10.俺達のお父さん

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新居への引っ越しの荷物整理が片付き、不足していた物も買い足しも落ち着いて新居での生活に馴染み始めてのきた頃。
日が落ちて侯輝は数日振りに冒険から帰ってくるなり、エプロンを外しつつ迎え出た天理に満面の笑みで抱きつく。同棲が始まってからの習慣だ。天理はまだ少しこそばゆいらしく苦笑しながらも嬉しそうに大人しく抱きつかれた。そっと侯輝の背に手を回し軽く抱き締めて返し応える。
「ただいま!天理!今日シチュー?」
「おかえり、侯輝。お疲れ。そうだよ。飯か? 先風呂?」
「ご飯食べたい!風呂も後で一緒に入る!」
「わかった。用意するから荷置いて座ってろ」
「うん!」
侯輝はこの新婚夫婦の様なやり取りに幸せを感じつつ部屋に向かう。途中ちょこっと顔を出してきた希守を怖がらせない様に挨拶しながら撫で、抱っこしようとしてやはり逃げられるという定期イベントこなしつつ、手を洗い、シチューとパンが並べられた食卓につく。天理は料理に特段興味が無かったが、ひっそりと水緒から習い始めたらしく、やり始めたら凝り性だった為、調理器具やスパイスの類いがあれこれ台所に増えた。まだレパートリーは少ないが、簡単なものなら作れるようになっている。
「いただきます!」
「どーぞ」
侯輝はまだ腕に自信が無いらしい天理が、茶を口に含みつつ、こちらの反応など気にしませんというフリをしながら、反応を伺って少しそわついて緊張しているのを見て微笑ましく思いながらも、あえて無視して一口食べる。
美味しい。
「ん~うまい!最高だよ天理!!幸せ!!!」
「!大袈裟な奴だな。ありがとよ」
天理はホッとしたように緊張を緩めると、素っ気ない反応をしながら、苦笑しつつ礼を返す。すぐに照れ隠しにシチューを食べ始めた。
侯輝は天理の様子に満足そうに笑いながら、自分の皿からもう一口分掬うと、天理に差し出した。
「はい、あ~ん♪」
「は?同じもん食べさせてどうすんだ」
「俺は天理に食べさせてあげたいの!」
「む……。わかった。じゃぁ、あーん」
しょうがないなという風にしながら恥ずかしそうに薄目になりながら口を開く。外では絶対に見れない姿である。その様子に侯輝はニヤけそうになるのを堪え、慎重に差し入れ咀しゃくさせる。
「おいしい?」
やっぱりニコニコしてしまう。
「自分で作ったもんの感想聞かれてもな…」
「ここはお約束だよ♪」
「…お前の一口減ったろ、俺もやる。口開けろ」
天理も自分の皿から一口すくって差し出してきた。
「え、いいの!?やった!あ~ん」
「はい、あーん」
「ん~おいひぃ」
満面の笑みでそう応えられると、天理は照れくさいのか目を背ける。
「……早く食わないと冷めちまう。さっさと食うぞ」
侯輝はそんな天理に愛おしさを感じ、料理の味が更に美味しくなった気がしながら体も心も満腹になると、二人で仲良く片付けをしたのだった。

居間に移動し、天理が市場で見つけてきた珍しいお茶を愉しみながら、二人でソファに座ってまったりする。侯輝は冒険で探索した遺跡の土産話をすると遺跡好きな天理が興味深そうに相槌をうち時に質問しながら楽しそうに聞き入った。
「その仕事中に仲間と話してたんだけどさ、天理、もし……俺が死んだらどうする?」
「は?何だよ、縁起でもない」
天理が怪訝そうな顔をすると侯輝は慌てた様に手を振って否定しながら笑う。
「もしもの話!例えばだから!」
「うーん…そうだなぁ……まあ泣くんじゃないか?」
天理は少し考えるとまるで他人事の様に表情を固めたまま答えた。だがそれは天理が感情が大きく振れた時に隠す時の癖だ。侯輝はあえてその事には触れない様にしながら穏やかに返した。
「そっか。泣かれると困っちゃうかな、俺は天理に笑ってて欲しいから」
「俺だって同じだが……簡単に死ぬな」
天理は堪える様な表情でそう言った。
「ごめん。気をつけるからね」
隠している様だったが、想像力が少したくましかった恋人は薄っすら涙目になっており、もうそれだけで傷つけてしまった事を謝罪する。隠しきれていなかったが天理はさり気なく涙を拭いながら疑問を投げ返した。
「ところで、なんでいきなりそんな事聞いたんだ?」
「最近、恋人を冒険中に魔物に襲われて亡くした冒険者がいて、今日その話しててさ、それで、もし俺が死んじゃったら、天理がどうするかなって」
「…………」
「もちろん、絶対死なないとは言えないし、俺が先に死んだとしても天理には幸せになって欲しい。俺の事は忘れていいから。ただ、俺がいなくなった後の天理が心配で」
そこまで言った所で遮る様に否定の言葉を返された。
「ふざけるな、俺がお前を忘れられるわけないだろ」
「天理、お願いだから」
「お前はそれで満足かもしれんがな…。じゃあ聞くがお前はお前が死んだ後、俺が他の奴と一緒になってもいいって言うんだな?」
天理の侯輝を真っすぐに見据えながら静かに怒りが籠った声での問いかけに侯輝は想像するまでもなく答えた。
「それは嫌だ!天理は絶対に誰にも許さない」
「ほれ見ろ。俺の独占欲満たしたいなら、俺が死んでも俺の事忘れないで一生一人でいろ。ぐらい言っとけ馬鹿」
怒っているのに涙目だった。自分の建前など簡単に突き崩して本音を暴かれた。一生自分だけのものでいてくれると言ってくれた。普段は冷静な天理が実は自分と同じ位激情家である事は気づいていたが、また深い愛情を知り、嬉しくて、愛おしくて、侯輝は心の赴くまま天理を抱き締めた。
「!!…うん、わかった。天理が死ぬまでずっと俺の魂と一緒にいて?天理が俺以外の誰かと付き合ったりしたら、俺、死んでも耐えられないから。天理に忘れられるのは凄く辛い」
「そのつもりだし…わかったならいい」
天理は感情を鎮める様にふぅと一息つき抱き締められながら続けて言った。
