7.心に欲しいもの
仲直りして幾日か経った休日、侯輝と天理は先日侯輝が破いてしまった天理の服を買いに街に出ていた。「適当なやつでいいぞ」と言う天理に、侯輝は折角プレゼントするのだからと色々見比べていた。服装に関して、実用的で清潔感が損なわれない程度であればいいと比較的無頓着な天理に対し、侯輝は素材の良い恋人を自分好みにコーディネートできるチャンスを逃すつもりは毛頭無かった。
「ど、どうだ?似合うか?まあまあ良いんじゃないかと思うんだが」
試着室から出てきた天理は照れ臭そうにしながら、侯輝が選んだ白いシャツに黒のジャケットとパンツというシンプルながらもシックな装いで侯輝の前に立った。
「うわ、めちゃくちゃかっこいいよ天理!惚れ直しちゃった!」
「はは、大袈裟だな、そうか。良かった」
ニコニコと褒められ天理は嬉しそうに小さく微笑むと、店員にサイズも丁度良いと勧められそのまま購入を決めた。
「シャツだけで良かったのに」
「ちょっと早いけど天理の誕生日祝いも兼ねて」
「ふふっありがとな」
「どういたしまして♪」
天理がはにかみながら礼を言うと、侯輝は嬉しそうに答えた。
侯輝たっての願いで天理は購入した服にそのまま着替え店を出ると天理は妙に女性の視線を感じる事に気付いた。
「おお…お前の服のセンスはやっぱりいいなぁ俺イケメンなんじゃないかって勘違いしそうだ」
「天理は元々十分イケメンだよ」
「ははは、ありがとな」
(お世辞じゃないんだけどな)
侯輝は本心で言っていたが天理が相変わらずの様だった。普段こうして二人で歩いていると大体声をかけられるのは侯輝の方だった。天理にしてみれば鍛えられた体躯も美しく明るい雰囲気のイケメンであり身だしなみもスタイリッシュで共に居ればよく話しかけられる侯輝の方こそモテると信じているのだが、実際は地味な装いだが天理のスタイルも良く凛々しい顔立ちに目敏く気付いた女性も、まず話しかけやすそうな隣にいる侯輝に話しかけている事を侯輝は知っていた。天理を独り占めしたい侯輝は天理が目立たない様、自分が程よく目立つ様に振る舞い、元々そう着飾る事に頓着しない天理の服装に口出ししないでいたのだった。
だが今日の侯輝は天理を着飾らせて己の恋人を思いっきり自慢したい気分だった。結果は侯輝の思惑通り、店に出た瞬間、普段全く気付いていない天理が気づける程天理に注がれる視線で明らかだった。道を歩けば早速天理は二人組の女性に話しかけれ、ナンパに慣れない天理が律儀に返そうとしているのを侯輝が割って入り「ごめんね俺達今デート中なんだ」と左手の指輪をさりげなく見せながら満面の笑みで追い払い、天理が顔を少し赤らめて困惑する…という件を三回程繰り返した。
(流石俺の天理。これだけ遭遇すれば自分もモテるって事、天理も気づくよね)
侯輝はデートを邪魔されるのは気に入らなかったが自慢の恋人がチヤホヤされているのを上機嫌で眺めていた。あまりにもモテる自覚の無い天理に少しは自覚して貰うのと、自分がやっているナンパ避け対処法を見て学習してもらう目論見もあったのだが……
「なあ侯輝、お前が選んだ服本当に凄いな。俺指輪してるのに、こんなに話しかけられたのはじめてだ。お前がいなきゃ対処できそうにないな…」
(ダメかぁ…これからずっと一緒にいるんだし長い目で見よう…)
侯輝は天理がそう苦笑しながら言うのを聞き、目論見は一切外れてしまっている事を知り方針を少し改めた。
「う、うん。天理はその服着てる時はあまり俺から離れないでね」(なんだかどこか連れていかれかねないし)
「ああ、すまないな。これはお前と出かける時だけにするよ」
侯輝に全幅の信頼を寄せた顔でそれでいて嬉しそうに天理がそう告げると、侯輝は思わず抱きしめたくなる衝動を抑えながら「うん」とだけ答えて我慢した。
