8.安心を守る場所を

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冒険者ギルドの一室にて、天理と速水がテーブルを挟んで座り、速水が先日発見された遺跡の探索結果を依頼主である天理に報告していた。天理は速水の説明を聞きながら、受け取った資料を確認する。
(遺跡内に突飛な遺物は無さそうだが気になる所はあるな。予算付けられればまた侯輝連れて探索行けるだろうか。今、魔畜石高いけど買わないとな…)
侯輝との探索に内心少しだけ嬉しく思いながら表面上平静を保つ。
「…遺跡内の概要は以上です。内部モンスターは踏破区域については駆逐済み、トラップも確認・解除済です。マッピング等の詳細はそちらの資料にまとめておきました。ご確認お願いします。」
「ありがとう、いつも分かりやすくて助かる。報酬はまたギルドに預けてるから受け取ってくれ。おつかれ速水」
天理はサインした完了証を速水に渡した。
「はい♪おつかれさまです。 そういえば先輩、先日西地下の大遺跡区から大量の魔畜石が発見されたの知ってます?最近品薄でしたから朗報ですね♪」
速水が受け取った完了証を鞄にしまいながら世間話をふると、その内容に天理は渋い顔をする。
「げ。それ嫌なフラグじゃないのか…」
「あ、また精霊科の科長のお呼び出しですか?」
「最近また俺に手伝わせたい事があるらしくてな。品薄で良かったんだが…また何をやらされるやら」

精霊魔法の中には火・水・風・土の四つの術を同時行使する4大精霊同時行使魔法が存在する。
精霊適性は通常一人に一つもしくは二つである為、4大精霊同時行使魔法を使用する際には通常最低でも2人以上で行う必要があり、互いの魔力量の調整やタイミングを合わせるのが難しい術であった。天理は精霊使いの中でも火・水・風・土の四つの精霊適性を持つレアスキルの持ち主であり、その問題を解決できる為、一人で4大精霊同時行使魔法が支障なく使用できる貴重な存在であった。
…ではあるのだが、残念な事に天理は、魔力は一人前程度の持ち主ではあったが、超一流の魔力の持ち主では無かった。所謂、器用貧乏である。4大精霊同時行使魔法を使用しようにも、すぐガス欠を起こしてしまう為、度重なる行使はできなかった。
一般的に魔力不足を解決する手段の一つとして、魔畜石が利用されていた。魔畜石は頻繁に入手できるものではなく使い捨てではあるが、触れた者に魔力を供給する事ができる魔法使い冒険者必携アイテムである。
魔術学院精霊科の科長であるエレリウスは4大精霊同時行使魔法研究の第一人者であり、天理は実験に付き合わされそうになるのを魔力不足を理由に回避していたのだが、魔畜石が大量に手に入るとその度に呼び出されていたのだった。そしてまた大量に発見された訳である。

「あーー考えただけでだるい」
天理は両肘を机の上に立て項垂れると、左指の婚約指輪をカリカリといじりだす。速水はその様子をあららと見、精霊科の科長が話に聞く以上に面倒なのだろうと天理を元気づける為、話を変える。
「元気だしてください先輩。そういえば侯輝君はまだ帰還しないんですか?」
「まだ3,4日は帰らないんじゃないか?」
(さっさと帰ってこんかな。そうすれば実験があっても少しは慰めて貰えたりすんのにな…)
顔を上げ平然としつつも指輪をトントンと叩く天理に速水は寂しげな雰囲気を感じとった。
「そうですかー。…私不倫はしないんですけど」
「そういえば、そうだなー」
速水は気づくとコロコロと恋人を替えている。ある時は芸術家、ある時は商人、ある時は料理人。でもいつでも楽しそうだ。と手元の茶を飲みながら他人事の様に思う元恋人で学者の天理。
「先輩見てると寂しげな新妻に横恋慕する男性の気持ち、今なんとなーく理解できました♪」
「うぐっ!ゲホっゲホっ!だっれが新妻だ」
茶を吹き出す寸前で真っ赤になり咽せながら否定する。速水はちょっとは自覚あるのかな?と思いながら、そんな天理を見て微笑ましくなる。
「だって~、寂しそうに指輪眺めて健気に待っててくれるなんて……もう完全に嫁じゃないですか!美人でスタイルもいいとか!侯輝君が羨ましいです!」
「~~~!美人もないだろ」
(眺めてたか?!まだ結婚すらしてないのに?俺そんなに出てるか?)
微かに震え顔を伏せながら言う天理に意外と分かりやすい所は相変わらず可愛いなと思いつつこの辺で話題を変えてあげようと思う速水。
「えへへ。まぁ冗談はこのくらいにしておいて。で、どうするんですか?」
「ん?何がだよ」
「お部屋ですよ。侯輝君の。そろそろ一緒に住んじゃえばいいと思います。宿屋とか男女が一緒の所に寝泊まりするのは不味いと思うんですよね。鍛えてる侯輝君なら返り討ちできるでしょうけど、ほら、変なこと考える人もいますし。」
(それは分かるんだが侯輝と同居か…え、同居?)
天理はやっとチラリと顔を上げつつ、確かに侯輝が男女問わずモテるのを思い出すも同居を想像したら恥ずかしくなりまた目線を下げた。もごもごと言い訳をする。
「でもな…狭い俺んちに住むより、ちゃんとした所に泊まって休んだ方が……」
「それはそれ、これはこれ。です。それに、侯輝君と暮らすこと自体は嫌ではないんでしょう?」
「…そりゃあな。ただ、その、俺が恥ずかしくて落ち着かないだけで」
ボソリと本音を漏らす天理にデレを感じ、速水はニヤけそうになる口元を押さえる。
「じゃあ決まりですね!私がおすすめの物件をピックアップしときます!」
「俺の話聞いてたか?!いい!いいって!侯輝と相談してからにするから!また考えとくから…」
天理はそういう所をドラマティックにお膳立てしたさそうな恋人を想い、仕事の早すぎる友人を必死で止めた。
「分かりました!いつでも相談乗りますからね!」
(速水はこういうの好きそうだな……)
「あ、ああ、ありがとう。その時は頼む。そろそろ時間だし、今日はそろそろお開きにするか」
「ふふっ、ですね。お疲れ様です」
「おつかれ」
天理は冒険者ギルドを後にし、この日は自宅へ直帰すると、探索報告資料を整理し夕食などを済ませると、まだ帰らぬ侯輝を想いちょっと一人で慰めながら「こりゃ新妻言われるよなぁ…」と思いつつ眠りについた。

翌朝、天理が魔術学院へ出勤すると入り口受付の職員から話しかけられた。
「おはようございます。天理さん、精霊科のエレリウス科長から天理さんがいらしたら参られる様、言付かっております。」
(もう来たか)
「はぁ…分かりました。」
天理は内心げんなりしながら了承すると精霊科の棟へ向かう。精霊科の科長室をノックし入ると、いつもの様に科長のエレリウスが待っていた。天理の来訪にデスクから立ち上がり腰ほどまである暗めの銀髪をかき上げ、中年に差し掛かりながらも端正な顔を微笑みで彩る。天理はその様子に内心でため息をついた。
(関わり合いがなきゃ絵になる男だって見てられるんだがな)
「おはよう、よく来てくれたね天理君。早速君に見せたいものがあるんだ。来てくれるかい?」
天理は連れていかれた部屋の扉を開けると奥の方で厳重に封印された巨大なガラスケースに収まった黒い結晶が見えた。その隣には大量の魔畜石と奇妙な形をした魔畜石らしきものがあった。
「今度は何の実験ですか?」(とっとと協力して早く帰ろう)
天理は前回の様な無茶振りがあるんじゃないかと警戒していた。
「安心したまえ。今回のはちゃんと許可を取ってある。これはこの前遺跡調査に行った時に見つけた物なんだがね」
(やっぱり前回の無許可かよ。しかし遺物か…)
天理は前回の実験の記憶を思い出さない様にしながら、遺物には少しだけ興味を引かれつつもふーんという風に黒い結晶を見やった。
「反応薄すぎないかい?」
「俺にとっての重要事項はその中身ではなくいかに安全に帰るかなので、興味がないと言えば嘘になります。ですが貴方なら俺の反応なんて予測できていたのではないでしょうか?」
「いやまぁ確かにそうだろうと思ったよ。ただ私は君の驚いた顔を一度見たかったんだ」
(だからなんでこの人俺にこだわるかなぁ)
天理のあきれ顔を見て苦笑いするエレリウス。
「俺の表情を見て楽しまないでください」