「お前と一緒にいようと思ってからずっと思ってた。お前は危険と隣り合わせだし、汚い生き方するくらいなら簡単に死にそうで怖かった」
そして顔を上げ少し離れて侯輝を見つめて続ける。
「でも叶うなら、どんな手を使ってでもお前には生きていて欲しい。お前がいなくなったら俺はきっと生きていられない。…頼む」
今にも泣きそうなのを堪えながらそう請われると、愛されている実感と共に胸が一杯になった。
「うん、心配させてごめんね。何があっても生き延びるよ。これからもずっと一緒。約束する。俺は天理が死ぬ時は俺も連れて行って欲しいな」
天理の左手をとり指輪に口付けて誓いを立てる。照れた様に天理は下を向いた。
「ああ、分かった。俺だって離れたくない、置いてくのも無理だ。もう二度と馬鹿な事言うな…あ、あと」
また感情が昂ったのか、下を向いたまま堪えるように言う。侯輝の左手を掴んで固まった。
「なぁに?」
「今…もうちょっと泣きそうだから慰めろ馬鹿」
最後の方は涙声で掴んだ手が少し震えていた。
「!泣かないで天理!」
侯輝は慌てて抱き締める。抱き締めてみると小さくしゃっくりまで上げ始めているのに気づいた。
「お前が!馬鹿な事言い始めるから!まだ死んでもないのに!もうお前死んでも泣いてやらんからな!馬鹿!」
侯輝は天理が顔を埋めた辺りの布地が湿るのを感じた。
「うん、うん、ごめんね。もう馬鹿なこと言わないから。天理を置いていったりしないから」
ちょっと泣き癖がついてきた年上の恋人に侯輝が優しく背中を撫ぜると、しばらくして落ち着いたのか、ぽつりと呟いた。
「ぅん………あ、寿命まで生きるなら俺の方が先に逝くよな…」
「そこは天理が頑張って?天理死んじゃったら俺ついてくから、俺の寿命は天理次第だね」
「正味8年分責任持てってか。……まぁ、頑張るか」
天理は少しだけ落ち着いたのか顔を上げた。目元が赤い。泣いたのが恥ずかしかったのか少し腕の中で身じろぎした。
「おじいちゃんになったら誤差だから気にしなくていいよ。でも天理と長く一緒にはいたいかな」
「じじいになるまでずっと一緒。か。そうなるといいな」
ふっと笑って天理は侯輝の肩に額をすり寄せる。侯輝は今この瞬間が永遠に続けばいいのにと思うが、天理が共に在る未来を喜んでくれるのも嬉しかった。
「うん。天理が死ぬまで俺は天理と一緒に居るよ。天理が嫌がっても絶対離さないから覚悟しておいて。」
「おい、嫌がる様な事すんなよ。まぁこっちこそ逃がさんぞ。一生面倒見てもらうからな」
天理が悪戯っぽく笑い少し元気が戻っている事に侯輝は安堵する。やっぱり天理にはずっと笑っていて欲しかった。
「望むところたよ。老後の天理のオムツだって替えるからね!」
「うわ介護マジか…うわそうなるのか…」
侯輝が悪ノリして答えてみると天理はまた想像して恥ずかしかったらしく後ろに倒れるとソファにごろごろしながら両手で顔を覆った。
「天理だって俺の赤ちゃんの頃、俺のオムツ替え見てたりしたんじゃないの?おあいこおあいこ」
「全然違うわ。おばさんがお前にやってんのたまに見ただけだし。8歳の頃のお前の記憶なんてほぼ無いわ」
「普段オムツ替えよりもっと恥ずかしい事してるじゃない」
「馬鹿っ」
侯輝が笑顔でそう言うと、天理は真っ赤になって怒りながら起き上がりクッションで叩いてきた。その怒り方すら可愛くて侯輝は頬が緩むのを抑えられなかった。そうしていると睨んでくるので慌てて緩むのを抑える事に注力する。
「えへへ。それとも今から練習しとく?オムツ替え」
「ええ…なんで真剣顔よ、時々お前怖い…ホント嫌がる事すんな。面倒見てくれるのはせめて老後にしてくれ…そうだ、お前今度生まれ変わったら先に生まれとけ。お前の老後のオムツ替えはしてやるから」
「えー!老後にオムツ替えられたくない為に俺に早く生まれとけって言うの!?やだよ俺生まれた瞬間には世界に天理いなきゃヤダ」
反撃するかの様に無茶振りをグッドアイデアみたいな顔をして言う天理にそれは困ると無茶振り返してジタジタしていたら「我が儘言うな」と真顔で返された。
未来の、そのずっと先のあるかどうかも分からないその先の夢想でさえ共にあれたらと願うのは我ながら重いなと思いつつも、まるで当たり前の様に共にあろうとしてくれる天理に侯輝は幸せだった。
「どっちがだよー」
「じゃあ俺は生まれてから8年お前が居なかったんだぞとか言うぞ?」
「あっ…そうだけど…じゃあ8年待たせてごめんね?天理」
心から愛する人と生まれた郷が同じであった事、生まれた瞬間にはこの世に居てくれた事、侯輝にとってはこれ以上ない程の幸福だ。なのにその年齢差が少し悔しくなる時もあった。もっと早く自分が生まれる事ができていたらもっと早くこの関係になれていたのだろうか、と。
「ふふっ、そこは謝っても仕方ないだろ。お前がこの世に生まれてくれて良かった」
そんな侯輝の心中を察してか天理はふわりと微笑み、侯輝の肩に頭を預けた。
「……ありがと。天理」
「ん」
侯輝は天理を抱きしめながら思う。自分はどうにも欲張りで、天理が自分と恋人同士になる前は一体誰が天理を笑顔にさせていたのだろうとそこまで嫉妬してしまうのだ。もう天理は自分のものだと分かっているのに叶うなら過去もなにもかも全部自分のものにしたいと。
「…天理、速水の前は恋人居なかったの?」
「ん?話飛んだな?居ないぞ」
天理がなんだ?という様に首を傾げながら答えると侯輝は少しほっとする。
「俺的には飛んでないんだけどね。実は寂しがりの天理を生まれてから誰が慰めてたのか確認したくて」
「出たな独占欲」
天理は、仕方ないなと苦笑しながら侯輝の頭を撫でる。だが侯輝の頭の中に天理と親しいもう一人気になっている人物がいた。天理と幼馴染で親友でもある、侯輝の兄、土護の存在だった。土護は土護と侯輝の両親が亡くなってからは侯輝の親代わりの存在であり、故郷の街の大地の神の神殿で先代が急逝したとは言え若くして神殿を任される程で、侯輝にとって尊敬する兄ではあった。だが故郷にいた頃、天理と土護は同い年でもありよく一緒にいた事を思い出すとどうしても侯輝はモヤッとしていたのだった。
