3.君を照らしたくて

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やっと手に入れた。俺への愛を呟き、幸せそうに意識を失った天理てんりをそっと抱き締める。

いつから好きだったのか厳密には思い出せない。歳の離れた俺の兄、土護ともごの幼馴染みにして親友天理は、故郷サイティヒルの実家のお隣さんに住む学者家族の俺のもう一人のお兄ちゃん的存在だった。すらりと高い長身にほんの少し癖のある黒髪、知的で凛々しい顔立ちは遠目だとちょっと近寄りがたいけどカッコ良い。でも笑うと時に子供みたいに笑いそれでいて優しい空気を纏うのが好きだった。
俺の家族は両親とも大地の神の神官で土護兄ともごにい土実姉ともみねえも神官となった程の神官家族だ。大地の神の教義は比較的おおらかで、俺の家族も長閑のどかな街で俺を伸び伸びと育ててくれけどそれでもどこか神の教えの下、真面目に正しくあるべしという意識が根底にあったから空気感の違う天理に憧れみたいなのはあったと思う。

俺は愛嬌のある顔立ちと蜂蜜色の金髪に両親の教えによる良い子である事でご近所からは天使の様だとチヤホヤされる事が多かった。大地の神の優しい教えも良いことをするのも嫌ではなかったし、チヤホヤされるのは好きだったから天使の様な俺でいるのは割と好きだった。でもそんな俺でいるのがちょっと疲れてしまった時、土護兄の所に来ていた天理に割り込んでいって二人を困らせる様な我儘を言った。勉強中に遊んでとせがんだり、母さんが二人の為に用意していたおやつをねだったり。こんな時、土護兄の場合、実兄という立場もあったのだろう、優しく諭して俺を嗜め俺の我儘は容易に許してくれない。天理も「俺は遊びに来てるんじゃないんだぞ」とか「おばさんに怒られるぞ」とか一見ぷんぷんと怒る。だがそれでも俺が諦めないと「少しだけだぞ」って遊んでくれたり、「内緒だぞ」とおやつを分けてくれた。天理が言えば土護兄も「仕方ないね」と苦笑しながら我儘を許してくれた。母さんに見つかり怒られた時も俺のせいにはしないで庇って謝ってくれた。天理はつっけんどんな態度をする様に見えて優しくて、俺が悪戯をして怒らせても最後には「そんな時もあるよな」と撫でながら笑って許してくれたから、俺は素直な気持ちでいられる天理の側にいるのが居心地が良くて大好きだった。

天理が考古学を学ぶ為、都セレリスに上京すると聞いた時、俺は初めて人目も憚らずギャン泣きして周囲を驚かせた。この時ばかりは天理に我儘を聞いて貰えなかった。「我儘言ってごめんな。休みには必ず帰るから」と天理は悪くないのに申し訳なさそうに言って俺を優しく抱き締めて泣き止むまで宥めてくれた。付いて行きたかった。早く大人になりたかった。
日常は変わらず天理は約束通り長期休みには帰ってきてくれたけどやっぱり寂しかった。優しい家族に不満なんかなかったし、友達と楽しく遊んでいてもふと気づくと心にぽっかり穴が空いたような気がしていた。寂しさを紛らわす為、早く一人立ちできる様にと俺は勉学体力をひたすら鍛えた。

それからしばらくして手紙をやり取りしていた土護兄経由で天理に彼女ができた事を知った。ショックだった。まだ恋なんて知らなかった俺はその気持ちが分からなくて抑えられなくてその頃から良い子であるのを止めた。ちょっとした騒ぎを起こしては叱られて、両親からは反抗期が来た!と驚かれた。おおらかな両親だったから大事になっているという認識は俺の方ばかりだったけど。

それから更にしばらくしてサイティヒルの街に異変が起きた。街がゆっくりと謎の瘴気に包まれ始め病が流行り始めたのだ。瘴気に触れると体力の無いものは数日で命を落としていく。神術の治療も一時凌ぎにしかならず大混乱に陥った。瘴気は街の近くの遺跡の一つから発生しており触れなければ病気に罹らない事から街人達は街の外に緊急避難する事になった。俺の家族は近隣の街の神殿の世話になろうとしていたが俺は神殿に溢れかえる難民を理由に都に住む天理の元に居候させて欲しいと願った。土護兄は天理に迷惑がかかるだろうと心配していたが天理は一人くらい大丈夫だと快く承諾してくれて一時的に一緒に暮らせる事になった。