そう言いつつも、遺物とあれば興味を惹かれた天理はガラスケースに近づきしげしげと観察し出した。目を凝らすとかすかに精霊の気配が感じられる。エレリウスはその様子に満足げに微笑むと、天理に説明を始めた。
「これは以前発掘された古代の遺跡の最深部で手に入れたものだがね。どうもその遺跡は古代文明の一つ、日の国と言う国のものでは無いかという推測がなされている。この国の事は君なら知ってるね?この国にはかつて精霊魔法使いの始祖がいたそうなのだがある時を境にその存在が歴史上から消えてしまっているのだよ。その痕跡がこれにあると思うんだ。」
(日の国の遺跡には興味あるが…)
エレリウスが言うには精霊魔法も古代知識同様、知識を伝承していく者が途絶えた為、現代に残っているのは僅かだという。
「君ならこの遺物からなんらかの精霊の力を感じ取る事ができるだろう?この遺物につく精霊を通じて情報を取得し、何かしら古代の精霊魔法の情報が得られる事を期待しているんだ。天理君には是非その情報を取得する手助けをして貰いたいのだよ。」
「それは良いのですが何故俺に頼もうとするんですか、貴方には優秀な学者達が居るでは?」
いくら自分にも精霊使いの心得があるとはいえ、わざわざ他科の自分に依頼する理由が分からず、天理はエレリウスに尋ねた。
「まあ色々事情があるんだよ。私の方にも、それに他の学者達ともあまり関わりたく無いしね。一番の理由はこの結晶を解析するには四大精霊の同時行使が必要な事が分かったんだよ。うちにも同時行使の経験を積んだ精霊使いはいるが、複数人で行使せざるを得ない。すると情報取得の際に意識が混線してしまって、情報の読み取りが大変困難になるんだ。ここまで言えば分かるね?」
「一人で4大精霊同時行使魔法が使える俺でないと難しいと」
天理は結晶の横に置いてある大量の天理の魔力ガス欠対策用魔畜石を見て長丁場になる事を覚悟した。
「話が早くて助かるよ。天理君は古代遺跡に興味はあるだろう?私としても精霊魔法の始祖に関する貴重な情報を得られるなら報酬に上限はないと考えている。もし受けてくれるなら今後君の研究資金の援助をする準備もある」
(興味もあるし、悪くはない話なんだよな…しんどそうだが)
チラリと魔蓄石の山を見、いくら大量発掘されたとは言え昨日の今日であれだけの量の魔蓄石を準備できる精霊科…というよりエレリウスの政治力はカツカツな古代史科の自分にしてみれば羨ましい限りで乗らない手は無かった。だがあの魔蓄石の山を全部使いきる構えを見せている辺り簡単に解放してはくれなさそうなエレリウスの様子を見て、天理はため息をつく。
「…分かりました。お引き受けします。」
「そうか!受けてくれるか!では、解析はこの部屋を、休憩は隣の仮眠室を使ってくれたまえ。」
(って、泊まり込み前提か。まぁ家帰ってもまだ侯輝は居ないしな。詰めて早く帰れるならそれでいいか。侯輝が帰るまでに終わらせてやる!)
「…分かりました。諸々支度をしてきますので昼過ぎからでお願いします」
「構わないよ。準備しておこう」
天理は一旦古代研究科の部室に戻ると本日提出予定だった資料を科長のアナスタシアに提出し精霊科への協力要請を受けた事を連絡すると、泊まり込みの為の所用所要を済ませ昼食をとると、エレリウスの研究室に戻り結晶の解析を始めた。
「では早速始めよう。結晶を中心に君の契約精霊を配置してくれたまえ」
「はい」
天理は自身の契約している4精霊を順に召喚する。「[[rb:風の精霊 > シア]]」「[[rb:水の精霊 > ウィン]]」「[[rb:炎の精霊 > ブラム]]」「[[rb:土の精霊 > ガノ]]」召喚された人型子供程で半透明の精霊達に軽く言葉を交わしながら指示を与える。それぞれ結晶の周りで漂ったり寝そべったりし始めた。
「ウィン、ガノ、仕事だ真面目にしとけ」
(俺がやる気ないのバレるだろ。あとブラムお前もな)
『りょーかーい!』『はーい』『(…了解した)』
天理が手を叩き、見た目やる気の無さそうな精霊に喝を入れる。表情が鉄仮面で分かりにくいブラムもそうだったので心の中で注意すると渋々了解された。
エレリウスはその様子にいつ見ても素晴らしいと感嘆した。
「天理君の精霊は生き生きとしていて実に良いね」
「はぁ…仕事は頼りになりますが、俺のは自由すぎますね」
「ふふ、それだけ君が信頼されているという事だよ。さて、解析を始めよう。まず精霊達に同時に結晶に触れさせた後、精霊と意識を同調させるのだ。それで結晶からの情報が読み取れる。読み取りには精霊召喚とは別に魔力を消費するから気を付けて」
「わかりました」
天理が精霊達に指示を与え結晶に触れた後、意識を同調させる。結晶に宿る未知の精霊は意識らしきものが微弱でコミュニケーションは取れずただ情報を天理に流し込んできた。頭の中に様々な光景が流れ込んでくる。それは長いものや一瞬だったり次々と場面転換を繰り返して流れていく。異国の衣装を纏う人々、現代ではどう建造しているのか見当もつかない建物。結晶に向かい儀式らしき事をする黒髪の人。見覚えがあるような無いような不思議な感覚があった。
(これは凄いな…解析を進めればきっと……っ!!)
「ぐっ」
天理が好奇心で読み取りに専念できずそう"意識"すると頭が割れそうな程の頭痛に襲われ倒れ込んだ。そしてそのまま天理は意識を失った。

「ぅ……」
「おや、起きたかい?」
頭を撫でられているような感覚で目を覚ますとそこはエレリアスの膝枕だった。
「俺は…」
「君は突然倒れたんだよ。情報量に耐えられなかったんだろう、魔力を一気に消耗したようだね」
天理の手には魔力を回復させる為の魔蓄石が握らされていた。
「…あの、すみません。もう平気です。ご迷惑をおかけしました。意識の集中を誤りました」
天理は起き上がろうとするがまだ少し目眩が酷く叶わなかった。
「謝る事ではないさ、気にしないでくれ。それより、体調の方はどうだい?」
天理の頭を撫でながらエレリウスは優しく微笑む。
(うわ、気のせいじゃなかったか…)
「…特に問題ないと思いますが、少し疲れた感じですね。魔力の消費はもちろん短時間で大量の情報を詰め込まれる感じが精神的に消耗します。ですが魔畜石をもう少し頂ければまだ続けられそうです」
撫でるその手から逃れる様にふらつかぬよう、天理がゆっくりと起き上がると、エレリウスはその手を名残惜しげに離した。
「ふむ……。だが今日はこの辺にしておこう。読み取りはまた明日続きをやるといい。」
「はい、ありがとうございます。では読み取ったものについて資料だけまとめておきます。なかなか興味深いものもありました」
「おお、そうか期待できそうだね。では、そうしてくれ。それにしても、いつ見ても君の精霊魔法は美しいな。精霊に愛されているのが分かる」
エレリウスは天理が倒れ、魔力供給が切れても尚しばらく、精霊達が護るように天理の周囲を囲んでいたのだと感心していた。
「…魔力不足ですぐガス欠起こしてぶっ倒れる様な主ですがね」
「謙遜する事はないさ。君の様な存在は稀有なのだからね。天理君、解析の間学院に泊まり込みなのであればどうだろう、今晩のディナーを共にしないかい?君の精霊達の話を是非聞かせて欲しいんだ」
エレリウスは大半の女性は虜にしてしまいそうな笑顔で天理を誘う。
「お誘いはありがたいのですが、解析の情報量が思いの他多量でしたので、忘れない内に詰めて資料としておきたいです。学院の食堂で食事を済ませてしまおうかと」
学院の有力者とより懇意にしておく事自体は悪い事では無いのだが、天理にしてみればこうして協力している事だけで十分として貰いたいものだと思っていた。学院の食堂は徹夜で作業する者の為の軽食も用意されており、それを利用しようと天理が考えていると、エレリウスは残念そうに肩を落とした。
「ふむ……そうか、残念だ。ではまた明日朝から頼むよ。」
天理の肩に手をおくとその感触を確かめるように撫でた。
「はい、ではまた明日」
(うう…なんだろうな、いつもこの人のこの感じ…こういうのの断り方は侯輝なら得意なんだがなぁ…って俺は子供か。あ、こういう時指輪使うのか?でも見えてるよな?どうすんだ?)
