3.君を照らしたくて

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そうして18になり酒が飲める様にもなり、天理に背が追い付いた頃、スキンシップをしていると天理が俺を邪険にし、相変わらず俺を弟扱いし、一見平静を装いながらも複雑な表情を浮かべているのに気がついた。もしかして意識してくれてる?と思った。慎重を期し冒険者仲間の女性達に相談したところ、無自覚脈アリ判定、スキンシップ作戦を続行せよ、とのアドバイスをもらった。

ヨシ!と意気揚々としているとそんなやり取りを遠くで見ていた天理に俺が女の子にモテると勘違いされ、おまけにあれだけアプローチしていたのに「彼女とかいるんだろう?」などと言われ衝撃を受けた。聞くとどうやら天理は前の失恋からずっと自信を無くしていた様で恋愛自体諦めている様だった。このままだと例え好きになって貰えて、俺が好きだと告白しても身を引かれてしまうかもしれない。天理はここ一番で頑固な性格なのだ。もう会わないようにしようとか言いかねず、そうなったら俺は生きていけない。俺は慎重に事を進めようと、まずは天理に自信を持って貰える様に俺が思う天理の魅力を語り「大好きだよ」と伝えた。案の定兄弟愛に類似するものとしか受け取って貰えなかったが少しずつ嬉しそうな表情を見せる天理に手応えを感じ、俺はスキンシップ大好き作戦を続行する事にした。

それからまた時が経ち「好きな子くらいいないのか?」と聞かれ、天理だよ!と言いたい気持ちをぐっと抑えて俺が片想いしている人…天理の特徴を並べてみた。これであわよくば意識して貰えるかと思ったがやはり気づいて貰えず、「俺は好きだぞ」と言われたのち俺の恋を応援されるという嬉しいやら虚しいやらな結末となった。やはりもっと思いきったアプローチでないとダメなのか…と思っていた矢先思わぬ進展を見せた。

クシャ遺跡の調査が長引き遺跡近くの簡易な宿泊小屋で一泊する事になった。風呂などは望めないが濡れたタオルで体を拭おうと互いに半裸になっていると、天理の家を出て以降久しぶりに天理の体を見ることになった。久しぶりに見たその体はやや細身ではあるが以前より僅かに鍛えられていて素直に綺麗だ、と思えた。今後のオカズにさせて貰おうとマジマジと見ていたらどこか居心地が悪そうに見られてしまった。俺は慌ててとっさに鍛えていたその体を好感を滲ませながら評価した。天理は「少しはな」と一見何の事も無いように笑っていたが、照れて嬉しそうな気持ちが漏れている様子に、俺の中に新しい感情が湧いてくるのを感じていた。天理の本業は学者であり体を鍛える事が必須の冒険者ではない。食も細くて肉が付きにくそうだから、きっと努力して鍛えたのだろう。容姿を褒められる機会はあっても体を直接褒められ評価される事など無いのだろう天理はきっと嬉しいんだろうなと思うとなんだか可愛かった。久しぶりに少し触れてみたいと思い背中を拭ってあげようと申し出てその綺麗な背中をドキドキしながら丁寧に拭う。小さい頃おんぶして貰ったこの背中は今でもきちんと男らしい背中だったけど今なら包みこめそうだった。気持ち良さそうにしている天理に悪戯心が沸く。一通り終わった後その隙だらけの背中にツツツと指を滑らす。するとビクリと体を震わせ相変わらず擽りに弱くて敏感なんだなと思っていればやっぱり怒られた。子供の頃の様に笑って謝罪していると「まったく……」とブツブツ言いながらもあの頃の様にやっぱり許してくれた。優しい天理。

でもそろそろあの頃のままでいたくないよ。

そう思ってしまった俺は背を向けてタオルを絞っていた天理の背中に抱きついてしまった。素肌で抱きつくなんてそれこそ子供の時以来だ。でも感触はあの頃の印象と全然違った。決して脆弱では無いけれど自分より細くて白くて体温は低く、背中の筋肉も薄い。驚く天理に俺は天理が俺の想い人にソックリだからと偽り、恋路がなかなか進まないからアプローチの感想が欲しいという形で、いつもより性的なスキンシップを図った。その滑らかな触り心地の良い腹を撫で、胸の突起を掠めるとビクリと震える天理に鼓動が高鳴る。

