『遺跡脱出』と書かれた脱出アトラクションに入った。
俺はもう現実の事をすっかり忘れて夢の中で天理と楽しくアトラクションを満喫し始めた。階層構造の脱出アトラクション一つ目をクリアし階段を登っていると俺は目を覚ました。天理は相変わらず眠っている。
『大丈夫ですか?太陽の神』
侯輝:「さっきのは……まさか俺が最近ずっと見ていた夢って……」
俺は遺跡AIに最近見ていた夢の事を説明した。
『太陽の神は空の神の夢に引き込まれているのかもしれませんね。空の神は原初の始まりの神の一人。大地の神が肉を空の神が心を生み出しました。その空の神の夢ともなれば本物の魂……たとえ太陽の神の魂であっても引き込まれるのかもしれません』
しかしあの夢の内容であるとすると寂しさで病むほどとなってしまった天理が逃避し続けている理由も納得できた。自分とて夢から目覚めたくないと思える程幸せだったからだ。
侯輝:「どうしたら天理を目覚めさせる事ができるんだろう……?」
『……先ほど見た夢は今現在のこの場所の様だったのですよね?空の神は今のこの遊園地の様になった遺跡の様相は知りません。もしかしたら太陽の神と触れ合えた事で空の神の夢に影響を与えられているのかもしれません。太陽の神、夢の中で空の神に説得できないでしょうか?』
侯輝:「夢の中で……!よしやってみる!」
これまで夢の中ではほとんどまるで新しく転生したかの様に現実からの記憶や意識を一切引き継ぐ事ができなかった。それでも天理を目覚めさせる方法が無い以上、少しでも可能性のある事をやるしかない。と決意を新たにしていると遺跡が天理を囲う箱を閉じ始めた。
侯輝:「えっえっ?何?」
『申し訳ありません太陽の神、一旦退いて下さい。この遺跡は現在公共施設となっておりまして不特定多数が出入りする施設となってしまっているのです』
確かに、外から誰かが入って来そうな音がする。
侯輝:「嘘ぉ!折角天理に会えたのに!」
『一旦お任せください私は空の神に直接造って頂いた神器、守護者アクエリアス。空の神と頂いたこの名に誓って空の神は引き続き私が責任持って死守致します』
天理を囲う箱が完全に閉まると遺跡AIことアクエリアスは途端に営業モードに切り替わった。
『当考古学館はもうすぐ閉館時間となります。またのご来場をお待ちしております』
侯輝:「そんなぁ……」
天理が眠る箱に項垂れる様にすがり付いていると近づいてきた男性職員が声をかけてきた。
遊園地職員:「お客様ー?どうかなさいましたか?そろそろ閉園のお時間となっておりますー」
侯輝:「あ、何でもないです!」
俺は後ろ髪を引かれながら従業員に連れられて出口に向かい両親と合流すると遊園地を後にした。
それから家に戻りドキドキしながら就寝したもののそれ以降天理の出てくる不思議な夢を見ることができなかった。やはり直接触れる必要があるのだろうかと思いながら次の日、再び考古学博物館に来た俺は再び天理の眠る遺跡の部屋に行きせめて隣に居ようとするも他の客が多く張り付いている事が出来ない。先日の様に平日の閉館間際で無ければ難しいだろう。
侯輝:「くっ……仕方ないか」
諦めて帰ろうとすると昨日の職員が話しかけて来た。
遊園地:「あれ?今日もここに?」
侯輝:「はい……すみません邪魔ですよね」
職員は「大丈夫ですよ」と優しく微笑むと「遺跡に興味がおありですか?」などと聞いてくる。天理と繋がっているから「はい……」と答えるとどうやらその職員はこの遊園地の考古学館部分の管理を主に任されている学芸員らしくニコニコとこの遺跡について説明し始めた。きっとこの人考古学が好きな天理が目覚めたらいい話相手になるんだろうなとぼんやりと聞いていると一つ閃いた。
侯輝:「あのっここで働きたいんですけど学芸員資格があれば雇ってくれますか?」
考古学博物館内で働いていれば天理に近づける機会を増やせると思ったのだ。天理の眠る蓋を開け触れるには営業時間外である必要があるだろう。
学芸員職員は同好の士と思ったのか、おおと喜び「倍率は高いですが資格はそれでいけますよ!頑張ってください!」と応援してくれた。
それから俺は遊園地に通うだけの資金を貯める為遊園地などでバイトをし天理が眠る遊園地の考古学館遺跡部屋に通い、天理が目覚める方法を模索しながら考古学学芸員となるべく学問にも精を出した。両親は元気を取り戻した侯輝に遊園地がそれ程良かったのかと回復を喜んだ。
そうして丁度一年経ったある日、アクエリアスと示し合わせながら誰も居ない隙を見計らって箱を開け天理にキスをすると一年前と同様に強烈な眠気に襲われ天理の夢の中へと再び引き込まれた。一年前の続きの夢だった。また天理の思念が流れ込んで来る。どうやら天理は前世の記憶を思い出している様だった。
ーーお前が護ってくれてそして俺が謎を解き明かす。楽しかったな。俺の研究成果が認められてお前が喜んでくれてたの本当に嬉しかった。研究資料の協力者にお前の名前ずっと入れてたの知ってたか?
うん、天理との冒険は本当に楽しかった。こっそり名前入れてくれてたんだ。また一つ天理の事好きになっちゃったな。
夢の中で天理に目覚めてくれる様に説得するつもりだったが前回同様、やはり夢の中に完全に引き込まれるとすっかり現世の事は忘れて夢の中で天理との冒険を楽しみ、かつイチャイチャしてしまった。そしてその階層をクリアし階段を登っていると目を覚ました。
『どうでした?太陽の神』
侯輝:「えへへ天理可愛かっ……て違ーう!!うわぁん全然説得どころじゃなかったぁ!」
『ダメでしたか……』
アクエリアスの文字のフォントがどことなくがっかりとした雰囲気を醸す。
侯輝:「一年ぶりのチャンスだったのに……俺の馬鹿ぁ……」
『それだけ空の神の力……想いが強いのかもしれませんね。次は頑張ってください』
次こそはと気合いを入れたところでまた人気がしたので慌てて天理を箱の中に隠した。
それからまた一年の間に俺は無事学芸員の資格を取り、遊園地の博物館学芸員として採用して貰いやすい様かつて天理が褒めてくれた容姿にも磨きをかけ、ジムに通ったりと準備を整えた。そして非常に狭き門だった遊園地考古学館学芸員に採用されたのだった。容姿の良さで遊園地の通常エキストラに回されそうになるのを遊園地統括に直談判し必死で頼み込んだのが決め手だった。
こうして天理の傍にいられる時間はただの客→バイト→博物館職員とランクアップし増やす事はできたが天理を目覚めさせる手段は相変わらず分からぬまま再びその日がやってきた。確実に誰も居ない時間に余裕を持って眠る天理にキスをすると再び天理の夢の中へと引き込まれた。天理の思念が流れ込んで来る。
ーー二人で苦労していい家に引っ越したと思ったら妖精が居たのには驚いたよな。みんな宝物だ。
想いが通じて同棲を始めた時の思い出だ。引っ越し屋なんて無かったけどほとんど荷物が無かった俺たちは台車ですったもんだありながら引っ越したけど、あれだって楽しかった。引っ越し先に居た座敷わらしの希守や桜のドライアドは子が望めない俺達の大切な家族になったよね。天理を探す上でかつての家の場所に行ったら前世の異界のモノの破壊で俺達の家ももう跡形もなく無くなっていた。ごめんね希守……
そう思う内にやはり前回同様、続きの夢を見る。やはり現世の事は忘れてしまっていた。どうやら夢の内容は天理の想いに反応しているらしく桜ドライアドや希守が登場して、夢の中の俺達は前世の事を何も知らないままかつての宝物達と触れ合った。久しぶりに俺も出会えた気がして嬉しかった。そして別れ際には天理の涙を見る事になる。天理は希守と親子の様な感覚でいたから俺以上に辛かっただろう事を思うと辛かった。そしてやっぱり今回も何もできないまま、そのフロアをクリアし階段を登っていると目を覚ました。やはり天理は目を覚まさない。