故郷の事は心配だったが俺はその状況に歓喜した。天理が時折少し嬉しそうな様子で恋人の話をしたり、その彼女が家に訪れる以外は。学院で知り合ったのだという天理の恋人は整った顔立ちに知的で気さくで決して嫌な性格では無かったけれどどこか掴み所がなくて俺はどうにも苦手だった。

居候をし始めていくらかした頃、俺ははじめて高熱を出す病に罹った。瘴気による病が発症したかと危ぶまれたが、ただの思春期特有の発熱で、故郷の事や新しい環境によるストレスだろうと医者に言われた。ただの熱だったとはいえ、生まれてからろくに高熱を出した記憶の無かった健康優良児の俺は不安でたまらずに天理に側にいて欲しいと懇願した。天理はその日何か特別な用事があった様子だったけれど付きっきりで看病してくれた。撫でてくれる天理の冷たい手が心地よく俺の不安を取り除いてくれた。辛い時は精霊術で少し楽にしてくれた。今では恥ずかしがって唄ってくれないけれど、優しい声で唄ってくれた子守唄は今でも覚えている。俺の発熱は翌々日には全快した。もっと熱を出していれば独り占めできていたのにと拗ねたい気分だったけれど快復を心から喜んでくれた天理の笑顔に俺は満足していた。
その一件で俺が天理に対して抱いていた気持ちの正体を自覚する事になった。俺は天理に恋をしているのだと。と同時に天理の恋人の存在に、もっと早くに生まれていればと悔やんだ。

それからしばらく経ったある日、学院から帰ってきた天理はいつもとどこか違っていた。本人は普通にしている様子だったけれどずっと天理を見ていた俺にははっきりと元気が無いのが分かった。「なんでも無いぞ」という天理にしつこく纏わりついて、根負けした天理は寂しそうな顔で苦笑しながら教えてくれた。

「あのな……俺、フラれたよ。私の事を一番に見てくれない人とはお付き合いできません。だってさ。……俺、ダメだったかなあ……そんなつもり無かったんだけどな……ははは、お前にこんな事言っても仕方ないよな。ごめんな」

俺は愕然とした。天理が振られるなんて!確かに天理は考古学にのめり込む質ではあったけど、彼女の事は大切にしていたし、知的で趣向の合った会話を楽しそうにする二人は悔しいがお似合いだと思っていたのだ。
俺は一瞬、これで俺にもチャンスはまだあるのだと喜んだ。だが次の瞬間にそんな考えは吹き飛んだ。その言葉以上に落ち込んでいる様子の天理をなんとかして癒してあげたかったのだ。
ぎゅっと天理の抱き締めると俺はとにかく思い付いた事を言って慰めようとした。俺の体はまだ小さくて、抱き付いているという方が正しかったけれど。

「っ、侯輝?」

「天理は優しくて、真面目で、いつもいっしょうけんめい頑張ってる。そんな天理を好きにならない奴なんているもんか!それに俺だったらずっと天理の側にいるよ?だから元気だして?」

「……っ、ありがとな。侯輝」

弱々しく笑う天理に俺は自分の力不足を痛感した。俺が大人だったなら、そうしたら俺はきっと天理を悲しませたりなんかしないのに。俺はこの時一刻も早く成長して絶対に天理の恋人になるのだと決意した。でもこの時はまだ子供だったから、とにかく纏わりついて驚かせたり、夜は眠れないからお話をして!と世話を焼かせたりと、天理の気を紛らわせるのが精一杯だった。それでも少しずつ天理が元気を取り戻せば良いと俺は天理の側に居続けた。

それからしばらくして、避難していた土護兄から急報が届いた。サイティヒル中心に広がり続ける瘴気をどうにかするべく、両親は瘴気を発していた遺跡の病魔を神の奇跡を用いて封じ、その行程で亡くなったのだと。力ある神官だった両親ならきっとなんとかなる筈だと安易に考えていた俺はその報せをすぐに受け入れる事ができなかった。呆然とする俺を天理が抱きしめると漸く実感が沸いてきて天理の胸でわんわんと泣いた。天理はそんな俺の背中をずっと優しく撫でてくれた。