「っ……おい」

「ね、俺って魅力ないかな?それとも天理はこういうの嫌い?」

事を急いて逃げられてしまわないように天理にはじっくり迫るつもりだった。けどもう辛かった。俺は困惑する天理に懇願する様に言葉を紡いでいた。

「嫌、じゃ、ない……」

「ホント?!」

仮初めでも、天理が俺に甘くて俺を悲しませない様にそう言ってくれているだけだとしてもその言葉は嬉しかった。嬉しくてぎゅうと力を込めてだきしめていると、何か思いながら黙っていた天理が急に真っ赤になって固まった。やり過ぎてしまっていて恥ずかしかったかな?でも真っ赤になった天理も可愛い。なんて思っていたら天理は突如体を離して俺に向き直った。

「!天理……?」

「す、すまん侯輝。お前の想い人への誠実さに感動してな。しかしだ、俺そっくりのやつなんてお前も物好きだなと思ってな。でもその調子ならきっと上手く行くぞ!」

「う、うん……」

取り繕い焦った様子の天理。もしかして俺の想いがバレた?弟の様に思っていた男に性的に見られて羞恥を覚え、それで天理が俺を拒絶しているのだとしたら?そう思うと悲しくて心が張り裂けそうな気持ちが膨らむと俺は涙声になってしまっていた。

「やっぱり……ダメなのかな……」

「……!」

泣いたらダメだ。天理に甘えずもっとかっこよく天理に迫りたかったのに。でも悲しくてどうしようもなくなっていると、次の瞬間、俺は抱き締められていた。

「!……天、理?」

「ごめんな、俺はいつも気が利かない。俺はお前の想い人にはなれんが、その、なんだ。今日一日は代行というかそんな感じでいてもいいと言うか。俺だってお前を大事に想ってるのは確かだからな」

「!」

俺の想いはバレてはいなかった様だ。そして拒絶されていた訳でも無かった。優しく抱き締めてくれる天理に愛おしさが込み上げてきて、俺は恐る恐る腕を回した。

「天理はやっぱり優しいね。ありがと。今はもうちょっと……このままでもいいや」

「ん、そうか……」

そして天理に優しく撫でられてしまうと俺の心はどうにも宥められてしまうのだ。少なくとも嫌われてはいない。それが嬉しくてやっぱり俺は天理に甘えてしまっていた。でも触れ合う肌はどうしようもなく反応してしまっていた。

「……おい。元気になりすぎじゃないか?」

「えへへ♡仮にも想い人と半裸でハグしてる訳だからさホラ、ね?」

すっかり心も身も元気になってしまった俺は、呆れた様な顔をしつつもどこか照れた様子の天理に今日1日恋人ごっこに付き合って貰えるなら、と結局甘えてしまった。

「天理……触って欲しい、な」

「はぁっ!?」

驚き戸惑う天理の手を自分の股間に導いた。大好きな人に触れて貰う、その事実だけで俺の剛直はドクリと震えていた。お人好しで義理堅くて優しくて、そんな天理に甘え請うようにして強請ると天理はしばし逡巡したのち「触るだけだぞ」と願いを受け入れてくれた。

俺の剛直に直に触れてくれた天理の手は少し冷たくて気持ち良かった。天理は困ったような恥ずかしそうな複雑な表情をしながらも俺の剛直を大切な物を扱うように優しく触れゆっくりとすいてくれた。俺は気持ち良くて堪らなくて天理の肩に寄りかかりながら荒くあられもなく声を上げてしまう。天理の手は想像していたよりもしっかりと的確に俺のいい所を捉えてきて堪らない。もっと長く弄ばれていたかったくらいなのに俺はほどなくして果ててしまった。

「あ、あっ♡て、んっ……そこっ!だ、だめぇっ!ああっ!!」

あまりにも気持ち良すぎ、さらにそれを好きな相手にされている事実に俺は頭が真っ白になってしまって呆気なく果ててしまった。天理の手に白くドロドロとした俺の欲望の証が飛び散ってしまっていて酷く背徳的だ。それでも天理は力が抜けた俺を気遣う様に支えてくれた。