天理は普段からスキンシップ過剰な恋人の事を思い出しながら、指輪をそっとなぞり困惑した気分を落ち着かせる。エレリウスが研究室を一旦あとにすると天理はモヤモヤした感情を抱えつつも読み取った光景の整理に没頭する事にした。

翌朝より再び解析を続ける天理。魔畜石の魔力供給を受けて情報取得が進むも途中どうしても倒れてしまう事があった。そしてまた魔蓄石により魔力が回復される。
(あれ?魔力あまり回復できてないな…まだ魔畜石余裕あったよな?俺の金じゃないけど)
「大丈夫かね。天理君」
「すみません、またもう少し魔蓄石頂けたら再開できますので…」
エレリウスが心配そうに天理に声をかける。だがどうにもエレリウスの態度に単なる好意にしてはどうにも違和感を感じてしまう天理は早く終わらせて帰りたいが為にフラフラしながらも立ち上がる。
「待ちたまえ、顔が青い。一旦ベッドで仮眠したまえ。茶を炒れよう。座っていたまえ」
そうエレリウスは倒れぬ様に天理の腕を取り隣室へ連れベッドに座らせる。強度の情報処理により、強く否定しきれない程精神的にも疲弊していた天理は下手に倒れて長引いてしまうよりはと仕方なく休憩する事にした。エレリウスが隣室に戻るとしばらくしてトレイに置いたお茶を持ち戻った。
「さ、これで一息いれたまえ」
頭に手をやり少しぼーっとしている天理に嫌ではないが独特な香りを漂わせる煎じ茶を差し出す。天理は受けとるとコクりと飲み込んだ。
「…ありがとうございます。………」
(味は悪くない、良い茶なんだろな。体質にあってれば良薬口に甘しとかどうとか?でもなんか違和感が…あれ?)
「どうかしたのかい?」
ニヤリとしながら顔を覗き込むと天理の茶を取り上げ脇のトレイに置く。
天理の体にそれまでの不調とは明らかに別の痺れの様な感覚が体を覆い始めた。
(やられた?!なんで)
「まぁ、すぐに治るから心配しなくても良い」
エレリウスは天理の肩を押しベッドに沈めると肩を押さえたまま覆いかぶさる。
「な、にをする気ですか。離してください」
抵抗しようとするも力が入りにくく抜ける事ができなかった。
「君は古の魔術契約の事は知っているかい?人同士で契約を結ぶ事によって様々な能力共有が可能となる術の事を」
そういいながら天理の上着のボタンを外し始める。その魔術の内容を知る天理の顔は真っ青に染まっていく。
(冗談!こんな事のために侯輝を裏切る様な真似できるか!)
「やめてください!っ離せ!」
頭の中に侯輝の顔を思い浮かべ動かぬ体を叱咤する。
エレリアスはその様子を見て嗜虐心をくすぐられた様にさらに口元に笑みを深めて上着をはだけさせ「おや、思ったより綺麗な体だね」と呟き手を這わせると、天理は鳥肌立てた。まずは麻痺をどうにかせねばと残った僅かな魔力で炎の精霊の活性化による解除を試みようと精神を集中しようとするもエレリウスは見透かした様に微笑する。
「そうそう、私の精霊特性と契約精霊が何か、君は知っているよね?」
エレリウスは片手を揺らめかせる様に踊らせ精霊語による召喚を素早く行うと二体の上位精霊、炎の精霊王と土の精霊王を召喚した。その大きさは天理の呼ぶものと違い大人程の体躯があり悠然と姿を現した。
(精霊王の領域掌握か!ちっ、精霊王の召喚にしちゃ早いな全部仕込済かよ)
精霊王は一定範囲内の眷属の精霊を支配下に置くことができる。これで天理の[[rb:炎の精霊 > ブラム]]の力は封じ込められてしまった。時間はかかるが浄化は可能な[[rb:土の精霊 > ガノ]]までも封じられた。
「君が炎の精霊で解除を試みようとする事くらいは想定できた事だよ。私は一応精霊科の科長なんてものに就いている身なのでね。さあ、続きをしようか」
「くっそ……ここまでしなくても、情報取得はできるでしょうが!」
(なんか手は、手はないか…)
絶望的な状況においても尚天理は不自由な体で抵抗を続ける。ほとんど意味を成していなかったが必死で頭を動かした。諦める事が侯輝への真の裏切りなのだと左手の指輪を意識し、自分に言い聞かせながら。
「意外と君は往生際が悪いのだね。情報取得については確かにそうだが君と契約を結びたいのはそれだけでは無いんだよ」
「どういう…」
「君は君の喚ぶ精霊達がどれだけ素晴らしいか美しいか理解しているかい?私は君を通して喚ばれる精霊をもっと見ていたい、叶うなら私の…いや私達だけのものにしたい」
エレリウスはうっとりとしながら身振り手振りを加え熱弁し、そして天理の頬に手を添える。
「何を言って……契約精霊を共有なんて聞いた事が…」
エレリウスの意思に天理の周りで微かに漂う天理の契約精霊達が姿は現せぬものの拒絶の意思を各々天理に伝えて来る。
『なんかやだ!』『土の人こわーい』『でかい面が気にくわない』『私は…主は主一人が…』
「おやおや、二種類とはいえ精霊王をも従え魔力も潤沢な私だというのに君の精霊達には嫌われている様だね。私と契約すれば私の魔力も共有できる。君は魔力切れを起こす事も無く精霊達を召喚維持する事ができる。悪い話ではないだろう?」
「確かにいい話かもしれないが断ります。うちの精霊どもが嫌がってる」
「精霊が意見し、それを聞く精霊使いか。実に面白い存在だね君は、それが精霊達に愛される要因なのかね?さあ、今日から私も混ぜてくれたまえ」
(うわぁ…)
エレリウスが再び天理の体に手を這わせる、その言葉に天理と精霊達は揃って寒気を覚えた。と同時に一気に反撃の意志が灯る。天理は心の中で精霊達と自分自身に発破をかけた。
(お前ら最後まで抵抗すんぞ!)
天理は周囲から『応』の声を聴くと集中する。
「シア!ウィン!」
天理は[[rb:風の精霊 > シア]]と[[rb:水の精霊 > ウィン]]を呼び出すとエレリウスの大精霊に仕向けた。だが寸でのところでエレリウスの大精霊に弾かれてしまう。
「おお!素晴らしい、この状態でもまだ呼べるのかね?だが私の大精霊には届かないよ?観念したまえ」
同種の火と土では領域掌握中の上位精には歯が立たない。土王に風のシア、火王に水のウィンを当て込みたかったが同時に風は火に、水は土に弱かった。細かい制御をすれば届いたかもしれないが魔力も尽きかけたこの状況では厳しかった。
「ちっ」
謝罪の意を伝えるシアとウィンに気にするなと伝えつつ己の不甲斐なさに舌打ちした。
(俺はほぼ魔力切れ、魔蓄石があっても呼べるのは精々中位レベル、そしてこの野郎は腐っても精霊科の科長だったな!畜生!まだだ、まだ諦めない!)