『どうでした?太陽の神』
侯輝:「うう……ダメだった……幸せな部分もあったんだけど、天理、希守を失った事を記憶の奥底で思い出しちゃってるのか辛そうだった……」
『それは……お辛い事かと思いますが良い傾向かもしれません』
侯輝:「え?」
『空の神は現実逃避で幸せであれる為に寝ているはずなのです。わざわざ前世の辛い思い出を見ているのは太陽の神の影響が働き現実に近づいているのかもしれません』
侯輝:「そっかな……うう……天理に辛い思いさせちゃうのは気が引けるけど……」
確かに今まで夢の中に前世でも居た人物は居たがあくまで架空だった。天理の心をより事実に近い形で揺さぶり想起させていたのははじめてだった。
『いずれにせよ……空の神を貴方が居ないと思い込んでいる現世に引き戻すには苦痛が伴うかと思われます……』
申し訳なさそうに伝えるアクエリアスに気遣って貰えた事に感謝する。
侯輝:「ありがと。でも天理にはなんとしても現世にには俺っていう最高の幸せがいるんだって思って貰わなくちゃね!」
『おお……その意気です太陽の神!』
侯輝:「うん、絶対諦めない……天理は俺が必ず目覚めさせる!」
そらからまた一年が経った。なるべく天理の傍に居られる様にと就いた職だったが、考古学学芸員としての勤務は忙しく、学生の時と異なり気軽な気持ちで天理の傍に居られなかった。
仕事内容は主に施設内遺跡の調査や資料館での展示、案内など多岐に渡る。地道とは言え体を使う調査や、より多くの人に知って貰う展示を考えるのは楽しかったが地味な資料まとめはどうにも億劫になってしまい、前世ではその手の作業もコツコツやっていた天理が傍に居てくれたらな……と思うと益々天理を思う気持ちが募る。そういえば天理は夢の中でも資料整理の重要性を切々と語る事が多いのだった。自分の夢の中なんだからもっと自由にスーパーマンとかにしてしまえばいいのにと思うも、それもまた天理らしいと思えるのだった。
そして今日も俺は仕事帰りにいつも通り眠っている恋人を眺めていた。
侯輝:「また一年か……夢の中の俺ばかりに構ってないで俺のところに来てよ天理……」
眠る天理の頬に触れながら呟く。
もちろん起きて欲しい気持ちも強かったが天理の寝顔を見ているだけでも幸せな気分になれた。前世のほんの数日離れただけでも不安になっていたあの頃と比べると成熟したと言えるのか。そしてまたその日がやってきた。キスをすると再び天理の夢の中へと引き込まれた。天理の思念が流れ込んで来る。
ーーあの時は自分達の手で皆を助けられたんだって少しだけ誇れた気分だったけど、皆の犠牲は俺達の……
これは最期の時の記憶だろうか。でもあの時は全然二人とも誇っていられる様な気分じゃなかったし、他は……俺達の故郷の事?ああ、あの惨状は確かに俺の……そしてまた前回の続きの夢を見る。
やはり今回も現世の事はさっぱり覚えていなかったが、前世の記憶や癖を蘇らせている部分はあった。今度のフロアはゾンビだらけの病院を天理と二人でくぐり抜け合間に少しだけ天理を抱きしめる事ができた。抱きしめていると天理が俺の背が伸びている事に敏感に気付いた事で、俺が天理を現世で見つけて三年の間に伸びていたたった1cmの変化で、現世の俺が夢の中の俺に反映されている事に気づいた。微細な変化すら捉えてくれている天理が嬉しかった。もっと抱きしめていたかった。少しずつでも天理が違和感を感じて目覚めるきっかけになっていると思いたかった。
現世が反映されていると言えば、夢の中で流れていた曲は同僚となった学芸員ギュンターが特定古代期に流行ったホラーゲームの展示をしたいとかで最近毎日聞かされていた曲だった。夢の中の天理も知っている風だったから天理が目覚めたら本当にいい話相手になるだろう……起きたらあまり引き合わさない様にせねば。そして今回もそのフロアをクリアし階段を登っていると目を覚ました。天理は目を覚まさない。
『どうでした?太陽の神』
侯輝:「確実に現世の俺が天理の夢に影響与えてるのは分かるんだけど起こす為の実行動には動けないんだよね……」
『そうですか……どうしました?』
俺が少し考え込む様にしていると遺跡AIが尋ねる。
侯輝:「今日見た夢なんだけどさ……」
俺は夢の内容を話す。今回の夢はきっと前世で俺達が壊滅寸前の故郷の街を救った事がベースになっている。だが壊滅寸前となったそもそもの原因は闇の力を制御できてなかった幼い俺が無意識に闇の力を善良だった女医の霊に与え狂わせてしまった事が原因だった。神の力を取り戻した事でその事実に気づき、それ以外にも過去様々な人々に自分達の為に犠牲を払わせていた事に気づくと俺も天理も罪悪感で押し潰されそうになった。大地の神達や大地の神の一部となった土護兄が諭してくれてなんとか立ち直れたがやはりその思いは拭いきれず、そして天理もそう思っているからこそ、あの様な夢を見たのだろう。
侯輝:「俺も結構堪えたけどさ、天理は真面目だから責任感じて一人で苦しんでるんじゃないかと思って。気持ちを分かち合いたいのに何もできないのが悔しいよ」
目の前で眠る天理の痩せた体を包み込む様に抱きしめ、どうか想う気持ちよ届けと祈った。
『その想いはきっと、届くと思います……』
それからまた一年が経った。仕事はまだ新人の域を出ないが、それでも少しずつ任される事も増えた。この博物館は遊園地に併設されているだけあってお堅い博物館ではなく娯楽施設である事も求められる。遊園地開園五周年記念の展示物の遊び要素の提案が通り、お客さんが楽しんで考古学や遺跡の事を覚えていって貰えるのは嬉しい。だがたまに深い知識を要求される質問をされるとギュンターにフォローされながら答えたりしてまだまだ勉強不足だなと感じる。天理がいたらまた説教されそうだ。……説教でもいいから側にいて欲しい。
それと天理が加齢していないのは神化している為で、自分は人並みに加齢されていて、前世の記憶はあっても神時代の詳細な記憶は戻っていないのは今回もまだ神化が成されておらず、天理と同じになるには神の力によって神化する必要があるらしい。これまでも天理を探す為に他の神々の消息も探してみたが力を持った神官が今世では見当たらず今の所、神化するには天理の力を借りるしかなさそうだ。
侯輝:「早く起きてくれないと俺歳追い越しておじいちゃんになっちゃうよ天理……」
そしてまたその日がやってきて、いつもの様に眠る天理にキスをすると、再び天理の夢の中へと引き込まれた。天理の思念が流れ込んで来る。
ーーずっと迎えに行ってやれなくてすまなかった。……きっとお前の方が辛かっただろうに。俺は堪えられそうにない。
明確な記憶は思い出せないが、これは俺達が神から人へと転生する直前に空の神と光の俺が交わした約束だろうと推察した。でも天理はちゃんと俺を迎えてに来てくれたじゃない。それに元を正せば俺が闇の半身と一つになるのを駄々を捏ねてしなかったせいだ。天理……ごめんね、俺が生まれ変わるのを待つ間ずっと一人で辛かったんだね。天理、確かに闇の俺は一人でとても長い間封じられていたけど天理にまだ出会ってなかったから天理の愛を知らなかったから耐えられたんだと思う。でも俺ももう天理のいない人生なんて考えられないよ……。