カフェでランチを楽しんだ後、天理が探索用の消耗品を買いそびれていた事を思い出したので道具屋街に向かう。ファッションやカフェなどが中心だった華やかなエリアから油や鉄や薬草やら様々な匂いが混じるエリアに移動していくと、行き交う人々が女性を中心としたオシャレな人々から男性中心の冒険者や職人などの荒っぽい雰囲気の人々に変わっていく。すると天理に向けられる女性の視線や寄ってくる人間が減り、嗅ぎ慣れた空気に安心感を覚えたのか、天理はほっとした表情を見せていた。天理が目的の薬屋に近づくと侯輝は自分も用事があった事を思い出した。
「あ!俺も鍛冶屋に剣研ぎに出してたの取りに行くんだった」
「ああ、じゃあ後で落ち合うか」
後で鍛冶屋の前で待ち合わせし、二人はそれぞれ目的地に向かった。
侯輝が武器屋も併設している鍛冶屋に入ると先客が居り、店の奥のカウンターで冒険者風の男がお使いで来た風の小柄な一般女性に絡んでいる所だった。どうやら女性が購入しようとしていたショートスピアを冒険者が横取りしようとしている様だった。
「困ります。それは主人が依頼していた品です。お返しください」
「そんなもん知らん。あんたが買うのをやめれば良いだけだろ?」
「あのっお客さんこのショートスピアはこの方の旦那さんにご依頼頂いていて支払い済みでっ」
(なんだかトラブルみたい?あの男の人確かあんまりいい話聞かない人だよね…)
取引の証である依頼書を手に持ち、大人しそうな外見ながら毅然とした態度で男に言い返す女性。見習いらしき年若い店員が間に入り仲裁しようとするが、男は聞く耳を持たない様子だった。侯輝はその冒険者の男を何度か見た事があり、付き合いはないが、あまり素行がよろしくない事は知っていた。そしてこの場でもまた女性の主張が正しく冒険者の男の方に非がある事も明らかだった。
「うるせえ!金払うから俺に寄越せ!こっちはなぁ、冒険して命かけてんだぞ!女子供は引っ込んでな!」
(あ!それはダメでしょ!)
冒険者の男が女性に手をあげようとする。侯輝は素早く近づくとその腕を掴んだ。
「ねぇねぇお兄さん?おじさんかな?一般人に暴力とか冒険者失格だよ?」
「なんだぁ?誰だてめぇ。あれ?てめぇは…」
冒険者の男が振り上げた腕がびくりとも動かない事に驚きながら振り返る。打たれるのを覚悟して身を固くしていた女性は少しだけ安堵の表情を浮かべていたが、鍛冶師見習いは依然として続くトラブルに困惑していた。奥の工房から気配も感じないので店主は今不在らしい。
(二人とも困ってるじゃない。女の人は…多分まだかなり怖がってる。とりあえず男の矛先を俺に向けさせなきゃ)
「通りすがりの冒険者だけどちょっと今、同じ冒険者だって言いたくないかな。どうみてもそのショートスピアはそっちの女の人のものでしょ?店の子も困ってるみたいだしそういうの止めて欲しいな」
冒険者とは一般の街人にしてみれば時に便利屋ではあったが、やもすればただのならず者と思われがちな存在でもあったので、こういった一般人とのトラブルを起こし評価を下げられるのは冒険者の侯輝としては看過できなかった。何より暴力で好き勝手する事は好むところではない。先日の自身の反省もあり、許しておける事ではなかった。
「思い出した!てめぇはさっき黒髪の優男と一緒に居たホモ野郎じゃねぇか!あいつのせいで俺は女と別れてんだぞ!」
「なにそれ?単にあんたが振られただけじゃないの?いいからそのショートスピアその人に返しなよ」
侯輝は冒険者の男の言う"黒髪の優男"が天理であり、先ほど繁華街で天理に話しかけてきた女の中の一人がこの冒険者の男の女でそれがきっかけで拗れて別れ、現在大分気が立っているのだろうと推察した。冒険者の男の注意は引き付けられているので、鍛冶師見習いが隙を見て衛兵なりを呼んできてくれればこの手合いは追い払えそうだったのだが、不慣れらしくオロオロするばかりで動けそうに無い様子だった。口論は平行線で終わりそうもない。
(どうしようかな。その内こっちに来る天理にこんな奴合わせたくないし、ちょっと怒らせて返り討ちでいいかな?)