「私だって強引にしたくはないのだがね。君の力は魅力的なんだよ?君自身は興味が無い様だけどね。だが安心してほしいちゃんと精霊達にも納得してもらうさ、そうそう、君の恋人にもね。私は君との魔術契約を結びたいだけだよ。きっと分かってくれるはずさ」
エレリウスは天理の左手の指輪を一瞥し、そう言うと、契約呪文を唱えながら自らの血で手早く天理の体に契約印を描いた。首筋を舐め手を下に這わしズボンのベルトを外すと天理の全身に鳥肌がたった。
「クソ野郎!あんたなんぞにこれ以上うちの精霊に関わらせられるか!」
(おまえら!頼む俺の命を削ってもいい!力を貸してくれ!侯輝を…裏切りたくないんだ!)
天理は精霊達を守りたい意思と何より侯輝を想う心からの願いを精霊達に呼び掛けると、もう空だと思っていた自らの中に強い力が湧き出すのを感じた。天理を守る様に4精霊が成人並の大きさとなり毅然とした姿で現れると束となりエレリアスを守護する大精霊を吹き飛ばす。
(すまんブラム!もうちょい…)
「おおお!すばらしい!!すばらしいよ天理君!四体の大精霊!それは最早神の」「黙れ!!」「ぐぉっっ!」
天理はギリギリの魔力でなんとか[[rb:炎の精 > ブラム]]を自らに宿し炎の活性力で薬の効果を強引に解除するとエレリウスを全力で殴りつけ沈黙させた。

「はぁっ…はぁっ…」
天理は魔力切れと強制解除で全身が燃えたかの様な感覚に気絶しそうになりながら仮眠室から抜け、研究室にあった大きめの奇妙な魔畜石を引っ掴み魔力を僅かに回復させながら研究室から抜け出す。
(気持ち悪い、気持ち悪い、早く帰りたい、侯輝…)
脱がされた衣服をおざなりに直しながら足早に精霊科の棟から離れようとしていると、丁度棟に向かって来ていたアナスタシアに遭遇した。アナスタシアは天理のいつになく乱れた服装とただならぬ表情を見、一瞬その細い目を見開くと小走りで天理に駆け寄った。
「どうしましたかMr天理。エレリウス精霊科長のお手伝いではありませんでしたか?」
「科長!…今日は体調不良で帰宅を…というか、申し訳ありません、あちらの手伝いはキャンセルさせてください」
アナスタシアは天理がエレリウスの名前を出した途端に苦虫を噛み潰したような顔をした事、そして天理の体内に乱れた炎の精霊力を感じたがそれでも穏やかに答えた。
「分かりました。私の方で調整しておきます。今日はおやすみしなさいMr天理。また調子が戻りましたら古代研究科の方に出勤してくださいね。」
「ありがとうございます。失礼します!」
天理は一瞬唇をぎゅっと結ぶと、頭を下げ、そして帰宅の途についた。
「エレリウス精霊科長…ちょっとお話させて頂きませんとなりませんね…」
アナスタシアは天理が無事帰っていくのを見送り、頬に手を当てながら一見少し困った素振りにしか見えない様子でそう呟くとローブコートを翻し再び精霊科の棟へと静かに歩きだした。

天理は衣服を整えながら自宅に戻った。頭はぐらぐらとし、混乱する中、無理やり体に宿した炎の精霊力が乱れて熱っぽい。魔力が少なく顕現できないブラムの心配そうな意思だけが薄く届いた。
(すまんブラム回復するまで待ってくれ…)
「侯輝は…まだ来てないか…」
触られた箇所が気持ち悪い。今、風呂に入るのは危険かと一瞬考えたが早く洗い流したくてシャワーだけ軽く浴びる。
そしてベッドに潜り込み目を閉じた。もう何も考えたくない。
(早く帰ってこいよ侯輝…)
侯輝から貰った指輪を包むように強く握り締め、ただそれだけを願いながら眠りについた。
[newpage]
天理が眠りにつきしばらくした頃、侯輝は探索から帰還し、少しでも早く天理に会いたいと真っ直ぐ天理の家にたどり着いた。
「ただいま!天理。…もう寝てるの?」
鍵を開け呼び掛ける、まだ宵の口だと言うのに既に明かりのない部屋の中、ベッドで眠る天理を確認するが返事はない。
侯輝は自分が送った婚約指輪を包むように握りしめ、丸まって眠る恋人の姿に一瞬愛おしさを感じるも、少し苦し気な様子に胸が痛んだ。
「天理?大丈夫?」
そっと額に手を当ててみる。少し熱く額が汗ばんでいる。軽く湿った前髪をそっと払う。
「ん……」
少しだけ苦し気な表情が和らいだが、また指輪を握る手に力が入った。
「天理…」
体調を崩したのか、悪夢を見ているのか、何か力になれないだろうかともう一度手を伸ばし、触れようとするとビクッとして目が開いた。
「ん…あぁ、おかえり侯輝。早かったな」
いつも喜んでいても顔に出そうとしない天理が心底安心した様に微笑んだ。
(え…久しぶりに会えて俺も嬉しいけど、熱出て不安だったのかな?)
「ただいま天理。うん、依頼が早く片付いたから。ねぇ大丈夫?熱もあるみたいだし」
「ああ…少し仕事で…無理したかも…」
天理は少し言い淀み言葉を詰まらせると涙を滲ませた。
「えっ泣いてるの!?」
「え?大、丈夫」
天理は自分でも驚き、慌てて指先で拭い急いで起き上がろうとするが眩み、再びベッドに沈む。
「大丈夫じゃないでしょ!どうしたの?やっぱり何かあったんじゃないの?」
「なんでもない。ちょっと疲れただけだ」
天理は何でもないように振る舞おうとするが先ほどまで自分の身に起こった事がフラッシュバックし顔が青ざめ体が震えだした。
泣く程震えた姿に当然誤魔化されるわけもなく、侯輝は真剣な眼差しで天理をじっと見つめた。
「何があったのか話してよ。俺は、天理の力になりたい。俺じゃ頼りにならないかもしれないけど」
侯輝の視線に誤魔化すことを諦めた天理は目を閉じ、深く深呼吸をする。そしてゆっくりと目を開くと、語り始めた。
「いや…本当に大した事じゃないんだ。結果的にだけどな。学院の仕事で…無理やり魔術契約を…その、要は犯されそうになって」
「は?」
その言葉に侯輝は目を見開き呆然と呟く。慌てて天理は言葉を続ける。
「ああ大丈夫だぞ?ちゃんと返り討ちにして未遂だからな?ただちょっとギリギリで制御できなくて…今俺の炎の精霊力おかしいから熱っぽくなってる…け……」
天理は思い出したせいか震えて最後まで言い切れなかった。その様子に耐えられず抱きしめる侯輝。
(誰だ!俺の天理に手出したの!)
侯輝の心が真っ黒に覆われた。だがすぐに目の前にいる恋人が苦しむ姿に歯をギリと食いしばって思い直すと、まずは癒すべきだと思い直し努めて優しい声で話した。
「辛かったね…じゃあ今熱っぽいのはそのせいなんだね。天理の精霊ならなんとかできるんじゃないの?」
「あ、ああ。精霊を送還したかったんだが今日はほぼ魔力空で帰宅してな…制御しようにもできないし、熱っぽいだけなら我慢して眠って魔力回復すればいけると思ったんだが…」
侯輝の言葉に少しだけ落ち着きを取り戻せた天理は、落ち着いて答えた。
(魔力空になるって学院で何されてたの!)