そしてまた前回同様、現世の意識は無いまま続きの夢を見る。やはり現世の記憶は無かった。が、今度も俺の現世を引き込めているのか最近遊園地のヒーローショーで怪我で欠員が出たとかでどうしてもと頼まれ、捕らわれの姫を助けるショーに出演する為猛特訓したせいか、今回の夢はスタンダードな自分達が勇者になってお姫様を助ける内容であった。俺がこうした方が面白いんじゃないかな?と提案してボツになった案の方が反映されたのか少しスタンダードじゃ無かったけれど、そんなストーリーでも天理がちゃんと対応してくれたのは嬉しかった。
夢の中の天理はやはりどこか現世の影響が少しずつ反映されているのか堪える様にずっと待っていると言っていた……。
そして今回もそのフロアをクリアし階段を登っていると目を覚ました。天理は目を覚まさない。
『どうでした?太陽の神』
侯輝:「……うう…やっぱりもっと天理と会っていたいな……」
どこに生まれるかもしれない俺を何百年も待ってくれた天理を思えば、もう目の前にいる事までは確定している天理の目覚めを何年でも待つつもりはあった。でもやっぱり温もりが欲しい。
侯輝:「そういえばアクエリアスもずっと一人?でここにいて、俺達の被害者みたいなもんだよね。ごめんね」
『いえ、私は思考する意識を頂き、お役に立てる事も楽しいとすら思っているのです。そう作られたと言われれば身も蓋もありませんが、そんな存在もいるのだと理解して頂ければと思います』
侯輝:「うん、ありがと。そうだアクエリアスも寂しくない様に、何かしてあげられる事があれば良いんだけど……」
一瞬間があった後、パネルに表示された文字のフォントが嬉しそうに少し踊る。
『……では、私とゲームをしませんか?』
俺の転生を待つ間、天理も最初は手慰みに共に遊ぶ事もあったのだという。その間の天理の話を聞きながら共に寂しさを紛らわせた。
それからまた一年が経った。ヒーローショーの代役が妙に好評となってしまい危うくまた考古学館から異動させられそうになったが、なんとか考古学や遺跡管理への情熱をアピールし、同僚のギュンターからもイベントや広報方面に強みがある俺がいてくれた方が考古学博物館の運営としては助かると引き止められたので、なんとか留まる事が出来た。考古学や博物館などはその内容も大事だが維持させるだけの経営力も必要で、考古学で生活していきたかった天理は前世でも夢の中でさえ苦労していた。
そしてまたその日がやってきて、いつもの様に眠る天理にキスをすると、再び天理の夢の中へと引き込まれた。天理の思念が流れ込んで来る。
ーー人として生きそして多くの人にめぐり逢い支えられて結ばれた。
究極俺は天理さえいればそれでいい……と思うもそれでも俺達が結ばれるまで多くの人に支えられて生きてきた。産み、育ててくれた人、巡りあった人、俺達の為に死んでいった人達、皆がいたおかげで俺達はここにいる。
そしてまた、現世の意識と記憶は無いまま天理の続きの夢を見る。またゲームの様な世界だったが今度は異常なまでにリアリティーが高く、夢の中ではそうとは明確に気付かなかったが前世で深く世話になった人々と多く交流する事になった。夢の中で何度も違和感を覚え、そこが夢の中なのではと疑う程になっていった。
二人で物思いつつもそのフロアをクリアし階段を登っていると目を覚ました。天理は目を覚まさない。
『どうでした?太陽の神』
侯輝:「夢の中で俺も多分天理も世界に違和感感じてきてるから、いい線いってきてるとは思うんだけど……」
『大丈夫ですか?太陽の神』
額に手を当て少しふらつきながら起き上がる侯輝を心配そうなフォントで気遣う。
侯輝:「うん、大丈夫。……夢の中でさ、辛かった事もこうだったら良かったのにって事ばかりで、楽しくて嬉しくて、俺、天理を目覚めさせないとならないって言うのに、俺の方が夢から覚めたくないって思っちゃったんだ。俺が気をしっかり持たなきゃならないのに」
『……空の神の意識に干渉する内に同調してきてしまっているのでしょうか……太陽の神が心配です』
天理を現実に引き戻すには天理だけに辛い想いをさせる事にはならないだろう。だが頬を叩き決意を改にする。
侯輝:「ありがと。でももう俺は逃げないよ、天理自身も夢は夢だって言ってた。そう本当はちゃんと分かってるはずなんだ。次こそは……!」
『はい!』
そしてまた一年が過ぎた。同僚のギュンターが意外にもデキ婚で結婚し子育てで育休をとる事が増え考古学博物館の運営を初老に入ってきた館長と二人で回さなければならず多忙な日々だった。しかしここは天理との大切な場所故に死守すべくアクエリアスに心配されながらも持ち前の体力でなんとか乗りきった。
夜の人気の無いアクエリアスの遺跡部屋で眠る天理を眺めながら疲れを癒す。
そしてまたその日がやってきた。いつもの様に眠る天理にキスをすると、再び天理の夢の中へと引き込まれた。天理の思念が流れ込んで来る。
ーーお前と一緒に、逝きたかった。
ああ、きっと最期の時の事だ……天理……今度こそ、今度こそは……
そしてまた、現世の意識と記憶は無いまま天理の続きの夢を見る。
やはり、前世での最期の戦いをベースとした夢だった。規模こそ違うが水底火山のある地底湖でボスを倒しそして水底火山の爆発に吹き飛ばされた。そして前世の記憶と重なりもうじき俺が死んでしまうと錯乱してしまっている天理に、未だ前世を思い出せない俺はずっと側にいると言って完全に天理のトラウマのトリガーを引き、酷い形で天理の前世の記憶を完全に呼び覚まさせていた。とうとう天理の夢の世界に大きな揺らぎが生じたのか俺も漸く天理の夢の世界において自身の前世の記憶から現世の今の自分に至るまでの自分の記憶と意思の持ち込みに成功した。と思った瞬間今までに無いパターンで俺は目を覚ました。
侯輝:「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
『大丈夫ですか!太陽の神!』
滝のような汗をかきながら荒い息で飛び起きた俺にアクエリアスが心配そうにする。
侯輝:「もうちょっとなんだ!もう一度!」
まだ夢の中でフロア移動はしていない。今までの傾向からしてもしかしたらと勘だけで隣で眠る天理を見ると、初めて死んだように眠っていた天理の表情に苦し気とはいえはじめて変化があった。
「ごめんっ天理」
俺は再びキスをするともう一度夢の中に入る事ができた……
水底火山の爆発でゲームオーバーしたと思っていた夢の中で、先ほどまで見ていたと思っていたプロジェクション投影は一切消え、非常灯が点いただけの殺風景な部屋の中で俺達は倒れていた。気を失う前うっすら機器異常と聞こえたのでアトラクションが緊急停止したのかもしれない。気付けば遊園地職員が心配そうに起こしてくれていた。
職員:「お客様!大丈夫ですか!お怪我ありませんか?」
侯輝:「うん、大丈夫だよ。トラブルかな?」
まだくらくらしつつも起き上がり状況を確認する。
職員:「はい、実際の稼働機器には影響無いのですが、計測機器が誤検知してしまいまして緊急停止しております。大変申し訳ありません。あっ、そちらの方はお怪我ありませんか?」
涙を拭いながらゆっくりと起き上がった天理を同様に心配する職員に「……はい」と天理はどこか力なく答えた。
侯輝:「すみません、連れと少し休みたいんだけど」
でしたら医務室へと言う職員に先ほどのイベントで少し心も消耗しているので少し離れていて欲しいと言うと職員は了承し出口や医務室への経路説明だけすると二人から離れていった。
天理にそっと近づくとそっと抱き締めた。天理は一瞬ビクッとしたものの大人しく収まる。
