5.永久を結ぶ指
まだまだイチャイチャしていたかったけどお腹は減るしお疲れの天理を無理させられないし、シャワーも浴びたいはず。ベッドには交愛の跡が色濃く残っていて天理は恥ずかしそうに見ないフリをしているみたいだったからシーツも取り替えてあげなくちゃ。
昨夜の筋肉疲労なのか若干覚束ない歩みで浴室へ向かう天理に、俺は心配でついて行こうとすれば「大丈夫だっ」と恥ずかしそうにお断りされてしまった。可愛いな。
「うゎぁっ!」
「どうしたのっ天理!」
「えっ、なっ、入って、お前、これっ」
居間に戻ろうとするとほどなくして天理の驚愕の声が聞こえた。俺は心配して返事も待たず風呂場のドアを開ける。するとそこには真っ赤になった全裸の天理がいた。天理は飛び込んできた俺に驚くと同時に己の身体に指を指し恥ずかしそうにパニックを起こしている様だった。その肌には俺が付けた所有印が紅く点々と散っていた。首筋や胸だけでなく腹から脚に至るまで。
「えへへ♡天理白いから目立つね♡俺また興奮しちゃいそう♡」
「〜〜っ、出てけ!」
「わぁっ」
俺がデレデレとしていると天理は余程恥ずかしかったのか水の精の水球まで投げつけてきた。ぴしゃりとドアを閉められ一瞬酷いなあとしょぼんとするものの、普段の毅然とした天理とは違うその余裕の無い態度に、俺達の関係が昨日までとは違うものになった事を実感して嬉しくて顔が緩むのは抑えられなかった。
お風呂の間にシーツを取り替えて洗濯物を纏め、慌てて浴室に飛び込んだであろう天理にバスタオルを用意しておいてあげようとこっそりと脱衣場に向かう。磨りガラスの向こうでシャワーを頭から浴びる姿。その均整の取れた美しい体のシルエットは昨夜の痴態を思い起こさせるには充分だった。日頃、日に焼けてもすぐに元に戻ってしまう白い肌は昨夜一晩情愛の熱で朱に染まり、俺の印を身体中に付けながら俺の愛をその身に余す所なく受け止めてくれていた。汗に濡れた黒髪を散らし、凛々しい眉を切なげに歪めて甘い嬌声を奏でる。その陶酔した表情を思い出して興奮してしまい思わずゴクリと唾を飲む。
「っ……ダメだってば俺」
本当に興奮して反応してしまった雄を鎮めようとしていると、シャワーの音が止みドアがガチャリと少しだけ開くと、天理が顔だけ覗かせてこちらを見ていた。咄嗟に股間をシーツで隠したけど不自然だったかもしれない。
「……ああ、タオル持ってきてくれたのか。シーツも。悪いな、もう出るぞ?侯輝?」
「ううん!気にしないで!次、俺も入るね!」
また怒られちゃうかな?と俺が慌てて取り繕うと天理はタオルを受け取ろうとして浴室から出てくる。いつもだけど天理の怒りは長く無い。どうやらもう怒ってはいないらしい。ほっとしつつも、その裸身には俺が昨夜大量に付けた跡が白い体にはっきりと浮かび晒されていて目の毒であること極まりなかった。早くシャワーついでに鎮めてしまおう。タオルを渡し、背を向けながら衣類を脱いでいると後ろで天理が小さく笑っている声が聞こえた。
「若いよなあ……なあ侯輝。ソレ、口でいいなら頑張るぞ?」
「えっ!でも天理疲れてるでしょ?」
「……少しなら大丈夫だ。それにさっきはみっともない態度をとってしまったしだな」
背中からギュッと俺を抱き締め、俺の肩に顎を乗せながらの発言に俺は驚いて天理に振り向く。するとその大胆な内容とは裏腹に少し恥ずかしそうに視線を彷徨わせる天理がいた。どうやら先ほどの水球投げを気にして相当頑張って言ってくれているみたいだった。健気に俺を喜ばせようとしてくれる姿が昨晩の痴態を完全に俺の脳裏に甦らせ俺の股間は治めるどころか完全に臨戦態勢になっていた。俺の天理を大切にしたいという理性の天秤は天理によって見事に破壊されていた。