「じゃあちょっと寝て待てば大丈夫なの?」
「それが…魔力の回復がなかなかおぼつかくてな…召喚しっぱなしだから魔力を消費しっぱなしになってて、いつになるか分からん」
「それ大丈夫なの?」
「俺の…体力次第かなぁ…あはは」
腕の中で天理は力無く乾いた笑い声を上げるが、全く笑えない。天理は学者の割には頑張っている方だが今、体力がそう持つ様子には見えなかった。
「それダメなやつじゃん!天理、俺が来てなかったらどうするつもりだったの?!」
「う…そう怒るな…寝る前は混乱してて想定しきれなかったんだ…」
思わず天理に強めに突っ込みを入れてしまうとまた気分が沈みそうになる天理を慌てフォローする。
「えっと魔畜石…は無いからこうなってるんだよね?」
「ああ…」
天理はもう報酬が貰えるか分からないし、研究室からもっとくすねておけば良かったと思ったが後の祭りだった。それにしばらく精霊科には近づきたくもなかった。店は閉まっている時間で神殿に行けば緊急対応して貰えそうだが少し遠い。別の魔力回復手段はあるのだがちょっと恥ずかしくて天理は言いあぐねていた。
「そうだ!冒険者ギルド行って誰かに譲って貰えないか聞いてくるよ!」
誰が持っているか少し賭けになるが、ともかくと侯輝が天理を横たえ腰を上げようとすると腕を捕まれて阻まれた。振り返ると天理が不安そうな顔で腕を掴んでいた。
「天理?」
「あ…いや、何でも、ない」
天理は自分でもその行動に驚いている様で、手を離そうとするも名残惜しげなのが見て取れた。天理は自分自身に困惑し侯輝をこれ以上困らせまいとやっとで手を離す。
「じゃ、じゃあ、頼まれてくれるか…」
侯輝は不安そうに見上げている天理の横に再度ストンと腰を下ろす。
「侯輝?」
戻ってきた侯輝に疑問を持ちながらも明らかにホッとした顔をする天理。
(もう。行かないでって顔に書いてあるのにこんな時ですら言えないんだから天理は)
「ごめんね、先走っちゃった。俺に他に出来る事あるなら言って?一緒に神殿行く?俺抱えて連れていくよ?」
不安そうな天理の傍にいるのはいいが魔力枯渇はなんとかしなければならない。何か言いあぐねている天理の手を握りじっと見つめると、天理はちょっと目を反らしながら話し始めた。
「その、あるには…あるんだが…お前に負担かかるし…」
「俺の負担なんていいから言ってよ」
恋人同士でしょ!とぐっと顔を近づけられ天理は観念して答えた。
「わかった言うから!…魔力の供給を…お前からして貰えれば。」
「俺の魔力で良かったらいくらでも貰ってよ!でも俺神官じゃないんだけど、どうやるの?」
「…魔術儀式をして、粘膜接触した状態でお前の精液を俺にくれれば」
「え?」
侯輝は顔を赤くして恥ずかしそうに天理が言った内容が処理出来ず聞き返す。
「つまり、だな。俺とSEXしてお前が俺の中に出してくれれば……俺はお前の魔力を貰えるから……」
更に真っ赤になりながら自分の下腹部を擦った。その内容と仕草に侯輝も赤くなる。
「いつもやってる通りでいいの?」
「儀式したらまぁいつも通りかな…キスしたままだと尚いいらしいが」
「でも今体大丈夫?」
[[rb:炎の精霊 > ブラム]]を体に宿したままとなり、熱っぽい天理の体を気遣う。
「多分まだ大丈夫だ…だから…早めに頼む」
天理はこの時やっと自分の気持ちを正しく把握した。本当はもう魔力供給の方が口実だった。不安でいっぱいの心と体を侯輝にただ抱いて欲しかったのだと。

「分かった。下の準備は?」
「気持ち悪かったから気合いでシャワーだけしか…行ってく、ぅわ!」
侯輝は起き上がろうとする天理を抱き上げると脱衣場に向かい、座らせると服を脱がし始めた。
「まるっきり介護だな…ありがとなって何でお前まで脱いでる?」
「俺が洗うよ?やり方はバッチリだからね」
何事も経験だよね、抱かれといて良かった!と侯輝はニコニコしながら天理と自らの衣服を脱衣かごに放り込む。
「な!!自分でできる!出てけ!なら恥ずかしいの分かるだろ!」
「だめだよそんなフラフラで。倒れたらどうするの」
侯輝は自分も全裸になると真っ赤になって否定し弱々しく暴れる天理を問答無用で抱え浴室に入った。
温めの湯を張りながら浴槽に腰かけると困惑した表情の天理をその上に向かい合わせで跨がらせた。
「お前この体勢で洗浄やらせる気か…」
「うん、だってこうしないと危ないじゃん」
「……もう好きにしてくれ。あと、こっち見んな」
「はいはい。じゃあ入れるよー力抜いててね」
当然とばかりに事を進める侯輝に天理はやって貰う以上これ以上は文句は言えないと観念し侯輝の肩に顎を乗せ、目を閉じて力を抜いた。
ぬぷり、と指を入れてマッサージして器具を挿入すると天理の中にお湯を流し込む。
「っ、ぅ……、ふ……」
「ごめんねすぐ終わるから我慢して」
眉をひそめ異物感に耐える天理に侯輝は優しく声をかける。
「いい…早く終わらせてくれ」
「……そろそろかな。じゃあ天理、お湯を出して」
天理は顔を背けながら息を止めると後孔から少しジョロジョロと音を立ててお湯を排泄した。その音と感覚に恥ずかしさで涙が滲み、死ねそうなくらいの羞恥心に耐えられず小刻みに震える。炎の精霊が宿っていなくても全身が熱くなった。
「っ~~~!!」
侯輝ははーっはーっと息をする天理の髪や背中を撫で落ち着いた所を見計らって再び器具を差し込んだ
「もうちょっと頑張って天理」
「ぅぅっ…」
お湯を入れ排泄を繰り返す。
「これで最後でいいかな」
最後の排泄を促すとやっとこっちを向いたと思った天理が下から手を差し上げ侯輝の耳を塞ぐと再び俯く。天理の震えと排泄した気配だけが伝わると熱のせいだけではなく真っ赤になり涙目の天理が顔を上げ手を外す。
「終ったぞ…最初からこうしてりゃ良かった…」
「はい、よく頑張りました」
赤くなりながらもお前楽しんでないか?と言う無言の視線を投げる天理を侯輝はぬるま湯の浴槽につけ、自分も手早くシャワーを浴びる。フラフラとしながらも未だ強気に「拭くくらいできるって」という声を聞きながら二人共タオルで水分を拭き取ると抱き上げて再びベッドに戻り座らせた。

「じゃあ初めていいの?」
「準備する」
天理は手の指を少し噛み切ると血で魔術印を自分の胸と侯輝の胸に描く。いつもの交わりと異なり倒錯的な光景に侯輝がドキドキしていると「手を…」と左手を軽く上げ差し出され侯輝はその手を絡めて力強く握り返した。
そして天理が契約の魔術式を唱え終えると一時の契約が結ばれた。侯輝は念話の様な何かうっすらとしたもので天理と繋がった様な感覚を覚えてちょっと嬉しくなった。天理も繋がっている事が分かるのか安心した様に薄っすらと微笑んでいて侯輝は思わず見惚れてしまった。
「すまん、あと、頼む」
「うん。全部任せて」
恥ずかしそうにそう言う天理を安心させるように微笑みながら、そっと寝かせそのまま唇を重ねる。舌を入れ口内を探ると唾液が混じり合う。舌も少し熱い。これだけでも僅な魔力が天理に流れるのを感じた。暫くしてお互いの口から糸が引いて口を離す。
「大丈夫か?侯輝」
「こんな時くらい人の心配しなくていいの。全然平気だから」
今自分の方が大変な身だというのに心配そうに見上げてくる天理に侯輝は苦笑した。
「ん…」
素直に頷く天理に侯輝は唇で天理の首筋から弱い所を順に下に辿る。胸の魔術印を避けなければならないのかなと避けて惜しんでいると「もう消えても大丈夫だぞ」と声が降りてきた。血の味のする心臓に吸い付く。
「んっ!…やってくれという意味では」
「違うの?」