「ああうるせえ!ホモ野郎の癖に女庇ってんじゃねぇよガキ!てめぇみたいなのは帰ってあの優男と乳繰り合ってろよ!」
「はいはい、そんなだから女の人に逃げられちゃうんだよ。俺の恋人のせいにしないでよね。こんな所で他人に当たってないでもっと自分を磨いた方がいいんじゃない?」
「なんだと!?」
侯輝の言葉に激昂した男が近くの長物が置かれていた武器置台を侯輝に向けて倒し、その隙をつく様に拳を振り上げ襲い掛かるが、侯輝はそれを難なく掴み止めた。男は侯輝の実力に驚愕し焦った様子で振り解くと、ショートスピアを掴み店の外へ逃げ出そうと店の扉へと向かう。
「あ!泥棒!」
(しまった!逃げられちゃう)
鍛冶師見習いが叫ぶのと同時に侯輝は追走を開始したが、冒険者の男の動きは素早く、追う侯輝が倒された武器に足を取られそうになりまごついている内に冒険者の男が逃げてしまうかと思われた瞬間、店の小窓から僅かな風が吹き込み、ここにいないはずの天理の声が"耳元から"聞こえてきた。
『そいつを止める。昏倒させてくれ』
(天理!よおし!)
侯輝はすぐにそれが天理の風の精霊魔法によるものだと気づいた。姿を隠しているが目を凝らせば天理の風の契約精霊の姿が薄っすらと見える。意図を察し小さく了承をシアに伝えると侯輝はすぐに追跡を再開した。すると外から馬鹿でかい少し高めの男の声が聞こえてきた。
「どこや!!騒ぎ起こしてる奴は!」
「げぇっ!葉金だ!」
(この声!タイミング良すぎ!もしかして)
外からの声に室内の全員が聞き覚えがあった為反応した。冒険者の男がその声に逃げるのを躊躇し、女性は一瞬パッと顔を輝かせた後あれ?と首を傾げる。そして侯輝にも聞き覚えがあった。衛兵の葉金の声だ。下町では口が悪い事で有名でならず者と罵り合うとどちらが賊だか分からない程だが、小柄ながら腕っぷしは良く容赦なくボコボコにされる為、素行のよろしくない連中には恐れられていた。
侯輝は冒険者の男が逃げるのを躊躇した隙に追いつくと「ちょっと寝てて」と手刀による一撃で気絶させる。苦悶の声を上げながら冒険者の男が倒れると鍛冶師見習いに麻縄を借りて縛り始めた。しばらくすると鍛冶屋入り口の扉から天理が入ってくる。
「うまくいったか?侯輝」
「ばっちり!ナイスフォロー天理」
侯輝は縛りながら天理に笑顔で親指を立てると、天理はほっとした様子を見せた。
「あれ?あの、衛兵の葉金さんは?」
「まあ!天理さん。やっぱり。あれは葉金さん本人の声では無いですよね?」
鍛冶師見習いが疑問を投げかけると女性は得心した様な表情をする。
「ああ、流石に嫁は騙せなかったか。おまえさんも大丈夫だったか?水緒」
(あれ?天理この女の人と知り合い?)
