1.その陽射しに目を逸らす
それからまたいつもの生活に戻った。侯輝はいつも通りだ。出会えば相変わらず元気に、そして俺の気も知らずスキンシップしてくる。想い人となってしまった侯輝にそうされるのは堪らなく思いつつも、これが侯輝だから仕方ないのだと言い訳しながら受け入れてしまっていた。だが俺もそれまでと変わらないように振舞った。
ある日また別の遺跡が見つかったので冒険者ギルドに下調べ兼露払いの派遣依頼をしに行った。仕事の都合で夜遅めになってしまったが古代高度文明時代さながらに深夜営業だったギルドは依頼を受け付けてくれた。帰りがけギルド併設の酒場から賑やかな声が聞こえてきた。その中の一つが侯輝だったのが気になり、俺はそちらに足を向けた。他の冒険者と飲み会でもしている様だが挨拶ぐらい良いだろう。ついでに軽く夜食もここで済ませよう。一目見て話すだけ。それくらいは許されたかった。
「いえーい!もういっぱーい!」
「あっはっはっ!侯輝まだいけるよな!」
「いいよぉ!かんぱーい!!」
案の定というか何と言うか。明らかに出来上がった様子の顔を真っ赤にしてジョッキを掲げて乾杯する侯輝と他の冒険者の姿があった。その侯輝のグループは全員半裸のマッチョ集団でそこだけ陽気で残念な空間ができあがっていた。護衛してもらった事がある者もチラホラいる。他の客に直接迷惑はかけていない様だが何をやっているのやら。そしてそれには混ざらず入り口近くの隅でツマミを慎ましく食べていた下戸らしい神官で冒険者のレイニが俺に気づくと話しかけてきた。
「あ、侯輝さんの保護者……天理さん。こんばんわー。また依頼で?」
兄代行であっても保護者はお役御免のはずなんだが。あの姿を方々で晒しているなら保護者役は復役せねばならんのかとは思う。近くに席をとる。
「こんばんは。ああ、そんな所だ」
「……あの、ちょっと聞きたかったんですけど……侯輝さんとどうなんですか?」
レイニにそう聞かれてぎくりとする。何も無い事になっているはずだ。俺は平静を装う為極めて穏やかに言った。
「何のことだ?」
「え?だって……」
レイニが何か言いかけるも、侯輝の声でそれは遮られた。
「あ!天理だー!」
「おま……っ」
侯輝はでかい声で俺を俺の名を呼びそして酔いながらもフラフラフラーと素早く俺の元へ来ると、嬉しそうに俺に抱きついてきた。今の俺に半裸で抱きつくのは堪えるからやめて欲しい。少し、嬉しいが。
「えへへへ、天理だー!どうしたの?もしかして俺に会いに来てくれたー?嬉しいー!」
「仕事!仕事だっ!」
半分は嘘は言ってない。もう半分は侯輝の言う通りなのだが。侯輝は仕事帰りらしく冒険者のパーティと打ち上げで飲んでいる様だ。侯輝が俺に絡んで来るのを見て、俺が焦るより早く他の冒険者が話しかけてきた。
「何々?保護者さん来てたんだ!ねえねえ一緒に飲もうよ!」
俺はさりげなく侯輝をひっぺがして距離を取ろうとしたのだがすかさず抱きつかれる。しまったと思ったがもう遅い。案の定周りはヤジを飛ばし始めた。
「ヒュー!ラブラブね!」
「お熱いねー」
「お兄さんもこっちおいでよ!ほら座って座って!」
なんで俺と侯輝がラブラブなんだ。侯輝には想い人がいるのに皆知らないんだろうか。俺は侯輝を引き剥がす事を諦め、大人しく席についた。
「ねえ天理、何食べる?」
「大麦のスープとエール。……皆にも一杯奢ろうか?」
「やったー!保護者さんありがとー!」
「おねーさーん!」
侯輝は俺に抱きつきつつも注文をしてくれた。俺の発言を聞いた冒険者から歓声が上がる。いつも侯輝が世話になってるだろうし、皆に奢るのもたまには良いだろう。保護者とか言われてるし。俺はもうどうにでもなれという心境だった。
「もーお兄さん!気をつけてねあげてねっていったでしょ!」
「……面目次第もない……」
その後嬉しそうに笑いベッタリと半裸の侯輝にくっつかれ、なぜだか酔っぱらい冒険者達に恋人でもない俺達の仲を冷やかされ、下ネタを適当にスルーしつつ酒に付き合う。俺が内心の苛つきを心頭滅却する事小一時間するとそこには酔い潰れた冒険者グループの一団が出来上がっていた。そして先日怒られた店員になぜか俺が代表して注意されていた。酒を奢ると言ったのは俺なんだが、奢ろうとした時点で既に出来上がっていたので全部俺のせいじゃ無いって言うか解せぬ。