「……大丈夫か?」

「ん……ありがと……気持ちよかったぁ……」

「そ、そうか、良かった……それじゃ、そろそろ、寝るか?」

ここまでやってくれた事が嬉しくてうっとりと天理を見れば天理はどこか嬉しそうにしつつも恥ずかしそうに目を反らすとそそくさと背を向けた。だが俺はその前に天理の股間も兆しを見せていた事を見逃さなかった。天理が俺の行為を見て嫌悪するどころか興奮してくれていたのだ!俺は嬉しさと感動に堪らずお返しという名目で天理に迫った。

「俺もソレやってあげよっか?ね、お礼に!」

「いらん!ダメだ!……恥ずかしい」

絶対嫌だとずりずりとベッド上を逃げる天理が恥ずかしさを滲ませながら抵抗を示すと、その姿が可愛いくて俺はそんな天理で興奮してしまう己を自覚した。だが俺とて本気で恥ずかしそうにする天理に無理強いは嫌だった。どうせならロマンチックに結ばれたい。
でも見たい。
なので一旦引いて折衷案を出してみた。

「触らないから見てていいかな?」

「その理屈はおかしいだろ!」

俺もそう思う。
でも天理のエッチな自慰姿は見たい。
見たい。
絶対見たい!
興奮した俺の剛直は放ったばかりだというのにもう復活してきていた。俺はまた甘えるように駄々を捏ね、なかなか想いが通じない天理のそっくりさんを思い出しながらスるからとか、温もりを感じたいとか虚実織り混ぜた理由を並べて押しきった。
押し切れて、しまった。

「見るだけだからな!触るなよ!」

「うん!ありがと天理!」

それから見た光景は俺の脳裏に永久保存版となった。天理は羞恥を滲ませながら雄を取り出すと自慰を見せてくれた。天理の雄は想像していたよりも大きく、美しく、そして淫らだった。自慰をする天理はほんのり頬を染め声を堪えながら時折甘い吐息を漏らす。雄から漏れ出した先走りが天理の手を濡らしてくちゅくちゅと水音を立てていた。

「ん、く……」

俺はその淫らで美しい光景を目と耳で焼き付けながら、完全に興奮しきった剛直を慰める様にして扱いていた。漏れそうになる俺の喘ぎ声は天理の小さな喘ぎ声を漏らさず聞き取れる様に片手で塞ぐ。そんな風に凝視していると、ふと天理の視線がこちらを向いた。ごめんね、天理、また俺の我儘に付き合わせてるよね。でも大好きだよ……。そう視線だけで伝えていると天理は困ったような表情をしつつも、どこか熱に浮かされた様に俺を見つめ返す。

「ん!ぅ……」

そして微かに震えると堪えきれなったらしい声を上げた。すぐに堪える様に口を噤んでしまったけれど、眉をひそめ快楽に堪えるその姿に俺と同じ想いを見た気がして堪らなくなった。もっと近付いて天理の気持ちを知りたい。俺はにじり寄り片手を天理がすいていた手の上に重ねると一緒にすくように動かした。一瞬天理が非難する様な視線を寄越したがその手を払われる事はなかった。俺はそのまま手を動かし続けた。天理は困惑しているようだったが、俺の想いに応えようとしてくれるのか快楽を堪える様にして俺の手の動きに合わせて手を上下させた。

「こ、っく……!」
「て、んっ……!」

そして快楽とそれに伴うえもしれぬ感情が高まる頃、二人して果てた。直前、天理が俺の名を呼んでくれた様な気がして、それが嬉しくて堪らなかった。天理はしばしぼぅっとし息を整えながら顔を上げた。それは今まで俺が見たことの無い表情だった。慈しみに似た感情と何かを堪えるような顔で、その瞳の奥に見えるのは俺と同じ感情なんじゃ無いかって期待が膨らんだ。

「も、いいなっ?寝るぞ!」

そう思った瞬間、天理はハッとした様にして俺を押し退け、手早く後始末を済ませるとさっさと背を向けて寝てしまった。恋人ごっこはおしまいという事らしい。もう少し恋人ごっこをしていたかったけどこれ以上付き合わせる訳にもいかないので俺も支度を済ませ横になった。

「ありがと、おやすみ天理」

「おう……」

天理は小さく答えた後、程なくして寝息を立て始めた。

無茶なお願いでもお願いしたら大抵聞いてくれる、優しい天理。けど、あんなに恥ずかしそうにして、誰彼構わずあんなお願いまで聞いてくれる訳じゃないよね?俺だから叶えてくれたって思っていいかな?