「…[[rb:土護兄 > ともごにい]]?」
「は?あいつはそりゃ面倒見のいい奴だけど、腐れ縁っていうかダチだぞ?」
侯輝は天理の照れ屋的性格から、素直に言えないだけで土護の事をただの友達以上の親友として大切に思っているのは知っていた。
「俺はずっと天理の事好きでずっと見てたから、天理が土護兄の事好きなんだろなってのは分かってた。だから万一土護兄の気が変わって天理に言い寄ったりしたら困ると思って俺ちっちゃい時から天理にくっついてたんだよ。」
「あのな、土護が好きって言ってもお前に対する好きとは違うぞ?土護に恋愛的な感情は全くない。大事な幼なじみってだけだ」
天理はそんな頃からかと少し呆れつつも、少し侯輝を鎮める為にも自分が土護をどう思っているかを今度は真っすぐに侯輝に伝えた。だが侯輝は天理を独占したいという気持ちがどんどん膨れ上がり抑える事ができなかった。
「うん。知ってる。でも俺がまだガキだった間、天理は土護兄の隣で笑ってたのかなとか、やっぱり天理の一番、土護兄だったんだなって思ったらさ……」
「だから俺は土護に恋愛的な感情は」
「無くてもどう見ても一番だったじゃん!天理いっつもうちに遊びにきてたし、土護兄に抱かせろって言われたら天理抱かれてそうじゃん!」
侯輝は想いを抑える事ができず思わず駄々を捏ねる様に大きな声を出してしまい、ハッとして口をつぐむ。慌てて天理を見ると天理は俯いて一つ息を吐き大きく吸い込み顔を上げると、「いーかげんにしろ!」とまるきり子供に叱る様に侯輝の頬を両方つねると引っ張った。
「ひたい、ひたい!」
侯輝はその怒り方に亡き母親を思い出しつつ、二十歳にもなってそんな叱り方をされるとも思わず困惑する。天理は「痛くしてんだよと」と頬を更に引っ張りながら続けた。
「お前な、俺を馬鹿にするのも大概にしろ!確かに土護は俺ん中じゃ一番だったかもしれんがな、俺はちゃんと大事な親友だと思ってんだよ!そんであいつを、お前の兄貴を馬鹿にすんな!そんな事するやつじゃねぇってお前も良く知ってんだろ!」
本当は土護兄も天理を大事な親友だと思ってるのだって知ってる。でもどうしても不安になってしまって、つい言ってしまった。
「ごめんなひゃい…」
天理は手を離し、侯輝が涙目になっているのを見ると困った顔をしながら赤くなった頬を労るように撫でた。
「すまん、少しやりすぎた」
「ううん……俺も酷いこと言ってごめんなさい」
撫でてくれると心が暖かくなってきて侯輝は素直に謝れた。
「あのな、おまえんちに行ったら、大体お前乱入して来てただろうが。宿題やりに来ててもごちゃごちゃと周りでお前…」
両親ともに不在になりがちで一人っ子だった天理はよく近所だった侯輝の家に来ていた。基本は土護兄と一緒に宿題やったり遊ぶ為に来ていたのだが。
「だって……邪険にしながらも天理も土護兄もいつも俺の相手してくれるの嬉しくて……。あとなんか二人の世界に入ってる感じで悔しかったから」
しょんぼりとする侯輝の様子に天理は子供の頃の侯輝を見ている様で懐かしく思いながら頭を撫でた。
「お前んちに行けば土護もお前もいたから俺は寂しいとか思わなかったんだよ」
その言葉に侯輝の顔がパァっと明るくなった。
「ねぇねぇ!それって!俺がいて良かった?」
「まぁ、居て悪いことは無かったな」
天理が照れくさそうに笑う。
「そこは良かった!って言ってよー!じゃあ土護兄と俺で半分くらいずつだったって事にする」
「そうしておいてくれ」
やっと自身を納得させた様子の侯輝に天理はやれやれと苦笑した。

「土護で思い出した。お前いい加減に実家に顔出せ。土護に報告せにゃならんだろ。俺たちの事」
天理は土護がべたっ可愛がりしていた弟が幼馴染と婚約しましたと聞かされたらどう思うのか不安ではあったが、筋は通さなけばなるまいと思っていた。勝手に上京したまま碌に連絡を寄越さない侯輝に代わり、天理に寄越す手紙にはいつも侯輝を心配する内容ばかりだった。変わらず近況は伝えているが、まだ付き合いだして婚約した事は伝えられていない。
「ね、ねぇ、天理、大丈夫かな?土護兄怒るよね?」
「お前は大丈夫だろ、どっちかっていうと俺の方だな…いや、もう腹くくるしか無いか……」
珍しく不安そうな顔をする侯輝に天理は苦笑して答えた。
「えぇ!?︎なんで俺より天理の方が怖いの?!」
「土護の信頼を裏切る感じがしてだな…土護はな、お前が上京して冒険者になんの最初反対してたんだよ。それを俺が協力するからって口出して独り立ちできるまで俺の所で居候させるのを条件にOKにしてた。まぁ俺を信頼してくれた訳だ。お前が立派に独り立ちして…可愛い嫁さん連れて帰省したりするのを楽しみにしてたかもしれないだろ?だが連れてきたのは信頼したはずの俺な訳だ」
天理は片手で額を押さえると悩ましそうに俯いた。
「うっ、で、でも!土護兄が何と言おうと俺の決意は変わらないからね!天理は俺の可愛いお嫁さんだし!」
可愛い嫁はやめろという天理のじとっとした視線を感じながら侯輝は続ける。
「それにそれだとやっぱり俺の方が怒られるんじゃないの?土護兄的には俺を信用して預かってくれた天理に弟の俺が手出しちゃったんだし」
「ちゃんと合意だ。一方的にお前にヤられた覚えはない。お前だけのせいじゃないだろ」
侯輝は土護が自分達の関係を絶対に認めない程、狭量では無い事はよく知っていた。どちらかというと根は真面目な天理が気にしているようだったので侯輝はフォローしたのだが、やっぱり天理は少し恥ずかしそうにしながらも不服そうな顔をしながら反論するのだった。
「でも放っておいたら誰とも恋愛しなさそうな天理をその気にさせるように俺がアプローチしたのがきっかけでしょ」