もう数日が経ちサイティヒルの街の安全が確認されたとの連絡があり、天理に連れ添って貰い故郷に帰る事になった。瘴気は人間だけに被害をもたらす病気の類いだった為、街そのものには被害は無かったが多くの犠牲者を出してしまった街の様子は喪に服しているかの様に静かで、俺はその静けさが怖かった。

サイティヒルの街では土花姉ともかねえが出迎えてくれた。土護兄はまだ神官としては若かったが両親の後を継いで年老いた神官長を支える為、神殿で再会した時は再会を喜びつつ忙しく奔走していた。今思えば街を救った英雄となった偉大な両親の後を継ぎ、一家の長となった重責と、葬儀や治療で両親の喪に伏す暇すらなかった土護兄の心労は計り知れなかった。天理がそれを推し測れぬ訳もなく一休みしたタイミングで二人きりで土護兄を労ると、そこではじめて土護兄は疲れた様な笑顔を見せた後涙を溢していた。こっそり覗いていた俺はそんな二人の関係が羨ましく思えた。

それから天理はしばらく街に滞在しボランティアとして葬儀や復興の手伝いをし、俺は身寄りを亡くしていたり忙しい親達に代わって自分より小さな子供の相手をしていた。多数の亡骸の処置は人手不足で手が回らず、天理は精霊術を用いて火葬や土葬作業の補助をしていた。沢山の遺体は子供にショックを与えない様その目からは遠ざけられ、まだ子供だった俺もその中に含まれたが、こっそり天理を見に行くついでに見た遺体達の怖さや気持ち悪さより、その神秘的な光景の美しさに目を奪われた。土護兄が死者に祈りを捧げる声と天理の唄う様な炎の精霊術が合わさり、天理は死者を弔う天使の様に見えた。
その夜疲れた様子の天理に怖いから一緒に寝て欲しいと頼むと、天理は俺もだよと冗談めかして苦笑しながら承諾してくれた。寝がけに抱きしめてくれた天理は少し震えていて本当に怖かったのだと分かった。俺は天理のお陰で怖くは無かったが、天理が怖がるのなら俺が守ってあげなければと幼いながらに決意した。

それから数日、奨学金を受けて学院に通っていた天理は復学せねばならず、土護兄に説得されてセレリスに帰る事になった。また天理と離ればなれになる事を辛く思い、俺は天理に一緒にセレリスに行きたいと懇願した。だが天理は俺をまっすぐに見つめて言った。

「侯輝、土護を支えてやってくれ。お前の元気はきっと皆を勇気づける。それに、俺がいなくてもお前なら大丈夫だよな?」

それはずっと子供扱いだけだと思っていた天理が俺を信頼し、認めてくれた瞬間だった。天理に頼られ必要とされていると思うと嬉しくて誇らしい気持ちになり俺は思わず大きな声で「任せて!」と叫んでいた。誇らしげに笑う俺に天理は嬉しそうに「頼んだぞ」と微笑んだがどこか寂しそうに見えたのがちょっと嬉しかった。
瘴気を発していた病魔の遺跡は完全封印は叶っておらず簡易ではあったが定期的な再封印の儀式が必要だった。それが時折瘴気がまだ発せられる恐れがあると噂が広がってしまい、もうほぼ安全であったにもかかわらずサイティヒルの人口はなかなか戻らず復興には時間を要した。

それから二年経ち、街は完全復興には遠かったが落ち着きを取り戻した。天理は学院を卒業、学院の古代史科に所属し、遺跡調査研究員ポスドクとして勤め始めた。普段は教授のサポートをしつつ、時折遺跡に出向いて遺物の発掘や解読をしては学院に提出するのだ。天理は精霊適正が高く術も使えるので冒険にも適していたのだ。ただし近接戦闘の心得は無いので護衛を雇って出向くらしい。俺はこれだ!と思った。冒険者の戦士なら天理と一緒にいられる。どこの誰とも知らないやつに天理を守らせるより俺が守りたい!と。幸い体力には自信があった。神官戦士としても鍛えていた土護兄に手解きは受けていたから後はひたすら鍛えた。
が、冒険者になりたい旨を今や親代わりとなった土護兄に宣言したら反対された。