「……やっぱりお願いしていい?」
「ぉ!いいぞ」
欲望に勝てず甘えてしまう俺に、やはり恥ずかしそうではあったがどこか嬉しそうに微笑む天理を見ていると俺に甘えられるの好きなのかな?と都合の良い事を思う。我儘も愛してるって言ってくれたし……いけない、こんな風に考えているから俺への子供扱いが抜けないのだ。のだけれど。
「あっ……♡そこ気持ちいいよお……♡天理ぃ……」
「む」
天理は体を拭きパンツ一枚でその場で俺の前に跪くと、俺のパンツを下ろしすっかり元気な俺の雄を手に取る。そしてクスリと笑いながら挨拶するかの様に亀頭にキスをくれた。俺はそれだけで爆発しそうで声を上げてしまい天理に驚かれてしまった。
そして天理は慎重に口に含むと口淫を始めた。最初は探り探りの動きだったが俺が反応を示していると分かると一生懸命俺の良いところを攻めてくれる。ただでさえ大好きな人が欲を含んでくれるだけでも興奮するというのに、気持ち良さを伝えると嬉しそうに頬を緩めチラリと上目遣いで見てくるものだからますます興奮が止まらなくなってしまう。
「天理、も、出ちゃう、離してっ」
「だせ」
天理は俺の訴えに聞く耳持たず、そのまま出せと言うように強く吸い付き頭を前後させた。俺は我慢なんて出来なくて結局天理の口の中で達してしまった。
「は、あ……ごめんっ!ぺっしてっ」
「むー……んっ……ふぅ……苦いな……ふふっ」
天理は眉を潜め苦そうにしていたが俺の出したものをゴクリと飲み込むと、一息ついてボヤき苦笑しながらもやはりどこか嬉しそうにしていた。卑猥な行為の後の筈なのに悪戯が成功して喜んでるみたいなその無邪気な笑顔がまた堪らなく、愛しいと思った。
「なんだ?」
「ううんっありがと。気持ち良かったぁ……」
「そうか!良かった……くしゅ」
「わあ天理ごめん服着てー!」
俺の感想にまた嬉しそうに微笑んだ天理に見惚れるのも束の間、くしゃみをする天理に風呂上がりだというのに致させてしまっていた事を思い出し慌てて服を着せた。
「朝飯用意しとくな」
「無理しないで寝てて!」
やっぱり無理をしていたのか腰を擦りながら浴室を出る天理を布団に押し込む。少し頬を膨らませた顔も可愛いなと思いながらおやすみとおでこにキスをすると不満そうにしながらも大人しく寝てくれた。でもなんだかすぐにでも布団から抜け出しそうで、俺は急いでシャワーを浴びると簡単な朝食を用意した。
「天理、朝ご飯できたよーって、もうちっと休んでなよーっ」」
案の定天理はベッドから上半身を起こし、腰を擦りながらサイドテーブルで昨日の遺跡探索のレポートであろうものをせっせと書いていた。
「あ。いや……一応急ぎ目の仕事だし、自己管理ミスで休んでる訳にはだな……」
「それ原因俺じゃん!だから偉そうな事言えないけど休んでなきゃ!」
「ぇぇ……むぐ」
いくら好きでついた仕事とは言え、責任感の強い天理なら負い目を感じたまま休んでいられないのは想像がつく。でも無理はして欲しくないから強めに言い、困った顔で反論しかけた天理に用意したパンをえいっと突っ込むと、諦めた様子で両手で持ちモグモグと食べだした。そんな子供じみた仕草も愛おしい。その隙にテーブルの上の書類を手早く片付け食事のトレイをテーブルに置くと俺も隣に座ってパンをかじる。
「……でも、お前だけのせいじゃないぞ、俺も煽ったとこあるしな。まあ1日もあれば治るだろ」
天理はパンをモグモグと咀嚼すると飲み込んで、無理をしている訳ではないと言いたげに主張する。その言葉には昨夜自分も求めていたのだと含みが持たれ、ほんのり照れを滲ませたその仕草が可愛いかった。