その気でやってたスキンシップも大半が弟扱いで気付かれなかったから天理をその気にさせるのに数年もかかってしまったが。
「それはそうかもしれないが…でも、俺がお前を好きになったのは流されたからじゃない!」
まだ少し保護者気分も抜けていないのであろう天理が頑として責任の所在を譲ろうとしないので平行線になってきたのを絶ちきるように侯輝は叫んだ。
「もう二人で土護兄に怒られに行こ!例え反対されても一緒になるんだから!」
「そうなるか…あいつガチで怒ると怖いんだよなぁ…」
そう呟く天理に普段恐いもの無しの侯輝も同意し、二人は揃ってため息をつくのだった。
「そだ、天理、俺が上京した時、俺を応援してくれてんだね。ありがと、知らなかった」
「あん時の必死なお前見てたら何かほっとけなかっただけだよ。…まぁ、俺もちょっと寂しかったし………うわっ!」
その頃の侯輝としてはただ大好きな天理の近くに居たい一心だったのだが、照れた顔で笑い礼を言う侯輝に、明後日の方向を見ながらボソリと呟いた天理の言葉が嬉しくて侯輝は抱きついた。
「じゃあさ、その期間天理の寂しさを埋めてたのって俺でいいよね?!」
「っ!まぁ…そうだよ。結局ほとんど側に居たのはお前だ」
「えへへー嬉しいな。これからも一緒だよ♡」
顔が赤くして答える天理に侯輝は顔がニヤけるのを抑えられられなかった。天理も「おう…」と抱き返しながら小さく答えた。

[newpage]
ニ週間後、二人は次の休暇を合わせ、故郷に帰る事にした。
二人の故郷の街は現在住む都市から半日程のところにある海の近い山間の街で、かつて中規模程度であった故郷の街は八年前、病魔による流行り病で壊滅的な被害を被っていた。侯輝と土護の両親であり高名な神官であった二人をはじめ、幾人かの冒険者達による命懸けの尽力により辛うじて全滅の危機は乗り越えた。残った者達により、ようやっと小さな街として復興しつつある。
侯輝は丁度故郷への復興物資を届ける商隊の護衛の依頼を見つけると、経費節約の為に依頼を受ける事にした。
冒険者ではない天理は装備こそ冒険時のものだったが、普通に商隊に混ぜて貰い移動する事にする。
途中食料の臭いを嗅ぎつけたらしい野犬の群れに襲われた。侯輝は護衛の任についた幾人かの冒険者達と連携して対応にあたる。
「こっち側は任せて!そっちは頼むね!」
「分かった!こちらは私達に任せて!」
天理は護衛される側に混ざりつつもいざとなれば加勢できる様、周囲を警戒しながら冒険者達の様子を見守る。侯輝達の方は十分問題無さそうだったので、別れて対応にあたっていた冒険者達の方を見ると一人の女性が目を引いた。やや小柄だが歳は侯輝と同じ位だろうか。燃える様な赤毛を後ろに束ね、頬に鋭い切り傷を付けているのがまず目を引いた。何よりその太刀筋が天理の素人目にも分かるほど洗練されており、動きと共に揺れる赤毛がまるで炎が舞っているかの様だった。
戦況は天理が加勢の必要は無く、あれなら侯輝も安心して背中を任せられるだろうと判断していると、見立て通り形勢が確定し、侯輝が持ち前の声量で一際大きな声で吠えると、野犬達は散り散りに逃げていった。
その後は特に何事もなく、無事の故郷の街の門へとたどり着いた。

数年ぶりに帰郷した二人はかつての賑やかさには遠く及ばないものの確かに息を吹き返しつつある街並みを見て安堵する。
侯輝はまず街の小さな冒険者ギルドに向かい、商隊主から受け取った完了証と共に依頼完了の報告を済ませると報酬を受け取った。
丁度昼飯時だった為、二人は懐かしい食堂がまだ営業している事に喜びながら昼食をとる。看板娘が母親になっており、厨房でその亭主らしき人物と皺の増えた父親の店主が腕を振るっているのを見るにつけ、時間の流れを感じていた。
懐かしの味に舌を打ちながら、護衛中に一緒になった赤毛の冒険者の話をする。
「彼女、すごかったよ。正規の訓練受けてるのかも。剣技だけなら敵わないかなぁ」
「ああ、俺も見た。お前から見ても凄いもんか」
「うん。移動中に話してみたけど、同い年くらいに見えるのに俺よりランク2つも上だった。しかも話しやすくて少しボーイッシュな感じでかっこよかったよ。俺達と同じでこっちの街に用があってついでに依頼請けたんだってさ」
「へーぇ。ま、おかげで護衛も楽に済んで良かったな」
食事を終え、店を出ると侯輝の生家へと向った。

土護には先に帰郷する事を天理から手紙で伝えている。侯輝を連れて帰る事と、大事な話がある事を。手紙だけでは侯輝と婚約した事とこれから結婚したい旨は伝えていない。恐らく家で待ち構えているだろう。
侯輝は数年振りに帰る懐かしい生家が見えてくると、これからしなければならない事を思い緊張してきたのか少し顔を強張らせている。天理がそんな侯輝の手を握り「大丈夫だ一緒だから」と微笑みかけると「ありがと」と少しだけ笑顔を見せた。
街はずれの家の前で添え付けの呼び鐘を引き鳴らすと「はい」と落ち着いた数年前とさほど変わらぬ土護の声が聞こえた。
「ただいま!土護兄!侯輝だよ」
少し緊張気味に侯輝が呼ぶと扉が開かれ、中から現れたのは数年前より雰囲気が大人び、優しく穏やかで真面目そうな顔が出てきた。午前は礼拝があったのであろう、私服ではなく神官服姿だった。
「おかえり、大きくなったな侯輝。そして天理も、いらっしゃい」
土護は数年振りに再会し成長した侯輝を嬉しそうに見つめると、隣にいる天理にも目を向け微笑んだ。
「ただいま!土護兄。あのっごめんねっ連絡しなくて」
「久しぶり。土護」
「侯輝、おまえが元気ならそれでいいんだよ。天理、侯輝を連れ帰ってくれてありがとう。長旅お疲れ様」
緊張気味の侯輝に柔らかい笑顔でおかえりのハグをした。天理よりも少しだけ背の低い土護はすっかり自分より背を追い越して逞しくなった侯輝を力一杯抱きしめる。
「ちょ、ちょっと土護兄、痛いっ苦しいってば!」