「俺と同じ神官になれとは言わないけれど危険を伴うよ。他にしなさい」

「でも!天理だって……!」

「天理は叶えたい夢があって覚悟してその道を選んだんだよ。侯輝も同じ覚悟が有るの?」

「あるよ!だって俺は天理を守りたいんだ!」

「……でも侯輝に天理を守れる力があるかな?」

「ぅ……」

土護兄にしてはキツイ言い方だった。だが今思えば両親を失い家族を失う事を恐れていた土護兄の気持ちの現れだったのだろう。そして俺はその言葉に自信を持って返す言葉がなかった。俺は同年の皆が成長期を迎えているのに背が伸びず声変わりもはたしていなかったのだ。両親とも背は低めで土護兄もどちらかといえば低い方だった。成長期が遅れているとしても伸びないかもしれない。天理はスラリとした体躯だが長身の分類に入り見ていてかっこいい。俺と並ぶと術師と戦士というより術師と小さな従者とか兄弟にしか見えないのだ。

「土護兄のばかー!」

「侯輝!」

この時の俺は結構馬鹿だったと思う。このままだとダメだと俺は一旦部屋に籠るとその日の内に旅支度をし、翌日天理の所に行くと書き置きだけして勝手に家を飛び出し、天理の居る都セレリスへと商隊に混ざって一人旅立った。
当然大騒ぎになった。お小遣い程度しか持ち得なかった俺は今更途方にくれて天理の家の前で天理の帰宅を待っていると、天理は呆れ、冒険者になりたい旨を伝えるとこっぴどく説教してきた。「土護の気持ちを考えろ!」とか「冒険者なんて危険な仕事するな!」とか。

「大体なんで突然冒険者なんだよ」

「天理を……守りたかったから……」

「はあ?!」

その理由は天理的にダメだと思った俺は脳みそをフル回転して言い訳を付け足した。天理は考古学者としての自分の夢の為に危険をおかして冒険に赴いているのだ。そんな自分を守らせる為に危険をおかさせるなど俺を弟の様に思っている天理が許す筈もない。ただ守られて喜ぶタイプではないのだ。

「だからっあのね、天理とかっ誰かを守れる戦士になりたいんだ!」

「誰かを守りたいなら騎士……は無理でも衛士でもいいだろ?収入安定してるし」

「そこはほらっ、冒険者の方がフットワークが軽くていざという時にすぐ動けるしさ!」

サイティヒルの病魔の遺跡へ両親達が侵入した際、アンデッド達から腕の立つ冒険者達が両親達を守ってくれたという話もサイティヒルの英雄譚の一つだった。その話を引き合いに出し憧れて!とかアピールを付け足す。ちなみに騎士は両親のコネが少し使えたみたいだけど身長制限があるのでその時の俺には無理だった。

「俺どうしてもなりたい!お願い天理!」

何が何でも天理の側にいたい!天理を守れる戦士になりたい!その想いを全力で込め、天理に懇願する。

「~~~っ!分かった!そんな目するな!土護には俺から言ってやるから!」

「ほんとっ!?やったー!」

「うわっ」

天理が根負けした様に了承してくれたので俺は嬉しくて思わず飛び付いた。天理は俺の挙動にいつもの様に困惑し苦笑しつつもしっかりと受け止めてくれていた。

「あーでも俺も奨学金返さないとならないし金銭的な援助はあまり期待するなよ?今のお前でできるバイトあったかな……」

「それなら大丈夫!」

「は?そんなアテ……」

俺は以前一時避難中に居候していた際、街中を散策していろんな人達の話を聞いて回っていた事を説明し大体どこが人手不足なのかは把握していた。鍛冶屋、飲食、建築等々。接客は性に合ってるし、力仕事もそこそこいけるはずだ。身長だけがネックだけれど。いくらか馴染みになった人もいる。そう説明すると天理は歓心したような呆れた様な表情をしていた。

「お前、俺がなるよりずっと冒険者ってやつに向いてるかもな……度胸もあるし機転も効くしな」

「そう?えへへ、まだ実際に戦った事はないんだけど向いてるかな?!」

この時はまだ知らなかったが冒険者というのは戦うだけが重要では無い。個人事業主のフリーターだから対人折衝能力も問われる。街中中心に活躍する探偵の様な冒険者もいるのだ。ただやはり遺跡探索をする天理を守る為に必要なのはフィールドでの戦闘経験だ。こればかりは経験を積むしかない。商隊の護衛や田畑を荒らすモンスターなどから守るなどをコツコツとこなすのだ。