「でもさ、やっぱり辛そうなのはやだから休んでてよ。はい、あーん」
「むぅ……あ、ぁー」
まだ不服そうだったが、俺がスープをスプーンで掬って差し出すと、一瞬恥ずかしそうに躊躇ったが素直に口を開いた。その仕草がまた愛らしくて、俺は馬鹿みたいにニコニコと微笑みながら天理の口にスプーンを差し入れスープを食べさせる。何度かやっていると堪えられなくなってきたのか自分でできるとスプーンを奪い取られて残念に思いながらスープを啜る。けれどこんな風に照れる天理を見ながら朝食を食べる事ができる日がこれからずっと続くんだと思うと、幸せで胸がいっぱいになった。
天理は好きで考古学の職に就いた事もあり放っておくと寝食も忘れオーバーワークになりがちだ。昨夜は俺が無理させてしまったからのもあるけれど、天理の食事と休息の管理は俺のライフワークになるかもしれない。
一生。隣にいてほしい。
「……」
「……なあ、ほれ口あけろ」
「……!」
天理との将来を想像していたら天理が少し照れつつもスプーンを構えて俺にあーんしようとしてくれていた。
「お前も疲れてたか?お前ならもっと食べるだろうと思ったんだが……」
これぞ恋人同士というあーん返しをまさか天理がやってくれるとは思わず、感動して反応を止めていると、勘違いされたのか心配そうに眉を下げてきた。可愛い。俺は慌てて首を振る。
「ううん!感動しちゃって!あーん♡ん!おいしー!」
「そんな大袈裟な……」
幸せすぎて語彙力が低下した俺に呆れながらもクスリと笑うとスプーンを俺の口に差し込んでくる。その笑顔は幸せを噛み締める様で、俺はまた幸せを噛み締めた。
…んだけど。
「てーんーり。何してるのかなあ?」
「!!こっこれは、さっき書いたやつを見直そうとしてだな!ちょっとだけだ!」
「確認するだけならどうして片付けたペンが出てきてるのかなあ?もー没収!」
「ぁぁぁ……」
食事を終え片付けてシーツを洗濯して干し部屋に戻る。「ちゃんと休んでてね」という言葉に「おぅ…」という微妙な返事にもしやと思い部屋にそーっと戻るとまたレポートを書こうとしていた天理を見つけた。俺はやっぱりというか少し呆れながら、天理の側に座りレポートを取り上げると涙目で抗議してきた。可愛すぎるけどまた無理されるのは嫌だから心を鬼にする。目を離したら意地でも再開しかねない、このままだと二人して部屋に缶詰だろう。二人きりで部屋にいるというのに天理の体を思えば交愛する訳にもいかない。こうなったら部屋を出た方がいい。座って腰を痛めるよりゆったり散歩した方がマシなはずだ。
「天理!デートしよう!」
「デート?」
「そう!恋人同士になったんだし今日1日お部屋にただ籠っててもつまんないでしょ?」
「まあお前の監視で仕事ができないならな……ぅ、そう睨むな、休む、休むから……あーでも俺デートって言っても気の効いた事はできないぞ?」
「大丈夫、全部エスコートするよ!任せて♪」
「おお。頼もしいな」
やっと折れてくれた天理に胸を撫で下ろすと身支度を整え天理の手を取って家を出る。天理の体を労って歩みはゆっくりだ。天理は俺が手を取ると一瞬また恥ずかしそうにしていたが、緊張していたらしい昨日とは違い口元がほんのり緩んでいるのを見逃さなかった。
「えへへ。幸せー」
「そう、だな」
手を繋ぐとお互いの体温が伝わる。幸せを噛み締めながら歩みを進める俺の横を歩く天理の、はにかみながらも優しい笑顔に俺はまた幸せな気持ちになった。
疲れもあるだろうけどほんのり色気を醸し出し、俺を見る瞳にはっきりとした愛情が滲んでいる様に感じると俺も気分が高揚してくる。