土護が久々に会えた弟にかつてと同じく可愛がりっぷりを発揮していると天理は懐かしい気持ちになる。ゆったりとした神官服で分かりにくいが神官戦士として鍛えられている事もあり、今の鍛えられた侯輝でも普通に痛いのだろうなとは思う。土護は離れていた期間を埋めるかの様に存分にハグし終わると腕を解いて成長した侯輝を改めて嬉しそうに見やった。
「体もすっかり大きくなったけど、少し大人しくもなったかい?天理の手紙からは相変わらずだって聞いてたんだけどね」
「相変わらずだよ。久々でこいつ今緊張してんだよ」
「ちゃんと大人になったってば!」
天理は侯輝の頭にポンと手を置きながら笑うと侯輝は抗議の声を上げた。
「そうかい?じゃあとりあえず上がってお茶でも飲んで落ち着きなさい侯輝。話はそれからしようか」
土護に居間に案内されお茶を出される。土護の妹であり、侯輝の姉である双子の姉妹が不在である事を気づき確認すると、かつてこの街を襲った病魔が住み着いた遺跡にて瘴気が発生した為、対処に向かっているとの事だった。心配していると定期的に発生する現象らしく対処は問題なく儀式に時間はかかるが明朝には戻れるらしい。
「それで、重要な話というのは何だい?侯輝?」
「あのね、俺天理と付き合ってる。婚約したんだ!結婚を認めて欲しい!」
侯輝は緊張しつつも真剣な眼差しで父親代わりである土護に訴えると、土護は少し驚き少し目を瞑ったあと目を開きまっすぐ二人を見据えた。
「…侯輝、それはどういう事かちゃんと分かっているかい?天理も。男同士で子供もできないよ?天理の事は勿論好きだ。だけど、俺はそういう目で見たことはないし考えたこともない。俺にとって大事な弟なんだから、それだけでは認められないよ」
土護の言葉に天理は口を引き締め少しだけ思い詰めた表情をする。だが侯輝は怯まず答えた。
「うん分かってる。それでも俺は天理と一緒に生きていきたい。ずっと側にいたい。だからお願い。俺と天理の結婚を認めて!一生かけて幸せにしたいと思ってるんだ!」
その言葉に力を得たように天理も続ける。
「俺からも頼む土護、俺も一生かけて侯輝を幸せにしたい。認めて欲しい。どうか…お前の弟を俺にくれ」
深く頭を下げる二人に土護はしばらく黙っていたがゆっくりと口を開いた。
「……ふぅ。分かった。二人の想いはよく伝わった。君達は一人の人間だ。お互いの人生を共に生きていく権利がある。認めるよ。天理、侯輝をよろしく頼む」
土護は温かく微笑むと、二人は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
「ありがとう土護兄!」
「ありがとう土護」
「ただ、まだ認めただけだからね。ちゃんと責任持って侯輝が天理を幸せにするんだよ。もし天理を傷つけるようならその時は容赦しないから覚悟するんだよ?」
「もちろんだよ!命を懸けて幸せにするって誓うから!」
天理は土護が侯輝を励ましながらも、きっちり釘をさすあたりにやっぱり怖いなと苦笑いする。そして土護が何かを思い出したように呟いた。
「ああそうだ。侯輝、ちょっと買い出しに行ってくれないかな?酒屋まで。祝いのお酒を用意しそびれてしまってね。天理、少し侯輝を借りてもいいかな?」
天理は土護が意図している事を察するとすぐに頷いた。
「えー。もうしょうがないなぁ。じゃあ行ってくるから!」

侯輝が渋った後、一瞬心配そうな顔をしたが、すぐ笑顔になると元気よく出ていったのを確認して土護が真面目な表情になる。天理は恐らくここからがこっちの本番だなと気を引き締めるとずっと気掛かりだった思いを吐き出した。
「すまん、お前の信頼裏切るような事して」
「それで認められたって言うのにまだそんなに辛そうな顔してるのんだね。まぁ侯輝は昔から天理にべったりだったし、侯輝が上京した時から、もしかしたらとは思っていたんだけどね。ただ天理が受け入れたのは意外だったかな。何がきっかけだったんだい?」
天理は意外と言われる程に信用されていたのを裏切ってしまったのかと更に落ち込みながら、自分の気持ちを振り返る。
「きっかけ…というはっきりしたやつはないと思う。ただあいつが俺がそうだと気づく前からずっと傍にいて励ましてくれて。辛い時も前を向けて。今思えば俺はその頃から好きだったのかもしれない」
「なるほどね。確かに昔から侯輝の天理に対する執着心は普通ではなかったし天理は熱烈なアタックを受け続けていた訳だね」
土護はなるほどと頷きながらちょっと見せたい物があるからと自室に天理を招いた。天理は土護の部屋に招かれると部屋を見渡す。棚にある本は神書や医学書、農耕の専門書、魔術学院から発行している雑誌などにすっかり様変わりしていたが、それでもかつて遊びに来ていた頃を懐かしく思い出した。宿題をやっていると乱入してくる侯輝が目に浮かぶ。何を見せたいのかと思っていると土護は昔の様に椅子代わりにベッドへ座る様促し自身はデスクの椅子に手をかけながら先ほどの続きを話し始めた。
「で、侯輝のアタックを受けている内に天理は流されてしまったと言う感じなのかな?」
「侯輝の俺への想いは結局あいつに告白されるまで俺気づいてなかったなかったんだよ。俺あいつの事弟みたいなもんだと思ってたし」
「天理は少し鈍いからね、侯輝も大変だったかな」
そう苦笑する土護に、自覚はしていたが改めて言われると少しだけ傷つくもなんとか堪えて話を続ける。
「ぅ…、それで気付いた時にはあいつが俺の中で掛け替えのないものになってた。でも俺はあいつの為と思ってその気持ち一生言わないつもりでいたんだが…告白されて…結局折れちまった。本当にすまん」
天理は改めて頭を下げる。神官服を着ている土護の前に居ると懺悔をしている様に思えた。
「それはもう謝らなくていいんだよ天理。俺はもう許したし。それに侯輝の事も応援したいんだ。ありがとう、侯輝の事本当に大事だと思っててくれたんだね」