冒険者ギルドに登録しに行くと受付をしてくれたパルマに早速年齢を疑われた。

「坊や本当に15かい?」

「坊やじゃないよ!15だよ!」

「あの……身元保証がいるなら俺がなりますが」

「あ、天理!」

「おや、学者先生じゃないか。坊やの身内かい?」

俺の童顔低身長で疑っているパルマと問答をしていると、丁度依頼を出しに来たらしい天理が後ろから声をかけてくれた。

「パルマ、先生はやめてください、俺まだひよっこなので。こいつの身内というか兄代わりです」

「おや、そうなのかい。身元保証人は無くてもいいんだけどね。ふふ、歳はちょいとからかってみただけさね」

「えー何それーぶーぶー」

「お前、見た目それでそういう所が歳疑われるんだぞ……身元保証人には俺がなろう」

冒険者は身元不詳である事は珍しく無い。勿論いた方が信用度は上がる。本来なら身内である土護兄にするべきだろうがここにはいないし、反対を押し切って黙って出てきてしまった以上頼みにくかった。

「いいの?」

「良いさ、実際今お前が冒険者になる為の後見人状態だしな。ただお前が何かやらかしたら俺の責任だからな?ちゃんとやれよ?」

「うん!」

また一つ天理に信頼して貰えた事が嬉しかった。天理の為にと思えばモチベーションが上がった。

冒険者として登録した俺はまずはお使いの類いや雑用をこなし、装具を借り先輩冒険者に同行させてもらって実戦経験を積んだ。よく聞く英雄譚よりずっと地味で泥臭い世界である事を知ったがそれでも俺は楽しかった。貯めたお金で装備も揃えた。武器はサイティヒルを救ってくれた冒険者の一人が病で引退する前に寄贈してくれたというバスタードソードを土護兄が送り届けてくれた物を使わせて貰える事になった。それは土護兄が俺が冒険者となる事を許してくれた証で嬉しかった。一年程過ぎる頃には俺は一人前として一人で依頼を受けることもできる様になっていた。

まだ駆け出しだが順調に冒険者としてスタートしていたが、当初の目的である事が全く進展していなかった。天理との関係である。16歳になってやっと俺に成長期がやってきた。まだ天理の背には届かなかったが声変わりも果たした。戦士として鍛えた肉体はもう腕相撲なら天理には勝てる程になった。精霊術込みにしたら歯が立たなかったけれど。

「凄いなもうそんな事ができるのか」「毎日頑張ってるな。でも無理はするなよ?」「それは残念だったな……だが次に繋げられる成果だな。偉いぞ」

「えへへ。もう一人前だからね!」

俺がささいな成果を伝える度に成長を喜び慈しむ様に撫でてくれる手が心地よい……。とここでハッとする。こういう子供っぽい仕草をするから弟扱いが抜けないのではないかと。もっと格好良く、天理の様に落ち着いて毅然とした振る舞いをして、大人でセクシーなアプローチでもって天理を振り向かせなければならないのだ!

「単独依頼達成の祝いに肉食うか?」

「やったー!肉だー!」

だがしかし16年染み付いた俺の弟ムーヴはなかなか抜けそうになかった。当然天理も同じ期間俺に兄ムーヴしていた訳で、俺がどれだけ好きだよアプローチをしてみても慕ってくれる弟可愛い程度にしか思われていないのである。大人になってきて確信したが天理は色恋沙汰を避けているというかそもそも鈍いというのも障害になっていた。

月日が流れ念願の天理の護衛依頼を受ける事ができる様になった。成長したかっこいい俺をアピールできるチャンスとばかりに半ばデート気分でうかれていた俺は己の未熟さを思い知る事になった。天理はいくらか冒険慣れしている様子で護衛対象としては手がかかず、精霊術も使え一見冷静そうな態度だったので俺は完全に油断していた。