天理の芯まで、隔てているものはきっと先程触れた手一枚分だけなんだろうと直感した。まだ何かを守る様に感じたその手は触れても振り払われる事はなかった。手を隔てた向こう側にある想いに俺はまるで自分の想いと同じ様に思えて胸が締め付けられ、けれど拒絶されてはいない事が嬉しくて堪らなかった。

天理……大好きだよ……。

翌朝、俺はいつも通りに起きて朝食の支度をし天理を起こす。天理もいつも通り寝起きが悪そうにぼぅっとしつつもどこかチラチラと俺の様子を伺う様な気配を感じた。天理は昨日の事をごっこ遊びで無かった事にする気はなくむしろ意識してくれる様になったのでは?!と思えばたったそれだけで昨日まで一向に進まぬ天理との関係を悩む俺は吹き飛んでしまうのだから我ながら現金なものだ。手答えはある。ならば俺は突き進むまでなのだ。

「ね、天理。俺さ、昨日で吹っ切れたよ」

「……そうか」

「だからこれからは遠慮せずにガンガン行くから!がんばるね!」

「お、おう……がんばれ?」

天理には困惑するばかりだろう言葉だろうに天理はそれでも応援してくれて嬉しかった。

それからクシャ遺跡での探索を無事に終えるとセレリスに戻った。いつもの様に二人っきりのデートの様な冒険はこれで終わりだ。毎度の事ながらこの瞬間は寂しい。打ち上げをしたい所だが仕事で来ている天理はそのまま学院や家に帰ってしまう事も珍しくないのだ。そう思っていると完了手続きを済ませた天理がいつもと違う雰囲気を纏っている様に見えた。そのどこか寂しげな空気にこれはチャンスなのでは?!とばかりに俺は天理をお疲れ様会と称して天理を食事に誘った。

承諾してくれた天理の腕を取り俺はデートの延長だと上機嫌で馴染みの酒場兼食堂へと誘う。腕を引かれた天理は戸惑いながらもしっかりとついて来てくれた。馴染みの食事とエールを頼み、冒険成功を祝って乾杯をする。天理は俺と食事をしていると、俺の他愛の無い話でもいつもどこか楽しそうに微笑んでいる事が多くて嬉しいのだけれど、今日はほんのり甘い雰囲気を纏っている様に感じた。まるで本当にデートしている錯覚すら覚えてしまう。本当は俺の事好きになってくれてるんじゃないかと、早くもほろ酔い気分になっていた俺は調子に乗って聞いてしまっていた。

「……ね、天理ってさ、好きな人はいるの?」

「っ!ごほっげほっ」

「大丈夫?お水お水」

動揺した様子を見せる天理は水を飲むとしばし逡巡しチラリと俺を見た後渋々としながら答えた。

「い、いるぞ……」

先日は恋愛を諦めている風ではあったけれど想う人はいるらしい。俺じゃないかな?そのまま告白してくれたりしないかな?ドキドキしつつ慎重に話を掘り進めてみる。

「ねえねえ、どんな人?」

「そ、そうだな……まあ、年下で……」

天理はほんのり頬を染めて少しずつ想い人の特徴を良いところも悪いところも含めて語ってくれた。天理はお酒に強く俺の様にすぐに酔いはしないから、その姿は照れに依るものだろう。そして俺限定に絞られる様な特徴も含まれた内容はどう考えても俺そのものだった。本人を目の前にしてそんなことを言えば告白している様なものなのだけれど、俺が全部言ったにも拘わらず自分の事だと気付かなかった天理の事だ、本気で気付かないと思って言っている可能性は高い。嬉しい、天理がついに俺を好きになってくれた。

「その、存在が……愛おしい、と、言うか。大切にしたいんだ……」

「……っ」

そしてニヤニヤしながらそれってほぼ告白だよ♡と呑気に聞いていられたのは最初だけだった。天理は俺が想像していた以上に心から愛おしそうに語るものだから嬉しくて照れてしまいとても茶化せる状態ではなくなってしまった。その実、優しくとも、普段はどちらかといえばクールで遺物以外興味が無さそうな天理の中がこんなにも愛に溢れていたなんて。天理がここまで想ってくれているのならもう想いを通じ合わせても良いのではと思った矢先、俺はまた障害がある事を知った。