天理は下を向いたまま頷く。土護は天理に近づくと肩に手を置いた。
「顔を上げて天理…じゃあ今度は俺の番かな。俺はね天理の事が大好きだよ。恋愛的な意味でね」
「えっ?!」
土護の突然の告白に天理は顔を上げ混乱する。先ほど恋愛対象として見られないと言ったばかりではなかったか。あれは侯輝を試す為の偽りかと思っていたが違っていたのかと。侯輝の事だって応援すると言ったじゃないかと。
「初めて会ったあの日から天理の事がずっと好きだった。でも侯輝が天理を好きなのは分かっていたから諦めていたんだけどね。でもどうしても諦められなかった。告白するなら今が最後のチャンスかなって。天理、俺と結婚して欲しい。」
「お前……何でそんな……」
驚愕の顔で土護を見る天理に土護は熱を込めた瞳で訴える。天理はその瞳の熱量もどこか侯輝に似ているなと思った。しかしずっと親友だと思っていた男がまさかそんな想いを抱えているとは、侯輝の想い以上に気づかなかった。『侯輝"も"大変だったかな』とは自分もそうだと言いたかったのかと今更ながらに思い至る。
「だって侯輝とのハレの場だと言うのに天理はまだ辛そうな顔しているじゃないか。天理は侯輝の事は好きだがそれは恋愛感情ではないよ。なら俺にもチャンスはあるかと思って。俺の事も嫌いじゃないだろ?」
「違う!今辛いのは俺を信用して大事な弟を預けてくれたお前に悪いと思ってるからだ!お前の事は好きだけど侯輝のとは違う!俺は侯輝の事を…心から愛してる!」
侯輝への想いを吐露する事に恥ずかしさを覚え少し顔を赤らめながらも必死で否定する天理。土護はその言葉を聞くとふっと小さく笑った。
「どうしもて俺の想いは受け取って貰えないのかい?」
「無理だ!お前にはそういう感情は持てない!」
「そう…じゃあ一つお願いだ。俺に悪いと思っているなら、これっきりにするから一度だけ抱かせて欲しい。一生の思い出にするから。お願いだ、天理」
確固とした意志で否定する天理に土護は諦めた様に項垂れ手を天理の両肩に置くと哀願した。天理は思いがけぬ親友の申し出に驚く。信頼を裏切ってしまった事の後ろめたさと、土護のその願いが一生侯輝との関係は無いだろうと思って諦めていた過去の自分の想いと重なり思わず揺らぐ。しかしすぐに首を振って否定した。
「いや駄目だ。それはできない。俺の事は恨んでくれていい。俺は侯輝が好きなんだ、俺はあいつを裏切れない」
「…気持ち聞かせてくれてありがとう、よく分かったよ」
土護が天理から手を離すと天理はまだ緊張しながらも少し安堵する。土護は後ずさりそのまま床に膝をつくと両手を地につけ頭を下げた。
「ごめん!!天理!」
「え?」
「侯輝への想いがどれくらいか天理を試してた!本当にごめん!!」
「なっ……」
くそ真面目が服着て歩いている様な親友の行動に面食らいまたも混乱させられ言葉を失う天理。
「もう二度とこんな真似しない!だから許してくれ!」
「……土護」
「はい」
「神官が嘘ついていいのか?」
天理はあまりの混乱っぷりに何故?と聞く前に土護に静かにツッコミを入れていた。
「大地の女神様はその辺少し寛容かな」
「ほう。あれが少し」
「ごめんなさい」
天理は普段真面目で嘘や冗談の類いは滅多に言わない土護が随分と迫真の演技だったなと思う。本当に全部演技だろうな?と。そしてなぜこの様な事をしたのか不安になった。
「俺が…お前の信頼裏切ったから怒ってたのか?」
「違う天理!おまえは気にしてるみたいだけど、そんな事微塵も思ってない。俺は侯輝と天理が一緒になるのを何も反対しない」
土護は顔を上げると不安そうな顔をしている天理へ真っ直ぐに否定した。
「じゃあ侯輝に男同士じゃ云々言ってたやつもわざとか?」
「うん、侯輝がどれくらいの覚悟か見たかった」
「…お前父親役しないとならないもんな…あいつは何言われようと貫くつもりだったけど俺ちょっと傷ついたぞ気にしてんのに…」
天理は漸く土護の意図や立場が理解できてくるとふぅと息をつくも少し拗ねた様に落ち込み俯く。土護は弟と違いこの幼なじみが繊細だった事を改めて思い出していた。
「ごめん」
「お前侯輝が心配だったんだろ?あいつに俺の事傷つけたら許さんみたいな釘刺してたが本当は俺にも言いたかったんじゃないか?」
「まぁ少しは…ね」
土護の侯輝への溺愛っぷりは知っていたからそれを肯定されても天理は驚きもしなかった。
「碌に愛情表明してないやつに弟奪われたくないもんな"土護兄"としては。俺の話聞いてりゃなんか流されてるっぽく聞こえるだろうし」
「表明については侯輝と一緒に聞いたのでもう十分だったよ。天理は俺にも嘘つかないしね。ただそうだね、天理自身がちゃんと分かってるのか侯輝と一緒になっても大丈夫か確認したかったんだよ」
「なんだお前、俺の世話もまだ焼く気なのか」
同い年だと言うのに相変わらず世話焼きな幼なじみに呆れながらも天理は嬉しく思う。
「俺の方は親友だと思っているからね…酷い事しちゃったからもうダメかもだけど」
「はぁ…怒ってねぇよ。お前がそんな事する訳ないって思ってたし何か理由があんだろなと思ったよ」
天理は苦笑しながら苦労性の幼なじみを労った。
「ありがとう。天理。侯輝を心から愛してくれて本当にありがとう。改めて侯輝を宜しく」
土護はそう言うと深々と頭を下げる。
「おう。命を懸けて侯輝を幸せにすると誓うよ土護」
「頼もしいな。それを聞いて安心した。俺は天理の味方だよ。困った時はいつでも相談に乗る。俺が天理の力になるから」
「土護……ありがとう。できるだけ自力で頑張りたいけどな」
土護の言葉に安心したかの様に微笑む天理の顔を見て土護も表情を緩める。そうしていると玄関から話声が聞こえた後、ガタガタと音が聞こえるとノックをして部屋の扉が開いて侯輝が入ってきた。
「あっ、こっちにいた!って何やってるの土護兄?」