「ええ、危ない所をこちらの方に助けて頂きました。天理さんのお連れの方だったのですね。ありがとうございます」
女性…水緒はにこりと笑い天理と侯輝に礼を言った。
「どーいたしまして!怪我が無くて良かったよー。ねぇ天理お知り合い?」
侯輝は昏倒している冒険者の男を縛り終わると気になった疑問を天理にぶつける。
「ああ…ちょっとな。細かい部分は後で説明するが水緒はあの葉金さんの嫁だ。水緒、こっちは侯輝、俺の…その、ツレだ」
(その細かいとこ聞きたいんだけど、照れてる天理可愛いから後にしよっと)
天理が少し照れつつ侯輝と水緒にそれぞれ紹介すると侯輝と水緒がにっこりと微笑み簡単に挨拶を交わす。自己紹介に恋人と付け加えて天理を更に照れさせてみた。すると一人取り残された鍛冶師見習いが声を上げる。
「あのー?すみません。僕にもわかるように説明して欲しいんですけど……」
「あ、ああ、すまん。さっきの葉金さんの声は風の精霊魔法で俺が覚えている葉金さんの声を再生したんだ。近くの冒険者に本人呼んで貰う様頼んだからその内本物が来ると思うが」
(流石天理フォローバッチリ!あ、水緒が葉金のお嫁さんって事はもしかしてそれで葉金の声だったのかな?)
「いつもはあんな感じなんですね葉金さんは」
くすくすと笑う水緒。口が悪く荒っぽい事で有名なのだがどうやら嫁の前では大人しくしているらしいと天理と侯輝と鍛冶師見習いは思った。そうしていると外からまた警報器のごとき馬鹿でかい声が聞こえてきた。
「どこや!!騒ぎ起こしてる奴!!」
「な?大体合ってるだろ?」
「あはは、今度は本物だよね。でも俺区別つかないや」
「僕も。さっきのでも自分が対象だったらチビってます」
「ふふ、ほんの少しイントネーションが違うんですよ?」
(水緒、もう大丈夫そうで良かった)
天理と侯輝、水緒、鍛冶師見習いがくすくす笑っていると扉をばんっと開け小柄な衛兵…葉金が飛び込んできた。
「って水緒やないか!…そんで何わろてんねん!お前ら!」
葉金が転がっている冒険者の男と水緒に気づくと水緒は今度こそ安心した笑顔になり葉金に仕事を労いつつ、事情を説明する。鍛冶師見習いは店の損害は軽いと思われるが店主と確認してまた連絡すると伝え、侯輝は拘束しておいた冒険者の男を葉金に引き渡した。葉金が心配そうに水緒を見る。
「分かった。そいつは俺が預かるわ。すまんかったな水緒、俺のお使いで危ない目に合わせてしもた」
「いえ、大丈夫です、助けて頂けましたし。葉金さんの凄さも知る事ができましたし」
「俺何にもしておらんやろ?」
「だって声だけで怖い人を震わせる事ができる旦那様なんて、これ程頼もしい事は無いですよ?」
水緒がにこにこと嬉しそうにそう言うと葉金は「さよかー」と照れ臭そうに頭を掻く。
そんなおしどり夫婦の姿を侯輝と天理と鍛冶師見習いが微笑ましく見ていると、葉金はハッと仕事を思い出し天理と侯輝に振り向くと声を上げた。
「お前達もありがとうな!嫁が世話になった。天理、こいつがお前のツレか?悪いなぁデート中やろ?」
葉金が侯輝と天理の道具屋街に来るにしては洒落た服装を見、察するとすまなそうにしながら礼を言った。一見粗野に見える葉金が意外と観察力に優れ礼も弁えている事に侯輝は好感を持つ。天理は苦笑しながら返した。
「いえ、俺は大した事はしてませんが。ツレに関してはまぁそんな感じです。用のついでですし構いませんよ」
「そうそう気にしないでよ!あ、俺は天理の恋人で冒険者の侯輝だよ。よろしくね!」
「よろしゅうな。お前の事は知ってるで、よぉ目立つさかいにな。ほな、俺はこいつ連れて詰所に戻るな。水緒も気い付けて去ぬんやで」
(よっし、やっぱり有名人に知ってて貰えると嬉しいな)