「それで……天理はその人に告白しないの?」

「ああ。するつもりは、ない」

それまでとは一転、明確な拒絶に俺は愕然として問い詰めてしまっていた。

「ど、どうして? そんなに好きなんでしょ?諦めるなんて、そんな」

「どうしてって、そりゃ……そいつには好きな人がいるみたいたし、こんな俺に想いを告げられても困るだろうし、そいつには幸せになって欲しいんだ」

「で、でもっ!」

俺の嘘のせいで寂しげで困ったような微笑みを浮かべる天理に、俺の想い人はそっくりさんなどではなく天理本人なのだと誤解を解くために口を開こうとするとその前に天理は続けた。

「それにな、俺はそいつの事を大事に思ってるやつに、そいつの事を頼まれていて、約束しているんだ。俺はその約束を破れないし裏切るなんてできない。だからそいつの事は見守ろうって決めているんだ」

「……え?それって……」

天理ははっきりと誰とは明言しなかったが俺にはそれが誰なのかすぐに頭に浮かんだ。土護兄だ。俺にとって親代わりとなった兄、そして天理の親友。きっと天理は土護兄と俺について約束をしているのだろう。このまま告白しても義理堅い天理が約束を守ろうと頑なな態度を取るのは想像に難くない。天理にとって土護兄がとても大切な存在なのは近くにいた俺が一番よく知っている。

「そう……だったんだ……天理は……その、好きな人の事を頼んできた人の為にも好きな人の事を諦めてるの?」

「ああ」

「……っ。そっ……か。手強いなぁ……」

「?……どうし……」

「おねーさーん!エールおかわりっ!」

やっと好きになって貰えたと思った瞬間また障害が現れた。しかも今度は最大級、俺にとっても土護兄は手強い相手だ。天理は恋多きタイプじゃない。その容姿と根の良さで知らずタラシこんでしまう事はあったが、他者からアプローチされても気付かない程の鈍感さもあって、天理との仲を進める上で他人からの妨害はほとんど無いと思っていた。可能性があるとするなら土護兄だけだったから。
土護兄が天理の事をどう思っているのか分からないけど天理が俺の事を好きになってくれたならそれでゴールだと思っていたのに。

「俺はっれんらい好きからねっ」

「はいはい、ありがとな」

でも俺は諦めない。ここまで漕ぎ着けるのにどれだけかかったか思い起こせば後はラスボスだけだと思えば大したこと無い。……けれどちょっと手強いから今はこのやるかたない思いを酒にぶつけるのを許して欲しい。

「馬鹿、お前そんなに飲めないだろ」

今日きょーは飲むのー!」

その後の記憶はかなり曖昧で、気付いたら天理の家のベッドを占領して眠っていた。何かいい夢を見た気がするけど二日酔いが酷すぎて結局思い出せなかった。
ここまで運んでくれただろう天理は俺にベッドを使わせてその長い手足を畳んでソファで寝ていた。ごめんね、と思う同時にその綺麗な寝顔に見惚れてしまう。そぅっと近付いて触れるだけのキスを落とす。その感触は毎朝の日課としている指輪へのキスと違い、暖かみがあり鼓動が高鳴ると同時に罪悪感が湧いた。

「……ごめんね、天理」

「ん……ぅ……」

「!」

天理が身じろいだので慌てて離れるとまた規則正しい寝息が聞こえ始めたりホッと胸を撫で下ろす。冒険の疲れもあるだろう天理はぐっすりと眠っていた。『昨日は迷惑かけちゃってゴメンね!』とだけ書き置きを残すと俺は宿に帰ってそのまま寝直す事にした。