「天理さんお酒滅茶苦茶強いですね」
下戸だったのでそもそも飲んでいなかったレイニが冒険者達を介抱しながら俺にそう言った。神官のレイニは普段は神殿で怪我の治療をしているのだがたまに冒険に混ざる事もあるらしい。冒険者を介抱慣れしているのか酔っぱらい連中を運ぶのが上手い。ベッタリと俺にくっついたまま眠りこけてしまった侯輝もついでに任せる事にした。自分でできなくもなかったがあらぬ気持ちを起こしてしまいそうだったから。
「ああ、やたら酔いにくい体質みたいでな……すまないが侯輝も頼めるだろうか」
俺は見た目が極東系なので驚かれる事があるが体質は北欧系の母親に似たらしく酒には滅法強い。それは重宝はするのだが、楽しそうに酔っている侯輝達を見ていると少し羨ましい。世話をする方にしてみれば迷惑な話だが。
「いいですよ。はい、侯輝さーんこっち捕まってくださーい?」
「むぅ……やらー……天理といるー……」
「ほら、お水飲みましょうねー」
レイニが優しく侯輝を介抱する。俺はそんな二人を見て少し胸が痛むのを感じた。俺がいない間にもこうやって他の冒険者に面倒を見られていたのだろう。その羨むほど健康的に鍛え上げられた肉体の胸元で革紐に通された指輪が揺れてキラリと光る。そんなほんのりと色香を滲ませた半裸を晒しながら、俺の知らない所で俺以外の奴に世話を焼かれたのかと思うとモヤモヤとした感情が湧き上がるのを抑えられなかった。
「……悪いな、後は頼む」
「あ、ちょっと!」
これ以上ここにいると余計な事を口走りそうだと思い俺は支払いを済ませると酒場を出た。そしてまた溜め息をつく。俺は何をやってるんだか。だがこの想いはもう封じると誓ったのだ。だからもう考えるのはよそうと思った。
家に戻ると頭を冷やそうと風呂に入る。だがモヤモヤと沸き立つ感情を抑えられそうになかった。あんな半裸でフラフラして、いくら鍛えてるとはいえ不埒な輩に襲われでもしたらどうするんだ。侯輝は骨格は逞しく成長したが幼さが残る顔立ちなので可愛いらしいのだ。あいつが組み敷かれるところなど……ダメだ!
どうにも生まれた頃から知っている侯輝の、その幼い頃の天使の様な様を思い出してしまうとそれは最早犯罪行為だった。弟を猫っ可愛がりする土護が聞いたら普段仏でも修羅と化そう。あり得ない。
だが、侯輝を性的に見始めてしまっている自分も確かに存在していて、そうなれば俺は組み敷かれる側になるしかないだろう。……そう思っていたら羞恥で顔が熱くなった。男同士の交愛の仕方は侯輝を意識してから学院になぜか存在していた本から知識としては知り得ていた。
後ろを使うんだよな?と風呂の中でドキドキしながらいつの間にか緩く起ち上がっていた雄を通り過ぎ後孔へと恐る恐る手を伸ばす。深呼吸してから指をゆっくり差し入れてみる。狭い。入るのかこれに……アレが。先日侯輝との公開自慰でその大きさを確認していた俺は自らの指の太さを見てかなり不安になった。慣らすらしいが今の所絶望的な気がする。しかしやってみるしかあるまいと指を動かし始めた。
「ぅぅ……」
何かコツがあったのだろうか?気持ち悪い。俺はなるべく何も考えないようにしてただ中を広げる事に専念した。
だがしばらく弄ってみたものの全く気持ち良くない。それどころか異物感に吐きそうだ。だがこの行為には慣れが必要と本に書いてあったし、男同士で繋がる為には必要な事らしいので精進するしかないのだろう。
そしてふと侯輝のあられもない姿を思い出すと途端に体が熱くなってきた。逞しい肉体が俺を抱き締める。脳裏に残る侯輝の汗の匂いが、吐息がギラギラと見つめる熱い瞳が俺の欲を煽る。
「は……は……」
そう思って一度意識してしまうと止まらなかった。俺は後ろを一旦諦めると胸の突起を摘んだり押し潰したりして刺激を与え始めていた。侯輝がそれとなく俺の体をなぞり突起を掠めていったあの一瞬を思い出しながら。前は完全に起ち上がっていた。
「は、あ……っ」
自分の口から漏れる声が思いの外艶めいていて驚く。だがもう止められそうもなかった。侯輝の雄々しい姿を思い浮かべながら自身を慰める。
「ん、く……ふ……」
