6.闇の星もまた光る
侯輝は宿屋までどうたどり着いたのか覚えていない。宿に入ると宿の親父に部屋の鍵だけ貰って部屋に籠った。途中誰かにぶつかって何か言われた気がするが聞こえなかった。
(俺から離れてしまうんじゃないかって思うと耐えられなかった……最低じゃん。俺…あんな事して許されるわけない)
数日振りに再会した天理は嬉しそうにずっと話そうとしていた。精霊魔法での抵抗だってやろうと思えばできたはずなのにしなかった。天理は甘いのではない、適当に放てば無傷どころじゃすまなくなるからできなかったのだ。そんな優しさだって知っていたのに散々酷いことを言って怖がらせて泣かせてしまった。
ベッドに倒れ込み、自己嫌悪に陥る侯輝。そのままろくに眠る事もできずに朝を迎えた。
翌朝、これからどうしようと迷いながら部屋を出ようとすると今一番会いたくない人物…速水がそこにいた。
「おはよう、侯輝君。ちょっとお話していいかな?」
「俺は話したくないけど…」
冒険者でもあり情報屋としても鳴らしている彼女はいつも掴み所のない笑顔を浮かべていたが今日は真摯な表情をしていた。いつもの候輝なら誰にでも向けるような笑顔のまま速水を避けていた所だったが弱っていた事もあり、少しだけ話をすることにし部屋に招き入れた。
「何?話って」
「昨日私と天理先輩が一緒に遺跡調査した事で候輝君と先輩喧嘩してないかなって思って。その様子だとアタリかな?」
情報屋でなくても昨日再会したばかりの恋人同士の片方が宿屋で一人この世の終わりみたいな顔をしていたらすぐに察せられるだろう。
「昨日はごめんね。私も候輝君が帰ってきてから一緒に行った方がって先輩に確認したんだけど『いつもあいつに頼ってばかりにもいかない。俺はあいつに頼られる様にもなっておきたいんだ』って強く言われちゃってね。断れなかったの」
候輝は天理がいつもただ守られるのを気にかけ努力していた事は知っていたし改めてその姿勢に心うたれたがそれでも小さく愚痴を呟いてしまう。
「だからってあんたと行かなくてもいいじゃん天理…」
「ふふふっそうよね先輩そういうとこあるから。とっつきにくそうに見えて実は誰にでも平等に優しくて。でも恋人としては不安よね」
「8年前…だから天理の事振ったの?」
候輝は速水の言葉に共感すると少しだけ心が開き気になっていた事を問う。速水はその候輝の反応に一瞬感心したあと、苦笑しながら返した。
「ああ先輩から聞いたのね。あれね。私が先に振られてたのよ」
「え?」
「侯輝君その8年前に病気で先輩に1日看病してもらったの覚えてる?」
「覚えてる」
「あの日ね。私の誕生日」
「えええ!!!」
(俺が言うのもなんだけど彼女放って何してんの天理)
今思えば付きっきりで診てないとならない程ではなかった。滅多にかからない病気で心細かったのは確かだったけれど。
「先輩ものすごーーく謝ってたけど。なんかピンときちゃった。なんでも平等の先輩に特別がいるって」
「え、でもその頃、俺まだ12歳…」
候輝が天理の特殊性愛?に少し動揺していると速水は苦笑しながら続けた。
「でね私は先輩を観察しました。そしたら君を見ている時だけ視線が凄く優しいの。まだ恋とかじゃなく自覚ないんだろうけど。悔しかったなぁ…。で、私は誠実ではあるけど、私を一番に見てくれない先輩に引導を渡したのでした」
「でも俺ガキだったし、天理だってまだ俺へ恋するなるなんてまだ分かんなかったじゃん。別れなくたって」
別れた天理は滅茶苦茶落ち込んでたのだ。
「侯輝君。それはね。カンよ!」
「( ゚□゚)」
「でも当たってたんじゃない?侯輝君、先輩に渡した婚約指輪、先輩が考え事したりしてる時によくいじってるの知ってる?」
「知ってる」
無意識にいじってるの見ると天理が俺のだって思えるから嬉しかった。
「でね、あれ実は外したがってるのもあるの知ってる?先輩アクセサリー苦手なの」
「えっ!」
天理が渡した指輪を外している所を見たことがなかった侯輝は知らなかった。
「昔私からもアクセサリーあげたんだけど、あっさり外されちゃった。すごくすまなそうにしてたけど。一緒に冒険してる時もね、先輩やっぱり時々、侯輝君の指輪いじってるの。ちょっと外しそうになっては指輪見て元に戻しちゃう。もう見てて御馳走様って感じ」
候輝の心の中の不安な想いが晴れていく。
「先輩はあの頃もそして今も侯輝君の事、共に在る為の未来を考えてる。君は自信持っていいんだよ」
(天理…やっぱり滅茶苦茶好きだ)
「分かった。…あんたの事疑ってた。ごめん」
「いいのよ。先輩は本当に大切な友人だと思っているから幸せになって欲しいの。早く先輩と仲直りしなさいな」
「うん!ありがと速水」
「今度、情報高く買ってよね♪」
速水はウインクすると侯輝を送り出した。侯輝は天理の家に走った。天理にどう思われてもいい、嫌われても構わない。ただ会いたくて、謝りたくて、話したい事がいっぱいあったから。
時間は遡り侯輝が家を出ていったあと。
天理は痛む体を無心で身を清めると、元々探索で疲れていた事もあり、ベッドへ倒れ込み気を失う様に眠りについた。
翌朝、体の痛みで昨日の出来事が現実だった事を思い出す。ベッドに仰向けのまま他人事の様に自分の状況を確認した。
久しぶり(たった数日)に恋人に再会したと思ったらその恋人にガキみたいな難癖付けられた上、メス穴呼ばわりされて無理やり犯された。不本意にも泣き落としが成立してしまい、出てけと言ったら出ていった。ツラを見たくないと言ってしまった。もう会えないかもしれない。ケツが痛い。
「痛…」
また涙が出そうになった。左手の指輪を外そうとして思い直す。なんで侯輝は急にあんな態度をとったのだろうか。侯輝の叫びを思い出す。
『もうちょっと俺の事考えて』『一緒居たいし、天理が喜ぶ事なら何でもしたいの!!』
考えてる‥つもりだった。お前とずっと一緒に居る為に。お前が笑っていられる様に。
年下だというのに一生懸命俺を護ろうとして、俺を甘やかしてきて、でもずっとあの思いを抱えていたんだろうか。寂しい思いをさせてしまっていたんだろうか。…俺はまた間違えたんだろうか。かつて速水に振られた時の様に。
『速水と、よりを戻したいの?』
速水とはもう本当に友人だと思っている。未練は無い。今は大切なお前がいるのだから。そういえば振られた時も侯輝に元気づけられたっけな。
『お前は俺のだ。俺だけのだ』
…紳士に護ってるのかと思ってたら、あんなに独占欲丸出しの想いを聞かされるとは思わなかった。やっぱり無理したんだな。
こんな時だと言うのに。顔が熱い。胸がドキドキする。誰も居ないのに腕で顔を覆う。
本当に二度と会えなくなったらどうしよう。俺にあれだけの事をしておきながら最後は目を覚ましたのか真っ青な顔をして出て行った。
探さないと。探して寂しい思いをさせた事を謝ってこれからはちゃんと一緒に居られるように伝えて…
天理は起き上がるとまだ痛む体を叱咤しながら侯輝を探す為、ドアを開け家を出ようとした。と同時に緊張した顔で呼び鈴を鳴らそうとする侯輝と鉢合わせた。