侯輝:「大丈夫?天理」
天理:「あ、ああ……えっとすまないなさっきは取り乱して。はは、ちょっと嘗めてかかってたからかな、難しかったなっ、今回はこのアトラクションクリア諦めて他のやつに……」
天理は顔を真っ青にしながらも何事も無かった様に夢の続きを始めようとした事に気づいた。天理はまだ目の前の俺が自分が作り出した夢だと思っているのだと。例え自分がここが夢だと気づいていても自分が続けてしまえばこの夢は続けられるのだと。そう、天理は思っているのだろうと推測した。ここからが本番だと気を引き締める。
侯輝:「ねえ、天理、俺もう全部分かってるんだ前世で死んだ事も、そしてここが天理の夢の中だって事も」
天理の目が驚愕に開かれる。
天理:「お前、何、言って……」
侯輝:「何百年も待たせてごめんね。俺現世で転生して生まれてきているんだ。天理の夢に誘われて同じ夢を見て、現世で眠ってる天理を見つけて、何度も天理の夢を共有してやっとちゃんと話せた。お願い天理、目を覚ましてよ。アクエリアスも待ってる」
まだ夢の中とは言え漸く転生した自分自身の意思で天理に再会できた事を喜び愛おしさを込め微笑んだ。だが天理は一瞬ふわっと嬉しそうにした後、まだ信じられないとばかりに首を振り侯輝を少し押し退ける様にし俯き呟く様に言った。
天理:「は、はは、あーあ今回の夢は本物のお前みたいでとびきり良かったのにな……何でそんな事言うんだよ。俺の夢の癖に……こんなに幸せで罪を感じない世界はここにしかないのに……」
天理は泣き笑いの表情を浮かべるとふらりと立ち上がって侯輝の腕の中から抜け出すと暗い部屋の奥へと走り出した。
侯輝:「天理!待って!」
侯輝は慌てて追いかける。天理は逃げながら吐き捨てる様に叫んだ。
天理:「嫌だ!おれはこの夢の中で永遠にお前と一緒にいる。お前はさっきの事故で今ちょっとおかしいだけだ。前世なんてお前には無いんだ!お前は俺の夢なんだ!」
侯輝:「違う!確かに今の俺は天理の夢の中の存在かもしれないけど、俺自身は現世の人間だよ!信じてよ!」
侯輝は天理がもう夢の中の侯輝がもう自分の願望が具現化しただけの存在じゃないと薄々気付いているはずだと天理の様子から察する。
天理:「っ……それでも嫌なんだ!そう言ってるお前がやっぱりただの幻想で、またお前がいない現世に戻るのも、一人で罪に苛まれ続けるのも!俺は幸せになんか……!」
侯輝:「だめ!天理!行かないで!」
天理は部屋奥の非常扉から出ると上への階段を駆け上り逃げ始めた。このままでは夢を強制終了させられてしまうと侯輝は全力で駆け、捕まえたと思った瞬間……間に合わなかったとばかりに無情にも目が覚めてしまった。やはり天理は目を覚ましていない。
『太陽の神!ご無事でしたか!どうでした?!』
侯輝:「くそっ天理!なんで!!」
侯輝は悔しそうにしながら夢の中での顛末をアクエリアスに話し、寸でのところで天理に逃げられてしまった事を伝えた。
『おお……!とうとう夢の中で空の神と現世の太陽の神として対話できたのですね!』
アクエリアスのフォントが少し興奮気味に震える。だが想像以上に強い拒絶を見せられた侯輝は項垂れた。
侯輝:「でも夢に逃げられちゃった……なんでだよ天理……俺達やっと会えたのに……」
『……空の神は夢の中の太陽の神がまだ自分の夢だと思っているのでしょうか……?永きに渡り貴方がいない現世への失望の繰り返しでしたから……』
侯輝:「多分天理だってまだ信じきれないだけで気づいていない訳じゃないはずなんだ。本物の俺に会いたいって思ってるはずなのにどうして……」
『……空の神が現世に戻るのを躊躇する理由……そういえば空の神は太陽の神を待たれる間もう一つ苦しんでおられた事があります。多くの人々を犠牲してきた空の神としての自分は幸せにはなれないのではないかと……』
確かに夢の中で天理は自らがまるで罪人の様に拒絶していた。自己を取り巻く設定も随分酷かった。
侯輝:「天理……それなら俺だって同じなのに。償いなら二人でしようよ……」
苦しそうに眠る天理を見つめながら呟くもやはり返事はなく、キスをして再度の眠りにはやはり入れない事を確認した後、どうしようもない想いを胸に抱きながら、侯輝はそっと部屋を出た。
そしてまた時が過ぎた。前回の夢の後これまで同様また一年夢でも天理に会えないのかと諦めていた侯輝だったが、天理の夢に確固として干渉出来るようになった為なのか、普通に眠りについてもおおよそ数十日後間隔程度で天理に会う事ができた。内容はやはり前回の続きの夢で、非常灯だけが灯る暗い螺旋階段を逃げる様に駆け上がる天理を捕まえたと思った瞬間からだった。
天理:「離せ!お前は夢だ!」
だが一旦現世に戻って意識が途切れた隙からかすぐに腕を振り払われまた逃げ出されてしまう。
侯輝:「逃げないで天理!もう俺が夢じゃないって気づいてるんでしょ?!俺はちゃんと居るから目を覚ましてよ!」
しかし天理は階段を駆け上がり続け、侯輝も必死に追いかけるも、あと一歩というところで追いつくことができず、また夢から覚める。そしてまた何日か過ぎるとまたその続きの夢を見た。
天理:「っ!うるさい!何度"目を覚ましたらお前がそこにいた夢"見たと思ってるんだ!俺はずっと夢の中に居るんだ!」
侯輝:「天理!そんな辛そうな顔して嘘だってすぐ分かるよ!ホントは目を覚まして俺に会いたいんでしょ!?信じてってば!」
天理は夢の中で侯輝を拒絶し続けた。それでも侯輝はあきらめず天理を追いかけ続ける。何度も何度も夢を見る。果ての見えない螺旋階段の追いかけっこは続く。
天理:「しつこい!馬鹿!ついてくるな!お前は俺の夢だ!俺の願望が生み出した幻なんだ!」
侯輝:「この頭でっかち天理!いい加減目を覚ませ!現実逃避しても何も変わんないでしょ!」
前世でだって幾度か喧嘩したけどいつだって互いの心の底にあるのは互いを想う愛だった。今だってそれは変わらないはずなのに想いがなかなか届かない。
天理:「俺は幸せになっちゃダメなんだ!俺のせいで多くの人が不幸になった!」
侯輝:「だからって自分の気持ちを誤魔化さないでよ!罪だってなら俺だってそうでしょ?!一緒に負おうって天理が言ってくれたんじゃない!」
かつて自らの闇に沈んでいた時に天理が救ってくれた言葉だ。侯輝は数百年もの間に閉ざされてしまった天理の心をこじ開ける勢いで想いを投げ続ける。何度でも。
天理:「く……俺が判断を誤ったから……最初から俺がお前をちゃんと拒否できていれば……」
侯輝:「空の神が太陽の神の俺の想いを受け入れてくれた事が間違いだったって言うの?!俺は誰に罪だと言われたってその否定だけは認めない!」
自分で大罪だと思っていた上で俺の想いを受け入れてくれたんじゃないのかと叫ぶ様に言うと、フッと上の方で登っていた螺旋階段の天井が見えてきた。先に逃げていた天理は次のフロアの扉の前で扉が開かないのかようやくそこで停止した。漸く追いついた侯輝の前で天理は扉に手を付き俯きながら声を絞り出す様に呟く。
天理:「それ、でも、俺は……お前とここにずっといたい……怖いんだ……」
天理の声と体は微かに震えていた。どうしたら天理を目覚めさせられるだろう。どうしたら……俺をここまで愛してくれる天理の本当の笑顔を取り戻せるだろう。出し尽くした想いを一度クリアにして向き直る。そして決断をした、この夢の世界からの、最悪、天理からの永遠の決別の可能性のある決断を。
侯輝:「ごめんね天理、荒療治になるけどいい?天理が今一番怖い事するから」