誘った様に言った事が恥ずかしかったのか慌てて否定しようとする天理に確認する様に聞くと「ぅ…そうなるか」と言って顔を背けた。
「そうだよ。」
(嬉しそうにしちゃってるのにもう、素直に言ってるの自分で分かってないんだもんなぁ、可愛いなぁ)
天理が恥ずかしそうにしながらも同意してくれたので、そのまま胸の飾りを弄り弱い脇腹を撫でると触る度にびくりと反応を返した。徐々に息の荒さが増す天理の体力を考慮し、焦らさずでも優しく的確に天理を追い上げる。天理の秘所に指を這わせ優しくマッサージするとほどなくして柔らくなる事を確認する。
「も、いいぞ」
天理は目をそらしながら、これも早く繋がりたいと言ってしまっている様に聞こえているだろうかと思いちらりと侯輝を見ると(今度はちゃんと自覚したのかな)とばかりに微笑まれ、もう一度目をそらす事になった。
「じゃあ入れるね」
侯輝は天理の腰を掲げるとゆっくりとそこに自身をあてがい侵入させる。まだ少しきついが充分解され濡れている為、抵抗なく入っていくと天理の体が震えた。
「はっ!…あ!…ぁああ!」
「あぁっ!」
(凄い、熱くて絡みついてくる)
入れたばかりだというのにもうイキそうなくらいビクビクと震える天理の中は、まるで欲しくて欲しくて堪らなかったとばかりに侯輝のものを包み込み締め付けてくる。そのあまりの気持ち良さに侯輝は思わず達しそうになるのをなんとか耐えた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
全部入ったところで一度止まり、「大丈夫?」と聞くと「ぁぁ」という返事と共に腕が伸びてきたので抱き返し慣れる間しばし待つ。
嬉しそうにしながらも下になっている天理が息苦しそうなので楽になるよう体位を変える事にする。侯輝は一旦体を起こし天理の片脚を持ち上げてその脚を跨らせた。そのまま天理の体を横向きにさせ、自身の体をその後ろに回り込ませると並んで寝転んだ。そして天理の片足を上げて支えると後ろからゆっくりと突いてみる。
「んっ!」
「苦しくない?」
「ん、楽。…こう言うと、嫌がるかも、だが、精液貰えれば、いいから、好きに、動いて、くれても」
侯輝は天理の顔を後ろから覗き込んで確認する。天理はその体勢に恥ずかしそうにしながらも少しだけ楽になった様子だったが、まだ息も絶え絶えに答えた。相変わらず遠慮がちな天理に、もっと我が儘言って身を任せてよとほんの少しだけ腹を立てて非難する。
「またそういう事言う。一緒に気持ちよくなろうっていつも言ってるでしょ?」
「世話なりっぱ、だし、お前も、帰ったばかりで」「それにね」
天理の言葉を遮りながら侯輝はまだ言うの?とばかりに後ろから前立腺をなぞりながら少し強く突いた。
「ああっ!!」
(もう、そんなすんごいエロい顔して)
「こんなに俺をきゅうきゅう締め付けて欲しいって言ってる癖に」
「~~!」
天理は快楽に押され、また漸く心に沈んでいた自分の正直な気持ちを知り始めていた。正直欲しかった。一人で不安で堪らなかった。会えない時間に寂しいとどんどん思うようになってしまった。俺こんなだったか?と天理は侯輝との思いが溢れて止まらなくなってきていた。
「あっごめん泣かないで天理」
(俺の馬鹿!弱ってる天理いじめてどうすんの!)
「あれっちがっ」
またも己の涙に戸惑い、拭おうとしている天理の涙を吸い、落ち着かせるようにキスの雨を降らせると天理は少し落ち着いた。
「侯輝…寂しかった。ホントはただ抱いて欲しかった。お前がもっと欲しい。一緒に…気持ちよくなってくれ」
天理は切なそうな瞳で振り返りキスをねだる。侯輝はその願いに歓喜し応えた。
「うん!俺もだよ。一緒になろ!」
にこりと笑って唇を重ねると再び動き出す。お互いの舌を絡ませ合い唾液を交換し合う。ぐちゅりという音を立てる結合部は段々と速度を増していき、やがて二人は達した。
(受け取って天理、俺の全部をあげるから)
[newpage]
(愛してる、侯輝、お前の全部が欲しい)
天理の体に侯輝の熱い精液が注ぎこまれると同時に天理は侯輝の声と力強い魔力が天理の中に満ちるのを感じた。
天理はその一瞬に侯輝を象徴するような力の光景を観る。眩しく光り輝き導く力、闇よりも深く包み込み、時に翻弄する力、どちらも侯輝らしい。
天理は魔力供給で眠ってしまった侯輝にキスをする。
(馬鹿だなホントに魔力全部渡さなくても良かったのに…でもそんなお前が焦がれる程好きだよ)
あの一瞬、まるで念話が通じた様に侯輝の声が聞こえていた。当然自分の想いも届いてしまったんだろうなと思うと恥ずかしくて仕方がなかった。何せ自分が全部寄越せと言ったのだから。
『還っていいか?』
そう考えていると体に宿したままの[[rb:炎の精霊 > ブラム]]から催促の意志が届く。
天理は達した倦怠感と熱で朦朧としながらも自己を叱咤し己に宿りっぱなしの[[rb:炎の精霊 > ブラム]]を送還するために精神を集中する。
(待たせたなブラム、無理に引き留めてすまなかった。休んでくれ)
『無理をするな。よく休め。いつでも喚べ』
[[rb:炎の精霊 > ブラム]]はちょっと文句をいいながらも天理を労ると還っていった。交わりの余熱だけを残しながら熱が引いていくのを感じる。同時に体力の限界が来たのかそのまま意識を失ってしまった。
[newpage]
目を覚ますと辺りが少しだけ明るい、夜明け前。目の前に天理が眠っている。どうやら達した後、魔力を渡した事により自分も眠ってしまったと気づく。侯輝はすーすーと穏やかに眠る天理の額に手をやり、熱はもうない事を確認して安心する。
(良かった・・)
侯輝は昨日の天理の事を思い出す。襲われて家でたった一人、渡した指輪だけを頼りに祈るように苦しんで眠っていた天理。たまたま早く来なければもっと酷い状態になっていたかもしれない。辛かったはずなのに平気なふりして。『寂しかった』の言葉。守りたい。できるならどこかに閉じ込めてしまいたい。でも天理と共に冒険するのも好きなのだ。いつだって守れる訳じゃないけど。どうしたらいい?
(せめて一緒に暮らせたらいいなぁ…)
天理の頬をそっと撫でる。少し身じろぎするとぼんやりと目を開ける。
「ん…」
「おはよ天理。」
少しだけ目覚めの悪い天理はぼーっとしたまま侯輝を抱き寄せるとぽんぽんと背中を叩いた。
(また俺のガキの頃を思い出してるのかな?俺不安そうな顔でもしていたかな?やっと素直に全部欲しがってくれたと思ったのに相変わらずなんだから天理は)
少しだけ呆れ気味に、だがそんな恋人が愛おしくて仕方がないと顔を緩ませながらしばらくそうしていると、天理は目を覚まし、裸で抱き締めている状況に気づいたのかぴたっと動作を止めると顔を赤くして固まった。
「…おはよう、侯輝」
「おはよ」
(あーこれは色々思い出してる顔かなぁ可愛い)
「…あ、そうだ大丈夫か?」
思い出したようにパッと腕を解かれたので侯輝は少し惜しみつつ起き上がる。
「うん、大丈夫だよ。俺も一晩眠って回復できたしね。[[rb:炎の精霊 > ブラム]]も還せたんだね」
「ああ、おかげ様でな。すっかり良くなったよ。ありがとな」
天理が素直にほほ笑むと侯輝は閉じ込めたい気持ちでいっぱいになった。
「どんどん頼ってよね。今日お仕事行けそう?とりあえず朝ごはん用意するよ!天理は支度してて」
「あ、ああ回復したしな…頼む」
一瞬言い淀み少し考え始めた天理を侯輝は心配したが、すぐに笑顔で朝食の準備を始めた。
(まだ体調悪いのかな?)