「こらこら返事をしてから開けなさい。ああ、ベッド下の落とし物を拾おうとしていたんだよ」
侯輝が土護が床にまだ膝をついたままでいた事を不思議そうに見、聞くと、土護はマナーを甘く突っ込みつつ状況を誤魔化して立ち上がった。
「お使いご苦労様、侯輝。少し遅かったね」
「ちょっと人に会ってて、土護兄にお客さんだよ!不知火さんって女の人」
そう聞くと慌てて土護は部屋を出て玄関に向かった。侯輝はそれを見送ると少し不安そうに天理に近づく。
「土護兄と何話してたの?」
「まあちょっとお前の土護兄ちゃんに釘刺されてたとこだよ」
天理は流石に試されていた事を全部言うわけにはいかなかったので苦笑しながら答える。と、何を勘違いしたのか侯輝は慌てた様に天理が座るベッドをチラリと見ながら天理の体をパタパタと触り検分し始める。
「天理、土護兄に何もされてないよね?!」
「無いって。俺達の事を改めて認めて貰ってただけだぞ」
大人しく体を検分されながら苦笑しつつも心配させないよう穏やかに答える。ややこしくなるので演技とは言え、されかかっていた事は黙っておく。
「ほんとに…?でもなんか変な感じだったから」
「本当に大丈夫だって。やっぱりあいつはお前をだだっ可愛がりするお前の兄貴だって再確認しただけだ。ついでに俺の心配もされたがな。俺とタメで父親代わりになってるあいつの苦労もちょっと分かってやりな」
天理が少し拗ねている様な顔をする侯輝の頭を撫でると、侯輝は素直に俯いた。本当はちゃんと分かっているのだろう、でなければ嫉妬しがちな侯輝が土護と二人きりになどさせなかったはずなのだから。
「でもなんかまだ子供扱いなんだよなあ」
「そりゃそうだろ、数年も会ってなかったんだから、でかくなろうとあいつの中じゃ子供だろ。ろくに連絡してなかったお前が悪い」
天理が手紙で侯輝の近況を伝えていても直接知りたかったはずなのだから。
「うー」
天理は正論で言い返されぐうの音しか出ない侯輝の様子に笑う。そういえば土護に客が来ていたなと侯輝に確認すると朝護衛の際に一緒だった赤毛の女戦士だったらしい。お使いの時に偶然土護に会うため道を聞かれ一緒になったらしい。
「ねぇねぇ土護兄にもとうとう春が来たかな?道中不知火の話聞いてると、なんとなく土護兄の事まんざらじゃない気がするんだよねー」
「へぇ。流石に早とちり過ぎないか?土護がどう思ってるかも分からんし」
玄関から土護と赤毛の女戦士 不知火の穏やかな会話が少し聞こえるが二人の仲を推し測るには情報が足りない。土護の方はいつも通りに感じる。暫くすると不知火は帰ったらしく土護が部屋に戻ってきた。
「悪い待たせたね。あとこれ不知火さんから貰った土産。皆で食べてくださいってさ。おやつ時だし皆で食べよう」
土護が不知火から貰ったらしい箱の中身のホールのチーズケーキを見せると侯輝が歓声を上げる。居間で切り分けたケーキを食べながら談笑する。不知火の用向きは以前、彼女とその兄達が神殿にいた土護に世話になったとかで、ご丁寧にその礼に来たらしい。
「ふーん神殿じゃなくてー」
「わざわざうちになぁー」
「「へー」」
侯輝と天理は声を揃えて少しニヤニヤし始める。
土護は大体真逆の性格である二人が時折シンクロしたようになるのを久々に見て懐かしみながらも、なぜニヤついているのかは分からぬまま答えた。
「そ、そうだね。とても丁寧にお礼されたよ。あの時は大変でしたが今はもう落ち着いているのでまた何かあったらいつでも神殿に寄ってくださいねと言っておいたよ」
「で、土護兄は不知火の事どう思った?」
「うん?侯輝と歳は変わらなそうなのに礼儀正しくしっかりした感じのいい人だと思うよ。どうかしたのか?」
そう聞かされた二人は少し呆れた表情をする。
「土護兄も鈍感だなぁ…」
(土護の方は悪からずってとこか。しかしこいつも人の事鈍感とか言えねぇな)
侯輝は不知火の方には明らかに好意があるのにと嘆息し、天理は呆れ顔のまま心の中で幼なじみに突っ込む。
「何だよ二人とも」
「「別にー?」」
天理はケーキを再び食べはじめ、侯輝は二つ目に手を伸ばそうとする。
土護はそんな二人を少し怪しみつつも再び自分の分のケーキを切って口に運ぶ。と、ようやっと二人が意図していた事に思い至って少し顔を赤くした。その反応に二人は少しだけ光明を見出だす。
「ちょっと待って彼女に失礼だろう」
「隠すようなもんでもあるまいに」
「で、実際どうなの?好きか嫌いかで言えばどっち?」
土護が抗議するも、天理は自分を棚に上げつつここぞとばかりにからかい、侯輝は兄の恋ばなの予感にワクワクと質問を重ねる。土護はしばし黙ったのち答えた。
「そりゃあ好きだけど………妹みたいだなって」
二人は一瞬喜んだが、続けた言葉にうわぁという顔をし、天理は重度のシスコンブラコンの気がある親友に手で口を塞ぎ哀れむような仕草をした。
「お前、お兄ちゃん病か何か患ってるのか?」
「不知火可哀想…大事にはして貰えるかもだけど、これ放っておいたら一生妹扱いだ。俺今度不知火に会ったら猛プッシュするようアドバイスするね」
そして侯輝は不知火を哀れみ未来の義理姉になるかもしれない彼女を応援する事を決意した。
「だから何を言っているんだ!」
土護は二人の茶化しに怒るも、天理と侯輝は臆する事無く顔を見合わせる。
「もうちょっと頑張れとしか言い様がないよな」
「俺、土護兄が女心を理解しないとかマジで予想外だった」
「二人して酷い言われようされてるのは分かるんだけど…」
「「そのままの意味だ」よ」

「そ、そんなことより、天理は今日うちで泊まっていくんだよな?客間のベッドなら侯輝と二人で寝られるぞ」