天理:「え……?お前、何する気で!やめろ!!」
帯刀していた剣をスラリと引き抜くと覚悟を決めて自らの首筋に当てる。何事かと振り向いた天理は驚愕に震え叫んだ。
意識を持ち込めて時点ですぐにこうすれば良かったのに思いつけなかったのはきっと自分もまだどこかで夢に逃げていたのだろう。
侯輝:「この夢の中で俺が死んだらもう天理は目を覚ますしかないよね?俺はこれでもう夢の中で天理に会えなくなっちゃうけど、本当に会いたいのは現世でだから」
天理:「侯輝!お前何言って!馬鹿!駄目だ、そんなの絶対だめだ!」
首を斬ろうとする俺に天理は慌てて駆け寄り手を押さえようとする。余程動揺しているのか精霊魔法で止める事すら忘れ縺れながら闇雲に押さえようとする天理を幾度か難なく躱すと心を鬼にして足をかけ転ばす。
天理:「うわっ、っ!侯輝!そんなこと止めてくれ!俺から侯輝を失わせないでくれ!」
見上げながら縋る様に懇願する天理に深く愛おしく想いを込めた瞳で天理を見つめながら首元に剣を宛がう。
侯輝:「大丈夫。ここで死ぬ俺は夢の偽物の俺だよ。愛してる天理。だから目を覚まして?天理」
天理:「やめろーー!!」
首元にあてがった刃をそのまま横に引こうとした俺を天理が漸く思い出したかのように無意識に精霊力を身に纏いながら体当たりする様に突き飛ばし俺は体勢を大きく崩す。その瞬間、開かなかったはずの扉は音を立てて開き、二人はそのまま扉の向こう側に倒れ込んだ。その衝撃で首筋に当てていた剣は弾かれ床に転げ落ちる。
そして俺は目を覚ました。大急ぎで天理の眠るアクエリアスの部屋に向かう。夜間の入館履歴はアクエリアスに改竄して貰う。
『太陽の神!何があったのですか?!』
侯輝:「天理!天理は?!起きた?!」
天理は未だ眠ったままだった。がっくりと膝をつく。夢の中の自分はまだ死んではいない、それで天理はまだ起きてこようとしないのだと思ったからだ。
侯輝:「くそ……これでもダメなの……え?」
天理:「許……大、地……、侯……」
がその時眠っているはずの天理が魘される様に言葉を発した。
『先ほどから空の神はこの様なのです。これは今まで一度も無かった事です。太陽の神、一体何があったのですか?』
侯輝:「ちょっと荒療治をね……」
魘される天理の様子を触れ、観察しながら手短に夢で自決しようとした事を説明する。
『それは……思い切り過ぎますね。最悪空の神への干渉手段無くなるじゃないですか……太陽の神らしくて良いんですけど……あ、そういえば太陽の神。たった今前回の正式な夢への干渉から二年経ちました』
天理の夢への干渉可能日は極東の伝承織姫と彦星もかくやと思う程に規則正しく一年置きだった。今回から夢で追いかけ回している内にすっかり一度スキップしていた。時計が零時を過ぎていた。
侯輝:「行ってくる!」
『吉報をお待ちしてます!』
侯輝は頷くと魘され眠る天理にキスをすると再び天理の夢の中へと引き込まれた。そして天理の思念が流れ込んで来る。
ーー私は本当に君の事を心から愛していた。本当にすまない。あの子を……愛してしまった。
いつもの天理の思念では無かった。否、確かにその魂は天理のものだったが放つ言葉の源とその向けられた先は異なるものだった。そして思い当たり気付いたのは自分の内にある太陽の神としての記憶からだった。
これは、空の神からかつて愛していた妻大地の神へと向けられた言葉だ。
そう気付くとまた先ほど見た夢の続きから始まった。
天理に突き飛ばされ扉を共に潜ると次のフロア遺跡地下1階へとたどり着いた。辺り一面荒涼とした地に侯輝と天理は縺れ合うように倒れた。俺の自決を寸でで止めた天理は俺の胸に縋りついた。
天理:「認める!認めるから!お前が俺の夢の幻なんかじゃなくて本物の侯輝だって!こんな馬鹿な止め方、俺には想像でだって出来ない。俺には偽りでだってお前に自決なんてさせられない……!」
侯輝:「うん……ごめんね。こんなやり方しか思い付かなくて」
俺は涙を流す天理を抱き締める。これで天理は俺がもう幻などとは思ってはいないはずで目を覚まさない理由はないはずなのだが、なぜ天理はまだ夢から覚めないのだろう。もしやまだ何か気掛かりがあるのだろうか。
天理:「いや、いいんだ俺の方こそお前にこんな事させてすまなかった……」
侯輝:「天理……!危ない!!」
侯輝はどこからか殺気を感じると天理を抱き締めたままゴロゴロと転がりその場を離れる。すると元居た場所の岩盤が隆起すると突き刺す様に尖った岩槍が何本も突き出されたのだ。
?:「私を愛していると言ってくれたのに……どうして太陽の神を受け入れたのですか……空の神」
侯輝:「誰だ!……あ!」
天理:「大地の……神……ぅぁぁ……」
地の精霊魔法とおぼしき奇襲と共に突如声がした方を見るとそこには神々しきオーラを放つ女性が立っていた。それはかつて空の神であった天理の妻であり、太陽の神であった侯輝の母でもある大地の神だった。かつて太陽の神が父である空の神にどうしようもなく恋をしてしまい猛烈にアプローチをかけた結果、空の神は徐々に太陽の神に絆された。だが愛する妻である大地の神の事も思う余り目も当てられない程苦しむ事になってしまった為、大地の神から空の神に息子の太陽の神を受け入れる様にと提案され、空の神は苦渋の末受け入れる事にした。それでも一途な気質であった空の神はそのままでは太陽の神と恋仲にはなれぬと全てを忘れ神の力も捨て人として転生する事になった。同じく転生する太陽の神と一緒になる為に。それもまた大地の神が提案してくれた事だった。何度も生まれ変わり空の神と太陽の神は漸く天理と侯輝として結ばれた。だが、異界のモノと戦う為神の力を取り戻すと同時に空の神としての記憶も取り戻した天理はかつて愛していた大地の神を思い出してしまい苦しむ事になった。
天理:「大地の神……やっぱりお前は私を恨んでいるのか?」
その時、侯輝は天理の雰囲気がかつての空の神の様に変貌した事に気付いた。
大地の神:「えぇ、憎んでいますよ。私を捨て、よりによって息子とまぐわうあなたを」
天理:「ぁ、ぁ……すまない。私が悪かった。私は本当に君の事を愛していたんだ。私が不甲斐ないばかりに許容してくれた君に甘え苦しませてしまっていた!お前が私を許せないと言うのなら私を罰してくれ!」
侯輝:「天理!落ち着いて!ここは夢なんだ!あれは本物の大地の神じゃない!そんな風に言っちゃ駄目!」
侯輝は大地の神に謝罪し、赦しを請いすがり付きに行かんとばかりにする天理をなんとか抱き締めて止めた。
大地の神:「ええ、これは罰です。私を捨てたあなたに幸せになる資格などないのですから」
天理:「ああそうだ……君は優しいから何も言わなかったが本当は辛くて悲しかったはずなのだ……だから私は君に償わなければならない!さあ、私を罰してくれ!」
侯輝は天理の意志が空の神として大地の神への贖罪の気持ちで染まり切っている事に気づいた。そしてこの幸せになってはいけないという思いが天理の目覚めを妨げている理由なのだろうと。天理は空の神であった時もそして今も一途だ。それ故に既に許されていても尚、自分自身が許せないのだろう。
侯輝:「落ち着いて天理!大地の神はあんな事言わないよ!」
大地の神:「さあ罰を受けるのです!」
そこへ大地の神が両腕を広げたと思うと大地が鳴り響き、地割れが二人を襲う。侯輝は罰を受け入れようとしていた天理を抱えて回避する。だが、大地の裂け目から無数の巨大な石柱が伸びて来ると二人を弾き飛ばした。
侯輝:「うわぁぁ!!」