「ぐっ……!」

「天理!!うわあああ!」

それは遺跡から帰り道。気が抜けて索敵が疎かになっていたのか小型モンスターの群れに囲まれてしまっていた。一匹一匹は大した事は無く、確実に対処していけば切り抜けられる筈だった。天理も精霊術が使えるからこの程度の相手なら大丈夫だと思い込み、天理の「大丈夫だ」という言葉を真に受けて護衛対象である天理の守りを疎かにするという大失態に繋がった。血を流して倒れた天理を見た後、無我夢中で敵を屠り天理を介抱する。幸い致命傷では無かった。あんな相手にどうしてという言葉は天理に触れた瞬間飲み込まれた。震えていたのだ。天理はそれでも何とも無い風を装い俺に謝罪してきた。

「っ、すまん、侯輝、うまく術を使えなかった。お前は、無事か?」

俺はその時初めて力を持っている事がそのままの強さにはならない事を知った。命をかけた戦場に立ち、冷静でいる事、それが当たり前でいられる人間ばかりでは無いのだ。精霊術は集中を要する技だ。いくら天理が高い精霊適正を持ち詠唱無しで瞬時に行使できたとしても、精霊にまともに指示できないなら意味は無い。天理が普段は冷静で男らしくとも戦いを好む性格では事は知っていた筈なのに。

サイティヒルで街人を荼毘に伏したあの日、天理はひっそりと震えていた。怖がる天理を守りたいと思った気持ちを俺はもう忘れたのか。本当は怖がりで、でもそれを理性で抑えつけて必死で立っている人なのに。デート気分で浮かれていた俺は未だに頼りない弟として認識され、本当は怖がっている天理に守ってくれと言わせられなかったのだ。これじゃ恋人になってくれだなんて言えない。冷水を浴びせられた気分だった。天理に甘え、強さばかりに気を取られて大事な事を見失っていた。

「ごめん、守れなくてごめんね、天理……」

その日天理は俺を責めなかった。護衛対象を守りきれなかった事で俺は報酬を断った。だが俺も悪かったのだ、それとこれとは別だと言って頑として折れない天理とギルドで口論になり、見かねたパルマに仲裁されて報酬は半分になった。

そして無言のまま二人で家にたどり着くと俺は一つの決断を宣言した。

「天理、俺この家を出るよ」

「え……、そんなに報酬の事怒っているのか?」

「ううん、違うよ。今日の事で思い知ったんだ。俺は天理に甘えてるんだって。このままじゃ天理に安心して貰えないって気づいたんだ」

「侯輝……今日の事ならお前だけのせいじゃないからな?」

真面目な性格から今日の事を気に病んでいそうな天理に、俺は意を決して宣言した。一人前の男として天理に見合う自分になれる様に。

「ありがと、でも俺、本当に頼れる強い男になりたいんだ」

「そう、か……」

「えっと、それにさっ、俺背も伸びてきたし、この家のソファじゃもう小さいんだよね。報酬も増えてきたし宿屋とか馬屋だって大丈夫!天理を嫌いになったからとかじゃないからね!?ホントだからね?!遊びにくるからね?!」

そして寂しげな表情を見せ始めた天理にそう思って貰える事を嬉しく思いながら決して離れたくて離れる訳じゃないんだと必死に説明する。すると漸く天理は「分かった分かった。俺も応援しないとな」と苦笑しつつ頷いてくれた。ちなみに精通が始まって、時折見かける天理の半裸にも困っていたからというのもあったのだけれど。

それから俺の独立生活が始まった。家を出て一気に成長が進んだのか天理には会う度に「でかくなったか?」と苦笑された。戦い方のアップデートは勿論、仕事に関する意識を改めて、仲間や依頼者をよく観察し、細やかなフォローができる様になると好評が伝わりオファーを貰える様になった。パメラにも「いい面になってきたじゃないか」と言われる様になった。
天理に毎日合えなくなったのは寂しかったけど合えた時は「鬱陶しい!」と言われる程目一杯スキンシップした。こっそり指のサイズもチェックして、小さい頃、眠れない夜に天理に話して貰って気に入った古の風習、婚約指輪をいつか渡せる様にと作った。スケジュールも把握して天理の護衛を受けられる様に調整した。地味に人気のあった天理の依頼をほぼ独占する事になりギルドマスターに注意されたが、皆の前で俺の恋心を切々と訴えると主に恋バナを好む冒険者達が味方になってくれた。
護衛中天理に「俺も反省した。もっとお前を頼る様にする」と言って頼ってくれる様になったのが嬉しかった。

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