土護は二人の猛攻に話を反らす。天理は目と鼻の先にある実家に泊まろうかと考えてもいた。天理の両親は他国で働いており天理が上京してから実家は無人状態だったが土護が定期的に見てくれていた。お礼に天理から贈り物などを送ったりしている。以前送った、遺物から復活改造した湯沸し器は土護の双子の妹達に好評だった。稼働に魔力を少し多めに使う必要があった為、一般人や万年魔力枯渇問題に苦しむ天理には使い辛いものだったが、神官長クラスである土護と、同じく優秀な神官と精霊使いである妹達による天理が羨む魔力潤沢家族であれば支障なく使えるものだった。妹達が喜ぶ様を誰よりも喜ぶ土護のいつにないテンションの高い手紙の文面を、天理は忘れる事ができない。
「うーんそうだな…侯輝はこっちに泊まりたいだろうしお邪魔しておくかな」
そう言うと侯輝が嬉しそうにしている。
「そうしたらいい、夕飯の支度をするからそれまで寛いでおいて」
「手伝おうか?」
「いいよお客さんなんだし、それに天理、料理あまりできなかっただろう?」
「へっへー最近天理料理少し覚えたもんね♪」
侯輝が得意げに話す。俺の為に!と言わんばかりのその表情に天理は少し恥ずかしくなり顔を少し俯かせる。そのやりとりに土護はやっとこの二人が恋人同士になったんだなと実感した。
「簡単なものぐらいしかまだ作れないがな。手伝い位できるだろ」
照れているのか顔を背けながら言う天理に土護は微笑ましく思った。

しばらくすると夕食の用意ができた。土護主導で作られた料理は郷土の家庭的なもので、天理はレシピを熱心に習っており、また他のレシピも送る事を土護と約束しているのを侯輝は下処理を手伝いつつ、にこにこしながら眺めていた。食卓に並べ終わると、三人で食事をする。
「それで二人は式はいつどこでするつもりなんだい?もちろん俺も呼んでくれるんだろう?準備しないとならないからね」
土護は二人の左手の薬指の婚約指輪を交互に見やりながら聞いた。
「え"っ!?」
突然言われ驚く天理は喉を詰まらせたのが理由か、恥ずかしくてなのか分からないレベルで首まで真っ赤になりながら咳をしている。
「大丈夫天理?えっと結婚式はね、近いうちに挙げたいと思ってるよ。土護兄に頼みたい事もあるし当然呼ぶよ」
ね?と侯輝は天理の背を擦りながら同意を求めようとしたが、涙目にまでなっており、今、それどころでは無かったので振るのを一旦控える。
「そうか!場所とか決めてあるのかい?」
「……ああ」
何とか落ち着いてきた天理が涙を拭いながら肯定する。
「都の外れにある今はもう安全な遺跡にする予定だよ。俺達が両想いになった場所」
そして侯輝がそう続けると、やっと落ち着いたかと思った天理がまた赤くなった。
「そ、こまで言わなくていい今…」
「どうせ式で馴れ初めとか言うってば」
「俺は二人の馴れ初め聞きたいけどね?」
「式で全部言わなくていいだろ。誓います!おめでとう!だけで!」
天理は両想いになった遺跡での事を思い出すと真っ赤になりながら抗議すると土護は本当に両想いになっているのだなと再認識した。
「えー俺全部言いたい。天理とのあれとかそれとか」
「お前は俺を式で羞恥心で殺す気か」
「えー俺のお嫁さん可愛いし綺麗だし自慢したい!」
「嫁言うな!」
「ふふふ、式楽しみにしてるからね」

夕食を終え、先ほどの話の続きと、二人は神父役を土護に頼み土護はそれを快諾した。
「そうだ、天理はご両親に連絡しなくていいのかい?遠国とは言え連絡が取れない訳じゃないだろう?」
「……まぁするにはするけど、来られないと思うぞ。うちは放任だしどうせ反対もしないだろ。連絡してもはいそうかいで終わりだろ」
天理は渋そうな顔をして答える。天理の両親は天理同様古代史研究の学者で、歩けば2、3週間はかかる遺跡調査が活発な遠国で遺跡調査の第一人者として働いている。年に数度程送り合っている手紙の中では薄っすらと重要なプロジェクトに参画している気配はあるのだが大体楽しそうにやっている様子なのだった。自由にやらせてくれるのは嬉しかったが少し寂しい思いをしていた天理は複雑な感情を持ち合わせおり、その事情を知っている土護は苦笑する。
「忙しそうだし、そうかもしれないね。」
「大丈夫だよ天理!来るのは難しいかもだけどきっとお祝いしてくれるよ!」
そんな二人の様子を吹き飛ばすようににこにこと侯輝は笑顔で言い放った。
「お前俺の親父とお袋の事ほとんど覚えてないだろ?」
「んー、俺はあんまり覚えてないけど、大丈夫大丈夫。ねっ?」
歳離れた侯輝はおぼろげにしか天理の両親の記憶は無かった。根拠も無いのに能天気だなと言いたい天理に、それでもどこか力付ける様に大丈夫だと言う侯輝。
「何が大丈夫なんだよ……」
「だってさ、天理の両親だもん。大丈夫!」
「……なんでそんな事言えるんだか」
呆れたような声を出す天理だが、侯輝の言葉に少し拗ねていた自分が馬鹿らしくなったのか口元が緩む。そんな二人のやりとりを微笑ましく眺める土護だった。

はじめて挙げる式について普段から神殿で神父役を勤める土護からアドバイスを受けながら話し合い大筋を固めると、後は数年ぶりの再会に話が弾み夜が更ける。侯輝が買ってきたお酒をほろ酔い程度に飲みながら、離れていた月日を埋める様にお互いが知らない話を伝え合い、思い出話に花を咲かせるのだった。
そして明日も早い土護の為に惜しみつつも3人は床につく。

侯輝と天理は客間のベッドに潜りこむ。
「良かったよな。土護に認めて貰えて。俺あいつがダチで本当に良かった」
「うん。天理のおかげだよ。そして土護兄にも幸せになって貰わなきゃだね」
「ああ。そうだな。先は長そうだったけどな」
「そだね」
二人はくすくすと小さく笑いそれでも二人の共通の大切な友であり兄の喜びを思って、その想いを共有し合うのだった。
「天理、これからもよろしくね。愛してる」
「ああ。こちらこそ。俺も愛しているよ、侯輝」
「えへへ」
天理と侯輝はおやすみのキスを交わすと布団の中で手を繋ぎ、互いの温もりを感じながら眠りについた。

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