天理:「っ!ぐぅ……太陽の神!罰を受けるのは私だけでいいっ降ろしてくれ!」
侯輝:「駄目だよ!こんなに震えてるじゃない!」
侯輝は天理を抱えたまま更に大地の神の力で放たれた石礫を回避し幾らか被弾しながらも逃げ回る。
天理:「お前まで傷付けられない!頼むから降してくれ、太陽の神!これ以上お前にも迷惑かけれない!」
侯輝:「嫌だって言ってんでしょ!あと!今の俺は太陽の神じゃなくて侯輝だから!天理が付けてくれた名前の侯輝だから!」
天理:「……!」
大地の神:「どこまで逃げるのです!大人しく罰を!罰を受けなさい!」
大地の神がそう言うと同時に大地が揺れ動き、無数の石柱が二人に襲いくる。侯輝は天理を抱えながら石柱を避けていくが、避けきれずに幾つか直撃してしまう。
侯輝:「ぐあっ!」
天理:「うああっ!……侯、輝!大丈夫か?!お前は逃げろ!俺だけが狙われているんだ」
吹き飛ばされ、さすがに衝撃で二人バラけた所へ天理に向かって正確に遠方の地面から放たれた石槍が矢の様に放たれると、侯輝はすかさず起き上がると再度天理を抱えて回避した。
侯輝:「よし、ちゃんと侯輝って呼んでくれたね。ねぇ天理、もし罰も受けるなら俺も、っていうか元を正せば太陽の神のせいだよね。それなのに大地の神が俺を全く狙わないなんておかしいんだよ」
天理:「それはお前があいつの大切な息子だから……!」
侯輝:「それは無いね!俺なら浮気したパートナーも相手も、それが親でも子でもただじゃおかないよ!俺には直接一切危害を加えようとしないあの大地の神はね、天理!天理が罪悪感で産み出した偽物なんだよ!お願い天理、あの幻影の大地の神を消せるのは天理しかいない!目を覚まして!」
天理:「そう……だったとしても俺は……」
大地の神の攻撃は更に苛烈さを増し、遂には石礫だけでなく大地そのものまで操り始めたが、侯輝はそれでも諦めずに何とか攻撃を回避しながら逃げ続ける。そしてついに岩壁迫る足場の悪い袋小路へと逃げ場を失った。体力自慢の侯輝も流石に転倒してしまった。
侯輝:「うわっ!っはぁっはぁっ」
天理:「っ侯輝、大丈夫か!侯輝!」
大地の神:「さあ覚悟を決めるのです。償うのです」
天理の元へ巨大な石柱が伸びて来ると押し潰す様に倒れて来た。それでも侯輝が天理を庇おうとした瞬間、天理の手元から瞬時に召喚された精霊達によって精霊の矢が大地の神を貫いた。と、同時に石柱が砂となって崩れ落ちた。
天理:「あ……あ……ああ……大地の神……俺は……」
すると鬼の様な形相で迫っていた大地の神もまた砂のように崩れ落ち空中に微かな光鱗だけが舞い残った。するとその光鱗がうっすらと再び大地の神を型どった。
大地の神:「ようやく選べたのですね。空の神。いえ天理」
侯輝:「あれ?大地の神?……あ、本物?!」
大地の神は柔和な微笑みを浮かべながらええ、と答えると空の神が沢山思い出してくれた事で漸く天理の夢へと介入できたのだと告げる。
天理:「あ、の大地の神、さっき、のは……その……」
大地の神:「貴方が愛する侯輝を守る為に害する私を撃った事ですか?」
天理:「あ、ああ……その、すまな」
大地の神:「今のはちょっと意地悪でしたね空の神。貴方がこれ程罪の意識に苛まれる程に私の事を想ってくれた事、嬉しいんですよ?でも私は貴方や太陽の神を苦しませる為に転生を勧めた訳ではありません。どうか謝らないで。以前も言いましたが貴方はもう天理なのですから侯輝と幸せになって貰わないと困ってしまいます」
天理:「すま、ありがとう……大地の神」
侯輝:「あ、あのっ!大地の神!怒ってるなら罰なら俺が受けるからさ!」
大地の神:「ふふふ、太陽の神、いえ侯輝。天理の事は愛していますか?」
侯輝:「もちろん!」
大地の神:「そう、なら良し。ですよ。貴方が幸せそうで良かった。これからも天理と幸せに暮らすんですよ?」
侯輝:「うん!分かった!ありがと!」
大地の神:「天理、貴方の事だからまだ私の事が心残りかもしれません。ですが先程のように今一番大切な人の事を忘れないで。私の事は空の神の記憶と共に心の引き出しの隅っこに置いて置く程度にしてくださいね」
天理:「分かった……手間をかける」
大地の神:「さて私はまた大地に帰ります。この世界もそろそろ終わりのようですね。では、お二人とも末永く仲良く暮らしてくださいね」
天理:「ああ、世話になったな」
侯輝:「大地の神ありがと!」
大地の神を型どっていた光鱗が散るのを見送ると、目の前の岩壁に門が出来、上への階段が見えていた。
侯輝:「さっ天理、行こう」
天理:「ああ」
侯輝が手を差し出すと、天理は少し躊躇いながらもしっかりと握り返してきた。
侯輝:「俺達ずっと一緒だよ」
天理:「ああ」
階段を一歩ずつ昇る。今回はここでもう目を冷ますことはなかった。
侯輝:「もう絶対に離さないよ」
天理:「ああ、俺も侯輝を絶対放したりしない」
そして次の扉が見え扉を開いた。
侯輝:「愛してるよ」
天理:「ん……俺も、愛してる」
10畳程の一見殺風景な部屋に一畳程の箱が一つ。そこは二人にとって大切な場所、アクエリアスの部屋だ。中央には現実と同じように中に天理が眠っているであろう箱が鎮座している。その部屋へと入る瞬間天理の意志が流れ込んできた。
ーーお前と想いが通じたこの場所は永遠に忘れえぬ場所だ。そして永遠を誓った。ずっと一緒にいたかった。いつになったらお前と再び会えるだろう。会いたい。
侯輝:「これって……」
天理:「うわぁ……ちょっと前の俺の残留思念だな……」
天理は顔を反らすと侯輝の転生を待つ間の焦がれる程の想いを聞かれた事が恥ずかしいのか耳まで真っ赤になっている。
侯輝:「ごめんねっ、えっと天理が現世で目覚めにはどうすればいいのかな?」
天理:「あ、ああ、そこにある俺が現世でも寝てる箱あるだろ?それを開けて俺に対面すればこの夢の世界で俺が二人でパラドックスが起きて破綻、起床って感じだと……勘だけど」
侯輝:「なるほどね!天理本人がそう思うんなら合ってるんじゃないかな!じゃあ早速!ってどうしたの天理……まだ怖い?」
天理の眠る箱を侯輝が開けようとすると天理がその腕を掴んで止めた。
天理:「あ、あの、お前、もう現世の俺の状態知ってるんだよな?」
侯輝:「うん!知ってるよ!俺8年間眠ってる天理の側にいてずっと見てたんだ!」
天理:「8年!?あああ……ぬかった……俺現世ガリガリのほぼ骨状態だろ……ちゃんとボディコントロールしときゃ良かった……」
侯輝:「あー気にしない気にしない、俺どんな天理でもOKっていったでしょ?それに天理は痩せても綺麗だよ」
天理:「おまっ、そんな訳ないだろ……」
天理は真っ赤になって俯いている。
侯輝:「だって本当の事だし」
天理:「お前なぁ……ああもう腹括った、でも俺の体あんま見んな」
侯輝:「えーなんで?もう散々隅々まで見たよ?アクエリアスに頼んで寝てる天理お風呂入れたし」
天理:「はぁ?!!」
侯輝:「はいはーいどんどん開けちゃおうねー」
天理:「待てっ!心の準備!」
侯輝が問答無用で天理の眠る箱を開け痩せ細った天理が視認された瞬間、この世界は閉じた。
侯輝:「おはよう。天理」
夢から覚めると興奮気味にアクエリアスに塩梅を聞かれ笑顔でサムズアップして成果を伝えた。アクエリアスが震えるフォントで「おおおおお……」と言葉にならない表記をする中、目の前でピクリと動きゆっくりと目を覚ました天理に侯輝は声を掛けた。
天理:「侯、輝……?」
侯輝:「そうだよ、天理。ここはもう夢じゃないよ?ほら、アクエリアスもいるよ」