まだ少しぼーっとした様にゆるゆると身支度を整え顔を洗った天理が居間に戻る頃、丁度朝食を作り終えたエプロン姿の侯輝が笑顔で手を拭きつつ出迎えた。
「丁度できたよ!並べるから座って!」
「ああ…いただきます」
少し不安そうな表情をしていた天理はそんな侯輝を眩しそうに見、少し恥ずかしそうにしながらも表情を和らげた。
二人は食卓で向かい合い侯輝が用意したトーストと目玉焼きを食べ始める。天理はもくもくと食べながらもやっぱり少し不安そうにすると話し始めた。
「…あのな。昨日の話の続きになるんだが」
「うん。」
(そうだ天理に手出した奴が誰だか聞かないとね。亡き者にしたいくらいなんだけど)
侯輝は昨日の傷ついた天理を思い出し、腸が煮えくり返る思いをしつつも表面上は大人しくした。
「俺、学院クビになるかな…」
「なんで!!」
侯輝はその突然の内容にガタンと立ち上がった。
「俺に手を出してきた相手がな、仕事の依頼主の精霊科の科長で、俺そいつぶん殴って逃げてきてんだよ。仕事もキャンセルしてるし」
「なんでそれで天理がクビなるの!」
侯輝はそういえば返り討ちにはしていたんだったなと少しだけ溜飲が下がりつつも精霊科の科長という単語を心に刻みつけた。まあ落ち着けと天理がジェスチャーしたので侯輝は座り直すも新たなる怒りが生まれた。
「…学院じゃ力のあるやつで、ちょっと相手が悪い。俺は研究職で教壇にも立たない学院の雇われみたいなものだしな。古代研究科も元々肩身が狭いし、学院も俺を切るのにそう躊躇しないと思う。まあレアスキル持ちを放置はしてこないだろうから、連絡はつけられる様にしてくるだろうが…」
「そんなのおかしいよ!!天理は頑張ってるし、成果も出してるでしょ!天理あんなに辛い目にあってるのに!」
侯輝は昨晩の苦し気な天理を思い出せば悔しくて仕方がなかった。
「心配かけてすまん。まあなんとかツテあたって職見つけるしかないかな。お前にもまた迷惑かけるかもしれない」
「…冒険者にならないの?精霊魔法だって使えるし、俺が守るよ」
侯輝は天理を守る為に一緒に冒険者になる事も考えていたが天理が遺物研究が好きなのを知っていたから強くは言い出せないでいた。
「うーん…そうだなぁ。考えておく。ごちそうさま…とりあえず今日は学院に出てくる。出ずにいて世話になってるうちの科長に迷惑かけるのも辛いしな。」
そう言いつつも天理が好きでやっていた古代の遺物研究から離れる事になれば辛だろうと侯輝は思うも、無理強いはできないのでそれ以上何も言えなかった。
冒険者でも遺跡に入れる機会もあり遺物に触れられる機会もありそうだが、冒険者がいつも遺跡探索している訳ではない。個人で研究を進めるのはかなり制限がかかるであろうから。
(俺何か力になれないかな…そうだ)
「俺も行く」
「…学院についてくるのか?俺傷害で最悪捕まるかもだぞ、お前に迷惑かけられない」
「そんなの気にしないで。ホントは腸煮えくり返って暴れたいけど天理が悪く扱われない様に我慢する。入り口までついていくだけ。大人しく待ってるから。」
悪く拘束される様ならすぐ連れて逃げるつもりですらいたが、何より天理が傷つく結果で帰ってくるなら、いの一番に慰める為に。
「…分かった。ついてくだけだぞ」
不安そうにしていた天理はそれでも力を得た様に少し表情を明るくした。
[newpage]
天理は侯輝に直接的な言葉は無くとも勇気づけなれながら二人で学院の入り口にたどり着く、衛兵が居るがいつも通りチラリとこちらを見ただけで、特にすっ飛んでくる事はなかった。
「ここで待ってるから」
「ああ、行ってくる」
天理は侯輝に見送られいつも通り受付を抜け、古代研究科の部屋に辿りつく。同僚がいつも通り挨拶してきつつも少し遠慮した雰囲気を感じた。そのままアナスタシア科長室のドアをノックする。
「おはようございます、科長よろしいでしょうか、天理です」
「どうぞお入りなさい」
「失礼します」
天理が部屋に入ると、執務机で書き物をしていたアナスタシアはいつも通りさり気ない上品さがありつつも親しみを感じさせる雰囲気佇む。目尻の皺を更に深くして微笑む姿は不安を抱えていた天理の心を少し落ち着かせた。筆を置くとゆっくりと話しかける。
「おはようございますMr天理。体調はいかがですか?回復にはもう少し時間がかかると思っていたので使いの者を出そうとしていたのですが」
テーブルの上に魔畜石がいくらか置いてあった。確かに昨晩は魔畜石がいくらかあればどうにできていた。科長には昨日の自分の帰り際の状態から諸々見抜かれていたなと天理は気づいた。
「おはようございます。昨日はご迷惑・ご心配をおかけしました。その…なんとか回復できましたので。それで、俺の処遇についてなのですが…」
天理は昨晩の回復方法を思い出し少し言葉に詰まりつつ、己の処遇について覚悟を決めて尋ねた。
「あぁ、それについては問題ありませんよ、エレリウス精霊科長から貴方に暴行を受けた事が訴えられていましたが証明できない以上、証拠不十分として不問とさせていただきます。ただ貴方もなんらかの被害を受けていても同様となってしまいますが。」
「!俺は被害届けどころか一方的に処罰されるものだと…」
(よく[[rb:エレリウス > あの野郎]]の言い分が通らなかったな)
「彼に今回の件以前にいくつか問題がある事が判明しまして。貴方が前回協力した実験もその一つです。彼は優れた人物の体液を採取し、それを解析する事で、体に宿っている力の源を突き止めようとしていたようですね。」
「えっ!?」
アナスタシアの言う内容にぞっとして青ざめる天理。
「彼の研究によると、人の体内には魔力の元となる元素があり、その量や属性、質でその人がどういう性質や適正があるか分かるらしいのです。その立証の為に他にも幾人かの優秀な学者達に被害者がいる事を確認しています。巧妙に隠されていた為、決定的な手がかりを掴めずにいましたが、丁度貴方が彼の手伝いだ部屋に自由に出入りできる状態にあり、あの時貴方が彼を無力化させてくれていたので少々調査させて頂き証拠獲得に至りました。学院長へ報告し彼は今謹慎中です。彼ほどの人材を手放す事もできないので、恐らく地方の学院へ異動、という事になるでしょうね」
「そう…でしたか」
(どうりで手慣れてると。しかしそれなら契約はしなくとも…)
天理は想定以上の企みが背後にあったことを知り背筋が凍ったが解決に向かっている事を知り少し不安がおさまった。
「まぁ、精霊魔法を研究する彼にとって貴方はより特別だった為、貴方の力を十分に解明するには、貴方と深い仲になる必要があった。だから"ああいう"手段に出たのでしょうね。」
「契約で深い仲と言っても無理があると思いますが…」
天理は指輪を意識しながら左手を握りしめる。
「ふふふ。そうですね。しかも貴方は既に良いパートナーをお持ちのようですし」
「そ、そうですね…」
(あーこりゃ回復手段バレてるか?)