先走りが溢れてきて滑りがよくなり快感が増す。侯輝が俺の手にその手を重ね俺の雄を扱いたあの感触を反芻する。
「あ……っ!は、ぁ……侯……!」
俺は呆気なく果てると脱力し浴槽に沈み込んだ。そして冷静になった頭がこの行為が虚しい事だと訴えてきた。だがそれでも、また侯輝の面影を求めてしまうだろう自分をもう止める事は出来なかった。
ごめんな侯輝。こんなやつが兄代行なんて。お前には迷惑をかけないからどうか想う事だけは許して欲しい。
翌朝学院への出勤前、昨夜任せっぱなしにしてしまった侯輝の様子が心配で見に行くと、侯輝は二日酔いなのか共用水道で元気無さそうにフラフラと顔を洗っていた。シャツこそ着ていたが身に纏っているも物は昨晩のままだ。酒弱い癖に自制しろよ?と心配がてら説教しようと近づこうとした俺はその光景にその足を止めた。
「おはよ、ーーー。」
侯輝は胸元から指輪を引き出し、何かを呟きながらその指輪に唇を寄せるとほんの少し表情を綻ばせた。
もしかして侯輝は覚えているのだろうか。幼いあいつに話してやった古の風習『婚約指輪』の事を。時折身につけているそれの事を侯輝は御守りだと言っていたが、もし覚えているならそれはきっと侯輝の想い人へのもので、見てはいけない様な気がしたのだ。
だが二日酔いで本調子で無いだけで気配に敏い侯輝ならすぐに気付かれてしまう距離だ。俺はズキリと痛む胸を抑えながら見なかった体で近づいた。
「大丈夫か?魔法使うか?」
「あ、天理……!うん……まだちょっと頭痛いけど……ぅぅ、カッコ悪いなあ……」
神官程ではないが体の毒気を精霊魔法で少しはマシにはできるのでそう持ちかけながら近づく。侯輝は俺に気づいて指輪を胸元にさり気にしまうと、バツの悪そうな表情をしながら少し嬉しそうに笑った。俺はそんな侯輝が可愛くてつい頭を撫でてしまう。ついでに少し楽にしてやろうと水の精霊力で働きかけて毒気を排出する様巡らせてやった。すると侯輝は気持ちよさそうに目を細めてされるがままになっていたので、なんだかまずい事をしてしまっている様に思い俺は慌てて手を離した。そして話題を変える様に昨夜の事を詫びた。
「昨日は悪かったな」
「ううん、大丈夫。もう元気になったよ。見に来てくれてありがと」
侯輝はそう言うと俺に笑いかけた。この笑顔を向けられると俺はいつも安心させられる。
「そうか、ならいいんだが」
「うん!ねぇ天理……」
「……ん?」
侯輝は少し俯いて言い淀んでいたがやがて意を決した様に顔を上げた。その頬は少し赤らんでいる様に見えたが気のせいだろうか。毒気がまだ残るならもう少し魔法をかけてやった方が良いだろうか。
「あの……その……これからもずっと側にいて欲しいなって!」
「……っ!?あ、ああ……お前が望むならな」
それはまるで愛の告白のようで俺は一瞬息を飲む。だがきっとこれは違うのだ。侯輝には指輪に誓う想い人がいるのだから。俺は自分に言い聞かせるように心の中でそう呟きながら早鐘を打つ心臓を必死で抑えた。誤魔化す様に侯輝の頭を撫でると侯輝は一瞬寂しそうに見えた気がしたがすぐにいつもの笑顔に戻った。
「じゃあ……仕事行ってくるな」
「うん!頑張ってね」
侯輝はそう言うと手を振って送り出してくれた。俺は小さく手を振り返し学院へと向かった。いつまで側に置いて貰えて、あの笑顔を向けて貰えるのだろうと思いながら。
数日後故郷に住む土護から手紙が届いていた。元気か?ちゃんとご飯食べてるか?に始まり相変わらずの世話焼きっぷりに苦笑する。絵ハガキは送るが筆無精な侯輝に変わって侯輝の近況も伝えているので前回俺が伝えた侯輝の様子の内容にとても細かい返しが帰って来ていてその兄弟愛っぷりにまた苦笑する。と同時に今までは感じなかった後ろめたさを思う。
分かっているよ土護、お前の弟はちゃんと面倒を見てお前に立派な報告ができるようにするから。
その他自身や妹達、故郷の近況などが綴られた後、侯輝を頼みっぱなしですまない、天理も無理しないで困った事があったら何でも相談してくれよと母親か何かの様な事が書いてありやはり苦笑する。
すまん、土護、今まさに困った事が発生しているがお前にだけは相談できそうにない。だがお前の信頼は裏切らないからな。