「それで?どこ行くんだ?」
「この先の小さな広場にアンティーク雑貨を扱う露天が増えたの知ってる?もしかしたら遺物もあるかもよ?」
「ああ、それはいいな。でもお前の好きな所でいいんだぞ?」
苦笑しつつも嬉しそうに微笑まれ、俺もまた嬉しくなる。天理が好きな遺物を絡めた行き先は正解だったみたいだ。きっと遺物専門店は既に天理の馴染みの店になっているだろうから、天理が知らない所で天理の知らない物が見付かる所を選ぶ事にしたのだ。勿論専門店じゃないからあればラッキー程度だけれど。
「んーん、ありがと。でもちょっと覗いて見ただけだけど俺も面白そうって思えるお店だったよ!行こ?」
「ああ」
俺が手を引き促すと天理はゆっくり歩を進めながら照れた様に微笑んだ。可愛いなあ、好きだなあと思う度に幸せが積もっていく。これがきっと愛なのかな。
天理の手を引いてゆっくりと歩いていくと大通りに面している小さな広場に出る。そこでは多くの露天が並んでいてそれぞれに趣向を凝らした様々な商品を取り扱っていた。店主達は来た者に愛想よく声をかけ、商品を手に取って見る者を楽しそうに見ている。
俺達は興味を引いた店を順に冷やかし、小物やちょっとした食べ物を買って食べながら見て歩いた。
こんな買い物だって今まで幾度もしたことはあるけれどデートだと意識すると何もかもが新鮮に思えて楽しかった。
「ん?どうしたの?天理」
「あ、ああ、ちょっと気になってな……」
装飾にはあまり興味が無い天理が珍しく装飾類の前で、じっと見ていたものにドキリとした。アンティークを扱っているその店先には古めかしさを感じさせる指輪やネックレスといったアクセサリーが展示されている。それはどれも派手な意匠が施されていて、ピアスなんて容易に耳から外れないかもしれないと思う程大きなものもあって面白い。
「ふふ、侯輝みたいだな」
「俺?」
何の気なしの呟きに胸が高鳴るのを感じる。俺のようだから見ていたという事は、天理は俺の事を想ってくれていたと自惚れてもいいのかな?そうだとしたら嬉しい。
「ああ。お前の目みたいにキラキラしてる。……ん?」
楽しそうにそう語る天理に普段そんな風に俺を思ってくれているんだと嬉しくて愛しさが込み上げてくる。照れながら嬉しいなあと思ってじっと見ていたら、天理は派手な指輪の中では比較的地味だが独特な意匠が施されている指輪に注目すると店の親父に断ってつぶさに検分し始めた。
「兄ちゃん目が高いね!そいつは守りのまじないがかかってるっていわれのある指輪だよ」
「ふむ……」
「へえー凄い!魔法のお店でもないのに掘り出し物だね!」
店の親父の言葉に驚きの反応を示しつつも俺は半信半疑でその内容を聞いていた。本当にそんな効果があったら魔法の店で高額販売されているだろうからだ。値札には他の指輪とさほど変わらない金額しか書いてない。材質は銀などではなく武骨な鉄?らしく装飾用としても値がはるとは思えない。その模様からアンティークとしての価値しか無さそうだ。そんな俺の思惑を見抜いているのか店の親父は苦笑しつつも続けた。
「そういわれのある代物なら高値で売れるだろうって。それで売ってみたんだが……この指輪に魔力を通そうとすると魔力が弾かれちまうのよ。呪いの類いがかかってるのかと思ったんだけどそれも違うみたいでね」
「ふーん。デザインはちょっと面白いけど」
「……侯輝、ちょっと手を貸してくれ」