少し顔を赤くする天理にアナスタシアは天理の左手の指輪を見ながら我が子を見る様に暖かく微笑んだ。
「さて、という事で引き続きよろしくお願いしますね。監査から貴方にも調査が入ると思いますができ得る範囲で協力してあげてください。」
「わかりました。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。それでは失礼します」
「期待していますよMr天理」
深々と礼をし科長室を退出する天理にアナスタシアは笑顔で見送った。
「はい。あ、少しだけ席外します」
と天理は事の顛末を伝えるべく入り口で待つ侯輝を思い出した。
「どうぞ、今日出てこれないと思っていましたしごゆっくり。」
ちらりと窓の外を見た後、これも見透かした様にアナスタシアはにっこりとほほ笑む。
「す、すぐ戻ります!(汗)」

天理は早足で学院入り口に向かうと衛兵と談笑している侯輝を見つける。侯輝は天理を視界に入れると衛兵に一言話した後、天理に近づいた。
「天理!どうだった?!」
「待たせてすまん、うちの科長が動いてくれててな、クビはなし、だ」
「やった!良かったね!天理!」
不安が取り除かれ安心したような微笑を浮かべ報告する天理に侯輝は満面の笑みで天理に抱き着いた。
「うわっおいっちょっ」
「よかった~ほんっと心配してたんだから!!」
人通りが全くない訳ではない学院内。スルーしてくれてるが衛兵だって視界に居る。恋人の存在を隠すつもりが無いとはいえ恥ずかしいものは恥ずかしかった。
だが侯輝は一切喜びを隠さずにぎゅぅっと抱きしめる腕に力を入れた。
「わかったから、離れろって!!心配させて悪かった」
「ううん。無事ならいいんだよ。」
そうしてやっと天理を開放した。
「あと、お前、学院の衛兵と仲良く何話してたんだよ」
「ん?何か天理の役に立つ情報ないかなって。天理に事件で悪い噂は立ってなかったから、ついでに恋人がいつもお世話になってますってご挨拶」
あと精霊科の科長の情報とかね。と笑顔のまま不穏気味に呟いたのは一旦天理はスルーした。
「おまえ…いや悪いとは言わんけど…」
(こいつ、さらっとそういう事やるよなぁ)
「クビにならなかったならご挨拶して正解だったね!」
「そーだな…」
(恥ずかしくて入り口通りにくい、てか噂広がって学院内公認になるなこれ)
天理はうつむき気味で片手で額に手をやると、大部上機嫌になった侯輝は照れてる天理可愛いなぁとばかりにニコニコと満面の笑みを重ねた。
「ね、俺今日休みにしちゃうし、仕事現場見学していい?」
「流石に部外者を研究棟には入れられんな…」
そこにいる衛兵も天理が横にいる事と侯輝自身で仲良くなった結果ここまでお目こぼししてる状態だった。それに侯輝が職場に居られるのは天理は恥ずかしくて落ち着かない。
「そっかー残念。じゃあここで型のトレーニングして待ってようかな」
「入り口でそれもちょっと迷惑だろ…食堂なら一般開放してるし、そっちなら」
「そっか。それじゃ行ってくる!」
受付で正式に入場許可を貰い食堂に向かう侯輝。天理は先日エレリウスからの依頼で黒水晶から読み取った情報をまとめ、早速出向いてきた監査の質問に回答しているとお昼過ぎとなっていた。急いで食堂に向かうと、ちらほら残っている喫食者の中に侯輝が見当たらない。
(あいつどこいった?トイレか?帰りはしないよな…)
キョロキョロと食堂を見渡しているとなぜか厨房から声が聞こえた。
「天理ー!!おつかれ!席座ってて!おばちゃん、これ終わらせたら飯食っていい?」
「いいよー助かったよ、侯輝ちゃん、食べといで。まかない持っておいき」
「……あーうん。」
(あいつに大人しく待ってるなんて単語無かったなバイタリティ凄ぇ)
天理はでかい声で呼ばれた恥ずかしさより、昼食抜きで待たせてしまった申し訳なさが勝り、周りの視線は見ない事にして素直に席へ直行した。座ると侯輝が水と皿に大盛にして食事を器用に運んで来た。テーブルに着くと小皿をそれぞれに並べる。
「待たせたな。て、これ俺の分もか?」
「そうだよ!食べて食べて。暇だったからさ今日人手が足りなくて困ってた厨房のおばちゃんの手伝いしてた。昼めし代浮いたねラッキー」
「お疲れさん。ありがたくいただく」
天理は内心感心しつつも苦笑しながら食べ始める。侯輝のこういう所は冒険者としての資質だけではないのだろう。天理自身予想はしていたが結局冒険者になっても侯輝に頼りっきりになりそうだったなと思いため息が出た。
「疲れた?」
そんな天理を見、凄い勢いででも不思議と溢さず山盛りの食事を食べながら侯輝が聞く。
「いやそうじゃない。お前は凄いなって思ってただけだ」
天理がもぐもぐと侯輝の半分くらいのペースで食べながら答えると侯輝はにっこりと笑った。
「えへへー。天理に褒められた♪」
「そんなに嬉しそうにされても。…まだ褒めたりないか?」
「沢山言ってくれる様になったけどね。天理に褒められるならいくらでも嬉しい!」
「そうか…」
照れる天理を可愛いなと思いながら侯輝はニコニコと眺めた。
「そうだ天理、ちょっと考えたんだけどさ。俺たち一緒に住まない?俺今度ギルドのランク上がるんだ。そしたら報酬上がるし家賃も払えると思う。天理もクビにならなかったしさ」
「え…凄いじゃないかおめでとう。一緒に、か…」
元々頭の片隅で同居を考えていた天理は驚く。
「ありがと!…今度の事件でさ、どうやったら天理の事守れるかって考えた。いつでも一緒には居られないけど、俺が必ず帰る所に居て欲しい」
もう婚約までしているのに、またプロポーズみたいな事を言われ天理は顔を真っ赤にして俯いた。
「……わかった。その…俺もちょっと考えてたし…」
顔が上げられない天理を侯輝はやはり可愛いなと思いながら見つめた。
「やった!じゃあ住むとこ探さないとだね」
「そういう事でしたら丁度良いお話があるのですが」
「!アナスタシア科長!」
(いつからそこに!)
唐突に現れたアナスタシアに驚く天理。
「あっ!さっき振りアナスタシアさん」
(んでなんでお前もう科長と面識あんだよ!俺の知らない午前中にどれだけの事があった…)
「先ほどは楽しいお話をありがとうMr侯輝。お話割って入ってごめんなさいねMr天理」
手を挙げてアナスタシアに挨拶する侯輝にアナスタシアはニコニコとしながら会釈して返すと近くの席に座った。
(何を言った侯輝…)
「いえ…それは構わないのですが、お話とは」
「私の知り合いに中古物件のユーザを探している人がいましてね。少し古いのですが、好きに手入れして構わないとの事なので。もし良かったらと思いまして」
「それは願ったり叶ったりなのですが…」
「ありがとう!アナスタシアさん!よろしくお願いします!」
(そんでお前が快諾すんのか。いいけど)
天理がいい話だが相談しようと考えた瞬間には侯輝が二つ返事を返していた。考えは同じだったので特に追及はしないでおく。
「いえいえ、こちらも信頼できる部下とそのパートナーであれば安心できますしね。ではお話通しておきますね。おじゃましました。」
「よろしくお願いします。」
アナスタシアはまたにこりと笑うと席を立ち食堂から去っていった。
「……俺、あの人に足向けて寝られんな」
「天理助けてくれた科長さんだよね。天理の事それだけ評価してくれてるんだよ。午前中に話した時も褒めてたし俺自分の事みたいに嬉しかった」
「そうか!」
侯輝がにこにこと話すと天理は照れた様に嬉しそうに笑った。侯輝はさっきからもうずっと可愛い天理を愛でるように見つめた。天理ははっとすると誤魔化すように咳払いをする。
「……コホン、あーごちそうさん。そろそろ仕事戻るな。お前その調子だと待ってるのか?」
「もちろん!ここ面白いし」
「衛兵に迷惑かけん程度にな」
(午後の間に俺以上に顔広くなっていかねんな…)
「はーい。午後もがんばってね」
「ああ、今日は遅くならんようにするよ」
苦笑しながら天理は席を立つと侯輝の応援を背に受けながら食堂を後にし午後の就業に戻った。

天理はつつがなく午後の仕事も終わらせ帰宅しようと侯輝を探す間もなくすぐに今度は受付で談笑している侯輝を発見すると、二人は帰路に着く。
侯輝ランクアップ祝い兼天理無事祝い?で飯屋に入る。衛兵と食堂のおばちゃんは親子だの、たまたま来てた庭師は受付に片思いだの、学長は頭髪に関する投資を密かにしているだの本日の侯輝武勇伝を聴きながら和やかに食事をとった。
そして今日も侯輝は天理の家に泊まる。尚、天理は夜の後ろの準備を手伝いたがる侯輝を全力で阻止した。

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