『空の神ー!!おはよございます空の神ーー!!47年ぶりです空の神ーー!!』
天理の寝ている位置から見えるようにと極大フォントを震わせながらアクエリアスがここが現世なのだとアピールする。表示パネルも震える勢いだ。
天理:「アクエリアス……心配かけたな……」
『はいぃ……良かったです空の神ぃ……』
侯輝:「あはは、興奮してる。そんなに寝てたんだね天……」
天理:「侯輝!!」
天理は侯輝が言い終わる前に侯輝に飛び付いた。寂しさで痩せ細り弱々しくも必死でもう離さないとばかりに侯輝にしがみつく。
侯輝:「わっ!天理……会いたかった……!ずっとずっと会いたかった……」
天理:「侯輝……!侯輝……!」
侯輝:「天理……!天理……!」
二人はそのまま暫く抱き合いお互いの存在を確かめ合う。前世とは体型が変わってしまったし互いの感覚ももう忘れてしまったと思っていたのに、こうして触れあっていれば魂が数百年待ち焦がれたその人なのだと分かるのだ。
天理:「侯輝……侯……っく……ぅ……俺、も……、会いた、かっ……た……っ……っ」
侯輝:「ごめん、沢山待たせてごめんね。今度こそずっと一緒だから……」
幾度も捨てられぬ命に絶望し、それでも諦めきれず、やっと再会できた最愛の人を抱きしめて天理は涙を流す。
天理:「俺、俺……ぅ、ぁ……っ」
侯輝:「どうかもう泣かないで、天理。俺ずっと天理にもう一度笑顔で好きだって言って貰える様に頑張るって決めたんだ」
天理:「……っ……俺……も……好き、好きだ、愛してる侯輝……もう……離れないでくれ……」
天理は必死で笑顔を作ろうとするも涙が止まらなかった。もう枯れてしまっていたと思っていた涙がとめどもなく流れていった。
侯輝:「うん、うん、離れないよ……愛してる天理」
侯輝は天理に優しく口づけをした。天理の頬が優しく緩む。
天理:「ん……」
侯輝:「ふ……えへへ、やっと、キスできたね」
天理:「ん……侯輝、もっと、くれ……」
天理は忘れていた愛しい感覚を取り戻そうと自ら口を開き舌を小さく差し出すと侯輝もそれに応えるように深い接吻を交わし合う。その間も天理の嬉し涙は止まる事なくしゃっくりまで上げ始めたのを感じとると、侯輝は安心させる様に天理を力強く抱きしめる。
侯輝:「あ!そうだ、天理に神化の儀式やって貰わないと俺……ん……」
侯輝はまだ太陽の神の魂を持ちこそすれまだ神化を果たしておらず人として齢を重ねており、天理と異なり不死の存在では無かった。このままだと自分だけおじいちゃんになっちゃうと笑わせるつもりで言うつもりだった台詞は天理の唇に塞がれた。唇を開き天理からふーっと息と共に神気を吹き込まれ、侯輝は自身の神の魂が揺さぶられ覚醒したような感覚を感じると身体中に力と神時代の記憶が溢れてくるのを感じた。
天理:「どう……だ……?」
侯輝:「あぁぁ……久しぶりの感覚だ……今度はちゃんと光と闇の魂一つ完全な太陽の神の魂で生まれてるからね」
天理:「ん、良かった……これで……今度こそ本、当に……ずっと……ぅ、ぁぁ……」
侯輝:「うん、うん……!今度こそずっと一緒だからね天理……!」
『良かったです……本当に良かった……』
アクエリアスが見守る中、侯輝は子供のように泣きじゃくる天理を抱き締め、この愛しい人が存外泣き虫だった事もまた一つ思い出していた。
侯輝の熱に触れ、凍りついていた数百年分の涙が解け流す天理は暫く侯輝の腕の中から離れなかった。
天理は散々泣きつくした後少しずつ落ち着きを取り戻していった。段々恥ずかしくなってきたのかもぞもぞと侯輝から離れようとするが侯輝は離さなかった。天理も待ったかもしれないが自分だって人として28年探して待ったのだ。抱き締めても抱き締めてもまだ足りない。
天理:「侯輝、すまん、もう大丈夫だから……その」
侯輝:「いいよ、もう少しこうしてよう?」
照れ屋なところもまた懐かしく、可愛くて仕方がないと思いながら抱き寄せる腕に力を入れる。
天理:「その、ごめんな、こんなナリで」
そしてこうして照れを隠す様に話はじめるのだ。天理の愛の証とも言える痩せてしまった体は不死でなければいつ倒れてもおかしくない程で心配になるが、それは天理の愛の深さ故だと思うと侯輝は嬉しくて愛おしくて堪らない。
侯輝:「天理は俺の為に頑張ってくれたんだよね?ありがと」
天理:「……ん、お前も頑張ってくれたんだよな。ありがとな。えっとお前いくつになったんだ?」
神となり不死になった時点で肉体年齢は止まるらしく、天理は今痩せてしまったが老化してはいない。前世で別れた時のままだ。天理はまた少し恥ずかしそうにチラチラと俺の容姿を確認しながら聞いてきたので俺は笑顔で答えた。
侯輝:「えへ、俺28になったよ。天理と同い年かな?」
天理:「な……!そ、そうかっ。どうりで……あ、俺29なってたわ。一応俺のがまだ上か。上だけど……」
精神年齢は神の時代から数えれば当然空の神である天理の方が上で、誤差にもならない差だったのだが、何やら気になるらしい。
侯輝:「俺前世みたいに20のぴちぴちの方が良かったかな?」
天理:「いやっそうじゃないんだっ!ただ……お前、前世の時でも20にしちゃしっかりしてたし、8歳差ぐらいで俺は漸く釣り合いが取れてたというか……」
侯輝:「うん?」
汗々としどろもどろに説明する天理に首を傾げる。
天理:「……っ!……えっと……お前大分男前になったし……今の俺でいいのか……って……ううせめて夢の俺にもどりてぇ……」
侯輝は顔を赤くして俯きそんな事を言う天理を見て、愛しさが爆発しそうになるのを必死に堪える。
侯輝:「えへへ、ありがと。天理はやっぱり可愛いなぁ……今のままでもいいけどちょっと体辛そうだから美味しいご飯食べて元気になろーね」
天理:「おう……沢山食って筋トレする……このままじゃまともに抱……」
頬を染めながらゴニョゴニョと小さく決意を固める天理に侯輝は微笑みかける。
侯輝:「うんうん、いっぱい運動しようね!」
天理:「えっちょっ!」
天理をそっと寝台に横たえると慌てる天理に構わず口付けを落としていく。労りから愛おしむ様な手付きくを天理の体に滑らせる。
天理:「ま、待てホント待ってくれ!この体じゃ嫌だ!準備だって……」
侯輝:「うん、もう後ろも閉じちゃってるだろうし、体力も無さそうだし、流石に職場で朝までのんびりできないから最後までは無理だろうけど……」
天理:「は?……今職場っつったか?ちょっと待てここ遺跡じゃないのか?」
天理はぴたっと止まって別の意味で焦り始めた。
侯輝:「うん。あ、説明まだだったね。ここのアクエリアスの遺跡ね、今遊園地の一部として博物館になってるんだ。俺、眠ってる天理と合法的に沢山一緒に居るために学芸員資格とってここで働いてるんだよ!」
『申し訳ありません、空の神が眠られている間に外部環境が様変わりしてまして、環境に馴染むべく致し方なく……』
天理の為に頑張ったよ!褒めて!とばかりに胸を張る侯輝の横でアクエリアスが申し訳なさそうに補足を入れる。50年近くも眠っていたのは流石に失態だった……というか侯輝がいなくて寂しかったから思考停止して諸々失態だらけだった事を改めて天理は猛省した。
天理:「……そ、そうか……偉いぞ……侯輝……アクエリアスも苦労かけてすまん……」
侯輝:「えへへ、天理の為だから頑張れたんだよ」
『いえいえっ』
天理はかつての感覚でもういい歳になった男の頭をつい撫でてしまったが侯輝は嬉しそうに照れながら笑っていた。
天理:「俺の家……どうしよう」