葉金が気を失った冒険者の男を引きずりながら出て行った後、水緒が改めて天理と侯輝に礼をした。
「お二人とも、助けてくださりありがとうございました。葉金さんの前では心配させると思ったので言えなかったのですが、正直怖かったので助かりました」
「気にしなくていいよ!冒険者として見過ごせなかったしね」
「俺もいいよ、実際助けたのは侯輝だしな」
「そんな事ないですよ、お陰でショートスピアも取り戻せましたし、ちゃんと天理さんにも助けて貰ってるんです。私さっきは本当に怖くて…でも葉金さんの声を聞かせて貰った瞬間安心できたんです」
ショートスピアを大事そうに抱えながら水緒は微笑んだ。
「偽物だってすぐバレてたろう?」
「それでも…あれがきっかけで緊張が解けて不安な顔を残したまま葉金さんと会わずに済みましたから」
「それは…良かった」
ああ見えて繊細で愛妻家の夫に心配かけさせない様、笑顔でいたかったとにこりと笑う水緒に天理はいじらしさを感じるとともに少しは安心させられて良かったと微笑しながら短く返した。
(うん、やっぱり天理は凄いや)
「それでは今日は失礼致します。お二人の邪魔をしてはいけませんから、お礼は後日させていただきますね」
水緒はそう言うと軽く頭を下げ、帰っていった。
水緒を見送り、侯輝が本来の目的である研ぎに出していたツーハンドソードを受けとると侯輝と天理は鍛冶屋を後にした。
「葉金と水緒、仲良い夫婦だね。いいなぁ俺達も結婚したらあんな風になりたいな……あ…また急かしちゃったかな?」
「いや。ん…そうだな。そうなりたいな」
天理は侯輝と恋仲になれて以降、それまで叶うと思っていなかった事が次々と実現する事が未だに慣れずにいる事も多かったのだが、こうして侯輝と共に在れる未来を考える事のできる幸せを思うと頬が緩んだ。天理が左手の指輪を眺めながらそう同意してくれるのが嬉しくて侯輝も笑顔になるのだった。
(俺ももっと強くなって、天理の事守ってあげられるようになりたいな……そしてずっと一緒に……)
天理と侯輝は道具屋街を離れ、少し離れた場所にある公園に場所を移す。露店で飲み物を一つ買い、広い公園の片隅にあるベンチに座って二人で飲みながら休憩をとった。遠くでは家族連れが遊んでいる声が聞こえるが、ここは静かで、心地よい空間になっている。侯輝が天理が飲んでいたジュースを「俺にもちょーだい」と口にして楽し気に「間接キス♪」と笑うと天理は「今更何言ってんだか」と呆れつつも、同じ様な表情をしているだった。
「ねぇ天理、そういえばさっきはいつから鍛冶屋の外にいたの?」
「お前がホモ野郎とか馬鹿にされた辺りからだな。俺が入ると拗れそうだから様子見してたんだが…あの野郎、やっぱり一発殴っときゃよかった」
侯輝は先ほどタイミングよく助けてくれた天理を思い出しながら訊ねると、天理は先程の事を思い出したのか少し不機嫌そうに答えた。
「大丈夫俺は気にしてないよ。でも天理に嫌な思いさせちゃったよね」
「いや、お前は悪くない。俺が怒ってたのはお前が俺をダシにして貶められた事だから。お前に怪我が無くて良かった」
「ありがと。あーでも助けに来てくれた天理かっこよかったなあ」
「俺は裏で小細工しただけだ。お前の方が余程ヒーローだったろ」
(過小評価しなくていいのに。天理は凄いって事もっと分かって貰わないと)
「ううん、俺あいつに逃げられちゃうって思った時に天理の声が聞こえてきてさ、凄く頼もしかったよ。それに水緒も感謝してたでしょ?たとえ偽物でも葉金の声が聞けたから安心できたって。冒険者やってる時ってさ保護対象の心のケアってなかなかできないから、あれって凄い事なんだからね」