少し特殊な性質は持っていそうだけど、やっぱり魔法的な力は無さそうだ。けれどそんな会話がされる中、天理はしばし悩んだ後、ちらりと俺の方を見ると左手を掴んできた。俺はもしかして?と思いつつ差し出すと天理は俺の薬指に指輪をはめた。まるであつらえた様にぴったりだった。天理はぶっきらぼうに平然としている風だが照れた雰囲気があるので婚約指輪だと思っていいだろう。まさか天理からお返しの指輪を貰えると思っていなかったので胸がいっぱいになった。
「わぁ……!」
「お!なんだ兄ちゃん恋人用かい?なら安くしておくよ!」
「ま、まあ、そうだ……あ、でも安くしなくてもいいから売って欲しい。なんだか悪い」
赤くなる天理に親父はニマニマしながら「遠慮すんなって!」と値段をだいぶ安くしてくれた。俺はドキドキしながら指輪を見つめる。古めかしい独特な赴きがある天理らしいものと思えた。何より嬉しい。
「ありがと!天理!えへへ、嬉しいな」
「……そうか。良かった……」
天理の手を握りながら指輪を撫でて微笑むと、照れた様にはにかんだ。その笑顔を見てまた胸がいっぱいになる。この指輪を見る度に俺は今日の事を思い出すのだろうと思うと嬉しくて仕方なかった。
「まいどー!幸せになー!」
機嫌が良さそうな親父の声を背に、俺はどことなく恥ずかしそうな天理に手を引かれ、人気の無い細い路地を進む。「着いてきて欲しい」と言いながらも天理は野良の風や土の精霊に聞きながら見知らぬ道を進んでいる様だった。やがて路地を抜けると大都市セレリスの中にあって珍しく緑が豊かで長閑な小道に出た。セレリスの表通りは人が多く、石畳や石造りの建物が多いのに対し、その土を踏み固めただけの道は均されていないので歩きやすいとは言えず腰を痛め少し歩きにくいだろう天理を心配しながらゆっくりと歩みを進める。天理に連れられ道なりに進んで行くと、やがて木々に囲まれた小さな泉のある広場に辿り着いた。隠れスポット的なそこは少し精霊力が強い場所なのか形を成す程ではないが精霊の気配がいくらか感じられ、神秘的な雰囲気を醸し出していた。天理なら精霊が見えているかもしれない。
「わぁ、綺麗な泉だね!」
「だな」
人気の無いそこは静かに風がそよぎ小鳥の囀りが聞こえた。その光景にどことなくデジャブを覚えたけれど冒険中に幾度かはこんな場所にも来たことがあるから気のせいだろう。きっと嬉しさの高揚感で天理と共にいるから特別に感じるんだ。
「天理大好きっ!!」
「うわっ落ち着け!」
本当は指輪を貰った瞬間に抱きつきたかったけど恥ずかしがりの天理を思ってガマンしていた分、もういいよね?とばかりに抱きついた。どうどうと嗜められながら話があるんだと引き離されると天理は俺の左手を取って指輪を撫でた。もしかして?とドキドキしていると天理は真剣な表情で告げた。
「これはな、正真正銘の守りの魔法がかかった指輪だ」
「へ?……ただの宣伝文句じゃなくて?」
プロポーズかと思っていれば天理は指輪の効能を語りだした。俺は思わず拍子抜けする。
「あの親父を騙している様で悪かったんだが……これは古代語でコマンド起動するタイプの術具なんだ。この一見模様みたいなのはな、東南地域独自の古代文字で言葉がちゃんと記述してある。ここは護り、盾と言う意味で、ここが……ともかく、盾を持つイメージで構えてラクシャーと唱え魔力を指輪に流すイメージをしてみてくれ」
「う、うん、えっと、ラクシャー!」
拍子抜けしつつも一旦手を離し構えて言われた通りに唱え魔力を流すイメージをしてみると、指輪の文様が薄く輝き、瞬時に半透明の小盾が展開された。重さは無いし、軽く叩いてみても鉄盾相当の強度はありそうだ。
「そのまま構えとけよ?」
天理が言いながら火の精霊を召喚し火矢を弱く放つとぬるま湯程度熱さは感じたがしっかりと弾いていた。俺は本物の魔法の指輪であった事に驚きプロポーズは一旦忘れて興奮した。