『寝泊まりだけでしたら今まで通り可能とは思いますが……』
数百年の間、このアクエリアスの遺跡を家代わりにしていた天理は目が覚めたら家が公共施設になっていた事に戸惑う。無気力の極みでベッドと風呂しか使っていなかったが、普通に生活するのであれば博物館の一部と化したここに住むのは難しいだろう。
侯輝:「もちろん俺んちに来ればいいよ!狭いけど」
『ええ、それがよろしいでしょう。空の神のお住まいは私が責任を持ってお守りしますのでご安心ください!サポートが必要でしたらまたご連絡を。太陽の神、空の神をよろしくお願いします』
侯輝:「任せて!」
天理:「お、おう。じゃあ世話になる……これからまたちゃんと生活できるようにしないとな……うわっ」
侯輝:「やっぱり天理軽すぎるよーそこは体力つけながら追々ね」
早速自宅に帰る為、侯輝が天理を抱え上げる。天理は自分で歩けると言おうとしたが正直自信がなかったのと、久々に抱えられた感覚が嬉しくてそのまま黙って運ばれる事にした。が一つ大事な事を思いだし声を上げる。
天理:「あ、アクエリアス!」
『はい』
天理:「いままで本当にありがとうな」
侯輝の転生を待つ数百年、ずっとアクエリアスと二人きりだった。アクエリアスは天理の話し相手になり、時に相談に乗り、天理の心を慰めてくれた。天理は時折侯輝を探しに外出する事もあったが、アクエリアスの部屋は天理が帰り眠る場所だった。そんな場所から天理は数百年振りに出て行こうとしている。
『またそんな今生の別れみたいな。いつでも会えますし。空の神と太陽の神が再会できた事こそ私の喜びです。空の神、どうか末永くお健やかなる日々をお過ごし下さい。そうでした!私お仕事しておりませんでした。空の神と太陽の神の新たなる旅立ちを少しだけ飾りましょう』
天理と侯輝が共に「?」と首を傾げているとアクエリアスから古代文字で懐かしい文言が表示された。
『二人の愛の証明はされました』
その言葉と共に部屋の灯りが最低限に抑えられた。そしてスッと壁に扉が現れゆっくり開かれると外の景色が二人の視界に飛び込んでくる。夜の中、幻想的なイルミネーションで彩られた遊園地アトラクションがキラキラと輝き踊る。
侯輝:「あはは!そうだったね!綺麗だねー♪ありがと、アクエリアス!」
天理:「凄いな……ってあれっそれいつスタートしてた?!」
侯輝:「天理が寝てる間にね!さっ折角アクエリアスが帰り道を彩ってくれたし帰ろ!」
『お幸せに~!』
アクエリアスに見送られて、侯輝は天理を抱えアクエリアスの部屋を出た。イルミネーションで彩られた誰もいない夜の遊園地を二人で歩く。天理はきょろきょろと興味深そうにその風景を眺めていた。
天理:「綺麗なもんだ……俺が寝てる間に技術がこんなにも発展して外がこんな風になってるなんて思わなかった。そうか俺の見ていた夢はお前が現世で見ていたものが反映されていたんだな」
侯輝:「うん、ね?これで天理の夢の中の俺がこの俺だって疑いようがないでしょ?」
得意げに言う侯輝の腕の中で天理はくすくすと笑う。
天理:「もう疑ってなんかないさ……それより俺の夢で自決なんてしやがって、新しいトラウマ更新させてくんなよ。俺、前世のお前が死んだ所は見てないんだからな」
侯輝:「そうだったんだね、ごめんね」
天理:「お前の死んだとこなんて想像すらできないのに、俺の目を覚ます為に平気で自決するやつなんてお前自身しかないだろ。疑いようがない。まったく…………ありがとな」
天理は少しむくれながらもポソリと感謝を伝え、嬉しそうに侯輝に捕まる腕に控えめにキュッと力を籠める。侯輝はそのいじらしい仕草に堪らなくなり、顔がにやけそうになるのを必死で堪えた。夢の中で先に再会して天理が転生前と何も変わらず自分を想ってくれた事は知っていたが改めて目の当たりにするとやはりたまらない。
侯輝:「ごめんね、賭けだったから実はうまくいかなかったらちょっとだけどうしよーって思ってた」
天理:「ちょっとかよ。ふふ……相変わらずなんだな」
腕の中で小さく楽しそうに笑い、愛おしそうに見上げてくる天理の表情に侯輝の胸は高鳴る。かつてこの場所は自然に囲まれただけの何もない場所だった。今は開拓され遊園地となり暗い宵闇など関係なく煌々と明るい照明で彩られている。周りは別世界の様に変わってしまったが腕の中の愛しい魂だけは変わらずそこにあった。
侯輝:「えへへ、ちょっとは大人っぽくなったと思ったんだけどなぁ……まだまだかな?」
天理:「いや、その方が安心する。お前見た目男前になって俺今ちょっと落ち着かないから丁度いい」
天理は悪戯っぽく笑うと手を伸ばし侯輝の頭をクシャクシャと手触りを確かめる様に撫でた。それもまた懐かしい感覚で未だ子供扱いされている様で複雑な気分になるが嬉しくもあり、侯輝はされるがままになっていた。
侯輝:「むぅ。それはそれで複雑な気分なんだけど……」
天理:「ふはっ、許せ……俺だってお前のその見た目にドキドキしっぱなしで子供扱いでもしてないともたないんだよ」
照れた様に目線を逸らしもぞもぞと居心地悪そうにする天理が可愛くて仕方がなく、侯輝は我慢しきれず思わず口元を緩ませる。侯輝はそっと顔を近づけて軽くキスをした。
侯輝:「えへへ、嬉しいな。ドキドキしてくれて。俺もドキドキしっぱなしだからおあいこだね」
天理:「……お前が俺にドキドキする事なんて今更ないと思うんだが……」
侯輝:「そんな事無いよ!俺がどれだけ天理の事好きなのか知ってるでしょ?!」
天理:「お、おう……だろうな……とは……ありがとな……」
天理にぐいと顔を近づけて力説すれば天理はタジタジと礼を言った。
侯輝:「わかればよろしい!そうだ、折角二人きりの貸切なんだし何か乗ってく?」
侯輝はキラキラと輝き動くメリーゴーランドやジェットコースターなどをぐるりと見渡す。そのどれもこれも見た事の無いものばかりで興味津々な様子の天理だったが困った様に首を振った。
天理:「いや、今日はいい。多分アクエリアスに負担かかってる気がするし、それに……ただでさえお前に再会できただけでももう夢みたいなのに、こんな夢みたいな所で遊んだら俺逆にまだ夢なんじゃないかって怖くなりそうだ」
侯輝:「そっか。じゃあまたデートしに来ようね」
天理:「ああ、遊ぶ体力もつけないとな」
そして二人は遊園地を後にすると侯輝の車で侯輝の自宅へと向かった。
車中、天理は流れ行く高層ビルや深夜でも輝く街灯の明かりに目を輝かせていた。
天理:「これが今の人間の世界か……お前と見た夢の中で予習させて貰ったけど、実際見ると凄いな。2000年前の戦争前に一時期これに近い文明にまで発展したけどそれ以上か?懐かしい様で新しい。複雑な感じだ」
侯輝:「俺の生まれた首都の方はもっと凄いんだよ」
天理:「そうなのか、楽しみだな」
侯輝が車の装置を操作しているとその左手の指輪に天理が驚きの表情を浮かべ、確かめる様に自らの左手に在る揃いの指輪と見比べる。
天理:「お前その指輪……!どうして」
侯輝:「これね、俺が生まれた時に持ってたんだって。前世で死ぬ前に絶対天理とまた会えるようにって願掛けしてたからかな?」
もう喪われたと思っていた揃いの指輪の片割れが数百年と時を経てまた隣に戻ってきた事に天理は喜びを隠しきれない様子で、侯輝はそんな天理の様子に嬉しそうに笑みを深めた。
天理:「……ありがとな。想ってくれて」
侯輝:「ううん。俺こそ、俺を待ってくれてありがと」
二人は揃いの指輪の手を重ね見つめ合い微笑むとまた思いを込めてキスをした。