侯輝は普段天理が魔法を使う時にする動作を真似する様に指を一つ鳴らしながら天理にウィンクして見せた。侯輝の光の精霊特性が無意識に発露されたのか小さな光が弾ける。天理は瞳を一瞬大きく開くとふっと笑みを浮かべた。天理にしてみればそこまで普段意識して活動している侯輝の方が余程凄い事だと思えたし、そんな男にいつも守って貰えている事が誇らしく嬉しかった。
「そうなのか?中に水緒が居たから思い付いたのが、たまたまアレだったんだがな。旦那の声なら喜ぶかなぁとは思ったが…」
「そこだよ。天理の凄いとこは。だって天理なら魔法で直接あいつを攻撃して止める事だってできたじゃない。それこそ一発殴ってやりたい程に怒ってもいたのにそうしなかった。勿論中に居る俺を信頼してくれたのもあるんだろうけどさ、偽りの葉金の声を使った脅しだけでほぼ被害なしでかつ保護対象のケアまでしちゃった。そんなの俺には無理だなって」
侯輝はそんな天理の優しい魔法が大好きだった。それを実現できる魔法の腕もさることながらとっさにそう思い付いてしまえる事が凄いのだと嬉しそうに目をキラキラさせながら天理を見つめる。天理は立て続けに褒められて気恥ずかしくなり照れた顔を隠す様に侯輝の頭を撫でた。
「まぁ……ありがとな」
「えへへ。あ、あのね、天理、お願いがあるんだけど」
天理が照れてる様子に気付きながらも侯輝は自分の言葉が止まらなくなり、先日の一件からずっと考えていた事を口にした。
「ん?何だ?」
「天理。抱いて欲しい」
「お?おう」
快晴の空の下、小鳥さえずる公園の片隅で天理は唐突に言われたその言葉が正確に理解できず、侯輝に近づくとギュッと抱きしめた。が、侯輝は即わーっとそれを振りほどいた。
「そうじゃなくて!俺がいつもベットの上で裸の天理にしてるやつ!」
少し顔を赤らめながら願いを力説する侯輝に天理はまたも目を見開き驚く。やっと天理は侯輝が挿入されたいと言っている事を理解した。侯輝が先日から何やらそれらしき事を考えているなと思っていたのだがまさか本当に言い出すと思っていなかったのだった。
「なんだってまた」
「天理の最後の挿入相手を俺にしておきたいの!」
天理は普段は抱かれる側だったが自分とて侯輝を抱く事には抵抗は無かった。先日の一件があってから侯輝は自分に対し無理に恰好つけて背伸びをした態度はとらなくなり、元々素直な性格だとは思っていたが更に遠慮なく甘えて来てくれるようになり嬉しいと思うと同時に可愛いと思う様になる事も増えた。侯輝が所謂"最後の女"という奴になりたいと思っているのであろうと天理は推察し、であれば侯輝が気になっているであろう事を確認した。
「…まだ速水の事、気にしてるのか?」
「そうじゃないけど!そうだよ!!ほんとは天理の童貞も欲しかったけど、もうできないなら最後は俺にしとくしか無いじゃん!」
「おお…独占欲開き直ったな。お前」
「だから!俺を!抱いて!」
侯輝はあれから速水の事は受け入れられる様になってはいたがまだわだかまりがあったのだった。やややけっぱちな感じで叫ぶ様に言う侯輝に天理は苦笑しつつ抱き寄せて唇を重ねた。侯輝は天理の背中に腕を回し、強く抱きしめる。天理は内に貯めこんでしまうより、嫉妬だってこうして素直に吐き出せるなら良い事なのだろうと侯輝の想いに応える事にした。
「わかった。準備の仕方教えるか?俺が使ってる道具貸すか?」
「うん。借りてく」
侯輝がそこまで言い切ると、二人はもうそれなりに体は交えたはずなのに急にこれからはじめて体を交える約束をしたかの様に緊張しぎくしゃくとし始めた。
「じゃ、じゃあ俺んち行くか」
「う、うん」
侯輝は一旦天理の家に寄り道具を借りると、「準備して日が暮れたら天理の家に行くね!」と言い残し根城としている宿屋に走り去って行った。