それからまたいつもの生活に戻る。その中で俺は天理との関係をどう進めるべきか、……進めないべきかを考えた。天理が抵抗する理由として考えていそうな、男同士だとか年の差だとか自信が無いとかならどうにかなると思っていた。だが天理の態度を見るに土護兄との約束はきっと強力だ。いつも聞いてくれる俺の我が儘もこればかりは聞いて貰える可能性は低い。あの時から天理は確かに俺へ好意を持ってくれた様で、ひた隠しにしている風だが会う度にその視線や表情に俺と同じ愛情が含まれているのを感じとっていた。俺がベタベタしても困った風にしながらもきっちりと受け入れてくれるのを良いことに、俺は以前より際どく攻めてその反応を愉しみ心の糧としていた。
手を伸ばし触れる事すらできるのに心は交われないのが辛かったけど、ふと、気がついた。天理は恋多きタイプじゃない。数年前に失恋してからずっと恋人がいなかったくらいだ。てっきり前の恋人を忘れられないのかとも思ったけどそうでは無いらしい。ならこのまま俺が纏わりついていれば例え恋人同士にはなれなくても、ずっと俺だけを好きでいてくれるのでは?と。俺の願いは半分は叶っているのだと考える様にした。
ただどうしてもフラストレーションは貯まってしまう事はあって冒険者仲間に酒と共に愚痴を言っては「おめぇソレさえなきゃあなぁ」などと呆れられていた。だが皆ひっそりと俺の恋路を応援してくれていて、からかい半分野次馬半分はあるだろうけど、ここのギルドは皆いいやつらだと思う。

身体的にどうにもならない時はあの日の自慰に耽る天理を思い出しては昇華する。引き締まった白い肌や綺麗に浮き上がる鎖骨のライン。美しい雄をその手で淫らにさせ、羞恥を滲ませながら凛々しい眉をひそませ堪える様な表情、小さく漏らす吐息。それらは全てが俺の剛直を興奮させ鋤く手を加速させた。あの時見聞きした、達する寸前に俺の名を呼びそうになった声と熱の籠った瞳は、俺への深い愛情と、俺を大切に想ってくれているが故にその想いを封じようとしていた葛藤全てが籠められていたのだと今なら分かった。俺は天理が俺の事を想って葛藤してくれる事が嬉しかった。そしていつかその心が解かれ天理が自分から告白してくれたその時こそは告白しようと。

「はぁ……天理……」

俺は今日も今日とて天理を想いながら自分を慰める。あの日以来天理は俺に対し少しずつ身は開いてくれている気がする。でもそれは心まで許してくれた訳では無い事も分かっているからもどかしい。それでもいつか心通じる日を願って俺は今日も妄想の中で天理を犯していた。

「っ!あ、ぁぁ…」

ドロリと吐き出された白濁液に虚しさを感じつつも、これでまた暫くは大丈夫そうだと安堵する。そしてすっかり習慣と化した指輪に唇を寄せた。

「だけどやっぱり一緒になりたいよ、天理。」


それならば、と結局気を急いてしまった俺は天理の心の枷を解いてくれる人物土護兄に直談判しに故郷に旅立とうとした。天理が土護兄との約束を理由に俺との仲を拒絶しているなら土護兄を説得してお墨付きを貰ってくればいいのだと。そうすれば天理も告白を受け入れてくれるのではないかと考えたのだ。土護兄が天理を大切にしている事だって知っているし今度こそ堪忍袋の尾が切れるかもしれない。だがこれを乗り越えなければ一生願いは叶わないのだ。

だが故郷へと旅立とうと決意したその日。

「なんだお前、明日は休みを取るのか。……仕方ない、護衛は他のやつに頼むか。頼りきりも悪いしな」

「え!!天理、遺跡行くの?!ウソウソ俺明日も仕事するよ!俺護衛するよ!」

「あんたねえ……」

明日休みを取るのでギルドでパメラから明日の仕事の依頼を断っていると、急遽天理が遺跡への護衛依頼を出してきたのだ。またも呆れ顔をするパメラに平身低頭して頼み込み、俺は明日天理と遺跡へ行ける事になった。そんな俺を見て天理は俺がギルドで迷惑をかけていないか心配していたが、こう見えても普段は品行方正、面倒なお仕事も引き受け、リピートしたい冒険者ナンバーワンを目指し活動していて高評価を得ているから大丈夫!と自慢げに説明した。それと引き換えに今みたいな天理絡み案件の我が儘を通して貰っているのだけれど。バルマには呆れられつつも「否定はしないよ。うちの看板になりつつあるからね」と苦笑され、天理には「そうか。やっぱりお前は凄いな。だが、無理はするなよ」と優しく嬉しそうに頭を撫でられると嬉しくてこれで良かったのだと思えた。

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