「わお!凄いねこれ!掘り出し物だね!さすが天理!」
「あ、ああ。流す魔力次第だろうが俺程度の魔法なら弾けそうだな。指輪の材質も多分柔らかい金属じゃないから剣を握っても支障無いだろう。バスタード持ちのお前向きだ、うまく使ってくれ」
「うん!ありがと!天理!」
古代語に通じる天理だから見つけられた一品だ。魔法の店なら貯金をはたいても買えるかどうかだっただろう。バスタードソードは片手でも使える剣だったが金欠で盾を買えず、ほとんど両手剣として使っていたけれどこれで戦術の幅が広がる。天理を守るのにも使えるはずだ。俺が指輪に頬擦りしていると天理は緊張した面持ちで再び左手を取った。
「……お前がしてくれたみたいに丹念に誂えてくれたものも良かったんだが、できればお前をちゃんと守れるものを渡したかった。お前の仕事はいつも危険と隣併せだから。それで、だな……」
そこまで言うと天理は頬を染め視線をさ迷わせて口ごもる。俺はやっぱり天理がこの場所に俺を連れてきた意図が間違っていなかった事を察した。
疲れた体をおしてまで人気の無いこんなロマンチックな場所に来て、指輪の魔法効果はあんなに饒舌に語り、俺を心配し守りたいという気持ちを伝え、既に左手の薬指という意味のある指に指輪を嵌めておきながら、肝心な部分は緊張して口下手になってしまうなんて本当に天理らしい。そんなところも大好きだった。
俺は優しく微笑むと、少し大袈裟な程恭しく天理の手を取って指輪に口付ける。そして上目遣いで見つめながら告げた。
「天理、聞かせて?」
「っ!……はーーっ。本当にお前には敵わないな……この指輪だってお前が見知らぬ店に連れていってくれたから手に入れられた。他にも……お前には貰ってばかりだ」
天理は深く溜め息をつき呟く。そして意を決した様に姿勢を正して俺の手を握り直すと真っ直ぐに俺を見て言った。
「こんな不甲斐ない俺だが、お前と一生を共にしたい。どうか結婚して欲しい、侯輝」
そして俺の手を引き寄せると俺と同じ様に指にキスをしてくれるのかと思いきや一瞬考えて掌を反しじっと見る。
「お前の掌も結構好きだな」
そして微笑みながら呟き手の内側から指輪にキスを落とす。その姿は神聖な儀式の様で俺は見惚れてしまった。きっと天理はその所作の意味を知らないだろう。されどその心から請い願う様な眼差しは同じ意味を持ち、俺の心を震わせた。
「ずるいよぉ……」
「え?」
「も、もおお!天理の方がかっこいいずるい!俺もう一回プロポーズするう!ぅわぁぁ……」
「お前、何言っ……ほら落ち着け」
俺は嬉しくて堪らなくて持て余した感情から子供みたいに泣きながら滅茶苦茶な事を言って天理をまた困らせた。天理は俺を抱き締めると優しい声であやすように背中をよしよしと撫でる。しばらくして少し落ち着いた俺を天理は愛おしそうに覗き込んだ。
「俺に勇気をくれたお前の方がずっとかっこいいよ、侯輝。返事を、くれないか?」
「うん、うん……っ!天理、大好きだよぉ……っ。喜んで!俺と結婚して下さいっ!」
「……ありがとう」
喜びが飽和して溢れだした涙にぼやけた視界の中、俺は天理の優しい眼差しと言葉に何度も頷いた。そして俺の返事を聞くと天理は優しく微笑んでキスしてくれる。また涙が溢れたけれど今度は幸せの涙だ。俺はその優しい笑顔を一生忘れたくないと思った。
「えへへ。幸せー」
「俺も、だよ」
俺は嬉しくて堪らない気持ちのまま天理をまた抱き寄せ、この幸せがいつまでも続きます様にと願った。そしてそんな俺の願いに応えるかの如く風がそよりと吹き、まるで精霊達も俺達を祝福してくれているような気がした。